2014年02月11日

Sketches of Kushtia -Bangladesh, 2011-

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鏡のような水面のポッダ(ガンジス)川。青い空を映している。水を切るようにして小船が滑り込んできた。広々とした自然の中に、無理なく人の力が入ってくる光景には美しさがあり、思わず見入ってしまう。パブナ方面への船着場が近くにある。

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河口方面を望む。

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クシュティア付近を流れるポッダ(ガンジス)川は、対岸が見えないほど広い。おだやかな海のよう。川幅は約3kmほどある。向こう岸にある街はパブナ。

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クティバリからゴライガットへ続く一本道"Kuthibari Road"。緑の中を走るのんびりとした道だった。途中タバコの葉畑や、イスラムの廟?が点々とあり廟の周囲には墓が並んでいた。

■ ゴライガット〜クティバリ
バンガリ(乗り合いのリキシャ)に乗ってゴライガットからクティバリへ向かう。運賃は15-20タカ。ゴライガットの近くにバンガリのたまり場がある。100タカでクティバリまで往復すると言ってくるリキシャワラが言い寄ってくる。相場(クティバリまでの距離)が分からず、言い値をいくつか聞いていたら、隣にいた子どもが「ポネロ(15タカ)だよ」と教えてくれた。子どもは素直でいいな。

クティバリには、詩人タゴールの別荘(アトリエ)があり名所になっている。タゴールは、1913年アジア人として初めてノーベル(文学)賞を受賞、また、バングラデシュの国歌「我が黄金のベンガルよ」も作詞・作曲しているので、この国ではよく知られている(インドの国家もタゴールによるもの)。日本へは五度訪れている。日本人のもつ自然観や文化に共感し、日本への関心が高かったが、日本が軍事国家になると批判的な立場へと変わった。(wiki - Tagoreより)
「タゴールの別荘」は入場料があり、バングラデシュの人は20タカ、外国人は100タカ。

帰りはクティバリ近くの船着場からゴライガットまでを走る(所要約50分)。タゴールの別荘を外れると、あたりは民家がまばらに点在する静かな景色。走っている道にあまり交通量はなく、帰りの足をどう捕まえるかを思案していた。10分ほど歩いていると、流しのバンガリがやってきてそれに乗った。年配のリキシャワラ。このひとはペダルの漕ぎ方が絶妙だった。常に漕ぎ続けるのではなく、ある程度ペダルを漕いで回転の勢いがつくと、あとは余韻にまかせ足を休める。アメンボがスイスイと、優雅に水面を滑っていくような感覚でバンガリを走らせていた。
しばらく走り続けると、ある民家の前でバンガリはスピードを落とし停まった。白壁の家の前には数名の女性が立っていた。その中から、小さな女の子が顔を出す。親か親戚の人たちに促されるようにして、バンガリの前に出てきた。女性たちがリキシャワラに行き先を説明している間に、小さな女の子は台座の上にちょこんと座りバンガリに乗った。オレンジの花の描かれたワンピースを着ていた。三つ編みの髪をプリッツエルのように束ね、くすんだオレンジのリボンで止めている。左手には、2タカ紙幣が力強く握り締められていた。リキシャワラが彼女に行き先をたずねると、少しおっかない仕草をし、聞き取れないほどの小さな声でぽそりと告げた。リキシャワラは耳を寄せ、聞き取った言葉を復唱し、彼女に確認をした。女の子はうつむいたまま小さくうなずき、手を強め台座をしっかりとつかんだ。お使いの帰りなのかなと思いながら、小さな同乗者の背中を見ながら、ホイールの回る音に耳をやる。

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■ 種のあるバナナ
クティバリから北へ約1kmほど歩くと小さな船着場に出た。土手には茶屋が一軒あり、そこでポッダ川を眺めながら一服していた。いつのまにか、地元の青年らが遊びにやってきて話の輪の中に入る。バナナをひとつもらった。見た目はいたって普通のバナナだったが、食べてみるとびっくり! 中には種がいっぱい詰まっていた。生まれて初めて食べる「種ありバナナ」。味は特にクセがあるわけではなくやや甘みの少ないバナナという感じ。もっさりとした食感だった。ただ、種が食べるのに邪魔だった。バナナの原種かな? と思いながら味わう。種は5-6ミリほどの大きさ、黄土色で上部中央にくぼみがある、柿の実のようなややへしゃげた球形をしていた。

