2017年03月21日

イギリスから本が届いた、の巻(3)

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アマゾン、マーケットプレイスにあるRarewavesから届いた封筒。内側はエアパッキン。
今回は発送メールのあと11日目に到着。中身はアンナ・カヴァン。


去年、J. G. バラードの短篇集を買ったのをきっかけに、ときどき、アマゾンのマーケットプレイスで洋書小説も買うようになってきた。ペーパーバックって、印刷はラフだし紙質もそう良くないのに、なんでだろう、どうも魅力的だ。

以前アマゾンでは、写真集や現代美術家の作品集、旅ガイドのロンプラを買うことが多かった。が、それもこの何年かは買ってはいない。写真に関してはフォトグラファーのHPや Tumblr、Flickr、500px 等ネットにあるギャラリーの方がボリュームもあるし(画質もいい)、取材情報のテキストなども適時に更新されたりするので、写真集という形態で写真を見ることがほとんどなくなってしまい、また求めなくもなった。「本としての写真集」に面白さや魅力がなくなってしまったとは決して思わないが、ネットが普及した今の時代に求められる写真集の存在意義が、これまでとはまったく違ってきているとは思う。もし写真集でなければ表現できない、あるいは写真集でなければならない、という必然性がないかぎり、画像の載った紙の束としか見れなくなていたり、どうしても欲しい! という気持ちにはならなくなってしまった。写真で表現し、なにか形にする難しさは、誰でも撮れるようになった今、以前より増している感じはする。

旅のガイドブックに関してもきっと同じようなものがある。こっちは情報の新しさがより重要になってくるから、写真よりももっとネット情報の方が有効的に思えたりする。旅行者のBLOGをサーフしていく方が、好みの情報を得やすいし、鮮度はきっといい。ただもちろん、そういうものはネット(スマホ)環境のある場所でしか見れなかったりするので(辺鄙な場所では当然見れないし、そもそも事前情報なんていらないという人もいるだろうが)、完全にいらないということもないけれど、観光地に行く位の短い旅程なら、地図や翻訳機能の入ったスマホが一台あればやっぱりそれで十分だなと思ってしまう。でも紙の地図の大事さが分かる人は、きっといい旅人だろうな。


ちょっと脱線。

出だしのところで写真集はもう興味ないので見ない、なんて書いてしまったけれども、それでも情報として多少見聞きはしている。最近見た写真集の中ではクリストファー・ハーウィグさんの「ソヴィエト・バス・ストップス」というのがよかった(といってもwebで、彼の写真や記事を見ただけだが)。これはタイトル通り、ソヴィエト時代に作られたユニークなバス停を撮ったもの。アブハジア、シベリア、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギス、エストニアなど旧ソ連邦を構成していた国にあった奇妙なバス停が集められた写真集。モニュメント風の小さな建造物だけれども、その土地の特色がそれぞれに表れていて面白い。そのまま単に建築物としてみることもできるだろうし、ここにやってくるバスや人(きっと派手なスカーフをかぶった恰幅いいロシアのおばちゃんたちが近くのルイノクに行くために、ペットボトルに入れた自家製のケフィアを抱えながら談笑しているだろう姿)を想像しながら、これら地域のコミュニティなんかも思い浮かべてみたり。バス停はどれも皆、野ざらしなので朽ちかけ一歩手前だけれども、廃墟のような死の香りはせず、どこか生活のニオイがにじみでている。それにしてもこれらのバス亭、一帯誰が音頭をとって建てたんだろう? 構造の安全性や、重力バランスを完全に無視した見た目重視のものがけっこうあって、写真で見る分には楽しいが、実際この場所で落ち着いてバスを待つにはちょっと勇気いるかも。
この写真集は日本の amazon.jp でも買える、2,900円。それにしても、こんな値段でアマゾンにあったら、写真集専門店で買えなくなってしまう。本屋のディスプレーや棚の中から、知らない本を偶然見つける喜びがなくなるのはさみしいけれど、ネットはネットでまた知らないリンクが目に入って、そこに飛んでいき、また違った意味での偶然の発見もあったりするので、似たようなものか。

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"Soviet Bus Stops" Christopher Herwig (画像は下記リンクより)
http://tagong-boy.tumblr.com/post/158584414201/


今回はRarewavesで

さて、いつもイギリスからロイヤル・メールで送ってもらっているのはUK BOOKS & MUSICというお店なんだけど、今回はちょっと浮気をしてしまい、Rarewavesというお店での注文だった。価格の差がさほどなければ、最安値でなかったとしても、同じところで頼んだほうが多分いいだろうと思うので、僕の場合あまり値段重視というわけでもない。まぁ、今回はたまたま欲しい本がいつもの店になかったことと、他の店での到着日数なんかも気になったし、何か違いがあるのか、なんてのも少し興味あった。
これまでの注文した経験からすると、(英国→日本は)日曜から週明けの月曜に注文すると早く届くことが多かった。金曜日に注文すると(多分営業・発送業務をしてない)土日をはさんでしまうため、2日分待つ時間が長くなる。日本とイギリスは9時間の時差があるから、そのあたりも考え、向こうの営業時間の早いうちに注文をしたり、いろいろ試していた。もちろん在庫状況や輸送事情なんかも絡んでくるので確実ではないが、少なくとも週前半までに注文したときがスムーズだった。忘れかけた頃に、突然ポストに見慣れない封筒がコツンと入っていてけっこう楽しい。おおよそ平均、10日から12日で届く。
Rarewavesさんから届いた封筒はエアパッキンの入った白い紙封筒だった。本はきれい。そして本と一緒に、落丁本や注文とは違ったものが届いた場合用の(納品書を兼ねた)返信宛名シールが同封されていて、これは便利だなと思った。

2016年11月11日

イギリスから本が届いた、の巻(2)

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J.G. Ballard "Super-Cannes"
このペーパーバックの表紙は、もろレディオヘッドのレコジャケを思わせる。"Hail to the Thief" を "OK Computer" の色合いで重ねた感じ。両方、スタンリー・ダンウッドが手がけているから似たテイストになるのは当たり前だけど、何かバラードの本という印象がしない。


今年の6月、J.G. Ballardの「The Atrocity Exhibition」をきっかけに、アマゾンのマーケット・プレイスに出店している海外の本屋から、ペーパーバックを買うようになった。イギリスからは早くて8日、だいたい10日程で到着する(一回だけ一ヶ月近くかかった)。日本では未訳のものや、すでに絶版になっているものが洋書とはいえ、気軽に手に入るのはやっぱり嬉しいもので、欲しいものリストも増えてきている。
10月からは、封筒の梱包が少し変わり、以前のエアパッキン形態のものから厚手の紙に封入するという方法になった。厚みは薄くなるが、天地の圧着幅と左右の断裁に幅が出るので、ひと回り大きいサイズになる。防水加工になっている感じ。

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封筒内側は弱粘着性で、手で触れると少しべとついた感触がする。

2016年10月21日

J.G.バラード "The Atrocity Exhibition" を英語で読む(3)

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上画像は、下記リンク先のフリーフォント" Bourbon " を使った。
Bourbon Font by Bayley Design : http://fontpro.com/bourbon-font-1567


バラードの短篇小説「The Atrocity Exhibition」の和訳、第3弾。「黙示録」「 精神崩壊にいたるまでの覚書き」と続き、今回は「内的世界」というタイトル。トラヴィスの前に正体不明の男が現れる話。前二タイトルは、この短篇のイントロダクション・導入的な要素だったけれども、この「内的世界」から物語として広がってゆく感じだ。話中に出てくる言葉が、次のタイトルやその中の内容と重なっていたり、後半のストーリーに出てくるシーンが前のタイトルに絡んでいたりして、一見ばらばらに書いているように思えるエピソードが読み進むにつれ、つながっていくのがわかる。

前2回は僕の日本語訳と原文とを一緒にしたけれど、今回は特に書くこともなかった為、日本語訳だけにした。次回からは、訳を要約し解説的なものでいこうと思う(といっても元の英文が短く、要約的なものなので短くしようにないところはある)。バラードは修飾する言葉を幾重にもかけ、言葉のイメージを膨らませる書き方をするので、そのあたりで日本語にどう上手く置き換えたらいいのかが、僕にはまだ難しいところがある。

Apocalypse / Notes Towards a Mental Breakdown / Internal Landscapes


■ Chapter one : The Atrocity Exhibition(和訳したもの)
Japanese translated by Tagong-Boy / original text by J.G. Ballard

内的世界:
Internal Landscapes.

トラヴィスは、左手の震えを押さえながら、向かい側に座る肩のやせた男をじっと見た。誰もいないがらんとした廊下から、まぐさ(明かり取り窓)ごしに入る光は暗いオフィスの中を照らした。男の顔は飛行帽のひさしで部分的に隠れていたが、トラヴィスはアールズ・コートにあるみすぼらしいホテルの寝室にまき散らかっていたニューズウィークとパリマッチの破りとられたページに載っていた爆撃機のパイロットの顔を思い出した。トラヴィスをじっと見つめる男のまなざしは、絶え間ない努力だけで維持していた。

どういうわけか、男の顔の各面は交差しそこなっていた。それらの正しくあるべき分割が、まだ目には見えない特性として一部生じたかのようだった。つまり、男の性格や筋肉組織によって形成された必要要素以外の不可欠要素によって。

なぜこの男は病院へやってきたのか? 30人の内科医のなかに混じったトラヴィスを見つけだすために? トラヴィスは男に話しかけようとした。しかし、その背の高い男は、器具用キャビネットのそばでボロ服をまとったマネキンのように立ったまま何も応えなかった。男の未熟ではあるが同時に年を重ねた顔は、石膏マスクと同じようにこわばった風にも見えた。

数ヶ月が経ち、トラヴィスは数多くの短編ドキュメンタリー映像の中で、肩をフライング・ジャケットにねじこみ独り寂しくたたずむ男の姿を目にしていた。男の姿は、戦争映画のエキストラとして、あるいは眼震について見事に仕上げた眼科用フィルムに映る一人の患者としてだった。抽象的な風景の断片にも似た巨大な幾何学モデルの連なりは、彼らの先延ばしにしていた衝突が、まもなく起こるだろう事をトラヴィスに気づかせ不安にさせた。


「The Atrocity Exhibition」一部・日本語訳PDF

Blog 形式だと続けて読めないぞ、と思ったので、「黙示録」「 精神崩壊にいたるまでの覚書き」「内的世界」の三つを見やすように、A4サイズ内で構成しPDFにしてみた。

● PDF版(0.2MB):A4-TheAtrocityExhibition.1-3-JPN-Translate-2016.pdf


2016年10月17日

Ballard trivia



七十三歳になる二〇〇三年「霧散した帝国の勲章なんて馬鹿げている」と大英帝国勲章を辞退するなど、バラードの反骨精神が失われることは生涯なかった



「海外SFハンドブック」早川書房編集部・編、より("J.G.バラード"・岡本俊弥 / ハヤカワSF文庫・p92)
*CBE(Commander of the Order of the British Empire): 大英帝国勲章司令官




おー、バラードかっこいい! と思ったエピソード。断る理由が、またキマっている。
こういう姿勢って、作品の中に溶け込んでいて文章や表現として、やっぱり出てくるんだな、と。
そして、知らず知らずでも読む人、見る人に伝わっている。

バラードの「The Atrocty Exhibition」の3弾、今週中にアップ予定。
その前にサヴィルの記事をひとつアップ。
他にも「茶園プランテーションの実情」や「インドネシアの希少コーヒー、コピ・ルアク」、「タリバンのけし畑」や「沿ドニエストル共和国の若者」についてだったり、海外サイトのクオリティが高くて面白い記事がたくさんあるから、訳のスピードを上げれるようにならないといけない。SNSで相互監視しあう時間なんて、あとあと何かになるわけでもなく、もったいない。


デヴィッド・ボウイも断っていた。
http://www.elle.co.jp/culture/celebgossip/david-bowie_16_0113


J.G. Ballard (British Library)
https://www.bl.uk/people/j-g-ballard

2016年09月21日

J.G.バラード "The Atrocity Exhibition" を英語で読む(2)

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英語初心者の僕が海外の小説にチャレンジするぞ、というもので、読んでいる本の冒頭部や、章のなかで気に入った箇所などを一部抜き出し少し紹介しよう、といった主旨。


前回、アップした「The Atrocity Exhibition」の冒頭タイトル「黙示録(Apocalypse)」和訳のつづき。「黙示録」は、この奇妙な短篇世界へと引きこむ印象深い掛け声みたいなもので、今回の「Notes Towards a Mental Breakdown」は、このあとに続くストーリーの目次のようなもの。ここで出てくるいくつかのキーワードがのちのち展開する文章の中に散らばって、全体をつなげている。ウェブのリンク網のように、要所要所に現れる言葉が断片的な小さな物語の前後で結びつき、そして小さな面となり、この短篇を立体的なものにしているようにも思える。まだバラードの小説をいくつかしか読んでないが、彼の嗜好性というか好みの世界観の輪郭はおおよそわかるようになってきた。
バラードは、人が大なり小なり必ずや持っている暴力性や狂気の部分(普段そういったものは心の奥底に深く仕舞いこまれていて表出することはない)、そこに焦点を当てすくい出す。そして、それらをより濃縮・誇張した上で彼のもつ美意識に重ねあわせ、過剰なまでの装飾をする。さらに論理性を加え、時代背景の中に流し込み物語の鋳型をつくる。硬質だけれどもどこか柔らかさのある、奇妙な質感をもった小説はこうしたところから来ているように感じる。
たどたどしくけっこう苦労しながら、自分で洋書を訳して少し感じるのは、普段何気なく読んでいる海外小説・翻訳本のありがたさ。ペーパーバックを開くと、スラングで意味不明の箇所(特にアメリカの小説)や古典のものなどは単語が古語的なのかで、よくわからなかったりする(ホーソーンはまだ僕が読むには辛く、J.コンラッドは一行もわからず即諦めた)。著者や物語の背景などもふまえながら、そういった本を自力で読もうとしたら多分五年十年かかるんじゃないかとすら思う。海外文学の邦訳本は日本の小説本よりも、大抵やや高めの値段になっている。以前は、もう少し安くなればいいのになと思っていたけれども、自分で訳す能力と労力、そしてそれにかかる時間を考えると、前ほどは気にならなくはなってきた。数千円で数百ページ丸まるを翻訳してくれているわけだから、とちょっと考え方を改めるようになった。


 海は週に四日くらいは荒れた。窓から見ると、大きな波が東映のタイトル・バックみたいに岬の突端の岩にぶつかり、十メートルくらい上にまでしぶきをあげていた。海は見渡す限り白波に覆われている。そしてJ・G・バラード的に暴力的な風が吹いている。

「遠い太鼓」村上春樹、より("港とヴァンゲリス" / 講談社文庫・p172)

村上春樹はバラードの退廃的、破滅志向あるパブリック・イメージをこういう風に言い、うまく形容し使う。



■ Chapter one : The Atrocity Exhibition( + 邦訳)
Japanese translated by Tagong-Boy / original text by J.G. Ballard


精神崩壊にいたるまでの覚書き:
Notes Towards a Mental Breakdown.


精神異常発症者を記録した映画フィルムのノイズ音が、トラヴィスのオフィス下にある階段教室から徐々に大きくなった。机の後ろにある窓に背をむけたまま、彼はここ数ヶ月の間、骨を折り集めた最終書類の整頓をした。
The noise from the cine-films of induced psychoses rose from the lecture theatre below Travis's office.
Keeping his back to the window behind his desk, he assembled the terminal documents he had collected with so much effort during the previous months:



(1)太陽の反射分光写真。
(2)ロンドン、ヒルトン・ホテルのバルコニー・ユニット正面図
(3)先カンブリア時代の三葉虫の断層面
* 三葉虫が現れたのは「カンブリア紀」から、となっているので、バラードは意図的に「先カンブリア」と書いたのかそれとも勘違いなのかは分からない。

(4)エティエンヌ=ジュール・マレーによる連続写真。
(5)1945年8月7日の正午に撮影されたエジプト、カッターラ低地の砂海の写真。
* 1945年8月7日正午でのカッターラ低地。ここで記される限定した日にちと場所にどうい意味合いがあるのかはわからないが、この日は8月6日広島に原子爆弾が投下された翌日にあたり、その報道が全世界で一斉になされ、世界中の人が核兵器の恐怖を知った日。バラードは "核" により地球(世界)が草すら生えない不毛の地になったことを示したかったのかもしれない。

(6)マックス・エルンスト作「Garden Airplane Traps」の複製画。
(7)広島と長崎に投下された原子爆弾「リトル・ボーイ」と「ファット・ボーイ」の信管配線図。
* 長崎に落された原子爆弾は「ファットマン」

(1) Spectro-heliogram of the sun;
(2) Front elevation of balcony units, Hilton Hotel, London;
(3) Transverse section through a pre-Cambrian trilobite;
(4) 'Chronograms,' by E.J. Marey;
(5) Photograph taken at noon, August 7th, 1945, of the sand-sea, Qattara Depression, Egypt;
(6) Reproduction of Max Ernst's 'Garden Airplane Traps';
(7) Fusing sequences for 'Little Boy' and 'Fat Boy', Hiroshima and Nagasaki A-Bombs.


書類の整頓を終え、トラヴィスは窓の方を振り向いた。いつものように、白のポンティアックが彼の真下に見える混み合った駐車場に停まってた。車中にいる二人の人物が、うっすらと色づいたフロントガラスごしに彼を監視していた。
When he had finished Travis turned to the window.
As usual, the white Pontiac had found a place in the crowded parking lot directly below him.
The two occupants watched him through the tinted windshield.





話中で、トラヴィスが集め整理していた「最終書類」のイメージ画像:(1)-(7)

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・太陽の反射分光写真
・ロンドン・ヒルトン・オン・パークレーン - wiki
・三葉虫の断面図

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・エティエンヌ=ジュール・マレー - wiki
・カッターラ低地 - wiki
・広島で原爆投下があったことを伝える1945年8月7日の新聞(The Daily Express)

JG.Ballard-Atrocity-NotesTowards-3.jpg
・Max Ernst「Garden Airplane Traps,1935」(シカゴ美術館HPより)
・長崎に投下された「ファットマン」の断面図 -wiki

上画像は下記リンク先より
http://tagong-boy.tumblr.com/post/150563383411/jg-ballard-notes-tawards-a-mental-breakdown


トラヴィスを見張る人物たちが乗っていたポンティアックのイメージ写真
wiki-Pontiac-Bonneville-1963-1967.jpg
Pontiac Bonneville - wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/Pontiac_Bonneville

「ポンティアック」といってもものすごい数のモデルが出ているので、バラードが小説の中でイメージしていたものが、どの車種なのかは特定できないが、この短篇を執筆していた1960年代後半ごろに生産されていた「ボネヴィル」の第3、4世代(1961-1964 / 1965-1970)あたりが該当するんじゃないかと思う。ウィンドシールド(フロントガラス:和製英語)ごしに見ていた、と文中には書いてあり、コンバーティブル(オープンカー:和製英語)ではないだろうが、白い車体での写真が見つからなかったため、白車と別色車の二枚を合わせ想像してみる。




2016年09月13日

J.G.バラード "The Atrocity Exhibition" を英語で読む(1)

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4th Estate Books 版の"The Atrocity Exhibition". カバー・デザインはスタンリー・ドンウッド。
レントゲン写真とアメリカ大陸の地表図を使ったフォトコラージュは、この小説のもつ不穏なイメージを上手く表している。ウィリアム・バロウズが序文を書いていて、それもまた嬉しい。その序文冒頭で「The Atrocity Exhibition」のことを難解で不安にさせる本だと書いている。


The Atrocity Exhibition is a profound and disquieting book.

from 'PREFACE BY WILLIAM BURROUGHS'


9/30、ついに東京創元社から「 J・G・バラード短編全集(1)時の声」が出る。HPにはようやく表紙デザインの画像と収録タイトルが掲載されて、いよいよだなといった感じ。少し残念なのは、うーん、日本版の表紙デザインがこじんまりとしていていまひとつ良くないこと。悪くはないが、ハッとするような新鮮味がない、カバー・デザインとしてはやや中途半端なものだった。スタンリー・ドンウッドをデザイナーとして起用した「4th Estate Books」のペーパーバック・シリーズが、今の時代に合うとても洗練されたものだけに大きな差を感じてしまう。特殊な小説スタイルをもつバラードの本なのだから、ブックカバーも賛否両論が出るくらいの冒険はあってもよかったんじゃないだろうかと思ったり。まぁ、本の中身は文句なしだからそう気にするでもないけれど、やっぱり惜しいな。 日本版短編全集の刊行を記念して、というわけでもないが、別の短篇集「The Atrocity Exhibition」の訳を素人手で少しやってみようと思う。

http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488010584

「アトロシティー・エクシビション」について少し


バラードが1970年に出した短篇集「The Atrocity Exhibition」の冒頭を飾る作品は、タイトルと同じ「The Atrocity Exhibition」。全部で24の断片的な文章(小さな散文のようなもの)で構成されている。登場する人物を軸にそれぞれの話がつながっていて、小品による連作ものといった感じだ。短いものだとわずか4行、長くても1ページほどしかない。なので、話の区切りがよく、英語初心者の僕でもなんとか読み進むことができそう。というのがこのペーパーバックを最初に手にしたときの印象だった。
この本の文字組・レイアウトを見ると、1ページに収まる行数は最大で33行。和訳の後(このページの最後)に各タイトルのテキスト量をグラフ化してみた。またタイトル横に、それぞれの行数を記したのでおおよそのボリュームがわかると思う。-Chapter One-「The Atrocity Exhibition」は全部で13ページ半ある。

過去には工作舎から「残虐行為展覧会」という題名で、日本語訳も出ていたが現在は絶版で入手が難しい。当分復刊の予定もないだろうし、新訳で出る話もなさそうだ。ほんの少しだけなら、僕が個人的に訳したものをアップしても問題はないと思うので、テキストの1/4程度のボリュームで、6タイトルほどを数回に分けて書いてみたいと思う。今回は最初の項目「Apocalypse」。
目読しているときは、頭の中でなんとなく英文の意味がつながって、分かったような(読めたような)感触になるものだけど、いざ紙(やモニター上)に文字として書こうとすると、どうも言葉の置き換えや文章がつながらず難しい。なるべく自分の普段使う言葉・語彙で書いてはみたけれども、少しぎこちない日本語になるのは、やっぱり仕方ないのかな。訳するときのコツや決まった言い回しなどはもちろんあるだろうし、例えばマザーグースや古典文学、有名なフレーズからの引用やもじりが用いられていたりする箇所などは、やっぱり教養や知識を持っていなかればわからないところで、まだ僕にとっては及ばないところ。まぁ、そういうのはやりながら、勉強もしながら少しづつ身につけていこうと思う。そのうちに、少しはこなれた日本語訳になっているといいんだけれど。自分で訳したものを、一度母(20世紀初頭の英文学に関する本を出している)に見てもらってアドバイスをもらい最後修正した。
またバラードは医学用語や理系の専門用語をけっこう使うので(もう少し読み進んだところに登場してくる)、そのあたりはわからない部分もあり、わりと一般的に通じる単語に置き換えてみたりしている。


■ Chapter one : The Atrocity Exhibition( + 邦訳)
Japanese translated by Tagong-Boy / original text by J.G. Ballard


黙示録:
Apocalypse.

毎年開催されるこの展覧会で人々を不安に落しいれる呼び物といえば(患者たちはこの展覧会には招待されなかった)、世界の大動乱をテーマにした絵に大きな関心がゆく。
まるで長い監禁状態におかれた患者たちが、彼らを看る医師や看護師らの心のなかに、ある地殻大変動を感じているかのようだった。
A disquieting feature of this annual exhibition - to which the patients themselves were not invited - was the marked preoccupation of the paintings with the theme of world cataclysm, as if these long-incarcerated patients had sensed some seismic upheaval within the minds of their doctors and nurses.

キャサリン・オースティンは、改装された屋内競技場の中をぐるっと歩いて回り、これらの奇妙なイメージ群を目にしたのだった。エニウェトク環礁とルナ・パーク(*1)、フロイトとエリザベス・テイラーが混然となった絵は、トラヴィスのオフィスにある脊髄図解を写したスライド・フィルムを思い出させた。
As Catherine Austin walked around the converted gymnasium these bizarre images, with their fusion of Eniwetok and Luna Park, Freud and Elizabeth Taylor, reminded her of the slides of exposed spinal levels in Travis's office.

それらは解けない夢を表した記号のようにエナメルの壁に吊り下がっていた。
彼女が(自ら)進み、意図どおりの役割を演じはじめた悪夢を解くための鍵として。
They hung on the enamelled walls like the codes of insoluble dreams, the keys to a nightmare in which she had begun to play a more willing and calculated role.

ゴールドのキャップをつけたタバコを、片方の鼻孔に突っ込んだDrネイザンが近づいてくると、彼女はすまし顔で白いコートのボタンを留めた。「ああ、オースティン…、ここにある絵をどう思うかね? まるで地獄で繰り広げられる戦争じゃないか」
Primly she buttoned her white coat as Dr Nathan approached, holding his goldtipped cigarette to one nostril. "Ah, Dr Austin... What do you think of them? I see there's War in Hell."


*1 )
Eniwetok : 太平洋上、マーシャル諸島にある環礁。ハワイとフィリピンを結ぶ線上のちょうど中間位に位置する。ここは核実験場としてや、1952年に世界で最初の水爆実験が行われた場所で知られる。第一次世界大戦のはじまった1914年に日本が占領し、1920年に委任統治領となり太平洋戦争では激戦地となった。

Luna park : 南極大陸をのぞき世界各地で展開されている、月旅行をテーマにした遊園地チェーン。20世紀初頭にかけ人気を博したが、現在は閉園しているものも多い。アメリカはNY、コニーアイランドが発祥の地。日本では東京浅草と大阪にもあった。「浅草ルナパーク(1910-1911)」は日本最古の遊園地「花屋敷(浅草五区)」の隣、浅草六区に造られたが火災のため一年も経たずして閉鎖。大阪のルナパーク(1912-1923)は新世界に建設され、初代通天閣とロープウェイでつながっているという不思議な場所だった。今ある通天閣は二代目。たしかにあの一帯は奇妙な雰囲気が漂っている。

memo )
バラードは、エリザベス・テイラーやフロイト、J.F.ケネディなど、執筆していた頃に最も関心の高かっただろう、時代を象徴する人物を小説の中に登場させることが多い。それを踏まえると、この「Apocalypse」に登場する、'Catherine Austin' という名前は、女性作家のキャサリン・マンスフィールド(Katherine Mansfield)とジェーン・オースティン(Jane Austen)を連想させるし(キャサリンは、KとCを置き換えている)、 'Dr Nathan' は多分、ロスチャイルド家の名を世界中に知らしめたネイサン・メイアー・ロスチャイルド( Nathan Mayer Rothschild )からきているように思った。上にある訳ではネイザンと濁らせた表記にした。発音が近い「ネイサン」だとどうも「姉さん」と言葉が重なり悪そうなイメージがわかないので。


The Atrocity Exhibition - Text length (graph)

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Apocalypse (16行) / Notes Towards a Mental Breakdown (17行)
Internal Landscapes (26行) / The Weapons Range (13行)
Dissociation: Who Laughed at Nagasaki? (15行) / Serial Deaths (27行)
Casualties Union (23行) / Pirate Radio (14行) / Marey's Chronograms (19行)
'Was my husband a doctor, or a patient?' (19行) / Zoom Lens (9行)
The Skin Area (21行) / Neoplasm (19行)
The Lost Symmetry of the Blastosphere (34行)
Eurydice in a Used Car Lot (20行) / The Concentration City (17行)
How Garbo Died (17行) / War-Zone D (21行) / The Atrocity Exhibition (8行)
The Danger Area (14行) / The Enormous Face (26行)
The Exploding Madonna (8行)/ Departure (11行) / A Terminal Posture (4行)


Chapter 1: The Atrocity Exhibition Excerpt (RE/SEARCH Publications)
http://www.researchpubs.com/products-page-2/chapter-1-the-atrocity-exhibition-excerpt/
アメリカ、サンフランシスコを拠点にした出版社 'RE/Search Publications' のHPに、(多分)試し読み用として第一章「The Atrocity Exhibition」の冒頭 'Apocalypse' のテキストと、バラード自身による解説が載っている。RE/Searchからも「The Atrocity Exhibition」が出ていて現在も入手可能だ(表紙になっている女の子の絵がわりとグロい。25ドル)。バラードによる各タイトルの解説は 4th Estate Books 版ペーパーバックにも掲載されている。

2016年09月11日

ジュリアとバズーカ

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このところ英和訳づいていて、ただでさえ時間がないのによけいに時間がなくなってきている。

なんで急に(というわけでもないが)英語に関心がいくようになったのか、自分でも不思議なところがあって、少しそれについてを考えてみると、ヨーロッパかアメリカ、英語圏の国に行ってみたくなったというのが少しあるのかなと思いあたった。これまでのアジアの旅で僕にとってわりと重要だったのは、「言葉が通じないこと」だった。「通じない」方が良かったし、通じなくても特に大きな問題はなかった。日本(での旅)に全くといっていいほど興味がないのも、言葉が通じるからという理由が大きい。その安心感は何かスリルに欠けるというか、何ら不自由がなく、正直つまらない。日常の、あるいは普段の生活の延長上にあるものは、僕にとっては "旅" と呼べるものではなく、ただの "移動" になってしまう。日本でも方言やなまりは地域によっては多少あるだろうが、外国語のように全く意思疎通ができないわけでもなく、日本語の言語体系の中での会話だからあまり隔たりを感じはしないだろうとは思う。互いに話す言葉の異なる人同士が、ある瞬間にコミュニケートできたときって、けっこう喜びが大きく、やっぱりそこは僕が好む旅の醍醐味の一つだったりする。
だけども、もし、ヨーロッパへ行ったときに何がしたいんだろうと考えたとき、アジアでのエキサイティングなこととは違う何か、歴史だったり互いの意見をぶつけることだったり、非感覚的な面でのやりとりが出来ないときっとフラストレーションが溜まるだろうな、と思ったりする。これまでのように、その場のノリや感覚に頼り、偶然に身をまかせるのも悪くはないだろうし、それはそれでまた楽しめたりもするが、そうしたものは一度置き場所を別にし、ちょっと自分の中で変化をつけてみたい気分になっている。母語から一度トランスレートした言葉を使い自分の行動の行方をコントロールできたらきっと楽しいだろうと思う。自分の意見をほぼ満足に英語で言えるようになって、相手の言っていることも十分に理解できるようになるには、まだ相当かかるかもしれないけれど、目標はやっぱりそこになるのかな。

さて、アンナ・カヴァンの短篇集「ジュリアとバズーカ」。その最初の一篇「The Old Address」をやっと読み終えた。これは6ページほどの短い話だが、日本語の中篇小説一冊を読むのと同じくらい時間がかかった。でも、知らない単語をひとつひとつ調べ、一行一行何度も繰り返しながら訳し読んだので、けっこう充実度があって、これまでにない読後感が味わえたりと、いやなんか嬉しい。一日数行づつしか進まない非常にトロトロとした読み方だったが、アンナ・カヴァンの文章に十分すぎるほど浸れた。当然なんだけれども、英語にも文体っていうのがあるんだ、と身をもって知れたのは新鮮だった。先に読み始めたJ.G.バラードとは全然違うんで(バラードの文章はかっちりしている)、最初は、何だこの書き方は! なんて思ったりもしたが、進んでいくうちに慣れてきて、カヴァンの文章はバラードより好みかもしれない。平行してもう一冊読んでいるのはドン・デリーロの日本未発売・未邦訳の本、これはまた次回に。


Anna Kavan (Open Library)
https://openlibrary.org/authors/OL200810A/Anna_Kavan

2016年08月30日

爆発切符

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ウィリアム・バロウズ「The Ticket that Exploded」。カットアップ3部作のうちの一作。のこり2作が「Nova Express」と有名な「Soft Machine」。バロウズの小説は日本語訳でもほとんど意味不明なので、どうせなら原文で読んだほうがいいんじゃないかと思い、一冊を選んでみた。代表作の「裸のランチ」は邦訳があるので、違ったものを読みたいと思った。「The Ticket that Exploded」はサンリオSF文庫から「爆発した切符」というタイトルで出ているもののすでに絶版、人気のある作家だけにプレミアも強気でさすがに手が出ない。ペンギンのペーパーバックは表紙もかっこよく、いざ開いてみると注釈も充実していて良かった。スラングや言い回しなんかでわからない箇所もやっぱり多いが、カットアップといわれているだけに、短く印象的かつ刺激的なフレーズが次々とあって、読みやすいところから入っていくのもいいかなと。意外と英語の方がすんなりと入ってくるところはある。暑さも弱まったし読みどきの季節来てるかな。


―― Do you love me? ―― Vapor trails writing all the things you are ――


"The Ticket that Exploded" by William S. Burroughs (p52)



2016年07月26日

J.G.バラード短篇全集: Vol.1 と Vol.2

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"J. G. Ballard - The Complete Short Stories" Vol.1 & 2
二冊並ぶとカッコイイ!
Vol.1 は1956年から1964年までの作品、39篇を収録。
Vol.2 は1964年から1992年までの作品、57篇を収録。うち1980年以降のものが17篇。
1と2を合わせると全部で96編収録。まさにComplete、すごいボリュームだ。
バラードの短篇で最高傑作と名高い "The Terminal Beach(1964)" はVol.2に収録。

収録タイトルにさほど惹かれるものがなかったバラードの "The Complete Short Stories" Vol. 2 だったけれど、本が届きいざ広げてみると1970年前後のものがわりと多く、なかなか良さそうだった。ただ、文体が初めのころより難しくなっている感があったので、読めるかなぁ。バラードはスラングや特定の言い回しがあまりない(と思う)ので、僕でもわりと理解しやすい。
今回は注文から所要8日で到着。もちろんロイヤル・メール。ロイヤル・メールは1516年にはじまったそうで、今年でちょうど創業から500年目になる。相当な歴史事業だ。そして今年はシェイクスピア没後400年でもあったり、また BREXITがあったりと -ミレニアム・クラスで- 英国づくものが多いような。



創元社の邦訳短編全集と、英国 4th Estate の Complete Short Stories

今夏、東京創元社から刊行される「J・G・バラード短編全集」は全5巻、97タイトルを執筆順に収録していくとのアナウンスだった。この全集モノは、ハーパーコリンズのインプリント、4th Estate Books から出ている "J. G. Ballard - The Complete Short Stories" の Vo.1 と Vol.2 の2冊を、ほぼそのまま5巻に分けたものになると思うが、"The Complete Short Stories" の方は、Vo.1 に39タイトル、 Vo.2は57タイトルが収録されていて、合わせると96タイトルしかなく、日本版はなぜか1タイトル多い。これが何なのかは、今のところ不明だ(そして気になる)。

そうなると、「The Atrocity Exhibition」に収録の作品は大部分が収録されず、またも邦訳が未のままの状態になりそうだ。"The Complete Short Stories" Vol.2 の方に、「The Atrocity Exhibition」収録の2タイトルが入っているので、「The Atrocity Exhibition」の全15タイトルの内、13タイトルがもれることになる。もしかすると単独で出るのか?

タイトルだけではわからないのが一篇あったので、少しメモ。
Vol.2 に "Notes Towards a Mental Breakdown (1976)" というタイトルが収録されている。これは「The Atrocity Exhibition」の第五章と同じタイトルになるが、執筆の年代も後だし内容も(パラっとみたところ)異なっている。バラードはこのタイトル(テーマ?)が気に入っているようで、全部で3バージョンある。
一つは、短篇集「The Atrocity Exhibition」の第一章 "The Atrocity Exhibition" の小さなパートで書かれた極短いもの(わずか17行)。
二つ目は、同じく短篇集「The Atrocity Exhibition」の第五章。
三つ目は、「 The Complete Short Stories Vol.2」に収録のもの。こっちなはまだ読んでないので、違いはいずれ比較したい。
英文を読んで気付いたことが少しあった。バラードはわりと 'Toward' という単語を良く使う。他にも修飾・形容するときに使う言葉や、ちょっとした小道具の名前などに特徴があって、そのあたりの細かな部分が見えてくると、邦訳を読むときとはまた違う面白さが味わえ新鮮。

仕様の違い
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この画像ではわかりにくいと思うが、Vol.1とVol.2 では紙質が違っていた。Vol.1は、海外のペーパーバックによくあるごわごわとしたあの粗い紙、いわゆるパルプ紙(ねずみ色の)だったのに、Vol.2 ではずいぶんクオリティがよくなって滑らか、かつ厚みも薄くややクリーム色がかったものに変わっていた。フォントがシャープに見える。慣れた日本の文庫本に少し近い紙質。もしかすると、Vol.1も最新版のものは同じ仕様に切り替わっているかも。

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Vol.1は、780ページ、背の厚み約5cm。重さは約 550g。
Vol.2は、780ページ、背の厚み約3.5cm。重さは約 570gと、紙質がよくなった分、Vol.1と同じページ数なのにスリムになっている。並べて比較するとその差がよくわかる。





2016年07月12日

デリーロのバーダー・マインホフ


Baader Meinhof Komplex (2008) - trailer
ドイツ赤軍(バーダー・マインホフ・グルッペ)の成り立ちから終りまでを描いたドキュメンタリー映画。
日本でも公開してたので字幕付のもあるけれど、海外版のがシンプルでカッコイイ。ISILの残虐な映像を見てしまった今の時代からすると、衝撃、という言葉はあてはまらないかもしれないが、時代背景を含めると戦慄するものはある。体制側に向かうテロは英雄化され、長く記憶に留められる。邦題:「バーダー・マインホフ・理想の果てに」


きのうはバラードの「ハイ・ライズ」の文庫発売日で、どうもそわそわ落ち着かず。結局本屋さん行って買ってしまった。やっぱり日本語訳だと読みやすい。

このところ気になる、ドン・デリーロ。「ホワイト・ノイズ」ってのが代表作でいいらしいけれども、日本ではあまり人気ない作家みたいで、読んでる人もそう多くないために、情報少なくよけいに興味わく。海外の人気ある作家は、ピンチョンやミシェル・ウルベックなど、物語のなかに自分たちの生きている社会を上手に描く人が多く、話のスケール感もでかいんだけれど、なぜか、日本は私日記というか私小説というか、そういう延長上にある身の周りのこじんまりとした世界のものが多くて、いいのを探すのにけっこう苦労する。

で、デリーロの短篇集が一冊出ていてそのなかに「バーダー・マインホフ」というのがあり興味わく(「天使エスメラルダ: 9つの物語」に収録。新潮社)。邦訳のものを読むと、リヒターの描いた絵「October 18, 1977」の展覧会でのひとコマを描いた短い話。リヒターの絵画作品は、収監され謎の死を遂げたドイツ赤軍のメンバーを題材にし、疑問とメッセージを含めた連作もの。デリーロの書いた短篇「バーダー・マインホフ」には、画家リヒターの名前は出てこないが、絵画批評をストーリー(会話)のなかに埋め込んでいたりし面白い構成だった。ちなみにこの短篇、2002年4月に「ザ・ニュー・ヨーカー」で発表されたもので、バックナンバーがネットにあり、そこで原文が読める(下記リンク先)。911が起こった半年後に書かれたものだから、意味ありげだ。


"Baader–Meinhof" By Don DeLillo (The New Yorker)
http://www.newyorker.com/magazine/2002/04/01/baader-meinhof


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