2017年12月07日

こわい展覧会

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ハサン・ブラーシム「死体展覧会」

The Corpse Exhibition.jpg
The Corpse Exhibition: And Other Stories of Iraq


なんかこの本面白そう。イラク人作家の短篇集で出版社のHPを見ると

「アラビア語版がヨルダンで直ちに発禁処分を受け、ペンギン社から刊行された英訳版がPEN翻訳文学賞を受賞した、イラク出身の鬼才による14の短篇集。」

と書いてある。原書はアラビア語? 日本版は藤井光さんによる翻訳らしいけど、wikiをみると藤井さんは英文学者ということなので、英語翻訳版からの訳になるのかな? 英題は、「The Corpse Exhibition」でペンギンから出ていた。タイトルはJ.G.バラードの「The Atrocity Exhibition」を彷彿させるところもあるし、ジョイ・ディヴィジョンのレコジャケを連想させるゴス・ノヴェルっぽいブックカバーもかっこよく、ちょっと気になった。



「怖い絵」展 CM映像

中野京子さんの絵画本「怖い絵」シリーズから(多分)生まれた企画展覧会。これ観にいきたかったんだけど、けっこう並んでるらしく、ちょっと無理かな。まぁ、本あるし、読んでいるかぎりは、絵は添え物になっていて、中野京子さんの語り口・切り口の方に面白みがある。





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2017年11月22日

1963年の11月22日という日

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"The Great Science Fiction" by H.G. Wells (Penguin Modern Classics)
"Brave New World" by Aldous Huxley (Vintage Future)
"1984" by George Orwell (Penguin Modern Classics)



先月ちょこっと触れた「1963年の11月22日の不思議」を改めて。


1963年の11月22日は、アメリカの大統領、J.F.ケネディが暗殺された日として有名なんだけど、実は他にも世界的に名の知れた著名な作家が二人同時になくなっている。「ナルニア国ものがたり」で知られるC.S.ルイス、そして「すばらしい新世界」を書いたオルダス・ハクスリー(*ロック・バンドのドアーズはハクスリーの「知覚の扉( The doors of perception)」という本から命名された)。もしケネディの暗殺という大事件がなかったら、きっとこの二人の悲報がトップ・ニュースとして報じられていたのだろう。現職の米大統領が、それも初めての衛星中継の映像の中で、その死の瞬間が映し出されたという衝撃は、未だに見てもショックを受けるし、半世紀以上経った現在でも真実がわからないまま、不穏な噂だけが一人歩きしてアメリカの闇を深く暗く落としているのは、本当に不気味だ。

さて、この奇妙な日に亡くなり奇妙な縁となった三人のうちの一人、オルダス・ハクスリーはまたさらに違った不思議なつながりを持っている。ハクスリーの祖父はトマス・ヘンリー・ハクスリーという有名な生物学者で、「ダーウィンの番犬」なる異名で呼ばれているらしいけれど、彼の教え子の一人に「サイエンス・フィクションの祖」として知られる小説家、H.G.ウェルズがいる。またオルダス・ハクスリーはオックスフォード大学を卒業した翌年(1917)母校のイートン・カレッジで一年間だけフランス語の教師として教壇に立つが、そのときの生徒にディストピア小説「1984」を書いたジョージ・オーウェル(当時は本名の Eric Blair )がいた。ハクスリー家を軸に、世界で最も読まれ続けているSF小説家が二人(ハクスリー自身を含めると三人になる)もいるのは世の中が(いやイギリスがか?)狭いのか、それとも才能の集まるところに才能が集まってくるという証拠なのかはわからないが、何か不思議な結びつきを感じてしまう。


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ジョージ・オーウェル「1984」。ペンギン・モダン・クラシックス、2003年版の青い表紙のものは、トマス・ピンチョンが序文を書いている。現在の新しいデザインのものは、たしか別の人に変わっていたので、このピンチョン序文を読むためにだけでも一冊買っていいくらい。ハヤカワepi文庫から出ている新訳版「一九八四年」はピンチョンの序文が解説として巻末に収録。

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H.G. ウェルズのSFに関連した小説を一冊にまとめた「ザ・グレート・サイエンス・フィクション」。
彼の代表作といっていい中篇4作品「タイム・マシン」「モロー博士の島」「透明人間」「宇宙戦争」に、短篇8篇を収録したお得な一冊。約680ページとボリュームがある。ブックカバーに大きな目のアイコンがデザインされているのは、ウェルズがフリーメーソンのメンバーだから? ウェルズの英語はわりとわかりやすい。

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ヴィンテージ・フューチャー版、オルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」。
今年、世界中で議論の的になったhulu制作によるネットドラマ「侍女の物語」の原作者、マーガレット・アトウッドが序文を寄せている(通常のVintage版も同じ)。この小説は科学用語や難しい用語・造語、他引用が多いため英文で読むのは難しい。

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2017年11月07日

ナボコフ「青白い炎」とブレードランナー2049

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ナボコフ「青白い炎」(富士川義之訳)岩波文庫


先日アップした「ブレードランナー2049とナボコフ」の続き、というよりも補足です。

ブレードランナー2049とナボコフ(2017年11月02日)
http://tavola-world.seesaa.net/article/454596898.html


映画の中で小道具の一つとして登場し、映画全体のテーマを示唆する重要なキーワードになっていたのがナボコフの小説「青白い炎」だった。主人公 K が「post-traumatic baseline test」を受けるシーンで使われている言葉が、「青白い炎」からの引用だったことは上リンクで書いた。じゃ、具体的に本のどの部分から取られたんだろう? というのを探して(最初から読んでいったが見つからず、途中で wiki (英語版の方)に書いてあるかも、と気付いて飛んでいったらあってあっさりと判明)、関連した部分を下に書き出してみた。以下グレーの文字は岩波文庫「青白い炎」からのもの。




■ シェイドによる詩 (line:704-707 / p138-139 より)

一個の主要細胞内で連結した細胞同士を
さらに連結した細胞内でさらにそれらを連結した
細胞組織を。そして暗黒を背景に
恐ろしいほど鮮明に、高く白く噴水が戯れていた。
A system of cells interlinked within
Cells interlinked within cells interlinked
Within one stem. And, dreadfully distinct
Against the dark, a tall white fountain played.




■ キンボートによる注釈 (「注釈」の章・p465 より)

・七〇四−七〇七行目 一個の主要細胞、等々

 三度にわたる「連結した細胞」の挿入はすこぶる巧妙に扱われており、「組織(システム)」と「主要細胞(ステム)」の相互作用から論理的な充足感が得られよう。





この小説は4つのパートからなっている。ナボコフが作り出した架空の詩人シェイドによる詩自体は全体の約16%弱ほどしかなく、残り約84%を占めるのは同じく架空の人物、文学教授キンボートによる「青白い炎」の注釈兼学術的な解説という形式をとっている。予備知識なく読むと、ほんとにこういう人たちがいたのかと錯覚するぐらい、本物の詩研究本としての体裁が整っていて、緻密な文章の詰まった実験的な作品だ。

1) チャールズ・キンボートによる前書き:28ページ(p9-36)
2) ジョン・フランシス・シェイドによる4章構成の詩「青白い炎」:148ページ(p37-184)
*英語原文と訳詩が交互に載っているので、日本語訳部分は実質72ページ。
3) チャールズ・キンボートによる詩の注釈:356ページ(p185-540)
4) 牽引:17ページ(p542-558)


