2017年07月16日

アンナ・カヴァンの短篇「The Old Address」を英語で読む

AnnaKavan-JuliaAndBazooka-cover.jpg
現在出ている、アンナ・カヴァンの短篇集「ジュリアとバズーカ」の英国版ペーパーバック。

この短篇集には全部で13の物語が収録されている。まだ収録作の全部を読んではいないので、読み終わったものから、少しづつ各ストーリーについて、日本語訳を交えつつ書いてみたいと思う。そして、僕はまだカヴァンの小説を多く読んでいるわけでもないし、何か書評を書けるほどの詳しい知識を持っているわけでもないんで、ただストーリーを追って、あらすじのようなものを書くかまとめるぐらいの事しか出来ないが、この短篇集を読み終える頃には、多少カヴァンについてのことを言えるくらいにはなっているかも。


about KAVAN
アンナ・カヴァンは1968年に亡くなり、2年後の1970年に「ジュリアとバズーカ」という短篇集が Peter Owen Publishers から出版された。日本では1981年にサンリオSF文庫から刊行されたが、この文庫シリーズそのものがなくなってしまった為に長らく廃刊状態になっていた。根強いファンがいたことと、多分、人気ラノベ・シリーズ「ビブリア古書堂の事件手帖」の中で取り上げられていたことが復刊を後押しする一番のきっかになったんだろうと思う。そして、2013年に文遊社からソフトカバー本の形態で待望の復刊。表紙カバーは羽良多平吉さんによる洗練されたデザインになって、もちろん現在も入手できる。出来れば文庫化してほしい。
また、今年はカヴァンの遺作となった「氷(Ice)」の刊行50周年にあたり、来年2018年はカヴァン没後50周年の年でもある。きっと本国イギリスでは、ちょっとしたカヴァン・リバイバルが起きるんじゃないかと思う。その余波が届いて日本でも、少しは盛り上がりを見せるんじゃないかと、今から期待してみたり。


カヴァンの物語・作風は、きっと好きな人と嫌いな人が大きく分かれるだろうと思う。小説は、ところどころ、しかも唐突に意味のわからない場面が現れたりし、はじめは戸惑い困惑する。その部分をすんなりと受け入れられれば、あとは彼女の描く内面と空想、そして現実の入り混じったカヴァンの世界にすっかり引きずり込まれてしまうだろう。読んでいる間は、カヴァンの物語の中に自分も身を置けるせいか、その世界に馴染めるのだけれども、しかし本を閉じ、少し離れてしまうとやっぱりどこか何かが変なのだ。奇妙な物語の残像、破片、残骸、そうしたものが記憶の隅に無造作に散らばる。そうして、しばらく経ってから急にふと「ん、そういえば?!」みたいな感じで、物語の断片が頭の中をよぎり、そのシーンをまた確認するために読み直してみたりと、読み手の頭の中に入ってしまったストーリーや言葉たちが、何かをきっかけにして(あるいは気まぐれで)時限装置が作動したみたいに、ときどき誘発することがある。そのときに、頭の中に浮かぶイメージが不思議につながり、読むたびに、読むほどに新鮮な発見を生んで、少し中毒がかったようになる。短篇ではその密度が高いように思う。カヴァンの魅力をうまく評している山形さんの文章があったので、以下紹介。評自体は「アサイラム・ピース」という短篇集のもので、「ジュリアとバズーカ」についてではないが、カヴァンの(説明しずらい)作風そのものについてを書いている感じがあるし、すごく的確にカヴァンのことを言っているので、僕はすごく納得いった。




 アンナ・カヴァンの作品は、しばしばカフカ的だと評される。抽象的で正体不明な人々。意味不明の裁判。強大な権力を持ち、自分を抑圧する謎めいた組織。理由すらわからない収容施設。その中で主人公「私」はなすすべもなく翻弄(ほんろう)され……。
 その不安、悲しみ、絶望をカヴァンは描く。だが、一方でカヴァンの作品は奇妙な感傷に満ちている。不当な抑圧に怒り悲しむ自分は、単に無力なだけではない。憎み、軽蔑しているはずの抑圧者に、自分は依存している。それどころか、むしろ積極的に協力して自主的にかれらにとらわれているのが自分自身なのだ。


