2012年10月02日

Sketches of Kolkata・コルカタ素描 (2) suburban towns・郊外の町 -2011-

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*Click for Large / 右項:お菓子みたいな家があった(バンスベリア)。

コルカタの約50km北にBansberia(バンスベリア)というのんびりとした町がある。古い家はほとんどが平屋で庭が広く、大きなダリアやカラフルな花が植えられている。新しい家は二階建てが多い。この町には「Hangseshwari寺院」という一風変わった様式のヒンドゥ寺院が建っている。町の東側をフーグリー川がゆったりと流れている。フーグリー川には「Ishwar Gupta Setu(1989年竣工)」という大きな橋が架かっていて、隣町Kalyani(カリヤニ/*コリヤ二と聞こえる)とつながっている。橋につながる道路は、大型のトラックが猛スピードでひっきりなしに走っているのでかなりコワイ。
フーグリー川を挟みBansberia(バンスベリア)の東側にあるKalyani(カリヤニ)は、少し高級な雰囲気のある閑静な住宅街だ。ここにはコルカタのような喧騒はいっさいなく、庭に植わった芝と小鳥たちが会話しているのが聞こえてきそうなくらい静かで落ち着きがある。町は、山の手の住宅地にあるような上品な気配が漂っていて、きっちりと区画整理がされている。東京でいえば田園調布や成城を思わせるたたずまいがあり、広い敷地の邸宅が整然と並んでいる(フーグリー川を多摩川に置きかえれば、地理的にも共通している)。このあたりはきっと商売で成功した裕福な人たちの住む場所なんだろうなと感じた。広い庭を囲う各戸の塀は胸元までの高さもないので、圧迫感がない。敷地に建っている建物はどれも個性的で、かつ品がいい。ただ奇をてらっただけのようなものは見当たらないが、一戸一戸、いい建材を使って建てられているのが遠目でも分かる。
人と建物が密集したコルカタの活気の中にいると、インドという国が全部こう混沌としているのかと思ってしまうけれど、実際そんなことはない。コルカタから少し離れ郊外へ出ると、バンスベリアやカリヤニのように人と建物の密度はかぎりなく薄まって、とても静かだ。同じ都市の中にあるとは思えない、天と地ほどの落差がある。インドのごく普通の町というのは、こういうものなんだなと改めて感じた。

・Kalyani(カリヤニ)は、コルカタ・シアルダー駅から北へ49km。所要80分強、運賃は11Rs。
(*インドの鉄道は、チケットに区間距離が記されている)

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左項:足のつかない自転車に乗っていた女の子。サドルから下りるときの仕草がかわいらしかった。
右項:フーグリー川で髪を洗ったり、水浴びをしていた女性たち。香りをつけるためなのか、飾りのためかはわからないけれど、壷の中には花が散りばめられていた。

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Ishwar Gupta Setu、橋のたもとのプレート。

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Sodpur(ソップール)はコルカタの約15km北にある小さな町。Sodepur、Sayyidpurともつづるよう。コルカタの約15km北、フーグリー川右岸にある。各駅停車しか停まらないような平凡な町、といった雰囲気で特にコレといったものもない。猫のあくびがよく似合う。はずなんだけれど、町に猫の姿は見当たらず、代わりにどう猛な犬が路地の裏をうろついていた。鉄道駅の西側がかろうじて開けている。駅を下りた瞬間に、その閑散とした様が伝わってくる。駅まわりの建物はどれも丸干しスルメイカのようなくすんだ色をしている。外壁はホコリの匂いと湿気をめいっぱいに吸い込んだあと、カラカラに干からびているので頑固そうな肌質だ。
プラットホームは線路に挟まれているので、町へ出るには一度ここを下りたあとどちらかの線路を横切らなければならない。ホームの北側の線路上をたすきがけるように道路が走っていて、立体交差になっている。駅には屋根も壁もないので雨ざらしの状態だけれど、頭の上を走る道路が一部、屋根の役割を果たしている。それが、僕が子供のころに見た国鉄の駅舎を思い出させて懐かしく思えた。道路と線路の作る空間、立体交差の影になる場所にいくつか店があり、ここにも素朴な風情を感じる。

■ 六本足の牛
ソップールの鉄道駅を降り、立体交差の下をくぐり抜けると、RN AVE.が線路と並走するように北へと延びている。道に沿ってしばらく歩くと、大きな門構えの「コルカタ・ヒンジュラプール・ソサエティ-GOSHALA」という施設が右手に見えてくる。入口には、いかにもひまを持て余したような青年がじっとこっちを見つめていた。小さな羽虫が巣にかかるのをじっと待つクモのように。さっさとこの前を通りすぎようとしたのだけれど、呼び止められ、結局網にひっかかってしまった。短い立ち話のあと中を見せてもらうことになった。大きな門をくぐり敷地に入る。目の前にはある一定の間隔で牛舎が並んでいた。わらと糞、発酵臭の混じった独特の湿っぽいにおいが漂う。ここでは数百頭の牛が飼育されているそうだ。歴史は古く、180年ほど前にイギリス人がはじめたのだそう。牛舎のほかにヒンドゥの神を祭った寺が4つある。そのうちに、青年から門番へ、門番から飼育係と案内役が変わった。

牛の世話をしていた男がおもむろに「ちょっと珍しいものがあるんだけど見たいか?」と大きな目をして言うので、僕は好奇心のままに見たいと答えると、男は「ついて来い」と言って端の方にある牛舎へと足を向けた。「何があるの?」と後を歩きながらたずねた。「六本足の牛がいるんだ」と、一拍間をおいて男は言った。最初は「ふうん、六本足ね」と軽く聞き流してしまったが、その言葉は耳穴のどこかでひっかかったのか、小さな拒絶にあったのかは分からないが、受け入れられずに、すぐに「え、、〜しあんぽっろ?」と耳の奥から逆流してきた。自分の声ながら、カセットテープを巻き戻したかのようにいびつな響きがした。聞きなれない言葉ほどじっくりと反すうし、呑みこまなくてはならない。

僕は牛舎の囲いの中にいる沢山の牛たちを一頭一頭じっくり見ながら、改めて足の数を確認した。「牛の足ってたしか四本だよな、あれ?二足歩行だったか?」と自分の中にある常識が揺らいでいた。牛たちは間違いなく四本足だった。目の前にいた牛の姿を、完璧に再現できるようじっくりと目に焼きつける。そして、軽く目を閉じ、頭の中でごく普通の四本足の牛の像を作り上げ、足を二本、選択ツールでマーキングしたあと、コピーペーストしてその牛に貼り付けてみた。男が言う「六本足の牛」を脳内シュミレーションしてみたのだ。見慣れない生物だけれど、そう悪くはない。大きな昆虫だと思えば違和感はないだろうし、それほどの驚きもないように感じた。あくまで脳の中、想像の世界ではの話だけれど。

男は途中立ち止まった僕をじっと見つめ、僕が来るのを待っていた。思い描いたイメージを消し去り、僕は静かに目を開いた。男は「もうひとつ向こうだよ」と少し離れた柵の前に立ち、僕に向かって指をさす。そして、かがんで牛たちの中へともぐっていった。当の牛を探している様子。僕にはどの牛も同じように見える。男は囲いの中に入って、一頭の牛を連れてきた。「こいつだよ、こいつ」といって引っ張ってきた牛は、ごく普通の四本足の牛だった。背格好も他の牛たちとは変わらないし、ブラウンがかった毛の色も区別がつかない。「どこが六本足?」と怪訝に問い返す。見たいような見たくないような最初の気持ちはすでになく、僕はもう頭の中でつくり上げた"何か"を期待していた。男は「こっちこっち」と牛の右側に来るように手招きをした。周って反対側へいく。思わず目が見開いた。その牛の右前足の付け根あたりからは二本の足がにょきっと突き出ていた。一見、角のようにも見えるし、体のどこかの骨が飛び出たようでもある。フォークボールを握る折り曲げた二本の指のようにも見えた。地につけている四本の足と比べると寸尺が違うが、ひづめも、間接も、毛もあり、確かに足の形をしている。それをみて、ただ「ああ」という声しか出なかった。くりくりとした大きく深い藍色の目がこっちを見ている。悲しいような、でもやさしいような目。

