2014年02月24日

「旅する力 -深夜特急ノート-」(沢木耕太郎)より


確かに、日本では一度メインストリームからはずれてしまうと、もうそこにはもどれないというところがある。アメリカやヨーロッパはもう少し弾力性があるような気がするが、少なくとも日本では一度ドロップアウトした人が途中から官庁や大企業に入るのはとても難しい。私は必ずしも官庁や大企業に入ることがすべてとは思わないが、一度コースをはずれてもまた入り直すことができる可能性があるとないとでは決定的な違いがある。



「旅する力 -深夜特急ノート-」 沢木耕太郎(新潮文庫 p303)より

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外国を旅をしていると、自分が日本人なんだなということを改めて認識する。あたりまえだけれども、日本にいるときには、あまりそういったことを感じることはない。そして、日本に戻って普段の日常生活にもどると、これまで気にしてなかった日本の良さがしみじみとわかる。同時に、日本のいいところの裏返しになっている部分もちらりと見えるようになる。それらは非常にうまく隠れていて、多くの人は気づいているのか、気づいていないのか、日々の生活の中では気にもとめない。意図的に蓋をし、見てみぬふりをしているだけなのかもしれない。見えないよう、見えないよう、広く広くはびこっているのは、村社会とそこからくる閉鎖性や、組織や集団を最優先にする性質。これらが「日本社会の息苦しさ」の根本的な原因になっているように思う。特にこの数年は異常なまでに、規律や礼儀をかざして、それに従えさせようという傾向が強い。いったい誰のために? と思ってしまう。窮屈で何もかもがやりにくい。表面的な礼儀なら僕はいらないよ、と。
ジョブスや、ゲイツのような異端児が欧米からしか出てこないのは、沢木さんがいうように、メインストリームから外れた人を迎える土壌があるかないかの違いなのだと、読んでいて思った。取り替えがきいて、あてこむのは誰でもいい、そんな集団を機能させるのには、日本型の社会は間違いなく適している。規律があり統制の取れた社会は、一見理にかなっているのだけれども、誰かがわからないようにちょっとずつ調整をずらしていくと、何か得体の知れない姿になっていくような気がする。ときどき、自分のいる場所から離れ、俯瞰して見直さなければいけないなと思う。いまの日本がどこかおかしいと感じているうちは、まだ正気を失っていない証拠だろう。

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2014年02月08日

「そらみみ植物園」西畠清順より


100本のバラの花束をもらったときに感じる、"きれい"と思える感情と、100個の命が刈り取られているという事実と、そのバラの1本あたり何%が石油代なのかという疑問は、常に本質的に同居するが、だからといって日常的にそれを気にする必要もない。しかし"知らぬが仏"では、ちょっとおなかが空いてしまうというひとは、知ってみるのもよいだろう。なにかに狂おしいくらいマニアックになれば、自ずと知識が芽生えてくる。知るはたのしみなり。


「そらみみ植物園」西畠清順
"知るはたのしみなり"(東京書籍 p108)より



この本を読んでいると、昆虫図鑑や植物図鑑を眺め、わくわくと胸を躍らせていた子どものころを思い出す。そういえば、小学校の卒業文集(?)で"将来なりたい夢"という欄に「植物学者」と書いたこともふと思い出した。子供時分昆虫好きだったことは今でも自覚があるけれど、なんで植物学者にしたのかは、さっぱり思い出せない。

小学生低学年のときにはファーブル昆虫記を熱心に読んでいたり、近所の林に入り込んで昆虫を沢山捕って遊んでいたので、周りからは昆虫博士と呼ばれていた。昆虫に関しては、先生も公認するほどに詳しかった。おかげで、よく理科の授業では模範指名がかかっていた。好奇心も人一倍に旺盛で、やたらと「なぜ? なんで?」と知りたがるクセがあり、よく先生を困らせていた。でも、そんなところが気に入られていた。学年が上がっていくにつれ、先生に頼ってばかりではいけないし、学校という集団生活で必要な「輪」を意識するようにもなって、無邪気な好奇心というものが少しずつ減っていったような気がする。

さらに成長し、社会に出てある程度世の中の常識やしきたりに馴染み、またそのからくりが見えてくると「まぁ、こんなもんか」や、「ああ、それ知ってる」という風に思うことが多くなった。子どものころに抱いていた、何でもかんでもが新鮮だった気持ちと同じになることは、すっかりなくなってしまった。けれども、この本の中にある西畠さんの植物に対する強い気持ちを読むと、やっぱり、ああ子どものときのあの感じでいいんだなと思えてくる。そして、好奇心をなくしたら、もうおしまいなんだよなとも。



そらみみ植物園.jpg
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2014年01月23日

「全東洋街道」藤原新也、より


 ビルマの僧衣は紅である。僧衣というものはインドでは真紅、チベット、ビルマではややくすんだ紅、タイでは黄、そして中国、朝鮮ではグレー、日本では黒となる。まるで神である真紅の太陽がインドに揮発し、徐々に階調を落しながら、ついに日本では闇となるようなものだ。


「全東洋街道(下巻)」藤原新也、より
第八章 "金色の催眠術"(集英社文庫 p80-81)



「全東洋街道」は、アジアの果てトルコ・イスタンブールから旅がはじまり、イラン、パキスタン、インド、ビルマ、タイ、中国、韓国、そして最終地の日本で物語は静かに終える。この旅は、ユーラシア大陸を西から東に縦断するというもので、沢木耕太郎さんの「深夜特急」とは逆のルートになる。日本人にとって馴染みある東アジア文化圏から、多様な文化が混在するユーラシア世界へと飛び出す分散型の旅が「深夜特急」だとしたら、藤原さんの「全東洋街道」は、文明の十字路にあたるトルコ、世界観が180度異なるイスラムの世界が出発点。そこから自分の巣へと帰りつくように、徐々に東洋観の世界に戻っていく収束型の旅。土地土地で異なる習慣や文化を身体で感じとりながら、旅が進むほどより俯瞰的な眼差しへと変わっていく。この本は後半になると、まるで悟りを開いたかのような境地で語るようになっている。旅行記というよりも哲学書のような奥の深さがある。人の業というか、普遍的な価値観が書かれているように思う。サン・テグジュペリの「人間の土地」と、どこか通じるものを感じた。旅に関する本では、僕が学生時代に相当影響を受けた一冊。少し大げさかもしれないが、僕にとっての経典みたいなもので今でも時々読み返している。そのたびに新しい発見があり、ムスリムにとってのコーラン、キリスト教徒にとっての聖書は、こういうった存在なのかなと思ったりした。

僧衣の色が、大陸から日本へ向かうほどに、彩度を失うグラデーションになっていることにはまったく気付かなかった。たしかにそのとおりで、民族の死生観と色彩がどのように関係しているのか等、色々と考えてしまう。


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2014年01月08日

「深夜特急」沢木耕太郎、より


 ラホールは、独立パキスタンの首都たるにふさわしい歴史と規模を持っていたが、インドに近すぎるという理由で選に洩れてしまったという。そう言われれば確かに近い。インド国境からのバスの料金が僅かに一パキスタン・ルピーにすぎないのだ。私は、すでにインド側の銀行で手元に残ったインド・ルピーをパキスタン・ルピーに両替してあったが、その時の換算率によれば、パキスタン・ルピーはインドルピーよりいくらか安く、一ルピーが三十円ほどだった。つまりラホールはインドからバスで三十円ほどの距離しか離れていないのだ。

「深夜特急(4)シルクロード」沢木耕太郎、より
第十章・峠を越える(新潮文庫 p24-25)




沢木さんの「深夜特急」を読み直してみると、以前に読んだときとはまた違った印象があり「あれ、こんなんやったかな?」と、自分の記憶にあるものと重ならないものがけっこうあった。本に書かれていることは、出版されて以降、何版重ねたとしても変わるはずがないから、僕の中で物語の印象が少しずつ変化していったのだろう。改めて読んでみると、お金に関する事細かな描写が多く、まずそこが意外な箇所だった。その時々で読む側も興味のある箇所や感じるところが違ってくるだろうから、読み直したときにちょっとした再発見があったりすると嬉しいものがある。「深夜特急」が書かれてから長い年月を経た今でも、多くの人に読まれ続けているのには、何度読んでも楽しめる、こういった要素を持っているからなんだろう。

シリーズ3、4にあたる南アジア編では、銭勘定にまつわる話がやたらと続く。長旅をする人特有の金銭感覚がよく描かれていて、それがわりと現実的な感覚と結びつき、読み手にリアルな気持ちを与えるのかなと思ったりした。今のように、ネットで簡単に現地情報が手に入るわけでもなく、実際に現地に行かなければどうなのかが分からなかったような時代だ。ケータイはもちろん、クレジットカードもきっとなかっただろうし、自分の目と手持ちの現金しか頼るものがない。感覚がある一点にだけ鋭敏になるのは、なんとなくわかる。

「ラホールからインドまでのバスは30円ほどの距離しかない」という発想は、奇妙でかつとてもユニークだ。バスの運賃とその走行距離とを、為替レートを使って変換するあたりが、もう非日常的。ひとつの国から次の国へ移るとき、その中間に位置する国境で両替をするということは、それまでの旅のいっさいを清算するような感覚になったりする。そのときに、いろんな価値観や馴染んできた習慣などがぐしゃぐしゃになって、異国の通貨の中に全て集約されてしまう。手の中に収まったお金は、ただの数字の描かれた金属や紙ではない重みがしっかりとある。上記文には、そういったことがうまく出ているなと思った。



■ 世界主要都市のタクシー料金比較(1,000円でどこまで行ける?)
http://www.tripadvisor.jp/pages/TaxiFare_zoom.html
世界の主要都市を走るタクシーが、1,000円でどれ位の距離を走れるかを比較したイラストマップ(インフォグラフィックという)。一位はインドのCNG、二位がタイ、日本はオランダに次いで最下位を争った(やっぱり日本のタクシーは高い!)。タイは日本と同じく石油資源には恵まれず、ほぼ輸入でまかなっているはずなのに、安いのは何でだろう? この図にはバングラデシュが入ってないけれども(おそらくデータがなかったためだろう)、僕が現地で得た感覚からするとインドよりもバングラの方が安かった(インドよりもさらに距離は長くなると思う)。
トリップグラフィックス 世界主要都市のタクシー料金比較





 カルカッタにはすべてがあった。悲惨なものもあれば、滑稽なものもあり、崇高なものもあれば、卑小なものもあった。だが、それらのすべてが私にはなつかしく、あえて言えば、心地よいものだった。


「深夜特急(3)インド・ネパール」沢木耕太郎、より
第七章・神の子らの家(新潮文庫 / p64)




香港からロンドンへ向かう沢木さんの「深夜特急」、イスタンブールから日本へと向かう藤原新也さんの「全東洋街道」、行き先と目的の異なる二人の旅はインド、ベンガルの地「カルカッタ」でクロスしている。カルカッタという街を通して、互いのまなざし、描写などの違いを読み比べてみると面白い。共通する視点も多々あって、そういったものは街の持つ普遍的な表情だったりするのかなと思った。

風にはこの街固有の匂いがある。腐敗と蘇生、死と生の無尽に絡み合い連鎖し合うこの街の魂の匂いだ。
(中略)
私はこの屋上から夜のカルカッタの街を見ているのが好きだった。なぜかこの匂いと街の音楽の中に居ると、妙に気分が安らかになるのを覚える。

「全東洋街道(上巻)」藤原新也、より
第六章 "東洋のジャズが聴こえる"(集英社文庫 / p264-265)




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2013年11月29日

「拳銃と十五の短篇」三浦哲郎より


 翌朝、私は隣町の駅から東京へ帰る汽車に乗ったが、改札口を通るとき、年甲斐もなくすこし昂奮している自分に気がついた。けれども、改札係の若い駅員は、ボストンバッグの底に拳銃と実弾五十発を不法所持している男が通るとも知らずに、帽子をちょっとあみだにして、切符きりの鋏をジプシー踊りのカスタネットのように鳴らしていた。

「拳銃と十五の短篇」三浦哲郎、より
「拳銃」(講談社文芸文庫 p22)



もし、小説のタイトル・ベスト10というものがあったら、この本は一、二位を争うだろうと思えるほどにカッコイイ、タイトルだ(文字のシルエットも美しい)。それ以上に、内容も素晴らしかった。「拳銃」という題にはじまり、十五の短篇小説が続く全十六篇の物語、まさに「拳銃と十五の短篇」という本のタイトルそのままのもの。収められた十六の物語は一つ一つが独立しているが、それぞれうっすらと繋がっている。寄せ集めの短篇集ではない、一冊としてのまとまりがある。全篇を通して、「私(著者?)」のまわりには寄り添うように死の影がぺたりと貼りついている。生まれながらに持った自身の定め、そしてすぐ傍にある家族の死をしっかりと受け止め、それと向かいあっている姿が心に響く(姉は色素欠乏症 -アルビノ- を持ち、のちに自殺、兄は行方知れず、本人も生まれてくる前に葬られる予定だった)。読んでいるうちに、ひとの「一生」というのは「生きている」ことではなく、「死なないでいる」ということなんじゃないかと思えてくる。死というものが特別なものではなく、(日常生活の)どの瞬間にも存在しているのだと感じずにはいられない。死神が人間界を俯瞰しているかのような視点(語り口?)が随所にあって、そこにあたると、縫い針で心臓をちくちくと刺されるような痛みを受ける。冬の日本海を眺めながらこれを読むと、限りなく向こう側に行ってしまいそうな予感あり。三浦さんの端正で、静かな文章もすばらしく、情景的ですっと物語の中に入っていける。やや湿り気を帯びた文体は、深い雪の下で春を待つ黒土を、両手で強く握りしめているような感触だった。読み終わったあとに、いろんなことがじわじわと浸み込んでくるのがまたいい。
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三浦哲郎-拳銃と十五の短篇.jpg
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2013年11月26日

「ナツコ 沖縄密貿易の女王」奥野修司より

 戦後、沖縄では一九五〇年六月まで、米、小麦粉、トウモロコシ、石鹸、衣類など米軍の有償配給があった。しかし生活様式が違えば、最初は「ご馳走」に映ったものでも満足できなくなり、やがて代用食があらわれる。「モービル天ぷら」もその一つだった。食用油がないために機械油のモービルオイルで天ぷらを揚げて食べた。腹痛や下痢ぐらいならまだしも、ときには命を落とした者もいたが、それでもけっこう人気があったのである。

「ナツコ 沖縄密貿易の女王」 奥野修司(文春文庫 p62)より

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第二次大戦終了直後の数年間、アメリカ占領下の沖縄(周辺離島含む)では、台湾などの間で密貿易がさかんに行われ「ケーキ(景気)時代」という一種のバブルのような状態があった。そのときに、ひと財産を築いたミツコという女性を追った本。戦後の混乱期の日本の闇市や商品の流通のことも描かれていて、すごく面白い。

この本の著者奥野さんは「ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年」を書いた方。「ねじれた絆」は、内容ともに是枝監督の映画「そして父になる(今年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞)」の原作だと指摘があるのだけれども、クレジットでは参考文献扱いになっていて、映画公開するや否や批判を浴び、へんなところで話題になった。映像編集の際、誤って原稿を取り違えたのかな?
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奥野修司-ナツコ.jpg
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2013年11月02日

「聖少女」(倉橋由美子)より


 浴室で鏡と対面。ものすごい顔。お化け。皮を剥がれ、道路工事のように掘りかえされた顔。びっくりして鏡のなかのあたしを指でこすってみたほどです。優美であらあらしく、顔の半分は獣で半分は聖女。充足と荒廃。左の眼が少し充血して、薔薇色の欲望のなごりみたいに光っています。唇があれているのは、ゆうべキスしすぎたせい。これがはじめて男をあいした女のもつ型どおりの顔らしい。笑ってみました。罪を犯したあたしと和解するためのおまじないの微笑。

「聖少女」 倉橋由美子(新潮文庫 p20)より



倉橋さんの小説を読んでいると、もうあちこちでふき出してしまう。決して物語が可笑しいからではなくて、この人の想像力・表現力のすごさに、ただただ驚いて、ページをめくるたびに脳の回路がパチンと切れ、感覚が麻痺しまうから。この人の脳味噌(特に言語感覚)はいったいどうなっているんだろう? 人間の想像力ってここまで研ぎ澄まされるんだ、とある種恐ろしい一面も感じる。特に比喩表現が独特で、安部公房とも通じる、秘めた狂気を持っているところがある。背中がゾクっとする。時代背景と関係しているのかが興味あるところ。文章からは高度経済成長期に入った当時の日本がどんな雰囲気だったのかがうっすらと感じ取れる。(日本語を話し読み書きする)日本人に生まれてきてよかった! と思わせてくれる作家。個人的には緊張感の漂う短編集「パルタイ」が一番好きで、この作品は僕のお気に入り小説・ベスト3のひとつ。

倉橋さんの文庫は絶版になっているものも多いが「聖少女」と「パルタイ」は版を重ね今も手に入る。
「聖少女」は新装カバーになり、改版され文字が大きくなって読みやすくなっていることと、巻末の解説が作家の桜庭一樹さんに変わっている。旧表紙カバーは、花をあしらったイラストで一見地味に見えるが、着物の匂いと大正時代を思わせる古い"文芸書"っぽい感じがたまらなくいい。旧版の解説は森川達也さん。

で、指し替わった桜庭さんの解説はこんな風にはじまっている。
 もしも、どこかで誰かに呼びとめられて、「この国で書かれたもっとも"重要な"少女小説はなにか?」と聞かれたら、個人的な好みで選んでよいか確認してから、わたしはこう答える。
「『聖少女』でまちがいないです」


