2014年04月18日

ガルシア・マルケス死去


ノーベル賞作家ガブリエル・ガルシア・マルケス氏が死去した。コロンビアのフアン・マヌエル・サントス大統領はTVメッセージで3日間の服喪を宣言した。



「ガルシア・マルケス死去、コロンビア服喪」
http://japanese.ruvr.ru/news/2014_04_18/marukesu-fukumo/
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2014年04月08日

「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか」町山智浩より


 アメリカでは、晴れた日にも洗濯物が干せない。
(中略)

 アパートやマンションには管理組合のルールがある。アメリカでは一軒家でもそのコミュニティ(町内会)の規則があり、それに違反すると法的処置を取られる。そして、アメリカではたいていの場合、外に洗濯物を干すことは禁じられている。
(中略)

 もちろん、今でも洗濯物を外に干している場所はある。南部の黒人たちが住む掘っ立て小屋、都会のプロジェクト(貧困層用公的住宅)、それにホワイト・トラッシュが住むトレーラーハウスが集まったトレーラーパーク。だから、物干し禁止令ができた。つまり「乾燥機を買えないほど貧乏な人が住んでいると思われると困る」ということだ。実際、洗濯物が外に干してあると、その地域の不動産価格が下がってしまうらしい。


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合理性や生活の向上を追求し、ルール作りをしていくと、どうも理解しづらい変な結果にたどり着いてしまう不思議。アメリカ在住の町山さんが、気になったゴシップや3面記事的なエピソードについて、いろいろと突っ込みをいれている面白い一冊。アメリカのごく日常の生活も、日本人の目から見るとえらく奇妙に映り、それがまた極端で突飛だったりするから笑えてしまう。町山さんの視点がおかしいのか、アメリカがおかしいのか、あるいは複合技なのか。

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「キャプテン・アメリカはなぜ死んだか -超大国の悪魔と夢-」町山智浩
Chapter 1 "Living in America"
晴れた日に洗濯物を干す自由を我等に!(文春文庫 63-64)より
キャプテン・アメリカはなぜ死んだか-町山智浩.jpg
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2014年04月05日

ユリイカ・特集「セルジュ・ゲンスブール」より



それから、未成年だからだからって子供とは限らない。俺はいつだって不釣り合いな関係がお気に入りだった。ナボコフの本、「ロリータ」も好きだったしね。ナボコフの詩に曲を付けていいかどうか、本人に聞いてもらったことまである。ちょうど「ロリータ」を原作にした映画を撮っている時だったんで断られたけどね。それに、俺の信じるところでは、男は年をとると段々ましになっていくけれど、女は逆の道を歩むのさ。


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このおっさんが言うからかっこよく聞こえる。ほかインタヴューの中に、彼が子供の頃にロスチャイルド一族の家に遊びに行き、そこでストラヴィンスキーに会ったというエピソードがあって、アレ?と思った。なんでそんな繋がりが? ゲインズブール一家は、ロシア革命を逃れヨーロッパに渡ったユダヤ系の移民にあたるそう。セルジュがただの変人でないのは、博学で正統な教育を受けていたという裏づけがあるからで、その背景にはロシア系ロスチャイルド家の流れをくむ家系、とくに芸術的に恵まれた家庭で育ったということが関係していた(最近の研究で、親の学習したことや体験したことが子にも遺伝するという研究結果が報告されているので、才能の遺伝というのはありうるのかも。逆をいえばDQN家系は連鎖しつづける=納得)。そういえば、広瀬さんの「赤い楯(集英社文庫の第二巻・恐怖のドレフュス事件の章)」の中にもゲインズブール家のことが書かれていたのを思い出し、本を開いてみると、ジェーン・バーキンも立派な家系の持ち主だった。この二人、単なる変人と女優のカップルではなく、華麗な家柄の組み合わせだったんだなと。世界的にも話題になるカップルだったけれども、単に上流階級の戯れをメディアを通じて見せつけられていただけだったのだと、改まって思うようになった。まぁ背景がどうであれ、二人の残した作品の数々は、いいものに変わりない。