この牛は均等に六本の足があったわけではなく、右前足が三本あるという姿だった。僕が想像していたものとは違っていたが、見れば見るほどに不思議な造形に見えた。もし、僕が初めて地球上に降り立ち、この生き物を見たのなら、きっと、木の枝が突き刺さったかのようなこの二本の足を触覚の一部だと思うかもしれない。僕は牛の目に負けないくらい大きく目を見開いて「何で?」と男にたずねた。男は一往復半、首を振り「God made...」とだけ言い、牛の背中をさすった。なだらかな山の峰に見える牛の背骨はほぐれ、さらに丸みを帯びる。牛の大きな目に夕日が映りこみ、きらりと光った。短い沈黙と視線の交錯。周りの牛たちは、僕らの間に流れた悲しみにも似た気配を感じたのか鳴き声ひとつたてなかった。そして、何も見てなかったような取り繕う素振りで、コンクリートの床に落ちているワラや飼料の残りを口にやっている。

男が口を開いた。「昨日は五本足の牛を病院に連れて行ったんだ」と言って敷地にある牛舎を見渡した。僕もつられて牛舎の下にいる牛たちを眺めた。「その牛はどうなったの?」と聞こうとしたが、声が出なかった。喉の途中まで出かかった言葉は、単語と単語がつながる前に力尽き、あっけなく散ってしまった。スカスカの息がふうっと洩れた。男もその続きを言わなかった。六本足の牛の目が残像で浮かび上がる。深い藍色をした淀みのない真ん丸い球体は僕の意識を音もなく吸い込んでゆく。あのまなざしは、自分がこの先どうなるのかが見えていたんじゃないだろうか。

・Sodpur(ソップール)は、コルカタ・シアルダー駅から北へ16km。所要30分弱、運賃は6Rs。
Sealdah St. >> Bidhan Nagar Road >> Dum Dum Jn. >> Bergharia >> Agar Para >> Sodpur
シアルダーからは各駅停車で五つ目の駅になる。

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「Sodepur Station Rd.」
*Click for Large

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駅の南西に建つ団地「Baisakhi Apartment」。

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*Click for Large / ソップールの街角アート。ベンガルのインド人はターメリックの色がよっぽど好きなんだなぁ、と思うほど黄色をよく使う。「モナリザ・アート・センター」が開いていれば見てみたかった。

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かわいい門扉

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駅のすぐそばにある空き地でやっていた青空市場。貨物車両の引込み線になっている。


印度 | 加爾各答(加尓各答)- 西孟加拉邦
インド、西ベンガル州・コルカタ (カルカッタ)
Kolkata (Calcutta), West Bengal State, India
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2012年09月26日

Sketches of Kolkata・コルカタ素描 (1) -2011-

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*Click for Large / Top

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Esplanade前の交差点、Jawaharlal Nehru Road。左に見えるのがMetropolitan Building。

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Free School Streetにあった鉄扉。ここの住所が、扉いっぱいにグラフィカルに描かれている。Sally Scottのロゴみたいでおしゃれ。

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赤い角。

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*Click for Large / at Acharya Prafulla Chandra Road(シアルダー駅前)

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*Click for Large / 何でも積み上げて。

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*Click for Large / 何でも目立つように。

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*Click for Large / 右項:タイヤを運ぶ修理工の青年。

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*Click for Large

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*Click for Large / シアルダー駅から西に伸びたBB Ganguly Rd. 野菜の市場が400mほどこの通りに続く。

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とある一角。この界隈は観光や興味本位で、のこのことやってくるような場所ではないけれど、コルカタに来ているのだからどんな場所なのか自分の目で一度見てみたかった。(昼間やったけれど)カメラは手に持たず仕舞い、なるべく目立たないようにして歩いた。ここにいる女の子らの派手めな服装や化粧、アクセサリーの違いをのぞけば、ごく普通の(インドの女性たちの)日常生活とそう変わらず、そんな様子が垣間見えた。通りや建物の中からは彼女たちの屈託ない笑い声も聞こえ、狭い通りに響きわたる。洗い髪をそのままに、ブラシの取りあいから追いかけっこをしていたりと、無邪気な姿はどこの路地裏でも見かけるような光景。ただ、その他のここにいる人たちのほとんどは鋭い視線を放ち威圧感があった。刺さるようなまなざしを受けて全身がピリリと痛む。映画「未来を写した子どもたち(2004年度・第77回アカデミー賞・最優秀ドキュメンタリー賞、受賞作品)」の舞台にもなった場所です。

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このエリアで「働く」女性たちの即席美容室。

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*Click for Large / 右項:アクセサリーの彫金師。

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*Click for Large / 左頁:Beadon St. 右項:印刷屋のおっちゃん。ずっとこのポーズで何か考え事をしていた。

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*Click for Large / 左項:電飾のオートリキシャ。右項:リキシャの待機場。

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バスの車窓から。

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*Click for Large / パーク・ストリート(Park Street)の交差点。看板広告で埋め尽くされている。

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サダル・ストリートの傍らで眠るリキシャのおじちゃん。この歳でピンクのルンギをはけるってのはかっこいい。




印度 | 加爾各答(加尓各答)- 西孟加拉邦
インド、西ベンガル州・コルカタ (カルカッタ)
Kolkata (Calcutta), West Bengal State, India
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2011年04月10日

コルカタ、朝のニューマーケット

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Futnani Chambers前。

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ニューマーケットの東、Fenwick Bazar Streetから伸びた細い路地。込み合う共同水道前。

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ニューマーケットの東にある小さな市場。


旅先での朝。特に新しい土地で迎える最初の朝は、まぶたをゆっくりと開け、目に入ってくる光景をしっかりと焼き付けたい。

前日はバングラデシュのべナポールからインドのハリダスプールへと入国し、バンガオンの鉄道駅からコルカタのシアルダー駅へとたどり着いたばかりで、ようやく見つけた安宿のベッドの上で荷を片付けようとしたまま気付かぬうちに寝てしまっていた。向かいの建物の窓枠で朝の身だしなみに精を出す鳩たちの鳴き声で目を覚ます。ばさばさという羽音が密集したビルの間に反響する。首を横に、ベッドに敷かれた白いシーツの上に沈む自身の身体の重みをどこか俯瞰してみているようだ。すっかりと水分の抜けた身体に潤いを与えるために、半分ほど残しておいたペットボトルのミネラル・ウォーターを一気に飲み干した。わずかなインドでの滞在を満足に過ごせるよう、早くに身体を街に馴らしたい。そう思うと自然と寝起きも良くなるもので、手際よく身支度を済ませる事が出来、準備万端だ。あとは胃袋からの指令を待つばかり。「ぐるう」という合図と共に街へと飛び出した。


印度 | 加爾各答(加尓各答)
インド、西ベンガル州・コルカタ (カルカッタ)
Kolkata (Calcutta), West Bengal State, India

2009年01月31日

コルカタ、街散策 -2008-

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サダル・ストリート近く。おやっさんは歌いながら家の外で楽しく洗濯物を干している。服の水をきる乾いた音がリズミカルに響く。家の中から、おっかさんが現れて叱責する。あんた、まだ沢山あるんだからさっさとしてちょうだい。悲しみに暮れるおやっさん。今度は憂いを含んだ歌に変わった。

