2018年06月18日

黒海を望むグルジアのバトゥミが未来都市みたいになっていた、の巻

cap-ArgoCableCar-Batumi-Georgia.jpg
* 下動画からのキャプチャー画像。


「世界の鉄道」シリーズ用の動画を探していたところ、グルジア、バトゥミ上空を滑走するケーブル・カーの映像が関連動画で表示され、それを見ているうちにバトゥミの街が近年再開発によって、すっかり未来都市みたくなっているのにびっくりしてしまった。

黒海に面したグルジア南西部、バトゥミは人口が16万人ちょっとと、さほど多いわけじゃないけれど、この国では第二の都市。昔の呼び方でいうとコーカサス南部にあたり、今でも地政学的にはちょっとややこしい地域だ。また、このあたりはお茶の産地で有名なトルコ東部地域(トラブゾン〜ホパ)と国境を接しており、トルコへの玄関口にもなっている。そのため、国境またぎの旅行者には知られた場所で、以前はソ連時代の名残もあって越境のわずらわしさがついてまわっていたが、近年はビザなしでも入国できるようになったりし、ずいぶん行きやすくなっている。

そして、19世紀の古い街並みと最新の建築が入り混じって、どこか不思議な都市景観。ヨーロッパの街並みとも違うし、アジアの街でもない、旧共産国圏特有のブルータルで無機的な建築群と、最近の流体的で有機性を感じる建築デザインが奇妙なバランスで同居するバトゥミの遠景は、なかなか新鮮な感じがした。古いのか新しいのか、ちっともよくわからんけれど、くたびれた未来都市的なところはどこかブレードランナーの世界観とも繋がって、なんだか急にカフカスへ行きたくなってしまう。
なんでも、2016年の12月まで、47階建てのトランプ・タワー建設の計画があったらしいが、トランプが大統領になってしまったため白紙撤回されたとか。まぁ、どうでもいいようなニュースも知ってしまう。



Argo Cable Car in Batumi, Georgia (March 30, 2016)

Quotes - about Drink and Food(〜「トルコの紅茶」〜)
http://tavola-world.seesaa.net/article/426136386.html

異国で進む「偽トランプ・タワー」建設の野望(2017/08/03)
https://forbesjapan.com/articles/detail/17192


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Батуми сейчас 16.05.2018
https://www.youtube.com/watch?v=UXxzkqgMP6w

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Самые популярные курорты мира:Батуми Грузия: Город-солнце ждет Вас
https://www.youtube.com/watch?v=hhBfS5xijTw
cap-Batumi-Georgia-a2.jpg
* 上画像はリンク先の動画 & 下記リンクより
http://tagong-boy.tumblr.com/post/174843906071/

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2018年06月11日

私をディナーに連れてかないで


Hooverphonic - Romantic

いや、もうこのギターの音、この空へと突き抜けてくような声。
とろけるイントロ、たまらなくいい。
無条件幸福。ザ・90s
はじめて聴いた瞬間にはまってしまった。
けっこう活動歴長いユニットだけど、全然知らんかった。
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2018年06月02日

もうすぐだな、6.16


Bloomsday in Dublin – a celebration of James Joyce's Ulysses
https://streamable.com/tum7i

ジョイスの「ユリシーズ」は、複数の人物を登場させながら、ダブリンのとある一日(1904年6月16日)を描いた物語。ペーパーバック700ページぐらいのボリュームがあるちょっと手ごわい小説。僕はたぶん十年かかっても読めないだろうとあきらめてはいるが、ときおりパラパラめくって楽しむ程度にしている。けっこうお酒の名前が出てきたり、Davy Byrneという、トーキング・ヘッズのヴォーカル、デヴィッド・バーンに近い名前の人がいたり、もしかしたら、見過ごしていただけで、ロックの歌詞にもいろいろ引用されているのかもと思ったり(例えばU2の「Breathe」は有名)。
6/16を舞台にした物語だけに、毎年この日には「Blooms Day」というユリシーズとジョイスを祝うお祭りが地元ダブリンの他、世界中で開催されている(アイルランドの人なら誰でも知っているくらいに)。当時の服装をして小説ゆかりの場所を練り歩いたり、朗読会やライブなんかが繰り広がられ、なんかこういうのは文化的でいいな。一度、このタイミングでダブリンに行ってみたい。今年のイベント予告動画があったのでちょっと貼っておこ。
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2018年05月13日

Teaologistって何だ?