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青土社 ユリイカ・詩と批評・7月号 1995
●増項特集:セルジュ・ゲンスブール
「モア・ノン・プリュ」をつけずにはいられない (1964-1983)
セルジュ・ゲンスブール・インタヴュー(訳:星埜守之)
メロディ・ネルソン、について
"ロックン・フォーク (Jul. 1971)" インタヴュアー:リュシアン・リウー(p130)、より

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2014年03月27日

「悪魔物語・運命の卵」ブルガーコフより


そう、顕微鏡を覗いていたのはペルシコフ教授だったのだ。教授の人生、その思考のいっさいが右の目に集中された。石のような沈黙がつづく五分ばかり、焦点のずれた標本にたいして痛いほど目を緊張させて、最高の存在物である人間が最下等の生物を観察していた。


「悪魔物語・運命の卵」ブルガーコフ、水野忠夫訳
"運命の卵"(岩波文庫 p103)より


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ブルガーコフ、その名前に惹かれて一冊の文庫本を手に取った。表紙カバーの写真を見ると、モノクロームの陰影ある作家のポートレート、「カリガリ博士」や「吸血鬼ノスフェラトゥ」などドイツ表現主義的な雰囲気が漂っていた。図版横に添えられた短い解説には、20世紀初頭、ロシアのSF小説とあり、より興味がわく。目次を開く、そこには書のタイトルと同じ二篇の物語の文字。ページをめくる。最初の物語は「悪魔物語」。とあるマッチ工場のシーンからはじまる。珍しい舞台設定。そして出だしの数行目「中央マッチ工場の書記として正規採用されたコロトコフだけは〜」という箇所から、もうわくわくしてしまう。閉ざされた社会主義国家の香りがぷんぷんとする。
二番めの物語「運命の卵」の中では、H.G.ウェルズの小説が登場したりし、彼の作品を意識していたのかなと思わせる箇所もあった(実際、この「運命の卵」は、ウェルズの「神々の糧(1904)」という小説が下敷きになっているそう*)。小説家として、やや先輩にあたるウェルズとも通じる明晰な文章と、良い翻訳、もちろん物語の面白さとあわせて、一気に読めてしまう。ロシアっぽさを感じる独特の表現(『最高の存在物である人間が最下等の生物を観察していた』なんていう言い回しは、日本人の感覚ではなかなか出てこない)にもビリビリとシビれ、読み終わる頃には、もうすっかりファンになっていた。

「運命の卵」は1924年に書かれた作品。ブルガーコフはウクライナのキエフ生まれということもあり、1925年製作の「戦艦ポチョムキン」とも、場所や時代が重なっている。「ポチョムキン」は学生時代に映像の授業で見た記憶があって、どんなストーリーだったかはすっかり忘れたが、赤ん坊の乗った乳母車が長い階段を転げ落ちるシーンがすごく記憶に残っている(この印象的な場面は、ハリウッド映画「アンタッチャブル」の中で、オマージュとして引用・再現され、さらに有名になった)。また、ディストピアものの代表作「メトロポリス」も1926年に製作されているので、ほぼ同時代に生まれた映画だ。何かそれぞれ見えない糸でつながっているものがあるように思った。


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* ■ ミハイル・ブルガーコフの『運命の卵』 -人知に対する批判をめぐって-
中澤佳陽子
http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/54250/1/SLA0280010.pdf

The Fatal Eggs - wiki
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Fatal_Eggs
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Bulgakov-The Fatal-Eggs.jpg
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2014年02月24日

