2014年05月10日

「人間の土地」サン=テグジュペリ、より


 航空のことなんか言っているのではない。飛行機は、目的でなく、手段にすぎない。人が生命(いのち)をかけるのは飛行機のためではない。農夫が耕すのは、けっして彼の鋤(すき)のためではないと同じように。


「人間の土地」サン=テグジュペリ、堀口大学・訳
"7 砂漠のまん中で"(新潮文庫 p189)より

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この本は何だろう、すごく心震えるものがあった。テグジュペリの言葉が熱した鉄板となって、心臓を押し焼くかのようだった。熱い熱い思いが伝わる。決して大げさに言っているわけでもなく、人間の営みの美しさ、決して色褪せることのない普遍的な姿が、端正な文章で綴られている。ああ、求めていたものがもう全てここにあるという具合。そうそう、こういったものには出会えない。きっとフランス人というのは皆、大なり小なりはあるだろうけど、このテグジュペリの本にあるように、ひとりひとりが自分の人生を謳歌しながらそれぞれの哲学をつくり上げ、自分の築いた価値観を信じて行動しているんだろうなと思ったりもした。旺盛な好奇心で自身の視野を広げ、そこから開けた世界を深く見つめる。そういったものを楽しむ文化が日常的にあるからこそ、豊かな心の土壌が生まれ、こういった本が生まれてくるんだろうなと。
もっと若いときに、この本に出会っていたら、きっとその後の人生が大きく変わっていただろうとも思ったり、いやいや、若い頃だとこの書の持つ深みは十二分には理解できてなかっただろう、という自分もいたり。本の読み時というか、自分自身の熟し具合というか、タイミングというのも大事な要素だなと感じたりもする。まぁ生きているうちにこれを読めたことはすごく幸せだったと思える。人生の標になるような一冊。

表紙画と巻末の解説は宮崎駿さんによるもの。
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2014年05月07日

「香港市民生活見聞」島尾伸三、より


一九八二年に起きたフォークランド紛争の時、イギリスがこの戦争の出費を植民地からの税金でまかなうのではないかという話が持ち上がり、その後この不安は形を変えくすぶっています。露骨な形での増税はありませんし、飴と鞭の使い分けがうまく税金の徴収方法も巧妙です。しかしタクシーの「車両登録税」や「タクシー運転のライセンス税」などの大幅値上げが通告されると、油麻地(ヤウマーデイ)、旺角(モンコク)といった大繁華街では暴動騒ぎが起きたりしています。


「香港市民生活見聞」島尾伸三
華僑と香港 "英国的殖民地"
(新潮文庫 p33)より

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写真家の"島尾伸三"さんといっても、ピンとくる人はそう多くはなさそうだ。それよりも、"しまおまほ"のお父さんと言えば、もう少しだけ分かりやすくなるのかも。
この本は、香港歴15年(当時)という著者が香港についてを記したもの。出版されたのは1984年、もう30年近く経っているはずなのに、書いてあることは全然古いと感じさせない。1970年代後半から1980年はじめにかけての香港についての話が中心になっているのかな? 香港の歴史・政治、一般市民の風俗にはじまり、富豪やお金にまつわる話、マフィアから阿片などちょっと危険なものもあれば、迷信や霊、占いなどの面白話、そしてやはり食について。どのテーマもおおよそ同じ深さまで掘り下げられているので、統一感というかまとまり具合がすごくいい。本の中で、島尾さんは当時の中国や香港に惹かれ通うようになったと語っているのがえらく不思議に思えた。この時代の中華圏世界というのは、今とは発展度合いが全然違っていたから、経済成長真っ盛りだった日本からすれば、あまり見向きされない場所でしかなかったように思う。おそらく日本人の欧米崇拝が一番ピークだったろう時期に、このうらぶれた東アジアの一端をしっかりと見つめていたことは、よっぽどこの地が好きでなければできないことだ。それだけでも十分にスゴイことだなぁと感じる。島尾さんの視点による当時の香港の魅力が今ごろやっとわかり、面白いと思えるようになった(僕がまだ学校に行っていたときに、この本の姉妹版「中華図案見学」を父が買ってきて、僕にくれたのだけれども、そのときはあんまりというか全く興味がわかなかった。本は写真や図版も多く載っていてとてもカラフルなのだが、子供目線で見ると、ややとっつき難いところがあったのかもしれない)。
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香港市民生活見聞.jpg