The Tea Society Called India

「茶の国、それはインドと呼ぶ」みたいなタイトルなのかな。

以前ブックマークしていたインド人のブログをひさしぶりに見ていたら、「Tea Coup」というお茶ブランドの紹介をしていて、その写真のきれいさに見とれてしばらく見ていた。アユールヴェーダと植物の薬効成分を組み合わせ、さらに月の満ち欠けになぞらえたハーブティを主に取り扱っている。ブレンドするのはフェフリーンさんという人で、Ayurvedic Teaologistという初めて聞く肩書きをしている。「Teaologist」って何だ? お茶を「Log」して広める人? と最初思ったんだけど、神学者「theologist」に「Tea」を引っ掛けた造語のようで、ただお茶をブレンドするだけじゃなくて、そこにスピリチュアルな要素を加えて付加価値を生み出す人のことらしい。

上の動画は、インドのお茶を調べていたときに見つけたもので、「生活の中にあるお茶」をドラマチックかつスケールの大きな映像に仕上げてていいなと思った。チャイあり、イギリス式の紅茶あり、バター茶あり、小さな器を手にしているだけでなぜか絵になるインドの魅力もまた伝わってくる。また行きたいな、インド。


Tea Coup
https://teacoup.com/
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2018年04月26日

世界で最も寂しい図書館


Vector Architects completes a seaside library with board-marked concrete walls
中国の河北省、その最も東部の地区、秦皇島市の撫寧区(戴河大街)にある海沿いの図書館。


ちょっと前に、中国の天津にある、SF映画に出てきそうな図書館のことをUPしたとき、他にも何か変わったのがないかな、とネットを見ていたら、浜辺にぽつーんと建つわびしいコンクリート建築の写真が目にとまった。最初は北欧かフランス北西部あたりにある建物かなぁと思っていたんだけど、たどっていくと、それも中国にある図書館で、世界で一番さびしい図書館、だとかそんなキャッチフレーズが付いていた。潮風にあたるし、本にとっては良くない環境だろうけど、その発想と利便性を無視した立地に無理やり建ててしまうあたりに、中国の「今がよければいい」的な、いい意味での良さを感じた。何でも採算性や収益性を優先し、型にはまったものしか出来ない日本の資質みたいなものとは正反対で、確かに長い人生、安定して安泰な生活を送るにはこの日本的な収まり方はとても大事なものだと思うが、でもそうしたものにちょっと窮屈さを感じて反発した気持ちをもっている自分もいたり。日本にないものが中国にあって、中国にないものが日本にあって、というようなことを、ふとこの図書館を見ているうちに思った。
上の動画は竣工直後に撮ったものだろうから、まだ本が入ってないけれど、それがよけいに物悲しさを感じさせたり、でも動画の撮り方は短篇SF映画のようにストーリー性があってカッコイイ。


Seashore Library / Vector Architects

https://www.archdaily.com/638390/seashore-library-vector-architects
Nandaihe Pleasure City, Dai He Da Jie, Funing Xian, Qinhuangdao Shi, Hebei Sheng
SeashoreLibrary-China.jpg
*画像は上リンクより。


天津のあの図書館(2018年04月13日)
http://tavola-world.seesaa.net/article/458779005.html
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2018年04月13日

天津のあの図書館


Take A Peek Into China’s Futuristic−And Controversial−
New 1.2 Million-Book Library
| TIME

去年の10月、中国は天津市にオープンした「浜海新区図書館」のデザインがまるでSF映画のセットみたいで、いや斬新だこれ。中国の大都市エリアってあんまり興味はないけれど、ここは行ってみたいな。
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2018年04月10日

これはよかった。ペンタゴン・ペーパーズ


『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』予告編

たしか、SWを観にいったときに予告で流れていた次回上映作「ペンタゴン・ペーパーズ」。けっこう気になっていたので、僕にしては珍しく映画館へ足を運んだ。休日の最終上映回だったがほぼ満員(空いていると予想していたのに)。どっちかといえば硬派な映画だと思っていたので、ちょっと意外だった。
そしてほとんど予備知識なく観たんだけど、これがすごくいい映画で、たぶんまだやってるだろうから、少しでも興味をもってくれたり、足を向けてくれるひとがいればいいな。原題は「The Post」、観ていくうちにわかってくるが、邦題とは大きく違っていてワシントン・ポスト社の女性社長が主人公となった物語。


