2017年11月17日

海外記事訳:「ペンギン・モダン・クラシックスのデザイン史(2)」


「ペンギン・モダン・クラシックスのデザイン史(1)」
からの続き
http://tavola-world.seesaa.net/article/penguin-modern-classics-design-history.html


ペンギン社のHPで3回に分けてアップされていた、ペンギン・モダン・クラシックスのデザイン史についての連載記事。それを読みながら少しデザインについても触れてみよう、と思って訳し始めた今回は第二回目。1980年代から2000年にかけてのブックカバー・デザインについてのものになるが、ただ今回、本文中に登場するのは連なるグラフィック・デザイナーの名前と、フォントの短い説明がさらっと並んでいるだけだから、さほど書くことがなかったり。それに、ペンギン社の長い歴史から生まれた膨大なデザイン・フォーマットの全容は一冊の本が出来るくらいボリュームがあるため、ちゃんと把握してない僕が触れられるようなものでもなく、ただ静かにうなずいているだけになってしまった。
この記事の中でひとつ、興味をひいたのは「1980年代の低迷期」という部分。これがペンギン・ブックスの業績が低迷していたことなのか、それとも本国イギリスの社会全体が停滞していたことに関連しているのかは、ここに書かれている数行から読み取るのは難しい。おそらく、その二つが同時にあったのかもしれない。イギリスは1979年から1990年までがサッチャー政権の時代で、特に1980年代は高い失業率とIRAのテロに見舞われて暗い時代だったような記憶が、ぼんやりと残っている。こうして後から振り返ってみると、そうした背景が本の表紙デザインにも現われているんじゃないかと思えてきたりする。消費者・読者が求める傾向といったものは確かにあるだろうし、それがパッケージ・デザインや色使いから浮かび上がって、時代の風潮に敏感に現れている様が、移り変わりが目に見えるのは面白い。長く連綿と続いてきたシリーズだからこそ、そうした変化がわかるんだろうな。



■ 「ペンギン・モダン・クラシックスのデザイン史(2)」 ( 1981 - 2004 )
Designing Penguin Modern Classics (Part 2)

Japanese translated by Tagong-Boy ( Original text from Penguin HP )
(元記事はこちら) http://archive.is/bkys9
・直リンクでなく「archive.is」で保存したアドレス。元ページは上リンク先に表示されています。


PenguinModernClassics-cover-1981-1990.jpg
左)1981年以降のチェリウィン・マギルによる表紙デザイン。上品な印象を受けるがモダンな要素はさっぱりなく、あまり特徴があるように思えないデザイン。
中)1989年、「モダン・クラシックス」から「20世紀クラシックス」へとシリーズ名が変わり、モノクロ写真を全面に扱ったデザインへと一新。
右)1990年にカラー写真が使われるようになる。 (* 画像は下記ペンギンHPの記事より。)



1980年代の低迷期から世紀の節目にあたるシリーズ改変期まで。ペンギン・クラシックスのクリエイティヴ・エディターを務めるヘンリー・エリオットは、ペンギンモダン・クラシックスのデザイン史が迎える直近の時代を考察する。


1981年7月、ペンギン・モダン・クラシックスのシリーズは、新しいアート・ディレクター、チェリウィン・マギルによって全く違った装いとなった。 本はより大きくなった。オレンジと白の背表紙とアートワークをはめ込んだ白い表紙になり、タイトルは真ん中へ、ペンギン・ロゴはアーチ形になったシリーズ名の下にレイアウトされた。 著書「デザインによるペンギン」の中で、(著者である)評論家のフィル・ベインズはデザインの視点からこの時代を一番の低迷期だと語る。
In July 1981, the Penguin Modern Classics series was given a completely different look, by the new Art Director, Cherriwyn Magill. The books were larger: they had orange-and-white spines and white covers with an inset artwork, centred title and a Penguin logo perched below the overarching series name. In his book Penguin By Design, the critic Phil Baines describes this period, from a design point of view, as ‘the all-time low’.

* perch: 名詞では「止まり木」、動詞では「(鳥が)止まる、置く」という意味の単語。「置く・配置する」という意味なら他の単語でもいいと思うが、主語が「ペンギン社のロゴ」となっているので、鳥にひっかけてこの言葉を選び、ちょっと洒落た感じにしたのかなと思った。

* "Penguin by Design - A Cover Story 1935-2005" by Phil Baines
book-PenguinByDesign-PhilBaines.jpg
* 画像は Amazon より。



