2011年08月01日

Sketches of "Pakse" パクセ素描 -Laos, 2010-

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泊まっていたLao Chaleune Hotelから国道13号線へ向かう途中の枝道。
朝日がまぶしい。

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国道13号線

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Heros Monument

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給油所でサイカーの洗浄をしていた。

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ダーオファン市場 (Daoheuang Market) にバイクでやってきた青年。
甘ーい目元にツンツン・ヘアーがキマってるね。

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Wat Phra Bat脇の道をセードン川に沿いに進む。

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セードン川に架かるセードン橋を越えた目の前にある廃屋。

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朝日を浴びて輝くワット・ルアンの白いストゥーパ。

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リアカーをベビーカー代わりに使ってます。道が悪いので乗った子らは中で飛び跳ねている。

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陽気に踊っていた女の子。

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名前不詳のお寺。

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セードン川へと流れる川の夕景。

■ メコン川に架かるパクセ橋(LAO-NIPPON BRIDGE)
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メコン川川上に向かって、右岸にパクセの街並が一望できる。

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左岸はPhonthong地区。

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川の水が2色に分かれている。

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パクセ側にある橋銘。橋を越えるとタイとの国境「ワンタオ」へと続く。

パクセからPhonthong地区へと架かるパクセ橋 (LAO - NIPPON BRIDGE / 巴色大橋)。
1997年10月着工、2000年2月に完成した、全長1,380mの大きな橋。


老撾 | 巴色
ラオス、パクセ
Pakse (Paxse), Laos
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2006年08月05日

ファイサーイ

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奥に隠れたり、またちょこっと顔出したり。
ちょっと恥ずかしがり屋さんで、でも好奇心たっぷり。

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TRANSPORT OF THAI & LAOS, 2006

2006年07月08日

Sketches of "Luang Nam Tha" ルアンナムター素描 -Laos, 2006-

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厚い霧で覆われひんやりと肌寒いルアンナムターの朝。太陽の光は途中で力つき、大地には届かない。モノクロームの景色。水蒸気をたっぷりと含んだ空気は、喉を潤してくれる。まっすぐ一本に伸びたでこぼこな道を自転車で走る。お昼に近づくと、少しづつ霧は溶けてゆき、水彩絵の具をぱっと空に流したかのような淡い淡い青空が見えてくる。その青空ににじむようなふんわりとした雲が浮かんでいる。畑に輝くライムグリーンの緑とつながって、柔らかな景色が目に染み込んだ。

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バス・ターミナルのある中心街から南へ約3キロほど行った場所に小さな飛行場とラオス航空の事務所がある。ライムグリーンの芝が目に眩しい。
事務所をたずねると、先客が一組いた。白人の老夫婦は事務所職員に何かかけあっている様子。少し耳をそばだてる。どうやら、今日のルアンプラバーン行きのフライトをたずねていたようだ。しかし、便はあるのだけど空席がないのだと告げられ肩を落としてこの建物から出ていった。でも、少し話し合いをした後、気を取り直した様子で、「近くの船着き場からルアンプラバーンへ行くよ」と僕に言う。そして「良い旅を」と言って去って行った。

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旧市街と新市街を南北に結ぶ、まっすぐに伸びた一本の道。耕耘機、トラクター、モーターバイクがせわしくない程度に往来している。あたりに広がるのは田んぼだけ。仕事を終えた耕耘機がガタゴト言わせ路肩を走る。その後ろに取り付けられた荷台の上には、5人程の子供たちが便乗して乗っていた。揺れながら手を振る子たちを見送ると、あとはまた静けさが戻る。

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旧市街から新市街へ、南北にまっすぐに走る一本の通りがある。硬いサドルの自転車にまたがり、旧市街のある南の方角を目指す。途中、左手の小道の奥に入るとプライベート・スクールが見えて来た。青々とした芝生の広場から、子供たちの色とりどりの歓声が空に向かって、たくさん弾けている。

