2013年11月02日

「聖少女」(倉橋由美子)より


 浴室で鏡と対面。ものすごい顔。お化け。皮を剥がれ、道路工事のように掘りかえされた顔。びっくりして鏡のなかのあたしを指でこすってみたほどです。優美であらあらしく、顔の半分は獣で半分は聖女。充足と荒廃。左の眼が少し充血して、薔薇色の欲望のなごりみたいに光っています。唇があれているのは、ゆうべキスしすぎたせい。これがはじめて男をあいした女のもつ型どおりの顔らしい。笑ってみました。罪を犯したあたしと和解するためのおまじないの微笑。

「聖少女」 倉橋由美子(新潮文庫 p20)より



倉橋さんの小説を読んでいると、もうあちこちでふき出してしまう。決して物語が可笑しいからではなくて、この人の想像力・表現力のすごさに、ただただ驚いて、ページをめくるたびに脳の回路がパチンと切れ、感覚が麻痺しまうから。この人の脳味噌(特に言語感覚)はいったいどうなっているんだろう? 人間の想像力ってここまで研ぎ澄まされるんだ、とある種恐ろしい一面も感じる。特に比喩表現が独特で、安部公房とも通じる、秘めた狂気を持っているところがある。背中がゾクっとする。時代背景と関係しているのかが興味あるところ。文章からは高度経済成長期に入った当時の日本がどんな雰囲気だったのかがうっすらと感じ取れる。(日本語を話し読み書きする)日本人に生まれてきてよかった! と思わせてくれる作家。個人的には緊張感の漂う短編集「パルタイ」が一番好きで、この作品は僕のお気に入り小説・ベスト3のひとつ。

倉橋さんの文庫は絶版になっているものも多いが「聖少女」と「パルタイ」は版を重ね今も手に入る。
「聖少女」は新装カバーになり、改版され文字が大きくなって読みやすくなっていることと、巻末の解説が作家の桜庭一樹さんに変わっている。旧表紙カバーは、花をあしらったイラストで一見地味に見えるが、着物の匂いと大正時代を思わせる古い"文芸書"っぽい感じがたまらなくいい。旧版の解説は森川達也さん。

で、指し替わった桜庭さんの解説はこんな風にはじまっている。
 もしも、どこかで誰かに呼びとめられて、「この国で書かれたもっとも"重要な"少女小説はなにか?」と聞かれたら、個人的な好みで選んでよいか確認してから、わたしはこう答える。
「『聖少女』でまちがいないです」


‘どこにもない場所’-倉橋由美子の世界へようこそ-
http://book.geocities.jp/dragon_retriever/kura/kura.html

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2013年11月01日

「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」( 村上春樹)より


「俺たちは葬式にもウィスキーを飲む」と土地の人は言う。「墓地での埋葬が終わると、みんなにグラスが配られ、土地のウィスキーがなみなみと注がれる。みんなはそれをぐいと空ける。墓地から家までの寒い道、からだを温めるためだ。飲み終わると、みんなはグラスを石にたたきつけて割る。ウィスキーの瓶も割ってしまう。何も後に残さない。それが決まりなんだ」
 子供が生まれると、人々はウィスキーで祝杯をあげる。人が死ぬと、人々は黙してウィスキーのグラスを空ける。それがアイラ島である。


「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」 村上春樹(新潮文庫 p54-55)より

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この本は、村上さんがウィスキーをテーマにスコットランド(アイラ島)とアイルランドの旅をしたときの模様を一冊にまとめたもの。蒸留所めぐりとティスティングが主な内容だけれども、合間に描かれる現地の描写(村上さんの視点)がやっぱり面白い。村上さんの文章よりも写真の方が多いのが少し残念だが、オールカラーだし、視覚的に島の雰囲気などもわかる、と考えれば納得いく。充実した雑誌の特集のような感じでさらっと読める。本のタイトルのように、もしも「ウィスキー」が言語だったら、いったいどんな風になるんだろうと、ちょっと想像力をかきたてられる。
僕はいっとき、ワインを飲まなくなったときがあって、そのときは代わりによくスコッチを飲んでいた。スコッチは、考え事をするときには一番ぴったりな酒だと思う。ワインは会話を求めるようなところがある。アイラ島のものでは、カリラが一番好きだった。ただ、ウマいスコッチというのはけっこう高いので、そうそう飲むわけにもいかず、僕のスコッチ熱はそれほど長く続かなかった。
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2013年09月14日

「カスバの男 -モロッコ旅行記-」大竹伸朗



ヨーロッパから見るとアフリカ大陸への玄関口。地中海の南に広がる北アフリカ、マグレブの世界は芸術家たちを魅了するようで、これまでにも多くの絵描きが彼の地を訪れ、そこで新たなるインスピレーションを受け、すばらしい作品の数々を残している。ルノワールはアルジェリアへ、マティスはモロッコへ、クレーとカンディンスキーはチュニジアへ旅立った。中でもクレーはチュニジアへの旅行(1914年4月。当時35歳)で相当強烈な影響を受けており、こののち彼の画風はがらりと変わり、色彩溢れるものになった。「クレーの絵」と言われておそらく多くの人が連想する彼の作風は、このチュニジア以降に制作されたものだ。クレーはチュニジアでの体験を日記にも書き残している。それを読むと、このとき彼が見ていたものが、100年というときを経た現在でも色褪せずに伝わってきて、なんだか不思議な気持ちになる。