あるとき、ランド研究所(というシンクタンク)にいた職員が、アメリカの参戦しているベトナム戦争に勝ち目がないことや劣勢状況であることを知り、報告書にもそう記載するのだが、大統領はじめ政府高官らはまったく正反対のことを発表し、戦争をやめるそぶりをみせない。そうしている間にも、自国兵の命が多数奪われ、膨れ上がる。もう知らぬことにはできないと思い、その内部機密文書をこっそりと持ち出し、新聞社へとリークする。まず最初にすっぱ抜いたのは、NYタイムズ。その記事がセンセーショナルに報道されアメリカ市民は自分たちが今、何をしているのかを知ることになる。そうして反戦機運が一段と高まる。

国家機密にあたる文書が漏れたことで、政府は大慌て。犯人探しと同時に、報道したNYタイムズに対し裁判を起こし強硬な姿勢を見せる(大統領の権限を最大限に使って)。へたをすれば、一新聞社の存在がなくなりかねない状況で、NYタイムズは係争中の間次なる報道をできない。そこへ、NYタイムズ以上のスクープを狙っていたライバル紙、ワシントン・ポストの記者がリークした人物をつきとめ、挽回しようとするのだが、このときワシントン・ポストは(地方紙から脱却するため)株式公開を控えていた。社長はじめ役員らは、政府を敵に回すことで投資家の資金を得ることができなくなるかもしれない不安と、大臣や政府関係者とも懇意にしていた社長の人脈が、前代未聞のリークに対し及び腰になって、新聞社の使命、それとも、友人付き合い、どちらかの選択を迫られることになる。しかし、現場の記者たちの意識は当然、真実をより多くの人に知らせること、で一致しており、それに背を向けると新聞社の生命線ともいえる社員からの信頼を失ってしまうことになる。だがしかし、報道した後に政府から圧力がかかって会社が資金難になり、つぶれるようなことになってしまえば、元も子もない。もう一切の報道すらできなくなる。入手した機密文書を公表するべきか、それとも、ここは政府の言いなりになって引くべきなのか、数時間後に迫った印刷の納期までに決断をしなければならない。

と、実際にあった話を元に映画化されたもので、「人にものを伝えることの重さや、難しさ」「報道の自由の解釈」等々、いろいろ考えさせられるものがあった。
そして、一番は、権力者からの圧力や規制(他スポンサーの顔色を伺ってばかりの)におびえ、まっとうな報道が出来ていない今の報道世界に対する、スピルバーグからのメッセージでもあるような。ちょっと、気持ちがしゃんとなって、じわじわ目頭と胸の奥が熱くなるような映画だった。
特に、今の日本の報道規制や混沌とした政治状況、独裁者的党首の振る舞いなんかが妙に重なって、あれ、日本に足りないものが、ここにちゃんと映ってるんじゃないかとも思えたり。
ウォーターゲートビルに何者かが侵入する場面で映画は終わるのだけど、この含みある最後のシーンがまたしびれる。
思えばこの半世紀、世界が変革するとき、それはリークによってもたらされているような気がした。このペンタゴンペーパーズで、アメリカがベトナムから手を引くのろしになって直後にニクソンは失脚、アメリカはベトナムに勝てなかった。イラクでのアメリカの秘密作戦もウィキリークスによって暴露され、日本では今話題のあれとあれが現政権の首をもぎとうろうというところにまできている。

そういえば、アメリカやイギリスではキング牧師、没後50年ということで今週は大々的に報道されているんだな。「国民の最も知りたいこと」がニュースなわけだから、伝えられているニュースの内容を見れば国民性が見えてくるということなのか。


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2018年03月17日

R.L.スティーヴンソン「宝島」とブレードランナー2049



「ブレードランナー2049」の公開からもうだいぶ経ったので、ナボコフ「青白い炎」との関係性はファンの間ではすっかり知られた存在になっていて、トリビアの一つとしても定着した感がある。映画についてはあまり詳しくない僕も観た瞬間このことに気づいて、鑑賞後少しそれについてを書いたことがあり、それはわりと反応があった。

ナボコフ「青白い炎」とブレードランナー2049(2017年11月07日)
http://tavola-world.seesaa.net/article/454632430.html


映画の中では「青白い炎」のほかにもう一つ、有名な小説が引用されている。映画の後半、今回の主人公である「K」が、(前作の主人公)デッカードとはじめて出逢う場面、互いの交すセリフの中にそれが登場する。(「ジキル博士とハイド氏」で有名な作家)スティーヴンソンの「宝島」がそう。映画のセリフの中に、小説などの言い回しが上手に取り入れられているのは、製作者のオマージュ&リスペクトが込められているのが分かって、観ている側にとってはすごく嬉しいものだ。ナボコフの「青白い炎」については、映画の印象深いシーンとリンクしているせいか今回わりとクローズアップされみんな語っているが、「宝島」の方はそれに比べると書いている人があまりおらず(海外サイトでも)、ちょっと寂しい気もした。なので、ちょっとメモ的な感じだけど書いてみた。

その「宝島」が出てくるシーン。僕はてっきり、孤立した世界の中で暮らていたデッカードが、訪問者(「K」)によってその世界に新しい局面が生まれ、展開してゆくのだろうといった象徴的な意味合いが、セリフとなって登場したのだと思ったのだけれど、実は、前作の(脚本にはあったものの)映像化されなかった場面に対する一つのオマージュだったんだそう。




Kがデッカードに遭遇する時、デッカードはスティーヴンソンの古典冒険小説「宝島」を引用するが、これも前作の未撮影場面へのオマージュ。脚本には、デッカードがレプリカントに襲われて入院中の調査官を訪ねると、彼が「宝島」を読んでいるという場面があった。


「ブレードランナー2049」トリビア12!特典映像から解釈する謎多き傑作 (2018.03.08)
〜04: 前作のボツになったシーンが本作で復活してる!〜 より

http://screenonline.jp/_ct/17148968



そして、該当する映画のセリフと「宝島」のセリフ、二つを書き出してみよう。


・ まず映画でのセリフは以下のような言い回しだ。

Rick Deckard: You mightn't happen to have a piece of cheese about you, now? Would you boy?
K: Treasure Island?
Rick Deckard: He reads, that's good me too. (この部分、映画の字幕では、読書家だな、というセリフになっていた)Not much else to do around here at night anymore. Many is the night I dream of cheese. Toasted, mostly. What Are You Doing Here?
K: I heard the piano.


Blade Runner 2049 (2017) - Quotes

http://www.imdb.com/title/tt1856101/quotes/qt3674317


・ 小説「宝島」のセリフは以下のような感じだ。第15章「The Man of the Island」の前半部分(僕の持っているPenguin English Library版ではP92-93にある)。なお佐々木直次郎さんの序、によるとスティーヴンスンは最初の15章までを書いたものの、行き詰まりを感じ一度執筆を放棄する。そしてスイスの保養地ダボスで過ごしたのち続きを書き上げたのだそう。もし、映画で引用したセリフが、小説のこの15章でいったん途切れる背景をも含んでいるとしたなら、映画のストーリーもまたいっそう深読みが出来そうな気配。それにしても、よくこのフレーズを映画のシーンとリンクさせ印象的な場面にしたなぁと、完成度の高い今回の脚本がどういうふうなプロセスで執筆されたのかを知りたくなった。
* この「宝島」の日本語訳は、青空文庫にもあるので下にリンク貼っておきます。


"Marooned three years agone," he continued, "and lived on goats since then, and berries, and oysters. Wherever a man is, says I, a man can do for himself. But, mate, my heart is sore for Christian diet. You mightn't happen to have a piece of cheese about you, now? No? Well, many's the long night I've dreamed of cheese--toasted, mostly--and woke up again, and here I were."


Literature Network (English)
Robert Louis StevensonTreasure Island ≫ Chapter 15
http://www.online-literature.com/stevenson/treasureisland/15/


「宝島」(佐々木直次郎訳) 青空文庫
http://www.aozora.gr.jp/cards/000888/files/33206_35955.html

「宝島」〜序〜 佐々木直次郎

http://www.aozora.gr.jp/cards/000095/files/50503_35954.html

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2017年12月31日

レムからスクイテン


Machines à Dessiner - Naissance d’une affiche


国書刊行会のレム・コレクションの表紙絵で知ったベルギーのイラストレーター(漫画家)、フランソワ・スクイテン。僕ははじめて聞いた名前だったんだけど、世界的に有名な人らしく、日本でもけっこう雑誌の特集で組まれていたみたい。「バンド・デシネ」っていうジャンルで括られている作風で、アメコミとはまた違った魅力がある。フランスのプログレバンド、アトールのジャケや、ロジャー・ディーンなんかを思い出してしまった。代表作「闇の国々」ってのがめっちゃ気になるけど、けっこういい値段するんだな。。どんなふうにこんな精密で透明感ある絵を描いてんだろうと思って、動画をいろいろ見ていた。


LesCites obscures.jpg
*画像はアマゾン、より


『スタニスワフ・レム コレクション』(全6巻)完結記念特集&フェアのご案内

http://www.kokusho.co.jp/special/2017/07/post-6.html
lem.jpg
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2017年12月24日

ツールの使い方


 Facebookは、知らない人へ広く、という拡散力は弱いように感じますが、ファン層が固まっていれば、高い確率で届けることができます。
 Instagramは、画像が主力ですので、絵本などビジュアルが強い版元は向いています。本関係だと、オシャレな書店さんが綺麗な店内とあわせて撮って下さると、すごく拡散しています。
 SNSはやはりダイレクトに読者へ繋がれることのメリットは大きいです。

 とここまで、「SNSはメリットがあるからやった方がよいよ!」という雰囲気ですが、実はあんまり強くそう思っていません。



SNSは本と読者をつなぐか(版元ドットコム:堀之内出版/小林えみ)
http://www.hanmoto.com/nisshi833


ちいさな(あるいはそうでなくとも)出版社がまだ知らない読者にどうやって自社の本を知ってもらうか、というのは、やっぱり苦労があるようで、潤沢な宣伝費があれば一番楽だろうけれども、なかなかそうはいかない。昔だったら人の足を使った営業くらいしかなかったが、今はネットのツールも選択肢の一つとしてある。

この10年は、SNSの流行り廃りがけっこうあった。「マイスペース」はもう白亜紀クラスの地層に埋まっているだろうから、思い返さなくてもいいだろうけど、ミクシー、ツイッター、FB、インスタ、とだいたいどれも3年でピークを迎えたころに、次の新しいサービスが登場して、皆群がり、また飽きて次のサービスへ。というのが繰り返されて今に至っている。これらすべての皆勤賞を遂げている流行に敏感な(裏の意味は=周囲に流されやすい、だ)人はけっこういるはずで、もう思い出せなくなったパスワードを気にしつつ、誰もアクセスしなくなった過去のログをときどき思い返してみては、ちっとも成長してない自分の現在に直面するも、スマホを持ったとたん、条件反射的に今日の晩御飯をぱしゃりと撮ってご満悦。報告ご苦労さまです。

僕はいつも不思議に思う。こんな絵を描きたい、とイメージしたときに鉛筆が必要なのか、それとも筆が必要なのか、それともスプレーがいいのか、がちゃんとわかっていないと何も描けない。こんな曲を作りたい、とメロディが浮かんだときにどんな楽器が必要で、どんな技量で演奏しないといけないのかをわかってないと、何も作れない。道具というのは、それ自身で何かをしてくれるわけじゃない。だから、何かを伝えたい、と思ったときに必要なネットのツールだって、それが目的にあっているものなのか、ちゃんとわかってないと、何も伝えられないんじゃないかと。
スマホのカメラは高性能だから、テキトーに撮ってもきれいに写るし、それを使えばキャッチーなインスタ画像になって、リアクションだってすぐにつくけど、それを見て何かを感じ取れるのか、というと全く何も思わないし感じもしない。でも、きっと「意図」のあるものよりないものの方が、多くの人に受けいられやすいんだろうなとはたしかに思う。だからけっこうSNSが苦手なのかなぁと思う。でもひとつ分かっているのは、いくら仕様やデザインが変わったところで、文字を使う、言葉を使って書くということだけは変わらない。変わってない。新しいツールに目を奪われるよりも、自分の言葉をしっかりと言えるようになる方がいいはずなのに、それができているひとはあまり多くないような。

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