2015年08月18日

回廊をくぐり抜け

「リメリックとヴィラネル」からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/421173963.html

(前回のあらすじ)
シャーマンは聖なる書「タブラ・ラサ(Tales About Bones Under Language-Analysis and Radiant Salvation)」に書かれた呪文「リンガフラン化」をとなえ、救済の炎がはじまる。シャーマンのあとに続きジャジメン、黄金の夜明け楽団、そしてピジンたちと骸骨も炎の回廊の中へと足を踏み入れた。




 炎の回廊の中は熱くもなく、ただ光に包まれているだけの感覚だったのであります。触れてみるとそれは熱をもつ炎ではなく発光する何か不思議な現象だったのであります。蛍の尻光のようなもの、そんな風に思えたのであります。後ろを振り返ると骸骨たちがずらりと列をなしていたのであります。彼らの白い骨は回廊の放つ炎に照らされ、赤みがさし、誰もがみな高揚しているように見えたのであります。巡礼者たちが心の内に持つ静けさと情熱、両極端にあるような二つの思いが回廊の中に満ちていたのであります。

フランボワーズは円筒の文字が浮かび上がっていたあたりに手を伸ばし、何かをつかもうとしていたのであります。もちろん、もうそこには何もなくただ空をつかむだけで、幾度やっても結果は同じだったのであります。回廊の輪郭だけが、ぼおっと灯っているだけなのであります。
「ねピジン、さっき浮かび上がっていたたくさんの文字、どこに消えたのかなぁ?」広げた手のひらを見つめながら彼女は言ったのであります。
「ちいさな花火みたいなもんじゃない? きっと。その瞬間だけにしかない」
「そうなの?」
「さぁね。シャーマンに聞いてみないことにはわからないかもね」
「ふうん」
そういって、彼女は最後の曲がり角を曲がり終えたシャーマンの後ろ姿を見つめたのであります。シャーマンはその視線に気づくでもなく、定規に添うような鋭角的な足取りで歩みを早めたのであります。
「ピジン、ほら、もう回廊抜けるよ! 骸骨さん! 救済の炎だね」
フランボワーズは前を歩く骸骨詩人と骸骨戦士に言ったのであります。
「カタタ・カタカタタ!」
骸骨詩人は振り返ると、高い歯音で答えたのであります。そして手にしていたパンタグリュエル草をより強く握ったのであります。
「君たちがいると心強いよ、だって」
「こちらこそ、だね」アイコンタクトとともにフランボワーズに言ったのであります。
続いて、二人のジャッジメン、そして黄金の夜明け楽団が最後の曲がり角を折れそのまま進み、シャーマンに続いて回廊を抜けたのであります。後に続いていた先頭の骸骨は、回廊の出口でいったん足を止めたあと、おそるおそる一歩を踏み出したのであります。その瞬間、身体の内が揺れるほどの大きく低い金属音が鳴り響いたのであります。先頭の骸骨は思わず、足をふるわせたのであります。黄金の夜明け楽団が銅鑼を叩いたのであります。歓迎の意なのか、それとも自分たちを鼓舞するためのものか、その音色からは判断できなかったのであります。ただ、長く続く余韻が耳の奥に溜まるかのようで、水平感覚を奪うほどにひたすらと漂っていたのであります。
先頭の骸骨は立ち尽くしたまま、しばらくの間動けずにいたのであります。シャーマンはその骸骨を見つめ、軽くうなずくと小さく手招きしたのであります。それを見、先頭の骸骨はよろよろと足を踏み出し歩き始めたのであります。見えない糸にでも引っ張られているような、自分の意志ではない足取りだったのであります。続いて後ろにいた骸骨たちもゆっくりと静かに歩きはじめたのであります。地面にまだ漂う銅鑼音の余韻は、期待を抱いていた骸骨たちに、ある種の不安と緊張をもたらしていたのであります。こうして回廊の出口からは骸骨たちがどんどん出ていったのであります。いよいよ骸骨詩人と骸骨戦士が、その出口に近づきあと一歩にまで近づいたそのとき、黒い物体があっしの足下を駆け抜けていったのであります。フランボワーズはその影に驚き思わず声を上げたのであります。
「きゃっ! わ、何?? ピジン、今何か走っていった」
フランボワーズはそういって、ぐるぐる回転し飛び回りながら、回廊を駆け抜けた小さな黒い影を指さしたのであります。それはひとつではなく、いくつもあったのであります。
「何だ? あれ?」
「カタ・カタ・カタタカタタタ・カタ・タ」
骸骨戦士が答えたのであります。
「さ迷いのガラクタ骨董商人だって、ブリッカ・ブラック(Brica Black)っていうらしいよ」フランボワーズが訳したのであります。そして骸骨戦士と短いやりとりをしたのであります。
「ねぇ、ピジン。いまさっきのガラクタ商人たちって、救済の炎がはじまると一儲けしようと毎回のように現れるんだって。どこからともなく。骸骨戦士さんがいうには、彼らはここにいる骸骨さんたちの白骨族とは近縁の黒骨族で、救済の炎に参加できないから、いつまで経ってもコトバにはなれないの。そういった運命をもつ悲しい種族らしいの」
くすんでボロボロになった服をまとった黒骨族の行商人たちは、シャーマンや炎から少し離れた場所に陣取ると、自分たちの用意した布袋を広げ、こまごまとしたものを並べはじめたのであります。


(白骨街道編)
つづく

2015年06月24日

リメリックとヴィラネル



「シャーマンのことば」からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/418498739.html

(前回のあらすじ)
シャーマンは聖なる書「タブラ・ラサ(Tales About Bones Under Language-Analysis and Radiant Salvation)」を取り出すとその書を読み始め、最後に「リンガフラン化」という呪文をとなえ締めくくる。すると炎の回廊の中に全言語を網羅した大きな回転車が出現する。続いて二人のジャッジメンが現れ、救済の炎のはじまりを告げる。



 シャーマンは二人のジャッジメンが現れたのを、その冷たい石のような眼でみとめると、両腕を大きく広げ空に向かって手を伸ばしたのであります。
「リメリック」一人に向かってそう呼びかけ、
「ヴィラネル」隣に顔を向け、もう一人の名を呼んたのであります。
優しく、落ち着いた、眠りを誘う静かな声だったのであります。
深い真紅のマントを羽織ったリメリック。ためらうほど濃いベロ藍のマントを羽織ったヴィラネル。
二人のジャッジメンは小さくうなずき、手にしていた天秤と黒い小さな箱を軽く持ち上げたのであります。その仕草は司祭に貢ぎ物を見せるような敬意あるものだったのであります。

「カタタタカタカタタタ」骸骨詩人がこわごわと声を発したのであります。
「カタカタカタカタタ・カタタタカタカタタ」骸骨戦士がそれに答えたのであります。
「骸骨さんたち、何話してるの?」あっしはフランボワーズに尋ねたのであります。
あいかわらず、ぽかんとした表情で目の前の光景を眺める彼女の耳に、この問いはまったくの素通りだったのであります。
「フランボワーズ。フランボワーズ、聞いてる?」
フランボワーズはそこでハッと我に返り、反射的にけろっとした顔でこっちを向いたのであります。
「え? ん、と、骸骨さん? あ、うん、聞いてたよ…」
しどろもどろな口調になりながらも、彼女は頭の中の記憶レコーダーを巻き戻し、さっきの質問を耳の奥で聞き返しているようだったのであります。
「ピジン、ごめん、ちょっとあの回廊の炎に見とれてた。あのジャッジメンのことでしょ? 骸骨さん、何ていってたっけ? んと、なんか難しいカタカタ語だったな。ひとりは"骨相学師"とかいうヒトで、たしかもうひとりがアシャー(usher)って言ってたよ」
「骨相学師? 何だそれ、初めて聞く言葉だ。奇術師の類い? それとも占い師みたいなことでもするの?」
「さぁ、わかんない。ちょっと骸骨戦士に聞いてみる」
そういうとフランボワーズは、カタカタ語で骸骨戦士と話し始めたのであります。骸骨詩人は二人の会話に聞き入り、あっしはシャーマンのそばにいる二人のジャッジメンをじっと観察したのであります。
「ピジン、わかったよ! あの天秤はね、骸骨さんたちの持っているパンタグリュエル草を量るもので、骨相学師の箱の中にはゴブレットとおまじないに使うようなカードが入ってるみたいなの。手にするパンタグリュエル草の重さに比例して、骸骨さんたちに与えられる言葉の数が決まるんだ、って」
「つまり、あの二人がここにいる骸骨さんたちと持ち物をそれぞれ見て、何かを審査するってこと?」
「うーん、そうなんじゃない? 骸骨戦士さんは"前回、自分は言葉を得られなかった"っていってたから、きっと厳しい基準があったりするんじゃないかな?」

「サァ、ココニ 集マリシモノタチヨ カイロウヲトオリヌケ 自身ノコトバヲ エルガイイ ワレワレガ ソノテダスケトナロウ … リンガ…フランカ」
シャーマンは抑揚を押さえながら、極めて冷徹に言い放ったのであります。水門が開かれ、枯れ井戸に水が満ちるがのごとく、シャーマンの言葉はここに集まった骸骨たちに届いたのであります。ひたひたと、乾いた白骨にわずかながら艶やかさが表れたように見えたのであります。最後の呪文を放った瞬間、回廊を埋め尽くしていた無数の言葉はすっかりと消えたのであります。

シャーマンとジャッジメン、そして楽団の一行は回廊の中へ進んで行ったのであります。光の中へ、燃え上がる炎の中心へ。その影はゆらゆらと揺らめき、実体のない歩みに見えたのであります。はたして、シャーマン、ジャッジメン、そして黄金の夜明け楽団は存在するのだろうか? ふとフランボワーズの横顔を見、彼女の目のなかを見つめたのであります。惚けたように回廊の先を見続ける彼女の目。そこには確かにシャーマンたちの後ろ姿が小さく映っていたのであります。骸骨詩人、骸骨戦士、二人は顔を見合わせ、互いの意志を確認しあったのであります。そしてあっしとフランボワーズに向かって首を一ひねりしたのであります。
「ピジン、どうする? ついていく?」フランボワーズが言ったのであります。Yes or No、二つの選択を尋ねているというよりも、同意を求めるようなニュアンスだったのであります。
「もちろん」あっしはすかさず答えたのであります。
骸骨詩人、骸骨戦士はすでに回廊へと足を向けていたのであります。
「ピジン!」
「わかってるって、まだ目の前にいるじゃないか、離れっこないよ」
「もう、早く早く!」
フランボワーズはいてもたってもいられない様子だったのであります。周りにいた骸骨たちも、同じように回廊へと向かい始めたのであります。ぞろぞろと、はじめはまばらだった足取りも、列ができてくるほどに規則的になっていったのであります。その足音は、心臓を持たないものたちの実在を証明するには十分な大きさで森の中に響いたのであります。はじめてこの森に足を踏み入れたとき耳にした、ジャングル奥深くから届く轟きとよく似たリズムだったのであります。


(白骨街道編)
つづく



HIS NAME IS ALIVE "CAN'T GO WRONG WITHOUT YOU" (BROTHERS QUAY 1993)

2015年05月07日

シャーマンのことば

けっこう間が開いてしまったけれど、ピジンとフランボワーズの続きです。レヴィ=ストロースやマリノフスキをもっと読み込んでから、何かその要素を盛り込めないかと思いはじめた辺りで、いろいろな繋がりが気になり出し書くのが止まってしまった。


「ルモラウルス族とパパラッチ族」からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/413237385.html



炎の中にいたシャーマンは、手慣れた手品師がそうするようにマントをまさぐり、一冊の本を取りだしたのであります。片手に収まるほどの小さな本。真っ青な布張りのカバーで包まれていたのであります。角度によって輝きの変わるこの布はきらきら光る糸で織られていたのであります。シャーマンのいでたちとは、うらはらな軽やかな手さばきで、その本は彼の手の中に収まったのであります。シャーマンは書の銘をしばし眺め、ゆっくりと表紙を開き、数ページをめくったのであります。そして本を持つ手を高々と挙げ、この場にいる誰もが見えるように掲げたのであります。土を割り、そこから伸びる新芽のごとく。

「ピジン、あれ何?」フランボワーズが小声でたずねたのであります。
「さぁ何だろう、宣誓書のようなものかな?」
あっしは答えたのであります。
「カタタ・カタカタタ」骸骨戦士が何かを言ったのであります。
「呪文のような、お経のようなもの」
フランボワーズが骸骨戦士のカタカタ語をすぐに訳し、教えてくれたのであります。
「あたし、あの表紙なら、なんて書いてるか読めるよ」
「え、ここから文字が見えるの? あんなに小さいのに?」
「ェへん! 大草原に咲く小さな花を見つけるので鍛えた目よ、ほら」そういって、フランボワーズは丸くきらきらと輝く小さな目でウィンクしたのであります。そして、目をこらし、シャーマンの持つ青い本をじっと見つめたのであります。

「T, A, B, U, L, A,.. Ra, Sa.. タ、ブラ、ラ、サ? ピジン、"タブラ・ラサ(Tabula Rasa)"って書いてある」
「タブラ・ラサ?」
「うん」
「楽器の教則本みたいな名前だ」
「楽器の本? ふーん、周りに楽器を持った骸骨が沢山がいるから、楽譜でも書いてあるのかな? でね、その文字の下に小さい文字がいっぱいあるの。っとちょっと読んでみるね、あー少し反射して読みにくいな。青い炎に、青い本、青い影に青い月光だもん、おまけに飾り文字。あ、でも見える…。ピジン、いくよ! 長いから一気にね」そういうと彼女はすうっと息を吸い込み、まばたきのひとつもせずに読み上げたのであります。
「"Tales About Bones Under Language-Analysis and Radiant Salvation" だって。ふうっ」
「えらく長いね。あってるの?」
「何よ、間違えっこない! たぶん」フランボワーズは自信あるのかないのか分かり辛い声色で答えたのであります。
「で、どういう意味になるの?」フランボワーズは尋ねたのであります。
「そうだな。それだと、"言語解析の根底と光を放つ救いについての物語"っていう感じかな。難しそうだけど、いったい何についての本だろうね? でも、やっぱりこの"救済の炎"と深い関係がありそうだね」
「ふうん」フランボワーズはわかったような解ってないような、まるで興味のない返事だったのであります。
「カタタ!」骸骨戦士がすかさず高い歯音を鳴らしたのであります。
「しっ、静かに!」フランボワーズがつられて、人差し指を唇に当て、縮小辞的に肩をすぼめたのであります。

シャーマンはしばらくの間、沈黙のままその本を読みすすめていたのであります。目はひたすらと書の中の何かを追い、ある見開きにさしかったところでぴたりと手を止めたのであります。そして、そこに書かれているものをゆっくりと読み上げたのであります。

「コヨイハ モットモ ザンコクナ ツキ…」

はじめは小さくつぶやくような声で。一区切りごとに、その声は大きくなり、やがて全身が共鳴するほどの声になって周囲を震わせたのであります。夜空にたなびく雲が二つにちぎれる間ほどの短い朗読。最後の言葉は無空の状態で、炎の周囲にいたものたちに届いたのであります。聴覚ではなく、細胞や身体の内部から沁み広がるような声だったのであります。

「・・リンガ・フラン化・・」
鮮やかに咲く花の名を思わせるその言葉は、青い炎に引き寄せられた全ての生物をどうにもうっとりとさせる響きがあったのであります。シャーマンはこの短い言葉を呪々的に唱え、ひとつの区切りをつけたのであります。そして、何かの法則によって火勢の呪縛にあった青い炎を、解き放つ呪文のようにも聞こえたのであります。

その言葉が消えるか消えないくらいの極わずかな静けさがあったあと、炎の回廊の中に、大きな円筒のようなものが現れたのであります。炎は絵筆となり、まるで空間の中に古い記憶でもあるかのごとく、光の軌跡を残しながら、いくつもの輪郭を次々と描いてゆくのであります。存在を見せたオブジェクト。それはチベット寺院にあるマニ車を思わせる形をしていたのであります。シャーマンはふたたび手の中の本をめくり、読み続けたのであります。そのたびに円筒の表面に文字がいくつもいくつも浮かび上がっていくのであります。象形文字、キリル文字、アルファベットにルーン文字、東洋の漢字や八思巴、トンパ文字、ツングースにラディン語、サンスクリット、ヒエログリフ。様々な文字が次々と浮かび上がるのであります。これらの文字は、円筒の静かな回転とともに、表面に転写されていったのであります。月の光を浴び、青い陰影をつくる無数の文字。これまで地上に誕生しただろう、ありとあらゆる文字が重なり、そして巻きとられていくのであります。規則正しく、時には不規則的に。その様は新しいゲームをするためのおまじないのように見えたのであります。やがて円筒の回転は加速度を増し、文字のうっすらとした残像だけが目に見えるのであります。それはまるで、文字が進化してきた長い歴史を目の当たりにするようだったのであります。筒に文字の糸が巻きとられるがのごとく、これら一つ一つに目を配るシャーマンは紡績工場を、一手に取り仕切る厳格なコンダクター。森の中に、ぼんやりとカユアピアピが灯りはじめたのであります。夜が最も深く落ちた瞬間なのであります。

円筒の回転はやがて勢いを落とし、ぴたりと回転を止めたのであります。旧式のコンピューターが、すべてのパンチロールの読み込みを終えたような時間の停止。無機的な静けさが、一瞬あったのであります。有機体が必ず戸惑いを見せるだろう異質な静寂。ルモラウルスたちでさえ息をのむ、奇妙な空白。その次の瞬間、地を割るほどの大きなシンバルが一度鳴らされたのであります。黄金の夜明け楽団の演奏が再び始まったのであります。すると回廊の奥に人影が見えたのであります。陽炎の揺らめき。一人、そしてもう一人。二つの影。ひとりは天秤を持ち、ひとりは木箱を抱えていたのであります。彼らは回廊の入り口に来ると、そこで足をぴたりと止めたのであります。骸骨戦士がカタカタとつぶやいたのであります。
「フランボワーズ、何ていったの?」あっしはたずねたのであります。フランボワーズはぽかんと口を開け、目の前の光景を呆然と見ながら答えたのであります。
「ジャッジ・・メン」
「ジャッジメン? あの骸骨たちのこと?」
彼女はただ、小さくこくんとうなずいたのであります。


(白骨街道編)
つづく



"Words With The Shaman / Part 2 - Incantation" by David Sylvian

2015年01月31日

ルモラウルス族とパパラッチ族


「The Vanishing Moon」からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/410432258.html

(前回のあらすじ)
炎の回廊が表れ「救済の炎」の準備が着々と進んでいる中、燃えさかる炎と夜空の月がリンクし、そのことでフランボワーズが気を失った。そして骸骨詩人がいよいよ、言葉を得るために「救済の炎」へと近づいていった。



青い月の下で燃え上がる大きな炎は、大いなる意志、それの持つ知性によってコントロールされているかのように見えたのであります。静かであるほどに火の寿命は長く、激しいほどに短く終える。ゾロアスターが誕生したその瞬間から、変わらない法則なのであります。この炎が輝いている限り、永遠に夜が続くのではないかと思えたのであります。炎は森のつくる闇の中で、うっすらとした笑みを浮かべ、揺らめいているのであります。悪酔いした月曜日に訪れる憂鬱(Blue)にも似た陰性の光。それは森に潜む小さな精霊たちを確かに引き寄せていたのであります。

光に吸い寄せられ集まっていたのは、噂好きのルモラウルス族(Rumouraurs)たち。彼らがいるおかげで、翌日には良い噂も悪い噂も森の彼方にまで広がってゆくのであります。そして彼らの中から、より刺激ある噂を求め、森を離れ街や都市に出たものたちは別系統の進化をたどり、今やパパラッチ族(Paparazzians)として知られているのであります。パパラッチ族は、森に潜むルモラウルスよりも耳がとびきり大きく、目はより丸くなり、四六時中パパちララちと瞬きをしているのが、大きな違いなのであります。街に出、そこを新しい生息の場としたパパラッチ族は、人との接触をはかるうちに、"噂"を商売にすることを覚えたのであります。新聞の三面記事に貢献するものもいれば、要人や時の権力者たちの猜疑心に火をつけ、世の中に混乱の種を蒔くものもいるのであります。噂というものに善悪の区別はなく、ただ広まれば広まるほどに真実に近くなってゆく、これは彼らがもつ潜在的な思考なのであります。ただの噂話が真実となって歴史の中に刻まれる場合もあれば、本当の話が噂話のなかに埋もれ抹消されてしまうことも少なくはない、虚実混濁の世界なのであります。彼らにとって、何が正しく、どうであるかなんてことは一切かまわないのであります。新しい噂を作り、それを広め、残っていくことだけに楽しみを覚えているだけなのであります。

その昔、パパラッチ族たちは自分たちの古い仲間ルモラウルスたちについても、その矛先を向けたことがあったのであります。ルモラウルス族についてのありもしない噂を、街の住人たちに向けて流したのであります。それははじめ、ほんの軽いジョークのつもりだったはずが、ルモラウルスを絶滅寸前にまで追いやる事態へと展開したのであります。噂が浸透し、多くの人の意識下にすっかりと染み込んだときには、もうすでに時は遅しだったのであります。彼らの流した噂というのは「おしゃべり上手になるには、ルモラウスたちの舌を煎じて飲むといい、耳の悪い人にはルモラウルスの三半規管を炙りかじるといい」こういったものだったのであります。この噂は非科学的だったにもかかわらず、どこか神秘性を秘めていたために、恐ろしいほどの勢いで広まったのであります。そして、この噂が誰しもに信じられるや否や、人びとはこぞって森の中にわけ入り、そこでルモラウルスの乱獲が行われ、彼らは瞬く間に姿を消したのであります。かつては、森の噂話を人里に伝え、人里の噂話を森に伝えるといった、コミュニケーションがうまくできていたものが、これを機に途絶えてしまったのであります。森と都市はきっちりと分断されることとなり、交じり合う場所を失っていったのであります。わずかに生き残ったルモラウルスたちはもう森の奥からは出ることはなく、すっかりと人との接触をたってしまったのであります。こうして、月日を追うごとに多くの人はもう彼らは絶滅したものだと思いはじめたのであります。もちろん、この噂を流したのもパパラッチ族の誰かだったのであります。街の住人たちの記憶はこうして少しずつ塗り変えられ、今では、辞典や古い物語の中だけでしか、彼らの名を見ることしかなくなったのであります。

この一種の悲劇的ブームともいっていい出来事があったことで、ルモラウルス族とパパラッチ族との比較研究が熱心に行われ、彼らの生態が検証されるようになったのであります。もちろん、同時に彼らとの関係性を憂う反省の議論も巻き起こったのであります。その中で、オライリー博士という一人の妖霊学者の行った研究が一躍脚光をあびることになるのであります。不思議なことに、多くの人たちがルモラウルス族とパパラッチ族について、存在は知っていたものの、彼らが一体何物であるか、ということについては誰も知らなかったのであります。オライリー博士の研究論文によると、噂の伝播はヴィールスによる感染の速度よりも十倍以上も早くなるという結果が示されていたのであります。彼の発表した「 r > i 」という公式は、たちまち熱狂をもって迎えられたのであります(「rumour > infection」)。噂とヴィールスがいったん生物の体内に取り込まれると、それぞれ個別の熱(Fever)を発する。それは次々と拡散しながら、オセロの白と黒の駒のように、一定の数値に達するまで入れ替わり、反転かつ反転を繰り返す。この理論にいちはやく着目し、自分の研究に応用したのがナナミ・ハジメ(七三一)教授だったのであります。数々の生体実験を繰り返した挙げ句に突然姿をくらませ、生存の有無すらもわからなくなってしまった、希有な才能の持ち主。彼の存在そのものが、噂によって作られたものかもしれないのであります。

