2017年06月17日

歌詞和訳:"The Belldog" by Eno Moebius Roedelius


eno moebius roedelius - belldog - LP: after the heat (1978)
(* 歌詞和訳は最後に載せてます)


憧れのレコジャケ
暑くなってくると、野太いヴォーカルや歪んだギターをかき鳴らすような暑苦しい音よりも、透明感ある無機的な電子音の曲が聴きたくなってくる。そういうときに、ブライアン・イーノ周辺のアンビエント関連の音楽はとてもいい。どれもいい。イーノがクラスターの主要メンバー二人、メビウス(Moebius)とローデリウス(Roedelius)と組んで製作したアルバム「After the heat」は、レコジャケのイメージそのままの耳に涼なサウンドで、窓越しに見える、太陽が照りつけヒートアイランド化した都市の景観をまるで蜃気楼の幻影かのように変えてくれる。これは、ほんと夏になると良く聴いていた。だけども、僕の持っていたのはCDでレコードではなかった。そのおかげで、音により透明感があってその点では良かったんだけど、やっぱりジャケの大きなレコードで持っていたかったなぁ、というのがずっとあった。イーノとクラスター周辺のコラボレート作品を何枚かリリースしていたドイツ「SKYレーベル」のアナログ盤は人気が高かった為、なかなか中古市場に出回ってこず、店頭に並んだ瞬間にはもう誰かが買いさらっていくか、あるいはコンディションの良くないものがしばらく壁を飾っているかどちらかだった。値段はさほど高くもなく、それがすぐに店頭から消える原因の一つだったりした。コンディションの良いもので、4,800円前後が平均的な価格だった(ジャーマン・プログレものでは一桁ゼロの多い価格のものが珍しくないので、5,000円台付近のレコードは安い方だ、という錯覚に陥ってしまう)。僕がレコード・コレクションに夢中になっていた時期は、ほぼ日参といってもいいくらい、けっこうレコード屋に通ってはいたんだけれども、「After the heat」含むイーノ&クラスターものと巡りあうことは数回あった位で、どうしても手に入れることが出来ずにいた。なので、いつ聴けるかわからないでいるよりは、とりあえずはCDでもいいや、みたいになってSKYレーベルのものはCDで揃えることにした。そして、知らなかった音が聴けてしまうと、こだわりだったサイズの大きなレコジャケへの意気込みなんてものは次第に消えてゆく。それでも、心残りなレコードの一つとして、これらのジャケ画像をみる度に当時憧れた気持ちのようなものがわずかにだが、未だ残っているのは何でだろう。

EnoCluster-MoebiusRoedelius.jpg
Eno Moebius Roedelius "After The Heat" と "Cluster & Eno" のジャケット。
フォーマット優先のいかにもドイツ的なデザイン。*画像はDiscog.comより


曲名「The Belldog」の由来
この曲の歌詞訳をしようと思って、まず真っ先にクエスチョンだったのが曲名の「ベルドッグ」だった。造語っぽい感じもしたし、単にそのまま鈴を付けた犬なのか? とかも考えるが、英語での意味を知ろうと調べてみると、やはり造語だった。そして、その由来についての引用がネットに出回っていたので訳してみた。ただ、ひとつ気になるのが、この引用箇所の出所がどこからなのかがさっぱりと分からない点(にも関わらず皆、この曲の歌詞と一緒に併記していたり。このテキストが広く出回っている割に、誰も「これは違うぞ」といった指摘や書き込みがないというのも、ある意味信憑性があるのかも)。一応引用先が「Brian Eno in More Dark than Shark, quoted by Craig Clark」からだとは記してあるが、「More Dark than Shark」には、イーノとラッセル・ミルズ共著による本と、イーノのインタビュー等のアーカイヴをアップしているサイトの二つがあって、おそらくこの内のどちらかだろうとは思う。本は手元にないし、サイトを見てもテキスト量が膨大すぎて確認できなかった。ついでをいうと引用者のCraig Clarkって誰? というのもあるが、ここは一応ネット上にある情報を信じて僕も引用してみた。以下どうぞ。


「More Dark than Sharkでのブライアン・イーノ」クレイグ・クラークによる引用:
「僕は凱旋門風の記念碑に向かって、ワシントン・スクエア公園を歩いていたんだ。門の下には少数のグループがいて、満月が水平線上の低い位置に浮かび、門のてっぺんから見えた。さらに寄って近づくと、彼らの注視していたものが分かった。年齢不詳で薄汚れた格好の男が車の上に乗って、音程のズレた縦型ピアノを弾いてた。彼の演奏は上品なナイト・クラブにいるピアニストのそれだった。だけど、彼の使っていたコードは全く奇妙だった。その低い不協和音の繰り返しに負けないよう、彼は震え声で、何度も何度も歌っていたんだ。「ベルドッグよ、お前はどこにいるんだい?」と。彼の歌うベルドッグというものが、何なのかはさっぱり分からなかった。僕にすりゃ未知の神話に登場する出所不明な空想上のキャラクターだった(し、今もそうだ)。だからベルドッグについて僕が抱いた漠然とした感覚は、彼が不明慮な使者だということ。それが何であれ、歌の中ではまだ(ベルドッグが)現れてないか、もういなくなってしまったか…」


'I was walking through Washington Square Park, towards the "Arc de Triomphe" style monument there. There was a little group of people under the arch, and the full moon stood low on the horizon, visible through the top of the arch. As I got closer I saw what it was that had attracted their attention. A very grubby man of indeterminate age was playing an out-of-tune upright piano on wheels: his touch was that of a plummy night club pianist, but the chords he used were completely strange. Over this sequence of soft discords he sang, again and again, in a trembling voice: "The belldog, where are you?" I have no idea what he meant by the belldog. For me it was (and is) an unidentified mythical character from some unfamiliar mythology... So the vague feeling I have about the belldog is that he is a herald; of what is not clear. Whatever it is, in the song he has either not yet appeared or has gone away...'

from Brian Eno in More Dark than Shark, quoted by Craig Clark


enoweb-lyrics "THE BELLDOG"(上の英文の引用先)
http://music.hyperreal.org/artists/brian_eno/ATHlyrics.html
予備:http://archive.is/bm80d


EnoMills-MoreDarkThanShark.jpg
Eno & Mills "More Dark than Shark"(画像はAmazon.jp より)

MORE DARK THAN SHARK http://www.moredarkthanshark.org/
ブライアン・イーノのファンサイト。アーカイヴがすごく充実していて、特に過去の(雑誌)インタビューが書き起こしされていたりと、後追いファンとしては嬉しい。サイト内:brian eno >> interviews 。



イーノ・メビウス・ローデリウス「ベルドッグ」歌詞和訳

Brian Eno "The Belldog" - Lyrics ( songmeanings.com )
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107858973053/
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



Most of the day, we were at the machinery in the dark sheds that the seasons ignored. I held the levers that guided the signals to the radio.
But the words I received, random code, broken fragments from before.

我々は一日の大半を、季節感のない暗い小屋に篭り、機器の操作をしていた。
私は無線器に信号を誘導するレバーをつかんだ。
しかし、受信した言葉はデタラメなコードで、使いものにならない断片的なものだった。




Out in the trees, my reason deserting me.
All the dark stars cluster over the bay, then in a certain moment,
I lose control and at last I am part of the machinery. Where are you?
And the light disappears as the world makes its circle through the sky.

森の中で、私は思考力を失った。暗黒の星団が山合いの上空で結集し、ある瞬間、私は制御不能となり、ついに機械の一部と化す。君はどこなんだい? 
世界が空いっぱいに円を描くと、その光は消滅する。



* dark star: wiki を見るとdark star or dark matterとあり、二つは「ダークマター星」の英語での同意語でいいようだ。これは、宇宙研究ではまだ解明されてない暗黒物質(ダークマター / dark matter)の呼び名違いなだけだと思うが、もしかすると細かな部分で違いがあるのかも。イーノはわりとテクノロジー、科学や哲学などの新しい話題に敏感なので、この曲を制作していた1970年代後半頃に話題になっていた最新宇宙のトピックスを歌詞の中に取り入れていた可能性が十分にある。訳では、宇宙用語から離れプログレっぽくしてみた。


* bay: 前行に "Out in the trees" があるので、湾や入江ではなく山側の近くだと思い、「山の懐」の意味で考えてみた。



これまでに歌詞を訳したミュージシャン一覧: だいぶタイトル、増えてきた。

The Cure(ザ・キュアー) / Jannine Weigel(ヤンニーン・ワイゲル) / SAHA(サハ)
Wire(ワイヤー) / New Order(ニュー・オーダー) / The Wake(ザ・ウェイク)
Porter Robinson & Madeon(ポーター・ロビンソン&マデオン)
Charity Children(チャリティ・チルドレン) / Angel Olsen(エンジェル・オルセン)
Robert Wyatt(ロバート・ワイアット) / Eno-Moebius-Roedelius(イーノ・メビウス・ローデリウス)





posted by J at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

歌詞和訳:"Soup Song" by Robert Wyatt


Robert Wyatt - Soup Song (* 歌詞和訳は最後に載せてます)

「Soup Song」は、1975年にリリースされた、ロバート・ワイアットの3rd.アルバム「Ruth Is Stranger Than Richard」のオープニング曲。ジャズバーでかかっていたら軽くステップでもして瞬時に和んでしまいそうな、ご機嫌でスウィンギングなトラック。いい具合に力の抜けた歌声と楽しげな演奏は、このアルバムの仕上がり具合を保障するアンティパスト的な曲としてもぴったりと合う。名曲・名演の多いワイアットだが、その中でもこの曲は特に好きで良く聴いてた。ワイアットのユーモラスな一面がよくわかる素敵な曲だと思う。歌詞を改めて見てみると、所々で韻を踏んでいるのもわかったりしてより面白さがわかった。ところで、この歌の主人公「僕(I)」っていったい何の野菜(具材)なんだろう? 黒焦げでも、パリパリして美味しくスープの隠し味になって、繊維質なものと言えば…と、思いつかず。
この曲、多分、プログレ・マニアのHPなどで和訳したものが一つくらいはあるだろうと思って、軽く検索してみるが、意外や訳詞は見当たらず。(誰もやってないのなら)早いうちにやってみよ、と思ってトライしてみた。ワイアットの他の曲でも和訳はあまりなかったんで、また別曲でもやってみよう。

このアルバムにはもう一つ大好きな曲「Song for Che」が入っているので、ついでに紹介しておきたい。インスト曲なので歌詞訳はできないし。「Song for Che」はA面(Ruth Side)の最後に入っている。チャーリー・ヘイデンのカバーで、タイトルどおり、チェ・ゲバラに捧げた曲。元曲は1969年リリースのチャーリー・ヘイデン「Liberation Music Orchestra」に収録されている。ヘイデンのアルバムでは、フリージャズ的なアレンジで9分近くもあり、けっこう長い演奏だが、どっぷりとラテンな世界へ誘ってくれる(同じくチェ・ゲバラに捧げ作られスタンダードになった「Hasta Siempre / アスタ・シエンプレ」のサビ部分が曲の後半にコラージュされていて幻惑的)。そして「Song for Che」にはもう一つ、オーネット・コールマンによる「Song for Che」もあって、これがまた素晴らしくいい。真っ青な空を突き破るような伸びやかなアルト・サックスと、緻密で緊張感あるリズム・セクション(ベースはもちろん C.ヘイデン)の対比に胸が熱くなる。これは1972年リリースの「Crisis」に収録。ただ録音は1969年3月で、ヘイデンのものよりも約1ヶ月早い。
ワイアットのヴァージョンはメロディアスに短くまとまっていて、4分弱の短い演奏。ヘイデンやコールマンの色彩感あふれる温情的な演奏とは対照的に、しみじみと静かで、むしろ沈痛さを帯びた楽器の音色。聴いていると、まるでレクイエムのようでもあって、ゲバラに対する深い敬意を感じさせる。ワイアットが「Song for Che」をカバーしていたことで、チャーリー・ヘイデンを知り、そこからフリージャズの世界にハマって、デレク・ベイリーやエンリコ・ピエラヌンツィ、ECMやINCUSなどに興味がいった。なので、このアルバムは僕にとってはジャズへの入口を開いてくれた思い出深いレコードなのだ。



ロバート・ワイアット「スープの歌」歌詞和訳

Robert Wyatt "Soup Song" - Lyrics ( songmeanings.com )
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107858908859/
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



There's a mushroom on my eyelid, there's a carrot down my back.
I can see in the distance, a vast quantity of beans.
To you, I'm just a flavour to make your stew taste nice. Oh my god, here come the onions and - I don't believe it! - at least a pound of rice.

まぶたの上にはマッシュルーム、背中には人参が転がっている。
遠くに巨大な豆の山が見える。君にすりゃ、僕はシチューの隠し味にすぎないのさ。
ああ、なんあてこった。ここで玉ねぎの登場だ(信じられない!)少なくとも、米1ポンドじゃないか。


* 1 pound = 約435g


There was a time when bacon sandwiches were everyone's favourite snack.
I'm delicious when I'm crunchy, even when I'm almost black.
So why you make a soup with me. I just can't understand, it seems so bloody tasteless not to mention underhand.

ベーコン・サンドウィッチがみんなのお気に入りスナックだった頃があったね。
僕はパリパリしてるときが美味しいんだ。真っ黒焦げだとしてもね。
だからさ、なんで君は僕をスープの具材にするんだろう?
まったく理解できないよ。内緒にするわけじゃないけど、本当不味いと思うよ。



Now there's no hope of getting out of here.
I can feel I'm going soft, dirty waters soak my fibres.
The whole saucepan's getting hot, so I may as well resign myself make friends with a few peas, but I just, I can't help hoping that a tummy ache will bring you to your knees.

どうやら、ここから脱出する見込みはないようだ。
にごったスープが僕の繊維に染みこんで、フニャフニャになってる感じがするぞ。
ソースパンがまんべんなく熱くなってきた。もうエンドウ豆と仲良くするのは諦めたほうがいい。
こうなったら、腹痛になって君が降参するのを願うばかりだ。


* bring someone to one's knees : 〜を屈服させる、ひざまずかせるという意味。
最後の一文の直訳は「腹痛で君が屈するのを期待するしかない」になる。




「Soup Song」のピール・セッション

RobertWyatt-PeelSessions.jpg
ロバート・ワイアットの「ピール・セッションズ」のジャケ。*画像は discog.comから。
12インチ(左側)は1987年に、CD(右側)は1989年にリリース。

「Soup Song」はピール・セッションズでも演っている。鬼気迫るピアノの伴奏と(多分)メロトロンのバッキング・サウンドが、スープの具材になった悲哀を擬人化した歌詞と妙に合っていて、シンプルな演奏だけど聴きごたえがある。これは1974年9月10日に録音された音源。そして同月26日に最初のラジオ放送があった。「Ruth Is Stranger Than Richard」のレコーディングが1974年10月に始まったので、約1ヶ月前に初披露目されたもの。アルバムのアレンジとを比較してみると、まだ前作「Rock Bottom」のサウンドを残している感があって興味深いものがある。




posted by J at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月30日

歌詞和訳:"Carbrain" by The Wake


The Wake - Carbrain (Audio)
サラ・レコーズ移籍後初のシングル "Crush The Flowers" のB面曲が "Carbrain"。この曲は、A面よりも力みないメロディが心地よく、The Wake の曲の中では一番好きな歌だった。動画コメント欄にも「This song is so much better than the A side...」(by C. Hulsey)なんて書き込みがあったりする。B面がタイトル曲よりも良かったりすると、さほど期待していない分何か得した気分になる。


ザ・ウェイクについては、以前に少し書いていた。今回は歌詞訳と追加分を少し。

The Wake "Talk About The Past" FAC 88 ( 02 Apr. 2014 )
http://tavola-world.seesaa.net/article/381936032.html
けっこう地味なバンドやったんで、メディアで取り上げられることも、またインタビューなどの情報もなく、ゆえエピソードらしいエピソードが生まれるということもほとんどなかった。なもんで、目新しい話がこの先出てくることは多分ないだろうな。そうしたものを望んでいる人も、ほんのわずかにいるだけだろうし。プライマル・スクリームのボビーが一時在籍していた、という話やドゥルッテイ・コラムのヴィニ・ライリーが楽曲に参加といったことが一番の話題やったりして。




ザ・ウェイクの簡単なプロフィール:
wiki や "Shadowplayers: The Rise and Fall of Factory Records" を見ると、ザ・ウェイクは1981年の4月グラスゴーで結成。ザ・ウェイク結成の少し前、リーダーのジェラルド・マクイナルティ(Gerard McInulty)は、ノートルダム・ハイスクール(Notre Dame High School)に通っていて、在学中の1979年に学友クレア・グローガンらとバンドを始めた。そのバンド名はオルタード・イメージズ。ジェラルドはこのバンドの初期メンバーだった(彼は、彼女らの最初の2枚のシングル "Dead Pop Stars" と "A Day's Wait" を作曲している)。オルタードを辞めたあと、すぐにザ・ウェイクを結成する。そしてオルタード・イメージズは1981年秋にリリスしたデビュー・アルバムがヒットしてしまった(バンシーズの Steven Severin によるプロデュース)。ジェラルド在籍時のオルタード・イメージズの演奏は、1980年10月7日("Dead Pop Stars"他を演奏)と1981年3月2日(""A Day's Wait"他を演奏)のジョン・ピール・セッションで聴くことができる。

ザ・ウェイクは1983年から1987年までの間、ファクトリー・レコーズから2枚のアルバムとシングルを何枚かリリースするも、レーベル側はまともなプロモーションもせず、バンドに興味を示す様子が全くなかった。その態度に彼らメンバーは不満を抱き、やがて自分たちが契約したレコード会社に幻滅してゆく。そして1988年、彼らは所属するファクトリーを離れることした。そして、次に移った場所がブリストルを拠点にしたサラ・レコーズという小さなインディ・レーベルだった。ここで2枚のシングルと2枚のアルバムをリリースするのだが、1995年8月にサラ・レコーズは解散。これによってザ・ウェイクも事実上、活動を停止する。

サラ・レコーズに移籍し、最初にリリースしたのが「Crush The Flowers」というシングルで、この曲のB面に収録されていたのが「Carbrain」という曲だった。A面曲よりもメロディが素直で、それを引き立てるさわやかなアレンジ。なんでこっちをA面にしなかったんだろうと僕は不思議に思いながら、A面をかけずこの曲をよく聴いていた。どこかプリファブ・スプラウトを思わせるキラキラとしたキーボードの音色と、甘く寄り添う女性コーラスは、木漏れ日の中で小鳥がさえずり戯れているようで、耳がくすぐられるような感覚になる。さほど印象に残る曲のないザ・ウェイクだけれども(と言ったら怒られそう)、「Carbrain」は彼らの楽曲の中でも一つ飛びぬけていい曲だと思うし、数あるネオアコ・ソング達の中でも決して他に負けない魅力があるように思うが、これは僕の贔屓目が幾分入っているかも。


TheWake-2EPs-Sarah.jpg
* 画像は右リンクより: http://tagong-boy.tumblr.com/post/159978150691/
"Crush The Flowers" (1989) / "Major John" (1991)
サラ・レコーズからリリースした2枚のシングル。ファクトリー・レコーズ時代のデザインを少し意識したレイアウト。所属する他のバンドは手描きイラストと手書き風の文字の組み合わせが多かったので、ザ・ウェイクのジャケット・デザインはサラではちょっとだけ浮いていたように思う。サラ・レコーズのレコジャケは、予算を抑える為にほとんどが一色刷り、多くても2色刷りだった。写真もコントラストを付け、階調を飛ばしているためプリントごっこで刷ったようなトーンになってしまい、それがまた手づくり感をより印象付けていた。レーベル初期の頃は、オマケのポストカードがリリース毎のシングルそれぞれに封入されていて、どんなのが入っているか楽しみだった(バンドによっては、封入ポストカードの絵柄が異なっていて、何枚かを集め、組み合わせてゆくとミニポスターになるような工夫もあったりした)。サラはあるとき突然ブームのようなものが起きて、最初期のシングル(カタログ番号が一桁台)いくつかは一万円近くの値が付いていた。それがさらにネオアコ・ファンを惹きつける結果になったのだろう、さほどプレス枚数があったわけでもないのに、熱心なリスナーがつくようになって、未だにこのレーベルは人気がある。



ザ・ウェイク「 カーブレイン 」歌詞和訳

The Wake "Carbrain" - Lyrics ( songtexte.com )
http://www.songtexte.com/songtext/the-wake/carbrain-7396f609.html
* 歌詞は「 Songtexte.com 」から。
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



A stream from your mouth of filth gave me dog's abuse and I was so indifferent. I was set apart and I was so ungrateful, had to change my voice just to get a part.
Once you had the taste of cold lemonade, in those days you were made

君の口からとめどなく放たれる悪態は、犬の虐待を受けている気分だったよ。だから僕はまったく知らんぷりだった。僕は距離を置いていたし、ほんと恩知らずだった。歌のパートを得るためにも、声を変えなきゃならなかった。昔、君は冷えたレモネードの味見をしたね。君がうまくいってたあの頃の話さ。



I used to climb that tree, you got the better of me with your Carbrain
あの木によく登っていたね。君の町「カーブレイン」で、君は僕を打ち負かした。



Fell from a stool in a pub where they played punk rock.
The floor in the punk rock club always flattens your hair.
The floor in the friendly club, like revolving doors, fake cheap flashing lights and a new wave track spins in your sore head, that's the best of things

パンク・ロックを演奏してたパブのスツールから落っこちてさ。そのパンク・ロック・クラブの床で、君の髪はいつもぺちゃんこになってたわけだ。気さくなクラブの床は、回転ドアみたいで、偽物っぽい安物のフラッシュの光とニューウェーヴの曲が、君のひどい頭の中でぐるぐると回り続ける。あれは最高だった。




* 歌詞の中に登場する「レモネード」について:
レモネードという飲み物は、ノスタルジーと結びつきやすいんだろうか? 子供の頃にそんなものを飲んでいた記憶なんてないけれど(日本ではカルピスがこれにあたるのかも)、なぜか僕でも少年時代を思い出させる響きを感じてしまう。ザ・ウェイクと同じネオアコ系グループに入る、ドリーム・アカデミーの「Life in a Northern Town (1985)」という曲の冒頭にも「レモネード」という言葉が登場し、曲名どおり「北国の町での暮らし」を回想するように歌詞は続いてゆく。

" A Salvation Army band played and children drunk lemonade, and the morning lasted all day. "

( Lyrics from "Life in a northern town" The Dream Academy )

この曲を書いたニック・レアード=クルーズの幼少時代が歌詞に反映されているのか、あるいは全くの想像によるものなのかはわからないが(彼はロンドン生まれ)、この歌の詩は、どことなくスコットランドのうらぶれた地方都市の光景を想像させる。それともMVの映像が潜在的に残っていて、ただそういう風に思わせているだけなのかも。下記事によると、「Life in a Northern Town」は早逝した英国のフォーク・シンガー、ニック・ドレイクに捧げたものだったそう。ただ、直接ニック・ドレイクについてのものではない。
Pop: Apprentice to the stars (Independent / March 1999)

http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/pop-apprentice-to-the-stars-1083050.html
http://www.songfacts.com/detail.php?id=6790



「カーブレイン」

曲名にもなっている「カーブレイン」は、スコットランドのほぼ中央、ノース・ラナークシャーの「カンバーノールド」というニュータウンの中にある町のひとつ。グラスゴーとエジンバラのちょうど中間あたりにある。この曲が出た当時は、そんな事わからないので「Car - Brain」って、車の脳みそ(重要な部分)? なんて思っていた。
「カンバーノールド」は、1955年にニュータウンに指定され(スコットランドでは3番目)、翌年に建設が始まり、1958年に最初の住宅が販売となった。1996年まで開発と管理(プロモーション等)が続く。「カーブレイン」地区の住宅は1960年代に多くが設計され、1963年に建設が始まり1970年代初期にはほとんどのエリアで入居完了。もしザ・ウェイクのリーダー、ジェラルドがこの町で生まれ育っていたのなら、おそらく第二世代にあたるんじゃないかと思う。

SnakeBridge-CumbernauldTownCentre.jpg
カンバーノールドにある Snake Bridge とカンバーノールド・タウン・センター。(画像は下記wikiより)
整地された景観の中に建てられた"新しい"スタイルの建造物は新興住宅地特有のにおいがする。


CDからデジタル、そしてダウンロードの時代になってもうずいぶんと経つ。レコードにはA面とB面という表裏があり、その二つはそれぞれに意味を持っていて役割があったということなんて、もうすっかり忘れられ、意識すらしなくなってしまった。A面はセールスへとつながる期待がかかるため、作る方も力が入るし、その他営業的な思惑やいろんな要素が絡んでくる。一方B面はというと、そうした条件や制約をさほど気にすることなく、わりと自由に作った曲を並べることができる。なもんで、実験的なことや、何か曲作りで試行錯誤している様が出ていたり、あるいは作りこまれていない分、本来の実力が垣間見えたりと、ファンにとってはミュージシャンの素の部分に近いものを感じることができた。CD時代のカップリング曲には、まだそうした名残が少しあった気はするが、曲のばら売りの時代になると、もうそうした要素は一切見えなくなってしまった。その分を Web や blog などから出てくる情報が補完しているとは思うが、あまり多くを知ってしまうのもまたリスナーの想像力が開かない。


ここからは「カーブレイン」を書いたきっかけって何だったんだろう? という事から巡った推察になる。
「カーブレイン」の歌詞を見ていると、ジェラルドが自分の育った町、そして青春時代(多分、バンドの結成前後)を回想しているようにしか思えない。実際どんな店で、誰のことを歌っているのか全くわからないけれど。ハイスクール時代にバンドを結成した彼、ひとつ当ててやろうという意気込みはそれほど大きくはなかったかもしれないが、やはりミュージシャンをやっているくらいだから、そうした期待を少しくらいは持っていたようには思う。ニュー・オーダーのマネージャーの口利きで、ファクトリー・レコーズと契約しレコードを出したところまでは順調だった。しかし、自分が初めの頃に在籍していたバンドが有名になり、また短い期間だけれども自分のバンドで演奏をしていた仲間(プライマル・スクリームのボビー)もまた別のバンドで売れていくのを見て、何か焦りのようなものを感じはじめていただろうとは思う。スコットランドにある人口約7万人弱のニュータウンで若い日を過ごし、やがてイギリス第二の都市マンチェスターでインディ・レーベルとは言え、名の知られたレコード会社に属するまでになった。しかし、バンドの現在はといえばどうだろう、所属レーベル、ファクトリーを支えている先輩格にあたるバンド(ニュー・オーダー等)を越えることはどうにもできない。レーベルも彼らにはお構いなし(もともとそういう無関心な傾向のある会社だった)。いろんなものが積もってゆく中、彼らはファクトリーを去ると決め、新しいレーベル「サラ・レコーズ」へと移った。振り返ってみると、このあたりがバンドとしてのピークだったように見える。
サラでの移籍後第一弾シングル、そのB面曲のタイトルを、誰も知らないようなローカルな地名から取り、その場所での良き日々を振り返るような歌詞を書いたということは、無意識だったのかもしれないが、何か象徴的なものがあるようにも思えてくる。ここで、B面のセオリーというものを考えてみる。ミュージシャンの素の一面が見えるB面曲というあれ。"Crush The Flowers" をリリースした1989年あたりから、英国ではのちに「Madchester」と呼ばれるようになる、マンチェスター・ブームの兆しが始まっていた。自分が見切りを付けたレーベル、ファクトリーがその渦の中心だった。彼はザ・ウェイクを結成し間もない頃のことを、また思い出す。自分から離れていったものが、なぜかうまくいってしまうという不思議。同じことが二度起こっているような錯覚を、サラでの日々で受け止める。そして、サラから出した最初のアルバム「Make It Loud(1990)」は、マッドチェスター・ブームを意識し、そのダンス・サウンドを思いっきり取り入れた音だった。愛想を尽かし自ら去った、かつての古巣、ファクトリー・レコーズ時代の音を再び演じているようなレコード。決して新しいタイプの音ではなかった。
1990年、ザ・タイムスというバンドが「Manchester」という、ほとんどマッドチェスター賛歌といっても過言じゃないくらいの街名を冠した歌をリリースする。ザ・ウェイクの「カーブレイン」とはまた違ったアプローチの音と歌詞だが、何かが細くつながっているような感じがある。


Carbrain - wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/Carbrain
https://en.wikipedia.org/wiki/Cumbernauld



posted by J at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月27日

歌詞和訳:"Some Things Cosmic" by Angel Olsen

AngelOlsen-PitchforkMusicFes-2013-Capture.jpg
*下動画のキャプチャー画像。*最後に歌詞の和訳載せてます。

下の埋め込み動画は、エンジェル・オルセンの「Some Things Cosmic」、2013年ピッチフォーク・ミュージック・フェスティヴァルでのライヴ演奏。彼女の穏やかな歌声に浸り、静かに聴き入る観客の姿が映しだされる瞬間はこの動画のハイライトの一つだと思う。オルセンの歌声は誠実だ。今日もし100人の観客を目の前にし歌っていたとしたなら、明日は101人の人に聴いてもらおう、そしてあさっては102人の人に、という風に、決して先を急がない。自分の届けられる歌声を、一人一人本当、大切に伝えているように見える。ステージではギター片手に、マイクの前にりりしく立つ。派手で奇をてらったパフォーマンスをして、短い注目を浴びることなんて決してしやしない。そんな事をしなくても、自分の歌がちゃんと皆の心の奥に響くことを知っているんだろうな。いつまでもつい口ずさんでしまう歌ってそういうものなんじゃないかと。

この曲はオルセンの中でも一番好きな曲で、歌詞の訳をしたかった。歌詞の中で使っている言葉自体はシンプルで、難しい単語なんかはないけれども、どうにも意味が深く読めるせいで色々考えはじめてしまった。和訳の下に記した(グレー文字の)注釈にもあるように、"cosmic force" のところで止まったり、" I don't mean my body" の mean や、冒頭の "draw" の意味合いが難しくて、そのまま放置した状態になっていた。見てみると、下書きをしたのが一年前の二月だった。




Angel Olsen - "Some Things Cosmic" - Pitchfork Music Festival 2013

エンジェル・オルセン「Some Things Cosmic(宇宙にちらばるもの)」歌詞和訳
* 上の邦題は歌詞の内容からイメージして、僕が勝手に付けたもの。
メロディに合わせた詞の改行・分断はせず、なるべく意味の通る一つの文になるようにした。
またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



Before we draw my dear dear friend, I promise you my word. If we should part my dear dear love, you know you're in my heart. And though I may be getting older, know that I'm going with you, know that I'm hanging on to the things that you said.

大切な友を思い描く前に、僕は君に約束するよ。
もし、ぼくの大事な愛が引き裂かれたとしても、僕の心の中には君がいる。そしてそう、僕は年をとっていくんだろう。それでも君と一緒にいるんだろうね。そして君の言ったことに捉われ続けるんだ。


* my word: "You have my word" で「約束する / 保障する」って言い回しがあって、いいフレーズだなと思った。他 "on my word" で「誓って / 必ず」というのがあったり、英語圏では「自分の言った言葉(my word)」が、その人の「責任」や「信頼」を表すものとして捉えられているのかな? キリスト教文化による、神との契約が何よりも先にあることも背景にありそうだし。言葉や文字の記録が人を定義し、社会を形成・発展させてきた文化がこうしたところに滲み出ているような気がした。


I've felt my soul rise up from my body when I look into your blue eyes.
If cosmic force is real at all, it's come between you and I...
I want to be naked, I don't mean my body, I don't need my body, I'm floating away.

君の青い瞳をのぞきこむと、僕の身体から魂が湧き上がるのを感じるんだ。
もし宇宙の真理が存在するとでもいうのなら、それは君と僕とを隔てるもの。
僕はありのままでいたい。身体は重要じゃないんだ。身体なんていらない。僕はどこかへと漂い消えてゆく。


* cosmic force: 単純に訳すと「宇宙の力」になるけれど、精神的・スピリチュアルな深い意味がやっぱりあるように思う。宇宙の法則というかそういう感じのもの。宇宙論の言葉を使うと「人間原理」に近いんじゃないかと思い、少しそのニュアンスを残した造語で "宇宙原理" というのも考えてみたり。そして、母に聞くと「運命みたいなものかな?」という返事があって、ああ確かにその言葉はすごくしっくりとくる。それをヒントに天命や宿命のような意味合いも考えてみた。結局今回は僕のファースト・インプレッションだった "宇宙の真理" にした。と、けっこう真剣に訳してるんだな。


"Some Things Cosmic" - Lyrics (*歌詞は「 Songmeaning.com 」から)
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107859446129/


"Some Things Cosmic" by ANGEL OLSEN (at NYC, Apr. 2011)
Cap-AngelOlsen-SomeThingsCosmic-16.Apr.2011.jpg
http://tavola-world.seesaa.net/article/434028332.html
以前、この曲のインストア・ライブを紹介していた。リンク先にある動画では「Some Things Cosmic」のあとに「Drunk And With Dreams」を続けて歌っている。


ピッチフォークでの貫禄を見せたライヴ演奏ももちろんいいけれど、上リンク先のインストア・ライヴ・パフォーマンスは、よりエモーショナルだ(観客の数はずっと少ないとは思うが)。まだこの曲を発表して間もない頃、そしてデビューしたての時期ということもあってか、オルセンは、最近のあくの抜けた歌い方とは違った特徴的な歌い方をしている。抑揚的な声、そして何か魂の奥底から湧きあがるものを観客にぶつけているようなところがあり、心震えるものがある。
"Some Things Cosmic" は2010年にカセット・テープでリリースした彼女のデビューシングルに収録されている。このカセットは6曲入りでミニアルバムといった趣、2011年にBathetic Recordsよりアナログ盤で再発された。カセット・ヴァージョンの "Some Things Cosmic" はエコーが効いていて幽玄的、歌詞をほんと大切に歌っている感じがして新鮮だ。がらんとした廃墟の中で録音したかのように乾いた音で、マジー・スターのデビューアルバムが思い浮かぶ。

"Some Things Cosmic"のオリジナル・ヴァージョン:
https://www.youtube.com/watch?v=W0f6c9BYI48

Angel Olsen ‎– Strange Cacti (オリジナルのカセット・テープと再発盤のレコジャケ)
AngelOlsen-StrangeCacti.jpg
https://www.discogs.com/ja/Angel-Olsen-Strange-Cacti/master/327460
(画像は discog.com より)



posted by J at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月08日

歌詞和訳:"A Forest" by The Cure


The Cure - A forest *最後に歌詞の和訳載せてます(+PDF版も)。

TheCure-AForest-7inch.jpg
https://www.discogs.com/ja/Cure-A-Forest/release/237453
*画像は discogs.comより

「A forest」のレコジャケとコレクター話
この曲のシングル盤カバー・ジャケットにはデザインのクレジットが載ってないが、2ndアルバム・アルバム "Seventeen Seconds (1980)" からシングルカットされたものなので、アルバムのデザインを担当していたビル・スミスによるものだと思う。写真のポジ・ネガ像を表と裏に配置し、バンド・ロゴを入れただけのシンプルなデザイン。ここしか置く場所がない、という位絶妙な場所にレイアウトされた白抜きのロゴは、正方形の枠内で、写真下半分の暗くなった部分と上の明るい部分との濃度バランスを保っている。そして、曲名が(良く見ないとわからないくらい)すごく小さくなっている点からも、全体のデザインを優先して作られたんだと思える(メジャー・レーベルだと曲名を大きくしろなど、営業優先的な意見の方が強くあって、デザインとしてバランスの悪い仕上がりになることが多い)。この雰囲気たっぷりな森の写真は、想像力を引きたてる何かがあるような。ポジ像反転した裏ジャケの黒い部分を拡大しよく見ると、そこには写ってはいないはずのものが…ギャー! てなことはありません。

ザ・キュアーのスリーヴ付・初期シングル(1980年はじめ頃まで)は、僕が学生時代、レコードをよく買っていたときからすでにレアだったため、なかなか手が出なかった。なので、こうしてweb上でこの時期のジャケを見ただけでも、条件反射で思わずオオッ! とため息が出てしまう。刷り込みって怖い。「A Forest」のアナログは見かけなくはなかったが、店頭では5,000円位してた。日本の中古レコード屋で値付けされていたレコードの価格を、今一度考えてみると、数の少なさに対する欲しい人の割合、つまり需要と供給からくる適度な価格調整はもちろんあっただろうし、それが一番反映されるものだは思うが、もう一つ、海外買い付け費用が上乗せされていて、それが大まかな価格ラインを保ち底上げしていたのはもっと想像つく。今のように航空運賃は安くはなかったし、為替の手数料、滞在費は当然のこと、日本への送料だって重量あっただろうからバカにはできない(特にユーロ誕生前のヨーロッパのローカル・カレンシーと日本円の交換には相当手数料がかかっていたように思う)。現地のレコードはまだ安くても、日本に送られ店に並ぶとどうしても、倍々くらいにはなっている。値段がそういうもんだと一度認識してしまえば、それがいわゆる相場価格になって、買う側にも定着してしまうし、また基準にもなってしまう。僕たちが店頭で見ていたレア・レコードの値段っていうのは、どこまでが本来のものだったんだろう? 最近のネット・オークションなどでの落札額をみていると、当時も今もさほど変動ないものが意外とあって、このあたり、状態のいいレコードの希少度はより増してはいるが、今度は求める人が微減してきている表れなのかなとか、まぁケースバイケースにはなるんだと思うけれども、価格の変遷を色々想像し見ていくと面白い。
そういえば、イギリス盤の7インチ・シングルは初回プレス分にだけ紙のジャケットが付いている場合が多い。これにはひとつ理由がある。シングル曲の売れる期間というのはよっぽどのヒット曲でない限りそう長くはないため、レコード会社は早々と売り切って、在庫を抱えたくはない。そのため(特にインディ・レーベルの場合は)プレス数は多く見積られない。初回生産分は捌けたものの、売れ行きの勢いが続くとは期待できないがバックオーダーがある程度あった時など、シングルの再プレス盤にはたいてい(印刷コストを抑えた)内袋だけしかない、ジャケなしのレコードが市場に出回る。


「A forest」のちょっとした思い出
僕にとって「A Forest」は、けっこう思い出ある曲で、聴くとその当時、学生だったときの記憶が甦ってくる。その昔、クラスメート3人とバンドを組んでいたことがあって、そのときに演奏していたのがザ・キュアーの曲だった。確か「A Forest」と「The Walk」という2曲を最初に演っていた。皆ビギナーだったから難しくない曲を、という理由でまず選んだ。僕たちのバンドは楽器のパートでもめることは無く、ドラムス、ギター、ベース、キーボードとそれぞれ第一希望の楽器ですんなりと振り分けできた、誰がヴォーカルを取るかという問題だけを残して。思春期の自意識過剰さから遠慮を口にしながらも、誰もが「お前やれよと」いう一声が自分に向けられるのを待っていて、引き下がりすぎないようにわずかな自己アピールも忘れず見せるのだった。そうして、いざスタジオに入り練習していくうちに、ちょっと別な問題が出てくる。僕のいたクラスは女子の数が3/4ほどと、男子の割合が少ない状態で、ごく一般的な学級構成とは違っていた。その数少ないクラスメートの中でメンバーを集めたものだから、音楽の趣味とバンドへの真剣度合いがどうにもかみ合わず、僕を含めた手探りでのんびりやって行こう派と、いや、テクを追求して学校で一番になろうぜ派の二つに分かれるようになってしまい、段々と方向性が合わなくなってゆく。結局この小さな溝は埋まらず、学園祭のステージに出ることを最初の目標にはしていたものの、バンドは夏休みになる前に自然消滅した。僕にとっては、自分に楽器演奏の才能はないという事がはっきりと分かったので、とてもいい機会だった。

今回改めて歌詞を見てみると、ザ・キュアーの詞ってシンプルだけど、想像力膨らむというか、頭の違ったところで別なイメージが湧くところがある。この曲は不思議の国のアリスとカフカっぽい雰囲気があって、シュールな世界へと入っていけそうだ。


ザ・キュアー「 A Forest(少女喪失の森)」歌詞和訳
* 上の邦題は歌詞の内容からイメージして、僕が勝手に付けたもの。キュアーの歌が持つファンタジー性やユーモアがうまく出てるような感じがして、個人的には気に入っているんだけど、どうだろう。

* 歌詞は「 Songmeaning.com 」から(アドレスは最下記に)。
メロディに合わせた詞の改行はせず、なるべく一つの文になるようにした。またコーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。



Come closer and see, see into the trees, find the girl while you can
Come closer and see, see into the dark, just follow your eyes
I hear her voice calling my name, the sound is deep in the dark
I hear her voice and start to run into the trees

近づいて見てごらん、茂みの中をじっくりと。女の子を見つけてみて。
近づいて見てごらん。暗闇の中を覗きこんで、視線をたどるんだ。
僕の名を呼ぶ彼女の声が聞こえる。その声は低く暗闇の中で漂う。
彼女の声を聞き、僕は茂みの中へと走り出す。


* 参照した歌詞サイトでは下線部の箇所が "if you can" と書いてあるが、アルバム・ヴァージョンを含め他いくつかのヴァージョンを聴いてみるとロバート・スミスは「while you can」と歌っている。


Suddenly I stop but I know it's too late, I'm lost in a forest all alone
The girl was never there, it's always the same
I'm running towards nothing again and again and...

僕はふいに立ち止まる、もう手遅れだと分かっているけれど。
僕はたった一人、森の中で迷ってしまった。
女の子はそこにはいなかった。いつも同じだ。
僕はどこを目指していいのかわからず、ただ走っている、何度も何度も…。



The Cure "A Forest" - lyrics (Songmeaning.com)
http://songmeanings.com/songs/view/7498/


ローリング・ストーン誌が行った「読者が選ぶザ・キュアーのベスト・ソング」で「A Forest」は2位に選ばれている。ザ・キュアーにはメロディのいいポップな曲が他に沢山あるし、さほどポップでもなくまた大ヒットをしたわけでもないこの曲がなんで人気なんだろ? と、この結果にはちょっとビックリしたが、まぁ、ファンはちゃんと分かってるということか。
Readers' Poll: The 10 Best Cure Songs (Rolling Stone, June 2016)
http://www.rollingstone.com/music/lists/readers-poll-the-10-best-cure-songs-20160629/a-forest-20160629



PDF版(*上記事のテキストをPDFにしたもの / A4 / 0.2MB):
A4-BLOG-TheCURE-Forest-LyricsTranslate.pdf



posted by J at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

歌詞和訳:"Finish Line" by Jannine Weigel


Jannine Weigel - Finish Line (Official Video)
*最後に歌詞の和訳載せてます。

この曲、メロディも歌詞もアレンジもすごくいいのに、第一印象で、音と MV の映像がいまひとつかみ合ってないような気がした。何だろう、ショーケースの中に生身のお人形を閉じ込めるスタジオ・セットは、90年代頃のエイベックス系 MV を連想させるし、K-POP 風のダンサーを従え踊りを見せるところなど、特に目新しいものでもなくそこがちょっと惜しいように思うも、何度か見ているうちに慣れてしまったり。まぁでも、きっと腕利きのヘアメイクがばっちりといい仕事をしてくれたお陰で、赤紫の髪やPearlyなメイクは主役をより大人っぽくみせているし、彼女の歴代 MV の中では断トツにカワイイ。この曲のMVは全部で3バージョンあって、上の埋め込みがオフィシャル、もう一つは引いたカメラアングルで全体の踊りを見せる「Dance version」で、残り一つが歌詞だけを載せた「Official Lyric Video」。リリースは2016年の5月。去年の夏によく聴いていた。




ヤンニーン・ワイゲルという女性シンガー。彼女をタイのテイラー・スウィフト、というと大げさかもしれないので、歌姫ぐらいで止めておいた方がいいのかもしれないけれど、まぁでもタイを中心に東南アジアではけっこう人気があるのは確かだと思う。日本でも彼女を紹介している記事は沢山あるので、知ってる人も多そうだ。 "Jannine" という名前はタイ語なのかと思っていたら、ヘブライ語が由来らしく "God is gracious(神は慈悲深い)" の意味だそう。僕は、テイラー・スウィフトの「Blank Space」をカバーした動画を見て彼女のことを知ったんだけれども(タイ語アクセントのあるねちっこい発音で歌っている)、「アナと雪の女王」の主題歌をカバーした You Tube での動画が多分一番有名だと思う。縞々のフードをかぶって、けな気な表情で歌うやつ。

JannineWeigel-LetItGo-capture.jpg
Let It Go (OST.Frozen) - Demi Lovato cover by Jannine Weigel
https://www.youtube.com/watch?v=k9YDgOM2who


about Jannine Weigel(簡単なプロフィール):
ぎりぎり20世紀の2000年にドイツで生まれたタイとドイツのハーフ。"Millennials" と "ジェネレーションZ" の両方にかかる世代(あるいは狭間か)になるのかな。その後、2010年にタイへと移り住み、モデルやコマーシャルの仕事を始めるも、歌手に興味が向き、約3ヶ月ヴォイス・トレーニングを受けたあと、タイで人気の子供向け歌番組「Singing Kids」に出演し3位を獲得。2012年、タイの有名なエンタメ企業 GMM Grammyと契約する(日本のAvexみたいな感じかな?)。アーティストになるまでの訓練期間を経たのち、ソロ・シンガーとしてデビューする。ひとつ今の時代だなと思ったのは、デビューに至るまでのインターン(プロモーション?)期間に You Tube で沢山のカバー曲をアップし、彼女の歌声を浸透させる方法をとってファンを増やしていったところ。

Jannine Weigel (official & wiki)
https://www.jannineweigelofficial.com/
https://en.wikipedia.org/wiki/Jannine_Weigel



ヤンニーン・ワイゲル「フィニッシュ・ライン」歌詞和訳
*歌詞は「 Musixmatch.com 」から(アドレスは最下記に)。
コーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。


Right now I wanna feel my feet on the ground
Somehow I know I'm moving but I won't look down
Though my heart is racing it won't stop, I'm breathing strong but I won't drop, and every corner that I turn, I'm Pushing harder feel the burn, but I'll never fall

今は地に足をついていたいの。前に進んでいるのはわかっているけれども、下を見ないでいよう。
心がはやって止まらない。息を強く吸いながら、でも落ちないように。
そして、曲がり角に来るたび、熱い気持ちを感じていっそう自分を急き立てる。だけど屈しはない。


* 「I'm moving」は引っ越すよ、だと思うけどトライリンガルのハーフの女の子が使うタイ・イングリッシュのように感じるので(日本でもネイティヴ英語とは違った意味に変化し定着した和製英語があるように)、ここは広い意味合いでの「Move」なのかと。


Even though you're tired push on through, don't give up you'll get through
People always say what you can't do, but just stay true push on through
Oh I tried and I tried and I tried and I tried
Couldn't see where it begins, couldn't see how it would end, but I know oh I know yeah, I know the victory's mine, when I cross the finish line

たとえ疲れていても、自分を押し通して、あきらめないで乗り切るの。
君には出来ないだろう、なんて人はいつも言うけれど、前進し続ける気持ちに忠実でいて。
ああ、何度も何度もやってみた。始まりがどこなのかわからない、どう終えるのかもわからなかった。
でも、分かる。ゴールラインを越えたときが、私の勝ちなの。


*「Victory is mine」=私の勝ち、勝利はもらった、の意味。


Look up the sun is coming out from the clouds above
The rain is gone there's no stopping now
Though your heart is racing it won't stop, you're breathing strong but you won't drop, and every corner that you turn, you're Pushing harder feel the burn, but you'll never fall

ねえ見上げて。上空を漂う雲から太陽が顔を出している。
雨はすっかりと止み、もう邪魔するものはない。
君の気持ちははやって止まらない。息を強く吸いながら、でも君は落ちはしないだろう。
そして、君が曲がり角に来るたび、熱い気持ちを感じていっそう自分を急き立てる。
だけど君は屈しない。


*「fall」は歌詞の流れから、降伏、降参の意味合いでとった。


"Finish Line" Jannine Weigel - Lyrics (Musixmatch)
https://www.musixmatch.com/ja/lyrics/Jannine-Weigel/Finish-Line

JannineWeigel-FinishLine-MV-Capture.jpg
*MVから取ったキャプチャー画面。


posted by J at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月21日

歌詞和訳:"Всего лишь три слова" by SAHA


SAHA - Всего лишь три слова (Simply three words)
*最後に歌詞の和訳載せてます。


ロシアン・ポップスの動画をサーフしていたときに見つけた「SAHA」というロシアの女の子3人によるユニット。キリル文字表記じゃないから「サハ」という発音でいいのだと思う。彼女たちは2015年の10月にファースト・シングル "Аргентина (Argentina) " を発表し、活動歴は一年ちょい、とまだ短い。
"Аргентина" の MVは、森の中をさ迷い歩いていた女の子(ヴォーカル)が、そこからどうにか抜け出し、辿りついた先の荒涼とした土地で暮らす友達(?)と合流するという始まり方だった(干上がった大地に廃船が転がっているシーンは、中央アジア・アラル海にある船の墓場のように見えるど、現地でのロケなのかな? CG合成っぽい感じもするけど)。そして、彼女らの元に大きな木箱が送りつけられる。開けて中を見るとマイクスタンドや楽器が入っていて、それを取り出し演奏をするという流れ。続いてリリースされたこのシングル「Всего лишь три слова」の MV は "Аргентина" の続編といった感じで、映像のトーンで繋がりがある。二つの MV に共通しているのが、衣装や小道具、乗り物などがスチームパンクっぽいテイストで登場すること。これが音作りと女の子たちのキャラクターにぴったり合っていてセンスの良さを感じる。ロシア語のEDM(トランス風だけど)はなんか新鮮だ。彼女らは、2日前の12/19に新曲 "Пьяная / ПРЕМЬЕРА " のMVをユーチューブにUPしたばかり(今回ヴォーカルが変わった?)。

たいていアルファベットで検索すると、すぐに英語圏でのサイトや記事等に引っかかるものだけれども、彼女たち、SAHAの場合は英語圏での紹介記事がさっぱりと見当たらず、ロシア語の記事がいくつかあるだけだった。その中で詳しく書いていそうなものが一つあったので、そのロシア語記事をグーグルの英語翻訳にかけて、なんとなく読んでみた。もちろん僕はロシア語のことは全くわからないので(読み・発音が少し分かる程度)、「ロシア語→英語」のグーグル訳がどれくらいの精度かも分からない。ただ、直接「ロシア語→日本語」にするよりかはいい結果になっている感じはする。情報がないよりまし、という程度で簡単に紹介。正確さは自信なく、3-4割くらいでみてもらえれば。
多分、日本でこのユニット「SAHA」の紹介は初じゃないかな。


SAHA profile

メンバーは以下の三人。
Саша Супруненко(サーシャ・スプルネンコ)このユニットでの歌い手。
Юля Сорокина(ユーリヤ・ソローキナ)ダンスなしでは生きられないほどの踊り好き。
Милина Тодореску(ミリナ・タドレスキー)兄が人気バンド「EMOTION」のリード・シンガーをしている。

Инна Мошковская(イナ・モスコフスカヤ)とАндрей Француз(Andrey Frantsuz / アンドレイ・フランツ = 作詞作曲を担当している)の二人が企画したプロジェクト・ユニットがSAHA。彼女(イナ・モスコフスカヤ?)は「Junior Eurovision」「Sanremo Junio」「Детская Новая Волна(New Wave)」の制作にかかわっていた。2014年、プロダクション・センター「PARADIZ」の局長でプロデューサーをも務めるイナ・モスコフスカヤの元に、サーシャ、ユーリヤ、ミリナを女の子らによる創造的なグループとして引き合わせたところからこの音楽プロジェクトのアイデアが生まれた。

Проект SAHA (プロジェクト・サハ)
http://oopsmusic.ru/saha/



サハ「Всего лишь три слова(フスィヴォ・リシィ・トゥリ・スロヴァ)」歌詞和訳
*歌詞は「 lyricstranslate.com 」から(最下記にリンク先あり)。
コーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。

この曲はロシア語で歌われていて、ロシア語の歌詞を Kamer Terzioğlu さんが英語に訳したものがある。その英訳を元にして今回、日本語訳にした。
● ロシア語歌詞 → 英語訳 → 日本語訳 という手順。

元の歌詞自体が短いものなので、重訳してもその意味が大きく違ってることはないと思うが、こういう風に、二回別な言語で変換することで、本来あるニュアンスのようなものが削られたり、あるいは付け加わったりしているかもしれない、っていうのは何か面白いなぁと。



Cold, snow, and the silence around. Wind noise and annoying hearing.
Lips burning, takes away the thought. I can not tell you everything,
but sorry...

あたりは寒く、雪が降り、静まり返っていた。風の音と耳障りな音だけがある。
唇が荒れ、何も思いつかない。あなたに全てを言えないの。でもごめん。



Do you want to understand? Give me a chance to be.
Do you want to keep? So show me how to live.
And trust; sky in the palm (the sky will leave the water).
It may then become a big star!

わかってくれる? 生きるチャンスをちょうだい。
あなたはこのままでいいの? だったら生き方のお手本を示してみて。
そして、頼りは手の平に掴んだ空(その空は海から離れるだろう)。
そうして大きな星になるのかも。



Only three words! Just three words: "I will always side by side."
A longer, believe me, I do not need anything! Only three words!
Just three words ...

三つの言葉だけで! 三つの言葉で言ってほしい「いつもそばにいるよ」と。
ずっと私を信じて。私は何もいらないの。三つの言葉だけでいい! 三つの言葉だけで。


*下線部英語訳の元になっているロシア語歌詞は以下の一文。たしかにロシア語では三つの言葉だ。
日本語訳で意味と語感を合わせると「ソバ ニ イル」といった感じになるのかな。
Всего лишь три слова: "Всегда буду рядом".



Do not hold up to twenty times. I can not sleep and I can not leave.
Holding hands, I feel like a thread. Just tell me, can you forgive?

二十回もはぐらかさないで。眠れないし離れられないの。
手を握ることで、繋がりを感じる。許してくれる? って言ってほしい。




" Only three words! " (english translate: Kamer Terzioğlu)
http://lyricstranslate.com/en/%D0%B2%D1%81%D0%B5%D0%B3%D0%BE-%D0%BB%D0%B8%D1%88%D1%8C-%D1%82%D1%80%D0%B8-%D1%81%D0%BB%D0%BE%D0%B2%D0%B0-only-three-words.html

SAHA-Simply3Words-MV-Capture.jpg
*上動画のキャプチャー画像。

Backstage: съемки клипа SAHA - Всего лишь три слова
https://www.youtube.com/watch?v=NrVTIhHdzv8
MVのメイキング動画。後合成じゃなくて、撮影用の人工雪降らせてたのか。



posted by J at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月16日

歌詞和訳:"Shelter" by Porter Robinson & Madeon


Porter Robinson & Madeon - Shelter (Official Video)
(Short Film with A-1 Pictures & Crunchyroll)
はじめにナレーションがあって、曲がはじまるのは0'49"から。最後のシーンがじわっとくる。


DJ・クラブシーンではものすごく有名らしい、ポーター・ロビンソンとマデオンの二人。彼らが初めてコラボした楽曲「シェルター」がえらく話題になっていた。というのは、辿っていくうちに知った情報で、この曲を知るきっかけはTumblrを見ていたとき、目にとまったMVのキャプチャー画像だった。僕はほとんど(全くといって)アニメは見ないので、最初、それは何かの作品に出てくるキャラクターなんだろうというくらいでしか思わなかった。ただ、オレンジの光に包まれた女の子の絵を見た瞬間にハッとなって、即リンク先へと飛ぶ。そこにこの「Shelter」の動画があった。はじめは何か新作映画の予告か、その主題歌の映像なんだろうなという印象がしたけれども、音と映像のリンクがしっかりしていたし、何かの予告編的な編集されたものでない映像は、魅せるストーリー展開があった。そうして、ポーター・ロビンソンとマデオンの楽曲に合わせて作られたショート・ムービーだというのが見ていくうちにわかった。
この音楽とアニメーションのコラボレーションが実現したいきさつは、日本のアニメ好きなポーター・ロビンソンが、自分たちの新曲に合わせたMVを創るにあたって、脚本とイメージを考え、それを日本の映像制作の会社に持ちかけたことがはじまりだったとかで、詳しい記事はほんとありがたい(ダフトパンクと松本零二のコラボによる一連のMVを思い出すも、ポーター・ロビンソンとマデオンの二人はダフトパンク繋がりで知り合った仲だったり、やっぱり何か細い糸で続いていた)。にしても、このショート・ムービー、音と映像の透明感がめっちゃ綺麗で、けっこうこの世界に浸ってしまう。この曲にしても、ダフトパンクもそうだけど、音のつくりは 10cc の系譜にあるんだなと思う。

このアニメーション、キャラクターはいかにも日本的だし、日本語のセリフなんだけど、ストーリーやコンセプトにアメリカの血が入っているせいか、純日本産のアニメよりも、どこかドライな感じがして、そのちょっとした差異に新しい何かがあるような。そして、ユーチューブにこの曲の各国語訳が続々上がっているのを見ているうちに、ふと思う。中国語の訳などは全部漢字になった歌詞が、動画の透明感とのギャップを感じて新鮮だったりする。これアルメニア文字とかが出てくると、もっと異世界感たっぷりになるんだろうな。



ポーター・ロビンソン & マデオン「シェルター」歌詞和訳

Porter Robinson & Madeo "Shelter" - Lyrics
*歌詞、バックグラウンド・ストーリーは「 sheltertheanimation.com 」と youtube から。
歌詞は、小文字の「i」と大文字の「I」等、細かな表記の違いがあり統一されてない。オフィシャル・サイトにも日本語訳があった。そこでは「僕」という人称を使っていて、この動画の主人公として登場する17歳の女の子・凛を連想しにくかった。


Background STORY
未来的シミュレーターの中で孤独に暮らす17歳の少女「凛(リン)」は、 毎日永遠の命が続く無限の美しいバーチャルリアリティーの世界で目を覚まし、タブレットを使ってシミュレーターを操作し、自分のための新世界を空想し創造しつづけている。しかし、現実世界の凛は実は昏睡状態にいて、その体は小さな宇宙船内のVRシミュレーター内に…



i could never find the right way to tell you
have you noticed i've been gone?
cause i left behind the home that you made me but i will carry it along

あなたに上手く言えなかった。
私がどこかに行ってしまった、って気づいた?
あなたが造ってくれた家をあとにしたから。でも私は一緒に持って行くの。



mm it's a long way forward so trust in me
i'll give them shelter like you've done for me and i know i'm not alone
you'll be watching over us until you're gone

この先は長い道のり だから私を信頼して。
あなたが私にしたように、私は彼らにシェルターを用意するの。
そう私は一人ぼっちじゃない。
あなたがいなくなるまで、私たちを見守ってくれるのだから。



when i'm older i'll be silent beside you
I know that words are not enough and they won't need to know our names or our faces but they will carry on for us

私が年を取ったら、あなたのそばで何も言わずにいる。
言葉では表せないことを知っているから。そして彼らは私たちが誰だかなんて知る必要もない。
でも私たちのために続けてくれるはず。

(私が彼らに贈ったシェルターを大事に使い続ける、ということかな?)


Capture-MV-PorterRobinson&Madeon-Shelter.jpg
"Shelter" - screen shot (from youtube)
http://tagong-boy.tumblr.com/post/152811487261/




10/18 (tue) の22:15に、渋谷モディ(旧マルイシティ渋谷)の建物正面に設置された街頭LEDビジョンで、「Shelter」の映像が世界で最初に公開された。そのときの告知と様子がポーター・ロビンソンのツイートで。当日はけっこうファンが詰め掛け、集まっていたみたい。




SHELTER
http://sheltertheanimation.com/


posted by J at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月24日

歌詞和訳: "To See You Smile" by Charity Children


Charity Children - To See You Smile
*最後に歌詞の和訳載せてます。


8ミリ・フィルムの思い出
8mmフィルム・カメラで撮ったシーンを挿入した上動画のMVを見ていると、ふと懐かしい記憶が甦ってきた。カラー・フィルム映像のもつ色褪せた色調や荒い画質から湧き上がってくるデジャヴ的な感覚ではなく、僕の小さかった頃の記憶がふわっと広がる。まだ僕が幼稚園(だったかな?)に通うかまだその前のとき、機械好きの父がよく8mmフィルムで、遊んでいるところを撮ってくれた。僕はといえば、カメラを向けられるとやっぱり意識してしまって、じっとはしていられず、だけども何をしていいのかさっぱりわからないもんだから、変な仕草ばかりしていた。そういった照れ隠しの姿がそのときのフィルムに残っている。
まだ、オートフォーカス・カメラなんて未知の世界で(写真用の)カメラもさほど普及してなかった頃だった。写真のカメラは、レンズを前にじっとしていなければいけなかったので、なんとなく身体の記憶にある。父の構えるこの 8mmカメラをどんな風に認識し、写真用カメラとの違いを、子供ながらに少しは分かっていたんだろうか、というあたりは、今思うと興味のあるところ。撮影場所は家の庭だったり、近所の公園だったりたわいもない場所だった。撮られていた瞬間のことは全く覚えていないが、その前後のシーンはまだ少し覚えていたり、記録されてない時間の方が自分の記憶の中で残っているのは何か不思議な気がする。撮られている間の記憶が、フィルムに転写されて自分の中からすっぽりと抜けてしまったんだろうか? なんて。こんな感じで僕を撮影したフィルムがある程度揃うと、父はフィルム編集機を使ってつなぎ合わせ、ちょっと長めの映像にまとめていた(8mmフィルム一本の録画可能時間はおおよそ3分ほどだったと知るのはずっと後になってからのこと)。今だと、動画データをPCなどに放りんで、編集ソフトを使えばコンマ秒単位で映像の編集が出来るけれども、フィルムの場合は巻いたリールのコマを順番に見ながら、意図する位置でフィルムをカットし、次のフィルムの頭部分へと繋いでゆく。当然それは手作業で、幅のないコマの余白を上手く切ってゆくのは根気のいるものだった。そして、切ったフィルムのはじとはじをぴったりと合わせ、透明テープのようなシールでピタっとくっつけるのだ。こうした工程を手際よくこなす父の動きは子供にとっては、えらく不思議に見え、何をしてるのかはさっぱり分からないけれども、かっこよく見えた。ときどき、いらないフィルムのはじをもらって、僕も同じように真似して8ミリ・フィルムを切ったりつなげたりして楽しんでいた。連続するひとコマひとコマは、どれも同じに見え、違いなんてまったくわからなかった。どの部分が要らなかったのか、そうした取捨選択の判断も、当時はフィルムの繋ぎ方と同じように不思議なものだった。
フィルムのつなぎ目は、段差なく上手にくっつけないと映写機で回しているときに、中のローラーに巻きついたり、途中で止まってしまったりする。月に一度か、二、三ヶ月に一度くらいの頻度で、上映会をやっていた。見るのは、もちろん家族だけだけど、これがけっこう楽しくて、たいていは日曜日の夕食後、押入れから映写機を引っ張り出し、部屋の白壁に映像を映し出していた。カーテンを閉め、部屋の電気を消し、僕たちは映像が流れるのを待つ。父はその間に、映写機の角度やピントを調節しながらレンズを動かしていた。プラスティックのリールに巻き取られるカラカラという音と、モーターの音が響く。音は付いてない映像のみ。そうしていざ始まると、カメラを向けられ撮られていた記憶なんてすっかり忘れているもんだから、壁に大きく映る自分の姿は自分ではないような感覚があって、変なことをしている自分が、自分とは違うまた別な人に見えたりした。家族みんなで、笑いを誘う場面ももちろんあって、そこは何度見ても同じところで笑いが起きる。そうした印象的な定番シーンが、フィルムのタイトルや通称みたいになっていて、次回次々回のリクエストの対象になる。映写機に何度もかけられると、繋ぎ合わせたフィルムはやっぱりずれてくるもので、時折上映中にフィルムが止まったり、映写機の中で絡まったりして、上映会が早々とお開きになったりもした。
僕が大きくなってくると、少し撮られることに抵抗を感じはじめたんだろうと思う。それとも生意気になって無邪気さがなくなったのかもしれない。あるいは、父の仕事が忙しくなって関心がそっちの方にいっていたのかもしれないし、単にカメラの調子が悪くなっていただけかもしれない。ただ、だんだんと父が 8mmカメラを持ち出すことが少なくなっていったのは確かで、僕もそのうちに家に 8mmカメラがあったことを忘れてしまった。

撮影者と被写体だけの間でしか関係し合わない記録映像。何かを表現しようとしたわけでもなく、誰かに見せようとしたわけでもなく、ただ撮りたいと思って撮られた、何てことはない映像のもつ純粋さって、どんなものにも勝るんだなとふと思う。もちろんそうしたものは、全く事情のわからない他の人からすると、ただ流れてゆくものの一つにすぎないのだろうけれど。何もかもが多くの人に見られ、知られなければいけないということはない。静かに眠るこうした記録を、起こしたりせず、そっと見守っているだけでもいいんだよな。


* * * * *

この夏に良く聴いていたチャリティ・チルドレン。詳しいプロフィールや活動遍歴などをあまりHPに載せてないのでメンバー構成がよくわからないが、女性ヴォーカルの Chloë Lewer(クロゥエ・レヴァー)と ウクレレ弾きの Elliott McKee(エリオット・マッキー) 、この二人のカップルを中心にメンバーが集まって活動しているグループのよう。曲の映像を見るとバックパッカー的な Busker 風のスタイルで、世界各地を点々としながら演奏をしているようで、いつも新鮮な場所で新鮮な眼差しで自分たちのいる場所と、そこでの出会いを楽しんでいるんだろうなと思えたり。そういう感性が歌やメロディにも出ている感じがして、スッと耳に馴染んでくる。これ、めっちゃいい曲だな。


チャリティ・チルドレン「To See You Smile」歌詞和訳

"To See You Smile" by Charity Children - Lyrics
https://www.musixmatch.com/ja/lyrics/Charity-Children/To-See-You-Smile
*歌詞は「 musixmatch.com 」から。
コーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いてます。


A thousand times I've seen you cry
It seems your face is never dry,
so this time I will say goodbye, my lover
I'll leave here at the break of day
Tread lightly as you calmly lay, although it seems I never may recover

もう数え切れないほど、君が泣くのをみてきた。
その泣き顔はもう乾かないんじゃないかって思うほどに。
今度こそ、僕の愛しい人にさよならを言わなきゃ。
太陽が顔を出したら、ここを出ていこう。君がすやすやと眠っている横をそっと歩く。
気が変わるなんてことはきっとないんだろうと思いながら。



To see you smile (*repeat)
君の笑顔をみるんだ。君の笑った顔をね。


I think perhaps we were too bold in fits of blinding love
We told each other that we would grow old together
and now the lines that mark your face are not from age but from heartbreak
We dreamers now must separate forever

一途な愛が激しくて僕たちは思い上がりすぎた、と思うんだ。
一緒に年をとっていこうって、互いに言い合ったね。
それで、君の顔についたシワは年齢によるものじゃなく、失恋から生まれたものだって。
夢見る僕らは、いまここで分かれ道を選ばなきゃ、この先ずっと。



You and I, you must agree, work better as a memory
It's the present, which will always be our flaw
So leaving our once perfect bliss
We seal the end with our last kiss but there's one thing I'll miss forevermore

君と僕、思い出としてならうまくいくんだと、君は同意してくれるだろうか。
今現在、これっていつも僕らの欠点だね。
だから、これまでの僕らの完璧な幸せにさよなら。
最後のキスで締めくくろう、でも永遠に、寂しさに暮れることが一つある。




Charity Children
http://charitychildrenband.com/


posted by J at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月07日

歌詞和訳: Wire - "Outdoor Miner" (7inch version)


Wire - "Outdoor Miner" 7inch version
*最後にこの曲の歌詞と和訳を載せてます。

この曲については以前に一度(2012年5月)書いていて今回で二度目。歌詞の訳をしている際、ユーチューブで何か面白い音源(カバーやデモ・テイクなど)がないかと探していたときに見つけたのが上動画(音のみだけど)。wow! シングル盤ってアルバムとヴァージョンが違ってる! と初めて知ることに。レコード屋巡りをしていた学生の頃、あまり見かけなかったこのシングルがまさか未聴音源だったなんて、、と一人妙なタイムスリップ感に浸ってしまった。シングル・ヴァージョンはアルバム・テイクよりやや長めでアレンジも少し違う。後半に入ってくるピアノとコーラスが清々しく、ワイアーのクールな音ともよく合っている。そして、ワイヤーの歌詞は、歌いやすいメロディとは正反対に、たいてい意味がよくわからず難解な印象がある。この「Outdoor Miner」でもそれが当てはまっていた。ところが、最近この曲についてを語っているメンバーのインタビューを見つけて、長い間さっぱり理解できなかった歌詞の意味が、少し解けたような気がした。



『Chairs Missing』に入っていたワイアー史上最もポップな曲と思える「Outdoor Miner」は、どんなふうに作ったか覚えてますか?

グラハム:「Outdoor Miner」の歌詞は、夏のある朝、起きてすぐに書いたんだ。歌の内容は、それぞれ異なる生物...主に昆虫たちの、異なるライフサイクルについてのもので、彼らの誕生、生活、そして死について書いている。ヒイラギの葉を食べて、葉の上に目に見えるくらいくっきりした食べあとを残すサーペンタイン・マイナー(注:羽虫の幼虫の一種、葉潜性昆虫)などについてフォーカスしてる。サーペンタイン・マイナーの食べあとは人生の旅...みたいな?

WIRE interview(Cookie Scene)、より
(質問・文:伊藤英嗣 / 翻訳:HigherFrequency / 2011年6月)
http://www.cookiescene.jp/2011/06/post-205.php



ワイヤー「アウトドア・マイナー(屋外の抗夫)」歌詞和訳

Wire "Outdoor Miner" - Lyrics (Song Meanings)
http://songmeanings.com/songs/view/3530822107858623127/
*歌詞は「songmeanings.com」から。コーラス・パートやサビのリフレイン等で歌詞が重複する箇所は省いている。歌詞サイトなどにある英詞の表記は、たいていメロディに合わせて改行表記され、そのため言葉が短く区切られ断片的になっていることが多い。それに合わせ読んだり訳をすると、文章としての繋がりがなくなって、意味が伝わりにくくなるように思う。なので、メロディやフレーズ単位で細かく区切らずに、なるべく歌詞をひとまとまりの文として読めるようにした。


No blind spots in the leopard's eyes can only help to jeopardize the lives of lambs, the shepherd cries

死角のないヒョウの目に捕えられると、子羊たちの命を危うくするだけでしかない。羊飼いはそう叫ぶ。

An outdoor life for a silverfish,
Eternal dust less ticklish than the clean room, a houseguest's wish

シミ(西洋紙魚)の野外活動。来客が望むもの、それは清潔な部屋よりも気遣いがいらない無尽の塵。

He lies on his side, is he trying to hide?
In fact it's the earth which he's known since birth

寝そべって、それで隠れようとしているの?
それは虫が生まれたときから知る大地のいとなみ。


Face worker, a serpentine miner, a roof falls, an under-liner of leaf structure, the egg timer
エカキムシという坑夫は ― 天盤落下にも見舞われる ― 葉の組織に線を描く者の限りある命。


* serpentine leaf miner: ハモグリバエの幼虫のことを、英語では「曲がりくねる(葉の中の)坑夫」というようで面白い表現だなと思った。ガーデニングをしている人たちにとっては目の敵といってもいい、やっかいな害虫「エカキムシ」と言った方がわかりやすい。

* 'roof falls in' で「災難が起こる」「何もかもうまくいかない」という言い回しがある。歌詞では「Face worker(坑夫)」や「miner(鉱山労働者)」という言葉が出てくるので、'roof'は鉱山・炭鉱内部の屋根のことかと。葉の中(での人生)を右に左に揺れながら(serpentine)、前に進むエカキムシの山あり谷ありな苦労を二重に言っているようにも思える。

* the egg timer : =「ゆで卵用の数分間砂時計」から「砂時計の残された時間」という意味合だと思い、それぞれの生き物に与えられた命の時間(神の定めた寿命)という風に解釈した。唐突にこの言葉が出てくるので、歌詞との繋がりがいまひとつよくわからず。ただの韻踏みかもしれないし、単にイメージ連想の面白さを狙ったものなのかも。



" Outdoor Miner " のUK盤7インチ・シングルのジャケット表裏。
Wire-OutdoorMiner-7inch.jpg
*レコード・ジャケットの画像は「Discog.com」から

「Outdoor Miner」のシングルは、大阪のレコード屋ではほとんど見かけなかったので、店に置いてあったレコードは珍しく、わりとじっくりと見ていたような気もするが、裏面のデザインはまったく覚えてなかった。あれ、こんなんだったかな? と当時の記憶をたどってもやはり知らないループにはまるだけで、今回初めて見た感覚がし、ちょっと新鮮だった。ワイヤーはシングルで聴くというよりも、アルバム一枚を通して聴くファンが多かったように思う。日本では、中古輸入盤屋の海外買い付けレコードで入ってくるぐらいだった為、いいコンディションのものを見かけなかった。「Outdoor Miner」には、2,000円位の値段がついていたけれども、それほど良いコンディションでもない中古盤をこの値段で積極的に買う人はあまりおらず、レコード屋ではわりと売れ残り組の部類にはいっていた。店側からすると回転率の悪いレコードの一つだったんだろうな、と当時を思い返してみる(アルバムは入荷するとすぐに売れていたのに)。アルバムでは飽き足らず、シングルにまで手を伸ばしコンプリート・コレクションするような熱心なファンがさほどいなかっただろうから、この7インチ盤を求める需要は少なく、また供給もあまりないために、値段は大きく下がることもなく極端に上がることもなかった。





posted by J at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋楽の歌詞和訳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする