2020年03月12日

歌詞和訳:"Everybody Here Hates You" by Courtney Barnett


Courtney Barnett - Everybody Here Hates You (Official Audio / 2019.04.08)


歌詞訳するのがずいぶんと久しぶりになってしまった。最近は、オフィシャル音源だとすぐに各国語に訳され表示されていることも多く、改めて「自分で訳してみよう」なんていう動機がすっかり薄れてきている。ほんと便利になったなぁと思う。おまけに、去年の5月、劇場版「響け!ユーフォニアム〜誓いのフィナーレ〜」を観たのをきっかけにアニソンにハマってしまい、しばらく洋楽から遠ざかっていたりもした。それでも、気になる歌はいくつかあったし、そういうのは一度自分で訳しておきたいと思って、ノートには記していた。今回の「Everybody Here Hates You」はコートニー・バーネット単独の曲で、一聴して気に入った音。どこか90'sのオルタナ・バンド「Throwing Muses」を思わせるところがあって、大好きな一曲。2年ほど前に、コートニー・バーネットとカート・ヴァイルのデュオ・ソング「Over Everything」も訳しているので、興味あれば是非そちらも。

歌詞和訳:"Over Everything" by Courtney Barnett & Kurt Vile( 2018年01月18日 )
http://tavola-world.seesaa.net/article/lyrictranslate-c-barnett-k-vile-over-everything.html


コートニー・バーネット「Everybody Here Hates You」歌詞和訳

歌詞はYoutube上動画に記載のものを転載。
コーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。


I feel stupid, I feel useless, I feel insane
I feel toothless, man you’re ruthless, oh…yeah
i go to Loving Hut, i get my hair cut, i feel the same
i feel putrid, i’m getting used to it, these days

愚かだよ、役立たずで、イカれっちまった気分だ。
無力でさ。ああ、君は残忍なやつだ。
ラヴィング・ハット」へ行こう。そして髪を切ろう。同じ気持ちだ。
つまんなくてさ。最近は、そういうのにも慣れてしまった。

Loving Hut: ヴィーガン向けのレストラン・チェーン。オーストラリアにも数店舗ある。


you said, “it’s only in your head
they’re probably thinking
the same thing”

「そう考えているだけだよ。たぶん、みんな同じようなもんさ」、そう君は言った。



i’m bleeding, you’re leaving, i feel strange
you been distant, you seem different than yesterday
everybody hurts, everybody breaks, n everybody fades

君がいなくて、僕はつらいんだ。調子がでないよ。
よそよそしくて、昨日とは違ってみえる。
誰もが傷つき、ぶっ壊れて、消えてゆく。



we’re gonna tell everyone it’s ok
「大丈夫だよ」ってみんなに言おう。



これまでに歌詞を訳したミュージシャン一覧: だいぶタイトルが充実してきた。

The Cure(ザ・キュアー) / Jannine Weigel(ヤンニーン・ワイゲル) / SAHA(サハ)
Wire(ワイヤー) / New Order(ニュー・オーダー) / The Wake(ザ・ウェイク)
Porter Robinson & Madeon(ポーター・ロビンソン&マデオン) / Felt(フェルト)
Charity Children(チャリティ・チルドレン) / Angel Olsen(エンジェル・オルセン)
Robert Wyatt(ロバート・ワイアット) / Eno-Moebius-Roedelius(イーノ・メビウス・ローデリウス)
Anekdoten(アネクドテン) / The Wedding Present(ザ・ウェディング・プレゼント)
Courtney Barnett & Kurt Vile(コートニー・バーネット&カート・ヴァイル)
Chvrches(チャーチズ) / Pale Saints(ペイル・セインツ)

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2018年11月17日

歌詞和訳:"The 15th" by Wire


Wire - The 15th

ワイヤーの歌詞訳は今回で2回目になる。前回は2年前、2ndアルバム「Chairs Missing」に収録の「アウトドア・マイナー(屋外の抗夫)」だった。

歌詞和訳: Wire - "Outdoor Miner" 7inch version ( 2016年10月07日 )

http://tavola-world.seesaa.net/article/441787969.html


"The 15th" について

「The 15th」は、ワイヤーが1979年にリリースした3rdアルバム「154」に収録の曲。おそらく、アルバムの中で、いや全ワイヤーの曲の中でも、最もメロディアスな楽曲だと思うのだが、なぜかシングル・カットされなかった。そして、メロディはすぐに浮かんでくるのに、曲名が短く記号的なせいで、同じようなアルバム・タイトルと混同してしまい、いつもぱっと名前を思い出せずにいる。この曲は他ミュージシャンによるカバーが多く、その数からみても人気の程が伺える感じだ。
そして、長年謎なままでいたこの「15th」という数字の意味。改めて調べてみると wiki にヒントらしきものがあった。日本盤アナログの邦題では「15日(ジャコバンの暴動)」となっている。え、フランス革命に関する歌? やったのか、、と少し頭の中が空白。いや、たったこれだけで、すんなり真に受けとれるわけない。今度は、参照した歌詞サイト「songmeanings.com」などにあるコメント欄を見てみる。そこには、そういった(多分)フランス革命に関しての歌詞だという書き込みは見られず、逆に日本盤の「ジャコバンの暴動」という邦題が、何に由来しているのか不明な点が浮かびあがる。もしかすると、アルバムのリリース当時、メンバーが日本向けのインタビューか何かで語っていたことを参考にし、この邦題を付けたのかもしれないが、歌詞中にジャコバン派を連想させるような要素もないし、また歌詞内容も今一つ意味がわかり辛く、何か具体的なものをイメージして方向付けるというものでもない。英語圏の人でも、自分なりの推測を披露していて、意見にバラつきがある。意味不明だという意見のほうが多い気がする。個人的にも、ジャコバン派あるいはフランス革命との関連はないものだと思えるのだが(わずかに、ジョゼフ・フーシェを彷彿させる要素はあるが、もし仮にそうだとすると今度は「15th」という数字とフーシェの繋がりがわからなくなる)、どうもはっきりしないところが歯がゆかったりもする。
デジタルメディアに移行する以前の、特に1980年代前後のものは、ネットアーカイヴになっているものがまだまだ足りないし、また紙媒体のもの(雑誌など)も、今となっては入手しづらく、情報の空白地帯になっていたりする。なので、ワイヤーに関する記事などは、(日本語のものでは)相当に手薄だし、かといって海外のサイトで詳しいものがあるのかといえば、そう簡単には見つかりそうにない感じだから、きっと結論は出ないだろうなと思う。

シングル・カットされなかった理由は、下記ブログで少し触れられていた。これまでリリースしたレコードの売り上げが振るわなかったせいでレーベル側から圧力がかかり、それがメンバーに不協和音をもたらすことになって、音楽の方向性の対立へと発展、結果、シングル候補として進んでいた話がメンバーの仲たがいにより、白紙撤回になったといういきさつがあったようだ。

「ワイヤー 〜 154」(目目連さんBLOG / 2015-09-06)
https://ameblo.jp/memeren3/entry-12070093331.html


ワイヤー「The 15th」歌詞和訳

Wire "The 15th" - lyrics (songmeanings.com)
https://songmeanings.com/songs/view/3530822107858524329/
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。


Reviewed, it seemed as if someone were watching over it
Before it was as if response were based on fact

再調査したところ、誰かが監視しているかのように見えた。
反応が事実に基づいているようであった以前は。


Providing, deciding, it was soon there
Squared to it, faced to it, it was not there

準備し決定すると、それはすぐそこにあった。
身構えたり、向かい合うと、それはそこになかった。


Renewed, it fought as if it had a cause to live for
Denied, it learned as if it had sooner been destroyed

一新したところ、それは生きる理由を持っていたかのように戦った。
否定したところ、それは破壊されたいかのように察知した。


Reviewed, it fought as if someone were watching over it
Before it had sooner been denied
Renewed, it seemed as if it had a cause to live for
Destroyed, it was later based on fact

再調査したところ、誰かが監視しているかのように戦った。
否定されたかった以前は。
一新したところ、それは生きる理由を持っていたかのようにみえた。
破壊したところ、後でそれは事実に基づいていた。




● 関連: ワイヤーが「The 15th」のデモ音源を公開(2018/05/15) http://amass.jp/104986/

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2018年07月27日

歌詞和訳:"Sight of you" by Pale Saints


Pale Saints - The Sight of You (Demo) 

この曲のオフィシャル・スタジオ録音バージョンは2種類ある。デビュー・シングル「barging into the presence of god (1989)」に収録の Gil Norton がプロデュースしたものと、翌年リリースのファースト・アルバム「The Comforts Of Madness (1990) 」に収録された John Fryer プロデュースのバージョン。上に埋め込んだユーチューブの動画は、デモ・バージョンの表記になっているが、おそらくデビュー・シングル「barging into -」に収録のものと同じだと思う。
シングル・バージョンはガレージ・ロック的な荒い音で、アルバム・バージョンと比較すると、演奏もまだたどたどしく楽曲の仕上げ方もまだ未完成で洗練されてなかったりするが、曲の持っている力強さや迫力はアルバム・バージョンよりも断然ある。個人的にはこっちのシングル・バージョンの方が好きだったりする。

ペイル・セインツは、数あるシューゲーザー・バンドの中でも人気の高いバンドやし、「Sight of you」も彼らの代表曲といっていいもだから、ネットには歌詞の日本語訳がいくつかあるだろうと思って検索してみたら、意外や見つからなかった。元々レコジャケには歌詞が載ってなかったため、(今回参照した)海外歌詞サイトにあるものも、おそらくはヒアリングによるものだろうと思う。多分、そういうのが影響して和訳がない状態になっているのかもしれない。
「Sight of you」の歌詞和訳は、この下に書いた前フリの次にあります。歌詞訳の方に興味ある方は、途中すっ飛ばして下の方へ飛んでください。え、何? いつもそうしてる?