書評:「アサイラム・ピース」アンナ・カヴァン by 山形浩生(book.asahi.com)、より
http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2013030400005.html
予備: http://archive.is/E0OTq




Old edition's cover design
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画像は右リンクより:http://tagong-boy.tumblr.com/post/161508664326/
画像左は、Peter Owenから出た「ジュリアとバズーカ」のハードカバー初版本の表紙。これは表題作「ジュリアとバズーカ」に登場する長髪の女の子ジュリアをイメージしたものだと思う。 そして、右側はアメリカの出版社「W.W. Norton」から1985年に出た同タイトルの表紙。こちらは「Fog」という短篇のイメージ画を表紙にもってきたように思える。



about "The Old Address"
「The Old Address」はこの短篇集、冒頭の物語で、全13話ある中で最も短いストーリー。わずか6ページしかない。Peter Owen のペーパーバック版は、一般的なサイズよりひと回りサイズが小さい。組版をみると、1ページが最大33行、一行あたり平均約 9単語並んでいるので、1ページに約300語ある計算だ。これにページ数を掛け(1ページ丸まるない場合は行数でカウント)、この短篇の総語数をざっくりと数えてみると、おおよそ 1,600語だった。
この短篇「Old Address」はちょうど去年の今ごろ、僕が初めて英文で読むのに挑戦した小説で、とても思い入れある作品だ。以下、原文の一部を少し引用しつつ、僕の訳と合わせ、この物語の粗筋を書いてみようと思う。以前やった J.G. バラード「The Atrocity Exhibition」のときのように、一度訳したものを母に見てもらって、分からなかった箇所などを直した。なお、現在出ている文遊社の「ジュリアとバズーカ」の邦訳はまだ読んでないため、どんなふうに訳されているのかは知らない。自力でこの英語版短篇をひと通り全部読み終えてから、どれくらい違っているのか、あるいは共通する部分があるのかを見てみたいし、楽しみにしている。ではどうぞ。



■「昔の住所」アンナ・カヴァン (“The Old Address”)
Japanese translated by Tagong-Boy / Original text by Anna Kavan
* Summarizing part:要約


- p13 / first line -

 その日、私が部屋を出るための荷造りをしていると看護師が入ってくる。彼女は背が10フィート(約3メートル)ほどあり、その事実を隠すかのように、いつも前かがみの姿勢で糊のきいたエプロンの下にあるポケットに手を入れている。彼女は「患者の持ち物」と記した大きな封筒を片手に持っていて、私に手渡す。
 「これは必要ないだろうけれど、もうあなたは退院するのだから返さなければいけない」
 私は受けとる。なんだかとても変な気分だ。
The day Sister comes in while I'm packing to leave. She's about ten feet tall, and, as if to disguise the fact, usually adopts a slouch and keeps her hands in her pockets under the starched apron. Now, however, she has a big envelope marked Patient's Property in one hand, which she holds out to me.
 'You won't need this, but we have to return it to you now you're being discharged.'
 I take it. How very odd.



主人公である「私」は、とある病棟にいて退院の準備をしているところだった。そこに担当の看護師が現れ、持ち物一式の入った大きな封筒を渡される。その封筒に触れると、中には円筒形注射器が入っていた。「私」は紙越しにその形を確かめ、しばし夢心地になる。しかし、看護師のいる手前強がりを見せ、「いらない」と言い放ち、封筒ごとゴミ箱に捨ててしまう。しかし、看護師が無言で去ってゆき、もう戻ってこないことを確認するや否や、ゴミ箱に捨てたさっきの封筒を拾い自分の鞄の中に仕舞いこむ。そしてコートを着、病棟を抜け出そうと試みる。もし見つかったときのことを考え、廊下を歩く途中に色々な言い訳を考えるが、その心配をよそにあっさりと外へと出れた。そして玄関の階段を降り歩道に立ち、感慨深く叫んだ。



- p14 -

 再びの外、これで自由だ! もちろん、まだ後ろめたい気持ちがある。これからもそうなんだろう。何も感じない。自分の意志でここにいるという不思議さを除いては。数歩あるくと、不穏で奇妙な気配がする。これは私の知っている世界じゃない。私は周囲を見回す。人ごみ、高層ビル、車で溢れかえった道路を。全てが、錯乱し、不吉で、狂っている。
 歩道に沿って大群衆が押し寄せ、誰かとぶつからずには身動きできない。無駄に人間の顔を探す。仮面やマネキン、ゾンビの群れだけが、やみくもに走り過ぎ、突き進む。険しい顔の行政官らが街角の台座から私をにらみつける。冷酷で敵意あるまなざし、射抜くような目が、疑いの毒矢となって私を貫く。私がどこから来たかを知っているかのように。
 I'm outside again. Free. Also, of course, I'm still guilty, and always shall be. I don't feel anything much though, except that it's strange to be out here on my own. After a few steps strange equates with disturbing. This isn't the world I know. I look all round, at the crowds, the skyscrapers, the mass of traffic. It all looks delirious, ominous, mad.
 There's an absolute mob surging along the pavement, you can't move without bumping into someone. I search in vain for a human face. Only hordes of masks, dummies, zombies go charging past, blindly, heads down. Stern condemnatory faces of magistrates glare at me from their pedestals at street corners.
Cold enemy eyes, arrow-eyes, pierce me with poison-tipped suspicion, as if they know where I've come from.



道路を埋め尽くす車の轟音が響きわたる中、「私」はある変化が起こっていることに気づいた。



空は異常な光で満ち、その光は暗黒世界で全てのものを不気味に見せる。そして悪しき陰謀がその空の中に吊り下がっている。恐ろしい何かが起こっている、あるいは起きようとしているみたいだ。
 The sky is full of unnatural light, which is really a darkish murk and makes everything look sinister, a black conspiracy hanging up there in the air. Something frightful seems to be happening, or going to happen.


車と車は激突し合い原始獣のように暴れまわり、まるで戦場の中に放り込まれたみたいな状況と化す。そして、ぶつかってクラッシュした車からは、潰れた部品が動物の内臓さながらの様相で飛び出し、「私」は混沌とした状態の中に置かれる。そんなさなか、突然ある車が「私」をめがけ突進してくる。「私」はそれに立ち向かう。機関車ほどの大きさをした鋼鉄の暗殺者が全力でぶつかり、「私」は砕け散り、ずたずたに引き裂かれてしまった。「私」はその場所に倒れつつも、鯨のように血を吹き上げる。しかも、その血は途絶えることなく空高く噴出し、やがて周囲一帯を血の海に代え、大洪水となって流れでた。「私」に敵意を抱く歩行者たちは「私」の血を浴びると、なぜか咳き込み肺が詰まって窒息しはじめる。「私」の血は彼らにとって猛毒だったのだ。「私」はそれを見て歓喜し、いまこそ復讐のときなのだと悟った。血の海は深さを増し、背が立たないほどまでになっていた。「私」は悪態を放ちながらあらゆる手段を使って、この中でもがき溺れる敵たちにとどめを刺す。手当たり次第ぶん殴り、やつらを沈めてしまう。ここで大きく場面が展開する。



- p16 -

突然ショーは終わった。 不意に頭上で雷が撃つ。稲妻を放ち火をつけながら、二股に分かれたまぶしい閃光が空に燃え上がる。またたく間に空が一面の炎に覆われ、焼き尽くされ、煙と化した。テントの壁のような、すすけた帆布が大きく広がってる以外、空があった場所には何も残っていない。光が異常であっても、そこにあるものが奇妙に見えても不思議ではない。街、そしておそらく世界全体が、太陽や月、星の明かりから遮断され、 この巨大なテントの下に閉じ込められているときには。
 私はなぜ(自分が)自由になったと思っていたのだろう?
 Suddenly the show's over. Sudden lightning strikes over head. A forked tree of building brilliance flarers up the sky, setting fire to it as it goes. In a flash, the whole sky is a sheet of flame, consumed, gone up in smoke. Nothing is left where the sky used to be except an expanse of grimy canvas, like the walls of a tent. No wonder the light's unnatural and things look strange, when the city, and most likely the whole world, is imprisoned under this gigantic tent, cut off from the sun, moon and stars.
 Why did I ever imagine that I was free?