僕は「詩」という表現形態にはやや懐疑的な目を持っているので、この先に書いてあることが的外れなものになっているかもしれないが、ちょっといい機会なので自分の見方を少しまとめてみようと思った。僕の全く個人的な考え方なんだけど、「詩」というものは、言葉で作者のイメージを完全には説明できずに終わっている未完成な表現手法だと思っている。ことば数をそぎ落としているために、読み手の想像力を大いに借りなければ作者の意図を正確に伝えきれないところ、あるいは、読み手のそういった力に依存しなければ制作の意図が結像しないといった部分は、読み手の想像力を決して縛ることなく自由であるという一面はあるかもしれないが、やっかいにもこれは作者の想像力の弱さをごまかすこともまたできてしまうものでもあって、ちゃんと考えて作られたものなのか、たんに読み手が深読みしすぎているだけなのかの判断がつきかねない。少ない言葉ゆえに解釈幅が大きすぎて曖昧になりがちで、意図やテーマが十分には伝わらないし、読み解きにくいように感じる。結果「詩」単独で見ると、常に滲みとぼやけた色をした、あやふやな存在なんじゃないかと。だからこそ、音楽という別な表現手法と組み合わさると「歌」というものに変化して強いまとまりが生まれたり、絵や映像、あるいはタイポグラフィといったものとリンクすることで、また違った強いイメージが完成する。「詩」というものは、どんなものでも迎え入れ、変化自在に姿を変えることの出来る、一種の触媒的な素材としてあるんじゃないかというふうに常々思っていたりもする。
オノ・ヨーコは、詩を読んだ人の想像力の方が大きくなることを逆手にとって1960年代に「grapefruit」という詩、というよりも詩を用いたアート作品を発表している。ジョン・レノンの名曲「Imagine」の元になった作品として有名なので知っている人も多いだろう。簡単に説明すると、ギャラリーの壁にタイプライターで打った自作の詩を展示しているのだが、絵や何かしらのイメージが飾られているわけではない。観客は展示されているオノ・ヨーコの短い詩を読んで、頭のなかでその言葉から連想する世界を想像し、その瞬間、その人の脳の中だけにしか存在しないたった一つの、そして他の人からは見えないヴィジュアル作品が生まれるという、コンセプチュアル・アート。これは、詩による表現力というものを非常に客観的に、冷めて見ていたから出来たのだろうが、まさに本質を射抜いているように思える。

さて、言葉の意味を曖昧にすることで自由度が増え、感性をダイレクトに言葉へと変換できるのは「詩作」の強みだろうし、言葉の数が限定される分、より技巧的な表現を探求することもできる。一方、批評・評論というのは冷静・客観的な分析が必要だから文章に余計な装飾は不要だ。そのため文章表現としての面白さに欠けたものになってしまうのは仕方のないことで、その点では「詩」という表現とは対極の位置にあるものだと思う。
言葉の「表現」としてみた場合に、「詩」「批評」この二つにはどちらも互いに何かが足りない、欠けているんじゃないかという気がしてしまう。「詩」には感受性が必要だが「批評」にそういったものはさほど求められない。「批評」には論理性が必要だが「詩」にはさほど必要でもない。ナボコフはこの小説の中で、詩に対する批評・解釈をふんだんに盛り込むことによって、互いに欠けているものを補ってより二つを強く結びつけ、より奥の深い言葉の世界を作りだしたように思う。詩に対する解釈を、5倍以上の文章量で読者にみせているのは、ナボコフが詩の行間に込めていた本来は読者が想像しなければならなかった一面を優しく補っている。
小説のタイトル「青白い炎(Pale Fire)」は、感性を全面に出した詩の部分を熱い「炎(Fire)」と言い表し、徹底的に論理性を求めた注釈(批評)の部分を「青白い(Pale)」と言い表し、この二つを組み合わせたんじゃないかとふと思った。

「ブレードランナー2049」でこの小説が出てきたことは、映画のテーマの一つにもなっている二面性をさらにストーリーの中に組み込み、それが入れ子の状態になって、観客を無限の合わせ鏡の世界へと誘い込んでいるかのようだ。人間に対し従順で忠実なしもべとなるように設計されたアンドロイドに感性というものは不要だ。だから彼らに感情の起伏・変化が起きていないかをチェックするために「post-traumatic baseline test」を行い、異常がないかを調べる。その「post-traumatic baseline test」のフレーズに「青白い炎」の一節が引用されていることは、感情、そして論理性という相反する性質のものが一つの中に同居する小説の構造を踏まえたうえで、使ったものだろうと思うし、また詩の中にある「Cells interlinked...」という言葉の意味合いも映画にぴったりとリンクする。
また、K が幼少の記憶として持っていたおもちゃの「木の馬」も、映画の中では重要な小道具として扱われているが、これもひとつ意味合いがこめられているようにも思う。手彫りの「木の馬」は、トロイの木馬を連想させる。そして、トロイの木馬は外観と中身が違うもののメタファーとしての意味を持つもので、K が握り締める木の馬は、幼い頃の記憶の象徴、そしてそれは、二重性があり、また入れ子の状態でもあることを暗に示している。アンドロイドの身体(外観)の中には、本物ではない、埋め込まれた記憶(中身)があるのだよと。


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2017年11月02日

ブレードランナー2049とナボコフ


すんごい期待して観た「ブレードランナー2049」
これ、期待以上というか予想をはるかに超える素晴らしい作品で、すっかり映画の世界にはまってしまった。とにかく映像の美しいこと、美しいこと。多分、読み解いていくとすごい膨大な見方ができる深いテーマと、別にそんなことを気にしなくても十分に楽しめるエンターテインメント性の両方が高いクオリティとしてあるので、きっと何度みても面白い発見があるだろうな。

それで、観ていたときにすごく気になったのが、ナボコフの小説「青白い炎」。この本が前半のシーンで3度ほど登場していたことだった。主人公のK(カフカを連想させる名前だ。それと原作のフィリップ・K・ディックのミドル・ネーム頭文字Kも絡めていそう)が自分のアパートで、ホログラム映像の恋人ジョイ(演じてるアナ・デ・アルマスがめっちゃカワイイ)と一緒に過ごすシーンの中、部屋のすみに置かれた小さなテーブルの上でその本を手にとる場面がある。話が進んでいくなかで、架空の存在である恋人ジョイがすっかりKの心の中に存在して、架空の存在(データで存在するだけ)であるはずのジョイもKに対して心を寄せていくようになる。この現実と非現実の入れ替わり、逆転する点は、ナボコフ「青白い炎」の設定と同じ構図がある。小説の中では、ナボコフが作り出した架空の詩人の書いた詩と架空の批評家の書いた批評が、交互に並びあたかも現実にこの二人が存在しているかのような錯覚に陥る。
ああ、きっと監督はこの本を小道具として使い、それを観客に見せることで、現実と架空の世界のパララックスがストーリーの中にあることを示唆しているんだろうな、と思って調べてみると、実はもひとつ「青白い炎」が大事な場面で関係していた。映画では「post-traumatic baseline test」という感情の振幅を測るレプリカント用の尋問テストがあって、レプリカントのKが仕事を終えた後、このテストを受けているシーンが出てくる( 何度も "Interlinked, Interlinked... " と答える殺伐としたシチュエーション)。映画のなかでも非常に印象に残る場面だ。そのテストに使われる言葉が「青白い炎」の一節から引用されているということらしく、ちょっとこれすごく面白そうなんで、も少し調べて書いてみたいと思った。
映画がすごく長かったんで、ちょっとしばらく濃い映像はいいや、みたいになっていて、いまは簡単なメモだけでも。


映画の中で出てきたナボコフの「Pale Fire / 青白い炎」
nabokov-pale-fire.jpg
Wideview / Perigee Books (Putnam Publishing Group)
画像は右リンクより: https://www.therpf.com/showthread.php?t=276755&page=3


Blade Runner 2049 - Baseline Scene

*0:30からpost-traumatic baseline testのシーンがある。
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2017年10月14日

名曲で歌われる紅茶のアイデンティTea




 独立戦争以降のアメリカでは、紅茶はイギリスの圧制と束縛の象徴とされ、人々はコーヒーを飲むようになっていたが、ここに面白い逸話がある。
 イギリス本国で茶の減を進言した三代目リチャード・トワイニングの息子、トーマス・トワイニング(初代トーマスの曾孫に当たる)はアメリカ初代大統領のジョージ・ワシントンに面会したことがあった。(中略)
 そして面談の後、退出しようとしたトーマスに、ワシントンは今晩茶を共にしようと誘った。残念なことにトーマスは他に約束があり、これを辞退してしまったのだが、ワシントンに面談できたことと、彼に茶に誘われたことを、栄誉として記している。
 かつて茶税をかけたことから戦争になり、イギリスから独立したアメリカの大統領が、イギリス屈指の茶商と茶を共にしていたら、どんな会話がされていただろうか。

「一杯の紅茶の世界史」磯淵猛、より

(第六章 イギリス人、紅茶を飲み続ける / 文春新書・p101)


上の本は紅茶の歴史、世界各地の紅茶についてをコンパクトにまとめた新書で、ときおり紅茶にまつわるこぼれ話も混じっているので、読みやすく、またこれ一冊で結構しっかりと紅茶のことを知れ、すごくいい本だと思った(茶馬古道やビルマの茶についても載っている)。世界史(とくに近代)の中で、紅茶が交易商品として果たした役割、またそうした流れを知っていると、次はもっとディープな紅茶(&お茶)の世界へ入っていけるだろうし、お茶の世界には、ただ「美味しいね」と言って済ませない魅力がやっぱりあるようにも思う。

アメリカでコーヒーが主流になった理由が、アンチ・イギリス、紅茶に由来するんだというのは知らなくて、興味をひいた。そこに住む人たちのアイデンティティって、食文化から起因し形成されることもあるんだな。そう考えると、アメリカで誕生したスターバックス(メルヴィルの「白鯨」にでてくる登場人物が名前の由来)が、ヨーロッパを意識したブランディングでつくられているのは、何か旧大陸に対する懐古的郷愁のようなものが、スターバックスの設立時にアメリカで醸成されていて、それが支持され、結果今みたいに大きなコーヒーショップとして成長できたのかな? とか思ったり。そしてスタバのネーミングルーツになった「白鯨」という物語は、(ヨーロッパに比べ)歴史が浅いアメリカにとっての現代神話みたいな捉えられ方をしているから、その点を合わせてみると、もう少し面白く読み解けそうな気もする。

紅茶とコーヒーの比較とくれば、スティングの有名なあの曲、「Englishman In New York」を思い出しメロディを口ずさむ人も多そうだ。歌詞の冒頭「僕はコーヒーは飲まないんだ。紅茶を飲むからさ」と始まり、自分のこだわりを少し披露しながら、最後に「僕はNYにいるイギリス人なんだ」とくくり、「僕は外国人、合法的に入国した外国人さ」と歌う。この歌でも自分がイギリス人であることを強調するために、紅茶がその象徴として扱われ、それに対するコーヒーがアメリカの象徴になっている。スティングはよっぽど紅茶派なのか、ポリス時代にも「Tea in the Sahara」という曲を書いている。ただ、この曲はポール・ボウルズの小説「シェルタリング・スカイ」にインスパイアされたもので、曲名もその小説の章のタイトルそのまんまだから、あまり関係ないのかもしれない。ちなみに、「シェルタリング・スカイ」はモロッコが舞台の物語。なので、ここに登場する「Tea」というのは紅茶ではなく、緑茶とミントを煮出して砂糖をたっぷりと放り込んだモロカン・ミント・ティのことかもしれない。シェルタリング・スカイは昔、映画の方を観た記憶があるんだけど、どんな内容だったかもうさっぱりと覚えてなくて、確かなことは言えないけど。


Sting - Englishman In New York


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2017年10月13日

一年前に避難

shelter-sketch.jpg
*画像は下記リンク先より。

去年のちょうど今頃、 ポーター・ロビンソン & マデオン「シェルター」のMVが世界にさきがけ渋谷モディの街頭エキシヴィジョンで公開されて話題になっていた。僕は二ヶ月遅れで知ったんだけど、最初観たときはほんと驚いた。音楽の良さ、と約6分間のオリジナル・アニメーションの物語、そしてその映像の完成度に。MVというよりも、まるで映画のようなクオリティだった。出来上がった音楽にただ割り振りしたアニメーションを付けただけじゃない、のは観てすぐにわかったし、調べていくうちにひとつのプロジェクトとして制作されたとても丁寧な映像作品だったんだなというのもわかった。
このMV、いまだに人気があって、そのおこぼれがあるせいか、当時歌詞訳含めて少し書いたうちの記事にもよく飛んできてくれる。で一年ぶりということもあって、ひさびさに調べてみると、この「シェルター」のMVの制作エピソードを載せた記事が見つかって、メイキングの様子やポーター・ロビンソンとどんなやりとりをしながら映像を作りあげたのかが詳しく書いてあった。

読んでいると、アニメーション制作が進行するなかで、ポーターは自分のヴィジョンを明確に伝え、リクエストを言ったりしながらも、アニメ・クリエーターたちの創る世界観に呼応するように、作った元曲の長さやアレンジを変えたりして、有機的にヴィジュアル・ワールドとサウンド・ワールドを融合させていたんだなと。



ミュージックビデオって、ただ見るだけのものや、抽象的なものが多いじゃないですか。だから、最初はそちら寄りのインパクト重視なものも考えていたんです。でもポーター本人が、ちゃんとストーリーがあるものを作りたいというイメージを持っていたことが大きかったと思います。

なぜアニメMV『SHELTER』は、世界を席巻できたのか?
A-1 Pictures制作陣が語る、音楽と美術をつなぐ魔法
(2017.04.11)
https://www.fuze.dj/2017/04/a1-pictures-shelter.html



YOUTUBERS REACT TO SHELTER MUSIC VIDEO (Porter Robinson & Madeon)

https://www.youtube.com/watch?v=0C4jonGA4jY

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2017年09月22日

紅茶プランテーションに関する記事



約90ある茶園が3か月以上、操業していない。その背景にあるのが一帯の独立運動だ。



ダージリン茶が飲めなくなる!?
インド東部「大規模スト」背景にグルカ族独立運動

http://news.livedoor.com/article/detail/13646344/

以前、バングラデシュ北西部からインドへ抜け、ブータン国境にも近いコーチビハールへ行ったとき、ダージリン周辺の町に寄ったことがある。そのあたりは、グルカランドといわれるエリアで、行ったときに初めてそういった場所で政治的な問題が起こっていることを知り、日本に戻ってから改めてそれが小さな問題ではないことに気付く。あらかじめ下調べでもして知っていたのなら、もう少しその地のことをよく見れていたのだろうな、と思いつつ、でもそれがきっかけでニュースなどでは気にするようにはなった。

今、治安の安定した日本で、安価に紅茶が飲めるようになっているのも、こうした地域のプランテーションで働く(多くの)労働者がいるからで、大企業の元で搾取された人の人生、が犠牲になっていることも忘れちゃいけないなと思う。かといって美辞麗句だけを並べただけのようにもみえるフェアトレードというあり方に100%賛同できるわけでもなく、(茶の)消費者が、どうやってそれぞれの産業が抱え持つ各種諸問題に向かい合えばいいのかということも、日常のなかで、答えの出ないまま考えていることも多い。


第一次産業での各種プランテーションにおける過酷な労働の実態は、店頭に並ぶ商品のきらびやかなパッケージからは想像つきにくいだろうけれど、自分たちが手に、口にする食品が一体どんな環境で作られているのだろうかと考えてみるのは決して悪いことではないと思う。むしろ商品ブランドだけにしか目がいかないときほど、その内側を確かめてみる必要があるのだと。
少し前のNYタイムズの記事に、アッサム地域の紅茶プランテーションで働く人々の労働環境についてを書いた記事があるのでひとつ紹介しとこう。紅茶では製品に関するものやセールス絡みの広告的なもの、How to Drink といったものはたくさん存在するけど、こうした労働環境の現場をレポートしたものは取り上げられることも少なく、興味ある人は目を通してみるといいのかも(他、ネットで調べると2014年ごろにはBBCがドキュメントなどで取り上げ Youtube にその動画があるし、関連のHPもいくつかある)。


一日の賃金は約90ルピー(約160円)。労働者たちは(ティーバッグ一箱よりも安い)低賃金で働き、住居は狭く下水設備の整ってない不衛生な場所。そうした空間に詰め込まれ寝食を共にする。現場監督は暴力的な発言で労働者たちをいじめ、逃げだそうものなら、家族にひどい仕打ちが待っている。と、東インド会社のあった封建時代の頃と何ら変わっていない。


Cap-NYTimes-Feb.2014-IndianTeaPlantation.jpg
*画像は下記リンク先より。


Hopes, and Homes, Crumbling on Indian Tea Plantations
(NY Times)
By MAX BEARAK, Feb. 2014
https://www.nytimes.com/2014/02/14/world/asia/on-indian-tea-plantations-low-wages-and-crumbling-homes.html

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2017年09月16日

100年前の革命


ロシア革命100年(Russia Beyond)
https://jp.rbth.com/1917


あんまりロシア革命についてわかってなかったので、ちょっと勉強しておこうと思って今年は関連本をいくつか読んでいた。政治家だったナボコフの父って革命時に暗殺されたんだ、とか知らなかったエピソードなんかもいっぱいありで、やっぱ劇転してくこの歴史は面白いな。上サイトは図版も多くテーマごとに簡潔にまとまっているので、楽しくみれる。

RussianRevolution.jpg
「春風のスネグラチカ」:とある人物の噂をもとに、物語を描いた漫画。絵もいいし、これは面白かった。
「共産主義黒書」はアジア篇も出ていて、こっちも欲しい一冊。


Electronic - Can't Find My Way Home

エレクトロニック(ニュー・オーダー+ペット・ショップ・ボーイズ)の3rdアルバムで最後のアルバムになった「Twisted Tenderness」ってジャケにラスプーチンの写真を使っていて、もしかすると歌詞の中でなにか関連したことを歌っているのかもしれない。この時期のエレクトロニックには興味をなくしていたので、改めて聴きなおしてみないといけないな。ファーストでは「ソヴィエト」なんてインスト曲もあって、エレクトロニックというユニット自体が何か共産主義的傾向に寄ったものだったのかも、なんてことにいまさら気付いてみたり。この辺りはエレクトロニックの歌詞訳のときに触れられるかも。埋め込みした動画はブラインド・フェイスのカバー曲「Can't Find My Way Home」。なぜこの曲を選んだ? の不思議。


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2017年09月07日

ワールドカップのテーマ曲


ЖИТЬ | SMASH, Полина Гагарина & Егор Крид - Команда 2018

2018年、ロシアで開催されるワールド・カップのテーマ曲「コマンダ」を、地元開催地のシンガーたち、ポリーナ・ガガリーナを中心にラッパーのエゴール・クリード、そしてスマッシュの三組がチームになって歌っている。多分、日本ではまったく紹介されてなさそうな感じだけど、意外といい曲やったしロシアン・ポップスも普段そう聴くこともないので紹介しとこう。


私たち、真実を知ってるわ。
あなたは私たちのチームでしょ。
あなたがいないと高みにとどかない。
あなたがいないと、勝つことができないの。

Мы знаем в чем правда.
Ты наша команда!
И она без тебя высоко не взлетит.
Без тебя никогда не победит!



サビのところは、こんな歌詞。


にしても相変わらずガガリーナ綺麗だな。(とくに1'22"のところ)


日本に一番近いヨーロッパ「ウラジオストク」の意外な素顔
http://news.livedoor.com/article/detail/13573485/
今年8月からのビザ緩和で、極東ロシアがじわじわ人気になってきているみたいで、これ来年ワールドカップにあわせ一気に盛り上がりそう。でもね、ロシア語圏ってキリル文字覚えておかないと、英語が(ほんと)まったく通じないからけっこうコワイ。
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2017年08月25日

世界が Hulu えたネット配信ドラマ


The Handmaid’s Tale Trailer (Official)


舞台となるギレアデ共和国は、環境汚染による不妊問題の深刻化に苦しむ全体主義国家だ。子どもを産むことのできる女性は「侍女」(Handmaid)と呼ばれ、政府によって富裕層の家庭に送られる。一種の性奴隷となって子づくりに協力するよう強要されるのだ。