「 Pale Saints (生気のない骸 ーむくろー)」
60s、70s、80sに90s、そしてゼロ年代というふうに、僕たちはたいてい、十年という単位で時代というものをひとくくりにし呼びあっている。人のライフサイクルや経済活動の周期、あるいは景気の循環や節目がはたして本当に十年というスパンであるのかなんて、確かめる術はないが、こんな風に十年単位で区切られると大抵納得してしまうし、どこか説得力のようなものが付随してくる。W杯やオリンピック、大統領選挙などなど、世界で行われる大きなイベントをみていると、十年スパンというよりも、四年の倍数という数値の方が時代の節目となって変革しているような気もするが、10や50、100といった単位の方がきっと視覚的にも収まりがいいのだろう。

80年代が終わり(1989年の昭和天皇崩御で、日本中が喪に服した暗い年があったし、その2年前にはブラックマンデーによる大きな経済停滞があったものの)1990年にさしかかると、なぜか急に明るい兆しを感じるようになった。不動産バブルが崩壊する直前のほんのつかの間にスパークした小さな瞬きがそう見えていたのかもしれない。このとき僕はまだ学生だったので(日本史に登場する年号を四苦八苦して覚えているような)、新聞の国際欄やその見出しに踊る大きな時事ネタですら、どんな背景があってそうなっているのかなんてほとんど分かてはいなかったし、世の中の動きをしっかりと見つめられる観察力もほとんど持ち合わせていなかったが、肌で感じていた感覚というのは意外と頭の中に残っているもので、手元にあるマテリアルやキーワードなどから、当時の状況を断片的にだが思い出したりする。
デジタル機器やコンピューターが生活の中に浸透しはじめたのもこの頃だった。それまでにあった機械油のにおいが漂う工業社会的なイメージから、無色透明で、何もかもが無機的になっていくような感覚が、身の回りから感じるようになっていた。「なんか今って、クリスタルで透明感のある時代っていうイメージするねんけど、気のせい?」「いや、俺もそういう感じしてたわ」なんていう会話を、友達としていた記憶が残っている。何の根拠があるわけでもなかったし、改めて振り返ってみれば、ただ若いというだけで何もかもを押し通せた学生特有の楽観的な気持ちがそうさせていただけかもしれないが、先行きが明るくまぶしく輝きに満ちている感じは、僕一人だけでなく同じ年代の間に確かにあったように思う(とはいっても、サングラスが必要なほどではなかったけれど)。

こんな風に漠然と"明るい何か"が漂っていた(ような気がした)90年代初頭、よく聴いていたのが、ペイル・セインツというイギリスのバンドだった。聴いていたというよりも、虜になっていたという方が近いかもしれない。彼らのファースト・アルバム「The Comforts Of Madness」に詰まっていた音楽は、当時僕が感じていた「明るく透明でキラキラとした将来」というものを音の形として見事に表してくれているようで、「現実」の世界に身を置きながら、それにぴったりと合ったサイズの「音」を身体に纏う、といった感覚があり、彼らの奏でる音の隅々を体全身を通し感じ取れる心地よさがあった。

1990年は、イギリスでは大きな変化のある年だった。そしてまた90sは一般的なディケイドとは違う、ミレニアムというもっと大きな単位での、締めくくりを担う十年でもある。時代の節目がそうさせたのか、単なる偶然なのか、十年以上にわたる長きサッチャー政権が幕を閉じたのがこの1990年という年だった(辞任発表の日が、ケネディ暗殺の日と同じ11/22という、これもまた奇妙な偶然があり。サッチャーは記者会見の場で記者たちから、意図的にこのー意味あるー日を選んだのか? と問いつめられたそうだ)。
ペイル・セインツのソング・ライティングを担当していたイアン・マスターズは1964年生まれ。パンク・ロックに触発された若者らの反抗があっけなく終わった1979年に、保守党の党首だったサッチャーが英国の首相に就任する。このときイアンはまだ多感な15才、ペイル・セインツを結成したのは1987年、23才のときで、まさに彼はサッチャー(&レーガン)の時代に育った若者だ。自分よりもほんの少し年上世代になるパンクス連中やそれとは正反対のヤッピーらを横目で見ながら、そして比べながら、どうもあいつらとは違うんだよなと思っていたのかもしれない。少なくとも、彼の書いた曲からはパンク的な荒々しさやヤッピーの欺瞞的要素は感じとれない。

若者にとって、最悪なものでしかなかったサッチャーの政治力が支持を失い、力をなくしはじめたのとちょうど入れ替わるタイミングに、ペイル・セインツは現れた。教育・福祉予算を削り、国営事業を次々と民営化、第二次産業を冷遇し、金融・サービス産業を推進するサッチャーの政策はあまりにも急速に、そして強行しすぎたため、結果それは失業とテロの芽を生産しているようなものだった。ペイル・セインツ( Pale Saints: 生気のない骸 ーむくろー )というバンド名は、八方ふさがりに陥っていた当時のイギリスの若者たち(しいては自分たち)を言い当てた言葉だったのかもしれない。サッチャーの政策は、2001年から2006年にかけての日本における小泉政権時代の政策と大いに重なるところがある。そして、サッチャリズムの残したものと小泉改革の後遺症というのも、またどこか似たようなものを見せる。将来に希望がもてず、覇気のない若き死者たち(Pale Saints)が育ち、経済成長期に培ったものを全て売り渡さざるを得なくなった末、国としての方向性が見えない荒廃した状態が、十年以上経た今尚続いているような気がするし、何か明るい兆しがある様子も全くといって感じられない。

* Pale Saints (生気のない骸 ーむくろー):
彼らのデビュー・シングル"Barging into the presence of God"のレコジャケを見ると、暗い地下室のような部屋に安置された棺の中で、浮かない顔をしながら目覚めた死者のイラストが使われている。それを見て、saintsは聖人・聖者の意味ではなく死者の意味合いで捉えるのがあっているように思った。

"barging into the presence of god"
PaleSaints-Barging.Into.The.Presence.Of.God-1989.jpg
画像は右リンクより: http://tagong-boy.tumblr.com/post/175142487966/




ペイル・セインツ「サイト・オブ・ユー」歌詞和訳

Pale Saints "Sight of you" - lyrics (songmeanings.com)
http://songmeanings.com/songs/view/114921/
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。


The sight of you makes me feel blue
The things you said make me feel bad
My heart is sad

きみを見ると僕は憂うつになる。
君の言ったことで気分が悪くなる。
悲しいね。


I think of him soaked all in red
I wish him dead
You say that he, you say that he's nothing like me
But how can that be?

血まみれになったあいつのことを考えるんだ。
この世からいなくなってくれ、って。
きみはあいつの事を言う。あいつは僕と同じようにつまらないヤツだって。
そんなわけないだろう。


What can I do? What can I say?
The world was large and I felt very small

僕に何ができる? 何が言える?
この世界はすごく大きくて、僕はちっぽけなんだと感じたんだ。


What's gonna happen?
How will I know when things are back
The way they used to be before?

何が起きるんだろう?
行き詰まっていると、分かるわけないさ。
以前、そうだったように。


The sight of you makes me feel blue
I feel so blue
The things you said make me feel bad
My heart is sad

きみを見ると僕は憂うつになる。
ほんと耐えられないほどにさ。
君の言ったことで気分が悪くなる。
悲しいね。




Pale Saints " The Comforts of Madness "

PaleSaints-TheComfortsOfMadness.jpg
画像は右リンクより: http://tagong-boy.tumblr.com/post/174275241056/


「レコジャケについて」
ペイル・セインツの1st アルバム" The Comforts of Madness (邦題「狂気のやすらぎ」)"は、1990年2月、イギリスのインディ・レーベル「4.A.D. 」からリリースされた。当時は猫ジャケと呼ばれていた(ような記憶がある)。ヴォーン・オリヴァー(v23)によるカバー・デザインは美しく、絢爛なレコジャケで定評あった「4.A.D. 」のバック・カタログの中でも、特に際だっている。この頃は、それまでの版下デザインから、アップル社のマックを使ったDTPデザインへと移行していた時期で、日本では印刷機械の対応がやや遅れていたこともあってまだそう普及はしてなかったが、イギリスではデジタル・データを主流にした斬新なグラフィック・デザインとタイポグラフィが、次から次へと現われていた。(インディ・レーベルから発生していた)イギリスの新しい音楽、そしてそのヴィジュアルのあり方は、輸入盤屋に集まる洋楽ファンの目にはしっかりと留まっていた。この時期、日本では(第二次)バンドブームの最中、それらのヴィジュアルを見るとやたらと色数が多い上、写真や選ぶフォントにもセンスがない、洗練さとはほど遠いものばかりが店頭に並んでいた。まだテレビ・メディアの影響力が強く、そうした媒体に出ていさえすれば、低いハードルでもCDはほどよく売れてくれるわけだから、粗悪乱造なものも多かったように思う。同時代のイギリスの新しい音楽グラフィックと邦楽のものを比べると、明らかな差があった。それは、当時から直感で(デザインの良し悪しを)分かっていた人たちには、はっきりとしていて、20年以上経った今、それらを振り返ってみると、より明確になる。未だ新鮮に見れ何かを感じとれるか、それとも古臭く感じてしまうか、ということで。日本のレコジャケ・デザインのクオリティが上がるのは2年ほど遅れ、ようやく訪れるのだが、イギリスと同じように、小さなレーベルだったり決してメジャーではないミュージシャンが中心になって広がっていく様子だった。
この「猫ジャケ」のバックカバー・デザインをはじめて見たとき、相当な衝撃を受けたのを覚えている。今、見てもそう時代感があるようには思えないデザインだと思う。磨りガラス風の写真をバックに、フォントをレイヤー的に重ね立体感を出した曲目のタイポグラフィは、(版下を使った)アナログ・デザインをやっていると、到底出てこない発想だと感じるものがあった。


「アルバムについて」
「Sight of You」はこのアルバムのB面、最後から2曲に入っていて、A面1目から通して聴いていると、このパートがアルバムの最高潮にあたる感じだ。曲の構成がホント見事なレコード。最後の2曲、「Sight of You」から「Time Thief」と流れてゆく展開は何度聴いてもカタルシスたっぷりで、何といえばいいのか、「Sight of You」のイントロが始まると不思議な高揚感が訪れる。

ヴィニール・レコードが主流だったほんの数十年前、アルバム全体を通して一つのテーマを描くといった「トータル・アルバム」や「コンセプト・アルバム」のあり方は、シングル盤が主流だった時代と比べ、ひとつステップアップした表現方法として音楽ファンたちには歓迎されていた。単にヒット曲を寄せ集めただけのレコードとは違い、よりミュージシャンの表現力や思想的なことにまで、僕たちは読み解くことができたし、そういう深読みするファンに向けて粋な仕掛けを施すミュージシャンも少なくなかった。当然、制作された「コンセプト・アルバム」というものの全てが、いい仕上がりになっていたわけではないが、エターナルな名盤と呼ぶようなアルバムにはある種、共通した要素があったように思う。そのひとつに、アルバムのクライマックス曲に、それまで撒き散らしていた楽曲の集約が見られるということ。
アルバムが終わりに近づくほどに演奏が盛り上がりをみせる曲構成の仕方は、ザ・ビートルズ「サージェント・ペパーズ」のB面ラスト「a Day in the Life」へと集約してゆく一連の流れや、フランク・ザッパ「いたち野郎(Weasels Ripped My Flesh)」 での後半3曲「My Guitar Wants to Kill Your Mama」〜「Oh No」〜「The Orange County Lumber Truck」の怒涛メドレーに匹敵するほどの魅力あるものだし、キング・クリムゾン「RED」を締めくくる「Starless」での名演奏(緊張感と開放感が交互に襲ってくる)にも引けをとらないだろう。「The Comforts of Madness」は、こうしたいわゆる「名盤」と呼ばれる数少ないロック・アルバムと肩を並べるくらいに、完成度のあるものだと思う。


Pale Saints / Sight of you (audio - Album version)
https://www.youtube.com/watch?v=_9yEbIlbock


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2018年05月19日

二年目

Book-PeterHook-JoyDivision.jpg
ピーター・フックの著書3冊、ファクトリー・レコーズ周辺の出来事を書いた「ハシエンダ」、ジョイ・ディヴィジョン時代を振り返った「アンノウン・プレジャーズ」、そしてニュー・オーダー時代の回想録「サブスタンス」と、イアン・カーティスの妻デボラ・カーティスによるイアンとジョイ・ディヴィジョンにまつわる手記。


なぜかふと急に英語の勉強をしたくなった、のがちょうど二年前。カタコトの英語しかできなかったのは長い間のコンプレックスだったが、なかなか本格的に取り組もうという気が起こらなかったのだけど、最近になってようやくその理由がわかった。日本語できちんと自分の考えや意見をまとめ切れなかった、のが大きな一因だったのだと思う。日常的英会話で、簡単な意思疎通を図りたい位なら半年ほど英会話のスクールにでも通えば身について、英語の文脈で感覚的に言葉を発せられるようになるのだと思う。ただ、僕はあまりそういったコミュニケーション・ツールとしての英語を欲しているわけでもなく、英語を自分の母語である日本語にどうやって置き換えるのか、ということに大きな関心がある。なので、まず自分の考えていることや思っていることを、しっかりと日本語で、日本語の文章で書けるようになる、このことがとても大事だった。大げさにいうなら「自分の言葉」を持てないうちは他言語を学んだところで身にはつかないだろう。そういったことを自覚はしてなかったものの、無意識にわかっていたんだろうなと改めて感じた。そして自分の言葉で、普段思っている・考えていることを文章にできるようになってくると、ひとつ変化が欲しくなってくる。「日本語で物事を考える」という行為は、この言語の持つ法則や構造の中で成り立っているものだから、ある程度のところで限界というかパターン化されてしまう。そこで、違った言語がもつ構造や法則を学んで身につけることで、違った日本語の見方が出来るようになるんじゃないだろうかと思うようになった。それぞれの言葉がもつ響きやリズム、そういった装飾的な要素もちょっとした刺激になる。

翻訳はまずはじめ、英語が詳しくないと出来ないんじゃないかという先入観が大きく立つと思うが、実際に自分で(自己流ではあるけど)やってみると、むしろ日本語でちゃんと表現できる能力がないとまず話にならない、そういったことに行き当たる。もちろん英語圏で生活し、十分に細かなニュアンスを知っているほうがいいにきまっているだろうが、英語能力があまり強すぎて日本語がおろそかになっていると、日本語での表現が稚拙になってしまうように思う。「英会話ばっちりです」「ネイティヴ英語理解してます」といったような人たちの中から、翻訳家がまったく出てこないのは、きっとそういうことなんじゃないだろうか、と。翻訳は、英語を勉強しているようで、実は日本語(の文法構造)が良く見えてくる。そういった意味でもとても面白い。

このブログで歌詞訳をはじめ、ジョイ・ディヴィジョンの「The Atrocity Exhibition」の歌詞を和訳しようとしたときに、歌詞を見て単純に訳すだけだとつまらない。やっぱり曲タイトルのルーツになったJ.G.バラードの「The Atrocity Exhibition」をひと通り読んでおかなければいけないな、と思い、そこから英語の原書に手を出すようになった。これが洋書恐怖症を克服するいいきっかけだった。まぁ、実際他にも探してみると、意外と日本語に訳されてない本や過去に一度は出たものの絶版になったままの本が沢山あることもわかってくる。ちょっとづつだけど、世界が広がってく感じなんだ。もし、1980年の5月18日に何も起きてなければ、ここまで強くジョイ・ディヴィジョンに興味を持てたんだろうか、そしてルーツをたどるようなことをしたんだろうかと不思議に思ったりする。


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2018年04月28日

歌詞和訳:"The Mother We Share" by Chvrches


"The Mother We Share" by Chvrches (HostessEntertainment)
日本向けオフィシャル。だけど画質が悪いので、高画質版で見たい方は下記アドレスを。

https://www.youtube.com/watch?v=7uj0hOIm2kY


いや、やっと大好きなチャーチズの歌詞がひとつ訳せて(しかも初めて)、ちょっと自分の中では感慨深いものがある(少し大げさに言い過ぎたかな)。まぁでも、この「The Mother We Share」はとても思い入れのある曲な上に、歌詞も遠まわしな表現を使って書いている感があって、実際何のことを言っているのかつかみづらく、訳すのにけっこう時間がかかってしまった。歌を流し聴きする中で、目や耳で歌詞を追っているときは、頭の中で言葉の意味いくつかはなんとなく絡み合ったりはするが、実際日本語にして書き出すとなると何かしら一つの語に置き換えないといけないし、他にもいろいろ難しい箇所がでてきたりなかなか納得いく歌詞訳にならなかった。また自分の頭の中にあるうちは、誰にも知られないから違っていてもそれでいいんだけど、こうしてつたないながらもネットに書くと、やっぱり誰か上手な人や詳しい人の目に触れる可能性もあるわけで、それは見えないプレッシャーとして冷や冷や感じていたりもする。

で、歌詞の話を続けよう。おおよそはおそらく、同じ方向を向いて一緒に歩んでいた二人が、何かをきっかけにそれぞれ別の道を歩むことになり、互いの結論を出すにいたるまでに経てきた時間・葛藤のことを歌っているのだろうと思う。きっと男と女の恋愛の結末、が主だったんだろうけれども、直接的な表現を使っていないのと、置き換えている言葉やフレーズの説明が明確でないので、もう少し広い解釈での人と人の関係として捉えることもできるんじゃないかと。MVは歌詞や曲のテーマから映像を制作している場合も多いから、何かそこにヒントはないだろうか? と見返してもみるが、何か大事なものを喪失し心にぽっかり穴の空いた女の子が、時空を越え別な世界へ行く、といったファンタジーっぽい世界を描いていて、あまり参考にはならなかった(映像自体はメランコリックですごくいい)。また、海外のLyrics Siteにあるコミュニティなんかをのぞいてみると、チャーチズの歌詞はほんと沢山の解り方をする人がいて、でも決定的にコレだ! というのは出てなかったりする。
この曲は特に "The Mother"の意味が難しく、母たるもの、母性、源、根源、核心といったところが近いのだと思い、そこから、二人の間で共有し大事にしてきた普遍的な価値感、のようなものを指しているんだろうなと解釈した。この箇所は「私たちが共有する核たる部分」という風に訳している。

何年か前まで、僕の音楽に対する興味は、2000年位でぱったりと止まっていて、それ以降のものには全く何の関心も持てず何を聴いても同じように聴こえつまらないなぁと思ってばかりだった(それは音楽だけじゃないが)。そうした状態が随分と長い間続いていたんだけれども、チャーチズの歌うこの「The Mother We Share」を聴いたとき、そうした気持ちが一気に崩れた。なので初めて聴いたときは本当に衝撃的で、高校生だった頃の、知らない音楽ばかりが次から次へと現れるような、何を聴いても新鮮にみえた当時の感覚に近いものがふっと戻ってきた感じがあった。だから、この曲を聴くたびに、なにか今の時代の接点をつなげてくれたというか、ホコリをかぶっていた好奇心を呼び戻してくれたというか、まだ新鮮な気持ちを持てるんだという自信のようなものがわいてくる。


チャーチズ「ザ・マザー・ウィ・シェア」歌詞和訳

Chvrches "The Mother We Share" - lyrics (songmeanings.com)
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107859445636/
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



Never took your side, never cursed your name.
I keep my lips shut tight until you go oh.
We've come as far as we're ever gonna get
until you realize that you should go.

君の味方はしなかったし、名前を呪ったりしなかった。
君が行くまでは、一切喋らないよ。
君が進むべき道を決めるまで、私たちは行くつもりでいる場所に立っている。

* keep one's lips tight(口をつぐんで喋らない・沈黙を守る)、 keep one's mouth shut(秘密を守る): 単語ひとつ二つ違いで、同意語がいくつかある。


Come in misery where you can seem as old as your omens

**( or / I'm in misery where you can seem as old as your omens )
and the mother we share will never keep your proud head from falling.
The way is long but you can make it easy on me
and the mother we share will never keep our cold hearts from calling.

予兆と同じくらい君が老いぼれて見えるようで、私はみじめになる。
**(or / 予兆と同じくらい君が古びてみえる場所で、私は苦悩する。)
そして私たちが共有する核たる部分は、君の誇り高い能力が失せてゆくのを防げない
その道のりは長いけれど、大目に見てね。
私たちが共有する核たる部分は、冷え切った心が目を覚ますのを防げはしないだろう。

** What does the line "Come in misery,
where you can seem as old as your omens" mean?
(reddit.com >> Chvrches)
http://archive.is/looO4
このVerseの冒頭部分、「Come in misery」と「I'm in misery」の二種類があって、歌っているのを聴くかぎりでは「Come in misery」というふうに聞こえるのだが、どっちが正しいかはちょっとわからない。上リンクのコミュニティにそのへんのやり取りがある。

* never keep your proud head from falling: この箇所はもう一つ「君が誇る首位の座から転落するのを防げやしないだろう」という感じもいいかなと思った。



In the dead of night,
I'm the only one here and I will cover you until you go oh.
And if I told the truth,
I will always be free and keep a prize with me until you go oh.

真夜中に、私だけがここにいる。君が行くまで、私が君を守るよ。
君が行くまで、もし真実を語ったら、私はいつでも自由になって自分の大事なものを守るだろう。


Into the night for once, we're the only ones left
I bet you even know where we could go oh oh oh
And when it all fucks up, you put your head in my hands,
it's a souvenir for when you go-o-oh.

夜一度だけ、私たちだけ取り残された。
私たちがどこへ行けるのか、君は知っているんだろうね。
何もかもが台無しになるとき、私の思った通り君は頭を抱える。
それが、あなたが行くときの置き土産なの。




CHVRCHES - The Mother We Shareのライヴ・ヴァージョン。


CHVRCHES - The Mother We Share (Live on KEXP) Recorded September 5, 2013

シアトルにあるラジオ局KEXPが主催し、Doug Fir Loungeという小さなクラブで行ったチャーチズのミニ・ライヴ。ユーチューブでは、We Sink / Lies / Gun / Recover / Under The Tide / The Mother We Share と全6曲の演奏が見れる。合間のトークなども含めたフル・バージョンは28分弱あって、各曲ごとにカットされたエディット版動画がそれぞれある。上動画の冒頭はタイトル・ロゴの入った編集がされた上、いきなり「OK?」という声に続き、謎の言葉を放つ変なキャラ声ではじまるが、これは演奏合間のトーク部分の最後がカットされたもの。(SW大好きな)ローレンちゃんがジャワ族か何かの真似をしているところで、めっちゃかわいい(フル・バージョンでは、23'20" あたりから見れる)。下のGIFがそう。
Gif-Chvrches-MotherWeShare-TalkKexp.gif
*右リンクより:https://gifs.com/gif/chvrches-full-performance-live-on-kexp-DRKYwq

CHVRCHES - Full Performance (Live on KEXP)
https://www.youtube.com/watch?v=ipE-tnRh4fE
http://blog.kexp.org/2013/10/03/live-video-chvrches/






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2018年02月25日

歌詞和訳:"White Fire" by Angel Olsen


Angel Olsen -White Fire (2014)


もう少しペースアップして、上げていきたいと思っているこの歌詞和訳のシリーズ。だけど、新曲のリリースやなんやらで、次から次へと新しいのがどんどん出てくるし、他にも書きたいことや調べものが沢山あるので、なかなか時間が作れなかったり、集中できなかったり。それでも、ほぼ月に一回くらいのペースで継続はできているので、あまり無理せずにやっていければと思う。まぁだいたいが、そろそろ文面の仕上げをしないといけないな、と感じはじめるのがおおよそ一ヶ月の周期だったりで、下書きのようなものは地道に書き溜めていたりする。

今回は、エンジェル・オルセンが2014年にリリースしたアルバム「Burn your fire for no witness」から「White Fire」という曲を選んでみた。このBLOGで今までアップした歌詞和訳が、今回のを含め17曲目になるんだけど、そのうちオルセンの曲が3曲あってなぜか一番多い。特に意識してるわけでもないんで、それだけ気に入ってる証拠なのかもしれない。ただ、彼女の音楽を聴いている回数自体はそれほどでもなく、オルセンの場合は、どちらかというと彼女の書く歌詞の方に惹かれている感じがする。他のミュージシャンたちの歌詞は、音楽にうまくのっかっている感じはあるが、主体はやっぱり音にあるように思う。だけど、オルセンの歌詞は何か深みがある。音楽と一体になりながら体の内側から染み広がってくるような、ぐさりと響く詞を彼女は書いている。そして、歌声、声質と合わさってより歌詞が浮かび上がってくるようにみえる。

この「White Fire」も、聴いていくほどに魅力の増す曲で、知らず知らずのうちに、頭の中に音律が染み込んで離れない。深い深い海の底。海底に沈んだ難破船の中でセイレーンが悲しみの歌を歌い、そして呪われた自身の過去を静かに自問し問い詰めているような、奥底の見えない怖さと寂しげな感じがある。歌詞には、ポーやラヴクラフトあたりのゴシック・ホラー・ノベルが持つ乾いた闇の要素が感じられて、短篇小説特有の映像的なイメージの強さもあるように思う。また歌詞の中には、アルバムのタイトルにもなった「Burn your fire for no witness」というフレーズが出てくるので、シングルカットはされていないけれどもアルバムの中では重要な曲になっているのだろうと思う(シングル曲ではないため、オフィシャルMVは作られてない)。" White Fire " には灼熱、白熱という意味があるみたいだが、単純に「白い炎」というふうにした。


歌詞和訳:"Windows" by Angel Olsen (2016年09月04日)
http://tavola-world.seesaa.net/article/433988057.html

歌詞和訳:"Some Things Cosmic" by Angel Olsen (2017年03月27日)
http://tavola-world.seesaa.net/article/434180121.html


エンジェル・オルセン「白い炎」歌詞和訳

Angel Olsen "White Fire" - lyrics (songmeanings.com)
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107859475106/
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



Everything is tragic, it all just falls apart
But when I look into your eyes, it pieces up my heart
If I only had an answer to put it all to bed
I wish sometimes I could take back every word I've said

全てが悲劇的で、何もかもが砕け散る。
だけど、あなたの目を見つめると私の心はつなぎ合わさる。
全てがうまくいく答えがあったらいいのに。
ときどき、自分の言った言葉を取り戻すことができたらと思う。

* If I only 〜 all to bed: ストレートな意味では「全てを寝かしつける(安堵させる)ための答えがあったらいいのに」。歌詞の前後を見ながら、違ういい回しにした。


I walk back in the night alone, got caught up in my song
Forgot where I was sleeping none of the lights were on
I heard my mother thinking me right back into my birth
I laughed so loud inside myself, it all began to hurt