「私」は状況が一変したことに唖然とする。得体の知れない巨大な壁に取り囲まれ、一転絶望からくる無念さに支配される。そして冷静に脱出する手だてを思案するも、永遠に閉じ込められる恐怖には勝てず、無我夢中でその壁を壊そうと爪でレンガを引き剥がしモルタルをむしりとる。もがき、あがき、格闘する。



- p17 -

本当に恐ろしい。私は空を眺めずに生きていけるような人間ではない。それどころか、1日に何度も空を見ないと気がすまない。星がそうであるように、空の一部になりたいのだ。閉所恐怖症の冷たい指先が私に触れ、ぞくっとさせる。こんなふうに閉じ込められてたまるものか。何がなんでも、逃げ出さなければならない。
It's too ghastly. I'm not the sort of person who can live without seeing the sky. On the contrary, I have to look at it many times a day, I'm dying to be a part of it like the stars themselves. A cold finger of claustrophobia touches me icily. I can't be imprisoned like this. Somehow or other I must get out.



「私」は助けを求め、必死で周囲を見渡すが、人の姿は一切なく、誰も近くにはいない。また「私」は全人類に裏切られ、見捨てられてしまった。そう心の中で叫ぶ。そして、車の洪水と激突音が再び戻ってくる。ビルとビルに挟まれた薄暗い溝からは、子供たちのすすり泣きやジャンキーの悲鳴・叫び声、救急車、パトカーのサイレンがとめどなく湧き上がってくる。



なぜ私はこんな暴力と、孤独と残酷さの悪夢に閉じ込められるのだろう? 宇宙は私の心の中だけに存在するのだから、私がここにある忌まわしい、腐敗した場所を生み出したに違いない。私は心の中でひとりぼっちに生きている。そして、自らつくった壁に閉じ込められ、ただ一人、窒息するまで押しつぶされている。
 Why am I locked in this nightmare of violence, isolation and cruelty? Since the universe only exists in my mind, I must have created the place, loathsome, foul as it is. I live alone in my mind, and alone I'm being crushed to suffocation, immured by the walls I have made.


「私」は自問する。今まで、目の前に現われていた世界は、自分の心から生み出されたものだったんじゃないか、と。ひとり孤独でいる自分が周囲に壁を作って、勝手にその中で閉じ込められたと思いこんでいただけなんじゃないか? そして、その恐ろしい世界を見て恐怖が増幅し、ループする。「私」は絶望で頭が混乱し、錯乱状態になる。一生こんな世界の中で暮らしていかなければいけないのか? といった恐怖に蝕まれ全身に痛みを覚えるも、思考はある方向に集約してゆく。この状況を変えるには、好意的な見方で世界を受け入れるまでは何も起こらないだろう。そう結論付ける。

最後はこんなふうにして終わる。



- p18 / final line -

この幻覚と恐怖からなる地獄から抜け出さなければならない事だけはわかっている。私は、こんな残虐な牢獄には、もう一秒たりとも耐えれない。
私の見つけた脱出する術がたった一つだけある。言うまでもなく、忘れてはいなかった。
そうして今、私は無我夢中になって通り過ぎるタクシーに手を振り、中に転がり込む。そして昔の住所に急ぐよう運転手に告げるのだ。
I only know that I must escape from this hell of hallucination and horror. I can't endure my atrocious prison a moment longer.
 There's only one way of escape that ever discovered, and needless to say I haven't forgotten that.

 So now I wave my arm frantically at a passing taxi, fall inside, and tell the man to drive to the old address.