「旅する力 -深夜特急ノート-」(沢木耕太郎)より


確かに、日本では一度メインストリームからはずれてしまうと、もうそこにはもどれないというところがある。アメリカやヨーロッパはもう少し弾力性があるような気がするが、少なくとも日本では一度ドロップアウトした人が途中から官庁や大企業に入るのはとても難しい。私は必ずしも官庁や大企業に入ることがすべてとは思わないが、一度コースをはずれてもまた入り直すことができる可能性があるとないとでは決定的な違いがある。



「旅する力 -深夜特急ノート-」 沢木耕太郎(新潮文庫 p303)より

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外国を旅をしていると、自分が日本人なんだなということを改めて認識する。あたりまえだけれども、日本にいるときには、あまりそういったことを感じることはない。そして、日本に戻って普段の日常生活にもどると、これまで気にしてなかった日本の良さがしみじみとわかる。同時に、日本のいいところの裏返しになっている部分もちらりと見えるようになる。それらは非常にうまく隠れていて、多くの人は気づいているのか、気づいていないのか、日々の生活の中では気にもとめない。意図的に蓋をし、見てみぬふりをしているだけなのかもしれない。見えないよう、見えないよう、広く広くはびこっているのは、村社会とそこからくる閉鎖性や、組織や集団を最優先にする性質。これらが「日本社会の息苦しさ」の根本的な原因になっているように思う。特にこの数年は異常なまでに、規律や礼儀をかざして、それに従えさせようという傾向が強い。いったい誰のために? と思ってしまう。窮屈で何もかもがやりにくい。表面的な礼儀なら僕はいらないよ、と。
ジョブスや、ゲイツのような異端児が欧米からしか出てこないのは、沢木さんがいうように、メインストリームから外れた人を迎える土壌があるかないかの違いなのだと、読んでいて思った。取り替えがきいて、あてこむのは誰でもいい、そんな集団を機能させるのには、日本型の社会は間違いなく適している。規律があり統制の取れた社会は、一見理にかなっているのだけれども、誰かがわからないようにちょっとずつ調整をずらしていくと、何か得体の知れない姿になっていくような気がする。ときどき、自分のいる場所から離れ、俯瞰して見直さなければいけないなと思う。いまの日本がどこかおかしいと感じているうちは、まだ正気を失っていない証拠だろう。

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2014年02月08日

「そらみみ植物園」西畠清順より


100本のバラの花束をもらったときに感じる、"きれい"と思える感情と、100個の命が刈り取られているという事実と、そのバラの1本あたり何%が石油代なのかという疑問は、常に本質的に同居するが、だからといって日常的にそれを気にする必要もない。しかし"知らぬが仏"では、ちょっとおなかが空いてしまうというひとは、知ってみるのもよいだろう。なにかに狂おしいくらいマニアックになれば、自ずと知識が芽生えてくる。知るはたのしみなり。


「そらみみ植物園」西畠清順
"知るはたのしみなり"(東京書籍 p108)より



この本を読んでいると、昆虫図鑑や植物図鑑を眺め、わくわくと胸を躍らせていた子どものころを思い出す。そういえば、小学校の卒業文集(?)で"将来なりたい夢"という欄に「植物学者」と書いたこともふと思い出した。子供時分昆虫好きだったことは今でも自覚があるけれど、なんで植物学者にしたのかは、さっぱり思い出せない。

小学生低学年のときにはファーブル昆虫記を熱心に読んでいたり、近所の林に入り込んで昆虫を沢山捕って遊んでいたので、周りからは昆虫博士と呼ばれていた。昆虫に関しては、先生も公認するほどに詳しかった。おかげで、よく理科の授業では模範指名がかかっていた。好奇心も人一倍に旺盛で、やたらと「なぜ? なんで?」と知りたがるクセがあり、よく先生を困らせていた。でも、そんなところが気に入られていた。学年が上がっていくにつれ、先生に頼ってばかりではいけないし、学校という集団生活で必要な「輪」を意識するようにもなって、無邪気な好奇心というものが少しずつ減っていったような気がする。

さらに成長し、社会に出てある程度世の中の常識やしきたりに馴染み、またそのからくりが見えてくると「まぁ、こんなもんか」や、「ああ、それ知ってる」という風に思うことが多くなった。子どものころに抱いていた、何でもかんでもが新鮮だった気持ちと同じになることは、すっかりなくなってしまった。けれども、この本の中にある西畠さんの植物に対する強い気持ちを読むと、やっぱり、ああ子どものときのあの感じでいいんだなと思えてくる。そして、好奇心をなくしたら、もうおしまいなんだよなとも。



そらみみ植物園.jpg
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2014年01月23日

「全東洋街道」藤原新也、より


 ビルマの僧衣は紅である。僧衣というものはインドでは真紅、チベット、ビルマではややくすんだ紅、タイでは黄、そして中国、朝鮮ではグレー、日本では黒となる。まるで神である真紅の太陽がインドに揮発し、徐々に階調を落しながら、ついに日本では闇となるようなものだ。


「全東洋街道(下巻)」藤原新也、より
第八章 "金色の催眠術"(集英社文庫 p80-81)



「全東洋街道」は、アジアの果てトルコ・イスタンブールから旅がはじまり、イラン、パキスタン、インド、ビルマ、タイ、中国、韓国、そして最終地の日本で物語は静かに終える。この旅は、ユーラシア大陸を西から東に縦断するというもので、沢木耕太郎さんの「深夜特急」とは逆のルートになる。日本人にとって馴染みある東アジア文化圏から、多様な文化が混在するユーラシア世界へと飛び出す分散型の旅が「深夜特急」だとしたら、藤原さんの「全東洋街道」は、文明の十字路にあたるトルコ、世界観が180度異なるイスラムの世界が出発点。そこから自分の巣へと帰りつくように、徐々に東洋観の世界に戻っていく収束型の旅。土地土地で異なる習慣や文化を身体で感じとりながら、旅が進むほどより俯瞰的な眼差しへと変わっていく。この本は後半になると、まるで悟りを開いたかのような境地で語るようになっている。旅行記というよりも哲学書のような奥の深さがある。人の業というか、普遍的な価値観が書かれているように思う。サン・テグジュペリの「人間の土地」と、どこか通じるものを感じた。旅に関する本では、僕が学生時代に相当影響を受けた一冊。少し大げさかもしれないが、僕にとっての経典みたいなもので今でも時々読み返している。そのたびに新しい発見があり、ムスリムにとってのコーラン、キリスト教徒にとっての聖書は、こういうった存在なのかなと思ったりした。

僧衣の色が、大陸から日本へ向かうほどに、彩度を失うグラデーションになっていることにはまったく気付かなかった。たしかにそのとおりで、民族の死生観と色彩がどのように関係しているのか等、色々と考えてしまう。


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2014年01月08日

「深夜特急」沢木耕太郎、より


 ラホールは、独立パキスタンの首都たるにふさわしい歴史と規模を持っていたが、インドに近すぎるという理由で選に洩れてしまったという。そう言われれば確かに近い。インド国境からのバスの料金が僅かに一パキスタン・ルピーにすぎないのだ。私は、すでにインド側の銀行で手元に残ったインド・ルピーをパキスタン・ルピーに両替してあったが、その時の換算率によれば、パキスタン・ルピーはインドルピーよりいくらか安く、一ルピーが三十円ほどだった。つまりラホールはインドからバスで三十円ほどの距離しか離れていないのだ。

「深夜特急(4)シルクロード」沢木耕太郎、より
第十章・峠を越える(新潮文庫 p24-25)