「色は、私を永遠に捉えたのだ。私と色は一体だ - これこそ幸福なひとときでなくて何であろうか。私は、絵描きなのだ。」4月16日木曜日、カイルアンにて(926o)
(没後50年記念 パウル・クレー展・展覧会カタログ、P117より)
このクレーの有名なセリフは、チュニジア旅行の日記からのもの(「クレーの日記 / 南原実訳・新潮社」という本が出ている)。僕は「クレーの日記」という本を持ってないので(高くて手が出ない)、全部を読んだことないのだけれど、手元にあるクレー展カタログの中に、チュニジア旅行時の日記が「クレーの日記」からいくつか引用されていて、断片的に読むことができた。これは「チュニジアの旅」というタイトルで、新藤史高さんが "クレーの日記" を交えがら書いたもので、チュニジアの旅がクレーの作品制作にどれほど影響があったかが語られている。クレーがチュニジアへ行くことになったいきさつに始まり、4月6日から21日までの日記が順に載っている。旅を終え、クレーがミュンヘンに戻った数ヵ月後に第一次世界大戦が勃発。そして、クレーと共に旅をした友人の画家がこの戦争で戦死してしまう。

アーティストが旅先で受けた刺激が作品に反映され、多くの人たちの目に触れる。それがまた新しい旅へといざなうきっかけになって、という風に繰り返していくうちに時代も変化してゆく。こういった素敵な循環が続いているのを、見聞きするのはとても楽しい。

僕が絵学生だった頃(こういう言い方があるのかな? 僕は美術学科などのあるちょっと珍しい高校に通っていた)、大竹伸朗さんはすごく人気のある画家で、雑誌などではわりと頻繁に彼の特集や作品が載っていた。オブジェのようなコラージュ作品だったり、ラフなタッチの絵など、その作品からは既成概念で固まった日本の美術界の古い体質から解放してくれるような何か新しいものを感じた。それが、特に若い世代からの熱烈な支持を得ていた理由のように思う。とにかく、絵描きの卵たちがあこがれるようなカッコイイ存在だった。この時期の、大竹さんの活動は当時の美術界でもすごく勢いを感じるものがあった。日本国内でというよりも、海外からの評価が高いアーティスト、今で言えば、奈良美智さんや会田誠さんのような位置にいたように思う。

「カスバの男 -モロッコ旅行記-」は、大竹さんがモロッコへ旅をしたときの日記と、そのときに描いた絵を一冊の本にまとめたもので、旅の翌年1994年に求龍堂から単行本として出版された。その後、集英社から文庫化となる。場末のカラオケスナックの曲目リストにでも入っていそうなタイトルが相当に効いている。「カスバ」とはアラビア語で城壁に囲まれた都市、城砦という意味がある。つまり書名「カスバの男」は、街の男、英語で言うならCity Boyという感じだろうか? レトロな語感があるが、意外とモダンな意味を持っているようだ。文庫化の際に当初あったカラー図版がいくつか削られるが、新たに「モロッコ・シリーズ」の銅版画のモノクロ図版が沢山加えられたとのこと。僕はこれより前に出ていた「倫敦 / 香港 1980」(1986年用美社より出版)というアート本を持っていて、この本のことはよく覚えているんだけれども、「カスバの男」に関してはほとんど記憶にない。きっと、完全にその存在を忘れているか、もしかすると当時、出版されていたことを知らなかったのかもしれない。なので、この文庫本に収められた作品の数々は旅行記を含め、ほぼ初めて接する感じで新鮮だった。多くの画家を魅了し続けたモロッコと大竹さん、果たしてどんな化学変化が起こるんだろう? という期待をしつつページをめくる。

この文庫には図版がけっこう多く載っているため文章量はさほどなく、半日もかからずに読み終えてしまった。絵だけではなく、「大竹節」とでも言うような、ロックの香り漂う勢いのある文章も魅力的だった。モロッコの旅の記録が、絵と文章で立体的かつ鮮やかに描かれている。ドローイングは一目見て "大竹伸朗" とわかるものだが、日記もまた見事に "オオタケシンロー" なのだ。彼の哲学のようなものが文中からいくつも感じられ、ぴしぱしといいパンチをもらったような感じがした。旅程は1993年の7月12日から同月23日までの11日間。まずロンドンからスペインのマラガへ飛び、モロッコへと入り旅が始まる。大竹伸朗というひとりの画家がモロッコという場所に身を置く中で、彼の視点からいくつかの言葉が綴られ、それが絵に反映されていく過程が順に見て取れる。帰路はマラケシュからロンドンへ。そこでこの旅の記録は終わる。雑草だらけの空き地でごろんと寝転びながら読んでみたくなる一冊だった。
そして、文庫版の巻末にある解説は旅好き作家の角田光代さんによるもの。彼女の短いエッセイが付いてるような感じで、少し得した気分だった。彼女はこの本に影響され、読み終えると同時に無性にモロッコに行きたくなり、即旅立ったのだとか。行動力がすごい。何かしらのテーマを決めた旅というもいいけれど、話にある角田さんのように、ふと思い立ったその勢いで行くというのも、また旅の楽しさのひとつなので、こういった直感力は忘れずにいたいと思う。

■ 本の中には名言ともいうべきカッコイイ言葉が随所にあって、刺激を受ける。旅のことはもちろん、絵についてや理論的なこと、哲学的なことだったりと、それはさまざま。以下、文中にあった大竹節、ピン!ときたものをいくつか。

「いろいろな国へ行き、着くとすぐ街中を何の目的もなくブラつくのが好きだ。それはいつも僕に強烈な何かの思いを残す。着いてすぐでなければいけない。一杯のコーヒーを飲んでからではすべてオジャンだ。何かが逃げてしまう。」(P21より)
そうそう、そうなんだよと。この感覚、すごく共感できる。知らない街にはじめて着いたときの、なんだかよくわからない心のざわつき。その瞬間にだけ、街に漂っているえもいわれぬ雰囲気。それらを取り逃がさないように、手当たりしだい両手を広げて空気をかきあつめようと気持ちだけがはやる。そんなことが、この一文にうまく表れているなと思った。あのざわざわした気持ちって、一体何なんだろう?