ここにいるルモラウルスたちは、枝に腰掛け息をひそめ、木の葉で姿を隠し、注意深く辺りの様子を伺うのであります。夜行性の生き物特有の大きな丸い目だけが時折ちかちかと回り、警戒心の高さを見せていたのであります。噂をたてるものが、噂の種になってはいけない。かつての悲しい教訓からか、自らに厳しい戒律を課しているようなのであります。目の前にいる彼らの習性を見る限り、この森で生きるための知恵となっているようにも見えるのであります。しかし、今はもうそういった用心をも忘れさせてしまうほど、見つめる先の青い炎に夢中になっていたのであります。好物であるフェンネルシードの食べこぼしと、枝葉に付着した虹色の汗痕が次々と増えていくのを見れば、その数がどれほどなのか分かるものであります。炎の青が強くなるほどに、森がざわつきはじめたのであります。姿を見せないものたちの視線が一手に注がれ、炎を刺激するのであります。観客が揃うことで、儀式の輪郭が固まってくるのであります。


(白骨街道編)
つづく


2014年12月13日

The Vanishing Moon


「黄金の夜明け楽団」の到着、からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/409953960.html



ああ、善い人よ、心を惑わされることなく見るがよい。
いま現れている幻影は、楽しみと苦しみが交互に訪れる厳しい状態にしばらくの間ずっと汝を投げ入れるであろう。

「チベットの死者の書」 川崎信定訳


シャーマンの放った台詞が聴衆の骸骨たち、すべてに染み渡ると、背後に立っていた楽団の骸骨たちは、楽器を手にとり演奏を始めたのであります。彼らの首飾りには「B-a-u-L」や「G-y-p-S-Y」、「b-A-r-D」といった文字が綴られていたのであります。角笛の音が静かに流れると、次いでアルグールの音色が重なり、哀愁を帯びたメロディへと変わってゆくのであります。楽団の両端で巨大なホロトートを手にしていた骸骨が、吹き口を押さえ鳴らしはじめると、森の中に重油がまかれたような重苦しい耳鳴りが感覚を支配するのであります。空気をビリビリと震わせる力強いサーランギー、弦楽器のいくつかが音階ごとに流れた途端、転調し陽気になったりしたのであります。そして華やかなリズムが絡まりはじめ、演奏は一気に厚みのものへと変化していったのであります。それは喜怒哀楽を表しているような、感情豊かな音楽だったのであります。月と旋律、闇と鼓動。音楽はノミとカンナになって、夜空に儀式という鋳型を彫りはじめたのであります。フランボワーズも足に付けたグングルをその音にあわせ、小刻みに振ったりして、身体を揺らしていたのであります。耳元に届くアステリの響きは、星の瞬くような音がしたのであります。

そうしているうちに、ふと、あることに気づいたのであります。音楽に合わせ火が、あるいは火の勢いに合わせ音楽が鳴り、揺らいでいるのであります。楽器が炎を操っているのか、あるいは炎の勢いに合わせ楽器が奏でられているのか。二つには何か相関関係があるように見えたのであります。ひとつの法則と呼んでもいい、何か強い結びつき。これらは、まるで写しとったかのように見事に重なるのであります。音楽が一段と激しく燃え、炎が高らかに鳴りはじめたとき、シャーマンがすっと歩み出たのであります。炎を囲んでいた骸骨たちの輪がひとつ外れ、一本の道ができたのであります。シャーマンは一歩一歩、炎に近づき、そしてその中へと踏み入れたのであります。炎はシャーマンの足元を這うようにして忍びより、そのまま全身へ燃え広がったのであります。シャーマンは、あっという間に炎にのまれたのであります。

「あっ! 火が!」あっしとフランボワーズは思わず声を上げたのであります。しかし、不思議なことに、シャーマンのマントに炎が広がる様子は全くなかったのであります。マントの裾にも、骨の身体にも、火が点くということはなかったのであります。シャーマンにとって、この炎は自身の纏う衣であるかのようなのであります。火の塊、その中にろうそくの芯を差し込んだ、といった具合なのであります。

カタカタカタカタ・カタタタ・カタタカタ
カタ・カタ・カタタカタ・カタカタ
骸骨戦士が何かを言ったのであります。
「ふうん、そっか。そうなの?」フランボワーズがひとりうなずくのであります。
「フランボワーズ、なに、自分だけわかったように言ってるんだい」あっしは、そのうなずきが何かを知りたくて彼女にたずねたのであります。
「あ、ピジン、今のあれ。燃えなかったの、何でかわかる? あの白いマント、パンタグリュエル草の繊維で織られたものらしいよ。針針山脈から流れる雪解け水でさらし続けたパンタグリュエル草を、ほぐして紡いだ糸なんだって。十年かけてさらしあげた繊維は、不純物と色素が全て抜けて、雪のように純白で、光にかざすと氷のように透明になるとか。聞いているだけでも、すごく綺麗じゃない? つくってるところ見てみたいなぁ」
「氷化した繊維でできたマントってわけか。ちっとも燃えないわけだ」

シャーマンは炎の中心にまで進むと、そこで足を止めたのであります。"救済の炎"はシャーマンを包み、いっそう激しく燃え上がったのであります。楽団の演奏も同時に、力強くなったのであります。黄金の夜明け楽団は、炎の中にたたずむシャーマンをたたえるかのように、楽器を奏でるのであります。それは、もう演奏というものをはるかに超えたものだったのであります。何かに対し激高するかのような激しい動きだったのであります。暴力と紙一重の演奏。炎を囲んでいた骸骨たちの輪は、その様子を見て恐れを感じはじめたのか、半歩また半歩、じりじりと後ろずさりし、炎から遠ざかりだしたのであります。シャーマンのいる炎の中心が、青白く光りはじめたのであります。シャーマンの輪郭に沿ってぼんやりと光る青白い炎。炎の中心に氷があるかのような冷たい色なのであります。やがて、その青白い炎は内側で成長し、赤赤と燃えていた"救済の炎"の色をゆっくりと変えていくのであります。

骸骨戦士が歯を細かく震わせたのであります。
カタタ・カタカタ・カタタタ・カタカタ・カタタ
ボーンチャイナの小皿を二つ、こすり合わせるような硬い音が響いたのであります。
「どうしたの?」あっしは尋ねたのであります。
骸骨戦士の歯の震えは止まらず、モールス信号で緊急打電をしているかのように、ずっと鳴りっぱなしだったのであります。フランボワーズが耳立てている様子から、骸骨戦士は何かをつぶやいているのだと感じたのであります。
「フランボワーズ、骸骨戦士さんが何か言ってるの? それともまた武者震い?」
「うん、何かをぶつくさ唱えてる感じだよ。うまく聞き取れないけど、呪文のような短い記号をただ繰り返している」フランボワーズは人差し指を自分の口に当て、少し静かにするよう、あっしにジェスチャーを送ったのであります。フランボワーズは骸骨戦士の頬に手をやり、落ち着きを取り戻すような仕草をしたのであります。彼女のやさしいカタカタ語のタンギングが、確かにそうだと思わせたのであります。隣にいた骸骨詩人は少し心配そうに、骸骨戦士を見つめ、肩に手をかけたのであります。

「ピジン、見て!」
突然、フランボワーズが叫んだのであります。彼女の目は、"救済の炎"ではなく、夜の空を見つめていたのであります。
「どうしたの、フランボワーズ?」
「ほら、あそこ。月が!」
彼女は西の空に浮かぶひとつの光を指さしていたのであります。
「月?」あっしは、彼女の伸ばした腕から手、そして指先をたどり、示す方向を追ったのであります。
「あ…」
驚きを押さえようとしたはずなのに、思わず声が漏れたのであります。

夜空に輝いていた月の色が、夜の闇に侵されるようにみるみるとその色を失っていったのであります。はじめは自分の目の中に黒いシミが現れたかと思ったのであります。月の色は、"救済の炎"の色が変わるのとほぼ同じ速度で、ゆっくりとその色を無くしていったのであります。まるで、地上で燃える冷たい色の炎が、月の輝きを吸い取っているかのようなのであります。それはほんのわずかの時間ーため息よりも長く春愁よりも短くーだったのであります。そして、夜空から月が消えたのであります。空には星だけが小さく輝いていたのであります。黒く塗りつぶされた一カ所の闇を除いて。再び"救済の炎"に目を向けると、わずかな輪郭だった赤い炎の色も完全に消えていたのであります。目の前には白にうっすらと青が差した、冷たく燃える炎があったのであります。

シャーマンは炎の中で、マントをひるがえすと、左腕をすっと伸ばし杖を目の前に出したのであります。白骨の指は、その細い杖をしっかりと握っていたのであります。干からびた蛇をただまっすぐにのばしただけの杖は、鱗が牙のようになって逆立っていたのであります。シャーマンは腕を振りあげ、全身の力を込め、その杖を地面に突き刺したのであります。マントは逆立ち、はためいたのであります。その瞬間、炎が二つに割れたのであります。片方の炎は重力に屈したかのように地面に崩れ落ちたのであります。もう片方の炎は天を射抜くかのごとく、鋭く伸びたのであります。地面に落ちた炎は、シャーマンの場所を中心にして広がり、何かの形を描き始めたのであります。熱帯植物が根を張りめぐらせるように、炎は果てしなく伸び続けたのであります。やがてそれは、炎を囲い「回廊(コリドー)」と呼べる形であっしたちの前に現れたのであります。炎を囲む炎で出来た回廊。シャーマンはその中心にいたのであります。地面に伏するようにしゃがんでいたシャーマンはゆっくりと起きあがると、炎の回廊を見渡し、その仕上がりをじっくり確かめたのであります。そして、空を見上げ両手を広げたのであります。細い杖の先を、針針山の頂の方角に向け指したのであります。すると、消えたはずの月が再び現れたのであります。今度は月が炎の色を写し取ったかのようなのであります。青く輝く大きな月が針針山に突き刺さるかのごとく浮かんでいたのであります。