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私設学校にお邪魔した。青々とした芝生で楽しそうにボール遊びやゴム飛びなんかをしている。教室を覗くと一斉に子供達に囲まれる。そして、ひとつひとつ教室を案内してくれるのだ。「僕たちここでたくさん勉強してるんだよ」と。みんな、学校が楽しくって仕方がないのがその表情を見れば一目でわかる。学校を連れ回され1周する頃にはもうくたくたになってしまった。子供の放つパワーって測り知れないな。

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夕日が落ちるまで、この小さな町を自転車に乗って走り駆け回った。放課後に、子供たちのはしゃぐ姿はどこの国も同じ。

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昨日、通った道、今日は通りそこねた道、明日は新たな道を選んで、ここを静かに思い出しているだろう。

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町の北側には運動場があり、そのすぐ裏に小高い丘がある。そこから町が一望出来る。緑に包まれた町並みと、なだらかな山が広がる心地よい景色。雲の流れが時間の経過を教えてくれる。ラオスでは雲までもが、のんびりとしている。丘は鳥たちの庭になっていて、夕食までに帰巣しようと腹を空かせた鳥たちが滑空している。しばらく雲を数えて過ごしていたけれども、しだいに飽きてきたので、丘を降りる事にした。

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行く手をふさぐ牛とにらめっこ。横綱の登場である。

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ルアンナムターは小さな町だけれど、目印になるようなものが何もないので同じところを行ったり来たりしてしまう。庭先の植え込みには無造作に咲いたバラがあって、これが今の場所を教えてくれる印のひとつだった。

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お家へ帰ろうー。

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街には大きく分けて、二種類ある。一秒でもいいから長くそこに居たい街。そして、一刻も早くその場所から立ち去りたい街。移動したその足で、その場所に降り立った瞬間にそれは分かる。街のたたずまいや、行き交う人々、匂いやほこりっぽさ、最初に言葉を交わした人の印象なんかも少しは影響するのかもしれない。でも、そんなものよりももっと大きな要素、その土地の持っている磁力のようなものが、直感でピンとくる。街に着いて、一歩踏み出したその足が地面に着くまでの間にも、その街との相性が判明する。ここルアンナムターは、少しでもいいから長く居たい街だった。何か特別なものがあるわけでもなく、田んぼに沿って長い一本の道がひたすら続き、その上に淡い水色の空が広がっているだけの小さな街。昔に一度、ここにいた事があるような懐かしさ。朝から晩まで街中を自転車で走り回って記憶を呼び起こそうとしたけれど、いつまでも沈まない夕日を見てるうちに、そんなことはどうでもいいやと思えてきた。


老撾 | 琅南塔
ラオス、ルアンナムター
Luang Nam Tha, Laos (Lao People's Democratic Republic /LPDR)
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TRANSPORT OF THAI & LAOS, 2006

2006年06月10日

Sketches of "Luang Prabang" ルアンプラバーン素描 -Laos, 2006-

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ラオスの古都、ルアンプラバーン。まるで花の名のような響きの街、時間の流れ方が京都と良く似ている。歴史的な建物なども見ていていいけれど、何よりも、僕はこの街に咲く花の方に心惹かれた。

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夕方になると小学校の門からは子供たちがいっせいにあふれ出て、皆それぞれの方向へと散ってゆく。歓声は校庭の四方に広がり、街はまた静けさを取り戻す。陽射しはまだ肌を焼くように強い。時間を見計らったようにして、くたびれたアルミ製の大きな筒を抱えたじいさんが、小さなラッパを鳴らしながら学校の前を通り過ぎて行く。じいさんに「これは何?」とたずねると、蓋を開け中を見せてくれた。アイスクリーム屋のお出ましだ。ひんやりと冷気の漂う冷蔵筒をのぞき込み、何種類かあるフレーバーの中から、少し迷ってココナッツのを注文する。土台のコーンが硬くてさらに良い。ひとつ、3000キープ。日影に入る前にはもう、手にしていたアイスクリームは平らげてしまった。