「モロッコでは、街中をぶらつくときには腕時計なんかより水が必要だ。何種類かのミネラルウォーターが店に置いてあるが、僕は"シディ・ハラゼン"という地名を商品名にして売っているボトルをよく飲んだ。そのつまらぬ動機から、フェズから東に10キロほどのところにあるというシディ・ハラゼンへ行ってみることにした。」(P105より)
観光地や名所なんかには目もくれず、ただ地名が気になったから、だったり、投げた靴の指し示す方向を見て行き先を決める。そんなきまぐれでその場所に行ってみると、思いがけないものに出くわしたり、導かれたかのような出会いがあったりするから不思議だ。知らない土地だからか、普段の生活では眠っている直感や、使ってない感覚が刺激され、知らず知らずのうちに働いているせいかもしれない。いつもとちがう感覚のときの思いつき、ってけっこうキレてることが多いんだよなと。これもまた旅の醍醐味だったり。

「モノのつくりかたは千差万別であり、それを生み出す人間のキャラクターに大きく左右される。10万の出来事を10年かけて整理し、たったひとつのものに表現する人もいれば、その出来事をできるだけ紙と鉛筆だけであらわそうとする人もいる。」(P67より)
モロッコである景色を前にして、大竹さんは「とにもかくにも絵を描きたい!」という衝動にかられる。これは、そのときにに感じたものを言葉にしたもの。この「描きたい」強い衝動をまずは線として、そして文章という形で表現をし、どうにかして紙の上に定着させるべく格闘しているようだった。ブロックを一つずつ積み上げるようにして地道にモノを作り上げる人、湧き上がるものをたった今、その瞬間にとどめたいという人。もし創造に対する「情熱」というものが数値で計れたとしたら、この二つの異なるタイプの「情熱」に差はあるのだろうか? とも思った。情熱の熱量、掛けることの制作に要した時間、その積(総量)はきっとイコールなのだと思う。そして、それぞれの作品には、創るにふさわしいだけの時間がすでに用意され(割り振られ)ているんじゃないかとも感じる。
郵便配達夫フェルディナン・シュヴァルが30数年もの月日をかけ石を積み上げて築いた「理想宮」、
即興演奏で無限の音を奏でるデレク・ベイリー。
執筆に10年以上もかけられたという夢野久作「ドグラマグラ」、
瞬間の美の極地だと思う、中川幸夫の生け花。
誰に見せるでもなく半生を使いひっそりと描き続けたヘンリー・ダーガーの「非現実の王国で」の絵。
(死後、自分の絵は焼却してくれとの遺言があったそうだ。幸運なことに、それは守られず彼の作品は残され、結果日の目を見ることになった。カフカの遺稿を思い出させるエピソードがここにもあった。イノセントすぎる表現者の意志は、ときに理解しがたい一面がある。)

「机の上に並べた色鉛筆を眺めていると、なんとなく人と欲望の度合いを思い浮かべる。1本手に入れると2本欲しくなり、それは3本、4本…と限りなく続いていく。そんな自分の欲深さがイヤになるときもあるが、僕は1本しか色鉛筆を持たぬ人間もあまり信用しない。」(P117より)
画家のまなざしから見た人間の本質、というようなものだろうか。例えるものを変えれば、きっと誰しもが心当たるところがあるように思う。けっこう深みのある言葉だなと、手にした色鉛筆を思わず噛みしめてしまう。

「どの国のどの街にも、どこかしらチューニングの狂った風景といったものがある。」(P128より)
この本の中で、一番 "オオタケシンロー" だと思った一文。マラケシュの街を歩いているときの模様から。大竹さんの目線は壁の広告だったり、ゴミ箱だったり、というのが多い(このあたりは本人も自覚している)。日記では、ゴミからその国のシステムを考察するというような展開にもなったりして、話の飛び方には相当な幅がある。まぁ、大竹さん自身が一番チューニングが狂っているような気がしないでもないけれど。

「モロッコをまわってヨーロッパに入ると、歴史に裏打ちされた、アルファベットの字間の整った文字の並びに大いなる退屈を覚える。」(P146より)
モロッコの滞在を終え、ロンドンへと飛んだ日の日記から。瞬時に違う文化にテレポートしたときに見える違和感(ファースト・インプレッション)のようなものが現れているなぁと思った。きっと、旅の終わりの哀愁感のようなものも少しは混じっているのだろう。

「東京というのは変なところで、海外から戻って新宿の歌舞伎町を2時間もぶらつけば、もう過去の時間を消してしまう強い酸性の同化作用を持つ。」(P138より)
この本にある、大竹さんのモロッコの旅は1993年。まだ歌舞伎町に活気があった頃だった。今と比較すると、東京の街の様子はかなり違っているが、ネオン街の持つケミカルな浄化作用のようなものは確かに存在した。振り返ると、少なくとも2001年ごろまでは、新宿歌舞伎町や渋谷のセンター街には毒気や妖しげな気配が漂っていたし、大竹さんの言うような過去の記憶を瞬時に消してしまう"強い何か"があった。それも、いつのまにか消え失せてしまった。残念ながら今の歌舞伎町(含め東京の街)には、このようなマジックのようなものを全く感じなくなっている(こういうものが、あった方がいいのかはまた別かもしれないが)。日本に戻ってすぐに、ふらっと新宿に出たりすると、数時間前までは、遥か彼方、海の向こうにあるどこかの国にいたはずなのに、もうそんなことを忘れネオンと雑踏の中に同化し現実に戻っている自分を感じたりもしたので、共感できるところがあった。
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2013年08月31日