自分の歌でとばっちりを受け、夜中一人ぼっちで歩いて帰る。
眠っていた場所を忘れてしまった。真っ暗闇だった。
私が誕生した頃を懐かしんでいる母のことを聞いた。
私は心の中で大声をたて笑った。そういったこと全てが苦痛になりはじめた。


So I turned on a picture show,
I disappeared the lines as memories came flooding in
the tears blew out my eyes

それで、私は映画を見た。
思い出が一気に押し寄せ、涙で目が溢れたので私はセリフを消した。


I see an elevator a moment I am above
I look for you or someone who can still remind me of the tight grip
and the sun lick and the calm way of all things summer,
when it's all here and it's all new and you're not hungover

私は上にいて、ほんの瞬間、エレベーターを見る。
そうして私は、あなたか、じりじり照りつける太陽や、
夏のあらゆるものが持つ穏やかさを私にはっきりと思い出させてくれる誰かを探す。
夏にはすべてがここにあり、すべてが新しく、あなたは二日酔いじゃない。


Fierce and light and young,
when you don't know that you're wrong or just how wrong you are

激しく、軽快で、未熟だ。
自分が間違っていることがわからないとき、あるいは、どうして間違っているかを知らないときは。


My feet are always heavy as I inch toward the door
I thought we'd leave this for ourselves a hundred times before,
but I guess we're always leaving even when we look the same
and it eases me somehow to know that even this will change

扉に少しづつ近づくと私の足はいつも重くなる。
以前100回も、自分たちのため、これにケリをつけるのだ、と考えた。
だけど、同じものを見るときでさえ、私たちはいつも離れていくのだろう。
そして、こんなことさえ変わっていくんだと分かることで、どうにか私は楽になる。


If you've still got some light in you, then go before it's gone
Burn your fire for no witness, it's the only way it's done
Fierce and light and young
Hit the ground and run

もしあなたの中にまだ少しの灯し火が点いているのなら、消えないうちに去るんだ。
目撃者がいなくとも火を焚くんだ。それが唯一の方法。
激しく、軽快で、未熟で。力の限りぶつかってみろ。

* Burn your fire for no witness: このフレーズはアルバムのタイトルになっている。



Angel Olsen performs White Fire (Live on Sound Opinions)
https://www.youtube.com/watch?v=DwwMz9EErbU
このスタジオ・ライヴ・バージョンもいい。



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2018年01月18日

歌詞和訳:"Over Everything" by Courtney Barnett & Kurt Vile


Courtney Barnett & Kurt Vile - Over Everything (Official Video)


とくに何をするでもなく、ユーチューブが勝手に曲を再生してくれるのを流し聴きしていたときに、妙に耳に残るメロディがあって、でもそのときはどこかで聴いたことのあるような、懐かしい曲だなと思うだけで別に気にするでもなかった。だけど、どうも身体がこの曲のメロディをすっかり覚えてしまっていて、体を動かすたびにふと、おぼろげに記憶しているフレーズをハミングしていたりし、ああこれは誰の曲だっけ? と、ようやく music detective モードのスイッチが入る。

「Over Everything」は、コートニー・バーネット&カート・ヴァイル、という音楽好きにはけっこう名のれた二人のシンガーによる初コラボレーション曲。去年、2017年の8月リリース時にはけっこう話題になっていたみたいだ。そして、とくにコートニーのほうは、3年ほど前に音楽誌などで大きく取り上げられていて、カートよりかはやや知名度がある感じ。ネットの記事も沢山ありどれも評価が高かった。僕は初期クリエーションや、英国のネオアコの音を思い出してしまって、どうも涙腺がゆるんでしまう。なもんで、歌詞訳を口実に曲の紹介をしてしまおう。交互に歌うデュエット・パートの映像を入れ違いにしているという、ユニークな演出の MV も面白く、シンプルかつ控えめな撮り方は決して音楽の邪魔をするでもなく、より楽曲の魅力を引き出している感じがあって、音とすごく合っているように見えた。

デュエット曲なので、二人が交互に歌っていくスタイル。歌詞は交換日記風のやりとりで相手のメッセージに呼応している風だ(ぼやいているような)。それは MV の映像にも表れていて、アメリカのどこかスモール・タウンで弾き語るカートと、オーストラリアの牧歌的な自然の中で歌うコートニーの姿がうまくスイッチングしている。大まかな歌詞の構成は以下のとおり。
verse 1: Kurt part / verse 2 & 3: Coutney part
verse 4 & 5: Kurt part / verse 6: Coutney part / verse 7: Coutney & Kurt


軽く検索してみたけれど、この曲のレビュー記事はいくつかあったが、和訳は見当たらなかったので、多分うちが初だと思う。



コートニー・バーネット&カート・ヴァイル「 Over Everything 」歌詞和訳

Courtney Barnett & Kurt Vile "Over Everything" - lyrics
(from their youtube channel) https://www.youtube.com/watch?v=3KNsBCf34fQ

メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



When I'm all alone on my own by my lonesome
and there ain’t a single 'nother soul around
I wanna dig into my guitar bend a blues riff that hangs over everything

一人ぼっちで寂しくいて、周りに同じ境遇の人がいないとき、
ギターに熱中して、あらゆるものを覆い隠すブルースのリフを弾きたいんだ。


When I'm by myself and it’s daytime cuz down-under
or wherever it is I live when it's evening
You know I speed-read the morning news
and come up with my own little song also...too

一人でいて、オーストラリアがお昼のとき、あるいはどこにいようとも夜になると私は元気になる。
朝のニュースを読み流して、鼻歌を思いつくことも、知ってるでしょ。

* down-under : イギリスから見たときに、地球の反対側の場所を指す言葉で、南半球のオーストラリアやニュージーランドを意味する。このパートはコートニーが歌っているので、自分の出身地を言っているのだろうと思う。


When I step outside to a beautiful morning
where the trees are all waggin', my hair-flag waving
The scenery ragin', my life/love cascading,
and the smog hangs over everything

きれいな朝の世界に一歩踏み出してみると、
そこでは木々がみな揺れていて、私のしんなりした髪も揺れている。
景色は荒れ狂い、私の人生と愛も滝のように流れ落ちる。そして煙霧がすべてを覆い隠す。


When I'm outside in a real good mood
you could almost forget bout all the other things
like a big old ominous cloud in my periphery

僕が上機嫌で外にいると、
君は僕の傍らにある、不吉で古びた大きい影のような他のこと全部を忘れるだろうよ。


Don’t wanna talk about it
Simultaneous I shout it

そのことは話したくないんだ。と同時に僕は叫ぶ。


When I was young I liked to hear music blarin'
and I wasnt carin to neuter my jams with earplugs
But these days I inhabitate a high-pitched ring over things
so these days I plug em up

若い頃は音楽を大音響で聴くのが好きだったし、
耳栓をつけて自分のジャム(演奏)を抑制するのも気にしはしなかった。
でも最近じゃ、何よりも甲高い響きのなかに住んでるよ。最近は、それにも栓をするんだ。

* carin : 最初何の単語かよくわからなかったが、care の ing 形だと気づいてそういう解釈にした。
「気にかける、気遣う」といった意味合いかと。


When I'm strugglin with my songs I do the same thing too
and then I crunch em up in headphones, cause why wouldnt you?
You could say I hear you on several levels at high decibels over everything

自分の歌と向かい合うとき、私も同じ事をする。
そういうときはヘッドフォンの中でガリガリさせる。あなたもそうしてみたら?
すべてに関わるハイ・デシベルにも、いろんなレベルがあるんだね、そう言っていい。


When I'm all alone on my own by myself
and there and another single one around
I wanna dig into my guitar, bend a blues riff that hangs... over everything

たった一人、本当にひとりぼっちでいると、ほら、周りに同胞がもう一人いて、
僕はギターに夢中になる。そしてあらゆるものを覆い隠すブルースのリフを弾きたいんだ。






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2017年11月30日

歌詞和訳:"Let's make some plans" by The Wedding Present


The Wedding Present - Let's Make Some Plans


ザ・ウェディング・プレゼントの「レッツ・メイク・サム・プランズ」については以前に書いたことがあるので二回目になる(過去記事を改めて見返すと、もう五年前のもので懐かしい)。そのときはレコード・コレクションにまつわるものだったが、書きたかったことはほぼ書いていた。そんなわけで、さらに新しく加えるような事も特になく、今回は歌詞の訳だけに。というのもなにか寂しいので、少し簡単に紹介しておこう。この曲はウェディング・プレゼントのオリジナル曲ではなく Close Lobsters というバンドのカバー曲になる。1992年の一年間、ウェディング・プレゼントは「The Hit Parade(ザ・ヒット・パレード)」という名で、毎月一枚づつシングルを発表してゆくマンスリー・プロジェクトをはじめた。A面にオリジナル曲、B面にカバー曲を演奏するというスタイルで計12枚のシングルがリリースされ、「 Let's make some plans 」はちょうど、プロジェクトの折り返し地点になる6月にリリースした「California」という曲のB面に収録。
この「The Hit Parade」シリーズは、毎回、その月の数字をレコジャケに大きくあしらっていて、デザインも楽しみだった。どれもブラウン管に映しだされた数字のクローズアップ写真が統一フォーマットの中にレイアウトされていて、一点一点単独で見ると緩さのある少しラフな印象がしたが、12か月分、計12枚を通して並べると不思議にも現代美術作品やコンセプチュアル・アートのように見えてしまう。