1989年5月、このシリーズは次なる模様替えをした。「20世紀クラシックス」と名前が変わり、バックカバーと背は明るい青緑色になった。目立つ白黒写真を表紙の全面に扱い、円形枠に収めたペンギンロゴを乗せて、サボンを使った白のタイトルボックスは動かせるようになった。「サボン」は、ハンス・シュモラーに先立つ著名なペンギン社のタイポグラファーであるヤン・チヒョルトによってデザインされた書体だ。チヒョルトは、社内デザインとタイポグラフィーを「ペンギン・コンポジション・ルール」一式で標準化し、1940年代後半ペンギン社にとても大きな影響を与えた。 彼はクロード・ギャラモン(1480-1561年)による15世紀のフランスの書体を元にしてサボンを作った。 いつものように、大胆な表紙のアートワークはモダン・クラシックスにおけるデザインの基本的な特徴だった。そして、1990年の1月、このシリーズにカラーのイメージが加えられた。そのデザインは次の10年間変わらずにいた。
The series got its next face-lift in May 1989. It was renamed ‘Twentieth-Century Classics’ and the back cover and spine became bright blue-green. Striking black and white photographs filled the front covers, with a floating Penguin logo in its own roundel and a moveable white title box with text in Sabon. Sabon was designed by Jan Tschichold, the legendary Penguin typographer who preceded Hans Schmoller. Tschichold had been extremely influential at Penguin in the late 1940s, standardising in-house design and typography with a set of Penguin Compositional Rules. He based Sabon on a 15th-century French typeface by Claude Garamond. As always, bold cover artwork was the principle feature of the Modern Classics design, and in January 1990 coloured images were added to the series. The design remained unchanged for the next decade.


* Jan Tschichold ‘Penguin Composition Rules’
http://malwi.hotglue.me/penguin

Jan Tschichold's Inspiring Penguins
http://retinart.net/graphic-design/jan-tschicholds-inspiring-penguins/
チヒョルトによるペンギン・ブックスのペーパーバック・デザイン刷新についてをわかりやすくまとめている記事。



PenguinModernClassics-cover-2000-2004.jpg
左) 2000年、シリーズ名が「ペンギン・モダン・クラシックス」へと戻り、ジェイミー・キーナンによるデザインに変わった。
中・右)2004年、「クラシック・シリーズ」のデザインを反映させ、モダン・クラシックスのフォーマットも若干マイナーチェンジする。 (* 画像は上記ペンギンHPの記事より。)



新しい世紀を迎えると、「20世紀クラシックス」は新しい名前が必要になった。2000年2月に、ペンギン・プレスのアートディレクター、パスカル・ハットン監修の元、このシリーズは本来の名前であるペンギン・モダン・クラシックスに戻った。さらに、デザイナー、ジェイミー・キーナンの手によって新たな装いとなった。 バックカバーと背は光沢のあるシルバーになり、本のタイトルと著者名はシルバーのパネルの中へ移された。 キーナンの意図はカバーに様々な書体を使うことだったが、実際には3つの書体だけが使われた。それはフランクリン・ゴシック、トレード・ゴシック、そしてクラレンドンの3種だ。
With the arrival of the new millennium, however, the Twentieth-Century Classics required a new name. In February 2000, under the supervision of Pascal Hutton, Art Director at Penguin Press, the series reverted to its original name, Penguin Modern Classics, and was given a new look by the designer Jamie Keenan. The back cover and spines became glossy silver and the book title and author’s name were moved into a silver panel. Keenan’s intention was to use a variety of typefaces on the cover, but in practice only three were used: Franklin Gothic, Trade Gothic and Clarendon.


3書体はすべてアメリカに関連がある。フランクリン・ゴシックとトレード・ゴシックは、それぞれ1902年と1948年に、共にアメリカで作られた。「ゴシック」はサンセリフを表す20世紀はじめ頃の用語だ。 クラレンドンはロンドンでデザインされ、一般的にはアメリカン・オールド・ウェストを使った「(指名手配風)ウォンテッド」のポスターを連想させる太いセリフ(=飾りのある書体のこと)を持つ19世紀の書体だ。2004年1月、キーナンのデザインは改良された。銀のパネルとカバーイメージの間に、ペンギン・ロゴとモダンクラシックスの文字を含めた白い帯が加えられた。これは前年度に導入されたクラシック・シリーズの新しいデザインを反映したものだ。
All three have American associations: Franklin Gothic and Trade Gothic were both created in the States, in 1902 and 1948 respectively, ‘gothic’ being an early 20th-century term for sans-serif. Clarendon is a thick, serif, 19th-century typeface, designed in London, commonly associated with ‘wanted’ posters from the American Old West. Keenan’s design was refined in January 2004: a white band was added, running between the silver panel and the cover image, containing the Penguin logo and the words ‘MODERN CLASSICS’. This reflected the new design of the Classics series, which had been introduced the previous year.


■ 3書体:フランクリン・ゴシック、トレード・ゴシック、クラレンドン。
Font-FranklinGothic-TradeGothic-Clarendon.jpg
* 画像は右リンクより: http://tagong-boy.tumblr.com/post/167235425171/



(3)へつづく

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2017年10月29日

海外記事訳:「ペンギン・モダン・クラシックスのデザイン史(1)」


PenguinModernClassics-cover-1961-1963-1966.jpg
左)1961年、ハンス・シュモラーによるペンギン・モダン・クラシックスの最初のデザイン。
中)1963年、ゲルマノ・ファセッティがマーバー・グリッドを用い改良したデザイン。シュモラーに釘をさされていたので、書体の変更はできなかった。ベース・カラーもそのまま引き継いでいる。
右)1966年、ファセッティは書体をヘルベティカに変更し、自分の好きなようにデザインを一新した。
* 画像は下記ペンギンHPの記事より。



一年前だったら、全ページ英語で埋まった本を手にしたとたん、確実にひるんでいたはずだけれども、毎日英語の勉強をしているうちに少しは免疫ができたようで、厚めのペーパーバックを開いたとしてもそう臆することはなくなり、むしろできるだけ沢山読んでみたいと思うようになってきた。とはいっても、まだ一年そこいらでスラスラと読めるようになるわけでは当然ない。相変わらず辞書を引きながらたどたどしく一行一行、いったり来たりを繰り返しながらも、なんとか大雑把な意味はつかめているんじゃないか、という風に自信があるのかないのかはっきりとしない感じだ。ただ、今のところそれが苦にはなっていないという点だけは、ひとつはっきりしている。
東京でも洋書を豊富に揃えている書店というのは限られていて、もちろんそういった数少ない店に毎日通えるわけでもないから、普段はアマゾンやオンラインショップをサーフしながら、画面越しに何か面白そうな本がないもんかと見ているのがけっこう楽しい。良さそうだけどちょっと高いなぁとか、これ専門用語が多そうだから無理だなとか。そんなことを考えながら読みたい本を探していると、大抵ペンギン・モダン・クラシックスから出ているものに当たってしまう。もし同じタイトルで別出版社のものがあったとしても結果、無意識にペンギンの方を選んで購入してしまったりする。本のテキストは同じだから誰が序文を書いているか、だったり編集やデザインの違いが、購入するか否かの分かれ目にきっとなるのだろう、そういう点でもペンギンの本は良く出来ているなぁと思う。特に最近のペンギン・モダン・クラシックスのペーパーバックは、選択肢のひとつでもあるデザイン面で、上品さとシャープさを備えているような印象がある。
知らない作家や気になったタイトルがあったときなどは、ときおりその本の出版社のHPに飛んでいき、そこで簡単な紹介文を見たりしてもう少しディティールを知る。いつだったか、ナボコフの本を調べていたときにペンギンのHPをのぞいたら、タイミングよくペンギン・モダン・クラシックスのデザインの歴史を紐解くといった感じのシリーズ記事が目にとまったので、すごく興味がわいた。ペンギン・ブックスのデザインに関しては研究本が出たり、詳しいWebサイトがあったりするので、以前から気にはなっていた。今回は全3回あるその連載記事のはじめ<パート1>を部分、訳しながら読んでみたいと思う。
記事の中にもあるが、モダン・クラシックスは約半世紀前の1961年に誕生した。タイトルを増やしながらも、何年かおきにデザインや名称を変えつつ今に至っている。その時代に見ているデザインというものは、おそらく時流に合ったものだから、それが時代を反映しているかなんてことは意識してもわからないものだろうが、十年、二十年と経ってくると、ちょっと古いなぁとか、なんとなくそれが出版されていた頃の雰囲気を感じ取れるもので、Decade 単位で振り返ってみると面白い発見があるようにも思う。今見ると、相当に古さを感じる誕生当時のモダン・クラシックスのデザインも、当時はすごく斬新で新鮮だったのかもしれない。1960年代を想像しながら改めてこのペーパーバック・シリーズを見直してみるのもまた楽しいんじゃないかと。



■ 「ペンギン・モダン・クラシックスのデザイン史(1)」 ( 1961 - 1980 )
Designing Penguin Modern Classics (Part 1)

Japanese translated by Tagong-Boy ( Original text from Penguin HP )
https://www.penguin.co.uk/articles/on-writing/cover-story/2017/may/penguin-modern-classics-design-part-1/


ペンギン・モダン・クラシックスのデザイン史を祝す3回シリーズの記事、第一弾は、ペンギン・クラシックスのクリエイティヴ・エディターを務めるヘンリー・エリオットがこの象徴的なシリーズのルーツを探る。