「海の向こうで戦争が始まる」村上龍

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「愛と幻想のファシズム(1983年12月から連載が始まり、後に書籍化)」をきっかけに、少し遡って村上龍の初期の作品をいくつか読むようになった。「海の向こうで戦争が始まる」は1977年に発表された作品で、デビュー作「限りなく透明に近いブルー」に続く第2作目。彼の最高傑作と言われている「コインロッカー・ベイビーズ(1980)」のひとつ前に書かれたもの。
もう単純に「カッコイイ」、そのひとことに尽きる。"ザ・村上龍" のイメージが十分に味わえる一冊だった。ヒリヒリと痛くなるような、感性むき出しの文章で埋めつくされているのが魅力的だった。ナイーブさの裏返しだと思わせる、この研ぎ澄まされた表現は次作「コインロッカー・ベイビーズ」にも、しっかり引き継がれている。物語を描くというよりは、文章の表現力に挑んでるようなところがあって、「コインロッカー〜」へ到る実験作と思えるような印象を受けた。きれいなのか、ぐちゃぐちゃに溶けているのか、なんだかよくわからないまま、そのぎらぎらと輝く液体の中にすっぽりっと引きずりこまれてしまう、読んでいるとそんな奇妙な感覚に陥る。ローリング・ストーンズの「サタニック・マジェスティーズ(Their Satanic Majesties Request)」を聴いたときにも感じたサイケデリックな感触と似たところがあった。夢の中の世界をそのまま文章に書きおこしたかのように、めまぐるしくストーリーが展開してゆく。その描写は、とても映像的で一文一文が濃いため、読み手の状態がいいときでないと、かなり疲れるかもしれない。変な例えかもしれないが、こってりとした焼肉をたらふく食べたあとのように、胃ではなく"頭"がもたれてくるような感じ。

この小説では、全体的に無国籍かつ夢とも現実ともつかない世界が描かれていて、本を綴じてもその不可思議な世界の残像がしばらくの間残る。具体的にどこのどの場所をイメージして書かれたのかは、まったく想像がつかないがちょっとした断片から、少しだけイメージの源泉が見えてくる。現実世界とのリンクを想像しながら読み直すと、また別の楽しさがある。
冒頭部分、高級ホテルの建つ海辺のリゾート地とその向こうにある巨大なゴミ山が交互に描かれるシーンがあり、二つの対比する世界がとても印象的だった。このゴミ山は、フィリピンのスモーキー・マウンテンを彷彿させるところがあった。ここでの臭気漂う描写は、想像だけではとても描けるものではないと思う。
「ライオンの夢を見るのよ、ライオンがね、昼寝しているの、今のあたし達みたいに、お腹がいっぱいで、動く気がしなくて、インパラのお肉をどっさり食べて眠くてたまらないって顔してるの、そんな夢見るのよ。(P57-58)」というセリフからは、アフリカの地を連想する。巻末に氏の年譜なるものが掲載されていて、それを見ると、この作品を書く前の年に、村上氏はケニア、タンザニアへ旅行に行っていると記されていたので、東部アフリカの沿岸部が舞台になっているのだろうなと思った。


核兵器や生物化学兵器が蔓延する中で暮らす21世紀の住人からすると、「海の向こうで戦争が始まる」なんていうのは想像の中だけであってほしい。
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2013年08月28日

「妹ジョディ・フォスターの秘密」バディ・フォスター&L.ワーグナー

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"Foster Child - A Biography of Jodie Foster"
ジョディの生い立ちにはじまり、母とその恋人(なんと女性)に育てられた奇妙な幼少期、子役時代、女優としての方向性を決定づけたといってもいい「タクシ・ドライバー」にまつわるエピソードとその後の低迷期、そして「羊たちの沈黙」での成功に至るまでの努力と苦労が、近親者(実兄)のまなざしで描かれている。この本には、レーガン大統領暗殺未遂事件のあとジョディ・フォスターと周りの環境がどんな様子だったかが書かれていたので、読んでみたくなった。この事件は、その後のジョディの女優活動にも大きく影響を及ぼしたこともあり、書の中ではひとつのハイライトになっていて全16章中の2章分がこのことで割かれている。

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1981年3月30日、アメリカ合衆国第40代大統領のレーガンが報道陣の前で銃撃を受ける事件が起こった。レーガンは一命を取り留め(*)、結果大統領の暗殺は未遂に終わったが、このとき偶然にも取材用のテレビカメラが回っていた為に、ことの一部始終がしっかりと記録されていて、即時全世界のメディアに配信された。当時、僕はまだ幼かったけれど、トップニュースとして流されたこの恐ろしく生々しい映像をぼんやりとだが覚えている。特にテレビ媒体では、この短い銃撃時の映像が毎日のように繰り返し繰り返し流されていたので、刷りこまれてしまったのかもしれない。いま改めてYou Tubeでこの時の映像を見ても、突然の発砲に驚き逃げ惑う人々の影、現場の混乱した様子は事件当時に見た僕の記憶とほとんど変わらなかった。ブレとフォーカスの合ってない粗い映像がより現場の緊迫感を生んでいる。街中で要人に向け拳銃がぶっ放されるなんて、自分の住んでいた日本ではとうてい考えられない世界なので、漠然とだが外国って怖いんだなと思ったりもした。この大統領暗殺未遂事件の犯行動機に、ハリウッド女優のジョディ・フォスターが間接的に関係していた、という事を知ったのは随分あとになってからだった。