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■ 朝のモイダン公園
コルカタ滞在中は不思議と、朝の7時になるとぴたりと目が覚めた。窓の外を見ると、うすい雲のかかったブルーグレーの空。昨夜飲み残したミネラル・ウォーターの水を飲み干し、身仕度をして外へと出る。ベッド横の床には、カラになったペットボトルが何本も並ぶ。通りを歩くと、ひんやりと湿っぽい空気が漂っている。「Dr. M. Ishaque Rd. (Kyd Rd.)」を西へ歩き、モイダン公園へと向かう。まだ、車の少ないチョウロンギ通りを渡ると、モイダン公園。はじが見えないほどの大きな公園だ。公園はクリケットの練習をしているいくつものグループで埋め尽くされている。クリケットのルールを知らないので、足元に球が転がってきても、どこにどう返したらいいのか見当がつかず、輪の中に放り投げてみた。

モイダン(マイダーン)公園 / The Maidan
(フーグリー川の東側、南北に約3km、東西に約1kmに広がる公園。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Maidan_(Kolkata)

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モイダン公園の北の角、バスとトラムの発着地となっているエスプラネード(Esplanade)。59番のバスに乗りフーグリー川の対岸にあるハウラー駅へ向かう。4ルピー。

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エスプラネードからバスに乗り、フーグリー川(Hooghly River)にかかる大きなハウラー橋を渡ってハウラー駅へと到着した。少し東へ歩くと、区画を縦横無尽に縫う立体交差とビルの階層の中を歩く事になる。ひと区画が細胞(Cell)だとすると、その隙間を駆け巡る道路は血管。街全体が巨大な生物の器官じゃないかと思える程に、有機的な一面を見せている。

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「Curio-City」チョウロンギ通りをはさんだエスプラネードの向かいにあるMetropolitan Building。

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午後のコルカタ。鋼のように硬質な光が降り注ぐ。「光の硬度」は大気中の水分によって変化しているようで、午前の光にはそれがある。

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「St. Saviour's Church」に向って右に伸びた路地を進んでいくと、軒先で肉を解体していたり、野菜を並べたりと小さなお店が点々としている。時折風が吹くと高く突き上げられた金色の大きな旗が青空の下で優雅に揺らぐ。金旗に写し取られた太陽が建物の壁を照らす。カラスの群れが空にシミを作るように飛び去っていった。

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コルカタのトラム。おもちゃ箱をひっくり返した中から、もぞもぞと大きな芋虫が現れて、街の中を這い回りはじめた。

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カーリー寺院(Kali Temple)前にて。カーリー女神への生贄の儀式のあと、首を切られた山羊を解体しているところ。

サダル・ストリートに近い「パーク・ストリート(Park Street St.)」駅からメトロに乗って、「カーリーガート(Kalighat St.)」駅へ。約10分程で到着する。4Rs。カーリーガート駅を出ると、大きな道路「Shyama Prasad Mukherjee Rd.」が南北に走り、その中央にトラムの路線が走っている。線路に沿って若草が無造作に茂っていて、アスファルトの真ん中に緑のラインが一本真すぐに伸びている。辺りを歩いていると、アリが巣に向かうように人の流れが見えてくる。その流れについていくと、「通り」が一気に騒ぎはじめる。露店が並び、鮮やかな花が舞い、着飾った人々で埋め尽くされ、ほこりを被った退屈色をした道は極彩色へと変わった。なで肩状の屋根にタイル貼りの奇妙な建物が見えてくる。カーリー寺院(Kali Temple)へ到着した。

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シアルダー駅前の立体交差をくぐり、西へと伸びる大きな通りを歩く。路肩にはチャイ屋、果物や野菜売り、鍋・金物売りが商品を広げ、生活の全てがここに揃う。こぼれ落ちた野菜くずは道に放置されたまま、そのまま土へと返る。有機の道。粉塵と談笑が古びた車のタイヤによって撹拌され、通りのざわめきを均一にしている。

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沢山の人が行き交う商店街の中、喧噪などは気にもせず、くーくーと気持ち良さそうに眠る子犬。

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メトロ「M.G. ROAD」駅を降り、ナコーダ・モスクのある東の方角に向かって歩く。愛想のない「Chittaranjan Ave.」から延びた路地を入ると、デコラティヴな集合住宅が続く一画が続く。その中でもひときわ目立っていた白塗りの建物があり、部屋の奥から老人が現れるのが見えた。ゆっくりとテラスの窓を開け、窓辺によりかかる。口を大きく開け、何かを話しかけているようだったけれども、声がこちらまで届かずに聞き取れなかった。

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フーグリー川に架かる巨大なハウラー橋(ラビンドラ・セトゥ)。ハウラー駅側からの眺め。

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ハウラー橋のたもとでの沐浴景。朝の太陽はぐんぐんと力を増して、水面を銀色に磨く。

Howrah Bridge (Rabindra Setu):1937-1943にかけて建設された。長さ705m、高さ97m。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%83%BC%E6%A9%8B

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はむ はむ
 もしゃ むしゃ
  まぐ もぐ むう 食事中。

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「St. Saviour's Church」の東に広がる下町の一画。家が隙間なく密集して、市場と混在している。入り組んだ路地を入っていくと、土がこんもりと盛られた広場があり、子供達が牛と戯れている。

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サダル・ストリートを東へ進むと郵便局と教会のある、「MIrza Ghalib St. (Free School St.)」と呼ばれている少し広めの通りが走っている。この通りを右手(南方向)に、1ブロック程歩くと「Marquis St.」と交わる十字路に出る。道を渡って、東の方角(左手)をさらに歩き進むと、商店は途切れ、生活感のある集合住宅の並ぶ一帯へと変わって行く。そして、もう少し先へ歩くとトラムの走る大きな通りに突き当たる。よちよちと慣れない道を歩く。その街景色はいつも新鮮で、ぎこちのない足どりが身体をうまく引きずれていないのが自分でもおかしい。空は少しづつ「夜の色」へと塗り直され、嗅覚で街を歩く時間がやって来た。

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■ 貫禄KID
ヨォ、にいちゃん。景気のほうはどうや?
ええ物件があるんやけど、どやちょっと見てかんか?
と、コルカタのコドモ不動産王。

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「St. Saviour's Church」を通り過ぎ、奥へと歩き進むと、古びたレンガを積み上げた民家が密集した地域が続く。街灯はぼんやりとしたオレンジ色の光を放ち街を静かに照らしている。この温かみのある曖昧な光はとてもいい、町の「あら」を見事に隠してくれる。細い路地からは、途切れることなく人が現れてはまた吸い込まれるように消えてゆく。この定期的な周期は、大きな町が静かに呼吸しているように見える。

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サダル・ストリートを東へ。「Mirza Ghalib St. (Free School St.)」を渡り、「Marquis St.」と交わる十字路でまた東へと歩くとトラムの走る通りへと出る。その向こう側の角に「Arafat」というムスリムの食堂がある。若草色のバックに朱の文字で書かれた看板が目立っていてわかりやすい。店先ではケバブを美味そうに焼いていて、香ばしい煙に捕まってしまった。カレーには少々飽きてきたので、夕食はここでとることにした。外で焼いていたケバブと厚めのパンケーキのようなものを2枚、そしてビリヤニを頼んだ(順に16Rs、22Rs、20Rs)。壁は淡いグリーンのタイルで焦茶色の木のテーブルと椅子が並べられているシンプルな店内は、非常に居心地がいい。外の喧騒が入口から風にまかせ入ってきて、厨房の調理する音と混じって適度な賑やかさがある。お腹が満たされた頃には、空はすっかりと深い紺色へと変わっていた。

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コルカタの夜空は、紺色のインク壺を、まっさらな紙の上にひっくり返したかのような、濃淡のないべっとりとした深い藍で塗られている。ホワイトの修正液を弾き散らして、星を描いてみよう。この空の下で、月の歌う子守歌に聴き惚れる。鳴り響く車のクラクション、トラムは酔っぱらったように町中をゆらゆらと走り、アンテナで電線を弾いて、月の歌に伴奏をつける。コルカタ管弦楽団。皆が空を見上げる。全音符のように丸い月が夜空のてっぺんに達した。

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■ 深夜のサダル・ストリート
連日「HOTEL MARIA」へ出向いて空き部屋がないかをたずねているが、常に満室で空きが出る気配は当分なさそうだ。「 MARIA」の宿泊客はインド人学生のグループ、2階のドミトリーは日本人、韓国人旅行者で占められている。居心地がいいのか、長めに泊まっている客が多い。空き部屋に期待するよりも、今泊まっている「Ashok GH」の天井裏のねずみ達と仲良くなる方法を考えた方が賢明かもしれない。なるべく宿に戻らない過ごし方を考える。「 MARIA」にお邪魔したついでに、フロントのロビーでここに宿泊している日本人旅行者と情報交換をし、門限ギリギリになったところで自分の宿へと戻る。深夜のサダル・ストリートは、昼間のにぎわいが幻だったかのように、人の気配がスッと消え、行儀のいい静寂が漂っている。夜のネオンは肌や容姿に艶を与えるが、心を乾かせる。

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■ コルカタ最終日
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チョウロンギ通りでハートの形をした可愛らしいピアスを付けた女の子とすれ違う。カメラでウィンクをしてみた。

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エスプラネードからチョウロンギ通りを通ってニューマーケット前の広場へと向かう。コルカタとも、あと数時間でお別れ。目の前の景色は自身の心を映し出しているかのようで、雑踏にまぎれていても現実味を感じない。

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コルカタの最終日は、連泊していた「Ashok GH」を出て「HOTEL MARIA」のドミへと移った。これで、ようやく天井裏を走り回るネズミたちともお別れだ。「HOTEL MARIA」のドミトリーの宿泊客のほとんどは日本人か韓国人で、同じ場所にいる共有感も手伝ってすぐに馴染める雰囲気がある。水色の壁の部屋は天井が高く広いので、10台ほどはあるベッドの周りに荷物が乱雑に置かれていても、適度な生活感と清潔感があって居心地のいい空間だ。部屋を入った右側に共同のトイレとシャワーの部屋がある。

午前だというのにすでに部屋には人がおらず、皆出かけている様子。シャワーを浴びたばかりの濡れた長髪をタオルで乾かしながら、ひとりの日本人女性が部屋を往来していた。身仕度が落ち着いた所で少し話をする。旅に出る前は東京で広告関連の会社で働いていたというYさんだ。大きな目は透明感があって輝いている。きっと美しいものを沢山見てきたせいだろう。まなざしの奥には、厳しさを乗り越えて来た意志の強さが潜んでいた。ベッドの上に広げたままの寝袋をしまいながら、戻ったばかりのバングラデシュから話は始まった。彼女は昨日ダッカから、ここコルカタへと戻ってきたばかりで、クルナからの船旅で通ったマングローブの風景が忘れられないと、その事を思い出すように天井を見上げた。ロケットスティーマーといういつ沈んでもおかしくない、古びた外輪船でのゆったりとした移動で、明け方のマングローブの森とヤシの木のシルエットの美しさに感激していた。一等船室の非常に快適な船旅で、運賃は600タカほどだったと。

話は続く、これまで1年半ほどの長旅を続けていて、そろそろ日本に帰ろうかなという気持ちになったと、達観した口ぶりだった。パキスタンのカラコルムを通った後インドへと入り、リシケシ?のアシュラムでヨガを3週間ほど体験したあと、コルカタへとやって来た。パキスタンは非常に緊迫した状況(2007年末時点)だったので、すぐにインドへと抜けたと言っていた。

自称「ビーチ・マニア」なのと嬉しそうに語り、世界のキレイなビーチを訪ねるのが一番の楽しみだと言って、アフリカのザンジバルの海がこれまでで一番キレイだったと教えてくれた。どこだか、砂浜の砂つぶが星の形をしている場所があったとも言って興味をそそられた。海の色と砂浜の色にこだわりがあって、海は深いブルー、砂浜は真っ白な場所が一番との事。ちょうど、僕の隣のベッドにやってきた大学生のO君も話に混じって皆、まだ朝ごはんも食べてなかったので、何か食べようと「KHALSA」へ行く事にした。お店はまだ開いたばかりで、客は少なかった。Alu Jeera Masara(でかいジャガの入ったマサラ/22Rs)、ガーリックナン(12Rs)、デザートに、ラッシー(12Rs)とカスタードのケーキ(12Rs)を頼んでお腹いっぱいになる。

店を出て特に用事もないので、近くをぐるりと散策する事にした。Yさんが絵本を買いたいと言うので、PARK STREEETにある「OXFORD」という本屋に立ち寄った。セキュリティのしっかりとした本屋で、入口でカバンなどを預けなければならない。

ペーパーバックからハードカバーの分厚い本まで品揃えは十分で、品格のあるたたずまい。木製の本棚と柔らかなタングステンの灯りが、ゆったりとした気分にさせてくれる。2階のはじにはカフェが併設されていた。インドのカレーのレシピ本があったので手にとりページをめくるが、日本では手に入らないだろう食材とスパイスが多々あったので、買うのはやめにした。この本屋、にぎやかで生活臭の漂うコルカタの街にいるとは思えない静かな場所だった。

23時発のタイ航空バンコク行きに乗る為、コルカタ最後の夕食を早めにとる。シーク教のおっちゃんがやっているレストラン「KHALSA」へと急ぐ。ここの「アルパラタ」がものすごく美味いので毎日通っていた。熱々の「パラタ」の上に、大きなバターがじんわりと溶けて流れる。パウダースノーを滑るスキーヤーのように流暢に。バターの染み込んだ「パラタ」を手で一口サイズにちぎりながら、指についたバターとスパイスも一緒に味わって、パニールのマサラとガーリックナンを頬張り満腹感に浸る。これも、もう今日で食べ収め。バタ臭くなった指先と口の周りの香りをラッシーでさっぱりと洗い流す。「MARIA」に戻って荷物をまとめる。19時前にチェックアウト。

メトロの「パーク・ストリート駅」で、終点の「ダムダム駅」行きに乗る。6ルピー。
19時12分、パーク・ストリート駅を発車、19時31分にダムダム駅に到着。
ここから、バスに乗り換え空港行きのバスに乗る。と、言ってもバス停のようなものはなく人に聞きながら大通りまで出て、空港行きのバスを捕まえる事が出来た。駅を出て左に延びた路地を歩いて行くと大通りに出る。「30B」番のバスに途中乗車し、空港へと向かう。5ルピー。19時40分にバスに乗り、20時10分に空港前に到着した。20時半にチェックイン。チェックインを済ませた乗客が、1箇所しかない「トーマスクック」の両替所に殺到している。

Netaji Subhash Chandra Bose International Airport
http://www.nscbiairport.org/
http://en.wikipedia.org/wiki/Netaji_Subhash_Chandra_Bose_International_Airport


印度 | 加爾各答(加尓各答)- 西孟加拉邦
インド、西ベンガル州・コルカタ (カルカッタ)
Kolkata (Calcutta), West Bengal State, India
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2008年12月27日

Sketches of Kalimpong・カリンポン素描 -India, 2008-

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Siliguri to Kalimpong・バスの車窓から。

6時に目覚める。シリグリの朝はずいぶんと冷える。7時すぎに宿を出て、路肩でチャイを一杯飲み身体を温めた。3ルピー。
テンジン・ノルゲ・バス・ターミナルへ行き、「カリンポン」行きのバスを窓口で尋ねると、中にいた係員は先客の対応が終わったところで、ターミナル入口に停車していたミニバスまで案内してくれた。まだ乗客は集まっておらず、一番前の席を確保した。

・シリグリ〜カリンポン:55ルピー。

7時半にバスは発車。街中で何度か停車しながら山道へと向かって行く。山道の途中、「TEESTA LOW DAM PROJECT」というダムの建設をやっていた。山や川が削り取らている姿を見ると、肌の奥にヒリヒリとした痛みが走る。バスは徐々に高度を上げ、細い山道をループしながら走って行く。カリンポンは標高1,247mにある街。「暖」を求めて南の国へ来たはずなのに、日本へ逆戻りしたような寒さの場所を訪れてしまった。高みを求め、バスに揺られて朝日と共に山をかけ登る。

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バスターミナルから街を北の方角「HAAT BAZER」のある辺りへ向かって歩くと、細い路地と坂道、Y字路が複雑に交錯しまるで迷路の中にいるかのようで楽しくなる。ぐるぐると何度も同じ道に戻っては、また違った道へと迷い込む。こんな事をくり返しながら、街の地図を脳に刻んでゆく。そうしている内に突然と、旧世紀の甲冑のような半円状のテラスをした奇妙な建物が目の前に現れた。

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ウォーホール?ラウシェンバーグ?ハミルトン?いずれにも引けをとらないほど立派なベンガルのポップ・アート。

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街のいたるところで黄色、白、黄緑の旗が揺れ、「GORKHALAND(ゴルカランド)」の文字が目に入る。市場近くの廃屋の屋上では、タウンミーティングと称して70人ほどを集めたこの活動の集会が行われていた。
「ゴルカランド(GORKHALAND)運動」について
http://homepage3.nifty.com/~mariamma/mar-nep3.htm

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屋上から見た市場の全景。

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市場で果物を買う兄ちゃん。絵になるね。
市場では「アッサム(ティー)」の茶葉が並んでいた。正露丸をひと回り小さくしたような粒状のコロコロしたもの。荷物になるので買わなかったが、シリグリに戻ってから後悔。歩くのに疲れたのでデザートのお店へと入り、「Kesher Pista」というコーン・アイスを食べる。オレンジ色のアイスに深緑のピスタチオ?の砕かれた実が入っている。さっぱりとした柑橘系の香りに一息ついた。15ルピー。

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■ Guide Map of Kalimpong(カリンポンの地図)
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*click for Large

■ シリグリからカリンポンへ
7時半にシリグリを出たバスは、10時20分にカリンポンへと到着した。山の斜面に根をはるように、直方体の石造りの家がびっしりと建っている。山中にあるが、けっこう大きな街に見えた。バスターミナルは、MELA GROUNDという広場の横にあり、黄色と白と緑の3色旗が駐車場の空一面にはためいていた。広場には観覧車やローラーコースターなどの大きな装置が設置されていて遊園地となっている。バスを降りると冷たい空気と風が吹く。昼前とはいえフリース一枚を羽織っているだけでは寒い。近くの商店街をのぞきショールを探し求めた。

■ カリンポンからシリグリへ
バスターミナルに戻って、シリグリ行きのバス・チケットを購入。「TRIVENTI TRAVELS」社の運営するミニバス。カリンポン〜シリグリ:55ルピー。(*このバスターミナルからジャイガオン行きのジープが出ていくのを見かけた。)14時前にミニバスは発車。猿の多い山道を走りながら、シリグリへと戻る。前の座席のおっさんは、あまったバナナを道路脇にいる猿に向かって投げ、見事つかみ取った猿を見てはひとり喜んでいる。
16時半、右へ左への山道から平坦でまっすぐに伸びる街の道路へと変わった。窓外には薄紫の雲がふんわりと漂い、朱色の太陽がその雲に隠れるよう浮かんでいて、霜降りのような模様をした太陽だった。
16時45分シリグリへと到着した。
20時発「コルカタ」行きの寝台に乗らなければいけないので、急いで宿に荷物を取りに向かう。

Kalimpong Info
http://www.kalimpong.info/
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印度 | カリンポン
インド、カリンポン(西ベンガル州・コーチビハール地区)
Kalimpong, Cooch Behar District, West Bengal State, India

2008年12月15日

シリグリ -2008-

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10時半にコーチビハールを出たN.B.S.T.C.のバスは、13時50分にシリグリの「テンジン・ノルゲ・バス・ターミナル(Tenzing Norgay Bus Terminul)」へと到着した。街の南北をテンジン・ノルゲ通りという幹線道路が走っている。バスを降りると、ターミナルの入口付近には食堂や旅行代理店などが並んでいる。「ダージリン、ダージリン!」、「ガントク!ガントク!」と威勢のいい掛け声が四方から飛んでくる。ここ、シリグリは「ダージリン」への中継地となる街で、交通の要衝となっている。テンジン・ノルゲ通りを挟み、バス・ターミナルの反対側へと渡る。路地を少し奥に入って行き、値段と部屋を何軒か見ながら宿の目星をつけて行く。「HOTEL SUNDARBAN」という宿に決めた。一泊200Rs。あまり陽のあたらない建物なのか、ひんやりとしているがまぁまぁ清潔な部屋だった。荷物を置き、足元にシャワーを浴びて足のむくみを取り一息ついた後、街へと出る。バスターミナルのそばに「ドイ」のある店を見かけていたので真っ先に向かった。ボグラで食べたドイ*の味が脳の中で反芻される。ボグラで食べたのよりも、少し大きめの素焼きの器に入っていた。味は、ボグラほどの濃厚さはなかったけれども美味かった。一杯15ルピー。ドイに十分満足し、バスターミナルへブータン国境の町「ジャイガオン」行きのバスの便を調べに行く。8時45分、と10時発の一日便。約4時間程かかるとの事。座席間隔の狭いインドのローカルバスで4時間の移動は厳しいなと思い、明日の予定を今晩もう一度考えることにして夕食を食べに、また食堂へと戻った。

*ボグラのドイ:
http://tavola-world.seesaa.net/article/106993279.html

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夜のテンジン・ノルゲ・バス・ターミナル。

夕食はバスターミナルの入口に並ぶ食堂「KANPUR HOTEL&RESTRANT」で、揚げた魚のカレーとサイドディシュの野菜のサブジ?を頼む。カッコイイ店の兄ちゃんが、ライス大盛り2杯目をご機嫌に盛ってくれる。35ルピー。ひととおり満腹になると、となりの食堂へ移って、デザートのミスティとチャーでお腹を落ち着かせる。13ルピー。何を食べても美味いので、腹八分目を守るのが難しい。バスターミナルの奥にあるシリグリ駅へ行き、翌日のコルカタ行きの寝台列車のチケットを予約、購入する。シリグリ(20時発)→コルカタ:273ルピー。(*ホテル近くの代理店で聞いたら手数料込みで435ルピーだった。面倒がらずに直接窓口で購入して正解。)窓口で、300ルピーを払い釣りを受け取る。が、窓口のおばはんは釣り銭をごまかしてこちらへと返してきた。あまりにも巧みな上に平然とやってのけてたので、足りないぞと文句を言い突っ返す。おばはんは「あれ、足りなかった?」としらばっくれながら、数を合わせ釣りを差し出す。帰り際にバスターミナルで「カリンポン」「ガントク」行きのバスの時刻を調べ、宿へと戻る。

・カリンポンまでは約70km。55ルピー。
6:00〜16:45の間に約14便程。約30分おきに出ている。

・ガントクまでは約116km。90ルピー。
午前は6:30が始発で約1時間おきに1便程度、計5便。
午後は12:30発車、14:30が最終便の計4便。
*午後は「EXPRESS FARE」で97ルピーになる。


印度 | 西里古里 - 西孟加拉邦
インド、シリグリ(西ベンガル州・コーチビハール地区)
Siliguri, Cooch Behar District, West Bengal State, India

2008年11月20日

ブータンの紙幣

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気付けば、いつの間にか財布の中に見知らぬ紙幣が紛れ込んでいた。
何を買った時だったか?
そういえば、見慣れない色の紙幣をお釣りとして受け取ったのをうっすらと思い出した。
その時は、気にとめるでもなく財布の中にそれを仕舞った。

屋台でこの青紫色の紙幣で支払おうと差し出した時に、「このお金は使えないよ」と突っ返されてしまった。そこでようやくこのお札がインド・ルピーではなくブータンの通貨「ニュルタム(Ngultrum)」だった事に気付く。ここコーチビハールからブータン国境の「プンツォリン」までは直線距離にして約60km程でとても近い。

ブータンのお金が流通していても何らおかしくはないけれども、
ババを掴まされたようで、どうも気分が悪い。
お釣りの中にさらりと紛れ込ませる華麗な技を、随分と遅れて気付いてしまった。

でも、考えようによってはブータンまで行かずにブータンのお金を手に出来た事になる。
そう思ってはみたものの、不本意な内に手にしてしまったお金というのは非常に居心地が悪い。
財布の中では多勢のガンジーとワンチュク国王の喧嘩が続いている。



◆参考-1:
GNH(国民総幸福度)を掲げ注目を集めているブータンですが、
現実の経済では隣国インドとの結びつきが強く(貿易の8割を占める)、
豊富な水力を利用したインドへの「電力」の輸出と、観光業により外貨を得ています。

「FXライフ」-南アジアの通貨「バングラデシュとブータン」-より
http://fxthegate.com/2008/09/fx59.html


◆参考-2:
通貨「ニュルタム(BTN)」はインド・ルピーと1=1のほぼ固定相場(微変動)。
http://www.exchange-rates.org/currentRates/P/BTN
*インドとブータンでは、経済規模が大きく異なるのに2つの通貨はほぼ等価で取引されているのは不思議。



印度 | コーチビハール
Cooch Behar, India
(西ベンガル州・コーチビハール地区 / Cooch Behar District, West Bengal State)

2008年10月24日

Sketches of "Cooch Behar" -India, 2008-

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コーチビハールの静かな街並み。さぁて、そろそろ次の町にでも行こうかニャ。町が一斉に閑散とする日曜日は、まるでゴースト・タウンのように静まり返る。いつもの場所で食事にありつけなかった野良猫はしょんぼりと肩を落とし行ったり来たりをくり返す。

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昼の沐浴場。鏡のように凹凸のない池はもうひとつの世界を写している。

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■ 宿探し
昨夜、マイナグリからコーチビハール行きのバスに乗り、約2時間半ほど走って目的地へと到着した。あたりは真っ暗で、急いで宿を探す。コーチビハールのバスターミナル向かいに数軒のホテル並んでいる。呼び込みのおっさんに案内され部屋を見るが、寝床だけしかない殺伐とした部屋で、一泊150ルピー。シャワーは共同で、お湯は出ない。値段は安いが、泊まるには黄色信号が光り脳は撤退命令を出している。ホテルの案内人はすでに誓約満々のつもりで僕の顔色をうかがっていたけれども、僕が外国人だと気付くと急に冷たくあしらい去って行く。宿泊拒否。インドでは、外国人が宿泊する際は警察に届け出を提出しなければならないという規則があって、ほとんどの地域ではもう行われておらず、形だけのものになっているけれども、東インドではまだこの規則が残って行われているようだ。この宿も届け出が面倒なのか、許可が得れてないかで僕は泊れない事が判明した。外国人でも大丈夫だという隣の宿を教えてくれた。そして、再び部屋を見せてもらう。部屋の様子はさっきの宿とさほど変わらずで、お湯は明日の朝にならないと用意出来ないと言う。身体が冷えきっているのと、夜は寒いのでお湯のあるなしはすごく重要だ。これで一泊300ルピーとかなり高い。ここもやめて、もう少し探す事にした。唯一のにぎわいのあるバスターミナル周辺を離れ、灯りのない暗い街の中へと歩き出す。

バスターミナルを出た正面の道をまっすぐに進む。ひっそりと静かな通り。少し歩くと左手に沐浴の池が見えてくる。水面が夜空を映している。池からは蛙たちの合唱がにぎやかに響く。低い歌声の主は相当な大きさだろう。沐浴の池を過ぎ、右に曲がるとぽつぽつと街の灯りが見え始める。灯りを目指して歩き進むと、2軒の宿が通りをはさんで並んでいた。「TOURIST」と「HOTEL MIKADO」白い外装で明るい入口の「ホテル・ミカド」に引き寄せられ、部屋があるかをフロントで尋ねてみた。ニットベストをピタリと着こなすフロントのおっちゃんは上品な口調で面白い。一泊195ルピー、税込みで205ルピー。おっちゃんは、ボーイに部屋を案内するように伝え部屋を見る。とても清潔な部屋で問題なかったので、一階に降りチェックイン。ようやく今日の寝床を確保出来た事で安心する。夜の宿探しは、焦る気持ちと疲労が混じっていつもハラハラする。荷物を置いて一息入れる。改めて肌寒さを実感する。このまま眠ってしまわない内に、夕食をとるため外へ出る事にした。

■ 夕食へ
ホテル・ミカドを出て、左の角を曲がると「Vegetable Curry」の店があった。アルミトレイの上に小皿がたくさん並んだターリー・スタイルのお店。客はビジネスマン風の男がひとり、黙々とカレーを食している。今日の夕食は、ここに決めた。店に入ると、料理長が現れ注文をとりに来た。今日の胃袋に収まるか分からないけれども、せっかくなのでターリー・コースを頼む。40ルピー。10分ほど待つと、料理が運ばれて来た。温められた野菜のソースが小さな銀色のカップにそれぞれ並ぶ。全部で8つほど。皿の真ん中には、焼立てのチャパティが「俺をソースで染めてくれ」とばかりに置かれている。チャパティは4枚まで無料。ソースもなくなったらそのつど足してくれる。チャパティを右手でひとくち大にちぎりソースに付け食べる。お腹が空いていたせいもあるけれども、至極の美味さ。インド初日にして、この小さな町で最高に美味しいカレーに出会えた事に感激する。右手の指先にソースのスパイスが染み込んだ頃、ホテル・ミカドのおっさんがひょっこりと店に入ってきた。僕と、向いにいた客を見て大喜びしている。奥の厨房にいた料理長に声をかけ、「今日はいい日だ。うちのゲストが2人ともここに来て食事をしてるなんて。」と、すっかり上機嫌でいた。チャパティ4枚とソースも2杯づつを完食。すっかりお腹がいっぱいになって、宿へともどる。僕も満腹で上機嫌。いつもより深くベッドに埋もれた。

■ ホテル・ミカド
朝を迎えるためには、まずは長い夜を過ごさなければならない。安眠についていれば、軽快な朝の訪れは比較的早くにやってくるけれども、もしその途中に邪魔が入ったりすれば、苦しく長い時間を送る事になってしまう。夕食のターリー・スタイルのベジタブル・カレーを食べ満腹になった後、ホテル・ミカドへと戻りうとうとと眠りはじめた頃、ドアをノックする音が部屋に響く。一度は無視してそのままベッドに埋もれていると、次第に激しい音に変わったので、仕方なく起き上がり眠い目をこすりドアを開ける。ドアの向こうにはフロントのおっさんが立っていた。「あんたの滞在登録書類を警察に届けなければいけないので、時間のある時に下のフロントへ書きに来てくれないか。」と言って、最後に「なぁに問題ないさ。」と付け加えフロントへと戻っていった。「No Problem」、このおっさんの口ぐせで話の最後にいつもこの言葉が上品な口調で添えられる。パスポートを持ってフロントへ。僕の姿が見えると、おっさんはカウンターの中からもうずいぶんと使われていなさそうな古びた書類を取り出し、サインを求める。どこに何を記載するのかすっかり忘れている様子で細かい項目になると、どうだったのかを思い出そうと考え込む。この外国人登録書は1939年頃からあるそうだ。ひととうり書類が完成すると、最後にパスポートのコピーが必要だという事で、雑用係の小学生くらいの少年と一緒に近くの店にコピーを取りに行く事になった。少年の案内で、真っ暗でひんやりと冷える夜の町を歩く。近くにあった店はもう閉まっていたので、少し離れた沐浴場向かいの店へと向かった。少年は店のおっちゃんにコピーをとりたいと言うと、おっちゃんはコピー機の電源をつけた。機械が稼動するまでしばらく薄暗い店の中で過ごす。沐浴場の蛙たちは相変わらず合唱をしていた。パスポートのコピー取りを済ませホテルへと戻り、フロントのおっちゃんにコピーを渡す。「もう問題ない、あとはこっちでやっておくよ」とお決まりのフレーズで、この面倒な書類の手続きは終了した。部屋に戻って再びベッドに沈む。

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日曜日の朝、街は眠ったまま起きる気配がなかった。ほぼ全ての店が閉まっている。今日は一日中どこも開きそうにない気配。目抜き通りから少し奥の場所でチャイ屋台に人が集まっていた。身体を温める為に一杯を頼む。2ルピー。バングラデシュとは違って、ショウガの味付けがされている。ぐいっと喉に流し込むと、血管の隅々にまで「暖」が注ぎ込まれる。これで、ようやく目が覚める。静かな街を見てまわる。すると、一台の白いトラックの上に何人もの男たちが乗っていた集団がいたので近くまで行ってみた。みな一様に押し黙ったまま、荷台の真ん中に置かれたケースを囲んでいる。ケースにはガラスの扉が付いていて、その中には白い布を被せられ足の裏を真っ赤に塗られた遺体が安置されていた。葬儀。足を止めしばらくその様子を見させてもらった。10分ほどして周りにいた人たちが皆、荷台に乗り込むとトラックはゆっくりと動き出す。男たちは大きな声を揃え何かを唱えるよう叫び、荷台の上から花びらをまいて走り去って行った。

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マハラジャ宮殿の南にある大きな沐浴池。この池の周囲にはコーチビハールの行政機関が囲むようにして並んでいる。見なれた景色も逆さまにするだけで、全くの違った世界が見えてくる。マッサカサマナ、サカサマセカイ。

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給水塔のある風景。

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静かな日曜日の街を歩く。食事のとれる店が見当たらないので、目についた屋台をはしごしてお腹を満たす。一軒目、チャパティ(2枚)にじゃがいものカレーを乗せたもの。新聞紙が皿代わりで、チャパチィをちぎりながら具をつまんで食べる。ほくほく、あつあつで美味しい。手に着いたカレーや油分は最後に新聞紙でぬぐい取る。4ルピー。二軒目、ぷっくりと膨らんだプーリーの真ん中をぐしゃっとつぶして中にじゃがいものカレーを流し込んだもの(パニ・プーリー?)。さくさくしてカリっと揚がった熱いプーリーとスパイスが効いたとろみのあるカレーが絶妙な触感。あまりにも美味しいのでもうひとつ頼む。2つで10ルピー。三軒目、煮込んだ豆のスープにチリソースをさらりと回し、さくさくのスナックを握ってつぶし振りかけ、さらに野菜の千切りをまぶしたもの。ひと混ぜして食べる。ピリ辛味。1皿10ルピー。

*「プーリー」の簡単な作り方レシピ。「COOKPAD」より。
http://cookpad.com/recipe/240373

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コーチビハールの路地の風景。

ブリマリ-チャングラバンダの国境を越え、バングラデシュからインドへと入った途端に街の模様は一変する。
まず店に置かれている商品の豊富さが目に飛び込んできて賑やかだ。さらに、街に設置されているインフラの違いや走る車を見ていると国力の違いが感じられる。例えると、風に吹かれると飛ばされそうなわらぶきの家と、多少の事では崩れはしないレンガ作りの家の違い位な程のもの。善し悪しではなくて、小さな積み重ねの結果が「街のたたずまい」となって現れる。

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■ コーチビハールの花屋
郵便配達夫は、花屋へと転職した。青いニットを羽織り、自転車を引いて夕暮れの細道を静かに歩く。かつて手紙を配達していた時と同じように、この小さな街中に花を届けている。一輪一輪、しっかりと大切に。差出人の綴った言葉は、色彩と香りに翻訳されて届けられる。郵便配達夫は街に住む全員の笑顔を覚えている。

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■ アイロンは熱いうちに
小さな街を散策していると、中心地からすこしはずれた池のまわりにパリっと仕上げられた白いシャツが干されてある場所があった。その向かいには、ほったて小屋がありクリーニング屋を営んでいる。道に面した店の正面は吹きさらしで仕切りも扉も何もない。もうもうと煙をたてる大きなアイロンと、しみのついた台座があるだけ。アイロンには炭がごろんとくべられている。香ばしいかおりのついたシャツというのも素敵だなと思った。

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The Palace of The Koch King called 'Rajbari'

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■ コーチビハールのマハラジャ宮殿
コーチビハールで一番の観光名所、コーチ国の王「Rajbari」の宮殿。バスターミナルのすぐ横(南側)にある大きな敷地。宮殿は見事だったけれども、庭園に咲いていた大きな黄色のダリアの花に目を奪われた。
入場料:5ルピー
(*宮殿内の博物館への入場料は外国人料金があり、さらに100ルピー(?)取られる。)

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楽器の装飾を施した楽しい門。一度はその前を通り過ぎてしまったけれど、数歩、歩いたところでどうも気になったので引き返した。

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印度 | 库奇比哈爾 - 西孟加拉邦
インド、西ベンガル州・コーチビハール
Cooch Behar, West Bengal State, India
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2008年02月08日

コルカタ・シアルダー駅からサダル・ストリートへ

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■ シリグリからコルカタ行きの夜行列車「「ダージリン・メイル」
NJP駅の門をくぐり、ドタドタとやかましい床音を立てる陸橋を渡ってホームへと降りた。すでに、コルカタ行き「ダージリン・メイル(Darjeeling Mail)」の寝台列車は停まっていた。車両の終わりが見えないくらい長い列車だ。紺色の車両の最後尾はホームのずっと先、すっと闇に消えていく。プラットホームは灯りがついてないので真っ暗で、手元のチケットの文字も良く見えない。どの車両に乗ればいいのかさっぱりわからないので、近くにいた駅員にチケットを見せたずねた。すると、少し先を指し、「あのあたりだ。入口に搭乗者名簿が貼ってあるので、そこでもう一度確認してくれ。」と教えてくれた。車両の入口にはそれぞれA4ほどの紙が一枚貼ってあり、薄いグレーのインクで打ち出された名前がずらりと並んでいる。皆、自分の名前をその中から探し出し、目的の車両を探している。2、3両ほど見てすぐに名前はみつかった。なんだか、受験の合格者発表のようだ。ずらりとインド人名の並ぶ文字の中に、日本語読みの自分の名前があった時はひとまずホッとし嬉しかった。ホームには、弁当売りの姿が見える。1つ30Rs。夕食はシリグリですましてきたところなので、買わなかった。列車に乗り込み、次は自分の席を探し当て荷物を下ろす。くすんだブルーの硬いシート。ここで眠れるだろうか?座席兼ベッドは上段・下段に分かれていて、下段席はベッドに変わるまでは上段席の人との相席となる。となりには背の高いデンマーク人が読書にふけっていた。たわいもない話をしながら、発車までの時間を過ごす。20時10分頃、列車は動き出す。ゆっくりと、貫禄たっぷりに車両が揺れる。インドの鉄道は線路幅が広いため、車両幅も広く全体的に大きい。車輪の1スクロールが大きいのでゆったりとした振動が車体に伝わる。車窓から夜の街灯りを眺めていると、今日一日の疲れが押し寄せて一気に眠くなってきた。横のデンマーク人も同じように、感傷に浸るよう窓外の遠い景色をぼんやりと眺めていた。

列車の速度が少し増してきた頃、「もう眠るから上へ移動してくれ」とこのデンマーク人に伝え寝床の用意をする。バックパックの柔らかそうな場所を上にし、そこに頭をのせ枕代わりにして、カリンポンで買ったばかりのショールを羽織って毛布代わりにする。僕の席の窓はきっちりと閉まらず、すぐに半開きとなってしまうので、すきま風が入り込んで来てものすごく寒い。列車の速度が増すたびに、その風はいっそう冷たくなる。斜光用の扉も下ろしたが全く効果はなく、うとうとしかけた頃に身体の冷えで何度も目が覚めぐっすりとは眠れない。その度にうすら目で、うすぐらい車内をぼんやりとみつめながら再び眠気がやってくるのを待つ。深夜、3時頃になると車内は皆、ほぼ眠りにつき、いびきの大合唱が響き渡る。いつの間にか眠りについていた。5時50分、車内にアナウンスが流れる。「DUM DUM ジャンクション」を通過したようだ。斜光用扉を半分開け、窓の外を見ると、ほんのりと空が明るくなり始めていた。上空のうす紫と、目線上のオレンジがかった光が混ざり合い桜色のグラデーションへと変わって行く。この淡い空の色が冷えきった身体を少し暖かくしてくれる。6時10分、コルカタ・シアルダー駅(Sealdah Railway Station)に到着した。車内に灯りがつき、皆、がさごそと動き始める。車内に活気が増す。順に出口へと向かう。ホームへ降りると荷物を抱えた人たちでぎっしりだ。その流れにまかせながら、駅の出口へと向かった。ついにコルカタだ!「走る冷蔵庫」に約10時間揺られ、ようやく目的地へと到着した。

・Darjeeling Mail(ダージリン・メイル)、20:00発、翌日早朝6:00着
NJP(ニュー・ジャルパイグリ)駅からコルカタ・シアルダー駅までの寝台列車。

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旅先ではほんのわずかな間だけれども、強くその瞬間が刻まれている事がある。
シアルダー駅の改札を出た入り口のロビーで、周りの喧噪などないかのように犬を抱きかかえながら静かに眠る青年がいた。駅構内のざわざわとした中で、まったく起きるそぶりもなくぐっすりと眠っていた。

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早朝のシアルダー駅前。街にはまだうっすらと霧が残っていて、ひんやりと身体を冷やす。

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シアルダーの駅舎を出ると、黄色のプリペイド・タクシーがずらりと並んだ駐車場があり、駅からの客を見るなりドライバー達がいっせいに寄って来る。持っている荷物を勝手にトランクへと運ぼうとする輩を制止しながら、押し寄せるドライバー達の勧誘を振り切り門の外へと出る。塀にそって露店が並んでいて、まだ朝の6時台にもかからわず通りには活気がある。右手に大きな幹線道路が走っているのが見えるので、そちらへと歩いて行く。この大きな通りは立体交差になっていて周辺が卸し市のようににぎわっている。道には野菜の葉が散乱し、一面の緑。周囲は生臭い茎の匂いが立ちこめている。

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シアルダー駅のすぐ西側を南北に、大きな幹線道路の「Acharya Jagadish Chandra Bose Road」が走っている。ここに出て「エスプラネード」行きのバスが来るのを待つ。バスが通るたびに、「エスプラネードへ行くか?」とたずねていった。何台かを見送り10分弱ほどすると、ようやく目的地を通るバスがつかまった。水色に黄色のラインの入った「34C」番の古びたバスがそう。4ルピー。後続には同型のバスが、早く進めよとばかりに何台も続いていた。
(駅前でたむろしていたプリペイドタクシーのエスプラネードまでの言い値は120ルピーだった。)

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早朝は街の支配者が交代する時間。道端では、カラスたちの遅い「晩さん会」が行われている。朝日が乳白色に変わったのを合図にして、街はこの黒い支配者からひと様へと明け渡される。

シアルダー駅の西側に走る「Acharya Jagadish Chandra Bose Road」で34C番のバスに乗り「エスプラネード」へと向かった。「エスプラネード」はモイダン公園という大きな公園の北側のはじにあって、コルカタの交通の要、バスやトラムはここを起点に発着している。モイダン公園の東側に沿って、かわいらしい名の「チョロンギ通り」が南北に走っている。エスプラネードからこの道を南の方角に向かって歩く。目指すは「サダル・ストリート」安宿の密集しているエリアだ。東の方角からは、街の隅々を侵食するように黄金色のまぶしい光が差し込む。朝日が昇り始めた。少しずつ気温が上昇していく。太陽の光は朝もやを溶かし、一帯はカラメル色の甘い光に包まれる。途中、数人の男達がチャイ屋を囲むように身体を寄せあい談笑していた。シリグリからの寝台列車ではほとんど眠れず、そのままコルカタの街に放り出された身としては、ホっと温まる場所に見えた。店はまだどこも開いてない。男達に混じりチャイを一杯頂く。2ルピー。あったかさが身体に染みる。すると、日本語の少し話せる青年が寄って来た。名はジャベダキ。以前に名古屋で働いていたという。車の生産にたずさわっていたのだと。チャイをぐいと飲みきり、ジャベダキにサダル・ストリートへの道をたずねた。このまま、ここを真っすぐ行くと道路工事をして通れないから、この先、2つめの角を曲がって迂回していくといいよと教えてくれた。コの字の道を通り、まだがらんとしているニューマーケットの広場に出て、ひとつ先の道へと進むと、サダル・ストリートへとたどりついた。

7時半、「ホテル・マリア」の門をくぐる。フロントに部屋の空きがあるかをたずねるが、今日は満室との答え。10時がチェクアウトの時間なので、もしかすると空きが出るかもしれないというので、入口にあるインターネット・ルームで、メールをしたり日本のサイトを見たりしてしばらく過ごす。(1時間=15ルピー)9時すぎ、今日は空きはなさそうだと見切りをつけ別の宿をあたる事にする。早く荷を解いて、ひと眠りつきたい。うろうろと歩いていると、男が寄ってきて宿の案内(あっせん)を申し出てきた。男に連れられ何軒かまわって「ASHOK GH」という宿に決める。雑居ビルの4階にある小さなゲストハウス。ホテル・マリアともほど近い。4階にあるので、階段の昇り降りがしんどいけれどもその分格安だ。シングル=200ルピー。案内してくれた男にチップを渡し、チェックイン。コルカタでの居場所をひとまずは確保した。サダル・ストリートにある安宿のひとつ「ASHOK GH」。ここに部屋を取った。シャワーは水のみで、お湯が欲しければ別途料金がかかり、すぐには用意出来ないので事前に言っておく必要がある。

ベッドの上に荷物を広げ、少し横になる。天井裏をねずみが走る音がうるさい。その度にパラパラと天井の壁がこぼれ落ちてくる。部屋の隅にはこぼれ落ちた壁の破片が転がっている。ここで口を開けたまま寝たらどうなる事か?を想像した。荷物を整理したあと、足のむくみを取る為に太ももから下にシャワーを浴びる。これまで数週間分の疲労と、シリグリからコルカタへの寝台列車の疲れが両足にきている。冷えたふくらはぎを念入りに揉んだあと、ようやくの寝床に深く身体を沈めた。

Ashok GH / 8, Sudder Street, Kolkata. 700-016


印度 | 加爾各答(加尓各答)- 西孟加拉邦
インド、西ベンガル州・コルカタ (カルカッタ)
Kolkata (Calcutta), West Bengal State, India
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