1961年4月、「ペンギン・モダン・クラシックス」という新たな装いと新しい名前で4つのタイトルがペンギン社から出版された。ソーントン・ワイルダーによるジュリアス・シーザー暗殺にまつわる書簡体小説「三月十五日 カエサルの最期」。カーソン・マッカラーズによる「心は孤独な狩人」は、アメリカ・ジョージア州の田舎に住む耳が聞こえず口のきけない主人公の話。ナサニエル・ウエストによるニューヨークの報道局を舞台にしたブラック・コメディ「孤独な娘」。そして、ロナルド・ファーバンクの「Valmouth」は、英国南海岸の海水浴場にいる百歳を超えたお茶目な女性たちの物語。 はじめから、タイトルのセレクションは大胆かつ自信に満ち国際的だった。
In April 1961 four titles were published by Penguin with a new look and a new name: Penguin Modern Classics. They were The Ides of March by Thornton Wilder, an epistolary novel about the assassination of Julius Caesar; The Heart is a Lonely Hunter by Carson McCullers, about a deaf mute in the rural US state of Georgia; Miss Lonelyhearts by Nathanael West, a black comedy set in a New York newsroom; and Ronald Firbank’s Valmouth, a story of naughty centenarian ladies in a seaside resort on the south coast of England.
From the beginning the selection of titles was 'bold, confident and international'.



マーガレット・ドラブル(英作家)なら30年後の1992年にこのシリーズをこう評するだろう。 今日、再び30年がたち、このシリーズはまだしぶとく自信にあふれ、前世紀の偉大な作家たちを読者に紹介する国際的なタイトルがさらに増えている。 最初のジャケットはタイポグラファーのハンス・シュモラーによってデザインされた。彼はダヴグレイ(紫がかった灰色)、オレンジ、白と黒の差し替えができるパレットで水平のグリッドを作った。シュモラーはエリック・ギルの書体「ジョアンナ」を用い、デザインは大胆なモノクロイメージを出すために空間の余裕を出した。ギルはジョアンナを「装飾的な要素が一切ない」と評した。彼はとりわけこの書体が好きだった。ギルは末娘の名をとり、その書体をジョアンナと名付け、1931年に発表した論文「タイポグラフィに関するエッセイ」の背景にこのジョアンナを選んだ。そして「タイポグラフィに関するエッセイ」は2013年にモダンクラシックスのリストに加わった。
This is how Margaret Drabble would describe the series three decades later in 1992. Today, almost three decades later again, the series is still bold and confident, with increasingly international titles that introduce readers to the greatest writers of the last century. The first jackets were designed by the typographer Hans Schmoller, who created a horizontal grid with an interchangeable palette of dove grey, orange, black and white. His design allowed space for bold, monochrome images and he used Eric Gill’s typeface Joanna. Gill described Joanna as ‘free from all fancy business’. He was particularly fond of this typeface: he named it after his youngest daughter and selected it to set his 1931 monograph, An Essay on Typography - which joined the Modern Classics list itself in 2013.

EricGill-EssayOnTypography.jpg
現在出ているエリック・ギル「タイポグラフィに関するエッセイ」のペーパーバック版表紙。正味140ページ弱とけっこう薄い。デザイナーの間ではけっこう有名な本だが読んだひとはそう多くはないと思う。僕も未読。河野三男さんによる邦訳版「評伝 活字とエリック・ギル」が朗文堂から出ているみたいだ。
* 画像は Amazon.co.jp より。



1963年10月、ペンギン社のアート・ディレクター、ゲルマノ・ファセッティはデザインを改良した。彼はシュモラーのオリジナルである青味がかったグレーの配色をそのままにしたが、残りをマーバー・グリッドに置き換えた。この(新しくなった)デザインはよりすっきりと、そしてアートワーク用の空間に余裕ができた。 マーバー・グリッドは、ペンギン・クライムシリーズのカバーのために、ポーランド人デザイナー、ロメク・マーバーによって考案された。しかし、それはとても用途が広かったので、すでにペリカン社や小説のタイトルにも採用されていた。 ファセティはモダンクラシックスの書体を変更したがっていたが、最初のうちシュモラーはジョアンナを使うよう、彼を強く説得した。1966年3月になってから、ファセッティは自分の思い通りにデザインした。彼はジョアンナをヘルベティカに置き換え、モダン・クラシックスを新しくなったペンギン・クラシックスのデザインと同調させるためにタイトルと著者名をカバーの上に押し上げた。

へルベティカは1950年代にハース鋳造所によって開発されたスイスの書体だ。元々はハース・グロテスクと呼ばれていたが、1960年に、スイスのラテン語名であるヘルヴェティアに着想を得て、より魅力的なヘルベティカという名前になった。 色の組み合わせは自由度が増した。上部のパネルは白、黒、トレードマークの緑灰色で変化し、アートワークがカバー全体を占めるときにはなくなる場合もあった。 落ち着くまでに時間は要したが、こうして、このペンギン・モダン・クラシックスのデザインは次の15年間は変わらずにいた。
In October 1963, the Penguin Art Director Germano Facetti refined the design: he retained the bluish-grey colour scheme of Schmoller’s original, but reset the covers using the ‘Marber Grid’, which was cleaner and allowed more space for artwork. The Marber Grid was devised by the Polish designer Romek Marber for the Penguin crime covers, but it was so versatile it had already been adopted for Pelican and fiction titles too. Facetti wanted to alter the Modern Classics typeface, but initially Schmoller persuaded him to stick with Joanna. It wasn’t until March 1966 that Facetti got his way. He replaced Joanna with Helvetica and pushed the title and author name further up the cover, to bring Modern Classics in line with the updated Penguin Classics design.
Helvetica is a Swiss typeface, developed by the Haas type foundry in the 1950s. It was originally called Haas Grotesk, but the more attractive name Helvetica was adopted in 1960, inspired by Helvetia, the Latin name for Switzerland. The colour scheme became looser. The upper panel varied between white, black and trademark green-grey and in some cases disappeared altogether when the artwork filled the entire cover. Having taken a while to settle down, the design of Penguin Modern Classics then remained unchanged for the next fifteen years.


MarberGrid-PenguinCrimeSeries.jpg
マーバー・グリッドを使ったペンギン・クライム・シリーズのフォーマット。
* 画像は右リンクより: https://needmoredesigns.com/history-of-the-marber-grid/


Penguin by Illustrators: Romek Marber (Creative Review)
https://www.creativereview.co.uk/penguin-by-illustrators-romek-marber/


(2)へつづく


ヘルべティカを使った企業のロゴ
Helvetica-Logos.jpg
ヘルベティカは世界で最も良く使われているベーシックなフォントの一つで、公共機関のサインや企業のロゴで見ることが多い。(* 画像は右リンクより:http://tagong-boy.tumblr.com/post/166847142686/


スイスの切手
Stamp-SwissPost-Helvetia.jpg
スイスの切手やコインは「Switzerland」や「Swiss」ではなく現在も「ヘルヴェティア」表記のまま。
日本でいうと倭国や邪馬台国みたいな言い方になるのかな。
(* 画像は右リンクより:http://tagong-boy.tumblr.com/post/166873119136/






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2017年01月30日

海外記事訳:「沿ドニエストル共和国の十代」

CalvertJournal-JuliaAutz-Transnistrien.jpg
Teens of Transnistria (The Calvert Journal)
Text: Anastasiia Fedorova / Image: Julia Autz (上画像は下記リンクより)
http://calvertjournal.com/features/show/5470/post-soviet-youth-transnistria-teens-julia-autz
(上リンク先には、オーツさんの撮影した沿ドニエストルの若者たちのポートレートや街の様子が沢山載っている)


旧共産圏だった東欧諸国の建築を調べているときに見つけた「The Calvert Journal」というサイトがすごく気に入って、ちょくちょく見るようになった。主にソ連の衛星地域だった東ヨーロッパやCIS諸国についてのカルチャーを紹介している。今はネットの時代で、世界中の相当にローカルな場所の話題がタイムラグ無く知れるようになったとはいえ、未だこの東欧地域の情報はそう多くはないし、このサイトで取り上げている話題やテーマも視点がユニークなので、見ていてとても新鮮だ。また写真のクオリティがすごく高くヴィジュアル的にも充実しているので(東欧版ナショナル・グラフィックといっていい位)、ただ画像を見るだけでも十分に楽しめると思う。記事のタイトルやキャッチコピーがニューウェイヴや1970年代のロックの曲名や歌詞を一部引用していたりして、その辺の音楽を聴いて育った世代の人たちが主に関わっているのかなと思ったり、ちょっと親近感がわく。

今回は、このサイトにあった未知の国「沿ドニエストル共和国」の若者たちについての記事を一部訳し、個人的に気になった情報を少し加えながら紹介したい。記事英文がけっこう長かったので、僕がひと通り訳したものを一度母にチェックしてもらい、それを直し最後まとめた。訳文を簡単にレイアウトしPDF化、すぐプリントできるようにしたので興味ある方はどうぞ。

訳文のPDF版(A4 / 0.1MB):A4-TeensOfTransnistria-Translated.pdf


あまり聞きなれない国だろうからまず「沿ドニエストル共和国」についてを簡単に。
沿ドニエストル共和国はヨーロッパの外れ、ウクライナとモルドヴァの間に挟まれた細長い国で、国土面積は4,163 km2、人口は約50万人強(日本の鳥取県が人口約58万人弱で県面積が3,507 km2とあるので、鳥取県よりもやや面積が広く、人口が一割強少ない程度という感じだ。知名度・認知度の低さでも二つはどこか共通するところがあるような…)。モルドヴァとはドニエストル川を境に隔てられていて、陸地つながり的に見るとウクライナ側にある。
この国は1990年にモルドヴァから一方的に独立を宣言したものの、世界中の国からはどこからも承認されず、国際的には「国家」として存在しないことになっている。ソ連末期に、同じ民族ではあるが異なる名称でそれぞれ呼びあっていたルーマニア人とモルドヴァ人の間に「ルーマニア・モルドバ統一運動」が起こり、モルドヴァが独立した際にモルドヴァ語への統一化が進められることになった(ルーマニア語の方言みたいな感じで、言語表記がキリル文字からローマ字になった)。しかし、この地域のドニエストル川以東、ウクライナ側に住んでいたロシア系住人らがこれに反対し住民投票を行った結果、98%近い独立賛成の票を集め「沿ドニエストル共和国」としてモルドヴァから独立することとなった。独立に至る根本的な原因は、欧州側に帰属するか、ソ連時代の旧体制を維持できるロシア側につくかという、政治的な問題(民族的な分断ではない)だった。
近年はネットの普及で情報も入ってくるようになった為か、閉ざされた国という印象がずいぶん薄れたけれども、少し前は入国することが難しくその謎めいたところから、ロシアの兵器工場があって武器製造を秘密裏に行っているといった噂が流れていたり、とても怖いイメージがあった。