サビ部分のメロディと "Let's make some plans " というフレーズが、妙に耳に残る曲だけれど、いま一つ歌詞の意味は捉えられなかった。特に Verse2 の " Twelve million ... the mountain, the light bulb and the lake " の箇所は何のことかさっぱりと分からずで、「万物には全て、存在する理由がある」といったことを言おうとしているんじゃないかと思った。


● "Let's Make Some Plans" by The Wedding Present
 (2012年12月07日)
http://tavola-world.seesaa.net/article/305669706.html


ザ・ウェディング・プレゼント「レッツ・メイク・サム・プランズ」歌詞和訳

The Wedding Present "Let's Make Some Plans" - lyrics (songmeanings.com)
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107859519232/
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。


Let's make some plans because they can't go wrong
Getting there may be times three maybe not
To loosen your lips, you're talking rubbish
To loosen your whole mistaken tenfold

失敗しないのだから、計画を立てよう。
3倍、うまくいくかもしれないし、そういかないかもしれない。
君は秘密を喋るために、たわごとを言っている。
自分の過ち全てを10倍に薄めるために。

* loosen one's lips : 「秘密をしゃべる」の意味がある(ただ若干出所不明なところがある)。


Twelve million good reasons against the mountain, the light bulb and the lake
You mean to loosen your lips, you're talking rubbish
and loosen your neck, you're talking rubbish

山や白熱電球、湖に対する1200万のもっともな理由。
君は秘密を喋るつもりで、くだらない事を話している。
そして、首をほぐし、たわごとを口走っている。


Let's make some plans, make some plans...

さぁ、計画を立てよう…。




The Wedding Present "The Hit Parade" 7 inch singles set
下写真は「ザ・ヒット・パレード」のシングル・セット。1月にリリースされた最初の一枚が抜けているが、残り11枚をシンメトリーな絵になるように配置し、商品写真として上手く見せている。この構図をみて、ピンク・フロイド初期のライブ・アルバム「ウマグマ」の裏ジャケを思い出してしまった。
TheWeddingPresent-HitParade-12eps.jpg
* 画像は右リンクより: 
http://tagong-boy.tumblr.com/post/168013846631/

PinkFloyd-Ummagumma-1969-back-cover.jpg
Pink Floyd "Ummagumma" back cover
* 画像は discog より: https://www.discogs.com/ja/artist/45467-Pink-Floyd




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2017年10月19日

歌詞和訳:"Gravity" by Anekdoten


Gravity - Anekdoten

北欧スウェーデンのプログレ・バンド「アネクドテン(Anekdoten)」。
Anekdoten は英語の Anecdote にあたるスウェーデン語で、話や奇談の意。バンドについてはあまり詳しいことは知らず、とくに追いかけて聴いていたわけでもないんだけど、この「Gravity」という曲がほんと好きで、聴きはじめるとけっこうエンドレスになっていることが多い。2003年6月リリースのアルバムより。
もし、全盛期のキング・クリムゾン(アルバムで言うと「暗黒の世界」から「RED」にかけて)が、タイムスリップをして、現在にやってきたらきっとこんな感じの音で演奏をしていたんだろうなと思ってしまう。メロトロンの大洪水をバックにして、歪んだギターと泣きのメロディが足踏み合わせ重戦車のごとく突き進んでいく感じがけっこうたまらない。
今回訳詞では、重厚でドラマチックな音楽に合った幻想SF風の神秘的な歌詞に合わせ、各単語もそれらに見合った意味合いになるよう、かけ離れない程度に少し強調してみた。例えば「fiery angels」は(燃え立つ天使たち → 炎をまとった天使たち)という風に。



アネクドテン「重力」歌詞和訳

Anekdoten "Gravity" - lyrics (songmeanings.com)
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107858715614/
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



Soon an angel's leaving, they're ruled by laws of gravity.
Soon this door is closing and you'll never know unless you go.
No, you'll never know if you won't go.
Wishing well of wonders, glitter box of dreams inside lie bitter pills.
You know I never wanted to sing for your lover,
but the angels sang of love and outside the night was falling.

間もなく一人の天使が去り、重力法の支配下となる。
すぐにこの扉は閉まり、君は行かなければ分からない。
そう、もし行かないのなら決して分からないだろう。
奇跡の願い井戸と、苦い薬の入ったキラキラ輝く夢の箱。
僕が君の恋人のために歌いたくなかったのはわかるだろ。
天使たちは愛を歌い、外はすっかり夜になっていた。

* laws of gravity : ニュートンの万有引力の法則の英語綴りは「Newton's law of universal gravitation」。歌詞では、laws of - となっているので、法律・法令の意味でとった。


Fly - fiery angels, kiss the sky, won't you shine your light down on me?
Fly - through the blazing cosmic eye, no, you'll never know if you won't go.
Eleven ways to lose your mind, seven ways to shine,
four doors that may take you in, one that's closed behind.
I should have seen you leaving but I never thought you'd go.
No, I never thought you'd walk away.

さぁ飛んでゆけ! 炎をまとった天使たちよ。限りなく空高くへ。その明かりで僕を照らしてくれないか。
さぁ飛べ! めらめらと燃える宇宙の目を突き抜けて。しかし、行かないのなら決して分からないだろう。
正気を失うための11の方法。そして輝くための7つの方法。
君を引き入れる4つの扉。後ろで1つが閉まった
君が去るのを気付くべきだった。しかし、行ってしまうとは決して思わなかったんだ。
そう、君がどこかへ行くだなんて考えはしなかった。

* 「11」と「7」と「3」 : 出てくる数字には何かの意味があるんだろうな、と思い考えてみたら、この三つはちょうど素数だった。三番目に登場する4つの扉は1つが閉まったわけだから、開いている扉は残り3つということになる。見えない法則だったり、神の定めた規律(逆らえない運命)みたいな意味合いを示しているのかもしれない。


It's getting dark, too dark to see and angel's a long time gone.
Too many things I can't combine with logic reason.
How can I tell the black from white if all is black and blue?
God knows where I'm going when the keeper waves me through...

暗闇が訪れ、何も見えない。帰りの遅い天使。
つじつまのあわないことが沢山だ。
もしすべてが黒と青(全身あざだらけ)なら、どうやって、善悪の判断をつけられるんだ?
番人が僕に手を振り通してくれるとき、僕がどこへ行くのかは誰もわからない。

* tell black from white : 「善悪の判断をつける」(直訳:白と黒を見分ける)
http://eow.alc.co.jp/search?q=%5Btell%5D+(A%7C%7B1%2C2%7D)+from
このイディオムと続く「black and blue(あざになるの意)」の箇所は、色と二つの意味がかかった言葉遊びになっているんだろうな。






Anekdoten - Gravity ( Live at Progressive Circus, Malmö, Sweden 2016 )
https://www.youtube.com/watch?v=EHGY8qknbmY
このライヴ・ヴァージョンもすごくいい。



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2017年08月21日

歌詞和訳:"Primitive Painters" by Felt



Felt (feat Elizabeth Fraser) - Primitive Painters
予備: https://streamable.com/p0w49

この曲に MV があったのかどうかは記憶にないのでわからないが、Youtubeを検索するとそれらしき映像がひっかかる。一応は観てはみたものの、(多分)古いVHSから起こしたものっぽく、画質が良くないし完成度もあまりいいものでもないんで、音源のみの動画埋め込みで。
また、上に貼ったその動画のサムネイル画像は、"Primitive Painters" の再発盤 Maxi-CD のジャケットを使用したもので、オリジナル・アナログ盤のカバーじゃない。「Primitive Painters」はフェルトの中でも特に人気のある曲だったが、この12インチ盤は(なぜか)長らく廃盤状態が続いて、けっこう入手しづらいレコードだった。なのでずいぶん経ってから、皆がレコードを探し疲れたような頃に突如再発され、そのこと自体は嬉しかったんだけど、その時、店頭に並んでいたリイシュー盤の「Primitive Painters」は、初回オリジナル盤のレコード・ジャケットとは全然違うデザインになっていて、その瞬間、喜びは半減してしまった。まるでプロモ盤の封入カードのような、そつなくまとまった味気ないジャケット・デザインにはがっかりするファンも多かった。本来なら「音」が聴ければ、その他の要素はさほど重要でないはずだが、レコードの時代はヴィニールの円盤と、それを包む正方形のジャケットの結びつきは相互に影響しあっていたところがある。フェルトのレコジャケについては歌詞訳の後で軽く触れてます。


「Primitive Painters」の英語歌詞のテキストについて少し
この曲、ヴォーカルを含め全体的にリバーヴがかかっている上に、アレンジの影響でヴォーカルが楽器の音に埋もれてしまっているため、歌詞が非常に聞き取りづらい(おまけにコーラスで参加しているエリザベス・フレイザーは英語ではない造語のような歌を唄うので余計に意味不明度が増している。もちろん、これがプロデューサーであるロビン・ガスリー特有の音作りなわけだが)。多分、ネット上にあるこの曲の英詞はヒアリングによるものだと思うが、主に参考にした「 songmeanings.com 」にあるものはコーラス・パートに一部歌詞の抜けがあったり、また若干違うだろうと思える箇所もあり、もう一つの歌詞サイト「 lyrics.wikia.com 」を見つつ、この2サイトにある歌詞を比較しながら、一部を補足・良いと思う方を選択した。「 lyrics.wikia.com 」に載っている歌詞を参照した部分は「茶色文字」で表記している。
*また、このBlog記事を下書きしている最中、ユーチューブの動画コメント欄に載っていた歌詞に Paul Whaleron さんが訂正箇所を指摘していたので、それも参照し追加訂正した。打消し線部分が訂正前のもので、(改めて聞き直し確認したあと)おそらく正しいだろうという英語を後ろに続けた。
さらに、この曲の詞を書いたローレンスが歌詞について答えているインタビューがあり、それを参考にしながら訳した。結果、意外と手間がかかってしまったが、いい新解釈版になっていると思う。



フェルト「見習い画家(プリミティヴ・ペインターズ)」歌詞和訳


Felt "Primitive Painters" - Lyrics ( songmeanings.com & lyrics.wikia.com )
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107858590662/
http://lyrics.wikia.com/wiki/Felt:Primitive_Painters

メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



I just wish my life could be as strange as a conspiracy.
I hold out but there's no way of being what I want to be.
Dragons blow fire, angels fly, spirits wither in the air.
I'm just me I can't deny, I'm neither here, there nor anywhere.

僕の人生が陰謀のように予想のつかないものだといいのに。
僕はそう思い続けるが、なりたいものになる方法はない。
竜は火を吹き、天使は飛び立ち、精霊は大気の中で姿を消す。
僕は僕だから、拒めやしない。僕はここにも、あの場所にも、どこにもいないんだ。


* conspiracy : 歌詞の意味とは直接関係はないが、面白い表現があったので記しておきたい。
英語では「ワタリガラスの群れ」のことを " conspiracy(陰謀)" という風に言うんだとか。

What is a group of ravens called?: https://www.quora.com/What-is-a-group-of-ravens-called


Oh you should see my trail of disgrace,
it's enough to scare the whole human race.
This is a new trance, yeah, an entrance too.
And there's a look on your face, it's a human race
and if you just can't stand it you just keep saying 'I swear'.

僕を反面教師にするといいさ。全人類を怯えさせるには十分だ。
これは新たな恍惚の訪れで、そう入口でもある。
君の顔つき、それこそ人なんだ。
もし君が我慢できないなら 君はいつもの口癖を言う「僕は誓うよ」って。



I don't care about this life, they say there'll be another one.
Defeatist attitude I know, will you be sorry when I've gone?
but you'll be sorry when I've gone.
Primitive painters are ships floating on an empty sea, gathering in galleries.
We're stallions of imagery.

僕はこの人生を気に掛けちゃいない。また別の人生があるだろうから。
敗北主義者の態度だって分かってはいるさ。でも、僕がいなくなったら君は後悔するだろうね。
駆け出しの画家たちは画廊の常連で、干上がった海に浮かぶ船でもある。
僕たちは想像力に溢れているんだ。


* Primitive painters are.., gathering in galleries: この箇所は、画家の世界を海と船の関係に例えているように思った。"干上がった海に浮かぶ船" というのは、まだ航行する場所(=発表の場・あるいはマーケット)が存在せず、一艘の船(=一人前の画家)としての役割を果たせないでいる状況のことを言っているように思える。曲のタイトルにもなっている「Primitive painters」、これは最初どういう訳がぴったりくるのかけっこう悩んだ。もっとも単純に意味をとると「原始的な絵を描く人」になるがやっぱり何かが違う。しかし他の部分を訳していくうちに "Primitive" は "未熟な" や "初歩的な" という意味合いなんだなと思え、そこから "駆け出しの / 見習いの" という風にした。分詞構文 "gathering in galleries =画廊に集まって" の箇所は、前文と噛み合うようにするために少し名詞的に意訳し「画廊に集う=常連客」という風に訳した。



ローレンスのインタビュー記事:「Primitive Painters」について語る
「UNCUT」というイギリスの音楽サイトに、フェルトのヴォーカリスト、ローレンスのインタビュー記事があって「Primitive Painters」についてを語っていたので、以下歌詞に関する部分を少し引用、また今回の歌詞訳の参考にしている。とてもしっかりとしたインタビューで、「Primitive Painters」のレコーディング過程や、どのようにして歌詞や曲が出来たのか、またロビン・ガスリーがなぜプロデューサーとして関わるようになったのか、あるいはエリザベス・フレイザーとの共演にまつわるエピソード等々の制作秘話を、ローレンスが答えている。けっこう内容の濃い記事なので、そのうちに、他の部分も訳してみたい。

An interview with Lawrence: "'Primitive Painters' was this great big statement, Felt were going to be massive."
(UNCUT / Michael Bonner / Jul. 2015 )
http://www.uncut.co.uk/blog/the-view-from-here/an-interview-with-lawrence-primitive-painters-was-this-great-big-statement-felt-were-going-to-be-massive-69839


Q: どこで歌詞がひらめいたの、歌詞ノートを持っているとか?
ローレンス: モーズレー(バーミンガムの約5km南にある街)にあるキッチンに座っていたときに書いたんだ。どんなふうにひらめいたのかはわからない。他の曲はすべて書き終えていたから、あれは「 Ignite the Seven Cannons 」の最後の曲だったんだろう。だからあれは、(僕が書いた)最後の歌詞だっただろうな。何か特別なひらめきの瞬間があったとは言えないんだ。


Q: Where did the lyrics come in, do you have books of lyrics?
Lawrence: I was sitting in my kitchen in Moseley doing it. The lyrics, I don’t know how they come about. That would’ve been the last song on Ignite the Seven Cannons, because I had all the others written. So that would’ve been the last lyric I wrote. I can’t say there was any special moment that made me come up with it.



Q: この歌の説明してもらえる?
ローレンス:「Dragons blow fire...(歌詞部分省略)」 
これは、選ばれた集団の中に入りたいってことなんだ。
「Primitive painters are...(歌詞部分省略)」
パブじゃなく、ギャラリーにたむろしている本当にいかした連中を想像してごらん。僕の着想はそういうものだった。


Q: Can you explain the song?
Lawrence: "Dragons blow fire, angels fly, Spirits wither in the air / It’s just me I can’t deny I’m neither here, there nor anywhere".
It’s about wanting to be in a select group.
"Primitive painters are ships floating on an empty sea, gathering in galleries".
Imagine groups of really cool kids hanging out in galleries, not pubs.
That was my sort of conception.



Q:  君のことだったの?
ローレンス: ああ、僕のことだよ。僕はいつも気づいたら、一人でギャラリーにいるんだ。そんなとこかな。


Q: Was that you?
Lawrence: Yeah, that's me. I'd always find myself in a gallery on my own, y’know.



Japanese translated by Tagong-Boy
Original text by Michael Bonner (for UNCUT)


フェルトのレコジャケをデザインしていた「シャンハイ・パッケージング・カンパニー」について

Felt-PrimitivePainters.jpg
"Primitive Painters" のレコジャケ、初回盤。表面と裏面。(*画像はdiscog.comから)
PIL「Second Edition」のポスターや「時計じかけのオレンジ」のポスターが写っている。
デザインは Shanghai Packaging Company。何かふざけた名前だが、覚えやすいのでいいネーミングだと思う。これ、中国語で書くと「上海包裝設計公司」みたいになるのかな。
写真はミック・ロイド(Mick Lloyd / 1984年まで在籍していたFeltのメンバー、ベーシスト)。

The Durutti Column "Without Mercy" や Joy Division "Still" のレコジャケなどで使用していたボール紙に似た紙質のスリーヴにモノクロ1色だけを使った印刷で、ファクトリー・レコーズ風のざらっとした雰囲気があった。多分(酸度の強い)廉価な紙だったろうから、中古盤で流通していたものには端っこに黄ばみの出ているものが多く、コンディションの良いものに遭遇することがあまりなかった。
イギリスのe-bayを見ると現在 "Primitive Painters" の12インチは、だいたい30-35ポンド(約5,000円 / *1ポンド=142円で計算)の価格帯で出品されている。


上海パッケージング・カンパニー = ローレンス説(?)
ザ・シャーラタンズのヴォーカリスト、ティム・バージェスはフェルトの大ファンとしても知られている。「The Quietus」というサイトが、ティム・バージェスにフェルトの魅力についてを語ってもらうというインタビューをしていた。その中でティムはミュージシャン目線による、少し違った視点のフェルト像を語っていて、フェルトのまた新たな一面を知ることができる。今回、「Shanghai Packaging Company」の話が最後の方に出ていたので、少し気になった。このインタビューを読むと、ローレンスは「上海パッケージング・カンパニー」というペンネームを使って、フェルトのアートワークを手がけていたことになる(&他いくつか)。これは初耳だったし、(日本では)あまり知られていないことだと思うが、真偽のほどはどうなんだろう。もしそうだとしたら、プライマル・スクリームの「Come Together」のジャケット・デザインはローレンスが手掛けたことになる(* フェルトのキーボーディスト、マーティン・ダフィ(Martin Duffy)は、プライマルの最初の2枚のアルバムにキーボードで参加していて、フェルトが解散した1989年の終り、プライマル・スクリームに正式加入したので、マーティン経由で話が進んだ、という可能性はある)。ローレンスが実際に手を動かしデザインをしていたのか、それともディレクター的な役割で制作の指揮・統括をしていたのか、という部分にまで触れている情報が見当たらず判断の難しい感じはあるが、discog.com に載っている「Shanghai Packaging Company」のプロフィールを見るとやはり 'Artwork from Lawrence credited to the "Shanghai Packaging Company".' とあるので、ほぼローレンスの変名だとみて問題ないと思う。


Q: ローレンスは「上海パッケージング・カンパニー」という名でフェルトのアートワーク全てを担っていたね。君は今までに、自分の楽曲リリースのアートワークで彼を起用することを考えたことはある?
TB:  そのうちにね。


Q: Lawrence was responsible for all Felt artwork under the moniker Shanghai Packaging Company. Did you ever think of using him for artwork on your own releases?
TB: Maybe in the future.



Tim Burgess On Loving Lawrence & Felt, "Birmingham's Best Band"
(The Quietus / Wyndham Wallace / Jul. 2011)
http://thequietus.com/articles/06604-felt-lawrence-tim-burgess-interview


上海パッケージング・カンパニー名義でデザインされたレコジャケ
Felt.Crystal Spires-P.Scream.ComeTogether.jpg
Felt "Rain Of Crystal Spires" (Sep. 1986)
Primal Scream"Come Together" (Aug. 1990)(*画像はdiscog.comから)



英国のインディ・シーンとグラフィック・ムーヴメント
1980年代後半から90年代初めにかけてのイギリス音楽シーンは、個性的なインディ・レーベルが数多く現れ、また支持されていた。そこでは、主役のミュージシャンだけではなく、レコード・ジャケットや告知ポスターなどのデザインを手がけるグラフィック・デザイナーたちにも活躍する場が用意されていた。彼らは、クラシカルで職人的、そしてやや業務的で無難なデザインに陥りがちなメジャー・レーベル御用達のデザイナーたちよりも、世代がひとつふたつ若く、新しい感覚を積極的に打ち出し、自分たちと同じ世代の音楽を、レコード・ジャケットというフォーマットの中で上手に視覚化することで、より多くのリスナーの興味をひきつけることに成功していたように思える。レーベルごとに、音楽の傾向が違っているので、当然そこから派生し誕生するレコード・ジャケットのグラフィック・アイコンはそれぞれに特徴があった。ピーター・サヴィル、ネヴィル・ブロディ、そしてマルコム・ギャレット。この3人が、新しい時代のグラフィック・デザインを牽引する才能としてよく取り上げられ、デザインの世界では知られた名前だった。他にもヴォーン・オリヴァーやマーク・ファロウ、ミー・カンパニーなどの人気のあるデザイナーたちがいて、新しいレーベル、新しいミュージシャンが現れるたびに、新しいグラフィックも生まれ、いい刺激の循環が巻き起こっていた。リスナーはただレコードを聴くだけではなく、レコジャケと音、この両方を同時に楽しみながら、聴覚と視覚から受けるイメージの広がりや差異というものを個々に体験できていたような気がする。
この英国発のグラフィック・ムーヴメントの盛り上がりには、インディ・レーベルの存在が大事な役割を果たしていたのは確かだが、もう一つ大事な要素があった。それは、この頃からアップルのPC「マック」が、デザインの分野でも使われはじめ、この新しい道具のもとで、今まででは出来なかったような自由なタイポグラフィやレイアウトが可能になったことも大きい。

イギリスで起こっているこうした盛り上がりは、タイムラグもあまりなく日本にも届いていて、イギリスと同じような動きが日本でも起きていた。イギリスのインディ・シーンに影響を受け呼応した日本のミュージシャンたちがバンドや自分たちの小さなレーベルを作り、活動しはじめ、それはやがてメジャー・レーベル傘下で立ち上げられた新しいレーベルへと移って次々とリリースが決まっていった。そのレコード(このときはほぼCDだった)のジャケットは、やはり新しい感覚の世代が中心になってデザインをしパッケージングされてゆく。もちろん、音、ヴィジュアル共、まだ洋楽の模倣にはすぎなかった部分もあるが、新しいデザイン・ツールになろうとしていた「マック」を使って、グラフィック・デザインがどんどん進化していったのが、日々分かるくらいだった。渋谷系と呼ばれはじめる少し前の時期。
また日本独自の規格だった縦長8cmシングルのジャケットが、この頃から洋楽ではお馴染みの形態 MAXI-CD に変わっていき、カップリング曲にはインストゥルメンタル(カラオケver.)ではなく、リミックス・ヴァージョンが収録されるようになる(このときときはまだ通常CDの形態で収録曲数が少ないミニ・アルバムという扱いで、のちに薄型 MAXI-CD サイズに変わり普及してゆく)。これは、デザイン主導で規定のフォーマットが変わってしまったという珍しい例だった。もちろん楽曲をリリースするミュージシャン側からの強い要望があったからだが、英国のインディーシーンを聴いていた世代に、「縦型8cmサイズのCD」は全く魅力に欠けてみえていた。こうした需要側の意識、そして供給する側の意識を、デザインの力で改善していったようなところがあり、こういうこともあるんだなと、その変わってゆく様・変化のあり方を見ているのは面白かった。

デザインやアート系の限られたジャンルではあったけれども、この時期の英国のグラフィック・ムーヴメントは雑誌などでもいくつか特集が組まれていた。以下二冊紹介。当時巻き起こっていた時代の破片のようなものが、今もまだ目に(手に)することができて、かつ資料的な役割を果たしているのは、やっぱりいいもんだ。


「デザインの現場 No.47」1991年4月号・特集:レコジャケ天国
この号では、イギリスのインディ・レーベルから広がりを見せたレコード・ジャケットの特集をしていて、「上海・パッケージング・カンパニー」のデザインも少し載っていた(この本、実家に置いているため今は手元になく詳細を確認できない)。おそらく、日本の紙媒体で、「上海・パッケージング・カンパニー」のデザインが掲載されているのはこれだけだと思う。
Mag-DesignersWorkshop-Apr-1991.jpg
雑誌バックナンバー販売「art-blue」さんのHPにはこの号の表紙画像の他、目次も載っている。
http://www.art-blue.jp/dg/1991/047.html


今ではコンピュータもかなり進歩して、コンピュータでかける線の質も、従来のロットリングでかくよりもずっとよくなっているね。(ブレット・ウィッケンス )

ロットリングやら雲形定規やらいっぱい入っている大きな引き出しがスタジオにあって、以前はいつも使っていたんだけど、マッキントッシュを入れてこの一年はこの引き出しをあけてないよ。(ピーター・サヴィル)


「デザインの現場」1991年4月号 / ピーター・サヴィル・インタビュー "10%の哲学"より
http://guilty-partner.blogspot.jp/2013/02/19914.html
特集記事の一つ、Peter Saville のインタビューが上記リンク先で見れる。
サヴィル、そして彼と共に仕事をしていたウィッケンス、この二人がインタビューに応え、1990年前後のイギリスにおけるデザイン業界がどんな風だったかや、わりとテクニカルな事についてを語っていて今読んでも面白い。この時期はまだ今のような完全なDTPになっておらず、マックは版下作業と並存しながらぼちぼち導入されかけている頃だった。


Art Random No.66 "New British Graphic Gesigners" (1991)
アート・ランダム:66号「ニュー・ブリティッシュ・グラフィック・デザイナーズ」
Peter Saville, Malcolm Garrett, Neville Brody の3人を特集している。
ArtRandom-66-NewBritishGraphicDesigners.jpg
画像は右リンクより: http://tagong-boy.tumblr.com/post/164219113506/

京都書院から「Art Random」という名で刊行されていた、全102巻のアート作品集シリーズがあった。有名無名を問わず、この時代、話題になっていたアーティストの作品を取り上げていて、洋書店などのアート本を取り扱う書店で人気があった。都築響一さんが編集をしていたため、どっちかというとマニアック寄りで、アウトサイダー・アートなものが多い。結果混沌・ボーダレス・ジャンルなセレクトになっていたが、まだインターネットの普及してない時代、聞いたこともないようなアーティストの新鮮な作品が次々に見れて楽しかった。第1号の大竹伸朗で始まり、ウィリアム・バロウズのショットガンペインティング(キャンバスの前に色スプレー缶を置き、それをショットガンで打ち抜いて破裂によって出来るインクの広がりを絵にしたもの。アクション・アートのひとつ。Youtube にその様子を記録した映像がいくつかアップされている)が最終号となって締めくくられているのが、このシリーズの特異さ・新しさを意味しているようにも思う。
右リンク先にバックナンバー一覧がある。http://www.miyaobi.com/kyotoshoin/artrandom.html


他、参考にしたサイト等

Felt -tribute site-(フェルトのファン・サイト)
http://felt-tribute.webs.com/


Felt - Primative Painters (Live at ULU London, UK, 1987)
https://www.youtube.com/watch?v=MwyZqjMiGXI
チェリー・レッド・レコーズのオフィシャル・チャンネルに「Primative Painters」のライヴ映像がある。



posted by J at 07:00| Comment(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする