2017年04月19日

33年目の「ニューロマンサー」は新しいカバー・デザインで

WillamGibson-SprawlTrilogy-Gollancz.jpg
Gollancz から、新しいカバー・デザインになって出たウィアリム・ギブスン「スプロール三部作」
表紙のアートワークは、ダニエル・ブラウンによるCG作品。記事中ほどで彼の他作品も紹介してます。
(* 画像は「GOLLANCZ BLOG」より。)


2016年12月8日に、イギリスのSF系出版社ゴランツから「ニューロマンサー」が新たなカバー・デザインとなって発売された。そしてこの続編となる「カウント・ゼロ」と「モナリザ・オーヴァードライヴ」が、今年2017年2月9日間髪を入れずに出たばかり。さらに短篇集「バーニング・クローム」もこの三部作と同じデザイン仕様で、2月23日に発売。計4冊が関連したヴィジュアル・デザインとしてまとめられた感じだ。これ、シリーズで揃えたくなるほどカッコイイ! 今のところ「ニューロマンサー」と「バーニング・クローム(邦題:クローム襲撃)」の2冊だけが日本語訳で読めるが、残り2作は絶版のまま。ハヤカワさん、新訳で復刊してくれないかな?
ゴランツは現在も "S.F. Masterworks" というシリーズで、フィリップ.K.ディックやアーサー.C.クラークの小説をけっこう出している(他、2006-07年にかけては「めぞん一刻」も英語コミックとしてカタログに入っていた。この漫画も同じ80年代に連載され 'The 80's' の代名詞的作品だ)。現社長で英SF界の名物編集者であるマルコム・エドワーズは、J. G. バラードの「太陽の帝国 / Empire of the Sun」を編集していたのでバラードとも接点がある。
P.K. Dick (Gollancz): http://tagong-boy.tumblr.com/post/159398559971/
A.C. Clarke (Gollancz): http://tagong-boy.tumblr.com/post/159377309441/


今回は33年ぶりに(元の出版社から)新たな装いとなって発売された「ニューロマンサー」のカバー・デザインと、それに使われているダニエル・ブラウンの作品について少し触れてみた。以下「ニューロマンサー」のストーリーについてではなく、カバー・イメージから見た「ニューロマンサー」といった感じで、ダニエル・ブラウンというCGアーティストの話が中心になっている。P.K. ディック風に言うならば「ブック・カバーは電脳譚の夢世界を具現化できるか」かな。
ギブスンの小説は、映像を喚起する要素は強いけれども、それらは頭の中で生まれ完結する非現実的なイメージのため、具体的に視覚化するのは難しいだろうとは思う。この彼が描く未来的な世界を、本の表紙パッケージとしてデザインするとなるとなおさらで、これまでに出版されたものをいくつか見てもどこか抽象的なものが多く、イメージの核心をつかみきれてないところがあったし、どれも皆、決定的なイメージになっているとも思えなかった。しかし、今回ゴランツから出た「スプロール三部作」のブック・デザインは、ダニエル・ブラウンという素晴らしいアーティストを起用し、これまでのものとは格段にレベルの違うイメージで、ギブスンの小説世界をたった一枚で表したように思うし、読者はきっとこの新しいブックカバーに何一つ文句いうことなく、納得するんじゃないかとも思う。少し後に引用した「ゴランツ・ブログ」にも書いてあるように、今回ギブスン自らダニエル・ブラウンにコンタクトをとり(もしかすると出版社から紹介されたのかもしれないが)、新しい「ニューロマンサー」の表紙デザインが出来上がった。33年経ってようやく小説にふさわしいイメージがヴィジュアル化されたのを目にし、ギブスンが言葉で綴っていた世界がいかに早かったのかと実感する。


SF小説『ニューロマンサー』が出版されたのは1984年のことだった。
それから実に、30年がすぎた。いま、われわれは、まだ世の中の大部分がアナログだった時代に書かれた“直観”のうち、何が未来を告げていたかを知ることができる。


『ニューロマンサー』からの30年。サイバーパンクは現実を先取りした(WIRED.jp、より)
http://wired.jp/2014/09/20/post-neuromancer/


アマゾン.jp & マーケット・プレイスで、新装ペーパーバックを頼んでみた。
FrontCover-Nueromancer-Gollancz.jpg
文字やデザイン・アクセントとして配置している色塗りチップ箇所は、(エンボスではない)箔押し加工になっていてメタリック感がある。アマゾンや出版社HPに載っている表紙デザインを見た限りでは、通常のCMYK・4色プロセスで印刷したもののように見えるが、実際本が届いて手に取ると、この華やかな金属光りが、マットPPコーティングされた表紙の中でよりくっきりと輝き、少し高級感が出てとてもいい。
日本語訳を読んだあと「ニューロマンサー」の原文がどんな英語なのかは、すごく興味あったのだけれども、以前に出ていたペーパーバック版の表紙デザインがどれもいま一つなところがあって、買うには二の足、三の足を踏むくらいだったりした。でも、Gollancz から新しく出たこのペーパーバックはひと目みた瞬間欲しくなった。
W.Gibson-CountZero-Gollancz.jpg



「ゴランツ・ブログ」の記事の中で、「ニューロマンサー」の新しい表紙がどういった経緯によって出来上がったのかが書かれていたので、少し訳してみた。

"Cover Reveal: Neuromancer!" (GOLLANCZ BLOG)
http://www.gollancz.co.uk/2016/10/cover-reveal-neuromancer/
予備:http://archive.fo/4KBe6
Japanese translated by Tagong-Boy / Original text by Darren ( Oct. 2016 )


2015年の冬、世界がより穏やかで複雑でもなかった頃、私たちは英国での最初の出版社から、ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」が戻ってくるぞ、と発表した。それもなんと、当時の編集者によって! オリオン出版社グループのインプリントであるゴランツは、ウィリアム・ギブスンのスプロール三部作(「ニューロマンサー」「カウント・ゼロ」「モナリザ・オーヴァードライヴ」を含む)と短篇集「バーニング・クローム」の版権獲得を発表し歓喜している。ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」は「1984(ジョージ・オーウェル著)」や「すばらしい新世界(オルダス・ハクスリー著)」と並び、未来社会を示した20世紀で最も影響力を持つヴィジョンの一つとして称されている。
Back in the winter of 2015, when the world was a gentler, simpler place, we announced the return of William Gibson’s Neuromancer to its original UK publisher – indeed, to its original UK editor!
Gollancz, an imprint of the Orion Publishing Group, is delighted to announce their acquisition of William Gibson’s Sprawl Trilogy, comprising Neuromancer, Count Zero and Mona Lisa Overdrive and a collection of short fiction, Burning Chrome. William Gibson's Neuromancer ranks with 1984 and Brave New World as one of the 20th century's most potent visions of the future.



ゴランツの社長、マルコム・エドワーズ曰く:
 「ニューロマンサー」とギブスンの他初期作品を獲得したことは、私が1980年代にゴランツで過ごした最高な出来事の一つだった。そして、それらが本来あるべき場所で復活できることがとても嬉しい。彼の作品は20世紀後期のSF小説の中でも重要なタイトルのままでいる。
Malcolm Edwards, Chairman of Gollancz, said: 'Acquiring Neuromancer and Gibson's other early works was one of the high points of my years at Gollancz in the 1980s, and I'm delighted to bring them back where they belong. They remain absolutely key titles in any account of late 20th century SF.'


ウィリアム・ギブスン曰く: 「ニューロマンサー」とその続編2作、および「(短篇集)バーニング・クローム」が、私にとって英国での最初の出版社、ヴィクター・ゴランツに戻るのを知り嬉しく思う。ましてや、版権を取った当時の編集者であるマルコム・エドワーズの素晴らしい援助の元でなんだから。
William Gibson said: ‘I'm delighted to see Neuromancer and its two sequels, plus Burning Chrome, return to Victor Gollancz, my first UK publisher, and still more so under the excellent auspices of Malcolm Edwards, their original acquiring editor'


私たちは、この独創的なSF作品とその続編の表紙をお披露目でき誇りに思うし、またワクワクしている。
We are now proud and excited to reveal the covers to this seminal work of science fiction and its follow-up volumes.


表紙のイメージは、受賞暦あるアーティスト、ダニエル・ブラウンによるデザインで、コンピューター・グラフィックによって描かれたものだ。そのプログラムは、彼が面白い形を探しながらそのとき追い求めていたユニークな3Dの形状を創るために、フラクタル数学を用いている。彼が自分の好む形を作り出すため分離やひねりを加えた後、プログラムは、エッシャー風「ありえない建築群」の素晴らしいイメージを作成するために、彼のポートフォリオにある建築写真から選んだ素材を重ねていく。
The cover images were generated by a computer program, designed by award-winning artist, Daniel Brown, which uses fractal mathematics to create unique 3-D shapes that he then explores, looking for interesting forms. After he has isolated and tweaked the shapes to produce something he likes, the program overlays elements from his portfolio of architectural photos, to produce amazing Escheresque images of 'impossible buildings'.

* award-winning: 直訳では賞を勝ち取ったという意味の「アワード・ウィニング」だけど、これってどう訳したらいいんだろうと調べてみたら、けっこう難儀な言い回しらしく、訳しづらい言葉みたいだった。ダニエル・ブラウンも特に何か大きな賞をとったというわけでもなさそうだったので、何かぴったりとくる言葉を考えてはみたが思い当たらず、下記ブログ記事にあるように「受賞歴ある」という風にした。意味合い的には(目の肥えた)多くの人から評価されている、という位の感じがした。
http://studio-rain.cocolog-nifty.com/blog/2009/08/award-winning-2.html


ダニエル・ブラウン曰く: 私はコンピューターのコードを通して建築物を描く実験をしていた。プロジェクトとして、それはまだ初期段階だったし真の目的があるわけでもなかった。そうしたときに、ウィリアム・ギブスンが私に接触してきたんだ。そして、これぞまさに「スプロール三部作」を構想していたものだと言った。神秘的な方法で、そのコードは自身の意図するものを見出したんだ。デザインのためにウィリアム・ギブスンからコンタクトをもらったことは、私が想像しうる限り最高の賛美だよ。それを越える精励賞なんて思いつかないね。
Daniel Brown said: 'I had been experimenting with generating architecture via computer code. As a project it was still in its infancy and without real purpose. Then William Gibson contacted me, and stated it was exactly how he had envisaged The Sprawl. In an uncanny way the code found its own purpose.'
'To be contacted by William Gibson for the designs was about the highest praise I could imagine. There’s no industry Award that can top that.'


* industry Award: industryは「勤勉な」という意味合いのある文語で訳してみたけれど、単純に業界的なという意味合いで、企業が設けた有名な賞のことを言っているのかもしれない。ここは、どんな激励にも勝るくらいのニュアンスでいいのかな。


DanielBrown-NeuromancerSprawl.jpg
ダニエル・ブラウンが「Neuromancer: The Sprawl」シリーズのブック・カバー用に制作した原画。
この作品、ディティールが細かい上、迫力と完成度がありすぎるので、タイトルや著者名等の必要な文字要素を乗せ、パッケージ・デザインとして成立させるのはけっこう難しいと思う。もし僕がデザインをするなら、画面の角部分に細い帯を入れ、サンセリフ系の書体を乗っけるだけにして、極力作品の存在感を損なわないようにするかな。(* 画像はダニエル・ブラウンのHPより:http://danielbrowns.com/


ダニエル・ブラウンのその他作品「 Dantilon:ザ・ブルータル・デラックス」シリーズ
DanielBrown-DantilonBrutalDeluxe.jpg
Daniel Brown - " Dantilon: The Brutal Deluxe " (Flickr)
https://www.flickr.com/photos/play-create/albums

LarungGar-EasternTibet.jpg
写真上:ラルンガル・ゴンパ(色達 / 東チベット・カム)、写真下:ガルダイア(ムザブの谷 / アルジェリア)
* 画像は右リンクより:http://tagong-boy.tumblr.com/post/159674492311/
ダニエル・ブラウンがCGで描いた未来都市作品を彷彿とさせるチベットの僧房群とマグレブの中世都市。
二つを同時に並べてみると、どちらが現実世界のものでどちらが想像上のものか区別がつかなくなってくる。そして、現実にあるこうした一見無秩序に見える街並みを遠目で見ていると、人間が無計画に作り上げた建築群が、実は、誰が決めたわけでもないだろうある法則によって、非常な規則性を帯びて建てられているんじゃないか、といった不思議な事実があることに気づく。人が無意識のうちに、何かのプログラムの一部になり(居住区を造り上げるという)行動をしているかのようで、人間一人一人がまるで誰かが描いた設計情報の一端子にすぎないんじゃないかという奇妙な感覚にもなったりした。これって、ギブスンの描く小説世界ともリンクしているような気がしたり。
MzabValley-Ghardaia-Algeria2.jpg


新しくなった W.ギブソン「スプロール三部作」の表紙カバーに使われていた写真から興味をもって、その名を知ったダニエル・ブラウンというアーティスト。彼の作品を最初に見たときは、脳の中で感嘆符が無数に爆発するような衝撃があった。SWに出てくる巨大な宇宙船、スターデストロイヤーを彷彿とさせるようなスケール感あるディティール。この地球上に存在する何かで言うならば、東チベット・カム地方の奥地にある「ラルンガル・ゴンパ(Larung Gar Gompa)」やアルジェリア中部、ムザブの谷にあるイスラム都市「ガルダイア」、あるいはブラジルのスラム街ファヴェーラなんかが真っ先に思い浮んだ。
彼の作品。はじめは実際ある建築写真のテクスチャーをデジタル処理で切り貼りし、ひとつの画像にしているのかと思ったが、フルCGのようなのっぺりとした質感もあったし、でもどこかリアルな陰影もあり、一体彼はどうやってこうした画像をつくり上げているんだろうと不思議だった(もし手作業によるデジタル・コラージュだったとしたら、途方も無い工程になるだろうとは想像つくのでさすがにそうは思えない)。いくつかのWEB記事を読んでいくうちに、彼の制作プロセスがわかってきた。ダニエル・ブラウンはフラクタル幾何学を演算できる・コンピューター・プログラムを自分で作製し、それを使い奇妙な擬似建築構造の形を作り上げ、仕上げにストックしてある古い建築写真のテクスチャーを張り込こんで作品を完成させている。ワイヤードの日本版に、ダニエル・ブラウンについての翻訳記事が載っていたので以下一部引用。



ロンドン在住のデザイナーであり、プログラマーでもあるブラウンは、写真を加工するために新しいデザイン手法「ジェネラティヴデザイン」(コンピューテーショナルデザイン、アルゴリズムデザインとも呼ばれる)の自作ソフトウェアを使用している。彼はそれを使い巨大で複雑な3Dパターンをつくり出し、そこから何かおもしろいものを見つけるまで、ただひたすら探し続ける。

2003年に事故に遭ったブラウンの手には、障害が残ってしまった。そこで彼は、筆や鉛筆を握る必要がないツールを探し求めた。

「架空の街をつくるために、アルゴリズムをプログラミングしていくのです。自ら描くわけでもなく、3Dモデルでつくってもいないような建物や構造物が、この街には存在します」とブラウンは語る。



「アルゴリズム」という名の建築家が街をつくってみたら(WIRED.jp、より)
WIRED.jp (2016.08.05) :http://wired.jp/2016/08/05/monstrous-alien-cities/
英語元記事:https://www.wired.com/2016/06/monstrous-alien-cities-built-computer-algorithm/


ニューロマンサーの初版本(イギリス版 & アメリカ版)とカバーイラスト

Neuromancer-1stEd-UK-USA.jpg
* 上画像は右リンクより: http://tagong-boy.tumblr.com/post/158299818446/
英国「ヴィクター・ゴランツ社」の初版本ハードカバー(left)
米国「エース・ブックス社」のペーパーバック初版(centre)
ジェイムス・ウォーホーラによる、米・ペーパーバック版の表紙絵(right)

ニューロマンサーは1984年に出版。この初版本がどんな表紙だったのかと、今いったいどれくらいの値段になっているのかが興味あって「abebooks.com」やオークション・サイトなどを見てみたところ、おおよその相場がわかった。イギリスのSF系出版社「ヴィクター・ゴランツ」の黄色いハードカバー本が希少度高いようで、平均 2,000 - 3,000ドル(1USD=115円換算で23〜35万円)の値が付いている。けっこうビックリした。サイン本でなければ2,000ドル以下でもあるが、買う人いるのかな?
アメリカでは「エース・ブックス」から出版されていて、こっちはけっこう安い(といってもそれなりに高いんだけど)。エース・ブックス版のハード・カバーはおおよそ200ドル程度(2万円ちょい)で、サインが付いていても同じ位、ゴランツ社のと比較するとなぜか人気が無い。そして、ペーパーバックは100ドル未満であり、ペーパーバックにサインが付くと急に高くなって800ドル位になる不思議。米のハード・カバー版はデザインがいまひとつだったので今回は画像アップしなかった。エース・ブックス版のペーパーバックはいかにも80's風のダサダサ・デザインで、なかなか味わい深い。ちなみにのヒューマノイド風の表紙絵は、アンディ・ウォーホールの甥(兄の息子)ジェイムス・ウォーホーラ(James Warhola)が描いている(漫画「コブラ」に出てきそうなキャラクターだ)。
またこのエース・ブックス社はウィリアム・バロウズの処女作「ジャンキー(1953年)」を出した出版社でもあって、こうしてみると何かひと時代築いた人や時代の流れを変えた人たちが間接的につながっているんだなと。「ジャンキー」を出版した時、バロウズは「ウィリアム・リー(William Lee)」というペンネームを使っていた。


日本版「ニューロマンサー」の表紙デザイン
W.Gibson-Neuromancer-Hayakawa.jpg
* 上画像は右リンクより: http://tagong-boy.tumblr.com/post/159598306186/
奥村靫正デザインによる「ニューロマンサー」ウィリアム・ギブスン(訳:黒丸尚)の表紙カバー
と「S・F・X」細野晴臣 with フレンズ・オブ・アース(1984年末リリース)のジャケット。
上二つのカバーは、ほぼ同時期に制作されたデジタル・コラージュだが、短い期間にも変化が見られる。この頃は、今ではお馴染みとなったMacやイラストレーター等を使っての DTP デザインがまだ普及してなかった為、デジタル・コラージュといっても、手で写真を切り貼りしたものを複写したり、印刷の製版フィルムで仕上げたりと、アナログな手法でデザインするしかなかった。そうした状況の中で、そのとき一番新しかっただろう手法をもって視覚化しようと工夫した跡は、今見ても何か味わいがある(上リンク先に「ニューロマンサー」の版下原画についてのBLOG記事あり)。初代 Macintosh は1984年の発売。DTPとして実際に使えるようになったのは1990年以降だった。'90年代は写植文字をトレスコという機械で目測調整しながら拡大縮小し、それらを版下台紙の上にレイアウトしデザインしていた。


ニューロマンサーの日本語訳は1986年(文庫は同年7月)、早川書房から出ている。表紙カバーのデザインはYMOのジャケット・デザインで知られている奥村靫正が担当している。彼は立花ハジメと並んで、海外のニューウェーヴの動きに敏感に反応し、わりと早い段階からデジタル技法を取り入れたグラフィック・デザインをしていたように思う。そして、フォーマットから構築してかっちりと仕上げるタイプのデザインではなく、感覚的に文字やオブジェクトを配置していくデザインが特徴で、けっこうまとまり感のない緩いところがあり、このあたりは多分好みが分かれそう。1980年代はメディアとしてのヴィデオ映像が新しく、何か未来的・電脳的な印象があった。テレビモニターの走査線とヴィデオの(デジタル風味な)かくかくしたドットは、ヴィヴィッドでぺったりとした色が加わることで、よりいっそう人工的、かつ現実の世界を超えたイメージを作るのに役立っていたんじゃないかと。日本版ニューロマンサーのブック・デザインは、そうしたデジタル・イメージをうまく取り入れて、当時としては、けっこう新しいところを行っていたように見える。この頃は(ヴィデオ・アートの父)ナム・ジュン・パイクの映像&インスタレーション作品が現代美術の世界では話題だった(ブライアン・イーノも1980年代はヴィデオ・アートに熱を上げて、いくつかインスタレーション作品を制作していた)。奥村靫正をはじめ、日本のデジタル系グラフィックも当然、その影響は多少受けていたんじゃないかと思うんだけど、どうだろう。


NamJunePaik-VideoArt.jpg
"Global Groove" (1973) / "Good Morning Mr. Orwell" (1984)
Nam June Paik (MoMA): https://www.moma.org/artists/4469
* 上画像は、ナム・ジュン・パイクの映像作品から。



「ニューロマンサー」の冒頭文について流れたある噂


"The sky above the port was the color of television, tuned to a dead channel."港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。



「ニューロマンサー」は上のようにカッコイイ一文で始まる。日本語訳も絶妙で、何かこれだけでもう、未来的なこの物語の世界にすっと入り込める感がある。ちょっと前に、アメリカのテレビの「空きチャンネル」が、実は日本と同じモノトーンの砂嵐じゃない、という情報がツイッターで流れ、ああ確かにこの小説はアメリカ人作家の書いたものだから、日本で見るイメージをそのまま当てはめてもいけないなと思ったり。そこから少し調べては見たけれど、アメリカのテレビの砂嵐が一体どんなものなのか? 本当に目の覚めるような真っ青な色なのか? はよくわからなかった。ましてや出版当時、1980年代初頭のテレビの空きチャンネルがどうだったかなんて見当もつかない(けっこう1980年代の映像・資料等はネットアーカイヴに無かったりする)。そのツイートに対する色々な考察・反論なんかが寄せられたりしてはいるものの、(画像や映像がないもんだから)結局のところ決定的な結論には至らずに終わっている。'dead channel' と呼ばれるくらいだから、彩度ある色じゃなく、何か死を連想させる色、黒、もしくはグレーであるだろうと、多くの人は想像するだろう。まぁただ、古い本の場合、その当時、その時代の状況を考え想像しながら、書かれていることを(先入観なく)読み取っていくのは大事なことだなと改めて思う。


ニューロマンサーの「港の空の色は、空きチャンネルに合わせたTVの色だった。」って冒頭、長いこと砂嵐の灰色をイメージしてたけど、アメリカのテレビの空きチャンネルは真っ青つまり快晴のイメージだったらしいと聞いてカルチャーショックを受けたのは結構最近のことだった。


■ 九岡望さんのツイート、より(2014年11月27日)
https://twitter.com/kuokanozomu/status/537998003810758657
Twitter-Kuokanozomu-27.Nov.2014.jpg


2017年04月09日

近々、アンナ・カヴァンを

けっこう書きたいことが沢山あって、下書きも二、三十溜まっていたり、さらに英訳もそれ以上に平行してたりするうち、多々追いつかないものが増えすぎて、かえって全部が止まってしまったりする。アンナ・カヴァンの短篇も少しづつ訳せてきたので、全部とはいかないけど、部分部分でその訳もアップできればいいな。
カヴァンの人気ある短篇集「ジュリアとバズーカ」に収録の「A Visit(訪問)」から冒頭の部分を少し。


ある暑い夜、一匹のヒョウが私の部屋へと入ってきた。そしてベッドに乗るや、私のそばで横たわった。私はうとうとしていて、はじめのうち、それがヒョウだとはわからなかった。あまりにも暑かったせいで、家の扉を開けっ放しにしていた為、大きく、柔らかな足をもった生き物が家の中を音もたてずにそっと歩きまわる物音を夢の中で聞いているようだった。
One hot night a leopard came into my room and lay down on the bed beside me. I was half asleep, and did not realize at first that it was a leopard. I seemed to be dreaming the sound of some large, soft-footed creature padding quietly through the house, the doors of which were wide open because of the intense heat.



2017年03月21日

イギリスから本が届いた、の巻(3)

Book-Rawavesjp-Mar-2017.jpg
アマゾン、マーケットプレイスにあるRarewavesから届いた封筒。内側はエアパッキン。
今回は発送メールのあと11日目に到着。中身はアンナ・カヴァン。


去年、J. G. バラードの短篇集を買ったのをきっかけに、ときどき、アマゾンのマーケットプレイスで洋書小説も買うようになってきた。ペーパーバックって、印刷はラフだし紙質もそう良くないのに、なんでだろう、どうも魅力的だ。

以前アマゾンでは、写真集や現代美術家の作品集、旅ガイドのロンプラを買うことが多かった。が、それもこの何年かは買ってはいない。写真に関してはフォトグラファーのHPや Tumblr、Flickr、500px 等ネットにあるギャラリーの方がボリュームもあるし(画質もいい)、取材情報のテキストなども適時に更新されたりするので、写真集という形態で写真を見ることがほとんどなくなってしまい、また求めなくもなった。「本としての写真集」に面白さや魅力がなくなってしまったとは決して思わないが、ネットが普及した今の時代に求められる写真集の存在意義が、これまでとはまったく違ってきているとは思う。もし写真集でなければ表現できない、あるいは写真集でなければならない、という必然性がないかぎり、画像の載った紙の束としか見れなくなていたり、どうしても欲しい! という気持ちにはならなくなってしまった。写真で表現し、なにか形にする難しさは、誰でも撮れるようになった今、以前より増している感じはする。

旅のガイドブックに関してもきっと同じようなものがある。こっちは情報の新しさがより重要になってくるから、写真よりももっとネット情報の方が有効的に思えたりする。旅行者のBLOGをサーフしていく方が、好みの情報を得やすいし、鮮度はきっといい。ただもちろん、そういうものはネット(スマホ)環境のある場所でしか見れなかったりするので(辺鄙な場所では当然見れないし、そもそも事前情報なんていらないという人もいるだろうが)、完全にいらないということもないけれど、観光地に行く位の短い旅程なら、地図や翻訳機能の入ったスマホが一台あればやっぱりそれで十分だなと思ってしまう。でも紙の地図の大事さが分かる人は、きっといい旅人だろうな。


ちょっと脱線。

出だしのところで写真集はもう興味ないので見ない、なんて書いてしまったけれども、それでも情報として多少見聞きはしている。最近見た写真集の中ではクリストファー・ハーウィグさんの「ソヴィエト・バス・ストップス」というのがよかった(といってもwebで、彼の写真や記事を見ただけだが)。これはタイトル通り、ソヴィエト時代に作られたユニークなバス停を撮ったもの。アブハジア、シベリア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、エストニアなど旧ソ連邦を構成していた国にあった奇妙なバス停が集められた写真集。モニュメント風の小さな建造物だけれども、その土地の特色がそれぞれに表れていて面白い。そのまま単に建築物としてみることもできるだろうし、ここにやってくるバスや人(きっと派手なスカーフをかぶった恰幅いいロシアのおばちゃんたちが近くのルイノクに行くために、ペットボトルに入れた自家製のケフィアを抱えながら談笑しているだろう姿)を想像しながら、これら地域のコミュニティなんかも思い浮かべてみたり。バス停はどれも皆、野ざらしなので朽ちかけ一歩手前だけれども、廃墟のような死の香りはせず、どこか生活のニオイがにじみでている。それにしてもこれらのバス亭、一帯誰が音頭をとって建てたんだろう? 構造の安全性や、重力バランスを完全に無視した見た目重視のものがけっこうあって、写真で見る分には楽しいが、実際この場所で落ち着いてバスを待つにはちょっと勇気いるかも。
この写真集は日本の amazon.jp でも買える、2,900円。それにしても、こんな値段でアマゾンにあったら、写真集専門店で買えなくなってしまう。本屋のディスプレーや棚の中から、知らない本を偶然見つける喜びがなくなるのはさみしいけれど、ネットはネットでまた知らないリンクが目に入って、そこに飛んでいき、また違った意味での偶然の発見もあったりするので、似たようなものか。

SovietBusStops-ChristopherHerwig.jpg
"Soviet Bus Stops" Christopher Herwig (画像は下記リンクより)
http://tagong-boy.tumblr.com/post/158584414201/


今回はRarewavesで

さて、いつもイギリスからロイヤル・メールで送ってもらっているのはUK BOOKS & MUSICというお店なんだけど、今回はちょっと浮気をしてしまい、Rarewavesというお店での注文だった。価格の差がさほどなければ、最安値でなかったとしても、同じところで頼んだほうが多分いいだろうと思うので、僕の場合あまり値段重視というわけでもない。まぁ、今回はたまたま欲しい本がいつもの店になかったことと、他の店での到着日数なんかも気になったし、何か違いがあるのか、なんてのも少し興味あった。
これまでの注文した経験からすると、(英国→日本は)日曜から週明けの月曜に注文すると早く届くことが多かった。金曜日に注文すると(多分営業・発送業務をしてない)土日をはさんでしまうため、2日分待つ時間が長くなる。日本とイギリスは9時間の時差があるから、そのあたりも考え、向こうの営業時間の早いうちに注文をしたり、いろいろ試していた。もちろん在庫状況や輸送事情なんかも絡んでくるので確実ではないが、少なくとも週前半までに注文したときがスムーズだった。忘れかけた頃に、突然ポストに見慣れない封筒がコツンと入っていてけっこう楽しい。おおよそ平均、10日から12日で届く。
Rarewavesさんから届いた封筒はエアパッキンの入った白い紙封筒だった。本はきれい。そして本と一緒に、落丁本や注文とは違ったものが届いた場合用の(納品書を兼ねた)返信宛名シールが同封されていて、これは便利だなと思った。

2016年11月11日

イギリスから本が届いた、の巻(2)

JG.Ballar-SuperCannes.jpg
J.G. Ballard "Super-Cannes"
このペーパーバックの表紙は、もろレディオヘッドのレコジャケを思わせる。"Hail to the Thief" を "OK Computer" の色合いで重ねた感じ。両方、スタンリー・ダンウッドが手がけているから似たテイストになるのは当たり前だけど、何かバラードの本という印象がしない。


今年の6月、J.G. Ballardの「The Atrocity Exhibition」をきっかけに、アマゾンのマーケット・プレイスに出店している海外の本屋から、ペーパーバックを買うようになった。イギリスからは早くて8日、だいたい10日程で到着する(一回だけ一ヶ月近くかかった)。日本では未訳のものや、すでに絶版になっているものが洋書とはいえ、気軽に手に入るのはやっぱり嬉しいもので、欲しいものリストも増えてきている。
10月からは、封筒の梱包が少し変わり、以前のエアパッキン形態のものから厚手の紙に封入するという方法になった。厚みは薄くなるが、天地の圧着幅と左右の断裁に幅が出るので、ひと回り大きいサイズになる。防水加工になっている感じ。

AmazonMarketPlace-NewEnvelopeUK-2016.jpg

AmazonMarketPlace-NewEnvelopeUK-2016-inner.jpg
封筒内側は弱粘着性で、手で触れると少しべとついた感触がする。

2016年10月21日

J.G.バラード "The Atrocity Exhibition" を英語で読む(3)

JG.Ballard-InternalLandscapes-AtrocityExb.jpg
上画像は、下記リンク先のフリーフォント" Bourbon " を使った。
Bourbon Font by Bayley Design : http://fontpro.com/bourbon-font-1567


バラードの短篇小説「The Atrocity Exhibition」の和訳、第3弾。「黙示録」「 精神崩壊にいたるまでの覚書き」と続き、今回は「内的世界」というタイトル。トラヴィスの前に正体不明の男が現れる話。前二タイトルは、この短篇のイントロダクション・導入的な要素だったけれども、この「内的世界」から物語として広がってゆく感じだ。話中に出てくる言葉が、次のタイトルやその中の内容と重なっていたり、後半のストーリーに出てくるシーンが前のタイトルに絡んでいたりして、一見ばらばらに書いているように思えるエピソードが読み進むにつれ、つながっていくのがわかる。

前2回は僕の日本語訳と原文とを一緒にしたけれど、今回は特に書くこともなかった為、日本語訳だけにした。次回からは、訳を要約し解説的なものでいこうと思う(といっても元の英文が短く、要約的なものなので短くしようにないところはある)。バラードは修飾する言葉を幾重にもかけ、言葉のイメージを膨らませる書き方をするので、そのあたりで日本語にどう上手く置き換えたらいいのかが、僕にはまだ難しいところがある。

Apocalypse / Notes Towards a Mental Breakdown / Internal Landscapes


■ Chapter one : The Atrocity Exhibition(和訳したもの)
Japanese translated by Tagong-Boy / original text by J.G. Ballard

内的世界:
Internal Landscapes.

トラヴィスは、左手の震えを押さえながら、向かい側に座る肩のやせた男をじっと見た。誰もいないがらんとした廊下から、まぐさ(明かり取り窓)ごしに入る光は暗いオフィスの中を照らした。男の顔は飛行帽のひさしで部分的に隠れていたが、トラヴィスはアールズ・コートにあるみすぼらしいホテルの寝室にまき散らかっていたニューズウィークとパリマッチの破りとられたページに載っていた爆撃機のパイロットの顔を思い出した。トラヴィスをじっと見つめる男のまなざしは、絶え間ない努力だけで維持していた。

どういうわけか、男の顔の各面は交差しそこなっていた。それらの正しくあるべき分割が、まだ目には見えない特性として一部生じたかのようだった。つまり、男の性格や筋肉組織によって形成された必要要素以外の不可欠要素によって。

なぜこの男は病院へやってきたのか? 30人の内科医のなかに混じったトラヴィスを見つけだすために? トラヴィスは男に話しかけようとした。しかし、その背の高い男は、器具用キャビネットのそばでボロ服をまとったマネキンのように立ったまま何も応えなかった。男の未熟ではあるが同時に年を重ねた顔は、石膏マスクと同じようにこわばった風にも見えた。

数ヶ月が経ち、トラヴィスは数多くの短編ドキュメンタリー映像の中で、肩をフライング・ジャケットにねじこみ独り寂しくたたずむ男の姿を目にしていた。男の姿は、戦争映画のエキストラとして、あるいは眼震について見事に仕上げた眼科用フィルムに映る一人の患者としてだった。抽象的な風景の断片にも似た巨大な幾何学モデルの連なりは、彼らの先延ばしにしていた衝突が、まもなく起こるだろう事をトラヴィスに気づかせ不安にさせた。


「The Atrocity Exhibition」一部・日本語訳PDF

Blog 形式だと続けて読めないぞ、と思ったので、「黙示録」「 精神崩壊にいたるまでの覚書き」「内的世界」の三つを見やすように、A4サイズ内で構成しPDFにしてみた。

● PDF版(0.2MB):A4-TheAtrocityExhibition.1-3-JPN-Translate-2016.pdf


2016年10月17日

Ballard trivia



七十三歳になる二〇〇三年「霧散した帝国の勲章なんて馬鹿げている」と大英帝国勲章を辞退するなど、バラードの反骨精神が失われることは生涯なかった



「海外SFハンドブック」早川書房編集部・編、より("J.G.バラード"・岡本俊弥 / ハヤカワSF文庫・p92)
*CBE(Commander of the Order of the British Empire): 大英帝国勲章司令官




おー、バラードかっこいい! と思ったエピソード。断る理由が、またキマっている。
こういう姿勢って、作品の中に溶け込んでいて文章や表現として、やっぱり出てくるんだな、と。
そして、知らず知らずでも読む人、見る人に伝わっている。

バラードの「The Atrocty Exhibition」の3弾、今週中にアップ予定。
その前にサヴィルの記事をひとつアップ。
他にも「茶園プランテーションの実情」や「インドネシアの希少コーヒー、コピ・ルアク」、「タリバンのけし畑」や「沿ドニエストル共和国の若者」についてだったり、海外サイトのクオリティが高くて面白い記事がたくさんあるから、訳のスピードを上げれるようにならないといけない。SNSで相互監視しあう時間なんて、あとあと何かになるわけでもなく、もったいない。


デヴィッド・ボウイも断っていた。
http://www.elle.co.jp/culture/celebgossip/david-bowie_16_0113


J.G. Ballard (British Library)
https://www.bl.uk/people/j-g-ballard

2016年09月21日

J.G.バラード "The Atrocity Exhibition" を英語で読む(2)

JG.Ballard-NotesTowards-Top.jpg
英語初心者の僕が海外の小説にチャレンジするぞ、というもので、読んでいる本の冒頭部や、章のなかで気に入った箇所などを一部抜き出し少し紹介しよう、といった主旨。


前回、アップした「The Atrocity Exhibition」の冒頭タイトル「黙示録(Apocalypse)」和訳のつづき。「黙示録」は、この奇妙な短篇世界へと引きこむ印象深い掛け声みたいなもので、今回の「Notes Towards a Mental Breakdown」は、このあとに続くストーリーの目次のようなもの。ここで出てくるいくつかのキーワードがのちのち展開する文章の中に散らばって、全体をつなげている。ウェブのリンク網のように、要所要所に現れる言葉が断片的な小さな物語の前後で結びつき、そして小さな面となり、この短篇を立体的なものにしているようにも思える。まだバラードの小説をいくつかしか読んでないが、彼の嗜好性というか好みの世界観の輪郭はおおよそわかるようになってきた。
バラードは、人が大なり小なり必ずや持っている暴力性や狂気の部分(普段そういったものは心の奥底に深く仕舞いこまれていて表出することはない)、そこに焦点を当てすくい出す。そして、それらをより濃縮・誇張した上で彼のもつ美意識に重ねあわせ、過剰なまでの装飾をする。さらに論理性を加え、時代背景の中に流し込み物語の鋳型をつくる。硬質だけれどもどこか柔らかさのある、奇妙な質感をもった小説はこうしたところから来ているように感じる。
たどたどしくけっこう苦労しながら、自分で洋書を訳して少し感じるのは、普段何気なく読んでいる海外小説・翻訳本のありがたさ。ペーパーバックを開くと、スラングで意味不明の箇所(特にアメリカの小説)や古典のものなどは単語が古語的なのかで、よくわからなかったりする(ホーソーンはまだ僕が読むには辛く、J.コンラッドは一行もわからず即諦めた)。著者や物語の背景などもふまえながら、そういった本を自力で読もうとしたら多分五年十年かかるんじゃないかとすら思う。海外文学の邦訳本は日本の小説本よりも、大抵やや高めの値段になっている。以前は、もう少し安くなればいいのになと思っていたけれども、自分で訳す能力と労力、そしてそれにかかる時間を考えると、前ほどは気にならなくはなってきた。数千円で数百ページ丸まるを翻訳してくれているわけだから、とちょっと考え方を改めるようになった。


 海は週に四日くらいは荒れた。窓から見ると、大きな波が東映のタイトル・バックみたいに岬の突端の岩にぶつかり、十メートルくらい上にまでしぶきをあげていた。海は見渡す限り白波に覆われている。そしてJ・G・バラード的に暴力的な風が吹いている。

「遠い太鼓」村上春樹、より("港とヴァンゲリス" / 講談社文庫・p172)

村上春樹はバラードの退廃的、破滅志向あるパブリック・イメージをこういう風に言い、うまく形容し使う。



■ Chapter one : The Atrocity Exhibition( + 邦訳)
Japanese translated by Tagong-Boy / original text by J.G. Ballard


精神崩壊にいたるまでの覚書き:
Notes Towards a Mental Breakdown.


精神異常発症者を記録した映画フィルムのノイズ音が、トラヴィスのオフィス下にある階段教室から徐々に大きくなった。机の後ろにある窓に背をむけたまま、彼はここ数ヶ月の間、骨を折り集めた最終書類の整頓をした。
The noise from the cine-films of induced psychoses rose from the lecture theatre below Travis's office.
Keeping his back to the window behind his desk, he assembled the terminal documents he had collected with so much effort during the previous months:



(1)太陽の反射分光写真。
(2)ロンドン、ヒルトン・ホテルのバルコニー・ユニット正面図
(3)先カンブリア時代の三葉虫の断層面
* 三葉虫が現れたのは「カンブリア紀」から、となっているので、バラードは意図的に「先カンブリア」と書いたのかそれとも勘違いなのかは分からない。

(4)エティエンヌ=ジュール・マレーによる連続写真。
(5)1945年8月7日の正午に撮影されたエジプト、カッターラ低地の砂海の写真。
* 1945年8月7日正午でのカッターラ低地。ここで記される限定した日にちと場所にどうい意味合いがあるのかはわからないが、この日は8月6日広島に原子爆弾が投下された翌日にあたり、その報道が全世界で一斉になされ、世界中の人が核兵器の恐怖を知った日。バラードは "核" により地球(世界)が草すら生えない不毛の地になったことを示したかったのかもしれない。

(6)マックス・エルンスト作「Garden Airplane Traps」の複製画。
(7)広島と長崎に投下された原子爆弾「リトル・ボーイ」と「ファット・ボーイ」の信管配線図。
* 長崎に落された原子爆弾は「ファットマン」

(1) Spectro-heliogram of the sun;
(2) Front elevation of balcony units, Hilton Hotel, London;
(3) Transverse section through a pre-Cambrian trilobite;
(4) 'Chronograms,' by E.J. Marey;
(5) Photograph taken at noon, August 7th, 1945, of the sand-sea, Qattara Depression, Egypt;
(6) Reproduction of Max Ernst's 'Garden Airplane Traps';
(7) Fusing sequences for 'Little Boy' and 'Fat Boy', Hiroshima and Nagasaki A-Bombs.


書類の整頓を終え、トラヴィスは窓の方を振り向いた。いつものように、白のポンティアックが彼の真下に見える混み合った駐車場に停まってた。車中にいる二人の人物が、うっすらと色づいたフロントガラスごしに彼を監視していた。
When he had finished Travis turned to the window.
As usual, the white Pontiac had found a place in the crowded parking lot directly below him.
The two occupants watched him through the tinted windshield.





話中で、トラヴィスが集め整理していた「最終書類」のイメージ画像:(1)-(7)

JG.Ballard-Atrocity-NotesTowards-1.jpg
・太陽の反射分光写真
・ロンドン・ヒルトン・オン・パークレーン - wiki
・三葉虫の断面図

JG.Ballard-Atrocity-NotesTowards-2.jpg
・エティエンヌ=ジュール・マレー - wiki
・カッターラ低地 - wiki
・広島で原爆投下があったことを伝える1945年8月7日の新聞(The Daily Express)

JG.Ballard-Atrocity-NotesTowards-3.jpg
・Max Ernst「Garden Airplane Traps,1935」(シカゴ美術館HPより)
・長崎に投下された「ファットマン」の断面図 -wiki

上画像は下記リンク先より
http://tagong-boy.tumblr.com/post/150563383411/jg-ballard-notes-tawards-a-mental-breakdown


トラヴィスを見張る人物たちが乗っていたポンティアックのイメージ写真
wiki-Pontiac-Bonneville-1963-1967.jpg
Pontiac Bonneville - wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/Pontiac_Bonneville

「ポンティアック」といってもものすごい数のモデルが出ているので、バラードが小説の中でイメージしていたものが、どの車種なのかは特定できないが、この短篇を執筆していた1960年代後半ごろに生産されていた「ボネヴィル」の第3、4世代(1961-1964 / 1965-1970)あたりが該当するんじゃないかと思う。ウィンドシールド(フロントガラス:和製英語)ごしに見ていた、と文中には書いてあり、コンバーティブル(オープンカー:和製英語)ではないだろうが、白い車体での写真が見つからなかったため、白車と別色車の二枚を合わせ想像してみる。




2016年09月13日

J.G.バラード "The Atrocity Exhibition" を英語で読む(1)

Paperback-JG.Ballard-AtrocityExhibition.jpg
4th Estate Books 版の"The Atrocity Exhibition". カバー・デザインはスタンリー・ドンウッド。
レントゲン写真とアメリカ大陸の地表図を使ったフォトコラージュは、この小説のもつ不穏なイメージを上手く表している。ウィリアム・バロウズが序文を書いていて、それもまた嬉しい。その序文冒頭で「The Atrocity Exhibition」のことを難解で不安にさせる本だと書いている。


The Atrocity Exhibition is a profound and disquieting book.

from 'PREFACE BY WILLIAM BURROUGHS'


9/30、ついに東京創元社から「 J・G・バラード短編全集(1)時の声」が出る。HPにはようやく表紙デザインの画像と収録タイトルが掲載されて、いよいよだなといった感じ。少し残念なのは、うーん、日本版の表紙デザインがこじんまりとしていていまひとつ良くないこと。悪くはないが、ハッとするような新鮮味がない、カバー・デザインとしてはやや中途半端なものだった。スタンリー・ドンウッドをデザイナーとして起用した「4th Estate Books」のペーパーバック・シリーズが、今の時代に合うとても洗練されたものだけに大きな差を感じてしまう。特殊な小説スタイルをもつバラードの本なのだから、ブックカバーも賛否両論が出るくらいの冒険はあってもよかったんじゃないだろうかと思ったり。まぁ、本の中身は文句なしだからそう気にするでもないけれど、やっぱり惜しいな。 日本版短編全集の刊行を記念して、というわけでもないが、別の短篇集「The Atrocity Exhibition」の訳を素人手で少しやってみようと思う。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488010584

「アトロシティー・エクシビション」について少し


バラードが1970年に出した短篇集「The Atrocity Exhibition」の冒頭を飾る作品は、タイトルと同じ「The Atrocity Exhibition」。全部で24の断片的な文章(小さな散文のようなもの)で構成されている。登場する人物を軸にそれぞれの話がつながっていて、小品による連作ものといった感じだ。短いものだとわずか4行、長くても1ページほどしかない。なので、話の区切りがよく、英語初心者の僕でもなんとか読み進むことができそう。というのがこのペーパーバックを最初に手にしたときの印象だった。
この本の文字組・レイアウトを見ると、1ページに収まる行数は最大で33行。和訳の後(このページの最後)に各タイトルのテキスト量をグラフ化してみた。またタイトル横に、それぞれの行数を記したのでおおよそのボリュームがわかると思う。-Chapter One-「The Atrocity Exhibition」は全部で13ページ半ある。

過去には工作舎から「残虐行為展覧会」という題名で、日本語訳も出ていたが現在は絶版で入手が難しい。当分復刊の予定もないだろうし、新訳で出る話もなさそうだ。ほんの少しだけなら、僕が個人的に訳したものをアップしても問題はないと思うので、テキストの1/4程度のボリュームで、6タイトルほどを数回に分けて書いてみたいと思う。今回は最初の項目「Apocalypse」。
目読しているときは、頭の中でなんとなく英文の意味がつながって、分かったような(読めたような)感触になるものだけど、いざ紙(やモニター上)に文字として書こうとすると、どうも言葉の置き換えや文章がつながらず難しい。なるべく自分の普段使う言葉・語彙で書いてはみたけれども、少しぎこちない日本語になるのは、やっぱり仕方ないのかな。訳するときのコツや決まった言い回しなどはもちろんあるだろうし、例えばマザーグースや古典文学、有名なフレーズからの引用やもじりが用いられていたりする箇所などは、やっぱり教養や知識を持っていなかればわからないところで、まだ僕にとっては及ばないところ。まぁ、そういうのはやりながら、勉強もしながら少しづつ身につけていこうと思う。そのうちに、少しはこなれた日本語訳になっているといいんだけれど。自分で訳したものを、一度母(20世紀初頭の英文学に関する本を出している)に見てもらってアドバイスをもらい最後修正した。
またバラードは医学用語や理系の専門用語をけっこう使うので(もう少し読み進んだところに登場してくる)、そのあたりはわからない部分もあり、わりと一般的に通じる単語に置き換えてみたりしている。


■ Chapter one : The Atrocity Exhibition( + 邦訳)
Japanese translated by Tagong-Boy / original text by J.G. Ballard


黙示録:
Apocalypse.

毎年開催されるこの展覧会で人々を不安に落しいれる呼び物といえば(患者たちはこの展覧会には招待されなかった)、世界の大動乱をテーマにした絵に大きな関心がゆく。
まるで長い監禁状態におかれた患者たちが、彼らを看る医師や看護師らの心のなかに、ある地殻大変動を感じているかのようだった。
A disquieting feature of this annual exhibition - to which the patients themselves were not invited - was the marked preoccupation of the paintings with the theme of world cataclysm, as if these long-incarcerated patients had sensed some seismic upheaval within the minds of their doctors and nurses.

キャサリン・オースティンは、改装された屋内競技場の中をぐるっと歩いて回り、これらの奇妙なイメージ群を目にしたのだった。エニウェトク環礁とルナ・パーク(*1)、フロイトとエリザベス・テイラーが混然となった絵は、トラヴィスのオフィスにある脊髄図解を写したスライド・フィルムを思い出させた。
As Catherine Austin walked around the converted gymnasium these bizarre images, with their fusion of Eniwetok and Luna Park, Freud and Elizabeth Taylor, reminded her of the slides of exposed spinal levels in Travis's office.

それらは解けない夢を表した記号のようにエナメルの壁に吊り下がっていた。
彼女が(自ら)進み、意図どおりの役割を演じはじめた悪夢を解くための鍵として。
They hung on the enamelled walls like the codes of insoluble dreams, the keys to a nightmare in which she had begun to play a more willing and calculated role.

ゴールドのキャップをつけたタバコを、片方の鼻孔に突っ込んだDrネイザンが近づいてくると、彼女はすまし顔で白いコートのボタンを留めた。「ああ、オースティン…、ここにある絵をどう思うかね? まるで地獄で繰り広げられる戦争じゃないか」
Primly she buttoned her white coat as Dr Nathan approached, holding his goldtipped cigarette to one nostril. "Ah, Dr Austin... What do you think of them? I see there's War in Hell."


*1 )
Eniwetok : 太平洋上、マーシャル諸島にある環礁。ハワイとフィリピンを結ぶ線上のちょうど中間位に位置する。ここは核実験場としてや、1952年に世界で最初の水爆実験が行われた場所で知られる。第一次世界大戦のはじまった1914年に日本が占領し、1920年に委任統治領となり太平洋戦争では激戦地となった。

Luna park : 南極大陸をのぞき世界各地で展開されている、月旅行をテーマにした遊園地チェーン。20世紀初頭にかけ人気を博したが、現在は閉園しているものも多い。アメリカはNY、コニーアイランドが発祥の地。日本では東京浅草と大阪にもあった。「浅草ルナパーク(1910-1911)」は日本最古の遊園地「花屋敷(浅草五区)」の隣、浅草六区に造られたが火災のため一年も経たずして閉鎖。大阪のルナパーク(1912-1923)は新世界に建設され、初代通天閣とロープウェイでつながっているという不思議な場所だった。今ある通天閣は二代目。たしかにあの一帯は奇妙な雰囲気が漂っている。

memo )
バラードは、エリザベス・テイラーやフロイト、J.F.ケネディなど、執筆していた頃に最も関心の高かっただろう、時代を象徴する人物を小説の中に登場させることが多い。それを踏まえると、この「Apocalypse」に登場する、'Catherine Austin' という名前は、女性作家のキャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield)とジェーン・オースティン(Jane Austen)を連想させるし(キャサリンは、KとCを置き換えている)、 'Dr Nathan' は多分、ロスチャイルド家の名を世界中に知らしめたネイサン・メイアー・ロスチャイルド( Nathan Mayer Rothschild )からきているように思った。上にある訳ではネイザンと濁らせた表記にした。発音が近い「ネイサン」だとどうも「姉さん」と言葉が重なり悪そうなイメージがわかないので。


The Atrocity Exhibition - Text length (graph)

JG.Ballard-TheAtrocityExhibition-TextLength1.jpg

Apocalypse (16行) / Notes Towards a Mental Breakdown (17行)
Internal Landscapes (26行) / The Weapons Range (13行)
Dissociation: Who Laughed at Nagasaki? (15行) / Serial Deaths (27行)
Casualties Union (23行) / Pirate Radio (14行) / Marey's Chronograms (19行)
'Was my husband a doctor, or a patient?' (19行) / Zoom Lens (9行)
The Skin Area (21行) / Neoplasm (19行)
The Lost Symmetry of the Blastosphere (34行)
Eurydice in a Used Car Lot (20行) / The Concentration City (17行)
How Garbo Died (17行) / War-Zone D (21行) / The Atrocity Exhibition (8行)
The Danger Area (14行) / The Enormous Face (26行)
The Exploding Madonna (8行)/ Departure (11行) / A Terminal Posture (4行)


Chapter 1: The Atrocity Exhibition Excerpt (RE/SEARCH Publications)
http://www.researchpubs.com/products-page-2/chapter-1-the-atrocity-exhibition-excerpt/
アメリカ、サンフランシスコを拠点にした出版社 'RE/Search Publications' のHPに、(多分)試し読み用として第一章「The Atrocity Exhibition」の冒頭 'Apocalypse' のテキストと、バラード自身による解説が載っている。RE/Searchからも「The Atrocity Exhibition」が出ていて現在も入手可能だ(表紙になっている女の子の絵がわりとグロい。25ドル)。バラードによる各タイトルの解説は 4th Estate Books 版ペーパーバックにも掲載されている。

2016年09月11日

ジュリアとバズーカ

AnnaKavan-Julia&theBazooka.jpg

このところ英和訳づいていて、ただでさえ時間がないのによけいに時間がなくなってきている。

なんで急に(というわけでもないが)英語に関心がいくようになったのか、自分でも不思議なところがあって、少しそれについてを考えてみると、ヨーロッパかアメリカ、英語圏の国に行ってみたくなったというのが少しあるのかなと思いあたった。これまでのアジアの旅で僕にとってわりと重要だったのは、「言葉が通じないこと」だった。「通じない」方が良かったし、通じなくても特に大きな問題はなかった。日本(での旅)に全くといっていいほど興味がないのも、言葉が通じるからという理由が大きい。その安心感は何かスリルに欠けるというか、何ら不自由がなく、正直つまらない。日常の、あるいは普段の生活の延長上にあるものは、僕にとっては "旅" と呼べるものではなく、ただの "移動" になってしまう。日本でも方言やなまりは地域によっては多少あるだろうが、外国語のように全く意思疎通ができないわけでもなく、日本語の言語体系の中での会話だからあまり隔たりを感じはしないだろうとは思う。互いに話す言葉の異なる人同士が、ある瞬間にコミュニケートできたときって、けっこう喜びが大きく、やっぱりそこは僕が好む旅の醍醐味の一つだったりする。
だけども、もし、ヨーロッパへ行ったときに何がしたいんだろうと考えたとき、アジアでのエキサイティングなこととは違う何か、歴史だったり互いの意見をぶつけることだったり、非感覚的な面でのやりとりが出来ないときっとフラストレーションが溜まるだろうな、と思ったりする。これまでのように、その場のノリや感覚に頼り、偶然に身をまかせるのも悪くはないだろうし、それはそれでまた楽しめたりもするが、そうしたものは一度置き場所を別にし、ちょっと自分の中で変化をつけてみたい気分になっている。母語から一度トランスレートした言葉を使い自分の行動の行方をコントロールできたらきっと楽しいだろうと思う。自分の意見をほぼ満足に英語で言えるようになって、相手の言っていることも十分に理解できるようになるには、まだ相当かかるかもしれないけれど、目標はやっぱりそこになるのかな。

さて、アンナ・カヴァンの短篇集「ジュリアとバズーカ」。その最初の一篇「The Old Address」をやっと読み終えた。これは6ページほどの短い話だが、日本語の中篇小説一冊を読むのと同じくらい時間がかかった。でも、知らない単語をひとつひとつ調べ、一行一行何度も繰り返しながら訳し読んだので、けっこう充実度があって、これまでにない読後感が味わえたりと、いやなんか嬉しい。一日数行づつしか進まない非常にトロトロとした読み方だったが、アンナ・カヴァンの文章に十分すぎるほど浸れた。当然なんだけれども、英語にも文体っていうのがあるんだ、と身をもって知れたのは新鮮だった。先に読み始めたJ.G.バラードとは全然違うんで(バラードの文章はかっちりしている)、最初は、何だこの書き方は! なんて思ったりもしたが、進んでいくうちに慣れてきて、カヴァンの文章はバラードより好みかもしれない。平行してもう一冊読んでいるのはドン・デリーロの日本未発売・未邦訳の本、これはまた次回に。


Anna Kavan (Open Library)
https://openlibrary.org/authors/OL200810A/Anna_Kavan

2016年08月30日

爆発切符

Burroughs-TheTicketThatExploded.jpg

ウィリアム・バロウズ「The Ticket that Exploded」。カットアップ3部作のうちの一作。のこり2作が「Nova Express」と有名な「Soft Machine」。バロウズの小説は日本語訳でもほとんど意味不明なので、どうせなら原文で読んだほうがいいんじゃないかと思い、一冊を選んでみた。代表作の「裸のランチ」は邦訳があるので、違ったものを読みたいと思った。「The Ticket that Exploded」はサンリオSF文庫から「爆発した切符」というタイトルで出ているもののすでに絶版、人気のある作家だけにプレミアも強気でさすがに手が出ない。ペンギンのペーパーバックは表紙もかっこよく、いざ開いてみると注釈も充実していて良かった。スラングや言い回しなんかでわからない箇所もやっぱり多いが、カットアップといわれているだけに、短く印象的かつ刺激的なフレーズが次々とあって、読みやすいところから入っていくのもいいかなと。意外と英語の方がすんなりと入ってくるところはある。暑さも弱まったし読みどきの季節来てるかな。


―― Do you love me? ―― Vapor trails writing all the things you are ――


"The Ticket that Exploded" by William S. Burroughs (p52)





バンコク ホテル格安プラン