沢木さんの「深夜特急」を読み直してみると、以前に読んだときとはまた違った印象があり「あれ、こんなんやったかな?」と、自分の記憶にあるものと重ならないものがけっこうあった。本に書かれていることは、出版されて以降、何版重ねたとしても変わるはずがないから、僕の中で物語の印象が少しずつ変化していったのだろう。改めて読んでみると、お金に関する事細かな描写が多く、まずそこが意外な箇所だった。その時々で読む側も興味のある箇所や感じるところが違ってくるだろうから、読み直したときにちょっとした再発見があったりすると嬉しいものがある。「深夜特急」が書かれてから長い年月を経た今でも、多くの人に読まれ続けているのには、何度読んでも楽しめる、こういった要素を持っているからなんだろう。

シリーズ3、4にあたる南アジア編では、銭勘定にまつわる話がやたらと続く。長旅をする人特有の金銭感覚がよく描かれていて、それがわりと現実的な感覚と結びつき、読み手にリアルな気持ちを与えるのかなと思ったりした。今のように、ネットで簡単に現地情報が手に入るわけでもなく、実際に現地に行かなければどうなのかが分からなかったような時代だ。ケータイはもちろん、クレジットカードもきっとなかっただろうし、自分の目と手持ちの現金しか頼るものがない。感覚がある一点にだけ鋭敏になるのは、なんとなくわかる。

「ラホールからインドまでのバスは30円ほどの距離しかない」という発想は、奇妙でかつとてもユニークだ。バスの運賃とその走行距離とを、為替レートを使って変換するあたりが、もう非日常的。ひとつの国から次の国へ移るとき、その中間に位置する国境で両替をするということは、それまでの旅のいっさいを清算するような感覚になったりする。そのときに、いろんな価値観や馴染んできた習慣などがぐしゃぐしゃになって、異国の通貨の中に全て集約されてしまう。手の中に収まったお金は、ただの数字の描かれた金属や紙ではない重みがしっかりとある。上記文には、そういったことがうまく出ているなと思った。



■ 世界主要都市のタクシー料金比較(1,000円でどこまで行ける?)
http://www.tripadvisor.jp/pages/TaxiFare_zoom.html
世界の主要都市を走るタクシーが、1,000円でどれ位の距離を走れるかを比較したイラストマップ(インフォグラフィックという)。一位はインドのCNG、二位がタイ、日本はオランダに次いで最下位を争った(やっぱり日本のタクシーは高い!)。タイは日本と同じく石油資源には恵まれず、ほぼ輸入でまかなっているはずなのに、安いのは何でだろう? この図にはバングラデシュが入ってないけれども(おそらくデータがなかったためだろう)、僕が現地で得た感覚からするとインドよりもバングラの方が安かった(インドよりもさらに距離は長くなると思う)。
トリップグラフィックス 世界主要都市のタクシー料金比較





 カルカッタにはすべてがあった。悲惨なものもあれば、滑稽なものもあり、崇高なものもあれば、卑小なものもあった。だが、それらのすべてが私にはなつかしく、あえて言えば、心地よいものだった。


「深夜特急(3)インド・ネパール」沢木耕太郎、より
第七章・神の子らの家(新潮文庫 / p64)




香港からロンドンへ向かう沢木さんの「深夜特急」、イスタンブールから日本へと向かう藤原新也さんの「全東洋街道」、行き先と目的の異なる二人の旅はインド、ベンガルの地「カルカッタ」でクロスしている。カルカッタという街を通して、互いのまなざし、描写などの違いを読み比べてみると面白い。共通する視点も多々あって、そういったものは街の持つ普遍的な表情だったりするのかなと思った。

風にはこの街固有の匂いがある。腐敗と蘇生、死と生の無尽に絡み合い連鎖し合うこの街の魂の匂いだ。
(中略)
私はこの屋上から夜のカルカッタの街を見ているのが好きだった。なぜかこの匂いと街の音楽の中に居ると、妙に気分が安らかになるのを覚える。

「全東洋街道(上巻)」藤原新也、より
第六章 "東洋のジャズが聴こえる"(集英社文庫 / p264-265)




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2013年11月29日

「拳銃と十五の短篇」三浦哲郎より


 翌朝、私は隣町の駅から東京へ帰る汽車に乗ったが、改札口を通るとき、年甲斐もなくすこし昂奮している自分に気がついた。けれども、改札係の若い駅員は、ボストンバッグの底に拳銃と実弾五十発を不法所持している男が通るとも知らずに、帽子をちょっとあみだにして、切符きりの鋏をジプシー踊りのカスタネットのように鳴らしていた。

「拳銃と十五の短篇」三浦哲郎、より
「拳銃」(講談社文芸文庫 p22)



もし、小説のタイトル・ベスト10というものがあったら、この本は一、二位を争うだろうと思えるほどにカッコイイ、タイトルだ(文字のシルエットも美しい)。それ以上に、内容も素晴らしかった。「拳銃」という題にはじまり、十五の短篇小説が続く全十六篇の物語、まさに「拳銃と十五の短篇」という本のタイトルそのままのもの。収められた十六の物語は一つ一つが独立しているが、それぞれうっすらと繋がっている。寄せ集めの短篇集ではない、一冊としてのまとまりがある。全篇を通して、「私(著者?)」のまわりには寄り添うように死の影がぺたりと貼りついている。生まれながらに持った自身の定め、そしてすぐ傍にある家族の死をしっかりと受け止め、それと向かいあっている姿が心に響く(姉は色素欠乏症 -アルビノ- を持ち、のちに自殺、兄は行方知れず、本人も生まれてくる前に葬られる予定だった)。読んでいるうちに、ひとの「一生」というのは「生きている」ことではなく、「死なないでいる」ということなんじゃないかと思えてくる。死というものが特別なものではなく、(日常生活の)どの瞬間にも存在しているのだと感じずにはいられない。死神が人間界を俯瞰しているかのような視点(語り口?)が随所にあって、そこにあたると、縫い針で心臓をちくちくと刺されるような痛みを受ける。冬の日本海を眺めながらこれを読むと、限りなく向こう側に行ってしまいそうな予感あり。三浦さんの端正で、静かな文章もすばらしく、情景的ですっと物語の中に入っていける。やや湿り気を帯びた文体は、深い雪の下で春を待つ黒土を、両手で強く握りしめているような感触だった。読み終わったあとに、いろんなことがじわじわと浸み込んでくるのがまたいい。
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三浦哲郎-拳銃と十五の短篇.jpg
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2013年11月26日

「ナツコ 沖縄密貿易の女王」奥野修司より

 戦後、沖縄では一九五〇年六月まで、米、小麦粉、トウモロコシ、石鹸、衣類など米軍の有償配給があった。しかし生活様式が違えば、最初は「ご馳走」に映ったものでも満足できなくなり、やがて代用食があらわれる。「モービル天ぷら」もその一つだった。食用油がないために機械油のモービルオイルで天ぷらを揚げて食べた。腹痛や下痢ぐらいならまだしも、ときには命を落とした者もいたが、それでもけっこう人気があったのである。

「ナツコ 沖縄密貿易の女王」 奥野修司(文春文庫 p62)より

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第二次大戦終了直後の数年間、アメリカ占領下の沖縄(周辺離島含む)では、台湾などの間で密貿易がさかんに行われ「ケーキ(景気)時代」という一種のバブルのような状態があった。そのときに、ひと財産を築いたミツコという女性を追った本。戦後の混乱期の日本の闇市や商品の流通のことも描かれていて、すごく面白い。

この本の著者奥野さんは「ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年」を書いた方。「ねじれた絆」は、内容ともに是枝監督の映画「そして父になる(今年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞)」の原作だと指摘があるのだけれども、クレジットでは参考文献扱いになっていて、映画公開するや否や批判を浴び、へんなところで話題になった。映像編集の際、誤って原稿を取り違えたのかな?
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奥野修司-ナツコ.jpg
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