レーガンを撃ったのはジョン・ヒンクリーという男だった。彼は、映画「タクシードライバー」に影響を受け、デニーロ演じる主役の「トラヴィス」と自分自身をダブらせる。さらに、ジョディが演じていたコールガール役の「アイリス」とジョディ本人を重ね合わせ、彼女に対し異常な愛情と妄想を抱くようになる。それは、一般的な観客が映画スターに対する"憧れ"というものをはるかに超えたものだった(この映画の撮影時ジョディはまだ13歳だったけれど、その役どころは相当色っぽく、男を惹きつける"何か"をスクリーンからかもし出していたのは確か。そういえば洋画では、シャルロット・ゲンズブールやジェニファー・コネリー、レオンのナタリー・ポートマンなど、この年頃の少女が -大人びた- 印象的な役を演じていることが多いように思う。"13歳"という年齢は、"少女"というものを完璧なものにする大事な要素なのかもしれない)。
ジョン・ヒンクリーはジョディが大学に入学し寮生活を送るのと前後して、彼女につきまとうようになる(本によると、この男は、ジョディが出演していた映画「カーニー」の撮影現場にまで現れ、その中にこっそりと忍び込もうとしたが警備員に何度も追い返されている)。日ましに行為はエスカレートしていき、ジョディ宛に電話や手紙など一方的に送るも彼女には拒絶されてしまい(それでも二人は何度かは会話をしている)、最終的には、彼女との微々たる接点を失ってしまう。そしてこの後、この男はジョディの気をひくために、アメリカ大統領の暗殺というとてつもない計画を実行にうつしてしまった(当初の目標はレーガンでなく、カーター大統領だった)。一本の映画をきっかけに、妄想癖の強い男は現実世界との境界をなくし、反対に映画で架空の人物を演じた女は、現実世界に高い壁を築かなければいけなくなった。一個人の手には負えない、途方もない影響力を持った映画だったのだなと思う。

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(*) アメリカには20で割り切れる年に当選した大統領は、任期中に死去するという「テクムセの呪い(Tecumseh's curse)」というジンクスがあるそうだ。レーガン大統領の暗殺が未遂に終わったことで、以降このジンクスはなくなったことになる。レーガンは1980年の大統領選で当選し、任期は翌1981年1月20日から1989年1月20日までの8年間。アメリカは歴史の浅い国だといわれているが、それなりに面白い伝説があるんだなと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%A0%E3%82%BB%E3%81%AE%E5%91%AA%E3%81%84
(ちょっと考えが過ぎるかもしれないが、これまで続いてきた「テクムセの呪い」を守るために、レーガンの暗殺が企てられ、たまたまそこにジョン・ヒンクリーという条件の合う男がいたという見方もできないか? と思ったりもした。)
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良くも悪くも、若き日に演じた「タクシードライバー」のイメージが彼女につきまとい、ようやくそれらを払いのけ、女優としての評価が固まってきたときに、またしても「タクシードライバー」がらみの災難にみまわれたジョディだけれども、彼女のもつ強い意志と明晰な思考で、世間の目・レッテルを見事に払いのけていく。その姿には、演技とは別の輝かしさを感じた。一見、ハリウッドのきらびやかな世界にいるように見えるが、彼女に関してはあまり浮ついたところはなく、-スキャンダラスを売りものにする- 女優たちとは異なった、演ずることに徹しようとする芯の強い姿が見える。成功した子役が一人前の役者になるということは、ハリウッドでも相当難しいのだそうだが、彼女はその試練を乗り越えた数少ない役者のひとりなのだと。

ジョディ・フォスターのデビューは、コパトーンのCMだった、というのは有名な話らしい(僕はこの本ではじめて知った)。当時、子役として活動していた兄バディ・フォスター(この本の著者でもある)が、コパトーンのCMオーディションを受けていたときのこと。ジョディも母に連れられて会場に行っており、兄のオーディション中に、どういうわけか彼女が乱入するハプニングがあった。それが関係者の目にとまり、見事そのオーディションに合格してしまう。結果、兄ではなく彼女の方がコパトーンのCMキャラクターとして採用されてしまった。これが彼女がショービジネスの世界へと足を踏み入れるきっかけとなった。偶然のような、運命のような巡りあわせ。ジョディ(当時3歳)がこのときに出演したコパトーンのCMはとても評判がよかった。そのせいで、アメリカでは長年コパトーンのロゴにもなっている女の子(犬にパンツを脱がされそうになっている有名なやつ)は、ジョディ・フォスターがモデルだったという噂が今だに信じられているのだそう。著者はこの本の中で、あれはジョディが生まれる30年も前からあったものなのに、と半ばのろけ話のように語っている。
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■ Trivia Nation
"Was Jodie Foster the model for the Coppertone Girl?"
http://trivianation.blogspot.jp/2009/04/was-jodie-foster-model-for-coppertone.html

■ Real Florida: Red-faced with the Coppertone Girl
http://www.sptimes.com/2004/09/05/Floridian/Real_Florida__Red_fac.shtml

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この本で、もうひとつ興味があったのは「羊たちの沈黙」にまつわるエピソードだった。おそらくジョディ・フォスターの代表作といえば、必ずこの作品が挙げられるほど、彼女の持つ知性的なイメージとぴったり重なった映画だと思う。ジョディは、いわゆるマッチョな映画(ハリウッドの代名詞ともいえるけれど)が嫌いで、まともな映画と女性側に立った新しいヒロイン像を求めていた(これは、この時代のアメリカ社会を代弁する流れだったのかもしれない)。「羊たちの沈黙」はそんな彼女の構想に合うもので、彼女は原作者トマス・ハリスから権利を買おうと準備をしているところだった。この作品に対してかなりの思い入れがあった様子が伺える。しかし、すでにジョナサン・デミに先を越されていて、その権利は彼の手の中にあった。しかも、ジョディが最も演じたいと思っていたクラリスの役は、別の女優ミシェル・ファイファーにということが決まっていた。ここで彼女に幸運が訪れ、ミシェルはギャラの件でもめてこの話を降りてしまった。すかさず、ジョディはジョナサン・デミの元に飛んで行き直談判、執念でクラリスの役を自分のものにした。
もし、ジョディが先に「羊たちの沈黙」の権利を買っていたら、どんな仕上がりになっていたのかは興味あるところだけれども、結果からすると、ジョナサン・デミの監督でよかったのだと思う。ジョディ・フォスターによる監督業は、このときはまだ未知数だったのでどことなく不安がある。クラリス役に関しては、やはりジョディでなければ務まってなかったように思う。撮影中のジョディとジョナサン・デミの衝突は相当なものだったようで、そのあたりの様子がなかなか面白かった。
これまでに、彼女の出演した映画を見たり、雑誌のインタビューなどから、僕なりの断片的な「ジョディ・フォスター」像があったが、そのイメージはこの本でより詳しく語られている彼女の姿とそう違わないものだった。彼女は演技そのもので、自身を表現し、観た人にそれを伝えることができていたんだなと改めて関心もした。
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2013年08月21日