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■ 郵便ポスト
シーサワンウォン通り。放置され、そのまま忘れ去られたかのような郵便ポストが、ひっそりと朝日を浴びている。郵便の発達が、流通の発展となるのか、流通の発達が、郵便の発展に結びつくのか、なんて考えてしまった。最も古くて安価な、世界への入り口。

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メコン川の夕日

一日の疲れをゆったりとしたメコン川になぞらえ流すような気持ちで、川沿いのカフェのテラスから、水面をオレンジに染める膨張した夕日をぼんやりと眺める。グラスにビアラオをそそぐと、向いの席で同じように夕日に浸っていたタバコくさいフランス人がやってきた。笑った歯がヤニまみれでスカスカだ。
「ここ、ルアンプラバーンは静かでいい、バンコクはノイジーで、安っぽいアメリカの音楽が氾濫している。インドはクレイジーだ、特に南は」とフランス語訛りの聞き取りにくい英語で話しはじめる。そして、「e-bay」で買ったんだというアンティークのカメラを見せてくれた。蛇腹式で半世紀ほど前の代物だ。裏蓋の留め金が外れていて、ガムテープを貼って補強しているが、特に問題はないと、まるで自分が名外科医であるかのように誇らしげに語る。石の文化圏は、構築のあとは補強によってその全体を保たせる。反対に、日本をはじめアジアの植物を主体とした文化圏では、植物の成長サイクルと同じように「朽ちれば再生/生まれ変わる」という事象が脳のヒダの奥にまで刻まれていて、それが「新しいもの」をより強く求める傾向に結びついているんじゃないかと考えてみた。

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何かのおまじない?占い?呪術?それとも楽しいルーレットゲーム?いいえ、これはお金の賭かった真剣勝負。子供達でにぎわうお祭りの一角で、異常な熱気を放っているのがこのテーブル。プーシーの丘から南に400mほど離れた場所にある「VAT MANOROM (WAT MANOLOM)」というお寺のお祭りの中。周囲のほのぼのとした雰囲気とはよそに、胴元と客の血走った目が薄明かりの中でギラギラ光り、両者の間に殺気がみなぎっている。小さいながらもギャンブルなだけに「運気」というのがあるようで、俯瞰してるとその流れが見えてくる。客は負け続け、まわりからお金を借りはじめると、もう勝負は見えた、かのようだ、がしかし、面白い事にそこが潮目で、大勝負の後、今度は胴元のお金が底をつきかけ、5分前までは勝ち誇っていた主の顔は真っ青になっていた。周りの観客もその勝敗の行方に見入って、一斉に歓声を上げたり、また息を飲んで静まり返ったり、「これは無理だ」と見てるだけのくせに勝負を諦めているヤツもいたりと、それぞれに楽しんでいる。帰り道に少しだけ寄るつもりだったのが、子供の頃の夏祭りの記憶がよみがえってきて、少し長居してしまった。

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王宮博物館を入ってすぐ右にあるルアンプラバーン様式の建物。名は不明。のんびり気質のラオスの人が作ったようには見えないくらいに繊細な装飾が施されていた。


老撾 | 琅勃拉邦
ラオス、ルアンプラバーン(ルアンパバーン)
Luang Prabang (Louangphrabang), Laos
LAOS - Lao People's Democratic Republic (LPDR)

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TRANSPORT OF THAI & LAOS, 2006

2006年06月07日

Mt. Popa(ポッパ山) -Burma, 2005-

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■ ニャウン・ウーからポッパ山へ
ピックアップ・トラックの荷台に乗り込んで、ニャウン・ウー村からポッパ山へと向かった。帽子が飛ばされないようしっかりと押さえながら、並木道をぐんぐんと飛ばしてく。風は木のいいにおいがする。

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水かけ祭り間近の4月はじめはビルマで最も暑い時期にあたる。地面は焼けた鉄板か、フライパンのように熱い。手加減しない太陽にうんざりして木陰を探して涼んでみたけれども、日当たりよりかはいくぶんましな程度で、たいして変わりはしなかった。

ポッパ山の麓に並んでいるカラフルな土産物屋前を通りすぎようとしたら、後ろから誰かが呼んでいるのが聞こえた。振り返ると、ヤンゴン大学で写真を教えていると言うイウィンというおじさんが、僕の首から下げているカメラを見てうれしそうに話し掛けてきた。あまりの暑さにうんざりとしていた僕は、今はとても話すような気分じゃなかった。僕の手にしているカメラをながめつつ、イウィンさんは自分の持っているカメラの熱弁をふるいはじめる。古い日本製のカメラだった。話の途中で、遠くからバスのクラクションが響いた。イウィンさんの乗ってきたバスが出発するサインだった。話がはじまりかけたとこだったのに、とイウィンさんは残念そうな顔をして、手を振りながらバスの元へと去っていった。

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ポッパ山へと下る坂道で出会った女の子。未完熟の青いマンゴーを左手に、素敵なワンピースをひらりと踊らせ、軽やかなステップで坂道を跳ねる。あまりに突然と現れたものだから、最初は妖精かと思ったくらい。


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すーすーと気持ち良さそうに、少年が寝ていた。足をまっすぐピンと伸ばしたりして、寝にくくないのかな?と思いながら近づいてみる。寝息がはっきりと聞こえるぐらいの距離にまで寄っていっても全く気づく様子さえない。目を開けたらすぐ前に見知らぬ人がいた…なんて、きっと飛び起きるほどビックリするだろうなぁ。
その驚きの顔を見てやろうと、しばらくの間少年を眺めてたけれども起きる気配は全くなかった。

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ポッパ山のふもと、食堂と土産物屋が並ぶ短い通りでは、うだるような暑さに店の人も商売っ気がすっかりと失せた様子だった。僕が立ち寄ってもいっさい目もくれず、涼む事に精一杯で、屋根の下から出てこようともしない。

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店先には張りのいいブドウが並べられていた。こんな灼熱の天候でブドウが採れるの?と驚いた。という事はワインもあるって事なんだろうか?ビルマ産のワインなんて、聞いたことはないけれども、もしどこかのワイナリーの樽の中で熟成を待っているのなら、是非とも飲んでみたい。グラスの中で揺れる黄金色のシャルドネを思い浮かべ、喉がゴクリと鳴る。

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ポッパ山近くのお寺?シンメトリー。

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奇妙ないでたちの門使たちが出迎える。ここは一体何なんだろう?

*アーチ両端のダルマのような像はピピェタインタオと呼ばれるビルマでは縁起のいいものらしい。

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■ 水瓶の祠
日中の気温は40度に近く歩いてられないほどの強い陽射し。ポッパ山の近くにあった共用の水飲み場。色使いが最高!


緬甸 | 波芭山(ポッパ山)
Mt. Popa, Burma (Myanmar)

2006年06月02日

Sketches of "Yangon" ヤンゴン素描 -Burma, 2005-

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ヤンゴンの朝は静かに始まる。

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ヤンゴン二日目は小雨。バスに乗るまでにはまだ時間があるので朝の街を散策する。スーレーパゴダを南に、38th通り沿いにあるメイ・フェア・インという宿からヤンゴン川沿いにイギリス大使館、中央郵便局と巡って細い路地へと入り込む。この通りは路上市場。始まりから終わりまでずらりと両脇に露店が並ぶ。人はたくさんいて熱心に品定めしながら買い物をしているけれど静かなのが奇妙。市場独特の押し売るような大きな掛け声も、値切りの交渉も全く聞こえてこない、かと言って活気がないわけではない。これがビルマ流なのかも知れない。見慣れない野菜や魚がたくさん並んでいる。店先に並べられた魚は、店主が話し込んでる隙に逃げ出そうと、あらゆる手を、いや、あらゆるヒレをつくしもがいてる。仮にそこから逃げだせたとしても、周りにあるのはぬかるんだ道と、濁った泥の水たまりだけ。そんな状況を察知したのか、途中で力尽きて、店主にしっぽを捕まれ元の場所にあっさりと連れ戻された。そうこうしてる内に雲が少し明るくなってきた。午後は晴れてきそうだ。

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街中の建物はいかにも100年以上も前の様式で、漆喰は剥がれおちそうなほど傷んでいる。洗濯物や看板がなければ、まるで廃虚のよう。午後三時、鉛色の雲が厚みを増し、街からは影がなくなった。鈍い光に包まれた町並みはさらにくすんで陰鬱に映る。のどが渇いたので、街角にでサトウキビのジュースを絞ってもらった。

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激しいスコールで外へは出れず。

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ヤンゴン中央駅前広場から。
ビルマ(ミャンマー)の名前を知ったきっかけは、1983年に起きた「ラングーン事件」を伝える新聞の見出しだった。当時はそこで何が起きたのかすら分からなかったけれど、「ラングーン」という香しい響きに楽園的な世界を思い描いていた。今は「ヤンゴン」と名前が変えられてしまったけれど、僕の中ではずっと「ラングーン」のまま。

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ジョージ・オーウエルもかつてはここを歩いたんだろうか?と思い、その当時からあっただろうこれら建物を見上げる。

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スーレーパゴダの北西、メイシャン・ゲストハウスからの眺め。目前にスーレーパゴダ通りが走る。
Yangon, Sule Pagoda Rd., May Shan Guest House

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スーレー・パゴダの入り口で遊ぶいたずらっ子たち。無邪気な悪魔は天使のように振舞う。まだ天秤の使い方を知らない。

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ここヤンゴンでの太陽は凶器になり得る程強く照りつける。ボーヂョー・アウンサン通りにて。

■ シュエダゴン・パゴダ
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訪れたのはティンジャン(水かけ祭り)の直前で、黄金に輝くこの巨大なパコダは飾り付けをするために竹のやぐらで囲われていた。

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ビルマには自分の生まれた日の曜日で占う「八曜日」というものがある。これは一週間が八つの曜日に分けられていて、水曜日だけが午前と午後の二つに分けられている。これで、実際は七日なのだけれども、八つの曜日が存在することになる。それぞれの曜日には守り神となる動物がいて、パゴダの周りには八つの動物が祭られている。皆、自分の生まれた日の曜日の守り神を祭った祭壇の前に立って祈りを捧げている。僕は土曜日の生まれ、ナーガ(龍)なのでここで手を合わせた。


*↓生年月日を入力すると、すぐに「生まれの曜日」が分かります。
ミャンマー曜占術研究会「八曜日占い」
http://members.at.infoseek.co.jp/garudaY/uranai00.html


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夕暮れ時、街灯が甘ったるく灯りはじめる。一日の中で一番好きな時間。ほんの数分後には空は藍色に、そして暗闇へと変わってしまう。夜が大人の時間だとすれば、このひとときは思春期くらいなんだろうか。このまま少し、止まったままでいて。

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■ ビルマの通貨「チャット」
貨幣は血となって国の中を循環している。ここビルマでは、軍事政権の下手な経済運営によって通貨が安定せず、インフレが頻発している。国民は自国の通貨「チャット」に信用はなく、安定した外貨、USドルを欲しがる。発行元である政府に信用がないという事。ほんの数枚のドルをチャットに両替したところ、えらくぶ厚い札束になって返ってきた。受け取ったときは、何か悪いことをしてしまったかのような後ろめたさがあり、あわてるように鞄の中に押し込んだ。宿に戻り、ベッドの上に広げ思案する。これをどうやって使っていこうかと。

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アノーヤター通りにて。日が暮れる頃には、大通りには屋台が並びはじめる。店先の小さなプラスチックの椅子に座っておしゃべりに夢中。大人も子供も、今日いち日を楽しく締めくくる。

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夜の大通りはサッカー場に早変わり。汗だくになりながら夢中でボールを追いかける。車のヘッドランプが近づくと休憩タイム。


緬甸 | 仰光
ビルマ(ミャンマー)、ヤンゴン(ラングーン)
Yangon, Burma (Myanmar)


2006年05月28日

バガン遺跡・パゴダと寺院 -Burma, 2005-

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圧巻!のダマヤンヂー寺院。

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バガン滞在最終日は、ダマヤンヂーを観て締めくくる。夕日がいつもより少し長かった。いつもは何も浮かぶもののないバガンの広い空に、めずらしく雲が模様をつけていた。

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- Dhammayangyi Temple -
西暦1167年、ナラトゥ王(King Narathu)によって建設が始まる。王位継承の為に父王と兄を暗殺したナラトゥ王が、自分の罪の償いの為にと建てたと云われる寺院。しかし、建設の最中、1170年にナラトゥ王自身が何者かに暗殺され為に工事は中断し、未完成のまま現在に至る。その呪われた伝説を知らずとも、重厚な姿と異様な妖気に圧倒される。

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■ Mingala Zedi(ミンガラー・ゼディ・パゴダ)
ニャウンウーからタラバー門を越え、バガン遺跡群の最も西側にあるのがミンガラー・ゼディ・パゴダ。パガン王朝最後のパゴダとされている。このパゴダに登ると、東の方角から力強く昇る太陽とバガンの全景が眺められる。

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パゴダに登って朝日が登るのを待つ。朝もやのかかるくすんだ空からは青味が消え、ゆっくりと赤味が増してゆく。突然に朱玉のような太陽が空の中に現れた。「一日」の誕生。
同時に、遥か彼方まで広がる平原の中に建てられた無数のパゴダのシルエットが一斉に浮かび上がった。朝日を浴び、木々の合間からはパゴダたちがひょっこりと顔を出し輝きはじめる。太陽の下にダマヤンジー、そして左側にはシュエサンドー・パゴダが見える。

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ミンガラーゼディ・パゴダからバガンの大地を見おろす。内陸性の乾いた気候の続くバガンにしては珍しく、広大な空にはひんやりとした雲が漂っていた。モンスーンの影響だそうだ。

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昨日見た夢と同じ光景がそこにあった。牛たちは歩くのが遅いし、ここバガンは時間の流れがほとんど止まっているから、一日くらいじゃ、追いついてしまう。こんな具合だから、この少し先には一昨日の夢がまだあるかも知れない。

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夕日は荒野に点在するパゴダ群に濃密な彩りを与え、一日の役割を終えて沈んでいく。バガンのメイン・ストリートと平行して走るひと気のないアノーヤタ通りを牛飼い3人娘が、銅製の低い鈴音を鳴らし、響かせながら牛たちを追いたてて横切る。赤々と染まったパゴダの間を縫うように牛の群れは鳴き声も出さず静かに土煙だけを残して通り過ぎて行った。

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夕日がレンガに火を注いでるようだ。もう何百年も前に燃え尽きてしまったのかもしれないけれど。

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夕刻のダビィニュ寺院。
建物が小さな呼吸をしているようだった。気のせいか、ずっと見られているような不思議な感覚。肌がひんやりする。

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名もなきパゴダ。

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人の手と、自然の造形によるフラクタル。

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光の降りそそぐ世界へ。

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平原を覆っていた朝もやが静かに引いていき、待っていましたとばかりに、皮を剥かれ肌が真っ赤になったような透明で鮮やかな朱の太陽が昇りはじめる。たった今、火を点したばかりのようで、初々しく正円の炎が音も無く浮かんでいる。彼方に見える山から鳥の歌が聞こえてきそうなほどの静寂さが自身の聴覚を失ってしまったのか、あるいは、自分はもうこの世にいないのでは、と言った錯覚を与える。

(ニャウンウー村はバガンの入口・起点となる村。)


緬甸 | 蒲甘 (蒲干)
ビルマ (ミャンマー)、バガン (ニャウンウー)
Bagan (Nyaung U), Burma (Myanmar)
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2006年05月26日

Sketches of "Nyaung U" -Burma, 2005-

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■ ヤンゴンからバガンへ
14:00すぎ、ヤンゴン国際空港より少し北にあるアウンミンガラー・バス・センターからバガンへ向けバスが発車。かなりくたびれた日本製の中古バスだった。ピィを経由して、翌日早朝にバガンに到着する。赤土と干上がった田んぼの単調な景色が続く、所々に村がありパゴダが見えると、左隣に座っている子供たちが誇らし気に教えてくれる。空が広く、太陽は「ある」のではなく「君臨」しているかのような無情な強さを放っている。窓から差し込む夕日がまぶしく美しい。

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一日のうちで太陽の光が最も濃密になる時間帯。

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髪を切るってのは「古くなったもの」をばっさりと切り落とす事であり、そういう意味では母親の方がキレイさっぱりと断ち切ってくれる。男親である親父が切る場合は、どうもすっぱりとはいかずどこかしんみりと未練たらしさが残る。バガンの床屋にて。

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ニャウンウー市場の向かいにあった屋台の前を通り過ぎたあたりで、そこのお兄さんと目があった。「モヒンガー食べてく?」と、彼は僕の視線を誘導するように、自分の手元にあるお椀に目を向けながら人なつっこく声をかけて来た。ビルマに来てからは、連日油っこいビルマ風のカレーが続いていたせいで、胃が少しもたれていた。お腹は減っているのに食欲がどうもわかないという状態になりつつあった。椀の中からのぞくあっさりとした白い麺を見て、これならいける! とすぐさま飛びついた。
並んであったプラスティックのスツールに座るとその兄ちゃんは「ちょっと待ってて」と言い椀を手に取った。その中にそうめんをすこしざらっとさせたような淡白な麺を放り込み、次に魚から取った濃厚なダシを注いだ。そして、さくさくに揚げた魚の実を振りかけた後、麺にダシが染み込むように手で念入りに揉みほぐし混ぜ出来上がり。一杯、200チャット。暑さで体力を消耗してるのだろうか、あっという間にたいらげる。明日もまた来よう。

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極めて素直な道だった。

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ニャウン・ウーの大通り、バスターミナルのそばからシュエズィーゴン・パゴダへとつながるやたらと長い回廊。ここをくぐり抜けると黄金に輝く巨大なシュエズィーゴン・パゴダが現れる。

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昨夜、星屑が降ってきた。ニャウン・ウーの目抜き通り、タンテ・ホテル近くで。

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ニャウンウー、タンテホテル裏を散策。夕日には、すべてを名画に変えてしまう成分が含まれている。

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もう少し、ここでこの道が夕日に染まるのを眺めていたい。

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寄り道をしたくなる道があらわれる。

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光が騒ぐ、花が歌う。自転車に乗りながらその下をくぐり抜けた。

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雨は降らねど、大地は豊かなり、太陽は偉大なり。

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ざぶーん!

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ここは集中治療室。このテーブルの上で多くのテレビが命を吹き返した。電流が体を巡った瞬間、テレビたちは次々と受信した映像を切り替えて再生した事をアピールし続ける。じきに退院だ。「made in Japan」は丈夫で壊れにくく評判がいい。

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■ 馬車
馬車に乗ってニャウンウー村から空港へと向かった。古くからある乗り物に乗り、最新の技術で作られた飛行機へと乗り換える。乗り物の進化を短くも体験出来る。なんとも不思議な感じで、馬車に揺られ空港へと到着した。ヤンゴン行きのフライトに乗る。

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■ バガンからヤンゴンへ(エアマンダレー)
バガンからヤンゴンへのフライト。乗客は数えるほどでがらがら。後部座席には左耳に包帯をした男の子が座っていた。バガンから飛行機でヤンゴンへと治療に向かうくらいだから、相当裕福なお家か、よほど緊急な事態なのかなと気になった。きっとヤンゴンの大きな病院でしか出来ないような手術をこの後控えてるんだろう。そして、その父親が不安げな面持ちで息子の頭を優しく抱きかかえながら窓の外を見つめていた。

ティンジャン(水かけ祭)を前に乾期から暑期へ入ったビルマの大地はひたすら乾ききっていた。


緬甸 | 蒲甘 (蒲干)
ビルマ(ミャンマー)、バガン(ニャウンウー村)
Nyaung Oo (Nyaung U), Bagan, Burma (Myanmar)