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ゴライガットからクティバリへ行く途中の田園景。たくさんの菜の花が咲いていた。近くの民家からはパタンパタンという機織りの音がもれてくる。庭には染めた布生地が干されていた。

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■ クルフィ(Kulfi)
「地球の歩き方・バングラデシュ」に、クティバリの名物にクルフィというアイスがあると載っていて、行ったら食べてみようと思っていた。クティバリに着くと、通りには縁日のような屋台や土産物屋がいくつか並びにぎわっていた。目当てだったクルフィの店を探してみたが見当たらなかった。ああ残念と思った矢先に、ちょうどクルフィ売りが現れた。ひとつ買ってみる。いったいどんなアイスなんだろうと期待した。そのアイスは細い円柱型のステンレス容器から引っ張り出すようにして出てきた。見た目はそれほど特徴のあるものではなかった。ひとつ、20タカ。味はカルダモンの香りの効いたアイスだった。シャリシャリ感があり、ミルクの味わいがしっかりとしている。あとで調べてみると、「クルフィ」というのは卵を使わないアイスクリームとのこと。牛乳に砂糖(+スパイスなど)を加え煮つめ、あとは冷やして固めるだけの簡単なデザートで、インドではポピュラーなようだ。

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乾期のゴライ川。干上がった川底を渡るひとたち。2008年にも一度ここへ来ている。そのときに見た幻想的な光景をもう一回見たくて、再びやってきた。今回訪れたときには、大掛かりな工事(橋か堤防のようなものだった)をしていたので今頃は完成しているかもしれない。
行きと帰り際の二回、ここで写真を撮っていると、二人の男に声をかけられた。二人とも見覚えのない顔だった。最初の一人は僕のことをすごく知っている風に声をかけてきたので、思わず誰だろう? と頭の中を探ってみるもまったく記憶にない。僕のきょとんとした顔つきを見てその男は言った。「あんた、こないだラジシャヒ(クシュティアの北西約80kmにある街)にいただろ? 夢中で車の写真を撮ってなかったか?」と、手でシャッターを押す真似をした。たしかに、僕はここへ来る前にラジシャヒにいて、そこでトラックの写真を撮りまくっていた。そのときのことをゆっくりと思い出しながら、返事をする。「うん、ラジシャヒにいた。そう、車の写真撮ってたよ! あっ、もしかしておっちゃんもそのときにいてた?」と、なんとなく筋がわかり、ややテンション上がった。男は「やっぱり、あんただろ! いや、こんなところでまた会えるなんてな」と白い歯を見せる。えらく、偶然なこともあるんだなと思った。太陽が傾き、帰りしにこの川底を渡っていると、今度はまた別の男に声をかけられた。「ハロー! ああ、きみ、覚えてるかい? 昨日のモジャンプル・ゲートで! え? なんて顔だ。ほら、えーと、たしか停電になったとき、角の店にいて」と。いきなり、こんなことを言われたものだから、記憶の引き出しがどこだか探しあぐねる。グロッサリーの店でドイを食べているときに、突然停電になったのは記憶に残っている。男曰く、そのときに同じ店にいてたそうだ。それにしても、わずかながらも面識のあった人と、ゴライ川の川底という場所でばったりと出会うなんて、不思議なタイミングだなと思った。水の力なのかな。

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行き交う人のいなくなったゴライ川。

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N.S. Road沿いの壁。

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Jatindra Mohan Hall and Parimal Theatre
-Kustea, Est 1924-
青果市場の斜め向かいにある映画館。プレートには1924年設立とあるので、一世紀近くも経過した相当に古い建物だ(1920年代前半といえば、となりの国ビルマの街"マンダレー"で、ジョージ・オーウェルがインド帝国警察の任に就いていた頃)。英国統治下時代に建てられたのだと思い、当時のたたずまいを想像しながら見上げる。クシュティアのつづりが「KUSTEA」となっていて今と違っている。中からは上映中の映画の音が洩れていた。料金は20タカ。入口で観ていかない? とすごく勧められたが、わからないベンガル語の映画を二時間近くも座って観るのはちょっとしんどいなと思ってやめた。映画館の雰囲気だけでも味わってみたらよかったかなとあとで後悔。時代物の映写機とかが置いてありそう。

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目の絵が印象深い。

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映画館の壁。

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歯医者さん?

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ターメリック挽きの工場。ターメリックを蒸し、柔らかくしたあと挽いて粉末にする。

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モジャンプール・バスターミナル前の壁。

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チョウルハッシュ・モール(Chaurrhash Mor)のモニュメント。街の中心部から3km弱離れた場所にある交差点。

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夕暮れ時のN.S. Road。クシュティアの繁華街がこの通り。

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花屋にて。

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夕闇に落ちる空と明かりの灯る商店街。

パスタスタル・モールのそばにあるホテル・リバーサイドの一室。一日の終わり。壁の色を新しく塗り替えたせいなのか部屋にはペンキの匂いがかすかに残っていた。ベッドに横たわりながら明日のことを考えていた。バングラデシュのビザの期日があと二日にせまり、明日コルカタへ行くか、それとももう一日バングラデシュにいようかと思いをめぐらせる。21時半ごろ、外の通りから大きな歓声が聞こえてきた。やがてその声は湧くように数を増す。少し経つと、バイクを走らせる音とクラクション、笛を吹き鳴らす音で騒々しくなった。こんな時間に一体何ごとだろう? 気になり、部屋を出て、テラスから通りを見下ろす。通りにはバングラの国旗を掲げバイクに乗って走り回っている若者や、バングラデシュ国旗の緑と赤のハチマキをし、プラスティックのおもちゃのブブカを吹く子どもたちがいた。フロントに行くと従業員が一同に集まっていた。どうにも嬉しそうな顔をしていた。曰く、クリケットのワールドカップで、バングラデシュがアイルランドに勝ったんだよ、あの連中はそれで喜んでいるんだよと。ただでさえ陽気なベンガル人が、全身で喜びを表しているんだから、ある意味見ものだった。このとき、バングラデシュ(とインドの共同開催)でクリケットのワールドカップが行われていて、国中が沸き立っていた。バングラデシュのチームはけっこう弱いとの前評判だったので、地元開催な上さらにアイルランドに勝ったことは、相当うれしいかったんだろうな。2002年、日韓ワールドカップのときのことを思い出した。

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早朝のN.S. Road。街は人影もまばら。青果市場の前では、ドイ(ヨーグルト)売りの商人たちが大きな壷を並べて座っていた。

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青果市場の斜め向かいにある食堂「モウバン」にて。ルティ用の生地をまとめたところ。クシュティアには二日滞在。朝食はここで食べていた。

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■「モウバン」のポロタ。
生地は薄く、サックサク、パッリパリでクリスピー、小麦粉の味が噛みしめるほどにあふれ、すごく美味い。ルティも生地は薄く、しんなりとするタイプだった。この店はポロタが断然美味かった。手に付いた油の香ばしい香りが、さらに食欲を誘う。バングラデシュには一ヶ月近く滞在していて、朝食は毎日のようにルティかポロタを食べていた。ここ「モウバン」のポロタは中でもベスト1、2に入る味わいだった。ダル(豆スープ)、トルカリ、ポロタ4枚、ルティ2枚あわせて35タカ。これでけっこうお腹いっぱいになる。


孟加拉国 | 庫什迪亞 (庫爾納区)
バングラデシュ、クシュティア(クルナ地区)
Kushtia, Khuluna Division, Bangladesh
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2014年02月02日

Sketches of Mymensingh -Bangladesh, 2011-

マイメイシンはダッカの北約120kmにある街で、さらに北へ進むと東インドのメガラヤ州がせまっている。そのためこの地域には国境ポイントが多くある(ただし開放されてはいないので越境は出来ない)。マイメイシンには4日間滞在した。当初は、国境地点に行くために2日程度を見ていて、国境を撮影した後はすぐに西部の街へ移動するつもりでいた。周辺は、特に(観光的な)見所があるわけでもないので長居する必要もなかったが、マイメイシンの北に点在する小さな町や、周辺に広がる田園風景はのんびりとしていてわりと居心地が良かった。そんなわけで、途中で気が変わって滞在を少し延ばすことにした。ダッカで慣れてしまった大都市特有のざわつきのようなものを、リセットするのにも、この周辺ののんびりした佇まいはちょうど良かった。緑の広がる景色は心穏やかになるもので、目にも優しいものだった。
街の目抜き通りには数軒のテーラーが入ったモールがあり、冷やかしで覘いたところ、うまく乗せられてしまい、そのうちの一軒でオーダーメイドでシャツを頼むことにした。日本で既製品を買うのと価格はさほど変わらず、しかも良い生地で、身体にぴたりと合う服を仕立ててもらったので、受け取ったときはすごくうれしかった。シャツに袖を通したのは日本に戻ってからだったが、やっぱり本当にいい仕上がりで、愛用の一着になった。

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マイメイシンから10kmほど北にある小さな村「ウパルプル」の水田あぜ道にて。

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典型的なベンガル地方の田園景。家の周りに畑があって、庭では家畜が寝転んでいる、といったような静かな暮らしにあこがれる。早朝は田んぼにうっすらともやがかかっていて、太陽の光が差し込むと空が乳白色に輝く。

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家畜の散歩途中のおばさん。

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ダラバザールのはずれ。この一帯は米どころになるので、田んぼの緑が続く。

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ハルアガットから北へ少し走ったあたり、国境に向かう道の途中。

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ハルアガットの北にある国境「ゴブラニクラ」近くの畑にて。でっかい瓜?

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ハルアガットの市場。

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ハルアガットのメインストリート。

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お母さんの付き添いで、市場に来ていた女の子「アニア」。バスを待っていた。ダラバザールにて。

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ダラバザールにて。

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ハルアガットからマイメイシンへと戻るバスの車窓景。多分フルプールあたり。

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マイメイシンの鉄道駅。駅周辺は(日本とは違い)治安が悪く、少し殺伐とした雰囲気が漂っている。あまり長居したいような場所ではないので、列車が駅に着くと皆足早にここを去ってゆく。

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面白い装飾の建物。

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きれいなドレスを着ていた少女、「シャーミ」。

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市場などでよく使われている、野菜切りの道具。夜中になると歩き出しそう。

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マイメイシンの目抜き通り「ステーション・ロード」沿いにある食堂の並ぶ一画。プーリーやサモサなどの揚げ物の軽食メニューが多い。サモサは一つ、3タカ。熱々のプーリーは一つ5タカ。宿を出たときと、帰る前には、いつもここに立ち寄っていた。素朴な味だが、日本で同じように作ったとしても、現地で食べたものと似た味わいにはなることはない。きっと食材や調理器具、火力なんかが全部異なっているからだろう。高級な食材、品質の高い調理器具で作った料理が必ずしも美味いとは限らない。

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チャイ屋の少年「ムストゥ」。自分で商売をしているせいか、(同じ年頃の子と比べて)顔つきがしっかりとしている。

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淹れたてのチャー。一杯5タカ。バングラデシュのチャーはコクがけっこうあり美味い。茶葉を濾す容器を小刻みに振りながら、グラスにチャーを注ぎ落とすおっちゃんの手つきがカッコイイ。

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マイメイシンで一番大きいボロ・マスジッド。

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街のすぐ北側をオールド・ブラフマプトラ川が流れている。川沿いの土手にヒンドゥ教徒の集落がいくつかある。きれいなサリーを着た女性が三人いて、長い髪の手入れをしていた。美人だった「オニタ」。

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休憩中の職人たち。休憩の合間に仕事をしているといった感じ。

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井戸の水を汲みにきていた少女、「シャラム」。

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毎日、マイメイシンから近郊の村へ移動するのにローカルバスを使っていた。

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■ マイメイシン〜ハルアガット間の主な町
マイメイシン
シャモガンジ
ウパルプル(Upalpur)
フルプール(Phulpur)ここはシェルプール方面の分基点になっている。
ナラングラン
ダラ・バザール(Dhara Bazzar)
ハルアガット(Haluaghat)
(マイメイシンからハルアガートまでのバス運賃は50タカ、所要約一時間半弱。ダラ・バザールまでは所要約一時間強)
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孟加拉国 | 麥門辛 (達卡 / 达卡地区)
バングラデシュ、マイメイシン(ダッカ地区)
Mymensingh, Dhaka Division, Bangladesh
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2012年10月29日

Sketches of Chandpur・チャンプール素描 -Bangladesh, 2011-

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ポッダ(ガンジス)川とメグナ川が交わって巨大な川となり、ベンガル湾にそそぎ込む。
彼方が見えず、まるで海のよう。ダッカ、ショドルガットに向かう大型船がゆっくりと進んでいる。

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■ チャンプールの楽団
チャンプールの市場で演奏をしていた楽団 (おそらく結婚式かヒンドゥーの祭り) 。演奏者たちの衣装はばっちりときまっていたけれど、ヨレヨレのユルい演奏で、テキトーに演っていたのか、真剣に演ってたのかは良く分からず。ただ、ドン・チェリーを彷彿とさせるようなフリーで緩い感じの演奏はこの土地に合っていて最高だった。

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Puran(Old) Bazar / プロノ(オールド)・バザール
右項:ターメリックの粉引職人、カシムさん。インドのホーリー祭の帰り、みたいに全身が黄色い粉まみれになっている。

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左項:プロノ・バザール・モスク (Puran Bazar Mosque)
右項:シルクスクリーン刷りの少年、マニくん。

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倉庫街の壁。

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どんな洗濯物にも対応できる、便利な鉄条網の物干し。小さな穴がたくさん空きそうですが。

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 チャンプールはポッダ川とメグナ川という大河がちょうど交わる地点にある港町だ。合流し巨大になった川に、DAKATIYA RIVERがさらに流れ込み、この町は河川のジャンクションとして栄えている。DAKATIYA RIVERはチャンプールの街を東西に流れ、街を南北に分けている。川の北側には鉄道が走っていて、近郊の街クミッラやフェニと繋がっている。南側はプロノ(オールド)・バザールと呼ばれ、精米所やスパイスの製粉所、卸の店、油売り商が多く集まってる。市場に連なる店のほとんどはくすんだトタン屋根のバラックで不粋なたたずまいなのだけれど、ここにやってくる人たちは、それとは全くの正反対でとても陽気でにぎやかだ。このバザールの中心に「プロノ・バザール・モスク (Old Bazar Mosque)」という細かな装飾をした美しいモスクがある。天高くそびえ建つミナレットが、街と船舶の航行を静かに見守っている。


孟加拉国 | 昌コ浦 (吉大港区)
バングラデシュ、チャンプール (チッタゴン地区)
Chandpur, Chittagong Division, Bangladesh
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2012年05月23日

ポッダ川(ゴダガリ)の夕日 -2011-

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ムッシャルバリの牛市場を背に南へ約400mほど進むと、防風林のような一帯が見えてくる。その先に「水」のありそうな気配が感じられる。林の向こうに広がる空のたたずまいは、川か湖、あるいは貯水池のようなふんだんな水の上にあるものだ。高く伸びた木々を抜け、そのまま歩いていくと、まばらな商店通りがあり、細々とはしているものの店先では人々の憩う姿があった。かすかな夕日が頭上に溜まっている。その下で砂を蹴り上げるゴム草履の音と、パタパタとビニールシートのはためく音が響いている。ここはポッダ川沿いにひらけた「レルゥ・バザール」という小さな市場。

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市場を抜けるとポッダ川が目の前にあらわれる。この場所は崖のようになっていて見晴らしがいい。川岸へは階段で降りる。

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とげがチクチクと痛い黄色い花。

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川岸に下りたところ。対岸はインドではなくバングラデシュ領。渡った7km先に「パロット」というインド・ボーダーがあるそうだ。

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「ムッシャルバリの牛市場」
http://tavola-world.seesaa.net/article/262501594.html

「煙草の空箱で作ったトランプ」
http://tavola-world.seesaa.net/article/205061308.html
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孟加拉国 | ゴダガリ (拉治沙喜区)、博多河
バングラデシュ、ゴダガリ (ラッシャヒ地区)、ポッダ川
Padma River, Godagali, Rajshahi Division, Bangladesh
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2012年03月03日

土砂を運ぶ労働者 -Dhaka-

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積んでは下ろしての往復作業を、ずっと繰り返している。

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一回運ぶごとに、いくらなので、皆、個人個人のペースで休憩をとったりしていた。労働自体は厳しいが、労働者たちはけっこう楽しんでやっていて陽気です。

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お洒落な帽子のようにも見える頭のクッション。

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踏み板は細い上にしなるので、バランスに気をつけないと落ちてしまいそうだった。天秤にのせたレンガは60kg近くはあり、ものすごい重たいです。

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人海戦術でみるみる運ばれていく。

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石炭を運んでいる。

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船で運ばれてきた土砂や石炭などを、トラックに積みなおしているところ。

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一回運ぶと、その場でチップが渡される。

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チップはおそらく2、3タカぐらいだと思います(レンガ工場がそれぐらい)。

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おっちゃんはちょいと一服と、さりげなくタバコに火をつけるんだけれども、、

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石炭の粉で真っ黒の腕。

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たしか、この周辺って火気厳禁だったような。。

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ダッカ郊外にある建築資材の集積地。バングラデシュの地方都市から運ばれてきた泥や土砂、レンガなどを積んだ船が隙間なく停泊し、無尽にいる労働者を使って荷降ろしされている。
トラクターやショベルカー、クレーン車などがなかった時代に建てられた城やピラミッドのような巨大な建築物の建造風景は、きっとこういう情景だったんだろうなと思え、タイムスリップした感があった。


孟加拉国 | 達卡 (达卡)
バングラデシュ、ダッカ
Dhaka (Dacca), Bangladesh
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2011年12月22日

ショドルガット対岸の縫製工場と問屋街

■ 縫製工場の中
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二階にある工房には地上の喧騒は届かない。室内にはミシンをまわす音が心地良く響く。

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柔らかな光が窓から入ってくる。

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目にも止まらぬ速さで大きな裁ちばさみを振り、サッと生地を切る手さばきは職人技。かっこいい。

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ガラス玉のついたリベットボタンを打ち付けているところ。

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こんなボタンです。僕も履いていたパンツにひとつ付けてもらった。

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刺繍とボタンがついて出来上がり。どこへ出荷されるのでしょう。

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未完成のジーンズの束。

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■ Paint it Jeans
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宙に浮いたジーンズに、ヴィンテージ風加工をしているところ。

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ジーンズではない、何か別なモノに見えますが。。

ダッカ、ショドルガットの対岸に、縫製工場、問屋の集まった区画があり、その少し外れた場所でジーンズのUsed加工をしている工房があった。空気圧でパンパンに膨らませたラバー風船にジーンズをはかせて、生地に染料をこすりつけたり、紙やすりでスクラッチしたりして、使い古し感を出していた。

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■ 繊維問屋街
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せまい道は喧騒が響き渡り、ごったがえしている。活気がすごい。

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問屋街。二階に縫製の工房などがある。

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ジーンズの問屋街。すでにどこを歩いているのかわからない。

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上から見たところ。トタン屋根が続く。この屋根の下は全てジーンズやシャツなどの問屋が軒を連ねている。

ショドルガットの対岸に、主にジーンズの縫製工場とそれを扱う問屋の集まった大きな一画がある。
建物のひしめく中を、集まったバイヤーや製品を運び込むリキシャなどでごったがえしていてて、異常な活気がある。同じような店が無数に連なり、また規模が大きいので、一度迷い込むと、どこを歩いているのかわからなくなるほどだ。

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孟加拉国 | 達卡 (达卡)
バングラデシュ、ダッカ
Dhaka (Dacca), Bangladesh
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2011年12月19日

気付いてないだけで、

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しっかりと見られています。。

BIG BROTHER is Watching you.


孟加拉国 | 納拉央干 (達卡 / 达卡区)
バングラデシュ、ナラヤンガンジ (ダッカ地区)
Narayanganj, Dhaka (Dacca) Division, Bangladesh
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2011年10月27日

Sketches of Dhaka・ダッカ素描 -Bangladesh, 2011-

■ 霧朝
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一寸先は白い闇。

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霧の中に消え行く老夫婦。

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乾季のバングラデシュは、深い霧の朝で始まる。明け方は肌寒く、外を歩くと細かな水滴が身体にまとわりつき、立っているだけで体温がどんどんと奪われてしまう。そして、ほんの数メートル先は、真っ白なカーテンが幾重にも重なっているようで何も見えない。道を歩いていると、ぼんやりとした白い壁の中から突然に、リキシャや人が音もなくすっと現れるのでびっくりする。普段は埃っぽく、喧騒だらけの雑然とした国だけれども、この朝霧に覆われた時だけは静寂な世界になり、幻想的な光景が広がる。


■ チャーのある風景
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モティジールのPurana Paltan通りにて。

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パンやビスケットをひたすと美味い。チャーとビスケットで10タカ。

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バイタル・ムカラムの北西角。月見チャー。。(聞こえないように)

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煮詰めたチャーの原液。これをベースに薄めたりコンデンス・ミルクなどを加える。店によってやり方が異なる。

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夜のグリスタン周辺。ダッカの大きな通りは、常に渋滞だ。

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■ 夜のモティジール
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散髪屋にて。

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糸屋の棚。繊維産業が盛んなだけに種類も豊富。

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古紙屋の兄ちゃん。いい身体つきしてます。

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裏通りの古ビル。

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電器屋のテレビを眺める男たち。

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ぼちぼち店じまい。


孟加拉国 | 達卡 (达卡)
バングラデシュ、ダッカ
Dhaka (Dacca), Bangladesh
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2011年08月30日

夜のコムラプル

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バングラデシュの首都ダッカの中央鉄道駅「コムラプル」。
列車が到着すると入口は乗降客の波がぶつかり合い激流になる。

駅前に溜まっているリキシャワラたちは、夜の遅い時間にもなると値段交渉にも強気で挑んでくるので苦労した。行き先を「モティジールまで」と言うと、皆首を横に振るか、聞こえないふりをして目も合わさない。かろうじて見つかったとしても、昼間の三倍近い値段になっている。バスに乗ろうにもバスは押し詰め状態で、一番外にいる乗客は、乗降口にまで一杯となった乗客達を乗車口の両手すりに腕を伸ばし腹で中の乗客を押し込むように、かろうじてバスにしがみついているという危険な状態だ。すでにバスからはみ出ていて今にも転げ落ちそうな位だ。こんなのに乗れるわけがない。

そのうちに駅から離れ、すっかりと暗くなった慣れない通りを歩きはじめた。別な場所で流しのリキシャを捕まえることにした。コムラプルの外れから、バイタル・ムカラムまで20TK。


孟加拉国 | 達卡 (达卡)
バングラデシュ、ダッカ
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2011年08月14日

Sketches of Comilla・クミッラ素描 -Bangladesh, 2011-

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■ クミッラ駅の線路でくつろぐ家族
1時間に数本しか列車がやってこないクミッラ駅の線路は、鉄道駅周辺にバラックを建てて住んでいる人たちにとっての憩いの場、自分達の庭のようななもんだ。駅のホームが途切れた線路の上では、赤ん坊をひざに乗せ、洗ったばかりの髪を母親に結ってもらっている女性と、隣でその様子を見守っている旦那さんの姿から、微笑ましさと、きっと心がハミングしてるような幸せさを感じとれた。


■ ホルタル前日、BNPの集会
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演説が終わりに近づくと、演壇上の議員たちは一致団結の様相に。(カラオケ大会じゃないですよ)

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カラオケ、いや、演説の流れるスピーカー。

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広場を埋める聴衆。みんな、あんまし聞いてない。

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カンディルパールの広場前は渋滞がはげしく、警官は交通整理に余念がない。


 クミッラで一番の繁華街、カンディルパールにある広場では、ホルタルを翌日に控えたBNPの決起集会が行われていた。広場の中央には椅子が並べられており、おおよそ300人ほどの聴衆が集まっていた。広場のふちには臨時の2階席を兼ねた電線も開放されていて、そこには結婚式の披露パーティか祝いごとと勘違いした鳥たちが多数つめかけていた。集まった鳥たちは皆、いつものさえずりは控えており、幾分かしこまっている様子だ。中には、しっかりとめかしこんで燕尾服を着ているものまでいた。きっとツバメだったに違いない。

 帰り道に、たまたま、この前を通りがかった僕は、広場に寄せる人だかりを見て、野次馬心が芽生え、遠見の見物とばかりに、この集会の様子を外から眺めていた。しかし当然のことながら、ベンガル語での演説は何を言っているのかは、さっぱりとわからない。ステージ上で、特段目を引くような派手なパフォーマンスがあったわけでもないので、すぐに飽きてしまった。そして、この場から立ち去ろうとしたところ、隣で同じように演説を見ていた男に「なんだ、もう行ってしまうのか?せっかくなんだから、こんな遠くじゃなくてステージの前に行きなよ」と親切に促され、渋々、ステージそばへと移動することにした。

 ステージでは、熱のこもった演説が続いているのだけれど、聴衆の反応は冷ややかなもので、演説者の語りかける内容に、一言一句、じっと耳を傾けているものはいなかった。スピーカーから放たれた、ビリビリと空気を震わせる演説の拡声音は、どこをめがけて飛んでいけばいいのか分からず、あきらかに困惑していた。受け取る相手のいない言葉は、広場の上をただうろうろとするばかり。たまねぎの薄皮が宙を舞うように、やがて風に流され、どこかへと散ってしまった。次々と放たれては、消えゆく演説の破片を見ながら、人の心を惹きつけるものって一体何なんだろうと、ふと考えた。

 ステージのすぐ横にいた政党の取り巻きの男が小声で「お前はどこから来たのか?」と話しかけてきた。バングラデシュで、外国人ならば、これは一日に何度も受ける質問で、この日は7度目だった。日本から来たのだ、と答えると、男は、隣の男にそれを伝え、それがまた隣の男へと伝わっていく。そのうち、どういうわけか、「日本から来た」ことが、「日本のジャーナリストが取材にやってきた」という話に変わってしまった。こうなると、「それ、まったく間違って伝わってるよ」と言い返したところで、相手に理解されるわけでもない。まぁ、そんな律儀に正す必要もないので、放っておくのが一番だ。ただ、この瞬間に、まわりからはそういった目線で見られるようになってしまった。なので、ほんの短い間だけでも、軽く取材する振りでもして、それとなく振る舞う必要があった。そうすぐには立ち去れない雰囲気にいる中、演説が切れるタイミングを狙うことにした。しかし、この算段はたちまち崩れてしまった。近くにいた取り巻きの中の一人が、しっかりと取材をしてくれよと肩を叩いて、ステージ正面の席を空けるように指示をしたのだ。「なぜだ!?」、キッと、その男に強い視線を投げたが、それもまた、礼をのべたように受け取られてしまった。

 はじめは、広場の入り口で首を伸ばし、のぞいていただけなのに、いつの間にかステージ真正面の特等席で、演説を聞くはめになってしまった。周りからは、日本からのジャーナリストだ、というふれこみになっているので、そうそういい加減なこともできず、振る舞い方にも気を使うようになった。

 最前列を横切り、ステージの正面席に行くと、数人の男たちがしゃがんで演説を見つめていた。その中の一人と目が合うと、すっと僕の場所を空けてくれた。防空壕に駆け込むように、その隙間へとすべりこんだ。よく来た、とばかりに、男は手を差し出す。そして、男はクミッラにある地方新聞社の記者だと自己紹介した。この日、ここでのホルタルの様子を記事にするのだと言って、挨拶が終わると、またすぐに演説の続いているステージへと顔を向けた。

 まもなくして、演説していた男が声を高ぶらせた。そして、この集会で最大の有力者(支部長?)と思わせる女性を紹介し、マイクを丁寧に手渡した。ステージの中央にいた、貫禄ある女性は、二度、マイクを叩いたあと、演説をはじめた。すると、このマイクは悲鳴を上げるようにキィーンと甲高くハウった後、そのまま気絶してしまった。少し周囲がざわつくが、あわてて、後ろから、新しいマイクが差し出された。この集会での大トリだった女性リーダーは、何もなかったかのように聴衆に語りかける。さすがに、これまでとは違う演説だった。温和な声と、ツボを心得たタメのある語り口は、聴衆をぐいっと惹きつける。幾度もの演説を経て行き着いただろう、芯のしっかりとした、そして、力の抜き加減を知った、子守唄を奏でるような声が広場に響きわたる。すっかりと静まり返っていた広場に、さざなみのような歓声が寄せ始めた。ベンガル語はさっぱりとわからないけれども、彼女の演説は人の心を確実にたぐり寄せるものだった。言葉の持つ躍動に聞き入ってしまう。

 ひととおりの演説が終わった。糸がほどけるように、するすると広場から聴衆がばらけてゆく。隣にいたクミッラの新聞記者と顔を見合わせ、握手をした。
「いい演説だったね」
「ああ、さっそく記事にするよ、明日の新聞には載っているから、是非目を通してくれ」そう言って、彼はインタヴューを取るべく、ステージの裏へと向かった。

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この門扉を作った人は天才だ! ユニークな怪獣のデザインが施されている。ここはComillaだけにこいつを「コミラ」と名付けよう。得意技:悪いやつは通さないゾ。


孟加拉国 | 庫米拉 (吉大港区)
バングラデシュ、クミッラ (コミラ) / チッタゴン地区
Comilla, Chittagong Division, Bangladesh
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posted by J at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2011 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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