ディストピアSF『侍女の物語』をHuluがドラマ化:予告編(WIRED)
https://wired.jp/2017/01/12/handmaid-tale-trailer/




今年の春頃だったか、ネットでマーガレット・アトウッドの名をよく目にするようになって、何だろう? と思いつつ、あまり興味のなかった作家だったので、追いかけて記事を読むようなことはなかったが、ああ、あれってこのネット配信ドラマの公開とその反響のことを話題にしてたんだと、いまになって気づく。アトウッドが1985年に発表した小説が原作になっており、出版社HPなどを見ると、ディストピア・近未来SF小説としてハクスリーやバラードなどと並んで、古典的名作という扱いで読まれているみたいだ。


"Excited to re-read this before "(2017年4月18日)
https://twitter.com/laurenevemay/status/854542249358749696
そいや、Chvrchesのローレンちゃんも原作を読んでて、こんなツィートをしていた。彼女が読んでるのはAnchor Book版(この版、Valerie Martinさんによる序文解説がネタバレになってるとか)。


上、WIREDの記事を読むとめっちゃ面白そうで、予告動画を通し見てもクオリティ高そうだった。ただ残念なのが、日本語字幕版がないためにいまは見れないこと。日本のHuluって「Huluオリジナル制作の作品」をやってないのか、という事実も知り、こんな面白そうなコンテンツを取り扱わないなんて確かに看板倒れだなと思ったり。

下転載のものは、町山さんがドラマ化された「侍女の物語」の魅力を語っている番組? の内容書きおこし記事で、読むとこの配信ドラマの過激な描写がどれほどのものかがわかる。アメリカは宗教上の規制が厳しいから、映画やテレビ番組では限られた表現しかできない現状(ずっとある問題だけど)だったり、でもネット配信ではそういった問題をさほど気にせず制作できることなどなど。そういえば、こないだデヴィッド・リンチが映画監督はもうやめて、これからはネット配信のドラマに軸を移していくようなことを言っていたのを思い出した。

ジェンダーものが絡んだSF小説では、ル=グウィン("ゲド戦記"の原作者でお馴染み)の「闇の左手」もテレビドラマで映像化されるという、制作発表のニュースが今年5月にあったし、今の映像技術に合わせた過去作品の掘り起こしがまた盛り上がってきてるのかな。



(町山智浩)
アメリカでいまものすごい論争になっている、でもすごい人気にもなっているドラマがありまして。その話をします。

今回これはHuluというネット配信のサービスで配信されているんですけど、その映画化のぬるかった部分を徹底的にやったのが今回のドラマなんですよ。だから、これ先に言っちゃいますと、テレビはスポンサーがチェックしますよね? あと、放送倫理については政府とかが許認可制度があるんで、政府機関がチェックしているわけですね。

映画の方はMPAAという、日本の映倫にあたるところが自主規制をするんですよ。で、アメリカのMPAAは日本の映倫と違って、中にカトリックとかの宗教家が入ってきているんですよ。だからこの『侍女の物語』は全く映画でもテレビでもできないようなことをやっているんですよ。

これ、テレビではできないですね。だって途中でコマーシャルが入って、コマーシャルを見る気になれないですよね。これね。それで映画の方はこれ、宗教が完全に恐ろしいものとして描かれているから、MPAA内部で検閲を宗教家を呼んでやっているんですけどもね、彼らがたぶん許可しないですね。

これはネット配信以外ではたぶん見れないものなんですよ。



町山智浩 TVドラマ『The Handmaid’s Tale(侍女の物語)』を語る (より一部抜粋)
http://miyearnzzlabo.com/archives/43907




「侍女の物語」…。Huluオリジナル作品を配信しないのにHuluを名乗ってる日テレ・ハッピーオンには一刻も早くHuluの看板を下ろしてもらいたい


(宇野維正さんtweet)https://twitter.com/uno_kore/status/866322857764077568


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「侍女の物語」マーガレット・アトウッド (ハヤカワepi文庫 / 訳:斎藤英治)
posted by J at 16:00| Comment(0) | - Memo - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする