2008年09月29日

ボグラ -2008- (8 photos)

08CB013-09.jpg

08CB013-08.jpg

街一番のにぎわいを見せるシャットマタ(7差路のロータリー)。道を横切ろうとすると、あらゆる方向からやって来るリキシャや車がここで混ざりあう。そして、皆、わずかな隙間を器用にすり抜け過ぎ去って行く。夕日がまだ残るうちに、ニューマーケット側の道角では楽団のステージが用意されていた。街に稲穂の香りのする懐かしいメロディが流れはじめた。

08CB013-05.jpg
ジョアン・ミロがマーク・ロスコに出会った、かのような音楽的で美しい壁。線路市場にて。

2008GRD0111-42.jpg

2008GRD0111-43.jpg

2008grd0111-41.jpg

2008grd0111-40.jpg
空を見上げると、街には電気仕掛けの巨大な蜘蛛が巣食っているかのようだった。

2008grd0111-48.jpg

夜の9時を過ぎる頃には街灯りが減りはじめる。リキシャたちは一斉に帰路へとつく。ホテルのフロントで、明日のラルモニハットとブリマリ行きのバスをたずねる。ブリマリはバングラデシュの北部、インドとの国境の町だ。フロントマンが言うには、早朝の6時半にシャットマタから便があったと思うけど、詳しくはわからないと返され、何ともあやふやではっきりとしなかったので、夕食がてらに近くの店でもたずねて回る。すると、6時から7時の間にラルモニハット行きのバスがある様子だった。鉄道だと、7時に「MAIL(鈍行列車?)」が走っていると教えてくれたが、運賃が安いので乗客が沢山いて大変だぞと、暗にこっちには乗らないようにと忠告されてしまった。

ボグラに来て、バングラデシュでは有名なデザートの「ロシュマロイ」を初めて口にした。球状のスポンジケーキがココナッツシロップの中にぷかぷかと浮かんでいるもので、見た目には真っ白なミートボールがクリームソースに浸かったような一品だった。もっと早く食べておけば良かったと、一気に魅了されてしまった。


孟加拉国 | 博格拉 (拉治沙喜区)
バングラデシュ、ボグラ (ラッシャヒ地区)
Bogra, Rajshahi Division, Bangladesh
map-bangladesh-bogra.jpg
posted by J at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月10日

乾季のゴライ川(Gorai River)

08B044-05.jpg

不安げなブルーグレーの空の下に、真っ白い川底が広がる。乾期のゴライ川は一面、白銀の世界。空と地の境界線の中から男が静かに現れた。ろうそくの炎のように揺らぎながら、一歩、一歩。

08B045-03.jpg

水面はブルーグレーの空を写し、水銀の鏡のように鈍く輝く。川岸では犬がじゃれあい駆け回っている。空気は硬い。空っぽの冷蔵庫の中に頭ごと突っ込んだような感覚。乾季だがわずかに水量のあるゴライ川。対岸へは竹で組んだ橋が架けられているのでその上を渡って行く。通行料1タカ。水深が浅い為、川の中に入って渡っていく人もいる。上手く渡れば深い場所でもひざ下ほどだ。水際まで来れば、川底を描く砂の模様がはっきりと見える。

08B045-08.jpg

08B045-11.jpg

干上がったゴライ川の川底を静かに人が行き交う。この先のポッダ川へ向かう人、街へと戻る人。一本の道がいつのまにか出来上がっている。ポッダ川の派川であり、たどればヒマラヤから流れ着き堆積したゴライ川の砂は、乾いた状態でも重く、たとえ地表に現れたとしても、軽々しく風で舞うようなことはない。

08B044-03.jpg

川底に体を伏して地表を眺める。太陽の照らす方角を向くと、もやでパール状に輝く空に人のシルエットが浮かび上がる。一人、二人、三人と、人の数は増えてゆき、ベールをまとった女性が現れ、やがて自転車が走り、バイクが駆け抜け、また皆いなくなってしまう。波の満ち引きのような周期がこの一本の線上に浮かび上がり、それぞれに一定の間隔で動く人の姿は「数式」の解答を求めて変化してゆく数字のよう。

08CB012-10.jpg

08CB012-08.jpg
早朝のゴライ川、川岸。川へと続く道の入口にはバラック建ての店が数軒構える。

2008grd0111-18.jpg

2008grd0111-19.jpg
土手からの眺め。本来は大きな川なのが判る。クシュティアの北、「ボグラ」へと向かう為に川を背にする。

2008grd0111-25.jpg

2008grd0111-26.jpg
ゴライ川に架かる竹橋からの眺め。川幅はあるけれど水深はそれほど深くない。

2008grd0111-28.jpg

2008grd0111-27.jpg

2008grd0111-24.jpg

朝の太陽が少しづつ昇り出すと、ブルーグレーの空は優しい水色へと変わる。ベンガル、穀倉地帯の空の色。川の土手からはクリケットの練習をしている学生たちの掛け声が聞こえてくる。アルミの水瓶を手にした少年とパタッと目が合う。甘い笑顔。


「ゴライ川の再生事例(バングラデシュ)」
ゴライ川はヒマラヤに源流をもつポッダ(ガンジス)川の派川のひとつで、クシュティアの街の少し北で、ポッダ川から枝分かれしてベンガル湾へと流れ出る。
この20年間、源であるポッダ川の流量低下により乾季のゴライ川の流量が減少し続け、周辺の生態系に影響が出てきているという。1996年12月にバングラデシュ政府は「ゴライ川復元プロジェクト(GRRP)」の実施を決定した。

日本河川・流域再生ネットワーク
(JRRN/Japan River Restoration Network)
http://www.a-rr.net/jp/index.html


孟加拉国 | 庫什迪亞
バングラデシュ、クシュティア(クルナ地区)
Kushtia, Khuluna Division, Bangladesh
posted by J at 10:00| Comment(2) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月09日

早朝のクシュティア -2008-

08B043-09.jpg

深夜、蚊の羽音で何度か目が覚める。蚊帳付きのベッドだけれども、朽ちる寸前なので隙間だらけだ。どこかに「虫」の気配を感じる古ベッドは信用おけないので、夜行性の虫たちが顔を出してこないようにと電灯を付けたまま横になる。浅い眠りのまま朝を迎えた。クシュティアの朝は静かだ。宿の入口は防犯の為に、鉄格子の扉で閉じられていた。フロントの当直を起こし扉を開けてもらう。フロント奥にある小部屋で熟睡していたので、なかなか出てこない。施錠を外し、鉄格子を引きずる音と振動がコンクリートの建物に本日の朝を伝えた。「ホテル・ポッダ」前の踏切りを越え「クシュティア・ボロ駅」に向かって歩く。淡い紫の朝もやの中に大きな朝日が浮かぶ。朱色に燃える火の玉は、くすんだ町並にうっすらと色を与え始めていた。

2008grd0111-03.jpg

線路の先には霧のカーテンが重なりぼんやりとしている。猪の親子の影がのそのそと線路を横切っていった。空気は、ひんやりと湿り気を帯びているので喉の渇きはない。肌のうぶ毛、毛穴からわずかな水分を受け取る。朝のクシュティア。街の眠りを邪魔しないよう、静かに裏道を散歩する。

08CB011-12.jpg

08CB012-07.jpg

素焼きレンガの壁からはひんやりとした空気が放たれている。複雑な道なりは迷路のようで、角を曲がるたびに新鮮な街の表情と出くわす。風鈴の音のようなリキシャのベルがかすかに聞こえてくると、表通りまではもう少し。

08CB011-09.jpg

08CB011-08.jpg

朝のひんやりとした霧は、しっくいと素焼きレンガの壁にまとわりいたまま、まだ離れられないでいる。薄い紅紫色だった空が白みはじめ、太陽の光が足元のアスファルトまで注がれはじめる頃になると、それまでは誰もいなかった通りに、井戸端会議をする家人の姿が見られるようになった。小声は小さな路地を伝播し壁をつたい聞こえて来る。

2008grd0111-05.jpg
バングラデシュの朝の光景で変だなぁと思った事があった。それは、歩きながら歯を磨いてる人がけっこういた事。皆、別に時間がなくてあわてて飛び出したという訳ではなくて習慣的にという風だった。少年も黄色の歯ブラシで歯を磨きながら「のんびりと」通学していた。

08CB012-07.jpg


孟加拉国 | 庫什迪亞
バングラデシュ、クシュティア(クルナ地区)
Kushtia, Khuluna Division, Bangladesh
posted by J at 01:00| Comment(2) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月02日

Sketches of "Dhaka" ダッカ素描 -Bangladesh, 2008-

08CB006-06.jpg
ホテルの屋上から見た早朝のダッカの街並。

08B034-05.jpg
ホテル・アルファルクの屋上から朝もやに浮かぶダッカの街を眺める。

2008GRD0110-01.jpg

08CB006-07.jpg
「ホテル・アルファルク」の屋上からの眺め。東の方角、コムラプル駅側。貨物コンテナが整然と並んでいる。

■ ホテル・アルファルク
シレットからダッカに到着し、まずは宿探し。コムラプル(ダッカ中央)駅の向いに建つ「ホテル・アルファルク」へ向かった。フロントは建物の一番奥にあって分かりずらい、気づかずに一度は通り過ぎてしまう。「シングルルームはありますか?」と尋ねると、カウンターにいた主任は、値踏みをするようにつま先から頭のてっぺんまで執拗にこちらを見たあと、空いている部屋番号を口にした。一部屋、275タカ。
ここに来るまでに、コムラプルの奥まった場所にある宿などを数軒あたったが、どこも満室だった為断られてきた。ひとまず部屋がみつかり、荷物を下ろせる事にホッとしたが、役人のような主任の目が後味を悪くさせた。鍵を受け取り、エレベーターに乗って11階にある部屋へ。エレベータボーイと、各階にはそれぞれフロアボーイがいる。荷物を置いた後、そのフロアボーイが屋上への階段を案内してくれた。いつ崩れてもおかしくないような老朽化したビルで、階段にはがれきが転げ落ちているし、屋上には柵すらない。おそるおそるビルのはじへと行ってダッカの街を眺める。下はおそろしくて覗けなかった。すぐに降りて、食事をしに出かける。
Hotel Al-Faruque International
64 / 1 / A, North Kamlapur, Dhaka

08B034-08.jpg
朝のダッカはひんやりとしている。寝坊助な太陽との早起き勝負、今日は負けてしまった。フロアボーイのパルヴィフにあいさつをして部屋を出る。パルヴィフはエレベータをここ10階まで呼んでいてくれた。薄暗いエレベータに乗り1階へ降りる。途中階で、割腹のいいアラブ系の夫婦が乗り込んできた。小さいエレベータなので、もう窮屈になってしまう。巨漢の脂汗から揮発する体臭と女の香水が混ざった狭い室内で、扉が開くまで沈黙。ホテルを出て、少し歩いたところでリキシャをつかまえ交渉する。オールド(プロノ)ダッカまで。少し遠いので何度か断られたが、若い運転手が行ってくれるという。25タカ。

2008grd0108-03.jpg
ホテル・アルファルクから南へ、グリスタンを目指して歩くが途中で迷ってしまう。大通りに向かって迎えるように建つ、今にも崩れ落ちてきそうな建物。地上には光が届かないので吹き抜けの玄関口は絶望的に真っ暗だ。廃虚のようにしんと静まり返っているけれども、人の気配がかすかにあった。

2008grd0108-a.jpg

2008grd0108-b.jpg
■ 朝のラッシュ
ガンガンガンッ!バンッバンッ!キコキコー、チリンチリン〜
ダッカの朝は、スレスレに走るバス同士のぶつかる激しい音、バスの発車を知らせる為、助手が平手で車体を叩きつける鈍い音、リキシャのペダルをこぐ音がいっせいに混じりあう。まるで、金属音のオーケストラ。
それらの伴奏に合わせて、バスの行き先を告げる金切り声の合唱が重なり、混沌と抑揚の中、半ば狂乱的な空気が渦巻いている。

■ グリスタン・バスターミナル
2008grd0109-007.jpg
交差点で車の激流にためらいを見せていると、交通整理の警察官が気を利かせ、一斉に車を止め誘導してくれた。無事にバスの停留場所へとたどりつく。

08B038-01.jpg
胡瓜売りの少年たち。

08CB007-11.jpg
グリスタンそばの露店商。中身不明。。

2008grd0109-005.jpg
朝のグリスタン・バスターミナル。喧騒の中、静かに新聞を読み続けるおっちゃん。

2008grd0109-040.jpg
コムラプル(ダッカ中央駅)向かいの通りで営業していた路上散髪屋。散髪屋の青年はあざやかな手つきで、チョキチョキと良く切れる鋭利なはさみとくしを、居眠りしている客の黒髪の中へと滑らせる。

■ コムラプル(Kamlapur Train Station / ダッカ中央駅)
08CB007-06.jpg

2008grd0108-57.jpg

2008grd0108-56.jpg

シャバグの花市場とは反対側の歩道に渡って帰りのバスを待つ。
チケット販売のカウンターが2台ほど連なっていたので、行き先を訪ねる。
「MY LINE」というバス会社の5番のバスに乗ると、
コムラプルを通るというのでチケットを購入する。5タカ。

バングラデシュはベンガル数字での表記が多く、
バスが通る度、フロントガラスに貼られたベンガル数字の番号で行き先を確認する。
「5」のベンガル数字は一反木綿がジャンプしてるような形をしている。

15分ほど走ると、コムラプルの前に着いた。
ヨットの帆をみっしりと連ねたような真っ白い屋根をした建物がそうだ。
無数の細い柱がそれをしっかりと支えている。

駅の中は外の強い陽射しとは違ってひんやりとしている。
石の腰かけでうとうとと気持ち良さそうに眠っていた少年がいたので、
その姿を撮ろうとカメラを向けたら、ぱちりと目覚め起こしてしまった。

2008grd0107-09.jpg

2008grd0107-19.jpg

コムラプルから西の方角へ。人の流れに身をまかせ道を歩けば、左手に大きなバングラデシュ銀行の敷地があり、モティジールと呼ばれる金融セクターの集まる地区にたどりつく。スーツ姿のりりしいバングラ・ビジネスマンが闊歩している。入口でカバブの煙りをもくもくとたてていた食堂に入り夕食をとる。こんがりと焼けたカバブと、ピラフ、サラダをたのんで一気に食べてしまう。皿のピラフがなくなるとすぐにおかわりを運んで来た。皿に山盛りのインディカ米は量があるように見えても、2皿くらいは軽く胃袋に入ってしまう。もうひと皿いくか?と聞いてきたが、適度なところで止めにしておく。胃を落ち着けるために、夜の街を散策してみることにした。

2008grd0107-18.jpg
バングラデシュでは捨てるものはなく、したがってゴミもない。これは正確な言い方ではない。ゴミはいたるところにあるけれども人海戦術で細かく分類され再利用されている。ボトルならボトルだけ、釘なら釘だけ、廃材なら廃材だけを集める人がいる。この子は発泡スチロールの担当で、夜中まで街をさまよっていた。これらの中には一体何に使うんだろう?というようなものもきちんと選別されて一つの場所に集められている。倉庫に積まれているものもあれば、野ざらしになっているものもある。この国でゴミの行方を見ていれば、利益更新の為に大量消費を推奨しながらも「エコ」という厚化粧の下にある企業の素顔を見る事が出来る。

2008grd0107-21.jpg

2008grd0107-22.jpg

夜のモティジール(Motijheel Ave.)周辺を散策する。商店は少なく銀行の看板ばかりが目につく。金融街というのはどこの都市でも共通していてとっつきにくく味気がない。宿へと引き返すためにモティジール通りをコムラプル方向に歩いていると、「バンバン」とドラム缶を叩くような低い音が足元を這って響く。呼び込みとバスの発車を知らせる合図で、バスの車体を平手で叩いているのだ。皆競い合って鳴らしているので、まるでスティールドラムの演奏のようだ。通りには様々な色の二階建てバスが停車している。路上はごったがえしていて、脇に設けられた小さな木箱のカウンターには切符を求める客で人だかりが出来ている。さらにバスを待つ客目当てに新聞売りや軽食の売り子の叫び声が加わって一帯は騒々しい。

ファームゲート
08B036-02.jpg
ファームゲート(Farm Gate)の渋滞。

2008grd0108-33.jpg

2008grd0108-35.jpg

2008grd0108-41.jpg

2008grd0108-43.jpg
ゆっくりと動き出したバスにしがみつくようにしてバクシーシを求める老人。窓枠をしっかりとつかんだその細い腕もやがてふりほどかれる。

グリスタン・バスターミナルから「3番」のバスに乗りファームゲートへ。5タカ。最高裁(High Court)、シャバグの花市場を通り過ぎ20分程で到着した。近づくにつれ渋滞が激しくなる。ファームゲートのバスターミナルになっている大きなロータリーのまわりには、映画館やテナントビル、屋台がずらりと並びにぎわっている。

2008grd0108-34.jpg

2008grd0108-13.jpg
ファームゲートの周辺には学校も多い。にぎやかな雑踏のざわめきと渋滞のクラクションが響きわたる。あまりの騒々しさに両耳をめいっぱいにふさいでここを歩く女の子もいた。

2008grd0108-46.jpg
渋滞に飽き、窓から退屈そうに外を眺める少年と目が合った。

2008grd0108-28.jpg

■ よくある喧嘩
ファームゲートから乗合いタクシーに乗り「ションショドボボン(国会議事堂)」へ向かう。乗り込むなり目の前でいきなり喧嘩が始まった。奥に座った客と料金徴集の男が激しく怒鳴りあっている。怒りに我を忘れて僕が乗った事には全く気付いてない様子で激しくやり合っている。バングラデシュではこのような喧嘩をよく目にした。瞬間的に怒りの火がついて激しく燃え、それを見た野次馬がどやどやと集まり始め、計った頃に仲裁が下され鎮火して収まる。人がうじゃうじゃといるだけに摩擦が起きるんだろうけども、感情がぶつかり合う事で街に「体温」が生まれる。一旦、揉めても忘れっぽいのかその場限りで後腐れが無くあっさりしている。日本のように、いつまでも根に持つ陰湿さはない。ふと、この違いは主食の米が関係しているのかなと思った。サラサラとしたインディカ米と、粘り気のある米を食す国民性の違いを。


孟加拉国 | 達卡 (达卡)
バングラデシュ、ダッカ
Dhaka (Dacca), Bangladesh
map-bangladesh-dhaka.jpg


posted by J at 02:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月27日

クシュティア -2008-

2008grd0110-57.jpg

クシュテシアのバスターミナルからリキシャに乗り、「ホテル・ポッダ」へと向かう。15タカ。
街の大通りは単調でうらさびしい。そのせいかとても長く走った気がした。リキシャに乗っている間に、ダッカで一度収まったはずのお腹がキリキリと痛みだす。線路を越えた板金屋の前にあった古びた建物の前でリキシャは止まった。運転手はここだと言って去っていった。

「HOTEL PADMA」
営業しているとは思えない静けさ。階段を上り3階へ。受付があったが誰もいない。フロントを呼んでみると、どこからかのっそりと眠たげな青年が現れた。部屋が空いているかをたずね、値段を聞いた上で案内してもらう。シングル=100タカ。半年以上も使われてないようなくすんだ部屋に、いまにも崩れそうなボロいベッド。扉を開けた瞬感、少しひるんでしまった。明日の朝一番でボグラに発とう。そう決めて、今日はこの悲惨な宿に泊まる事にした。

2008grd0110-60.jpg

ホテル・ポッダ(HOTEL PADMA)。。。
クシュティアの印象を陰鬱なものにさせた最大の原因がここの部屋。

湿った綿のベッドの上でくつろいで過ごせるわけがない。一刻も早くこの気が滅入る部屋から出なければと、足元だけにシャワーをかけてここまでの移動の疲れをとる。バンコクで買っておいた蚊取り線香をたいてから部屋を出る。
線路を渡り大通りへ。店灯りはまばらで、閑散としている。路地に入ると散髪屋があった。中をのぞくと、サングラスをかけた男が座っていた。撮りたい素振りを示すと、店員が介してくれた。
「あんたを撮りたいんだってよ」
「俺をか?どうしたらいいんだ?」
「カメラの方を向けばいいんだよ」
「どっちだ?」
と、この時にはじめて男が盲目なのを知る。


孟加拉国 | 庫什迪亞
Kushtia, Bangladesh
(クルナ地区 / Khuluna Division)



孟加拉国 | 庫什迪亞
Kushtia, Bangladesh
(クルナ地区 / Khuluna Division)
posted by J at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月09日

カーゴ

2008grd0109-043.jpg

2008grd0101-129.jpg

2008grd0108-36.jpg

バングラデシュの街中で良く見かけるカーゴ。
扉や側面に描かれたペイントがかわいく楽しい。

(*2枚目はテクナフにて)


孟加拉国 | ダッカ
Dhaka, Bangladesh
posted by J at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月10日

オールド・ダッカとショドル・ガット -2008-

2008grd0109-128.jpg
「地球」という名の錠前。誰もまだ、この鍵を手にしてはいない。

08B041-01.jpg
コムラプル近くからリキシャに乗ってオールド(プロノ)・ダッカへ。リキシャの運転手は早くこの仕事を終えたいのか、ぐんぐんとスピードを上げはじめる。しっかりとつかまってないと振り落とされそうなほど、荒っぽい走り。イングリッシュ・ロードという大通りに近づくと込み合い渋滞が続く。なかなか前に進まない。この通りを越えるともうオールド・ダッカだ。リキシャを降り、密集した建物の並ぶ通りの中へと入ってゆく。バサバサと上空で音がするので空を見上げると、ハトの群れが何度も同じ場所を旋回し飛んでいた。

08CB010-06.jpg
通りの壁に取り付けられた「鏡」と「木の板」と「ロープ」。これだけで、もう立派な散髪屋へと早変わり。

08CB010-08.jpg
ショドルガットのすぐ目の前、ブリゴンガ川に面した倉庫街の一角に縫製屋が店を構えている。足踏みミシンの作業台には、直射日光を避ける為の傘が取り付けられていた。日よけしたいのなら、中でやればいいのにとか思ってしまうけど、やっぱり青空の下でミシンを踏みたいのかな。目の前を流れる川を眺めながらミシンを走らせるのは、とっても気持ち良さそうだ。

2008grd0109-060.jpg
入れ歯屋さん?抜かれた生の歯がシーツの上に並ぶ。

2008GRD0109-069.jpg
強い陽射しに負け、チャイ屋の軒下でひと休み。グラスの雫を見て喉が鳴る。

2008grd0109-103.jpg
ショドル・ガットを歩いていると、「ナージン」というひとりの青年がやって来て、見せたいものがあるんだと言って近くの雑居ビルへと案内する。警戒するのも忘れずにし、薄暗い階段を2階、3階へと上りついて行く。上の階から降りてくる人たちが、皆興味深そうに僕を見てくるので、階段を上るごとに警戒心はとけていった。「たくさんの目」に見守られている内は安全だから。3階へ着くとミシンを回す音が聞こえてくる。小さな縫製工場がそこにあった。小気味よい軽快なミシンのリズムは楽団の練習のように部屋中に響く。ここで縫われたものが、どこへ行くのかは分からないけれど、目の前はすぐ港なので、日本にだって出荷出来る。もし、日本のどこかの店で「バングラデシュ製」の製品を見かけた時にはきっと真っ先にここを思い浮かべるんだろうな。陽のあたるベランダへと出て港を眺める。後ろでは、カタカタと陽気なミシンの楽団の演奏が続いていた。

2008grd0109-052.jpg

2008grd0109-067.jpg

2008grd0109-059.jpg
迷路のように入りくんだ細い道。古びたレンガの建物が密集し、すり抜けた太陽光が複雑に壁を照らす。オールド・ダッカのユニークな壁色々。

2008GRD0109-085.jpg

2008GRD0109-095.jpg

2008GRD0109-087.jpg
■ シャカリ・バザール
ヒンドゥ・ストリートとも呼ばれているオールド・ダッカの通りで、リキシャが2台通れるほどの細い道。両脇の集合住宅は道に迫るように密集し建っている。1階には、小さな商店がたくさん並んでいる。次から次へとこの道に人が流れてくるので、店頭で品定めしている余裕は全くない。

2008grd0109-114.jpg
■ 小さな果物屋
ブリゴンガ川沿いの道にはひっきりなしにトラックがやって来て荷下ろしの為停車している。荷台に積まれた荷をさばき、また積み込みどこかへと走り去る。道路や倉庫周辺にはこぼれた果物や野菜のくずが散らばっている。親に言われて、子供たちはこれらを拾い集める。まるで道ばたに落ちている宝石を探し集めるかのように。傷んだもの、裂けたもの、ふぞろいなもの、変色してしまったもの。「塵も積もれば…」で、無造作に道路にしかれた新聞紙の上にはマスカットがみるみる集まる。裂けた皮からのぞく果肉と甘い果汁を目指して、マスカットと同じ数ほどのハエがたかりはじめる。店番をしている母親は、時折、ハエを払いのけながらまた子が「商品を補充」してくるのをぼんやりと待っている。ピンク・パレスの辺りには同じような「露店」が一定距離で点々と並んでいる。

2008GRD0109-106.jpg

2008GRD0109-105.jpg

オールド・ダッカの最南を流れるブリゴンガ川(Buriganga River)には、数えきれないほどの船が停泊、航行している。ここの船着場が「ショドル・ガット(Sadarghat)」と呼ばれている。大きな船の隙間を縫うようにして、インディカ米のように細長いボートが無数に行き来する。川の渋滞。船の搭乗客と荷さばきの業者たちでごった返している。人の活気が息苦しいほどで、市場とはまた違った喧騒がある。ここにしばらくいると血が逆流しそうだ。

08B040-02.jpg

船着場への入口では「入場料」を徴集している。通る人は皆、小さな木籠の中に硬貨を投げ入れる。1タカ。ゆるやかな斜面を歩いて浅瀬まで行くと、船頭たちにばっと取り囲まれ俺のボートに乗れ、乗れ、と客の奪い合いが始まった。他の客とのやり取りを見ていると、ボートの運賃はさっき支払った「入場料」とは別なようで、船頭との交渉で決まる様子。リキシャのドライバーとは違って、かなり荒っぽい連中だった。


孟加拉国 | 達卡 (达卡)
バングラデシュ、ダッカ
Dhaka (Dacca), Bangladesh
map-bangladesh-dhaka.jpg
posted by J at 13:54| Comment(0) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月10日

Sketches of Sylhet・シレット素描 -2008-

08B033-01.jpg
レンガ工場での撮影を終え工場をあとにする。日はもう傾きかけている。工場の入口ではリキシャの運転手が待っている。「満足したか?もう十分だろう」と言って、早く帰りたい顔つきでリキシャに乗るように促す。カメラを仕舞ってリキシャに乗った。街へ向かおうとリキシャを走らせようとするが、のろのろっと動いたあと道脇へと乗り上げてしまった。運転手はお腹がへったから力が出ないとリキシャを止めて、すぐそばにあった茶屋でメシでも食おうと言い出した。「夕食なら街で食べるからいらない」と言って、運転手を食べに行かせる。よっぽどお腹がすいていたのか、運転手は駆け込むように店へと向かった。チャイとパンをほお張っている間、近くを散策する事にした。少し歩くと、先から楽しそうな子供たちの声が聞こえてきたので近づいてみると、林の中にぽつんと広がった原っぱで鬼ごっこをしている子供たちがいた。少し離れたとこから子供たちに手を振って、元来た道へと引き返す。茶屋に戻ると運転手は食事を終えて満足気に煙草をぷかりと吸っている。「行こうか」と僕が言うと。平気な顔で「俺、金ないから払っておいてくれ」と残して店を出て行き
リキシャのハンドルを握った。この一言さえなければ、日当を少し多めに支払おうと思っていたのだけれど、これでまけさせる為の口実が出来てしまったなぁ、おっちゃん。

08B025-11.jpg
■ 妖木
年間の降雨量が3000mm以上もあり世界有数の多雨地帯である「シレット」。この地に根を張る大木は青空にも根を伸ばす。

08B025-10.jpg

08B026-01.jpg
キーン・ブリッジ(Keane Bridge)からシュルマ川を望む。静かな川だ。いつ見ても眠っている。川岸に並ぶバラックからは夕食の煙が上りはじめた。

2008grd0106-104.jpg

2008grd0106-106.jpg
シュルマ川の川岸から見たキーン・ブリッジ(シュルマ橋)。橋の手前にはメモリアル・ゲートが建てられていて、夕暮れになるとライトアップされる。深い藍色の空の下、真っ白な門が浮かび上がる光景はとても美しい。橋を歩いていると男が「知ってるか?この橋はイギリスが造ったんだ。立派だろう?」と話かけてきた。

2008grd0105-28.jpg

2008grd0105-22.jpg

2008grd0105-29.jpg

ホテルのベッドで少し横になったあと街へと出る。ホテル・グルシャンのすぐ近くに写真館が白熱灯を照らし営業していたので中を見せてもらえないかとお願いした。入るとすぐに大きな照明がありセットが組まれていた。出ようとしたら母親に連れられた男の子がやって来た。写真を撮りに来たようだ。どんな撮影をするんだろと少しの間、見学をする。大きなコンセントプラグにスイッチを入れ照明がたかれた。男の子がその前に立つ。カメラマンは一眼レフカメラを手に取り、絞りを確認してシャッターを一枚だけ押した。助手に電源を落とすように合図をする。わずか1分ほどの間だった。これで撮影が終わった。入口では仕上がりがいついつだというような事を話している。一枚しか撮らなかった事に驚いた。ここでは、一発必中なのだ。電気も、フィルムも、現像費も貴重なせいだろうけれど、この一枚限りの清さは、新鮮だった。広告写真のように膨大なカット数を撮ってその中から最良の一枚を選んでいれば、誰だっていい写真が撮れるもんだ。違うのは、慣れる不慣れの差なだけで。いいものを見せてもらった。

2008grd0106-006.jpg

2008grd0106-009.jpg

2008GRD0106-011.jpg

2008GRD0106-007.jpg

2008GRD0106-013.jpg
シレット駅の陸橋からの眺め。

■ シレット駅
バングラデシュ鉄道、シレット駅の構内。イスラム特有の植物をモチーフにした有機的で女性的な形態でモダンな建物。ホームへ出ると一変して低いコンクリートのホームに錆びた鉄橋がかかり、直線的で無愛想な構造物が組み合わさっている。


孟加拉国 | 錫莱特
バングラデシュ、シレット
Sylhet, Bangladesh
posted by J at 00:56| Comment(0) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月21日

Sketches of Comilla・クミッラ素描 -Bangladesh, 2008-

08CB004-11.jpg
ヨッと。一匹の山羊が列車の代わりにホームに入って来た。こいつに手紙の輸送は禁物だ。

08CB004-06.jpg
クミッラ駅のそばにある沐浴池。早朝に漂っていたひんやりとした朝もやは、水上をぬぐうようにして消えてなくなり水面を磨きあげる。蛙の飛び込む音でも聞こえてきたら風情がある。

08B022-11.jpg

08B019-08.jpg
■ 美味しい壁
ベンガルの野菜が描かれた楽しい壁画。トマト、キャベツ、ナス、瓜、カボチャ、ゴーヤに似たものまで様々。

08B019-02.jpg
一匹の山羊がよろよろっと売店のショーケースの前に駆け寄ってバクシーシをねだる。兄ちゃん、なんかくれ。モゾモゾモゾ。

08B020-06.jpg

■ ガリガリ
線路の上で写真を撮っていると、一緒にいた子供たちが「ガリガリ、ガリガリ」と言って僕の手を引く。何の事だかさっぱり分からずに、気にもとめずにそのまま線路で写真を撮っていると、遠くからかすかに汽笛の音が聞こえてきた。くすんだ紺色とクリーム色の機関車が先の線路上に小さく見える。汽笛の音がひっきりなしに鳴り続ける。機関車が近づくにつれて振動と列車の鼓動が身体を震わせる。そして、鉄の風が一気に駆け抜けた。ダッカからの「INTER CITY(特急列車)」だった。帽子が飛ぶのをおさえながら通りすぎるのを待つ。15両ほどの古びた車両は、赤味を帯びたブルーグレーの空の下へと消えて行った。熱くなった線路は、けいれんするようにキシュンキシュンと脈打っている。再び子供たちが寄って来た。「ガリガリ、ガリガリ、ヘヘ」と列車の向かった方向を指差す。なるほど、ガリガリって列車の事やったのか。意味を理解して僕も一緒に「ガリガリ〜」って口にすると、みんないっせいに「ガリガリ〜っ」と合唱しあってスキップしながら方々に散っていった。

*「ガリガリ」は列車だけでなく、車や乗り物の事を指すようです。

2008grd0104-09.jpg
クミッラのバスターミナル

2008grd0104-07.jpg

2008grd0104-05.jpg
HOTEL BHY BHY

2008grd0104-17.jpg
バスターミナル向いの食堂。

2008grd0104-16.jpg

■ HOTEL BHY BHY
クミッラのバスターミナルから踏切りを渡ってすぐのところにうぐいす色のペイントが目をひく「ホテル・バイバイ」という名の食堂があった。呼び込みのおやじが陽気に声をかけてくる。クミッラを歩いていると何度かこの店の前を通り過ぎていたので、店の外でプーリーを揚げていた店員とは顔が知れていたが、店には入ったことがなかった。いつも通りすぎるばかりでは悪いなと思い、夕方になりかけた頃、一度入ってみることにした。テーブルに着く前に、この店のオーナーが寄って来て、「よく来てくれた、待っていたぞ」と力強く握手を交わす。えらく歓迎されているのに驚いた。

すぐに、外でたむろしている子供たちが店の中へと流れ込んで来て、僕のテーブルの向かいに陣取り、食事してる姿を興味深そうに見ながらおしゃべりしている。落ち着かないまま食事を終え、あまり戻る気のしない宿へとゆっくりと歩いて戻った。


孟加拉国 | 庫米拉
バングラデシュ、クミッラ
Comilla, Bangladesh
posted by J at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月20日

バングラ・ミニ情報 -2008-

1)バングラデシュの電柱は、(東)南アジア地域の中では珍しく日本と同じ円柱の電柱(コンクリート製)になっている。これは、日本の技術指導の元で作られている。円柱の電柱を造るには、重心を均一にする為の高度な円心分離による技術が必要なので、この技術を持たない周辺国では型枠に流すだけの四角柱の電柱しか作れない。

2)バングラデシュでは、以前からこの土地に育っていた稲とは別に、収量の多いインドネシアで品種改良された稲を植え、米の生産量を向上させる政策がとられていたが、このインドネシア産の稲は大量の肥料を必要とするため生産コストが高く付く上、増産によって米の価格が全体的に下がってしまい採算が合わなくなった。さらに肥料によって土地が痩せてしまい、だんだんと収穫が減ってしまうという問題が発生してしまった。また、わずかですが日本の稲(日本米)が育てられています。これは、バングラデシュ在住の邦人向けに少量だけ。ただ、この日本から持ち込んだ稲も3世代ほど交代すると、この地域で主流のインディカ米のようにパサパサしたものになってしまうようです。土地の持つ力が、米の性質まで変えてしまうようです。


3)バングラデシュでは1月1日や12月31日生まれの子供が多いと聞いた。これはこの日に生まれたというわけではなく、自分の生まれた日や年がいつなのかを知らない子がほとんどなので、何か書類上等で生年月日の必要があった場合に「1月1日」や「12月31日」のような分かりやすい日付けを記しているという理由だからだそうだ。

4)チッタゴンは古くからの港町で、ベンガル湾から海洋へとすぐに出れる。その地の利を生かしバングラデシュの中で貿易が集中する場所となっている。チッタゴンには、「EPZ(Export Processing Zone /輸出加工区)」と呼ばれる経済特区が設けられ、海外から様々な企業がこの地域に参入している。EPZで働く現地労働者の賃金は一般的なバングラデシュの会社よりは高く、さらに給与も毎年10%ほどづつアップしているけれども、Kさんが言うには、それでもみな生活は苦しいのだと言う。バングラデシュ政府のタカ(自国通貨)安の政策によって、物価上昇(インフレ)率が激しく、給与の上昇分(平均10%)ではとても追い付かないという事だ。そうだとすれば、この国の金利もけっこう高いんじゃないかと思ったけれども確認出来なかった。

5)バングラデシュのGDPの項目の上位は「出稼ぎ」となっているそうだ。
通常、輸出入の項目は工業製品や農産物だったりするので、「人力」が立派な産業となっている事になる。
滞在中も家族(本人含む)の誰かがドバイなどの中東の国に行っているという話を良く聞いた。
近くの東南アジアだと同じイスラム圏であるマレーシアが多い。


6)リキシャの運転手らの間では、外国人客からは約2倍の料金を請求してもいいという
ふれこみが広まっている様子で、ボろうというのではなくそれが当然なんだという雰囲気があった。
なぜ、2倍なのかその根拠が分からなかったけれども。


7)バングラデシュでは外で小便をするときは皆しゃがんで用を足している。
立ったままするのは行儀が悪いそうだ。
道ばたでしゃがんでいる人を見かけたら
十中八九、休んでるんじゃなくて座りションをしている。

8)日本貿易振興機構(ジェトロ/JETRO)HP「バングラデシュ」によると、「2008年9月1日、ファースト・リテイリング(ユニクロ)は衣料品の調達を本格的に行う為、ダッカ市内に駐在員事務所を開設し日本人駐在員2人を置く。これまで、バングラデシュの製衣料は品質面で日本向けの輸出は難しいといわれていたが、これを機に変わるかもしれない。」(要約)
と記されています。9月3日にはインドとロシアに出店するとの発表を行っていたので、バングラデシュが南アジアでの生産拠点となるのかもしれません。少しさかのぼると、6月にはNTTドコモがバングラデシュ第3位の携帯電話の通信事業者「TMIB」への出資(同社発行済み株式総数の30%を取得)を決めたという報道もありました。このところ国内ではドコモはソフトバンク、auに圧され劣勢ですが、国内市場が頭打ちの現状、日本とほぼ同じ人口を持つバングラデシュへの進出は巻き返しの転換点になるかもしれません。
http://www.jetro.go.jp/world/asia/bd/


NTTドコモ・報道発表資料(2008.06.16)
http://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/page/080616_03.html


+補足
2008年10月9日、kigyoka.com「TOPICS」より
「生産面では将来、全生産量の3分の1を中国以外の国で生産し、生産集中リスクを軽減する。このため、ベトナムでの生産規模を拡大する一方、バングラデシュに生産管理事務所を設立した。さらに、インドでの生産も検討を始めた。」
http://kigyoka.com/kigyoka/public/news/news.jsp?id=911
posted by J at 01:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bangladesh - 2008 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする