2015年01月18日

「競売ナンバー49の叫び」トマス・ピンチョン、より


この数年、自分の中で何か一巡したような感があるせいか、何を見ても、聴いても、十代の頃にあったような純粋な感激や心揺さぶられるようなものと出会うことがなくなってしまった。すべては焼き直しにすぎないのかなと、心ここにあらずな状態で、様々なものに接することが多くなっている。ところが、しかし、ピンチョンだ。僕の目には、果てしなく続く不毛な大地に虹色の光がすっと差し込んだ、そんな存在に映った。こんな巨大な才能がいたなんて。それを知らずにいたなんて、おまえの感性なんてたかが知れてるんだよと、いわれたも同然でえらく恥ずかしい。反省して、最後尾から追いかけることにしよう。今からでも追いつくといいんだけど。



 ある夏の日の午後、エディパ・マース夫人はタッパーウェア製品宣伝のためのホーム・パーティから帰って来たが、そのパーティのホステスがいささかフォンデュ料理にキルシュ酒を入れすぎたのではなかったかと思われた。


「競売ナンバー49の叫び」トマス・ピンチョン(志村正雄・訳)、より
ちくま文庫(p8)



「競売ナンバー49の叫び」はこのようにして始まる。もう、のっけから、吹き出してしまった。なんだか、人をおちょくってるかのようなふざけた一文なんだけど、この短い文中にもいくつかの記号が埋めこまれていて、非常に巧みだなと感じた。なんでタッパーウェアなんだ? とか、隠し味のキルシュ酒を入れすぎたせいで、きっとパーティは華やかで大成功に終わったのだろう、とか、あるいはおっちょこちょいな人たちが集まった、とんちんかんなパーティだったのだろうな、という想像が働いたりして、この先物語がどんな風につながっていくんだろうと、わくわくしてしまう。この短い導入文は、この後の物語の展開が、お酒による軽い陶酔感のあるエディパ夫人の空想を描いたもの、としても受け取ることができる。本の最後には、複雑に意味をかけられた単語や暗喩の解説が沢山載っているので、それを手がかりに物語を読み説いていけるようになっている。多くのピンチョン研究者がいるのもうなずける。

ピンチョンの文章は、さっと読んだだけでも強力なインテリジェンスが流れているのがわかる。深い意味が込められているのか、高度なジョークなのかわからないところも面白いし、物語の筋に沿って文章と文章とが丁寧に織り込まれているのが一番の魅力に思えた。それが縦糸と横糸だけじゃなく、もう一つの軸、つまり上下方向、さらにクロスするような軸も時折混じってくるので、なんというか文章に立体感がある。こういう文体はこれまでに遭遇したことなく、とてものめり込んでしまった。普段読む多くの小説、これらは通常、物語の進行方向に向かって、いくつかの枝が分かれ、それぞれのエピソードが展開していく。少し凝った小説だと、時系列をぶった切って、前後に配置したり、人称をうまく操作することで、物語に少しアクセントを出したりするのもあるが、それでも方向性は同じ軸上で二つ三つほどしかない。一度、ピンチョンに触れてしまうと、それらがわりと平坦に見えてしまうのが、なにか恐ろしい(わかりやすく言えば、カラーテレビを見たあとに、白黒テレビの画面を見るような感じ)。ピンチョンは単にストーリーを描くのではなく、言葉と言葉をつなげ、その間から派生するイメージを使って、何かオブジェを作っているんじゃないかという風に思えた(ふと、コンラッドとどこか通じるものがあるように思ったり)。
まぁ、きちんと読み解けるようになるには、まず原文を読まなければならないし、彼以上の知識量、当時の時代背景やアメリカ文化などを理解しておかないとついていけないところもあるが、今のところ日本語訳で出ているものには、翻訳者(ある種研究者的だったりする)の愛情たっぷりの注釈がしっかりとついているので、そう気構えることなく楽しめる。むしろ翻訳本でここまで丁寧に、注釈や解説がなされていることに、なにか熱いものを感じる。



高橋 「V.(←ピンチョンの長篇デビュー作)」もそうだけれど、ピンチョンは錯綜した、下手糞かなと思えるようなセンテンスで文章をつないでいくから、その軋みが熱を発するんですね。逆に言うと、わかりにくくないとだめなんですね、ピンチョンが生きて書いている時代の熱を伝えるためには。誰の頭へもスッと入るような文章だったら、熱なんか発生しない。

「小説の読み方、書き方、訳し方」 柴田元幸・高橋源一郎、より
"美しい翻訳、鼻につく翻訳" 河出文庫(p151)


柴田さんと高橋さんの文学と翻訳についての対談本の中で、ピンチョンの文体について触れられている箇所があり興味深かった。文章と文章をつないでゆく、その間で思考の摩擦が起こるというこの部分が特に印象的だった。確かに読みやすい、リーダーフレンドリーな文章というのは、多くの人に受け入られるのだろうけれど、一方で読み手を怠慢にしているという側面もあるんだなと、気づかされた(でも、"いい読みにくさ"と"悪い読みにくさ"は絶対にあると思う)。まぁしかし高橋源一郎さんの著書「ジョン・レノン対火星人」もけっこう理解しずらい小説だったりするので、変人同士にしか通じない言語感覚というものがあるのかもしれない。



初期の短篇集「スロー・ラーナー」から僕のピンチョン体験がはじまって、入門編に最適な「競売ナンバー」を読み終わり、いま世界文学史上最大の問題作と名高い「重力の虹」を読みだしたところ(意味不明だらけだけれど、佐藤良明さんのすばらしい訳のおかげで以外と読みやすい)。富士山にも登ったことない人がいきなりエベレストを目指すようなものだけど、何かこの作品には強烈に引き付けられるものがある。


Pynchon-CryingOfLot49.jpg
"The Crying of Lot 49" Thomas Pynchon

「競売ナンバー49の叫び」が出版されたのは1966年(書かれたのはおそらくその二、三年前になるんだろうか。初期短篇集「スロー・ラーナー」に収録の「秘密のインテグレーション」が1964年発表)。この年はビートルズの「リヴォルバー」やストーンズの「アフターマス」などがリリースされているので、どういった時代だったかは音楽好きにはなんとなく想像がつく。1963年のケネディ大統領暗殺後、アメリカはジョンソン大統領へと政権が変わる。1965年に、アメリカは北ベトナムへの大規模な爆撃を開始するも、全世界的な反戦運動が広がりを見せ世論は動いてゆく(1967年10月にワシントンDCに約10万人がデモのために集まり、この運動はピークに達する=ペンタゴン大行進)。話の中に当時のアメリカ社会を直接におわせることは書かれていないが、作品に漂う雰囲気には何か時代を映しているものがあるように思う。
この1966年という年の前後に出版された本を見てみると、なかなかすごい。なんだか魔法のかかったような時代だったようにも思えてくる。いくつかを見てみると、まず同1966年にはブルガーコフの「巨匠とマルガリータ(この作品は1928-1940年にかけて書かれたものだが、当時はソ連当局による思想言論の弾圧・規制があり、1966年にようやく出版となった。西側諸国へは1967年に翻訳本が出ている)」があり、前年1965年にはカポーティの「冷血」、そして翌1967年が特に際だっている。ガルシア=マルケスの「百年の孤独」、ブローティガンの「アメリカの鱒釣り」、カルヴィーノの「柔らかい月」等々(日本では安部公房「燃えつきた地図」、寺山修司「書を捨てよ、町へ出よう」、大江健三郎「万延元年のフットボール」)。作家にとって、代名詞となるような作品がこの1960年代後半に集中し発表されている。これらは、今も世界中で愛読されている普遍的なものばかりだ。半世紀もの前、大企業が資本をかけて、多量に流していただろう商品広告や流行品などを、今もはっきりと覚えている人なんていないだろう。しかし、一人の人間が机に向かい、静かに書き上げた物語は、こうして世代を(そして言語を)越え、長く読み継がれている。今僕たちが接している"文化"というものは、こういったたエヴァーグリーンな作品がいくつも積み重なった、その上にあるのだなと思うと感慨深いものがある。時代毎に流行り廃れてゆく、消費期限の短いものからは、決してなにも生まれないし育たない。時の審判による証明ほど確かなものはないのだなと。


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2014年12月20日

トマス・ピンチョン「LAヴァイス」の映画


Inherent Vice - Official Trailer

最近読み始めて、えらくハマってしまったトマス・ピンチョン。いや、すごい。
(この人、マスコミやメディアの前に出てくることはなく、謎に包まれていて、本人を知る手がかりは作品にしかない。文学賞の授賞式には全く関係ない代理人を行かせたり、賞そのものを辞退したり。プロフィール写真すらない徹底ぶりには、凡人の理解を超えるものがある。こういった姿勢だけでも巨匠感ばりばりでカッコイイ)
第一印象は、フォークナーやヘンリー・ミラーに匹敵するスケール感のある作家だなと思えた(理系のヘンリー・ミラーといったらわかりやすいか)。アメリカという国は、さすが国土がでかいだけあって、変人のレベルも桁が違う。