*) 参照:「国マニア」吉田一郎(ちくま文庫 / p130-134)& wiki



沿ドニエストル共和国という国の存在はほんとユニークだ。国家として認められる必要条件(国民・領土・政府・主権)は全て満たしているのに、どこからもその存在を認められていない。でも、この地に暮らし生活している人は確かにいて、その中で経済もちゃんと成り立っているし、政府も機能している、産業だってある。こうして実在するのに国際的なルール・定義の下では存在しないことになっている不思議さ。世界でもそう例のない未承認国家、沿ドニエストルのあり方を見ていると「国」って一体何なんだろう? と考えるいいきっかけにもなる。「線を引いて、はいここからが国ですよ」だったり「同じ言葉や慣習を持つ民族が特定の地域に集まったところでもまた国にはならない」、単純にはいかないし何か普遍的な基準もない、この複雑なところに人の社会の面白さがあるんだなと。


Map-Transnistria-TheGuardian.jpg
https://www.theguardian.com/world/2015/feb/20/transnistria-russia-rouble-crisis
* 画像はThe Guardian、より



「沿ドニエストル共和国の10代」 "Teens of Transnistria"
Japanese translated by Tagong-Boy
Original text by Anastasiia Fedorova (The Calvert Journal)


ソヴィエト連邦崩壊の間、北東部の国境がウクライナと接する、狭く細長い国がモルドヴァからの独立を宣言した。沿ドニエストル共和国は独自の通貨、出入国管理、議会、国歌、そして市民権を持っている。しかしまだ、公式に沿ドニエストル共和国という国は存在しない。自ら宣言をしたその国家は、他の国々からは承認されてない、ロシアでさえも。
During the collapse of the Soviet Union, the narrow strip of land which forms the northeastern border with Ukraine declared independence from Moldova. Transnistria has its own currency, border controls, a parliament, a national anthem and citizenship. Yet, officially, the country of Transnistria doesn't actually exist. The self-proclaimed state is not recognised by the rest of the world − not even Russia.



沿ドニエストル・ルーブルについて

TransnistrianRuble-PlasticCoin-2014.jpg
Transnistria to Introduce Plastic Circulation Coins (*画像は下記リンクより)
http://news.coinupdate.com/transnistria-to-introduce-plastic-circulation-coins-4441/
(現在、該当ページは削除されている)

沿ドニエストル共和国にはれっきとした中央銀行があり、自国の通貨を発行している。その中で、世界でも例のないプラスティック・コインというものがありコイン・コレクターたちの間ではちょっと知られた存在になっている。2014年に世界で初めて公式な通貨としてプラスティック・コインを発行し流通させた。プラスティック(ポリマー)の紙幣を導入している国はわりと多いが、プラスティックのコインっていうのは初耳だったので斬新だった。鋳造コストなんかを考えると、経済規模の大きくない国にとって、こういう通貨のあり方はいいのかもしれない。ページの一番最後にこのコインについての動画も貼った。偽造防止のためか蛍光塗料が塗られていて、ブラックライトを当てると部分的に発光する。また見た目とは違って、ものすごく硬いみたいだ。

お金(金属コイン)の持つ物理的な重みや肌触りなどを知っていると、その質感とお金の価値のようなものがセットになって、皮膚感覚と数字の意味合いが交じり合うようになるのだと思う。時代の流れで、こうしたプラスティックのお金や電子マネーなどが人の意識下にリンクされていくと、何だろう、記された数字がどこか軽くなって、お金としてではない違う意味合いを帯びてきそうな感じもする。プラスティック貨幣というのは、金属コインと電子マネーのちょうど中間に位置するような存在で、これから先にきっと変化してゆくだろう電子マネー社会への橋渡し的な存在になるのかと思えたり。こうして人々が便宜的に使っている通貨、それに抱く価値や意識が変化すると、また社会自体も変わっていくのだろうな。

未承認国家のためか、沿ドニエストル・ルーブルは国際的な通貨コードがない状態で、オンラインの両替サイトでは為替レートの確認ができない。旅行者のブログなどに載っている現地の両替所レートを当たってみると2013年頃のレートは、おおよそ1ドル=11沿ドニエストル・ルーブル、1ユーロ=15沿ドニエストル・ルーブルだった。2010年頃の情報と比較すると主要通貨に対しては15%程下落している。隣国モルドヴァ・レイとは変動幅が少ない。為替の動きからも、国際的な関係性がみてとれる。ロンプラのサイトを見ると、沿ドニエストルの中央銀行HPにレート表示があるとの書き込みがあったので早速飛ぶと、確かに載っていた。1沿ドニエストル・ルーブルは約11円弱。ちなみに沿ドニエストルのプラスティック・コインは4種類を1セット(1+3+5+10=計19ルーブル:約210円)にしたものが、e-bayに出品されていて、現在は4ドル弱(500円弱)が平均的な価格で落札されている。
http://tagong-boy.tumblr.com/post/152539565551/

Pridnestrovian Republican Bank : http://www.cbpmr.net/


■ (旅行者目線の)出入国管理
沿ドニエストル共和国は西部がモルドヴァ、東部がウクライナと国境を接している。世界には聞いたことのない国が沢山あるけれど、きっとその中でも沿ドニエストルはマニアックな部類に入ると思う。意外と日本人旅行者も行っていて WEB旅行記などで細かな現地情報が見れたりする。モルドヴァから入国(入域?)するのが一般的なためか、ウクライナから入る場合の情報があまりない(ロシア側から東欧方向へ抜けてくることになるので、このルートは難しいだろうと思う)。ウクライナ国境では賄賂の要求が頻発・恒常化しているとのこと。入国に関する諸条件(ビザの取りやすさ等)は、その国がどんな風に他国と関係しているのかを知る一番分かりやすい手がかりになる。なので、こうした国境でのあれこれは沿ドニエストルがどうあるのかを知るいい指標になっていると思う。

モルドヴァから沿ドニエストルに行く場合、一日以内ならビザはいらないようだが、滞在する場合はいくつかの手続きが必要な様子(国境でエントリー・シートを渡され、パスポートに出入国のスタンプが押されないそうだ。通過目的、あるは日帰りなら10時間以内、滞在なら24時間の許可が与えられる)。このあたりは、旧ソ連邦諸国の手順とおおよそ同じで、入国(入域?)してから24時間以内にイミグレーション・オフィスで外国人登録をし、宿泊先でレギストラーツィア(滞在証明)のスタンプを押してもらう必要がある(レギは出国時に絶対必要)。ホテルには外国人料金が設定されている。

https://www.lonelyplanet.com/thorntree/forums/europe-eastern-europe-the-caucasus/moldova/ovenight-stay-in-tiraspol-transnistria
http://wikitravel.org/en/Transnistria




2014年、ドイツのフォトグラファー、ジュリア・オーツは確かな未来のない国、あるいは地図上にはない場所で成長することをどう感じるかを捕えるため、沿ドニエストル共和国を旅した。オーツは主に首都ティラスポリで暮らし、二ヶ月間この国に滞在した。彼女はパレードや休日、政治色の強まる公共の場所や人々の日常生活の中にみえる国の雰囲気を捉えようと、いくつかの小さな村だけではなくもう一つの大きな街、ベンダーにも訪れた。
In 2014, the German photographer Julia Autz travelled to Transnistria to capture how it feels to grow up in a country without a certain future or even a place on the map. Autz stayed in the country for two months, mainly living in the capital, Tiraspol. She also visited Bender, another big city, as well as a few small villages trying to capture the county's atmosphere both in the politically charged public spaces during parades and holidays, and in people's everyday lives.


「巨大なロシアの影響が政治、経済、そして一般生活の上にも現れている。ロシアからの援助なしに国は生き残れないだろう」とオーツは言う。2014年3月、ウクライナ危機とクリミア併合の最中、沿ドニエストル共和国政府はロシアの一部となることを求めた。これとは対照的にモルドヴァはEUに加わる努力をしている。ウクライナとの類似は明らかだ。滞在中、私は彼らの日常生活を紹介してくれた多くの人たちと知り合った。国民国のない国家、歴史、あるいは近い将来のない国で。」
"There is a huge Russian influence on political, economic and public life. Without aid from Russia the country wouldn't be able to survive," Autz says. "In March 2014, during the Ukraine crisis and the annexation of Crimea, the Transnistrian government asked to become a part of Russia. In contrast to this, Moldova has put in efforts to join the European Union.
The parallels with Ukraine are obvious. While staying there I got to know a lot of people who introduced me to their everyday lives − in a state without a nation, without history or a foreseeable future.”



まず最初に、フォトグラファーは閉鎖的な地域社会に入るとっかかりを見つけるのが難しいことに気づいた。最初のころ、沿ドニエストルの雰囲気はよそよそしく、人々はどうにも打ち解けてはくれなかった、と私は思った。しかし、その理由は言葉の壁にあるのだと思う。彼らはカメラを手にした西側世界の外国人を見ると、パラノイアの一種に陥ってしまう。多くの人々は西側の価値観と関わることがない。代わりに、彼らはプーチンを賞賛し、沿ドニエストルがいつしかロシアの一部になることを望むのだ。彼女は言う。
At first, the photographer found it hard to penetrate the surface of the closed community. "In the beginning I thought the atmosphere in Transnistria to be cold and that people were very reserved. But I think the reason for that lies in the language barrier. They can become kind of paranoid when they see a foreigner from the western world with a camera. Many people don't relate with western values. Instead, they admire Putin and hope that Transnistria will become a part of Russia," she says.


* 内陸にある国は、外国人に対し特に閉鎖的になることが多いように思う。そしてそれとは正反対に、態度では表に見せることはないが、知らない世界への興味も内に秘めているようにも思う。以前に行った中央アジア、ウズベキスタンの最西にある「カラクルパクスタン共和国」も上のレポートと同じようにとても閉鎖的な場所で人の態度もどこかよそよそしいところがあった。特にカメラを手にしていると、ただでさえ特異な目でみられるのにさらに警戒されてしまい、短い滞在だったものの、けっこう苦労した記憶がある。でも観光化されて、お金さえ出せば快適で不自由のないサービスが得られ、払った金額に比例した笑顔が振りまかれるような所に行くよりも、印象に残ることばかりだった。


沿ドニエストルに外国人は多くはない、そしてたいていの人々は西ヨーロッパに行った事がなかった。それで彼らはとても興奮し、私と一緒に時間を過ごしたかった。コミュニケートするのはとても難しかったけれど、人々はグーグル翻訳や英語を話せる友達の助けを借りて話そうとした。
"There are not many foreigners in Transnistria and most people have never been to western Europe, so they were really excited and wanted to spend time with me. Although it was very hard to communicate, people tried to speak with the help of Google Translate or their English-speaking friends.



オーツは、長い夏の日を浜辺や公園で過ごす沿ドニエストルの若者たちを写真に収めた。彼らが大人になる為に備えるフラットやストリート、学校を記録した。「若い世代は多くの自由な時間を野外で過ごすの」と彼女は言う。「散歩に出たり、あるいは中庭や屋上にたむろする。またティラスポリの街には浜辺があって、暑くなると彼らは泳ぎに行くの。一日中友達と外で過ごせるから、沿ドニエストルの夏が本当に好きなの、って誰かがが言った。でも冬になると、ティラスポリでは何もすることがなくなる。すごく寒くて、気を滅入らせてしまう。」
Autz photographed young Transistrians at the beaches and parks where they spend long summer days; documented their flats, streets, schools that provide the setting for their coming of age. "The young generation spends a lot of their free time outdoors", she says. "Going for walks or hanging out at the courtyards and rooftops. They also have the city beach in Tiraspol, where they go swimming when it’s hot. Some people told me they really like the Transnistrian summer because you can spend the whole day outside with friends. But in the winter, there is nothing to do in Tiraspol. It is very cold and it can be very depressing."



沿ドニエストルの多くの若者たちもまた、将来への懸念を見せた。ひどい経済状況に仕事不足、そして地方の大学の学位は国際的に認められないという事実などを。若者らの人生に必要不可欠なこうした不安が、ソヴィエト時代の過去を懐かしむこの国の終りなき郷愁感と共に、写真の中に透けて見える。この分裂はフォトグラファーには明白だった。一方で、私の写真は変化したように見えない場所や人々の姿だったりを示す。世界の列強国の一つだったソヴィエト時代を懐かしみ追憶にふける年配者のように。しかし他方では、人々の表情の中に憂うつや悲しみも見て取れる。特に、より多彩でより希望に満ちた世界、〜反抗、可能性、自己の発見〜といった若者の自由を許す生き方を夢見る若い世代には。
Many young Transnistrians also revealed their concerns for the future: the tough economic situation, the lack of jobs and the fact that a local university degree is not recognised internationally. This uncertainty, an integral part of a young person's life, shines through in the photographs, along with the country's endless nostalgia for the Soviet past. This dichotomy was very apparent to the photographer: "On the one hand, my pictures show places and people that don't seem to have changed, such as the elderly who reminisce wistfullly about Soviet times, when they were part of a world power. But on the other hand, you also see melancholy and sadness in people's faces. Especially the younger generation who dream of a more colourful and more hopeful world − of a life which allows the freedoms of youth: rebellion, possibility, and finding yourself."



沿ドニエストル共和国のプラスティック・コインを解説している動画
解説者のカラフルなネイルがコインよりも気になってしまう。

First plastic coins in the World Coins of Transnistria (Coins Moscow.com)