‘どこにもない場所’-倉橋由美子の世界へようこそ-
http://book.geocities.jp/dragon_retriever/kura/kura.html

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2013年11月01日

「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」( 村上春樹)より


「俺たちは葬式にもウィスキーを飲む」と土地の人は言う。「墓地での埋葬が終わると、みんなにグラスが配られ、土地のウィスキーがなみなみと注がれる。みんなはそれをぐいと空ける。墓地から家までの寒い道、からだを温めるためだ。飲み終わると、みんなはグラスを石にたたきつけて割る。ウィスキーの瓶も割ってしまう。何も後に残さない。それが決まりなんだ」
 子供が生まれると、人々はウィスキーで祝杯をあげる。人が死ぬと、人々は黙してウィスキーのグラスを空ける。それがアイラ島である。


「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」 村上春樹(新潮文庫 p54-55)より

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この本は、村上さんがウィスキーをテーマにスコットランド(アイラ島)とアイルランドの旅をしたときの模様を一冊にまとめたもの。蒸留所めぐりとティスティングが主な内容だけれども、合間に描かれる現地の描写(村上さんの視点)がやっぱり面白い。村上さんの文章よりも写真の方が多いのが少し残念だが、オールカラーだし、視覚的に島の雰囲気などもわかる、と考えれば納得いく。充実した雑誌の特集のような感じでさらっと読める。本のタイトルのように、もしも「ウィスキー」が言語だったら、いったいどんな風になるんだろうと、ちょっと想像力をかきたてられる。
僕はいっとき、ワインを飲まなくなったときがあって、そのときは代わりによくスコッチを飲んでいた。スコッチは、考え事をするときには一番ぴったりな酒だと思う。ワインは会話を求めるようなところがある。アイラ島のものでは、カリラが一番好きだった。ただ、ウマいスコッチというのはけっこう高いので、そうそう飲むわけにもいかず、僕のスコッチ熱はそれほど長く続かなかった。
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2013年09月14日

「カスバの男 -モロッコ旅行記-」大竹伸朗



ヨーロッパから見るとアフリカ大陸への玄関口。地中海の南に広がる北アフリカ、マグレブの世界は芸術家たちを魅了するようで、これまでにも多くの絵描きが彼の地を訪れ、そこで新たなるインスピレーションを受け、すばらしい作品の数々を残している。ルノワールはアルジェリアへ、マティスはモロッコへ、クレーとカンディンスキーはチュニジアへ旅立った。中でもクレーはチュニジアへの旅行(1914年4月。当時35歳)で相当強烈な影響を受けており、こののち彼の画風はがらりと変わり、色彩溢れるものになった。「クレーの絵」と言われておそらく多くの人が連想する彼の作風は、このチュニジア以降に制作されたものだ。クレーはチュニジアでの体験を日記にも書き残している。それを読むと、このとき彼が見ていたものが、100年というときを経た現在でも色褪せずに伝わってきて、なんだか不思議な気持ちになる。

「色は、私を永遠に捉えたのだ。私と色は一体だ - これこそ幸福なひとときでなくて何であろうか。私は、絵描きなのだ。」4月16日木曜日、カイルアンにて(926o)
(没後50年記念 パウル・クレー展・展覧会カタログ、P117より)
このクレーの有名なセリフは、チュニジア旅行の日記からのもの(「クレーの日記 / 南原実訳・新潮社」という本が出ている)。僕は「クレーの日記」という本を持ってないので(高くて手が出ない)、全部を読んだことないのだけれど、手元にあるクレー展カタログの中に、チュニジア旅行時の日記が「クレーの日記」からいくつか引用されていて、断片的に読むことができた。これは「チュニジアの旅」というタイトルで、新藤史高さんが "クレーの日記" を交えがら書いたもので、チュニジアの旅がクレーの作品制作にどれほど影響があったかが語られている。クレーがチュニジアへ行くことになったいきさつに始まり、4月6日から21日までの日記が順に載っている。旅を終え、クレーがミュンヘンに戻った数ヵ月後に第一次世界大戦が勃発。そして、クレーと共に旅をした友人の画家がこの戦争で戦死してしまう。

アーティストが旅先で受けた刺激が作品に反映され、多くの人たちの目に触れる。それがまた新しい旅へといざなうきっかけになって、という風に繰り返していくうちに時代も変化してゆく。こういった素敵な循環が続いているのを、見聞きするのはとても楽しい。

僕が絵学生だった頃(こういう言い方があるのかな? 僕は美術学科などのあるちょっと珍しい高校に通っていた)、大竹伸朗さんはすごく人気のある画家で、雑誌などではわりと頻繁に彼の特集や作品が載っていた。オブジェのようなコラージュ作品だったり、ラフなタッチの絵など、その作品からは既成概念で固まった日本の美術界の古い体質から解放してくれるような何か新しいものを感じた。それが、特に若い世代からの熱烈な支持を得ていた理由のように思う。とにかく、絵描きの卵たちがあこがれるようなカッコイイ存在だった。この時期の、大竹さんの活動は当時の美術界でもすごく勢いを感じるものがあった。日本国内でというよりも、海外からの評価が高いアーティスト、今で言えば、奈良美智さんや会田誠さんのような位置にいたように思う。

「カスバの男 -モロッコ旅行記-」は、大竹さんがモロッコへ旅をしたときの日記と、そのときに描いた絵を一冊の本にまとめたもので、旅の翌年1994年に求龍堂から単行本として出版された。その後、集英社から文庫化となる。場末のカラオケスナックの曲目リストにでも入っていそうなタイトルが相当に効いている。「カスバ」とはアラビア語で城壁に囲まれた都市、城砦という意味がある。つまり書名「カスバの男」は、街の男、英語で言うならCity Boyという感じだろうか? レトロな語感があるが、意外とモダンな意味を持っているようだ。文庫化の際に当初あったカラー図版がいくつか削られるが、新たに「モロッコ・シリーズ」の銅版画のモノクロ図版が沢山加えられたとのこと。僕はこれより前に出ていた「倫敦 / 香港 1980」(1986年用美社より出版)というアート本を持っていて、この本のことはよく覚えているんだけれども、「カスバの男」に関してはほとんど記憶にない。きっと、完全にその存在を忘れているか、もしかすると当時、出版されていたことを知らなかったのかもしれない。なので、この文庫本に収められた作品の数々は旅行記を含め、ほぼ初めて接する感じで新鮮だった。多くの画家を魅了し続けたモロッコと大竹さん、果たしてどんな化学変化が起こるんだろう? という期待をしつつページをめくる。

この文庫には図版がけっこう多く載っているため文章量はさほどなく、半日もかからずに読み終えてしまった。絵だけではなく、「大竹節」とでも言うような、ロックの香り漂う勢いのある文章も魅力的だった。モロッコの旅の記録が、絵と文章で立体的かつ鮮やかに描かれている。ドローイングは一目見て "大竹伸朗" とわかるものだが、日記もまた見事に "オオタケシンロー" なのだ。彼の哲学のようなものが文中からいくつも感じられ、ぴしぱしといいパンチをもらったような感じがした。旅程は1993年の7月12日から同月23日までの11日間。まずロンドンからスペインのマラガへ飛び、モロッコへと入り旅が始まる。大竹伸朗というひとりの画家がモロッコという場所に身を置く中で、彼の視点からいくつかの言葉が綴られ、それが絵に反映されていく過程が順に見て取れる。帰路はマラケシュからロンドンへ。そこでこの旅の記録は終わる。雑草だらけの空き地でごろんと寝転びながら読んでみたくなる一冊だった。
そして、文庫版の巻末にある解説は旅好き作家の角田光代さんによるもの。彼女の短いエッセイが付いてるような感じで、少し得した気分だった。彼女はこの本に影響され、読み終えると同時に無性にモロッコに行きたくなり、即旅立ったのだとか。行動力がすごい。何かしらのテーマを決めた旅というもいいけれど、話にある角田さんのように、ふと思い立ったその勢いで行くというのも、また旅の楽しさのひとつなので、こういった直感力は忘れずにいたいと思う。

■ 本の中には名言ともいうべきカッコイイ言葉が随所にあって、刺激を受ける。旅のことはもちろん、絵についてや理論的なこと、哲学的なことだったりと、それはさまざま。以下、文中にあった大竹節、ピン!ときたものをいくつか。

「いろいろな国へ行き、着くとすぐ街中を何の目的もなくブラつくのが好きだ。それはいつも僕に強烈な何かの思いを残す。着いてすぐでなければいけない。一杯のコーヒーを飲んでからではすべてオジャンだ。何かが逃げてしまう。」(P21より)
そうそう、そうなんだよと。この感覚、すごく共感できる。知らない街にはじめて着いたときの、なんだかよくわからない心のざわつき。その瞬間にだけ、街に漂っているえもいわれぬ雰囲気。それらを取り逃がさないように、手当たりしだい両手を広げて空気をかきあつめようと気持ちだけがはやる。そんなことが、この一文にうまく表れているなと思った。あのざわざわした気持ちって、一体何なんだろう?

「モロッコでは、街中をぶらつくときには腕時計なんかより水が必要だ。何種類かのミネラルウォーターが店に置いてあるが、僕は"シディ・ハラゼン"という地名を商品名にして売っているボトルをよく飲んだ。そのつまらぬ動機から、フェズから東に10キロほどのところにあるというシディ・ハラゼンへ行ってみることにした。」(P105より)
観光地や名所なんかには目もくれず、ただ地名が気になったから、だったり、投げた靴の指し示す方向を見て行き先を決める。そんなきまぐれでその場所に行ってみると、思いがけないものに出くわしたり、導かれたかのような出会いがあったりするから不思議だ。知らない土地だからか、普段の生活では眠っている直感や、使ってない感覚が刺激され、知らず知らずのうちに働いているせいかもしれない。いつもとちがう感覚のときの思いつき、ってけっこうキレてることが多いんだよなと。これもまた旅の醍醐味だったり。

「モノのつくりかたは千差万別であり、それを生み出す人間のキャラクターに大きく左右される。10万の出来事を10年かけて整理し、たったひとつのものに表現する人もいれば、その出来事をできるだけ紙と鉛筆だけであらわそうとする人もいる。」(P67より)
モロッコである景色を前にして、大竹さんは「とにもかくにも絵を描きたい!」という衝動にかられる。これは、そのときにに感じたものを言葉にしたもの。この「描きたい」強い衝動をまずは線として、そして文章という形で表現をし、どうにかして紙の上に定着させるべく格闘しているようだった。ブロックを一つずつ積み上げるようにして地道にモノを作り上げる人、湧き上がるものをたった今、その瞬間にとどめたいという人。もし創造に対する「情熱」というものが数値で計れたとしたら、この二つの異なるタイプの「情熱」に差はあるのだろうか? とも思った。情熱の熱量、掛けることの制作に要した時間、その積(総量)はきっとイコールなのだと思う。そして、それぞれの作品には、創るにふさわしいだけの時間がすでに用意され(割り振られ)ているんじゃないかとも感じる。
郵便配達夫フェルディナン・シュヴァルが30数年もの月日をかけ石を積み上げて築いた「理想宮」、
即興演奏で無限の音を奏でるデレク・ベイリー。
執筆に10年以上もかけられたという夢野久作「ドグラマグラ」、
瞬間の美の極地だと思う、中川幸夫の生け花。
誰に見せるでもなく半生を使いひっそりと描き続けたヘンリー・ダーガーの「非現実の王国で」の絵。
(死後、自分の絵は焼却してくれとの遺言があったそうだ。幸運なことに、それは守られず彼の作品は残され、結果日の目を見ることになった。カフカの遺稿を思い出させるエピソードがここにもあった。イノセントすぎる表現者の意志は、ときに理解しがたい一面がある。)

「机の上に並べた色鉛筆を眺めていると、なんとなく人と欲望の度合いを思い浮かべる。1本手に入れると2本欲しくなり、それは3本、4本…と限りなく続いていく。そんな自分の欲深さがイヤになるときもあるが、僕は1本しか色鉛筆を持たぬ人間もあまり信用しない。」(P117より)
画家のまなざしから見た人間の本質、というようなものだろうか。例えるものを変えれば、きっと誰しもが心当たるところがあるように思う。けっこう深みのある言葉だなと、手にした色鉛筆を思わず噛みしめてしまう。

「どの国のどの街にも、どこかしらチューニングの狂った風景といったものがある。」(P128より)
この本の中で、一番 "オオタケシンロー" だと思った一文。マラケシュの街を歩いているときの模様から。大竹さんの目線は壁の広告だったり、ゴミ箱だったり、というのが多い(このあたりは本人も自覚している)。日記では、ゴミからその国のシステムを考察するというような展開にもなったりして、話の飛び方には相当な幅がある。まぁ、大竹さん自身が一番チューニングが狂っているような気がしないでもないけれど。

「モロッコをまわってヨーロッパに入ると、歴史に裏打ちされた、アルファベットの字間の整った文字の並びに大いなる退屈を覚える。」(P146より)
モロッコの滞在を終え、ロンドンへと飛んだ日の日記から。瞬時に違う文化にテレポートしたときに見える違和感(ファースト・インプレッション)のようなものが現れているなぁと思った。きっと、旅の終わりの哀愁感のようなものも少しは混じっているのだろう。

「東京というのは変なところで、海外から戻って新宿の歌舞伎町を2時間もぶらつけば、もう過去の時間を消してしまう強い酸性の同化作用を持つ。」(P138より)
この本にある、大竹さんのモロッコの旅は1993年。まだ歌舞伎町に活気があった頃だった。今と比較すると、東京の街の様子はかなり違っているが、ネオン街の持つケミカルな浄化作用のようなものは確かに存在した。振り返ると、少なくとも2001年ごろまでは、新宿歌舞伎町や渋谷のセンター街には毒気や妖しげな気配が漂っていたし、大竹さんの言うような過去の記憶を瞬時に消してしまう"強い何か"があった。それも、いつのまにか消え失せてしまった。残念ながら今の歌舞伎町(含め東京の街)には、このようなマジックのようなものを全く感じなくなっている(こういうものが、あった方がいいのかはまた別かもしれないが)。日本に戻ってすぐに、ふらっと新宿に出たりすると、数時間前までは、遥か彼方、海の向こうにあるどこかの国にいたはずなのに、もうそんなことを忘れネオンと雑踏の中に同化し現実に戻っている自分を感じたりもしたので、共感できるところがあった。
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2013年08月31日

「海の向こうで戦争が始まる」村上龍

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「愛と幻想のファシズム(1983年12月から連載が始まり、後に書籍化)」をきっかけに、少し遡って村上龍の初期の作品をいくつか読むようになった。「海の向こうで戦争が始まる」は1977年に発表された作品で、デビュー作「限りなく透明に近いブルー」に続く第2作目。彼の最高傑作と言われている「コインロッカー・ベイビーズ(1980)」のひとつ前に書かれたもの。
もう単純に「カッコイイ」、そのひとことに尽きる。"ザ・村上龍" のイメージが十分に味わえる一冊だった。ヒリヒリと痛くなるような、感性むき出しの文章で埋めつくされているのが魅力的だった。ナイーブさの裏返しだと思わせる、この研ぎ澄まされた表現は次作「コインロッカー・ベイビーズ」にも、しっかり引き継がれている。物語を描くというよりは、文章の表現力に挑んでるようなところがあって、「コインロッカー〜」へ到る実験作と思えるような印象を受けた。きれいなのか、ぐちゃぐちゃに溶けているのか、なんだかよくわからないまま、そのぎらぎらと輝く液体の中にすっぽりっと引きずりこまれてしまう、読んでいるとそんな奇妙な感覚に陥る。ローリング・ストーンズの「サタニック・マジェスティーズ(Their Satanic Majesties Request)」を聴いたときにも感じたサイケデリックな感触と似たところがあった。夢の中の世界をそのまま文章に書きおこしたかのように、めまぐるしくストーリーが展開してゆく。その描写は、とても映像的で一文一文が濃いため、読み手の状態がいいときでないと、かなり疲れるかもしれない。変な例えかもしれないが、こってりとした焼肉をたらふく食べたあとのように、胃ではなく"頭"がもたれてくるような感じ。

この小説では、全体的に無国籍かつ夢とも現実ともつかない世界が描かれていて、本を綴じてもその不可思議な世界の残像がしばらくの間残る。具体的にどこのどの場所をイメージして書かれたのかは、まったく想像がつかないがちょっとした断片から、少しだけイメージの源泉が見えてくる。現実世界とのリンクを想像しながら読み直すと、また別の楽しさがある。
冒頭部分、高級ホテルの建つ海辺のリゾート地とその向こうにある巨大なゴミ山が交互に描かれるシーンがあり、二つの対比する世界がとても印象的だった。このゴミ山は、フィリピンのスモーキー・マウンテンを彷彿させるところがあった。ここでの臭気漂う描写は、想像だけではとても描けるものではないと思う。
「ライオンの夢を見るのよ、ライオンがね、昼寝しているの、今のあたし達みたいに、お腹がいっぱいで、動く気がしなくて、インパラのお肉をどっさり食べて眠くてたまらないって顔してるの、そんな夢見るのよ。(P57-58)」というセリフからは、アフリカの地を連想する。巻末に氏の年譜なるものが掲載されていて、それを見ると、この作品を書く前の年に、村上氏はケニア、タンザニアへ旅行に行っていると記されていたので、東部アフリカの沿岸部が舞台になっているのだろうなと思った。


核兵器や生物化学兵器が蔓延する中で暮らす21世紀の住人からすると、「海の向こうで戦争が始まる」なんていうのは想像の中だけであってほしい。
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