作品を少し掘り下げてみたいなと思って、ネットで調べていると(なんせ謎だらけだから)、ピンチョン原作の「INHERENT VICE(邦題:LAヴァイス)」が映画化されたという記事がいくつかあった。しかもつい最近、アメリカでは今月12日に公開されたとのこと。予告編みると面白そう。日本公開が楽しみ。

p-InherentVice-Poster.jpg



トマス・ピンチョン全小説『重力の虹』刊行記念インタビュー
永遠の虹――翻訳を終えて(佐藤良明)
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/537212.html

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2014年09月28日

「インドの大道商人」山田和、より


グリヤというのは「人形」という意味で、バールというのは「髪」という意味。つまり「人形の髪」って名前のお菓子です。
"綿菓子売り(グリヤ・ケ・バール・ワーラー)"(p295)


蛇が死ぬと、ちゃんと葬式をして火葬ににしますよ。こうするとまた新しい蛇が手に入って、わしらの商売は安泰だといわれて、昔からそんなふうにやってきているんだよ。
"蛇つかい(サペーラ)"( p185)
(*最近は動物愛護の観点と、野生生物保護法の施行 -ヘビの捕獲や飼育を禁じている- により"蛇使い"という職業がインドから姿を消しつつあるのだとか)


自転車で、住宅地をなるべくたくさんまわります。家に帰ったとき、たくさん残っていると母さんががっかりするからね。
"菓子売り(ナムキン・ワーラー、18才)"(p293)


「インドの大道商人」山田和、より
(講談社文庫)

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インドの町中を歩いていると、いたるところに路上屋台や商人がいて、見ているだけで楽しい気分になる。彼らの陽気な笑顔につられ冷やかしで声をかけてみたり(あるいはその逆も)、いったい何を売っているんだろうとつい聞きたくなる不思議な人もいたり。商売にあわせた様々な工夫やアイデアを見ていると、人の知恵というか、生きるためのたくましさをしみじみと感じる。アジア圏の国々では、路上で商いを営む人は確かに多いが、インドほどその種類が豊富な国はきっと他にはないだろう。徹底した分業システムからは(断業に近いものがあるが)、良くも悪くもカースト制の影響が表れているんだなというふうに思った。この本はそういったインドの路上で商いをする人たちにインタビューをし、一冊の本にまとめたもの(1979-89年にかけて、著者が330人の大道商人を取材し、この本にはそのうちの約100人が掲載されている)。路上屋台とはいえそのバリエーションは富んでいて、また業種が細分化されているので専門職の域になっているものも多い。ページを眺めていてもまったく飽きることがない。一見、生計が成り立っているのかな? なんて思うような商売も意外と需要があったりして、そんなところからインド社会(慣習や宗教的なことなど)が透けて見えてくるようだ。

本の構成は、まず著者のインド取材記があり、各章の合間に大道商人たちを写したポートレート写真と短いインタビューが、一人一ページで収められている。写真はすべてカラー。文章も良いけれど、写真の撮り方もすごくいいと思った。ここに写っている大道商人たちは、職種を問わずみな個性的な顔つきをした人が多いのだが、著者は人物(パーソナルな部分)をクローズアップするのではなく、あくまでこの本のコンセプトである「その商売」をしている人を意識し、一歩引いた撮り方をしている。魅力的な被写体を前にすると、撮り手はついつい、人物に寄ってしまいがちになる。なので、寄りすぎず、引きすぎず、被写体との距離感を上手く保つのはなかなか難しいものがある。そういったものに振り回されることなく著者の持つヴィジョンに従って撮っているのだろうから、全体を通してみたときに統一感があって、とてもいい。取材には十年近くかかっているのに、写真のばらつきがないのは取材開始の時点から、おおよその仕上がりイメージができていたからだろうなと思った。

この本の最初の出版は1990年。今は、文庫本も絶版になってしまい中古本でしか手に入れることができないけれど、ときおり古本屋さんでも見かけるので、気長に探していれば入手するのはそう難しくないし、値段もそう高くはない。二十数年前にインドの路上で商いをしていた名もない人たちの人生が、数千キロも離れた日本という国で、ほんの少しだけ垣間見れることに何か不思議な感覚がある。

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R2N-インドの大道商人.jpg
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2014年09月21日

「グリンプス」ルイス・シャイナー、より



「男の人ってどうしていつも死ぬことを心配しているのかしら。だって、肝心なのは生きることでしょ。死ぬまでが問題で、あとはおしまい。そうじゃない?」


「グリンプス」ルイス・シャイナー(小川隆・訳)、より
5. 移行中(ちくま文庫 / p310)



なんとなく、音楽がテーマになった小説を読みたいと思って、書店をめぐりいろいろと探していた。そのときに出会った本が「グリンプス(著ルイス・シャイナー)」だった。最初、タイトルからは、まったく音楽に関連したものだとは思わなかったが(あとでこれがジミー・ペイジが在籍していた頃のヤードバーズの曲名だと知るも、彼らの代表曲というわけでもないのでやっぱり分かるわけない)、文庫本にしてはやや幅広の背表紙にまず目がいき、それが手に取るきっかけとなり、内容を知ることになった。なんというか、まさにこのとき僕の読みたかったものが見つかった! という感じだった。物語は空想タイムトリップものといった感じで、伝説的なロック名盤のレコーディング風景の中へすっと誘ってくれる。まるで、自分がその場に立ち会っているかのような仔細な描写が、虚と実の世界の中でうまく混ざり、物語にリアリティを与えている感じだ。ブライアン・ウィルソンやジム・モリソンのことを、ずーっと前から知っていたような、そんな錯覚にもなったりする。時代は1960年代後半、この本が出版されたのは1993年だから、小説の中では、おおよそ30年ほど離れた時代を行き来していることになるのだろうか。今読むと約半世紀近い時間の隔たりにあり、それほど月日が経ち、「ひとつの時代」が築かれたのだなというふうにも感じたりもする。僕はこの時代を過ごしたわけでもないが、60'sの音楽には親しみがあり馴染みもある。こうやって、小説の中でそれほど古くはないはずの(よく聴いていた)音楽が、回顧的に描かれていくと、ビートルズやドアーズ、ビーチ・ボーイズなどのいわゆるロック・クラシック(あるいはレジェンド)と呼ばれているものはもう「人類の歴史」として、すでに定着しているのだなとも感じたりした。そして、この本での文体というか、文章の感触、言葉の間から透けてみえる時代の色が、ポール・オースターの「ムーン・パレス」とどことなく似ているような感じがあった。改めて、シャイナーとオースター、二人の生まれを確認してみると、シャイナーは1950年、オースターは1947年で3歳の違い。ほぼ同時代の作家だった。二人だけの例をとって、どうだ、とはいえないけれど、「人の表現するもの」にはやっぱりその時代を映す何かがにじみでるのだなというふうに思える。

他にも音楽モノの小説を見つけたので二冊購入した。T.E. カーハートの「パリ左岸のピアノ工房」と、カズオ・イシグロの「夜想曲集」。カーハートの本は、まだ最初の章しか読んでないが、地味なんだけど丁寧な文体(訳)がとてもいい。ピアノについてえらく詳しくなれそうな内容で、ゆっくりと読みたいと思わせる。イシグロさんのは短篇集かつ、こなれた文章なので、どんなときにでも読みやすそうだった。日本のものだと角田光代「あしたはうんと遠くへいこう」と、大槻ケンジ「ロッキン・ホース・バレリーナ(表紙カバーが浅田弘幸さんのイラストでカッコイイ)」が、まず思い浮かんだが、角田さんのは恋愛ものの様相が強そうだったし、大槻さんのはバンドもので、ちょっと軽いノリだったため、このときの気分には合わず、またいずれということにした。きっと、まだ他にもいくつかありそうなので、地道に探してみよう。普段は、作家やその時々の興味ある題材で絞り、読むモノを探すことが多いので、「音楽モノ」という漠然としたくくり方で、本を選んでいくのはわりと面白いものがあった。「探偵モノ」「刑事モノ」「医療モノ」などは、もうすっかり一つのジャンルとして確立されているし、作品数も多い。名作と呼ばれているものも、タイトルを聞けば「ああ」と思い出すこともできる。でも「音楽モノ」となると、まずそういったジャンル分けが出来るほど、作品の数はなさそうだし、代表作となるものが、どうも思い浮かんでこない。何かあったっけ? と頭の中を二三回サーチしてみても、やっぱり最初のところでつまってしまう。なんでだろう? 音楽って、わりと身近にあるものだけど、物語の中心にするには以外と扱いづらい題材なのかな、とか思ったりして。


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2014年09月17日

「私の美の世界」森茉莉、より


 ミュンヘンの、ホオフブロイ(酒場)は、天井を支える太い柱の間々を俎(*まないた)のような卓子(テエブル)が埋め、麦酒(ビイル)を飲む群集が溢れていた。日本のビアホオルのように、麦酒を飲みながらぼそぼそ会社の話や家の話をしているとか、会社の帰りの僅かの時間に寄った人間が時間を頭において飲んでいるとか、そういうような、つまり心が麦酒と他のものとの二つに分かれている人物たちはいない。そこには唯、「麦酒を飲む人」が、いた。


「私の美の世界」森茉莉、より
貧乏サヴァラン "独逸と麦酒" 新潮文庫(p23)


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ただ、ビールを飲むということで、こういった見かた、感じ方ができるのだなと、思わず感激してしまった。ビールは液体のパンと言われている。キリスト教圏では、パンとワインというのはとても大事な意味を持っているので、"唯、「麦酒を飲む人」が、いた。"という描写は、日常の雑多なことを持ち込まず、ただひたすらに神に感謝する、そのことを指しているのだろう。ここでの森さんのまなざしは、現実世界から逃避するために酒の力を借りなければならない日本の飲み方と、神に感謝しよりよい明日につなげようとするドイツ(ヨーロッパ)の飲み方の違いを表しているのだと、僕は感じた。ビールを媒介にして、神との交信をしている、その姿にきっと感銘を受けたんじゃないだろうかと思ったりもした。時代がひと昔のものだとはいえ、酒の飲み方でも文化というか、そこに住む民族の様式が現れるんだな。句読点の打ち方に、繊細さを感じる。

私はヨオロッパ人が陽気で、日本人のようにじめつかないのは、お茶のように飲む飲みものに、適度の酒精(アルコオル)が入っていて、又それが安くて美味しいからじゃないかと思っている。
(p25)

森茉莉さんは、文豪・森 鷗外(森 鴎外)の娘で、小説家・エッセイスト。やっぱり遺伝というものがあるのだろうか、父譲りで文章がとても魅力的だ。いい意味で育ちのよさが、文章からにじみでている。このエッセイ本の中では、ときおり鋭いまなざしで、世の中にまかりとおる「あたり前なこと」を、彼女のもつ美意識という刃でばっさりと切り捨てていたりする。言葉の向こう側で、彼女が剣を構え、こちらに突きつけているような雰囲気があり、読む方もうっかり油断なんかしていると、思わず傷をおってしまいそうな緊張感があったりする。そして、そのいさぎよさ、というか強さには凛としたものがあって、美しい文体と相まって、彼女のアウトサイダー的な視点(マイノリティな)は時代を経ても根強い人気がある。これを含め他の森さんの本をいくつか読んでいると、純粋すぎるがゆえに、世間一般(特に日本の閉鎖的な社会)との隔たりができてしまったり、そういったものと対峙してしまったりするのだなという風に思えてしまう。その裏側には、才能を持った人の孤独が現れている。

なんでも、森茉莉さんは世田谷の代沢あたりに住んでいたらしく、下北沢周辺によく出没していたらしい。行きつけの喫茶店で原稿を書くという習慣があったようで、梅が丘通りの少し奥に入った場所にある「邪宗門」という喫茶店がお気に入りだったとか(信濃屋というスーパーの近く)。以前ぼくもこのあたりに住んでいて、よく知っている場所だったりして、懐かしく思った。下北沢の喧騒を背に、緑道を抜けながら散策してゆくと、今でも不思議と落着く。自分の知っているところが、思いがけず、本の中に出てきたりするとやっぱり嬉しくなってしまう。それだけでも、なんとなく親しみがわいたりする。そういえば、中井英夫さんも、この近くの羽根木あたりに住んでいたんだよな(何度か行って聞き尋ねてはみたけれど、どのあたりだったかは分からなかった)。
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2014年06月01日

「パリ・ロンドン放浪記」ジョージ・オーウェル、より



片手にチョコレート、片手にクロワッサンを持った労働者や女の子たちが、ぞくぞくとメトロの駅へくりこんでいく。それよりもさらに多くの労働者ですしづめの市街電車が、ごうごうと陰気な音をたてて通過する。駅へ駆けつけたら、乗りこむのに悪戦苦闘しーー午前六時のパリのメトロは文字どおり戦争なのだーー揺れている乗客にはさまれて、誰か醜悪なフランス人と鼻と鼻をつきあわせ、ワインとにんにくの悪臭を吸い込みながら立っていなければならない。


「パリ・ロンドン放浪記」ジョージ・オーウェル、小野寺 健・訳
岩波文庫(p120)




"文章がおもしろい"というのは、書くこと(=技術的なこと)が上手だからではなくて、書き手の人間性や視点、思考性などのユニークさがもろもろ文章の中に染み出ていて、それが読む人に伝わるからなのだろうな。と、この本を読んでいて思った(オーウェルの文章が上手い下手うんぬんではなく、人を惹きつける言葉の力を彼は持っている、という意味で)。いいものはたとえ数十年、数百年という歳月を経ていても、書いたときの状況やそのときの感情などが、まるで今あるかのようにわかるから不思議だ。この本を通じて若き日のオーウェル、彼の素の部分が見えるようで親しみを感じる。個人的にはスペイン内戦のルポルタージュ「カタロニア賛歌」よりも、こっちの方が(若いときに書かれたものだからか)いきいきした文章で、読みやすく楽しめた。

1922年から1927年にかけて、オーウェルはインド帝国警察の警察官として、ビルマ(ミャンマー)へ赴任する。当時パキスタンから(インド、バングラデシュ)ビルマにかけての地域はイギリスの統治下に置かれていた。彼は20代前半の多感な時期をこの地で過ごす。五年間勤務した後、休暇をとり一旦英国に戻るが復職はせず、執筆活動を理由に退職届けを出した。23、4才といえば、今の日本でいえば新社会人にあたる年齢だから、この年頃で自分のやりたいことが明白で、その意志を貫き行動していたなんて、よっぽどしっかりしていたんだなと思う(世界的にみるとこれが普通なのかもしれない)。

一九二七年に休暇を得て英国にもどったとき、退職して作家になることに決めた。
「動物農場」ジョージ・オーウェル、川端康雄・訳
"付録2・ウクライナ語版のための序文"
岩波文庫(p210)


彼はその後、パリとロンドンで生活をする。そのときの体験をもとにして書いたのがこの「パリ・ロンドン放浪記」。退職後しばらくはイギリスにいたが、節約のために生活費の安いパリへ移った。そしてパリ滞在中(1928-29)に、ビルマ時代に貯めた蓄えが底をつき、また1929年に世界恐慌が起こったこともあって、彼の生活はいっそう困窮する。そこでオーウェルは生活費を補填するために、(気乗りはしないまま)ホテルの皿洗いをするようになった。前半にあたるパリの場面では、皿洗いをしていた頃のエピソードが特に面白く、皮肉とウィットがふんだんに混じった彼独特の(ああ、いかにもイギリス的な)視点で、人間くささや当時の世俗を的確に描いている。もし、オーウェルがこのとき、金に困ることなく、皿洗いの仕事をしてなかったら、この滞在記がここまで魅力的になっていたかは想像つかない。

 まず最初に、皿洗いは現代世界の奴隷の一つだということを言っておくべきだろう。だからと言って、皿洗いのためにきーきーわめきたてる必要はない。皿洗いよりも貧しい生活をしている職人はいくらでもいるのだから。それでも、この奴隷にあたえられている自由は、奴隷が売買されていたころと変わっていないのだ。この奴隷は人に屈従しなければならず、手には職もない。給料はやっと生きていけるだけのもの。唯一の休暇は、首になった時だけである。
「パリ・ロンドン放浪記」ジョージ・オーウェル、小野寺 健・訳
岩波文庫(p155)


読んでいると、ふとヘンリー・ミラーの「ディエップ=ニューヘイヴン経由」という短篇を思い出した。フランスとイギリスが舞台になっている点や置かれた境遇、ユニークな人間観察の視点、また第二次世界大戦へ向けて世界が大きく揺れ動いていく時代に書かれたものという点で、オーウェルの「パリ・ロンドン放浪記」と通じるところがいくつかあるように思った。
慢性的な金欠と長いフランス滞在で英語を話すことに飢えていたミラーは、ロンドン行きを思いつき、なんとか金をかき集め旅費を捻出する(さらに離婚の問題もあった)。そして船に乗って英仏海峡を渡り、イギリスに入国しようとしたのだが、審査の際、ほぼ無一文だったことを入国管理官に見抜かれ、プライヴェートなことまでいろいろ探られたあげく、イギリスへの入国は拒否されてしまう。留置場で一晩を過ごし、翌日の便でフランスへと戻ることとなった。そのときのエピソードを綴ったものが「ディエップ=ニューヘイヴン経由(Via Dieppe-Newhaven)」。彼が「北回帰線」(のちに代表作となる)を出版した直後だったことが文中にあるので、おそらく1934-35年ごろだと思う。まだ「北回帰線」が話題になる前なのでミラーの知名度は低く、イギリスの入国管理官は彼のことを当然知るはずがなかった。ミラーと入国管理官、二人のやりとりがこの短篇のアクセントにもなっている。テンポのいいミラーの文章は、古い活動写真にあるようなざらついた映像を喚起させる。
オーウェルとミラーについて調べてみると、やはりというかしっかりとした接点があった。オーウェルは「鯨の腹のなかで(Inside the Whale)」という評論集の中で、ミラーの著書「北回帰線」について論じていて、彼に興味を持っていたようだ。また二人はパリで夕食を共にしている。非常にクセのある二人が、パリのレストランでどんな会話をしていたのかすごく興味がわく。

フランスにやってくると、まずはじめに耳に叩き込まれるのが、この言葉だ。ウィ・ムシュー! ノン・ムシュー! はじめは油虫にになったような気がする。やがて、聞き慣れてきて、無意識のうちにこの言葉が口をついて出るようになり、ほかの連中がその言葉を使わないと、すぐに気がついて反感を覚える。そして、なにか困ったことにぶつかると、最初に口から飛び出してくるのが、この言葉なのだ。「ウィ・ムシュー!」まるで老いぼれ山羊みたいにそう言う。

「南回帰線 マドモアゼル・クロード/他」ヘンリー・ミラー
"ディエップ=ニューヘイヴン経由"(吉行淳之介訳)
河出書房・世界文学全集 II-25(p356)





Inside the Whale - George Orwell - wiki
http://en.wikipedia.org/wiki/Inside_the_Whale

■ "Inside the Whale (1940)" by George Orwell
http://orwell.ru/library/essays/whale/english/
*リンク先に原文あり。

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2014年05月11日

「緋色の研究」アーサー・コナン・ドイル、より


ぼくが思うに、そもそも人間の頭というのは小さな屋根裏部屋みたいなもので、自分が選んだ知識だけをしまっておくところだ。ところが、愚かな連中はガラクタみたいな知識までここに大事にしまいこむから、かんじんの必要な知識がはみだしてしまったり、ガラクタとごちゃごちゃになって、いざというときに取り出せなかったりする。そこへいくと熟練者は、脳という屋根裏部屋へはちゃんと細心の注意を払いながら知識をしまうんだ。自分の仕事に役立つ知識のほかは、いっさい入れない。それだけでもたいへんな種類にのぼるから、あらゆる知識を完璧に整理しなくてはならない。


「緋色の研究」アーサー・コナン・ドイル、日暮雅通・訳
第一部 ジョン・H・ワトスン博士の回想録
- 新訳シャーロック・ホームズ全集 -
(光文社文庫 p28より)

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子供の頃、わくわくしながら読んだシャーロック・ホームズの探偵物語も、大人になって改めて読み直してみると、書かれた当時の世界情勢が反映されているのがわかったりして、すいぶん違った視点で見えてくる。僕自身、齢相応の知識くらい多少ついてはいるので、本に書かれている細かな描写などもおおよそ理解できるようになった。ホームズって子供向けの話じゃなかったんだ、と思い違いに気づく。本の中で語り手になっているワトソン博士は第二次アフガン戦争に従軍していたため、南アジアの話が話題によくのぼり、当時のイギリス人のアジア観がどういったものなのかが見えてくる。ちょうどグレート・ゲームにあたる時代になり、世界史と重ねながら読むとさらに面白さが増す。当時、イギリスは金融立国で、市場が活況だった様子を盛り込んだ物語などもあり、その頃の世相が垣間見えて興味深い。また、ホームズはコカイン常習者でアヘン窟に入り浸っていたり、相当口が悪かったりと、けっこう違った一面があったことにも驚いた(児童用の本には、この部分をうまくボカしているのかな?)。二人の会話も皮肉やシニカルさが出ていて、お国柄というかイギリス人の特徴がよく表れていると思った。
ホームズ・シリーズは、いろんな方の訳が各出版社から出ているので、同じタイトルでも選べる楽しみがある。光文社文庫、日暮さんの新訳モノが読みやすかった。ささめやゆきさんの表紙画もカワイイ。
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2014年05月10日

「人間の土地」サン=テグジュペリ、より


 航空のことなんか言っているのではない。飛行機は、目的でなく、手段にすぎない。人が生命(いのち)をかけるのは飛行機のためではない。農夫が耕すのは、けっして彼の鋤(すき)のためではないと同じように。


「人間の土地」サン=テグジュペリ、堀口大学・訳
"7 砂漠のまん中で"(新潮文庫 p189)より

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この本は何だろう、すごく心震えるものがあった。テグジュペリの言葉が熱した鉄板となって、心臓を押し焼くかのようだった。熱い熱い思いが伝わる。決して大げさに言っているわけでもなく、人間の営みの美しさ、決して色褪せることのない普遍的な姿が、端正な文章で綴られている。ああ、求めていたものがもう全てここにあるという具合。そうそう、こういったものには出会えない。きっとフランス人というのは皆、大なり小なりはあるだろうけど、このテグジュペリの本にあるように、ひとりひとりが自分の人生を謳歌しながらそれぞれの哲学をつくり上げ、自分の築いた価値観を信じて行動しているんだろうなと思ったりもした。旺盛な好奇心で自身の視野を広げ、そこから開けた世界を深く見つめる。そういったものを楽しむ文化が日常的にあるからこそ、豊かな心の土壌が生まれ、こういった本が生まれてくるんだろうなと。
もっと若いときに、この本に出会っていたら、きっとその後の人生が大きく変わっていただろうとも思ったり、いやいや、若い頃だとこの書の持つ深みは十二分には理解できてなかっただろう、という自分もいたり。本の読み時というか、自分自身の熟し具合というか、タイミングというのも大事な要素だなと感じたりもする。まぁ生きているうちにこれを読めたことはすごく幸せだったと思える。人生の標になるような一冊。

表紙画と巻末の解説は宮崎駿さんによるもの。
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2014年05月07日

「香港市民生活見聞」島尾伸三、より


一九八二年に起きたフォークランド紛争の時、イギリスがこの戦争の出費を植民地からの税金でまかなうのではないかという話が持ち上がり、その後この不安は形を変えくすぶっています。露骨な形での増税はありませんし、飴と鞭の使い分けがうまく税金の徴収方法も巧妙です。しかしタクシーの「車両登録税」や「タクシー運転のライセンス税」などの大幅値上げが通告されると、油麻地(ヤウマーデイ)、旺角(モンコク)といった大繁華街では暴動騒ぎが起きたりしています。


「香港市民生活見聞」島尾伸三
華僑と香港 "英国的殖民地"
(新潮文庫 p33)より

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写真家の"島尾伸三"さんといっても、ピンとくる人はそう多くはなさそうだ。それよりも、"しまおまほ"のお父さんと言えば、もう少しだけ分かりやすくなるのかも。
この本は、香港歴15年(当時)という著者が香港についてを記したもの。出版されたのは1984年、もう30年近く経っているはずなのに、書いてあることは全然古いと感じさせない。1970年代後半から1980年はじめにかけての香港についての話が中心になっているのかな? 香港の歴史・政治、一般市民の風俗にはじまり、富豪やお金にまつわる話、マフィアから阿片などちょっと危険なものもあれば、迷信や霊、占いなどの面白話、そしてやはり食について。どのテーマもおおよそ同じ深さまで掘り下げられているので、統一感というかまとまり具合がすごくいい。本の中で、島尾さんは当時の中国や香港に惹かれ通うようになったと語っているのがえらく不思議に思えた。この時代の中華圏世界というのは、今とは発展度合いが全然違っていたから、経済成長真っ盛りだった日本からすれば、あまり見向きされない場所でしかなかったように思う。おそらく日本人の欧米崇拝が一番ピークだったろう時期に、このうらぶれた東アジアの一端をしっかりと見つめていたことは、よっぽどこの地が好きでなければできないことだ。それだけでも十分にスゴイことだなぁと感じる。島尾さんの視点による当時の香港の魅力が今ごろやっとわかり、面白いと思えるようになった(僕がまだ学校に行っていたときに、この本の姉妹版「中華図案見学」を父が買ってきて、僕にくれたのだけれども、そのときはあんまりというか全く興味がわかなかった。本は写真や図版も多く載っていてとてもカラフルなのだが、子供目線で見ると、ややとっつき難いところがあったのかもしれない)。
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2014年05月05日

「誠実な詐欺師」トーベ・ヤンソン、より


人びとは<人間みたいな>特質を犬に押しつける。気高さとか愛想のよさとかいったものを。犬は口をきかず、人間にしたがう。でも、わたしたち人間をじっくりと観察して知りつくし、わたしたちのみじめさを嗅ぎつけてしまった。それなのにあいかわらず人間につきしたがう。


「誠実な詐欺師」トーベ・ヤンソン、冨原眞弓訳
(ちくま文庫 p9-10)より

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文章って不思議だなと思う。数十種ほどの文字を組み合わせることによって、その言語を使っている人たちの住む土地の自然やいとなみ、匂い、色、雰囲気などまでを、かなり正確に伝えることができる。もちろん書く人の才によるところは大きいのだろうけれど、特にこの本に関してはそれを強く感じた。また、日本語という異なった言語に一度、翻訳されているにもかかわらず、北欧の香りや空気が言葉と言葉の間にしっかりと隠れていて、どこかひんやりとした感覚が漂っているようだった。冷たいミストに肌を覆われているような、皮膚全体に伝わる何かが感触として残る。フォギーで濁った光が、弱々しく足下に届く。どんよりと鈍く、色の抜けた世界が目に浮かんでくる。とても映像的な文章の質感。冬の夜に、編み物をしながら語られるような、温もりある語り口は、物語の中にスッと入り込んでいける。女性作家特有の「中心」のない文章が、場面場面、文と文を緩やかにつないで、イメージの余韻を長くしているようだった。輪郭のない、曖昧さが頭の中に積もっていく感じ。派手なストーリーでもないし、特異なことが描かれているわけでもないけれど、心に残るいい一冊。

■ 今年、2014年はトーベ・ヤンソンの生誕100周年にあたり、地元フィンランドをはじめ回顧展が各地で開催されるとのこと。日本でも秋以降に彼女の美術展がいくつか予定されているよう。
http://www.moomin.co.jp/tove100anniv/
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"Den ärliga bedragaren" by Tove Jansson, 1982
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