「おとなの味」平松洋子

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アジアの食文化を中心にした本を数多く出されている、平松洋子さんのエッセイ集「おとなの味」。ここに収められているエッセイには、「もうしわけない味」や「獣の味」、「腑に落ちる味」や「消える味」といったように、各章全てのタイトルに「〜の味」という名が付いていて、本を読み終える頃にはすっかりと「おとなの味」というものがどういうものなのか、わかったような気になってしまう。

平松さんの文章には、まな板の上でとんとんと野菜を切ってるような楽しい響きがある。言い得て妙な擬音の数々、八百屋の掛け声にも似た男気を感じる簡潔な文体からは彼女の人柄が想像できる。しっかりしているようでかなりのおっちょこちょい、割烹着が似合うとまではいかないけれど、「昭和」がほのかに香るいいおっかさん、そんなイメージが思い浮かぶ。料理や食材を文章で表現するのはとても難しいはずなんだけれど、平松さんの場合それがすごく自然で、読んでいる方もスッとなじむ。言葉を使って何か料理を一品仕上げてしまうんじゃないかと思えるようなマジック。塩加減、火加減ではないけれど、文章の味付けが、まるで調理しているときの手つきと同じように、いい塩梅でぴたりと押さえられている。またその適度さが、このエッセイのボリュームとよく合っている。そんなわけで、とても読みやすい一冊だった。


"ぼんやりした味"の章では、茶碗蒸しについての話が中心になっている。
「冷えこむ冬の朝、熱々の卵蒸しをおおきなさじですくって取り分け、木のスプーンで口の中に運び入れる。やさしい、やさしい味わい。おかあさんの腕の中で抱っこされているみたいな安心に包まれる。そこに見つかるのは、遠い時間のなかへゆっくり回帰していくような安堵である。(P59より)」

なんて表現があって素敵だなと思った。茶碗蒸しもそうだけれど、オムレツ、卵焼き、スクランブルエッグ等々、卵料理はふんわりとしたものが多いなと改めて気づいた。卵は、そのものが温められ、大事に守られて生育していくものだから料理の素材になったときも、その宿命というか性質のようなものが食感として表れてしまうんだろうか? とも思ったり。

"ずれる味"の章では、ベッドのシーツを剥いで天日干しのシーンからはじまり二転三転したあと、てんぷらへと話が飛ぶ。そこでは、
「てんぷらは揚げものだが、私は蒸しものの一種だと言いたい。衣をまとわせ、熱い油のなかへ静かに放つ。たちまちふつふつ沸き立つ細かな気泡は、いわば素材が放つ蒸気。魚の、野菜の水分をどのあたりまで抜くか、生かすか。これがてんぷらの勝負どころだ。(P62より)」

と、平松さん独特の料理哲学のようなものが垣間見られ、たしかにそうだなぁ。と説得力がある。

"水の味"の章は、水の硬度と料理法について書かれていてなかなか興味深い。ミネラル・ウォーターを飲む場合に水の硬度を気にすることはあっても、毎日の炊事のときにそれを気にすることはほとんどないと思う。地域・国によって多種多様な大地の恵と、そこに流れている水との関係性については深くうなずけるものがあった。
「関東の水で炊いた米は粒が立って硬めやから、がちがち食べんといかん。ところが京都の水はにやにやっとした炊き上がり。やわらこうてもちっとしてる。関東の水は硬度が高く、京都の水は軟水だからやね」
「その土地でとれるものには、その土地の水が一番やと思う。宇治茶を関東の水で淹れれば、渋くなる。逆に静岡のお茶を京都の水で淹れると、味が薄い。(中略)また、関東のパラッとしたごはんだからこそ、空気をふんわり含ませて握る江戸前の鮨が生まれ、いっぽう大阪では押してこしらえる棒寿司ができた」
(P197 - 199より)

と、京料理「菊乃井」主人・村田さんとの会話からも、水に対する論が導きだされている。
にしても、はたして水質の違いによるごはんの炊き上がりの違いがわかるほど繊細な舌をもった人が、(一般の人の中に)どれほどいるんだろうか? なんて思ったりもし(世界一のソムリエの称号に輝いた田崎真也さん曰く、どんな優秀なソムリエでもブラインド・テイスティングでワインの銘柄やヴィンテージを言い当てることはほぼ不可能で、ワインの特徴をつかむことで精一杯なのだとか)。だからこそよけいに、日々感覚を研ぎ澄まし、料理の腕を磨いている職人たちの味覚が際立ってみえた。


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2013年08月13日

「ビッグ・サーの南軍将軍」リチャード・ブローティガン、より


わたしは冷たいマティーニを口に入れて、それが体温とおなじ温かさになるのを待つ。なつかしの華氏98.6度 - この世の現実との唯一の絆だ。もっとも、口にふくんだマティーニが現実となんらかの関係があるとしてのことだけれど。
(P115より)


夜は冷えびえとして、星たちは液体のように透明だった。トゥインクル、トゥインクル、リトル・マティーニ・スター。
(P156より)


なんだこのカッコよさは!
と感嘆符付き(5つはつけたい)で思わず叫んでしまいそうなくらい、最高にカッコイイ小説だった。帰り道、いつものように本屋に立ち寄り、棚に並ぶ背表紙をぼんやりと眺めていたところ、奇妙なタイトルが目にとまり反射的に手が伸びた。「ビッグ・サーの南軍将軍」 BY リチャード・ブローティガン。初めて聞く作家の名前、名の響きからなんだか屈強な人物像(プロレスラーのような)が思い浮かんだ。ビッグ・サーって何? 南軍将軍って、南北戦争の話? と改めて表紙を見直し、そこに写っている胡散臭い風貌の男に目をやった。立派な口ひげをたくわえ、大きなブリキのポストに腕をかけている。フランク・ザッパやモンティ・パイソンと同じ種類の臭いを感じとった。一体何ものなんだろう? なんて思いながら、パラパラとページをめくっているうちに、彼の描く不思議な世界に魅了されてしまった。なんの先入観もなく、ただ適当に広げたページの中、目にとまった文章には強い磁力があった。勢いで他、彼の著「アメリカの鱒釣り」「西瓜糖の日々」を合わせて買った。
カバー裏の略歴を見ると、1956年、ブローティガンはケルアックやギンズバーグらビート・ジェネレーションの集まるサンフランシスコに行くも、彼らとは一線を画し、詩などの創作を静かに続ける。そして、1967年に「アメリカの鱒釣り」を発表するやいなや、一躍カウンターカルチャーのイコン的な存在となったのだそう。


この「ビッグ・サーの南軍将軍」という小説は、一章一章が短く、詩の延長にあるような文体は、リズムが良くて、すらすらと流れるように読める(町田康さんの「くっすん大黒」にも通じる音楽的な文章でもあり)。リー・メロンを巡る突拍子もない物語で、話の筋は一応あるのだけれど、ストーリーうんぬんはあまり大事なことではなく、それよりも言葉と言葉の間から生まれ、広がってゆくイマジネーションを楽しむというのが、一番合っているように思った。読んでいるときは、脳にびんびんと刺激が走っているのが分かる。頭の中で小さなスパークが無数に起こって、ぱちぱちとソーダがはじけているような気持ちよさがあった。読後には浮遊感が残り心地いい。なんだかちょっぴりサイケデリック。言語中枢が完全にシビレて、視覚にまで影響を及ぼしている感じだ。さらに原文は英語なの?と思うほど(藤本和子さんの)日本語訳が自然で素敵。邦訳で読むかぎりは簡潔な文章だし、難しい単語もなさそうなので、英語力のない僕でも原文で読めそうな感じがした。きっと英語独特の言い回しや、韻を踏んだ言葉などがたくさん詰め込まれていそうな気配があり、読み込むほどに味わいが増していきそう。
そしてふと、この小説の構成は、村上春樹さんのデビュー作「風の歌を聴け」と似ているなぁと思ったら、その逆で、村上さんが「風の歌を〜」を発表したときに、ブローティガンに似ていると言われていたのだそう。「村上春樹 - wiki」を見てみると、影響を受けた作家の中にブローティガンの名があがっていたので改めてビックリした。村上さんといえば、フィッツジェラルドやカポーティについて語っていることが多いので、彼のフェイバリッツの中に、このブローティガンがいたなんて全く見落としていた。気づいていれば、もっと早くに出会えていたのかもしれない。
以前に読んだ村上さんのインタビューか何かのエッセイによると、「風の歌を聴け」は氏がジャズ喫茶を経営しているときに執筆していたもので、店の終わったあとキッチンで少しづつ物語を書いていたため、必然的にあのようなぶつ切りの文章スタイルになったのだと語っていた。幅広く海外文学を読み精通していたところに、必要は発明の母的な状況が重なって、あの"春樹スタイル"が形作られたのかなと思うと興味深い。そういえば、村上さんの小説によくスパゲッティが出てくるように、ブローティガンの小説にはワインがよく出てくる。きっと、この人は相当な飲兵衛だったんだろうな。

すると、リー・メロンがいった「1ドル15セントで4ポンドのマスカット・ワインが買えるところを知っているぜ」 わたしたちはそこへ行った。(〜中略〜)キャンティやジンファンデルやブルゴーニュ・ワインの匂いのする樽から暗闇が生まれるのだ、とわたしは思う。
(P31-32より)


この本は、僕にとって今夏のちょっとした事件だった。まだまだ知らないことが沢山あるんだなと。

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2013年07月22日

「神々の食」池澤夏樹(写真・垂見健吾)

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この本は、南西諸島の空の上を飛ぶ日本トランスオーシャン航空(旧南西航空。二〇〇二年にJAL系列の航空会社になった)の機内誌「コーラルウェイ」に連載されていた同題のコラムをまとめたもので、二〇〇三年に単行本、二〇〇六年に文庫本化された(何でも、このコラムは沖縄好きにはたまらないものだったらしい)。著者、池澤さんは沖縄という土地に魅せられ、幾度も通っているうちに移住してしまった。それがちょうど、この連載のはじまったのとほぼ同じ時期だったのだそう。だからなのか、池澤さんはすっかり現地のひとの目線になって、この地の食文化について書いている。それはとても暖かく、沖縄に対する愛情から生まれてきてるんだなというのが、読んでいてよく伝わってくる。

文庫版ではひとつの題材が二見開き、計四ページに割り振られ、池澤さんの軽やかでさっぱりとした文章が三ページ(約一八〇〇文字)、その合間に垂水さんの洗練された写真が一ページ挿まれている、という構成(機内誌の一ページを飾るだけあって、美しい写真が多い)。全部で三十五の食べ物にまつわる話が詰まっている。発表されてから十年以上も経つっているのに、今読んでも古さを感じさせることない。品のある文章と、それを引き立てる味わいある写真で二重に楽しめた。密度ある内容なので一気に読めてしまう。全てにおいて共通しているのは、「沖縄の食」について書かれたものではあるけれど、単に食材の味を評したものではなく、それらがどういった人たちの手で作られているか、だったり、たずさわっている人たちの生活や生き様に関心が向けられているところ。そんなまなざしが、ひとつひとつの題材に、より奥深さを与えているんじゃないかと感じた。

三十五ある章は、どれも沖縄ならではの食べ物でユニークだ。本州の食文化とは全く違う「アジア」を感じさせるものが多い。イラブー(海へび)、ヤギ鍋、豆腐よう、黒紫米(インディカ米)など、中国南西部の広州やベトナムなど大陸の影響を受けたものが並ぶ。中でも特に興味を引いたものは、「橘餅(きっぱん)」というお菓子と「ソテツの味噌」だった。
橘餅(きっぱん)というのは、カーブチーやクニブー(九年母 / くねんぼ)といった柑橘類と白砂糖、そして少しの水だけで作る伝統的な菓子のこと。出来上がるまでに丸五日を要し、非常に手間のかかるものなのだそう。簡単に言ってしまえば、柑橘系果物を、ジャムより、もう少し煮詰め成型したもの、といった感じだ。読んでいると、口の中がすっかりよだれで溢れてしまっていた。
ソテツ味噌は、文字通りソテツ(の実)から作られる味噌で、ソテツが食用になる! という驚きと、その未知なる味に想像が膨らむ。ソテツは救荒作物として需要があるくらいで、食に困窮したときに飢えをしのぐための悲しい食材。それが、昔のように、食に不自由する時代でもなくなってきた現在でも、食されているというのは、よっぽどクセなる味なんだろうかとも思ってみたり。それは、この植物の実を人の口に合うまでにいたる面倒な工程を知るとより強く思う。ソテツの実は有毒なため、食用にするには手間ひまがかかるのだそう。実を割ったあとは四十日ほど乾燥させ、そのあと一週間ほど水を入れ替えながらアクを抜かなければならない。さらに、それを乾燥させ、粉状にしたあと、ようやく加工原料となる。ちょっと、どんぐりの食べ方と似ているなぁと思った。ソテツ味噌にするには、ここからがスタートで、ソテツの粉末と米で麹を作り、この麹に大豆と塩を合わせ、発酵と熟成に一年間をかけてようやく仕上がる、という本当に時間のかかるものだった。このように、そのままでは食べれないものを、口にできるまでにする為の知恵と工夫を見ていると、一体どういった経緯でこういう加工技術にたどりついたんだろうと不思議に思える。
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2013年06月10日

Brutus・6/15・最新号

ブルータス「古本屋好き」
http://magazineworld.jp/brutus/756/read/
下北沢北口のすぐそばにあった書店が先月5/26で閉店していて、えらいショックだった。本屋さんというのは、街の安心感の印みたいなものだったんだな、ということに改めて気付いた。去年の6月に下北の名物古書店「幻遊社」さんの閉店を知ったときと同じような悲しさがある。まだ少し救われる(大げさ?)のは、「ほん吉」さん、「古書ビビビ」さん、「B&B」さんといった面白い本屋さんが数軒営業していることで、下北に寄ったときはついついここへ寄り道してしまう。中でも下北タウンホール前にある「ほん吉」にはよく行っている。ここはアート関係の書物も充実していて、いるだけで楽しくなってくる。入口付近にいると「ここの本屋いいの揃えてるんだよ」といって、店の前を通っていく人たちの声も何度か聞こえてきたり。あるときは、それがフランス人だったりして、隣にいた連れの女性に嬉しそうに話していた。えらいマニアックな場所を知っているんだなと僕の方が驚いた。フランス人はこういうところへの嗅覚が自然と身についているんだなと、感心したり。

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バングラデシュの首都ダッカのモティジール地区にある古書通り。

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ここで、ベンガル語の本を買った(何の本かはさっぱりとわからないけれど)。中ページはベンガル語の文字が栗色のインクで刷られていて、すごくきれいだった。
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2013年05月23日

「まだある。」初見健一

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■ まだある。
今でも買える"懐かしの昭和"カタログ 〜生活雑貨編〜

昭和の時代に発売され、今もなおつくり続けられているロングセラー商品、約100点ほどを集めた一冊。主に全盛期?の1960〜1970年にかけての製品が半分以上を占めているが、古くは1900年はじめの頃からある製品ではじまり、年代順に並んでいる。きれいな写真とともに、筆者の思い出やこれらにまつわる体験談とが交互に載っていて、「ああ、そうだったなぁ」なんて懐かしい気持ちになってしまう。この本で初めて知った商品もけっこうあった。これはシリーズ化されていて、駄菓子や玩具編もあるようなのでそっちもまた読んでみたい。


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この本にあるようなレトロ昭和を感じさせるものが家にないかなぁと思って探してみるといくつかあった。
ニードの洗顔料「ぬかっこ」と、「キクロン」のスポンジタワシ(これは掲載されている)。米ぬかが主成分の「ぬかっこ(こういうストレートなネーミングは素敵)」は、肌にもやさしく洗いあがりはすごくさっぱりするのでもう十年、二十年?近くこれを使っている。キクロンはほんと万能で便利。粗い面がしっかりしていて、汚れ落ち感がすごくいい。よく見ると「たわしの革命児」っていう仰々しいキャッチコピーが入っていて、頼もしさを感じる。
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