そのときフランボワーズに異変が起こったのであります。彼女は、突然よろめき、倒れたのであります。あっしはとっさに両手で受け止めたのであります。骸骨詩人と骸骨戦士もあわててやってきたのであります。
「フランボワーズ!」
「…ピジン、それに骸骨さん」
「どうしたの?」
「わからない、急に全身の力が抜けたの。ピジン、わたしなんか怖い」
彼女はそう言うと、両腕で自分の身体をきつく抱きしめ、震えを押さえようとしていたのであります。彼女の白い肌に、うっすらとした青い斑点が浮かびあがったのであります。
「フランボワーズ、」彼女の髪をなで、両手を丸め彼女を包んだのであります。そして、指の隙間から彼女に問いかけたのであります。
「もしかして、」
あっしがそう言いかけたとき、彼女は手の中から腕を伸ばし、あっしの親指を少し持ち上げたのであります。フランボワーズの顔が指と指の間からのぞいたのであります。怖い夢を見まいとする少女のまなざし、目にはまだ意志があったのであります。
「ピジン、あたしね」ゆっくりと彼女は口を開いたのであります。そして話を続けるのであります。
「あたしね、ずーっと前にも、こんな怖い気持ちになったことがある。はっきりした記憶はないんだけど、身体というか、皮膚の感覚で覚えてるの。ああもう。思い出せない。あの青い月を見たとたん、何かが抜けていって。ピジン、すごく怖い…」
フランボワーズの声は小さくなって聞こえなくなったのであります。彼女は静かに目を閉じたのであります。
「フランボワーズ! 起きて!」左手で彼女を軽く握りしめたのであります。
「フランボワーズ!」
彼女はぱちりと目を開けたのであります。
「ピジン、起きてるよ」
「ふう、なんだそれ」あっしは安心したのと気の動転が入り交じった複雑な気持ちになったのであります。あっしは、少し言葉を選びフランボワーズに言ったのであります。
「今、月がああやって現れたのって、君がいくつもの魔法をかけられたときと似ているんじゃないか? いや、実はまったく同じ状況なのかも」
あっしはスコピエの話を思い出したのであります。針針山に月が重なり、フランボワーズが誕生したときの話を。スコピエは、月の光が針針山で遮られ影になったと言っていたのであります。もしかすると、それは少し違っていて、実は今起こっているように、月が消えてしまったのではないか、そんな風に思えたのであります。そしてまさに今、針針山にかかる青い月が妖しく光るのを目にしているのであります。手の中の小さな温もりは、月の青さ、炎の青さと反比例しているのであります。
「今もきっと何か月の力が働いて、きみの無意識の中にこっそりと忍び込んでいるんだ。それ以外に何か…」次の言葉が見つからなかったのであります。
「そう ね。そう考えてみると結びつきみたいなのが、ちょっと感じられるかも。これが猪鹿ってやつかしら?」
フランボワーズの声は、心ここにあらずな状態で発せられたのであります。
「それを言うならトラウマだよ」あっしは落着いて言ったのであります。
フランボワーズは少し物思いに耽り、ため息のひとつふたつがあったのであります。そして、何かを結した様子でゆっくりと口を開いたのであります。
「あたし、踊らなきゃ。骸骨詩人さんと一緒に踊らなきゃ。骸骨さんにお祝いの踊りを見せたいの」
フランボワーズは、手の中でごそごそと動きはじめたのであります。
「フランボワーズ」あっしは、首を小さく振ったのであります。
「もう少し様子をみてみよう。まだ、儀式は始まったばかりだよ」

カタタタカタカタ・カタタカタタ
骸骨戦士が何かを言ったのであります。フランボワーズは何も答えず聞いていたのであります。目を伏せ、少し押し黙ったのであります。
「あの炎には近づかない方がいい、でないと灰になってしまうよって。言葉を持つ人は"救済の炎"に近づいたらだめなんだ、って」彼女はそう言って、悲しい目であっしを見るのであります。
骸骨詩人の腕がすっと伸びたのであります。パンタグリュエル草を指先につまんでいたのであります。骸骨詩人は、その葉先をフランボワーズの頭から足元まで、そっとなでたのであります。彼女は、少しくすぐったそうに顔をしかめたあと、口元に笑みが戻ってきたのであります。
「あー、今のくすぐったかった!」
フランボワーズの身体には、プラントオパールがまぶされ、きらきらと輝いていたのであります。
「骸骨さん、ありがとう。少し元気になったよ」
フランボワーズは、身体についたプラントオパールの粉を擦り込むようにして、全身に散らせたのであります。

青い月は針針山から離れ、これ以上にないくらいに輝き始めたのであります。
あっしたちは皆、青い月の下にいたのであります。


"Fate
Up against your will
Through the thick and thin"

運命
よいときも、悪いときも、いつだって、
あなたの前に立ちはだかる。
Lyrics from "The Killing Moon" (by Echo & The Bunnymen)

(白骨街道編)
つづく

2014年12月03日

「黄金の夜明け楽団」の到着


「救済の炎」からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/403095960.html



 この世の厭わしい苦痛やおぞましい間違いになんで囚われることがあろうか、人間の骨とは所詮移ろいさ迷う糸に過ぎず、全宇宙は空ろな、星の鋳型なのだ。
「The Dharma Bums」ジャック・ケルアック(小原広忠・訳), 1957


あっしとフランボワーズ、そして骸骨詩人の三人は目の前で繰り広げられている光景に、驚き、呆気にとられたのであります。
「ピジン…、何これ?」フランボワーズは目を丸くし、ぽかんと口を開け、つぶやいたのであります。
「きゅう…救済の…炎…」あっしも同じように、唖然となり、つぶやいたのであります。目に飛び込んでくる、その光景は言葉を失わせるに十分だったのであります。森の深い闇に囲まれ、その中で赤赤と激しく燃える炎。それを白骨の骸骨たちが取り囲み、無心になって踊る姿。思いもよらない異様なさま、しかし、そこにはそれに反するかのような輝かしさがあったのであります。そして、ある種の狂気も同居していたのであります。

…カタカタタ…カタタ…
骸骨詩人もまた何かを言ったのであります。小刻みに肩が震えていたのであります。

「骸骨さん何だって?」あっしはフランボワーズにたずねたのであります。
フランボワーズはくすりと笑い、こらえるように言ったのであります。
「もーピジン、今の、骸骨さんの声じゃないよ」
「え、どういうこと?」
「ふふ、骸骨さんの武者震い。それで歯がカタカタ鳴ってただけ」
フランボワーズは武者震いする、骸骨詩人の姿真似を大げさにしてみせたのであります。二人で顔を見合わせたあと、骸骨詩人に目をやったのであります。確かに、よくよく聞けば、いつもよりも歯音の間隔が短く、音も小さかったのであります。やがて、三人ともに黙し、言葉のない時間がしばらく続いたのであります。激しく燃える炎を見つめ、それぞれが頭の中で巡らせる思いがシンクロしたかのように感じたのであります。意識の共有、という見えない糸で結ばれたかのようであります。

「骸骨さん。たどりついたね。あの儀式に参加すると言葉が使えるようになるの?」フランボワーズが切り出したのであります。
カタ、カタタカタカタ、カタタタタカタ
骸骨詩人は、徐々にしぼむように言ったのであります。
「ふうん、そっかぁ」
フランボワーズはひとりうなずいたのであります。
「骸骨さん、何だって?」あっしはフランボワーズにたずねたのであります。
「とね、骸骨さんもここから先のことは、詳しくわからないんだって。あの輪の中に入っていけばいいのか、ちょっと戸惑ってる様子だよ」
「といっても、俺たちにはさっぱりわからないしね」
あっしは首をかしげたのであります。フランボワーズは口を「ムの字」にし、あっしの顔つきを真似したのであります。そして首も同じ角度にまで傾けたのであります。そのときだったのであります。突然、大きな影が視界に入ったかと思うと、あっしたちの横に大きな骸骨が現れたのであります。体格のいい、まさに骨太な骸骨だったのであります。首からは「W-a-r-r-i-o-r(戦士)」という文字を下げていたのであります。彼はこちらを一度見下ろしたあと、また前を向き、燃え盛る"救済の炎"とその周囲の輪を見つめたのであります。
「あなたも"救済の炎"で言葉を得に?」フランボワーズはタンギングで骸骨戦士に尋ねたのであります。
カタタカタカタタカタカタカタタカタ
骸骨戦士は無骨な振る舞いとは反対に、滑らかな口調で答えたのであります。
少しの間、フランボワーズとのやりとりをしたあと、骸骨詩人を交え、三人で語り続けたのであります。互いのパンタグリュエル草を見せあったり、話に華が咲いたかのようだったのであります。
「ふーぅうっ」フランボワーズが大きく息を吐きながら戻ってきたのであります。
「なんか二人、打ち解けたみたい。骸骨戦士さんがこの先を、案内してくれるって。あの骸骨さん、見かけによらず気高い感じだよ。とても洗練されたカタカタ語を使ってるんだもん。私たちの話している言葉にずいぶん近くなってる。救済の炎に来るのは二回目なんだって」
「え! あの骸骨戦士、前もここへ来たことあるの?」
「そうみたい。でも、前は目的を果たせなかったんだって。まだ準備ができてなくて、言葉を持てなかったとか。つまり、それは選ばれなかったことなんだ、という風に言ってたよ。途中で怖くなったのが原因だったのかも、ってこぼしてたけど」
「選ばれなかった? って、一体どういうことなんだろう。。それに、あんな戦士のような体格をしていて、怖くなったなんて。そんなに恐ろしい儀式なのかな? 救済の炎って」
「さぁ、でも話しぶりからすると、何かそんなに楽しいものじゃないみたいよ。だって骸骨詩人さんに話すときの顔つきが真剣だったもん。自分の身につけている"言葉の破片"をパンタグリュエル草に書き留めるんだって。それをね、あの炎の中に放り込むとか」
「そうか、その文字が炎で昇華されて言葉に生まれ変わる、ってことなんだね」
「うーん、でも、あの草燃えるのかなぁ?」
「燃えてるから、あれだけ大きな炎になってるんじゃないの?」
とあっしとフランボワーズは、骸骨たちが囲んでいる炎に目を向けたのであります。炎は、夜空に穴が開くほどの勢いでより激しく燃えていたのであります。炎を取り囲む骸骨たちの輪は、いつのまにか二十三十にもなっていたのであります。
「あーあ、すごい火力だ。恐竜のバーベキューができそうだよ」
「あたしは花粉のケーキが焼きたいな」
「一瞬で炭になるよ」
「もう、何で、あたしの楽しみを一言でぶち壊すのよ!」
「骸骨戦士さんに、火力調節のやり方聞いてこよっか?」
「ぐぐ…」

四人揃って、燃え盛る炎に近づいたのであります。骸骨たちは、ただひたすらと回り続けているのであります。骸骨戦士が、炎の先にある、森の奥に目を向けたのであります。何かの気配に気づいた動物のように、俊敏な動作だったのであります。みなつられ同じ方向を見つめたのであります。
「骸骨戦士さん、あそこに何かいるの?」フランボワーズが尋ねたのであります。
骸骨戦士はあごをくいっとしゃくり、よく見るようにと答えたのであります。見つめる先の森の深い闇は、炎の熱で空気が揺れ、グニャグニャとした黒がただうねっているのであります。その中から小さな光が見え、かすかな音楽が漏れてきたのであります。暗闇に光る小さな輝きは、やがて、ひとつふたつと増え、ひとつの帯になったのであります。
「ピジン、見て!」フランボワーズは、乾いた声で小さく叫んだのであります。
「ほら、あれ! きらきら衣装の骸骨さんたちがいる!」
あっしは目をこらしたのであります。
「なんだあれ? えらくド派手な。チンドン屋みたいな格好をして」
森の闇から現れた骸骨の集団は、皆、金や銀の装飾のついた白いマントをまとい、きらびやかな格好をしていたのであります。そして、角笛や皮張り太鼓、大きなバチ、貝殻のタンバリンや蔓を張ったハープなど風変わりな楽器を、それぞれが抱えていたのであります。

カタタタ・カタカタカタ・カタタカタタ・カタカタタタ
骸骨戦士が何かを言ったのであります。
「"救済の炎"がはじまるって! "黄金の夜明け楽団"が現れたって! あそこに並んだ骸骨たちがそうみたい」フランボワーズはやや興奮気味に、訳した言葉を叫んだのであります。
骸骨詩人と骸骨戦士の二人は、もっと興奮気味にカタカタ語の応酬をしていたのであります。

突然、太鼓を叩く大きな音が響いたのであります。夜空は震え、いくつかの星が森の向こうに流れ落ちたのであります。その瞬間、激しく燃えていた炎が消えたのであります。周囲は一瞬にして闇夜になったのであります。踊っていた骸骨たちは、一斉に足を止めたのであります。まるで雷に打たれたかのように。その瞬間の格好をしたまま、太鼓の鳴った音の方向に一斉に顔を向けたのであります。すべての骸骨が時間の止まる魔法にかかったかのようだったのであります。低い角笛が鳴り、足下を這うように伝わってきたのであります。ぎざぎざとした鈍い音のさざ波が押し寄せたのであります。次いで高い音階の角笛が重なるように鳴り始めたのであります。そして、その音に合わせて、消えた炎が再び燃え出したのであります。くすぶるようだった頼りない赤い光は、小さな炎となり、やがて抱えるほどの大きさになり、そしてまた人の背を越えるまでの大きな炎になったのであります。炎の色は消える前よりも青白くなり、火の力がより強くなったようのであります。骸骨たちは大きな歯音の歓声を上げたのであります。そして、一斉に黄金の夜明け楽団の中心にいた骸骨に目をやったのであります。

炎を囲む無数の骸骨たちのまなざしを一身に浴びると、その骸骨は楽団の中から押し出されるようにして、一歩、そしてまた一歩、前へと出てきたのであります。白いマントは威厳深く揺れ、金と銀の飾りは誇り高く輝いたのであります。立ち止まると、目の前にいる骸骨たちをゆっくりと見渡したのであります。ここに集まった骸骨たち全てが自分の聴衆であるかを、確認したように見えたのであります。下げていた首飾りには「S-h-a-R-m-A-n」と綴ってあったのであります。マントから手が伸びたのであります。老木のような白い橈骨。手は一本の杖を握っていたのであります。静かに腕を上げると、その杖を夜空に向け指したのであります。

カタタタ・カタタ・カタカタカタ
骸骨戦士が興奮気味に、小さく言ったのであります。
「さぁ、宣言が始まるぞ。これで"救済の炎"のスタートだ」
フランボワーズも少しつられつつ、小声になって訳したのであります。

「コノ メメント森ニ 集ウモノタチヨ」
シャーマンの第一声が始まったのであります。その声は全ての骸骨たちに吸い取られたかのように、すっと消えいったのであります。フランボワーズはあっしの肩に止まり、ほぼ同時に翻訳してくれたのであります。耳元で彼女のささやき声を聞きながら、シャーマンの振る舞いを見つめていたのであります。その動きは極めて静かで、山奥で研究に没頭する天文学者を思わせたのであります。

「ワレワレハ タッタ今到着シタ サア 死シタコトバヲ炎ニ投ゼ ソシテ 真ノコトバト結合サセヨ シテ 自ラノコトバトナルガイイ」
青銅の鏡を叩いているかのような、何か神秘的な歯音で問いかけたのであります。骸骨詩人と骸骨戦士は、微動だにせず、パンタグリュエル草を力いっぱい握りしめ、ただじっとシャーマンを見つめていたのであります。シャーマンは言い終わると、全ての骸骨たちにそれが浸透するまで、沈黙を保ったのであります。そして、最後にこう言ったのであります。

「屍ヨ 唱エ踊レ 死ハ再ビ息吹クノダ」


(白骨街道編)
つづく



Dead Can Dance - The Arrival and The Reunion

2014年11月01日

救済の炎

今回少し長くなったので、簡単なあらすじを。フランボワーズは、骸骨詩人からもらったグングル(言葉の楽器)を身につけ踊ったあと、骸骨詩人を旅の仲間に引き入れます。骸骨詩人は返事に困っているうちに、「救済の炎」の会場に到着。そして…



「骸骨詩人の贈り物」からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/407295256.html

グングルを鳴らし、華麗な踊りを披露してみせたフランボワーズは、一息つくと古木の上に身体を伏したのであります。すっかりと惚けた様子でごろりと寝転がり、力なく横たわったのであります。にじむ汗が全身を包み、彼女の白い肌は雲母を散らしたように艶やかに輝くのであります。手足を伸ばし大の字になったのであります。そして満ちたりた笑みを浮かべ、夜空を見上げたのであります。呼吸のたびにせわしく揺れていた胸は、次第にゆっくりと、やがて収まったのであります。彼女の意志で踊っていたというよりも、何か彼女の内にある別なもの、それらにつき動かされ、ひたすら身体が動いていたように思えたのであります。「アステリ(星標)」の楽器と「セクション」の首飾り、フランボワーズがこの二つの言葉の破片を身につけた瞬間に、何かが沸き上がってきたように思えたのであります。小さな記号にすぎない言葉の破片ひとつひとつ、その奥底に微弱ながらもそれぞれの"意志"が存在しているかもしれないのであります。フランボワーズがそれらの媒介になり、踊りという目に見える表現につながったように思えたのであります。言葉が生まれて人は考えを巡らせるようになったのか、それとも人が考えを巡らせることで言葉が生まれたのか、彼女の踊りからそんな因縁を、ふと考えてみたのであります。

骸骨詩人も彼女の踊りにすっかり満足した様子で、ただただ見とれていたのであります。
カタカタタカタカタ。
フランボワーズにそう告げると、ひとり歩き始めたのであります。
フランボワーズはすくっと起きあがるや、あっしの元に飛んできたのであります。右肩に着地し、華奢な身体を寄せたのであります。彼女のひんやりとした肌がぺたりと頬に当たったのであります。甘い匂いがしたのであります。
「"救済の炎"がもうそろそろ始まるから、骸骨さん、少し急ぐって」
骸骨詩人の足取りは、これまでよりも少し速まったのであります。途中道草をした分、幾分遅れているようなのであります。合わせるようにあっしたちも歩幅を広げ、ついていったのであります。

フランボワーズはあっしの肩に腰を下ろすと、足をパタつかせグングルの伴奏をつけたのであります。リズムに合わせハミングをし、どこか陽気だったのであります。知らない歌やメロディを、数節ごと、断片的に唄っているのであります。
「ねぇ、ピジン。使われなくなった記号や言葉がこうやって楽器に姿を変えて、音楽になっていくなんて素敵じゃない? もしかしたら、音楽ってこんな風に、使われなくなったり、言葉にならなかった記号たちがいくつも重なることで生まれるんじゃないかしら? それとも、楽器たちのおしゃべりや話し声が"音楽"になって聞こえてくるのかな。だからきっと、そこから生まれたメロディに合わせて、思いつきのような言葉が一緒になって出てくるのかもね。で、それがいつのまにか詩になったりして、歌われ続けるの」
彼女は足に付けたアステリのグングルを見つめながら、そう言ったのであります。
「そうかもしれないね」
彼女は、グングルを二回鳴らし、あっしの返事を受けとったのであります。

「ねぇ、骸骨さん。"救済の炎"が終わったらどうするの? どこかへ帰るところがあるの? もし、何も決まってなかったら、私たちと一緒に西の国(Westa-Land)に行ってみない?」
フランボワーズは前を歩く骸骨詩人に語りかけたのであります。彼は突然の話に驚いたのか、ぴたりと足を止め、きょとんとした表情で、戸惑いの様子を見せたのであります。目の奥にある黒い影に赤みがさしたように見えたのであります。

「ほら、急にそんなこと言うから、骸骨さんびっくりしてるじゃないか」
「えー、そうかな。ピジンはどう思う?」
「まぁ、旅の仲間は沢山いた方が頼もしいからね、別にかまわないけれどさ」
「わぉ! 決まりね」
「ちょっと、フランボワーズ! 骸骨さんはまだ何も答えてないよ! だいたい、そんな簡単に、こっちの都合を押しつけたらだめだよ。骸骨さんだって、きっともう何か考えてはいるんだろうからさ。第一、この先の針針山へは、何が起こるのか全くわからない旅だろ。危険なことに巻き込んでしまったらどうするんだい」
「何もかも予定通りに決まってたら、旅じゃないでしょ。それに何が起こるかなんて、誰にもわからないんだから」
「まぁ、確かにそうだけど」
「きっと楽しいと思うんだけどなぁ! ピジンも、ちょっと想像してみてよ。骸骨さんが仲間になって、この大きな森の中をどんどん進んでいくのよ。そうしたらきっとそこでまた何かおもしろい人たちと出会って、友達になるの。それで仲間がたーくさん増えて、すごいおっきな集団になるの。どう? そうだ! あたし、ドロシーみたいじゃない? そしたらピジンはえーっと、ブリキの木こりかな? 骸骨さんはーっと、、そう! かかしね。わぉ、なんかピッタリはまった! それで針針山にたどりついたら、巨大な竜巻がびゅーんとやってきて、あたしたちを西の国に連れていってくれるの。ということは、ナナミ(七三一)博士がオズの魔法使いってことになるのかしら? まぁ、それはいいとして、いざ、エメラルドの都へーっ!! ってね」
「はいはい。そんな簡単にこの旅が終わってくれることを願うよ。だいたい、オズ大王の正体は、、まぁ今のはフランボワーズの思いつきだから、そう深い意味にはならないか」
「あー何ソレ! ふうん、ピジンはあたしの計画が気に入らないってわけ? どのあたりが? あ! そっか、ブリキの木こりがいやだったの? でもドロシーは絶対あたしだから譲れないし…」
「どっちも違うよ」
「あら、そ。じゃあ西遊記の方が良かった? でもそうなると、あたしは三蔵法師で、えーっとピジンは…」
「あー、猿でも河童でも豚でもいいから! あのね、フランボワーズ。どうして行き先が針針山からエメラルドの都や天竺に変わってくるんだ! ほんとのんきだなぁ。ほら、ついこないだ、スコピエのあの険しい顔を思い出してごらんよ、まさかもう忘れたのかい? 針針山を越えるのがいかに困難なのかを物語っていたじゃないか」
あっしは、スコピエが最後に見せた厳しい形相を真似して見せたのであります。
「あ、ピジンが怒った。骸骨さーん、助けてー」
フランボワーズはいそいそと、骸骨詩人のところへ飛んでゆき、彼の頭蓋骨の上にとまったのであります。その上に座りこむと、骸骨詩人とカタカタ語で長いおしゃべりを始めたのであります。タンギングと歯音の連打。彼女と骸骨詩人とのやりとりは、いっこうに止まる様子がなかったのであります。それはまるで、名文を打つタイプライターのごとく軽やかな響きがあり、ケルアックが目の前でタイピングをしているような、眼にも、いや耳にも止まらぬ早さだったのであります。その様子を見る限り、骸骨詩人はあっしたちと共に旅することを了承したようなのであります。

「ピ・ジ・ンー、ねぇ聞いて! あたし、"救済の炎"で踊ることになった! 骸骨さんが儀式の前にもう一度わたしの踊り見ておきたいんだって。なんだか、とっても大きな炎が会場にあって、他の骸骨さんたちがその火を囲んで踊ってるんだって」
フランボワーズは、こっちへ戻ってくるなり、嬉しそうに言ったのであります。
「ふうん、"救済の炎"って火を囲んだお祭りのようなものなの? で、その火を囲んで何をするの? まさかただ、踊っているだけじゃないだろ?」
「んふふー」
「何だよ、もったいつけて」
「聞きたい?」
「まぁ、そりゃね。少しくらいは。さっき何か聞けたの?」
「うん。骸骨さん、もしかしたら言葉を喋れるようになるかもしれないよ」
「言葉? 今話してるカタカタ語じゃなくて?」
「うん、そう。あのツートンの信号じゃなくて、あたしたちが話しているような言葉。響きと抑揚があって、感情を表すいくつもの意味があって、いろーんな組み合わせで表現が変わる言葉。これから始まる"救済の炎"って骸骨さんたちがカタカタ語を捨てて、言葉を話せるようになる儀式のことなんだって」
「なるほど、それが言葉を持たない骸骨さんたちにとっての"救済"ってことか」
「そうみたい。でね、骸骨さんが言葉を話せるようになったら、わたしたちと一緒に旅をしてもいいって! そうなったら、もう通訳なしでピジンとも喋れるようになるんだよ。骸骨さんの作った"詩"とか早く聞いてみたいな」
「オプティミストで詩人だもんね。そういえばどんな詩を書くんだろうね」
「うん。わたし骸骨さんの作った詩に合わせて踊りをつけるから、そのときはピジン、見てよね」
「きっと森の動物たちがいっぱい集まってくるよ」
「Wooー! 最高!」
はしゃぐフランボワーズを見て、骸骨詩人が近づいてきたのであります。
「あ、骸骨さん。今、ピジンにね、さっきの話をしていたの。三人でいっぱいお喋りしようね」
カタタ・カタ・タタ・カタカタ・カタタ・カタタタ・カタ・タ
骸骨詩人がすぐさま返事をしたのであります。
「なんて言ってるの?」
「西の国にあるエメラルドの都にたどり着いたら、オズ大王に願いを聞いてもらうんだ、って。」
「フランボワーズ! 嘘を教えちゃだめじゃないか! だいたい、西の国にあるのはエメラルドの都じゃないし。本当に信じてしまったらどうするんだい」
「嘘なんか言ってないもん。わたしは、ただオズの話をしただけ! どこかで二つの話がつながってしまったのよ、きっと。ねぇ、骸骨さん」
カタ!
「ほら! 骸骨さんも"はい"って言ってるじゃない」
「こら、間違った誘導なんかして! 骸骨さんはこの旅にある危うさを知らないんだから。針針山のことや、西の国のことをちゃんと話したんだろうね」
「もちろん言ったよ。でも針針山について私たちが知ってることって、そんなにないじゃない。ピジンは細かいところを気にしすぎるのよ。きっと何とかなるって」


カタタタ・タタ・カタカタタカタ
骸骨詩人が大きなジェスチャーで何かを言ったのであります。
「その前に、二人に私の名前をつけてもらいたい。肩書きじゃなくちゃんとした名前が欲しい、って」
フランボワーズが訳したのであります。
カタカタカタタ・カタ・カタ・カタタ
「で、西の国に行ったら、かばん語の詩をたくさん書いて詩集を出すんだ、って」
フランボワーズはうなずきながら、骸骨詩人の話したことをゆっくりと訳したのであります。
「楽しみだね。フランボワーズの踊りと一緒に早く見たいや。名前も考えておかなくっちゃね、どんなのがいいんだろう?」
「わたしにはわからないや。ピジンの直感でいいんじゃない。ね」
フランボワーズは、骸骨詩人の方を見て、首を横にひねったのであります。


そうこうしているうちに、周囲の木々が少し華やかになってきたのであります。枝には、動物皮の端切れや抜け殻などを継ぎ接ぎした飾りものが目に付くようになったのであります。おそらく、幾度となく使い回されてきた様子で、どれも皆ボロボロになってはいたものの、由緒あるものであると思わせる歴史的な風格をもっていたのであります。何百年、いや何千年という長い年月、さらには生物が進化してきたその片鱗が伺えるものだったのであります。よくよく見ると、奇妙な生き物の姿がいくつか見えたのであります。翼のある蛇の抜け殻や財布の形をしたワニ皮、LVという文字模様のあるヒョウの皮、さらにジャバウォックの尻尾やねじまき鳥の渦巻き型の羽根などなど、この森の多様性が表れているようなのであります。標本や何かの戦利品を飾り付けているかのように吊されていたのであります。街道の脇には蝋燭の点った動物の頭蓋骨が点々と並び、足下をぼんやりと照らしていたのであります。こうして目で追っていくうちに、参道の入り口のような雰囲気が漂いはじめたのであります。

カタタカタタ・カタカタタ・カタカタカタ
骸骨詩人が、身体全身をふるわせ大きく叫んだのであります。
「ピジン、着いたよ! あれが"救済の炎"の会場だって。わぁ、チカチカ光っててキレイ」フランボワーズもつられるように、大きな声を張り上げたのであります。

少し先に、大きなゲートが見えたのであります。二本の太い丸太が地面からまっすぐに伸び、その間には青い光の帯が走っていたのであります。そして、ある一定の間隔で点滅しているのであります。電飾の鳥居のようにも見えたのであります。骸骨詩人は歩くのをやめ、この前でぴたりと立ち止まったのであります。まわりには、同じように他の骸骨たちが続々と集まっていたのであります。皆、一様にこのゲートを前にして立ち止まり、仰ぐように見上げるのであります。点滅する光を見つめているようなのであります。そして自分たちの身に付けている「言葉の綴り」を探り、あるものは握りしめ、またあるものは掲げ、思い思いのポーズをとるのであります。

骸骨詩人も自分の持つ「言葉の綴り」を、白骨の手の中にしっかりとつかんでいたのであります。左手にはパンタグリュエル草を握りしめていたのであります。
あっしはふと気づいたのであります。そして、点滅するゲートを指さし、フランボワーズに尋ねたのであります。
「ねぇ、フランボワーズ、これってもしかしてカタカタ語の信号になるの?」
「えーと。あ! 本当だ。ピジン、よく気づいたね。これただ点滅してただけじゃない! カタカタ語になってる!」
フランボワーズはそういって、光の点滅を解読しはじめたのであります。
「ヨウコソ我ラ"救済ノ炎"ヘ・黄金ノ夜明ケヲ迎エルモノハ・ココヲクグリ先ヘトススメ」
あっしとフランボワーズはお互い目を合わせたのであります。きっと同じ思いを巡らしていたのであります。互いの意志をそしゃくするように小さくうなずき、骸骨詩人に目をやったのであります。彼の目の奥にも確かな意志があったのであります。黄金の夜明け、それはきっと骸骨詩人が言葉を持つことなのであります。

三人揃ってゲートをくぐり抜けたのであります。開けた広場があったのであります。思わず、その眺めに目をみはったのであります。周囲の木々は切り倒され、切り株の椅子がうんと先まで並んでいたのであります。まるで野外劇場の観客席のようなのであります。広場の中心にはやぐらがあり、その中で大きな炎が燃え上がっていたのであります。炎を囲み骸骨たちが手を組み輪になって踊っていたのであります。身体を、赤々と燃える炎に向け、ただひたすらと回り続けているのであります。会場に到着した骸骨たちが、新たに加わってゆき、その輪はさらに大きくなっていくのであります。
果てしなく回り続ける骸骨たちの輪。彼らは宴を祝うかのように歌い、踊り続けていたのであります。カタカタ音の合唱は、統率のないものだったにもかかわらず、大きなうねりがあったのであります。混沌の中に高揚があったのであります。そして、夜空に向けて轟いていたのであります。


(白骨街道編)
つづく



David Bowie - "Chant of The Ever Circling Skeletal Family"

2014年10月18日

骸骨詩人の贈り物


「芋虫」からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/406126876.html
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骸骨詩人は、マントが燃え尽きたあともその場に立ったまま、くすぶる灰をただじっと見つめるばかりだったのであります。放りおかれた蛍のカンテラは、ここぞとばかりに光るのを休め、そのとたん足下がふっと暗くなったのであります。フクロウの鳴き声が静かなる時の経過を告げ、そよぐ風が夜の香りを運んできたのであります。灰の中に点る炎が完全に消えるのを見届けると、骸骨詩人はゆっくりと顔をあげたのであります。大事なパンタグリュエル草を食べてしまった芋虫への怒りは、煙へと転化させ、平静を取り戻したかのようなのであります。

カタタ・タタ・タ
骸骨詩人は、短く何かを言ったのであります。
「君たちにお礼をしないといけないね」だって。
フランボワーズが訳し、耳もとでささやいたのであります。
「気にしなくてもいいよ。パンタグリュエル草は少し多めに摘んでいたし、そもそも骸骨さんが草の生えている場所を教えてくれたんだから」あっしは、そう答えたのであります。

骸骨詩人は街道に出ると、腰を屈め何かを探すように歩きはじめたのであります。そして、道に散らばった骨の隙間から、いくつかの小さな言葉の破片を指でつまみ、拾い上げたのであります。ひとつひとつを手の中に大事に納めながら丹念に集めていたのであります。それらが小さな一山ほどになると、木の皮をほぐしたような細長い紐につないで、小さな輪っかのようなものをこしらえはじめたのであります。まるで女性が裁縫をするかのような器用な指さばきだったのであります。
そして、それをフランボワーズにそっと差し出したのであります。
「なぁに、これは?」彼女は不思議そうに受け取ったのであります。フランボワーズはそれを両手に持ち、広げてみたのであります。

「* - * - * - * - * - * - * - *」

それはアステリ(星標)をいくつもつなげた輪だったのであります。夜空から届く星たちの瞬きを、きらきらと反射し、スパンコールのような輝きがあったのであります。
「わぁ、きれい! ブレスレットかしら?」
フランボワーズは思いがけないプレゼントに顔をほころばせ、腕に巻き付けたのであります。

カタカタタ・カタカタタ・カタ・カタタ・カタタタ!
「へぇ、そうなの!?」
フランボワーズは少し驚いた表情でアステリの輪を見つめ、それを腕から左の足首へと付け替えたのであります。
「どうしたの?」
「あのね、これ、ブレスレットじゃなくてグングルっていう楽器なんだって。アンクレットみたいに足首に巻き付けるみたい」
そう言って、彼女は足を振り上げ、下ろしたのであります。足首のアステリの輪はシャン! と軽やかに響き、最初の音を放ったのであります。この街道の途中で拾った言葉の破片と同じように、どことなく懐かしい音がしたのであります。フランボワーズは、たしかめるようにしてステップを踏んだのであります。足首のグングルと足の動きの感触をつかむと音に合わせて、くるくると回り、飛び跳ねたのであります。彼女自身がひとつの楽器になったようなのであります。

骸骨詩人は、フランボワーズの踊りを見つめながら、せっせと手を動かし、もう一つ何かをこしらえていたのであります。彼女が回り終えるを待って、その新しい何かをそっと差し出したのであります。

フランボワーズの額からは、虹色に光る汗がひと筋流れ落ちたのであります。そして彼女は、骸骨詩人の手にしたものを大事そうに受け取ったのであります。
「まぁ、骸骨さん、また何か?」そう言って、それを持ち上げ、広げてみせたのであります。

「§-§-§-§-§-§-§-§-§」

それは、セクションをつなげた輪っかだったのであります。
「わぁ、すてき! ブレスレットにしては、細かな飾りだけど、今度のはなあに?」

カタタタ・カタカタカタ・カタタ
骸骨詩人はもうすっかりと陽気な歯音に戻っていたのであります。
「ピジン! もうひとつもらっちゃった! 今度のはネックレスだって。どう素敵でしょ!?」
彼女は髪を分け、さっそくそれを首に巻いたのであります。
「ピジン、ねぇほら、こっち見て。似合う?」
彼女の白い肌の上に、乗っかる半透明・乳白色の首飾りは、肌の色を淡いピンクやグリーンに透過し、上品な輝きを放っていたのであります。フランボワーズは近くに横たわる倒木に飛び、そっとその上に舞い降りたのであります。そして、小気味良いステップを踏み、足に付けたアステリのグングルをリズミカルに鳴らしたのであります。羽ばたくかのように手をめいっぱいに伸ばし、木の舞台で舞ったのであります。足の動きは直線的に、上半身の動きは柔らかく曲線的に。無心で踊るその姿は、情熱的なジプシー女にも見えたのであります。彼女は足を力強く振り下ろし、高らかにグングルを打ち鳴らすのであります。まっすぐに伸びる長く細い足はこの星の地軸がここにあるかのようだったのであります。言葉がでないほどの、ほれぼれしい踊りだったのであります。

"Have you seen her have you heard
The way she plays there are no words"

"I can see her here she comes
She bangs the drums"

*Lyrics from "She Bangs The Drums" (The Stone Roses)

彼女が本能的に持っていた舞踏の才能を、このグングルと首飾りが目覚めさせたように思えたのであります。荒削りな美しさ、それは古くから伝わるホタ舞踊(Jota)を彷彿とさせたのであります。白羽根カゲロウの群れがどこともなく現れ、彼女を包みそしてまた飛び去っていったのであります。瞬く白い帯は音もなく闇の中へと消えていったのであります。


(白骨街道編)
つづく
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"She Bangs The Drums" by The Stone Roses

2014年10月02日

芋虫


「白骨街道の骸骨たち」からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/404823290.html
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フランボワーズはえらくご機嫌だったのであります。耳元でハミングしていたかと思うと突然飛び立ち、目の前でくるくると軽やかな舞いをしてみせたりしたのであります。落ち着きがないというよりも、沸き上がってくる喜びを押さえることができないといった感じなのであります。もちろん、その理由は、偶然見つけた、良質のパンタグリュエル草をたくさん摘み取ったからに他ならないのであります。

「ねぇ、ピジン。さっきのパンタグリュエル草、売れたらどれくらいになるかしら? 葉つやもよかったし、大きくて厚みもあったから、あたしの予想だと、20コペイ貨は下らないと思うんだけど。ああ、スコピエに教えてあげたいなぁ」
「どういった換算するのかわからないんだけど、20コペイ貨ってどれくらいの価値があるの?」
「うーん、そうねぇ。ラフィットの1787にはわずかに及ばないってくらいかしら」
「よけいにわからないよ」
「だと思った」
「それってラビット、1,787グラムってことじゃないよね? そうだとなんとなく想像つくんだけど。うさぎ肉って、けっこうイケるからね」
「当たり前じゃない!」
「じゃ、少しわかるように教えてよ」
「えーもう、めんどくさいなー。スコピエに教えてもらったのを思い出さないと。数字がいっぱい並ぶからいつもこんがらがるのよね。んーとね、そう! 1コペイ貨は、100ペコイ貨で、1ペコイ貨は10タコイ貨になって、1タコイ貨は10ウマイ貨になるの。でね、ウマイ貨はちょうど政変の時代と重なっていたせいで鋳造数がすごく少なかったの。ショーグン・アマカスが頭角を現し、この世を謳歌していた時代、といってもピジンは知らないよね。だから、ウマイ貨はとっても珍しくて、一枚がだいたい5コペイ貨くらいで取り引きされているのよ。通貨の額面としてはほとんどゼロに等しいんだけど、不思議よね」
「さっきの方が分かりやすかった…」
「でしょ?」
「まぁ兎に角、スコピエから餞別でもらったコペイ貨は相当な価値になるってことなんだね」
「そうよ、だから大事に使わなきゃ」
「そっか。ん? 待てよ、もし、今持っているコペイ貨をうまくウマイ貨に交換できたら、そのウマイ貨でまたコペイ貨が増えていき、って風になって…」
あっしは少し無限のループにはまっていったのであります。
「ねぇ、フランボワーズ。ウマイ貨ってどうやったら手にはいるの?」
あっしは、少し興奮気味になっていたのであります。
「知らない。あたしも実物は見たことないもん。そんなすぐに手に入るもんじゃないかしら」
フランボワーズは、冷ややかに答えたのであります。あっしの小さな夢はあっけなく消えてしまったのであります。

カタタ・カタカタ
前を歩いていた骸骨詩人が振り向き、何かを言ったのであります。
「あと、もう少しだって」フランボワーズはすぐに訳したのであります。
夜の闇が、さらに深くなっていたのであります。
「ねえ、ピジン。あれを見て」
肩に腰掛けたフランボワーズが腕を伸ばし、骸骨詩人のまとっているモスリン・マントの裾あたりを指さしたのであります。
「ん? あのマントがどうかしたの?」
「マントじゃなくて、その下! ほら」
フランボワーズは立ち上がり、あっしの右耳をぎゅっとつかんだのであります。
「あ痛っ! 何? マントじゃなくて?」
「ほら、マントの裾から何かこぼれてる!」
よくよく見ると、マントの裾からは、丸くて小さなコロコロとしたものが、ぽとりぽとりと転がり落ちていたのであります。
「何だろう? マントの内側がどこか破れてるのかな?」
「骸骨さん! 何か落としてるよ!」
フランボワーズはタンギングで骸骨詩人を呼び止めたのであります。

彼は立ち止まり、足下を見た後、さらに周囲を見回したのであります。
「違う! うしろうしろ!」
フランボワーズがタンギングで伝えたのであります。そして、骸骨詩人は振り返ると同時にマントをひるがえしたのであります。その瞬間だったのであります。マントからボトボトボト! と黒く、丸いものが一斉に落ちてきたのであります。
「ひゃー! 何?」
フランボワーズは、肩から飛び出すとおそるおそるそれに近寄っていったのであります。
一番驚いていたのは、骸骨詩人その人だったのであります。しきりにマントを広げめくり上げ、地面に落ちた黒い物体をしきりに見つめていたのであります。

「これ、糞よ!」フランボワーズが大きな声を上げたのであります。
「糞? なんで骸骨さんが糞をするんだよ」あっしはフランボワーズのいる場所に近づいたのであります。
「でも、糞だもん」
フランボワーズは言い張るのであります。そして、二人揃って骸骨詩人に、じっと眼を向けたのであります。彼は一瞬たじろぎ、しきりに首を振ると、カタカタと何かを言ったのであります。
「"それは、僕のじゃない。ほら見て! 僕は骨だけだから、そんなものが出てくるわけがない!" 骸骨さんは、そう言ってるわ」フランボワーズの訳がほぼ同時にあったのであります。
骸骨詩人は両手を伸ばしマントを広げ、全身を見せたのであります。頭のてっぺんから、足の指先まで、たしかにすべてが骨だったのであります。だからこそ、なおさら不思議だったのであります。

「きっと、マントのどこかに穴があって、中身がこぼれてるんじゃない?」
フランボワーズがそう言った矢先、マントの真ん中あたりに小さな穴が空き、それはみるみるうちに広がっていったのであります。生地が空間の中で腐食してゆくような、奇妙な現象だったのであります。ぽっかりと穴の空いたモスリン・マントは、後ろの景色が筒抜けになって見えたのであります。
「あ!」
あっしは思わず叫んだのであります。マントに開いた穴の中から、もぞもぞと動く何かが現れたのであります。それは、丸まると肥えた芋虫。しっとりとした緑色の体に光沢のある白とオレンジ色のラインが入った芋虫だったのであります。
「はーい」その芋虫はあっしたちと目が合うなり、拍子が抜けるほどの軽い挨拶をし、頭から橙色の角を伸ばし、乗せていた小さなシルクハットを軽く持ち上げたのであります。何ら悪びれた様子もなく、紫色の小さな眼をただぱちくりとさせるのであります。あっしたちも別の意味で眼をぱちくりさせ、思わずきょとんとしたのであります。そして、その芋虫は、軽い咳払いとわずかな発声練習をしたあと、おもむろに歌い始めたのであります。自己紹介を兼ねているかのように、目と目をしっかりと合わせるのであります。

「私の心に火をつけて
そして、燃やして
すべてを燃やして
二人が灰になったとき
私たちは生まれ変わるの」


芋虫の独唱は続き、サビのパートにさしかかったのであります。

"The day I stop
is the day you change
and fly away from me"

*from Lyrics of "The Caterpillar" (The Cure)

乱高下する音程が多少耳障りだったにもかかわらず、その太い歌声は、どこか心の中枢に届き、耳を惹きつけるものがあったのであります。へたくそなオペラ歌手が心を込めて歌っている、そんな趣があったのであります。フランボワーズは「fly away」というくだりにくると、共感する何かが沸くようだったのであります。芋虫が歌い終わるまでの間、あっしたちは、まるで時間が止まったかのように動けなかったのであります。歌い終わるやいなや、芋虫は周囲の反応を見るまでもなく、自分に向かって拍手をし、最後には口から糸を吐き、自分自身でフィナーレを演出したのであります。四方に散ったその細い糸は、綿菓子の中に甘ったるいピンクやレモン色の粒がまぶされている風にも見え、とてもきらきらと輝いていたのであります。
そして芋虫は、舞台袖に引っ込むかのようにしてマントの中へすっと消えたのであります。それを見届けた瞬間、何かの魔法が解けたように、あっしたちは我に返ったのであります。

「あーーーっ!」フランボワーズは大きく口を開け、声を張り上げたのであります。
「骸骨さん! もしかして、パンタグリュエル草が!」
骸骨詩人は、何かにはっと気づき、モスリン・マントの内ポケットに手を入れて中をまさぐったのであります。しかし、その手がマントから離れるには少し時間がかかったのであります。

マントから引き抜いた骸骨詩人の手には、パンタグリュエル草の茎と、無残にも食べ尽くされたあとのわずかな葉しかなかったのであります。それを見た彼は全身の力が抜け、膝から地面に崩れ落ちたのであります。さきほどの芋虫がパンタグリュエル草を全部食べてしまったのであります。きっと、摘んだときに葉の裏に紛れていて、ポケットの中でご馳走にありついたというわけなのであります。

「カタ…タ、カタ…タ…」力のない歯音だったのであります。
「骸骨さん、パンタグリュエル草がないと、"救済の炎"に行けないって」骸骨詩人の気持ちを少しくみ取ったのか、フランボワーズの声もすっかり覇気がなかったのであります。
「そっか、骸骨さんには大事な草だったんだね。そうだ、フランボワーズ! さっき摘んだオレたちの草じゃダメなのかな? たくさんあるから分けてあげようよ」
フランボワーズの顔つきがハッと明るくなったのであります。
「あ! そうね。私たちの摘んだパンタグリュエル草があるんだ! 骸骨さんに聞いてみる!」
フランボワーズはタンギングで、骸骨さんにそのことを伝えたのであります。

「骸骨さん、ありがとう、だって」フランボワーズの元気な声が返ってきたのであります。
「あー、ほんとよかった。これで一安心」
彼女は全身を伸ばし、ぱたっと倒れこんだのであります。

骸骨詩人は、どうやら気を取り戻し、体に力が戻ってきた様子なのであります。すくっと立ち上がると、モスリン・マントの紐をほどいたのであります。そして、ポケットからマッチ棒を一本取り出すと、それをじっと見つめ、やがて意を決したかのように、ひとりうなずいたのであります。落としたマントをじっと見つめるのであります。その視線は、別れを告げる何かだったのであります。マッチを腰骨でこすったあと、その小さな炎をマントの端に放ったのであります。火が勢いを増す前に、マントの反対側ををつかみ空中に放り投げたのであります。ふわりと浮かんだそのマントは、まるで主の内なる気持ちを理解しているかのように、激しく、激しく燃えたのであります。闇の中に一瞬、赤く輝く光がはじけたのであります。脱出手品ショウの華麗なる最後の演出を思わせるような、人工的な明かりのようにも思えたのであります。まもなく、色のない灰が、降りおちてきたのであります。骸骨詩人は、その下で、ただただ、呆然とした姿で、たたずんでいたのであります。

「あの芋虫、燃えちゃったのかな?」
「さぁ、多分ね。少なくともマントは全部燃えたね。あとかたもなく」
地面に降った灰の中に、何か生物の塊のようなものは、見あたらなかったのであります。ただ、マントに付着した芋虫の吐きだした糸だけが、うっすらと残っていたのであります。糸は、消化されなかったパンタグリュエル草のプラント・オパールが含まれているせいか、燃えずにいたのであります。


(白骨街道編)
つづく
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"The Caterpillar" by The Cure

2014年09月04日

白骨街道の骸骨たち


「骸骨詩人の首飾り」からのつづき
http://tavola-world.seesaa.net/article/403238698.html
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ひょいひょいと、一歩先ゆく骸骨詩人の足取りは、はずむように軽やかで、追いつこうとするほどにその距離は離れ、ずいぶん離されてしまったなとあわてて勇み、追いついてみたり。そんなことを繰り返しながら、あっしとフランボワーズは、はぐれないようにして彼の後をついていったのであります。こうして、他の骸骨たちをみるみるうちに、追い越していったのであります。同じ街道を歩む骸骨たちは皆そろって蛍のカンテラを手にしていたのであります。その黄緑色の光は、ある一定の間隔で点ったり弱まったりを繰り返し、白骨街道をチカチカと照らすのであります。小さな点の瞬き、その集まりは街道全体を覆い、帯のように続いているのであります。それは、うねりくねった巨大な発光体が森の中に横たわっているかのようにも見えるのであります。しだいに木々の密集度が増すと、月明かりはあまり届かなくなり、枝葉の影が薄ぼんやりと滲むのであります。

追い抜きざまに、骸骨たちの姿をよくよく観察すると、驚くほどに様々な、そして奇妙な姿かたちをしていたたのであります。五体が揃った完全体のものは珍しく、腕のないものや、手足が逆についたもの、あるいは腕や頭、その他の各部位が本来とは逆転していたり、たいていは、どこかの部位が余分についているか、反対に不足していて、おかしなおかしな容姿をしていたのであります。中には、腕や足の骨ではなく、肋骨が二重三重に重なっていたり、思わず見とれてしまうような美しい造形美をした骸骨もいたのであります。むしろ、骸骨詩人のように完全体であることの方が、特別であるように思えたのであります。しかし、彼らは自分たちのいびつな姿を、互いに見合ったとしても笑い出したりすることもなく、何ら気にする様子でもなかったのであります。それぞれの違いを認めあっているかのようだったのであります。それは彼らを形成しているものが外観ではなく、身につけているコトバにあるのだということを証明していたのであります。

骸骨たちの身につけているコトバの飾りもの、その綴りを見てみると「C-a-R-p-E-n-t-e-R(大工)」や「a-L-B-a-t-R-o-S-S(アホウドリ)」、「p-r-I-S-O-n-e-R(囚人)」や「b-U-T-c-H-e-r(精肉屋)」、さらには「U-n-c-L-E-s-O-m(亜墨利加人)」に「w-I-Z-a-R-D(奇術師)」などがあったのであります。それぞれの持つコトバの意味を彼ら自身が理解しているかは、わからないのであります。しかし、どれも単語としての一応の意味をもっていたのであります。そして、身につけたコトバからは、わずかならがも人格のようなものが形成され、彼らはそれを受け入れていたように見えたのであります。"大工"とつけたものはいかにも大工らしい振る舞いを、"囚人"とつけたものはどことなく殺伐とした雰囲気を、"アホウドリ"とつけたものは、大きな腕をばたばたと振り上げたりしていたのであります。

白骨街道を歩く骸骨たちのなかには、途中で、コトバ(魂)の命がつき、その場で崩れ落ちるものもいたのであります。そして、そのまま骨の塚として街道にさらされるのであります。弔われることはなく、野ざらしなったままなのであります。後からやってきた骸骨たちが、目ざとくその中から自分の身体に合うパーツを拾い上げ、自分に足りない部位を付け足し、また交換したり、あるいは同じものをいくつも取り付けていたり、まるで人体パズルの様相を呈していたのであります。彼らにとって転がっている骨は、ただ着飾るだけの部品にすぎないのであります。その中で一番の関心は、骨の中に埋もれたコトバの首飾りを探しだすことなのであります。まだ息のあるコトバだけを選び抜いて、自分のものに足したり、すげ替えたりもしていたのであります。ときには奪い合いになり、複数の骸骨たちが同時にケンカすることになるのであります。こういった光景は、そう珍しくはなかったのであります。骸骨が骸骨を漁り、見違えた骸骨に変身する。このような代謝を繰り返しながら、彼らは命をつなぎ、この街道を歩んでいるのであります。その目的は、皆同じ。「救済の炎」へと向かうためなのであります。

かつてウィリアム・バロウズという作家が、ある本の中でこう言っていたのであります。
「言語は宇宙からやってきたウィルスだ(Language is a Virus from Outer Space)」と。その言葉を借りるのなら、いま、目の前にいる骸骨たちは「Language is Soul from Inner Self」なのであります。

少し先にいた骸骨詩人はおもむろに立ち止まると、道脇に生えていた麻の若葉にも似た草の前でかがみこんだのであります。見慣れない草木に目のないフランボワーズは、とても気になる様子で、今にも肩から落ちそうな勢いで前のめりになったのであります。
「ねぇ、ピジン、あれ何してるのかしら?」そう言うやいなや、彼女は羽根をはばたかせすぐさま骸骨詩人のもとに飛んでいったのであります。骸骨詩人はたたずみ、草の良し悪しを見極めるように、葉や茎をより分けながら、そこから草の一本を引き抜いたのであります。横顔が少し笑っているように見えたのであります。


■ 道草
骸骨詩人は摘みとった草を手の中でまとめると、近くにあった蔓植物の茎を引きちぎり、それにくるりと巻きつけ、ひとつに束ねたのであります。白骨の指からのぞく緑の茎は、地に生えていたときよりも、より鮮やかに見えたのであります。さざ波のように細かな産毛の生えた茎、少しちりめんがかった葉は、山形をしていて、いくつもの切れ込みが入り、葉脈が地図のようにくっきりと浮かんでいたのであります。蛍のカンテラからこぼれた光が、さらに緑の色を際だたせるのであります。骸骨詩人は、緑の束を手の中でぎゅっとつかみ、その太さをおおよそ測ったのであります。そして、モスリン・マントの内側にあるポケットに押し込むようにして、仕舞ったのであります。

「何を摘んでたの?」フランボワーズは興味津々な様子で骸骨詩人にたずねたのであります。それから少しの間、二人の会話は続き、その間フランボワーズは目を丸くしたり、うなずいたりしていたのであります。その仕草から、それが少し変わった草なのだということが、傍目からもわかったのであります。話が終わると、彼女はひゅうっと舞い戻り、少しニヤニヤしながら、こうたずねてきたのであります。
「ねぇピジン、骸骨さんの持っているあの草何だと思う?」そのいたずらな表情は、きっと、あっしには答えられないだろうという小さな自信に満ちていたのであります。
「さぁ、さっぱり、わからないな」
あっしは、あっさりと降伏し返事を返したのであります。
「もう! ちょっとは考えてみてよ。そんなすぐにあきらめたら、つまんないじゃない」彼女は、不満な表情で口をとがらせたのであります。
「草木のことはフランボワーズの方が詳しいじゃないか。どうせかないっこないんだから。降参、降参! 柴咲コウさん!」
「コウさん、シバサキコウさんー、おられませんか? たいへん長らくお待たせいたしました。お薬の用意が出来ております。五番窓口までお越しください〜、ってそうじゃない! ちゃんと答えてよ」
「ほら、いまのおかしかったのかな。骸骨さんも笑ってるよ」
骸骨詩人は、あっしたちのやりとりを見ながら、カタカタと軽快に歯をならしていたのであります。
「違うわよ! 骸骨さんは、君たちもこの草いるかい? ってたずねていてるの。ほんと、テキトーなんだから。あ、そうそう、それと、あたしを介さずに勝手に骸骨詩人さんの言ってること、おかしく解釈しないでくれるかしら。ピジンはカタカタ語、全然わからないくせにー」
「でさ、その葉っぱは一体何なの? 珍しい植物?」
あっしは、フランボワーズの言いぐさを流し聞き、また沸点をうまくかわしたのであります。どうであれ、彼女はこの草に対し、何か、特別な驚きのようなものを抱いているのであります。彼女はわずかな静寂を求めたあと、話しはじめたのであります。

「ピジン、これはパンタグリュエル草よ! 聞いたことはある?」
彼女は途中でテンションが上がったせいか、うわずった声とイントネーションが尻上がりになったのであります。
「パンタグリュエル草? とろけるチーズみたいで、おいしそうだね。でも、どこかで聞いたことあるような」
「もう、あのねぇ、フォンデュに使うんじゃないんだから! ほら、火の中に入れても燃えない、っていうので有名な」
「ああ、何かそういった言い伝えのような話なら聞いたことがあるよ。へぇ、それがそのパンタグリュエル草なのか。実在するんだね。どこにでもあるような感じだけど」
「そう、あたしも実際に生えているのを見たのは初めて。だから最初聞いたときはびっくりしちゃった。骸骨さんに言われなきゃ、ずっと気づかないまま見過ごしていただろうな。この草、わたしたち(てんとう虫)の世界では、とっても貴重なのよ。いつも、行商のひとたちから、乾燥したものを、わずかな量だけしか購入できなかったから。それに、とっても高価だし、あまりたくさん買えないの」
「へぇ、そんな価値のあるものなの?」
「うん。たいてい乾燥して粉砕したものか、粉末になった状態でしか手に入らないの。だから、元がいったいどういった植物なのか、どこに生えているのかもわからない、私たちにとっては手の届かない謎のものだった。スコピエたちも国中の学者や研究者たちを集めて、さんざん調べていたし、森の中もそりゃ懸命に探し回っていたのよ。そのうちに、彼は自分たちの行動範囲には、限界があることもわかってきて、そのことをすごく悔しがっていた。あらゆる手をつくしはしたみたいだけど、まったく手がかりはつかなくて。成果はひとつも得られなかったから、すごく責任も感じていたんじゃないかな。そのうちに、あの粉末草は合成して作られてるんじゃないか、って噂が流れたりもしたわ。きっとそうであってほしいって、誰かが思って、そんなことをいい始めたのかもね。だって偉い学者さん達やみんなの努力が、何の結果にもなってないっていうのを認めることになるでしょ。あたしも、きっとどこかの工場でこっそりと作られているんだろうな、って思うようになってたし。でもまさか、こんなところで、こんなに簡単に発見できたなんて、ちょっとスゴイ! そういえば、スコピエがよく言ってたわ、この草を見つけて、栽培に成功したら私たちの国の大きな財源になるって」
「ふうん、なんだか遠い昔に流行ってたエクスタシーなんかを思いだすね。ま、とにかくそのパンダグリグリ草が貴重なものだってことは、今のでわかったけどさ、なんで、そんなものを欲しがるの?」
「パンタグリュエル草! んっと、それは、この葉っぱの中に、すっごい特殊なプラント・オパールが含まれているからよ。ものすごく硬質で透明度が高くて、これを原料にしてつくられた刃物が、すごく人気があるの。どんなものでも切れるし、削ったり、穴を開けたり、何でもできるの。それに高温にも耐えれるから、山火事があったときでも燃えてしまうことがないでしょ」
「なるほどね。てんとう虫界の虎徹みたいなものか」
「虎徹?」
「あ、いや。ひとりごとだから気にしないで」
「変なのー、コテっ」
「それで、骸骨さんは何でまたそんなものを摘んでいたわけ? 貴重なのを知ってたから? もしかして骸骨さんたちが集めて、行商人に売り飛ばしていたとか」
「あ、えっとね、そういうんじゃなくて、今から行く"救済の炎"の儀式で使うんだって」
「燃えないのに?」
「燃えないからじゃない?」
「なるほど、冴えてるね、フランボワーズ」
「あーりがとっ。どうやって使うのかは、まだ聞いてないけど」
「じゃ、着いてからのお楽しみってとこかな」
「うん。あたしも、少し摘んでいかなきゃ。ピジンも手伝ってよ」
「はいよ。袋いっぱいに積めないとね」
「そんなに摘んだら、この先、邪魔になるじゃない」
「冗談だよ。ねぇ、フランボワーズ。この場所、今いる三人だけの秘密にしない?」
そういった途端、骸骨詩人のカタカタという声がとなりから聞こえたのであります。高笑いするような明るい音だったのであります。
「いま、何て言ったの?」
「あれぇ、ピジンはカタカタ語、わかるんじゃなかった?」


(白骨街道編)
つづく
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"Grass" by XTC (from Skylarking, 1986)