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2014年05月05日

「誠実な詐欺師」トーベ・ヤンソン、より


人びとは<人間みたいな>特質を犬に押しつける。気高さとか愛想のよさとかいったものを。犬は口をきかず、人間にしたがう。でも、わたしたち人間をじっくりと観察して知りつくし、わたしたちのみじめさを嗅ぎつけてしまった。それなのにあいかわらず人間につきしたがう。


「誠実な詐欺師」トーベ・ヤンソン、冨原眞弓訳
(ちくま文庫 p9-10)より

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文章って不思議だなと思う。数十種ほどの文字を組み合わせることによって、その言語を使っている人たちの住む土地の自然やいとなみ、匂い、色、雰囲気などまでを、かなり正確に伝えることができる。もちろん書く人の才によるところは大きいのだろうけれど、特にこの本に関してはそれを強く感じた。また、日本語という異なった言語に一度、翻訳されているにもかかわらず、北欧の香りや空気が言葉と言葉の間にしっかりと隠れていて、どこかひんやりとした感覚が漂っているようだった。冷たいミストに肌を覆われているような、皮膚全体に伝わる何かが感触として残る。フォギーで濁った光が、弱々しく足下に届く。どんよりと鈍く、色の抜けた世界が目に浮かんでくる。とても映像的な文章の質感。冬の夜に、編み物をしながら語られるような、温もりある語り口は、物語の中にスッと入り込んでいける。女性作家特有の「中心」のない文章が、場面場面、文と文を緩やかにつないで、イメージの余韻を長くしているようだった。輪郭のない、曖昧さが頭の中に積もっていく感じ。派手なストーリーでもないし、特異なことが描かれているわけでもないけれど、心に残るいい一冊。

■ 今年、2014年はトーベ・ヤンソンの生誕100周年にあたり、地元フィンランドをはじめ回顧展が各地で開催されるとのこと。日本でも秋以降に彼女の美術展がいくつか予定されているよう。
http://www.moomin.co.jp/tove100anniv/
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"Den ärliga bedragaren" by Tove Jansson, 1982
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2014年04月18日

ガルシア・マルケス死去


ノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア・マルケス氏が死去した。コロンビアのフアン・マヌエル・サントス大統領はTVメッセージで3日間の服喪を宣言した。



「ガルシア・マルケス死去、コロンビア服喪」
http://japanese.ruvr.ru/news/2014_04_18/marukesu-fukumo/
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2014年04月08日

「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか」町山智浩より


 アメリカでは、晴れた日にも洗濯物が干せない。
(中略)

 アパートやマンションには管理組合のルールがある。アメリカでは一軒家でもそのコミュニティ(町内会)の規則があり、それに違反すると法的処置を取られる。そして、アメリカではたいていの場合、外に洗濯物を干すことは禁じられている。
(中略)

 もちろん、今でも洗濯物を外に干している場所はある。南部の黒人たちが住む掘っ立て小屋、都会のプロジェクト(貧困層用公的住宅)、それにホワイト・トラッシュが住むトレーラーハウスが集まったトレーラーパーク。だから、物干し禁止令ができた。つまり「乾燥機を買えないほど貧乏な人が住んでいると思われると困る」ということだ。実際、洗濯物が外に干してあると、その地域の不動産価格が下がってしまうらしい。


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合理性や生活の向上を追求し、ルール作りをしていくと、どうも理解しづらい変な結果にたどり着いてしまう不思議。アメリカ在住の町山さんが、気になったゴシップや3面記事的なエピソードについて、いろいろと突っ込みをいれている面白い一冊。アメリカのごく日常の生活も、日本人の目から見るとえらく奇妙に映り、それがまた極端で突飛だったりするから笑えてしまう。町山さんの視点がおかしいのか、アメリカがおかしいのか、あるいは複合技なのか。

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「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか -超大国の悪魔と夢-」町山智浩
Chapter 1 "Living in America"
晴れた日に洗濯物を干す自由を我等に!(文春文庫 63-64)より
キャプテン・アメリカはなぜ死んだか-町山智浩.jpg
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2014年04月05日

ユリイカ・特集「セルジュ・ゲンスブール」より



それから、未成年だからだからって子供とは限らない。俺はいつだって不釣り合いな関係がお気に入りだった。ナボコフの本、「ロリータ」も好きだったしね。ナボコフの詩に曲を付けていいかどうか、本人に聞いてもらったことまである。ちょうど「ロリータ」を原作にした映画を撮っている時だったんで断られたけどね。それに、俺の信じるところでは、男は年をとると段々ましになっていくけれど、女は逆の道を歩むのさ。


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このおっさんが言うからかっこよく聞こえる。ほかインタヴューの中に、彼が子供の頃にロスチャイルド一族の家に遊びに行き、そこでストラヴィンスキーに会ったというエピソードがあって、アレ?と思った。なんでそんな繋がりが? ゲインズブール一家は、ロシア革命を逃れヨーロッパに渡ったユダヤ系の移民にあたるそう。セルジュがただの変人でないのは、博学で正統な教育を受けていたという裏づけがあるからで、その背景にはロシア系ロスチャイルド家の流れをくむ家系、とくに芸術的に恵まれた家庭で育ったということが関係していた(最近の研究で、親の学習したことや体験したことが子にも遺伝するという研究結果が報告されているので、才能の遺伝というのはありうるのかも。逆をいえばDQN家系は連鎖しつづける=納得)。そういえば、広瀬さんの「赤い楯(集英社文庫の第二巻・恐怖のドレフュス事件の章)」の中にもゲインズブール家のことが書かれていたのを思い出し、本を開いてみると、ジェーン・バーキンも立派な家系の持ち主だった。この二人、単なる変人と女優のカップルではなく、華麗な家柄の組み合わせだったんだなと。世界的にも話題になるカップルだったけれども、単に上流階級の戯れをメディアを通じて見せつけられていただけだったのだと、改まって思うようになった。まぁ背景がどうであれ、二人の残した作品の数々は、いいものに変わりない。

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青土社 ユリイカ・詩と批評・7月号 1995
●増項特集:セルジュ・ゲンスブール
「モア・ノン・プリュ」をつけずにはいられない (1964-1983)
セルジュ・ゲンスブール・インタヴュー(訳:星埜守之)
メロディ・ネルソン、について
"ロックン・フォーク (Jul. 1971)" インタヴュアー:リュシアン・リウー(p130)、より

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2014年03月27日

「悪魔物語・運命の卵」ブルガーコフより


そう、顕微鏡を覗いていたのはペルシコフ教授だったのだ。教授の人生、その思考のいっさいが右の目に集中された。石のような沈黙がつづく五分ばかり、焦点のずれた標本にたいして痛いほど目を緊張させて、最高の存在物である人間が最下等の生物を観察していた。


「悪魔物語・運命の卵」ブルガーコフ、水野忠夫訳
"運命の卵"(岩波文庫 p103)より


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ブルガーコフ、その名前に惹かれて一冊の文庫本を手に取った。表紙カバーの写真を見ると、モノクロームの陰影ある作家のポートレート、「カリガリ博士」や「吸血鬼ノスフェラトゥ」などドイツ表現主義的な雰囲気が漂っていた。図版横に添えられた短い解説には、20世紀初頭、ロシアのSF小説とあり、より興味がわく。目次を開く、そこには書のタイトルと同じ二篇の物語の文字。ページをめくる。最初の物語は「悪魔物語」。とあるマッチ工場のシーンからはじまる。珍しい舞台設定。そして出だしの数行目「中央マッチ工場の書記として正規採用されたコロトコフだけは〜」という箇所から、もうわくわくしてしまう。閉ざされた社会主義国家の香りがぷんぷんとする。
二番めの物語「運命の卵」の中では、H.G.ウェルズの小説が登場したりし、彼の作品を意識していたのかなと思わせる箇所もあった(実際、この「運命の卵」は、ウェルズの「神々の糧(1904)」という小説が下敷きになっているそう*)。小説家として、やや先輩にあたるウェルズとも通じる明晰な文章と、良い翻訳、もちろん物語の面白さとあわせて、一気に読めてしまう。ロシアっぽさを感じる独特の表現(『最高の存在物である人間が最下等の生物を観察していた』なんていう言い回しは、日本人の感覚ではなかなか出てこない)にもビリビリとシビれ、読み終わる頃には、もうすっかりファンになっていた。

「運命の卵」は1924年に書かれた作品。ブルガーコフはウクライナのキエフ生まれということもあり、1925年製作の「戦艦ポチョムキン」とも、場所や時代が重なっている。「ポチョムキン」は学生時代に映像の授業で見た記憶があって、どんなストーリーだったかはすっかり忘れたが、赤ん坊の乗った乳母車が長い階段を転げ落ちるシーンがすごく記憶に残っている(この印象的な場面は、ハリウッド映画「アンタッチャブル」の中で、オマージュとして引用・再現され、さらに有名になった)。また、ディストピアものの代表作「メトロポリス」も1926年に製作されているので、ほぼ同時代に生まれた映画だ。何かそれぞれ見えない糸でつながっているものがあるように思った。


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* ■ ミハイル・ブルガーコフの『運命の卵』 -人知に対する批判をめぐって-
中澤佳陽子
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/54250/1/SLA0280010.pdf

The Fatal Eggs - wiki
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Fatal_Eggs
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2014年02月24日

「旅する力 -深夜特急ノート-」(沢木耕太郎)より


確かに、日本では一度メインストリームからはずれてしまうと、もうそこにはもどれないというところがある。アメリカやヨーロッパはもう少し弾力性があるような気がするが、少なくとも日本では一度ドロップアウトした人が途中から官庁や大企業に入るのはとても難しい。私は必ずしも官庁や大企業に入ることがすべてとは思わないが、一度コースをはずれてもまた入り直すことができる可能性があるとないとでは決定的な違いがある。



「旅する力 -深夜特急ノート-」 沢木耕太郎(新潮文庫 p303)より

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外国を旅をしていると、自分が日本人なんだなということを改めて認識する。あたりまえだけれども、日本にいるときには、あまりそういったことを感じることはない。そして、日本に戻って普段の日常生活にもどると、これまで気にしてなかった日本の良さがしみじみとわかる。同時に、日本のいいところの裏返しになっている部分もちらりと見えるようになる。それらは非常にうまく隠れていて、多くの人は気づいているのか、気づいていないのか、日々の生活の中では気にもとめない。意図的に蓋をし、見てみぬふりをしているだけなのかもしれない。見えないよう、見えないよう、広く広くはびこっているのは、村社会とそこからくる閉鎖性や、組織や集団を最優先にする性質。これらが「日本社会の息苦しさ」の根本的な原因になっているように思う。特にこの数年は異常なまでに、規律や礼儀をかざして、それに従えさせようという傾向が強い。いったい誰のために? と思ってしまう。窮屈で何もかもがやりにくい。表面的な礼儀なら僕はいらないよ、と。
ジョブスや、ゲイツのような異端児が欧米からしか出てこないのは、沢木さんがいうように、メインストリームから外れた人を迎える土壌があるかないかの違いなのだと、読んでいて思った。取り替えがきいて、あてこむのは誰でもいい、そんな集団を機能させるのには、日本型の社会は間違いなく適している。規律があり統制の取れた社会は、一見理にかなっているのだけれども、誰かがわからないようにちょっとずつ調整をずらしていくと、何か得体の知れない姿になっていくような気がする。ときどき、自分のいる場所から離れ、俯瞰して見直さなければいけないなと思う。いまの日本がどこかおかしいと感じているうちは、まだ正気を失っていない証拠だろう。

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2014年01月23日

「全東洋街道」藤原新也、より


 ビルマの僧衣は紅である。僧衣というものはインドでは真紅、チベット、ビルマではややくすんだ紅、タイでは黄、そして中国、朝鮮ではグレー、日本では黒となる。まるで神である真紅の太陽がインドに揮発し、徐々に階調を落しながら、ついに日本では闇となるようなものだ。


「全東洋街道(下巻)」藤原新也、より
第八章 "金色の催眠術"(集英社文庫 p80-81)



「全東洋街道」は、アジアの果てトルコ・イスタンブールから旅がはじまり、イラン、パキスタン、インド、ビルマ、タイ、中国、韓国、そして最終地の日本で物語は静かに終える。この旅は、ユーラシア大陸を西から東に縦断するというもので、沢木耕太郎さんの「深夜特急」とは逆のルートになる。日本人にとって馴染みある東アジア文化圏から、多様な文化が混在するユーラシア世界へと飛び出す分散型の旅が「深夜特急」だとしたら、藤原さんの「全東洋街道」は、文明の十字路にあたるトルコ、世界観が180度異なるイスラムの世界が出発点。そこから自分の巣へと帰りつくように、徐々に東洋観の世界に戻っていく収束型の旅。土地土地で異なる習慣や文化を身体で感じとりながら、旅が進むほどより俯瞰的な眼差しへと変わっていく。この本は後半になると、まるで悟りを開いたかのような境地で語るようになっている。旅行記というよりも哲学書のような奥の深さがある。人の業というか、普遍的な価値観が書かれているように思う。サン・テグジュペリの「人間の土地」と、どこか通じるものを感じた。旅に関する本では、僕が学生時代に相当影響を受けた一冊。少し大げさかもしれないが、僕にとっての経典みたいなもので今でも時々読み返している。そのたびに新しい発見があり、ムスリムにとってのコーラン、キリスト教徒にとっての聖書は、こういうった存在なのかなと思ったりした。

僧衣の色が、大陸から日本へ向かうほどに、彩度を失うグラデーションになっていることにはまったく気付かなかった。たしかにそのとおりで、民族の死生観と色彩がどのように関係しているのか等、色々と考えてしまう。


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2014年01月08日

「深夜特急」沢木耕太郎、より


 ラホールは、独立パキスタンの首都たるにふさわしい歴史と規模を持っていたが、インドに近すぎるという理由で選に洩れてしまったという。そう言われれば確かに近い。インド国境からのバスの料金が僅かに一パキスタン・ルピーにすぎないのだ。私は、すでにインド側の銀行で手元に残ったインド・ルピーをパキスタン・ルピーに両替してあったが、その時の換算率によれば、パキスタン・ルピーはインドルピーよりいくらか安く、一ルピーが三十円ほどだった。つまりラホールはインドからバスで三十円ほどの距離しか離れていないのだ。

「深夜特急(4)シルクロード」沢木耕太郎、より
第十章・峠を越える(新潮文庫 p24-25)




沢木さんの「深夜特急」を読み直してみると、以前に読んだときとはまた違った印象があり「あれ、こんなんやったかな?」と、自分の記憶にあるものと重ならないものがけっこうあった。本に書かれていることは、出版されて以降、何版重ねたとしても変わるはずがないから、僕の中で物語の印象が少しずつ変化していったのだろう。改めて読んでみると、お金に関する事細かな描写が多く、まずそこが意外な箇所だった。その時々で読む側も興味のある箇所や感じるところが違ってくるだろうから、読み直したときにちょっとした再発見があったりすると嬉しいものがある。「深夜特急」が書かれてから長い年月を経た今でも、多くの人に読まれ続けているのには、何度読んでも楽しめる、こういった要素を持っているからなんだろう。

シリーズ3、4にあたる南アジア編では、銭勘定にまつわる話がやたらと続く。長旅をする人特有の金銭感覚がよく描かれていて、それがわりと現実的な感覚と結びつき、読み手にリアルな気持ちを与えるのかなと思ったりした。今のように、ネットで簡単に現地情報が手に入るわけでもなく、実際に現地に行かなければどうなのかが分からなかったような時代だ。ケータイはもちろん、クレジットカードもきっとなかっただろうし、自分の目と手持ちの現金しか頼るものがない。感覚がある一点にだけ鋭敏になるのは、なんとなくわかる。

「ラホールからインドまでのバスは30円ほどの距離しかない」という発想は、奇妙でかつとてもユニークだ。バスの運賃とその走行距離とを、為替レートを使って変換するあたりが、もう非日常的。ひとつの国から次の国へ移るとき、その中間に位置する国境で両替をするということは、それまでの旅のいっさいを清算するような感覚になったりする。そのときに、いろんな価値観や馴染んできた習慣などがぐしゃぐしゃになって、異国の通貨の中に全て集約されてしまう。手の中に収まったお金は、ただの数字の描かれた金属や紙ではない重みがしっかりとある。上記文には、そういったことがうまく出ているなと思った。



■ 世界主要都市のタクシー料金比較(1,000円でどこまで行ける?)
http://www.tripadvisor.jp/pages/TaxiFare_zoom.html
世界の主要都市を走るタクシーが、1,000円でどれ位の距離を走れるかを比較したイラストマップ(インフォグラフィックという)。一位はインドのCNG、二位がタイ、日本はオランダに次いで最下位を争った(やっぱり日本のタクシーは高い!)。タイは日本と同じく石油資源には恵まれず、ほぼ輸入でまかなっているはずなのに、安いのは何でだろう? この図にはバングラデシュが入ってないけれども(おそらくデータがなかったためだろう)、僕が現地で得た感覚からするとインドよりもバングラの方が安かった(インドよりもさらに距離は長くなると思う)。
トリップグラフィックス 世界主要都市のタクシー料金比較





 カルカッタにはすべてがあった。悲惨なものもあれば、滑稽なものもあり、崇高なものもあれば、卑小なものもあった。だが、それらのすべてが私にはなつかしく、あえて言えば、心地よいものだった。


「深夜特急(3)インド・ネパール」沢木耕太郎、より
第七章・神の子らの家(新潮文庫 / p64)




香港からロンドンへ向かう沢木さんの「深夜特急」、イスタンブールから日本へと向かう藤原新也さんの「全東洋街道」、行き先と目的の異なる二人の旅はインド、ベンガルの地「カルカッタ」でクロスしている。カルカッタという街を通して、互いのまなざし、描写などの違いを読み比べてみると面白い。共通する視点も多々あって、そういったものは街の持つ普遍的な表情だったりするのかなと思った。

風にはこの街固有の匂いがある。腐敗と蘇生、死と生の無尽に絡み合い連鎖し合うこの街の魂の匂いだ。
(中略)
私はこの屋上から夜のカルカッタの街を見ているのが好きだった。なぜかこの匂いと街の音楽の中に居ると、妙に気分が安らかになるのを覚える。

「全東洋街道(上巻)」藤原新也、より
第六章 "東洋のジャズが聴こえる"(集英社文庫 / p264-265)




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