読後感想
この短篇は、一番最後のフレーズがタイトルになっている。読んでいる最中には、突拍子もない幻想世界が次から次へと展開し、何でタイトルが「the old address」なんだろう? と全く意味が分からないまま不思議でいたが、最後にそうした疑問が集約されてうまく繋がった。最後の箇所は、日本語訳も少し語順を変え「そして急いで行くよう運転手に告げるのだ、"昔の住所" へと。」とした方がより原文の雰囲気が出せるのかもしれない。
カヴァンは重度のヘロイン中毒だったらしく、この短篇の冒頭での退院するシーンは更正施設のような場所を描いているんじゃないかと思う。そして、一旦は退院し外の世界に出たものの、禁断症状から生まれた幻覚が現れ「私」を、もとの世界に戻るように誘惑する。それが突然、奇妙な世界の場面となって描写されている。「私」を取り囲むすべてのものが敵に見え、「私」はひたすら孤独になってゆく。そうした中、薬物中毒から更正した「私」を誘惑する悪いやつらは=憎むべき敵として描かれ、「私」は(麻薬による)幻覚の誘惑に魅了されつつも、そいつらを自分の血(更正しようとする意志)で溺れさせ、何とか本来の自分を取り戻そうと葛藤する。しかし、敵もそう甘くはない。より強固な手段で「私」を取り囲み、自分たちの側に引き込もうとする。がしかし、「私」はここで大事なことに気づくのだ。自分に襲い掛かってくる敵たちは、自分自身の心の中で生み出したものだということに。そして、その根本部分を変えなければ一生、その輪、循環の中からは脱出できない。「私」は自分を救う一つの方法があったことを思い出し、実行する。それが「昔の住所」へと急行することだった。この「昔の住所」がどこなのかは、読者の想像・解釈によって色々とらえられるようになっていて、余韻の続く終り方になっている。僕は、病棟に入る前、まだ中毒患者になっていない健康だった頃に「私」がいた場所なんじゃないかと思ったけど、どうだろう。





2017年07月09日

Chvrches in Ameslan


ASL Leave A Trace- CHVRCHES

最初、サムネをみたときは何だろう? キャラのある女の子がきっと何か面白いパフォーマンスでもして、これ、笑えるカバーなんだろうなと思いつつ再生してみると、アメリカ手話(AmeslanAmerican Sign Language)を使ったチャーチズのカバー・ヴァージョンだった。思わずじわりとくる。
アメリカ手話って、フランス手話から派生し成り立ったものらしく、イギリス手話とはまた違った表現形態なんだそう。ほぼ同じ英語を話すのに不思議だな。



Malibu Sign Language
by Libbey (thedailysign)
https://www.youtube.com/watch?v=WrCfJmi7ndM
Youtubeを見てみると、けっこう手話カバーの動画が上がっていて、知らないだけでほんと何でもあるんだなと軽い驚き。上リンクの、この子は今っぽいファッションで定期的に手話カバー動画をアップしていて人気みたい。マイリー・サイラスのカバー、緑キラキラで夏っぽい日差しがいい。


Leave A Trace, covered in American Sign Language.

http://chvrches.tumblr.com/post/153570751998
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2017年07月08日

エキセントリック(斜体)


欅坂46 『エキセントリック』

欅の新しいMVがアップされていた、と思ったらこれカップリングの曲なんだそうで、それにしては映像の完成度高かった。最初聴いたときは、んうーっ! だったけど、ピアノ連打の音洪水は、この暑い季節の中、耳元に心地よく響くし、歌詞はいつものようにagainstだし、何というか、こういうキワモノ一歩手前のスタイルですっかり支持を得てしまったのはやっぱり不思議だ。ときどき出てくる前衛風・集団貞子ダンスみたいなのは、Siaあたりがルーツなのかな? あと夜の街を踊りながら歩くのは、最近流行っているのをうまく取り入れてるなぁとか思ったり。
欅と乃木坂は、sony music系だから、楽曲とヴィジュアル・イメージのクオリティが高くて、キングレコード系の下世話(フランク)なAKBとはやっぱり違う。

本当に変わってる人って、自分のことをいたって普通だと思ってて、自分ではごく普通のことをしているのに、なぜか人とは合わない、交われない、そういう人。自分が変だという自覚が一切ない人なんだよな。

KeyakiZaka46-eccentric.gif
http://tagong-boy.tumblr.com/post/162708240766/
posted by J at 11:00| Comment(0) | TrackBack(0) | favourite | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする