2006年06月07日

Mt. Popa(ポッパ山) -Burma, 2005-

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■ ニャウン・ウーからポッパ山へ
ピックアップ・トラックの荷台に乗り込んで、ニャウン・ウー村からポッパ山へと向かった。帽子が飛ばされないようしっかりと押さえながら、並木道をぐんぐんと飛ばしてく。風は木のいいにおいがする。

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水かけ祭り間近の4月はじめはビルマで最も暑い時期にあたる。地面は焼けた鉄板か、フライパンのように熱い。手加減しない太陽にうんざりして木陰を探して涼んでみたけれども、日当たりよりかはいくぶんましな程度で、たいして変わりはしなかった。

ポッパ山の麓に並んでいるカラフルな土産物屋前を通りすぎようとしたら、後ろから誰かが呼んでいるのが聞こえた。振り返ると、ヤンゴン大学で写真を教えていると言うイウィンというおじさんが、僕の首から下げているカメラを見てうれしそうに話し掛けてきた。あまりの暑さにうんざりとしていた僕は、今はとても話すような気分じゃなかった。僕の手にしているカメラをながめつつ、イウィンさんは自分の持っているカメラの熱弁をふるいはじめる。古い日本製のカメラだった。話の途中で、遠くからバスのクラクションが響いた。イウィンさんの乗ってきたバスが出発するサインだった。話がはじまりかけたとこだったのに、とイウィンさんは残念そうな顔をして、手を振りながらバスの元へと去っていった。

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ポッパ山へと下る坂道で出会った女の子。未完熟の青いマンゴーを左手に、素敵なワンピースをひらりと踊らせ、軽やかなステップで坂道を跳ねる。あまりに突然と現れたものだから、最初は妖精かと思ったくらい。


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すーすーと気持ち良さそうに、少年が寝ていた。足をまっすぐピンと伸ばしたりして、寝にくくないのかな?と思いながら近づいてみる。寝息がはっきりと聞こえるぐらいの距離にまで寄っていっても全く気づく様子さえない。目を開けたらすぐ前に見知らぬ人がいた…なんて、きっと飛び起きるほどビックリするだろうなぁ。
その驚きの顔を見てやろうと、しばらくの間少年を眺めてたけれども起きる気配は全くなかった。

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ポッパ山のふもと、食堂と土産物屋が並ぶ短い通りでは、うだるような暑さに店の人も商売っ気がすっかりと失せた様子だった。僕が立ち寄ってもいっさい目もくれず、涼む事に精一杯で、屋根の下から出てこようともしない。

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店先には張りのいいブドウが並べられていた。こんな灼熱の天候でブドウが採れるの?と驚いた。という事はワインもあるって事なんだろうか?ビルマ産のワインなんて、聞いたことはないけれども、もしどこかのワイナリーの樽の中で熟成を待っているのなら、是非とも飲んでみたい。グラスの中で揺れる黄金色のシャルドネを思い浮かべ、喉がゴクリと鳴る。

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ポッパ山近くのお寺?シンメトリー。

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奇妙ないでたちの門使たちが出迎える。ここは一体何なんだろう?

*アーチ両端のダルマのような像はピピェタインタオと呼ばれるビルマでは縁起のいいものらしい。

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■ 水瓶の祠
日中の気温は40度に近く歩いてられないほどの強い陽射し。ポッパ山の近くにあった共用の水飲み場。色使いが最高!


緬甸 | 波芭山(ポッパ山)
Mt. Popa, Burma (Myanmar)

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2006年06月02日

Sketches of "Yangon" ヤンゴン素描 -Burma, 2005-

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ヤンゴンの朝は静かに始まる。

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ヤンゴン二日目は小雨。バスに乗るまでにはまだ時間があるので朝の街を散策する。スーレーパゴダを南に、38th通り沿いにあるメイ・フェア・インという宿からヤンゴン川沿いにイギリス大使館、中央郵便局と巡って細い路地へと入り込む。この通りは路上市場。始まりから終わりまでずらりと両脇に露店が並ぶ。人はたくさんいて熱心に品定めしながら買い物をしているけれど静かなのが奇妙。市場独特の押し売るような大きな掛け声も、値切りの交渉も全く聞こえてこない、かと言って活気がないわけではない。これがビルマ流なのかも知れない。見慣れない野菜や魚がたくさん並んでいる。店先に並べられた魚は、店主が話し込んでる隙に逃げ出そうと、あらゆる手を、いや、あらゆるヒレをつくしもがいてる。仮にそこから逃げだせたとしても、周りにあるのはぬかるんだ道と、濁った泥の水たまりだけ。そんな状況を察知したのか、途中で力尽きて、店主にしっぽを捕まれ元の場所にあっさりと連れ戻された。そうこうしてる内に雲が少し明るくなってきた。午後は晴れてきそうだ。

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街中の建物はいかにも100年以上も前の様式で、漆喰は剥がれおちそうなほど傷んでいる。洗濯物や看板がなければ、まるで廃虚のよう。午後三時、鉛色の雲が厚みを増し、街からは影がなくなった。鈍い光に包まれた町並みはさらにくすんで陰鬱に映る。のどが渇いたので、街角にでサトウキビのジュースを絞ってもらった。

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激しいスコールで外へは出れず。

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ヤンゴン中央駅前広場から。
ビルマ(ミャンマー)の名前を知ったきっかけは、1983年に起きた「ラングーン事件」を伝える新聞の見出しだった。当時はそこで何が起きたのかすら分からなかったけれど、「ラングーン」という香しい響きに楽園的な世界を思い描いていた。今は「ヤンゴン」と名前が変えられてしまったけれど、僕の中ではずっと「ラングーン」のまま。

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ジョージ・オーウエルもかつてはここを歩いたんだろうか?と思い、その当時からあっただろうこれら建物を見上げる。

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スーレーパゴダの北西、メイシャン・ゲストハウスからの眺め。目前にスーレーパゴダ通りが走る。
Yangon, Sule Pagoda Rd., May Shan Guest House

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スーレー・パゴダの入り口で遊ぶいたずらっ子たち。無邪気な悪魔は天使のように振舞う。まだ天秤の使い方を知らない。

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ここヤンゴンでの太陽は凶器になり得る程強く照りつける。ボーヂョー・アウンサン通りにて。

■ シュエダゴン・パゴダ
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訪れたのはティンジャン(水かけ祭り)の直前で、黄金に輝くこの巨大なパコダは飾り付けをするために竹のやぐらで囲われていた。

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ビルマには自分の生まれた日の曜日で占う「八曜日」というものがある。これは一週間が八つの曜日に分けられていて、水曜日だけが午前と午後の二つに分けられている。これで、実際は七日なのだけれども、八つの曜日が存在することになる。それぞれの曜日には守り神となる動物がいて、パゴダの周りには八つの動物が祭られている。皆、自分の生まれた日の曜日の守り神を祭った祭壇の前に立って祈りを捧げている。僕は土曜日の生まれ、ナーガ(龍)なのでここで手を合わせた。


*↓生年月日を入力すると、すぐに「生まれの曜日」が分かります。
ミャンマー曜占術研究会「八曜日占い」
http://members.at.infoseek.co.jp/garudaY/uranai00.html


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夕暮れ時、街灯が甘ったるく灯りはじめる。一日の中で一番好きな時間。ほんの数分後には空は藍色に、そして暗闇へと変わってしまう。夜が大人の時間だとすれば、このひとときは思春期くらいなんだろうか。このまま少し、止まったままでいて。

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■ ビルマの通貨「チャット」
貨幣は血となって国の中を循環している。ここビルマでは、軍事政権の下手な経済運営によって通貨が安定せず、インフレが頻発している。国民は自国の通貨「チャット」に信用はなく、安定した外貨、USドルを欲しがる。発行元である政府に信用がないという事。ほんの数枚のドルをチャットに両替したところ、えらくぶ厚い札束になって返ってきた。受け取ったときは、何か悪いことをしてしまったかのような後ろめたさがあり、あわてるように鞄の中に押し込んだ。宿に戻り、ベッドの上に広げ思案する。これをどうやって使っていこうかと。

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アノーヤター通りにて。日が暮れる頃には、大通りには屋台が並びはじめる。店先の小さなプラスチックの椅子に座っておしゃべりに夢中。大人も子供も、今日いち日を楽しく締めくくる。

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夜の大通りはサッカー場に早変わり。汗だくになりながら夢中でボールを追いかける。車のヘッドランプが近づくと休憩タイム。


緬甸 | 仰光
ビルマ(ミャンマー)、ヤンゴン(ラングーン)
Yangon, Burma (Myanmar)


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2006年05月28日

バガン遺跡・パゴダと寺院 -Burma, 2005-

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圧巻!のダマヤンヂー寺院。

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バガン滞在最終日は、ダマヤンヂーを観て締めくくる。夕日がいつもより少し長かった。いつもは何も浮かぶもののないバガンの広い空に、めずらしく雲が模様をつけていた。

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- Dhammayangyi Temple -
西暦1167年、ナラトゥ王(King Narathu)によって建設が始まる。王位継承の為に父王と兄を暗殺したナラトゥ王が、自分の罪の償いの為にと建てたと云われる寺院。しかし、建設の最中、1170年にナラトゥ王自身が何者かに暗殺され為に工事は中断し、未完成のまま現在に至る。その呪われた伝説を知らずとも、重厚な姿と異様な妖気に圧倒される。

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■ Mingala Zedi(ミンガラー・ゼディ・パゴダ)
ニャウンウーからタラバー門を越え、バガン遺跡群の最も西側にあるのがミンガラー・ゼディ・パゴダ。パガン王朝最後のパゴダとされている。このパゴダに登ると、東の方角から力強く昇る太陽とバガンの全景が眺められる。

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パゴダに登って朝日が登るのを待つ。朝もやのかかるくすんだ空からは青味が消え、ゆっくりと赤味が増してゆく。突然に朱玉のような太陽が空の中に現れた。「一日」の誕生。
同時に、遥か彼方まで広がる平原の中に建てられた無数のパゴダのシルエットが一斉に浮かび上がった。朝日を浴び、木々の合間からはパゴダたちがひょっこりと顔を出し輝きはじめる。太陽の下にダマヤンジー、そして左側にはシュエサンドー・パゴダが見える。

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ミンガラーゼディ・パゴダからバガンの大地を見おろす。内陸性の乾いた気候の続くバガンにしては珍しく、広大な空にはひんやりとした雲が漂っていた。モンスーンの影響だそうだ。

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昨日見た夢と同じ光景がそこにあった。牛たちは歩くのが遅いし、ここバガンは時間の流れがほとんど止まっているから、一日くらいじゃ、追いついてしまう。こんな具合だから、この少し先には一昨日の夢がまだあるかも知れない。

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夕日は荒野に点在するパゴダ群に濃密な彩りを与え、一日の役割を終えて沈んでいく。バガンのメイン・ストリートと平行して走るひと気のないアノーヤタ通りを牛飼い3人娘が、銅製の低い鈴音を鳴らし、響かせながら牛たちを追いたてて横切る。赤々と染まったパゴダの間を縫うように牛の群れは鳴き声も出さず静かに土煙だけを残して通り過ぎて行った。

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夕日がレンガに火を注いでるようだ。もう何百年も前に燃え尽きてしまったのかもしれないけれど。

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夕刻のダビィニュ寺院。
建物が小さな呼吸をしているようだった。気のせいか、ずっと見られているような不思議な感覚。肌がひんやりする。

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名もなきパゴダ。

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人の手と、自然の造形によるフラクタル。

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光の降りそそぐ世界へ。

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平原を覆っていた朝もやが静かに引いていき、待っていましたとばかりに、皮を剥かれ肌が真っ赤になったような透明で鮮やかな朱の太陽が昇りはじめる。たった今、火を点したばかりのようで、初々しく正円の炎が音も無く浮かんでいる。彼方に見える山から鳥の歌が聞こえてきそうなほどの静寂さが自身の聴覚を失ってしまったのか、あるいは、自分はもうこの世にいないのでは、と言った錯覚を与える。

(ニャウンウー村はバガンの入口・起点となる村。)


緬甸 | 蒲甘 (蒲干)
ビルマ (ミャンマー)、バガン (ニャウンウー)
Bagan (Nyaung U), Burma (Myanmar)
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2006年05月26日

Sketches of "Nyaung U" -Burma, 2005-

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■ ヤンゴンからバガンへ
14:00すぎ、ヤンゴン国際空港より少し北にあるアウンミンガラー・バス・センターからバガンへ向けバスが発車。かなりくたびれた日本製の中古バスだった。ピィを経由して、翌日早朝にバガンに到着する。赤土と干上がった田んぼの単調な景色が続く、所々に村がありパゴダが見えると、左隣に座っている子供たちが誇らし気に教えてくれる。空が広く、太陽は「ある」のではなく「君臨」しているかのような無情な強さを放っている。窓から差し込む夕日がまぶしく美しい。

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一日のうちで太陽の光が最も濃密になる時間帯。

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髪を切るってのは「古くなったもの」をばっさりと切り落とす事であり、そういう意味では母親の方がキレイさっぱりと断ち切ってくれる。男親である親父が切る場合は、どうもすっぱりとはいかずどこかしんみりと未練たらしさが残る。バガンの床屋にて。

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ニャウンウー市場の向かいにあった屋台の前を通り過ぎたあたりで、そこのお兄さんと目があった。「モヒンガー食べてく?」と、彼は僕の視線を誘導するように、自分の手元にあるお椀に目を向けながら人なつっこく声をかけて来た。ビルマに来てからは、連日油っこいビルマ風のカレーが続いていたせいで、胃が少しもたれていた。お腹は減っているのに食欲がどうもわかないという状態になりつつあった。椀の中からのぞくあっさりとした白い麺を見て、これならいける! とすぐさま飛びついた。
並んであったプラスティックのスツールに座るとその兄ちゃんは「ちょっと待ってて」と言い椀を手に取った。その中にそうめんをすこしざらっとさせたような淡白な麺を放り込み、次に魚から取った濃厚なダシを注いだ。そして、さくさくに揚げた魚の実を振りかけた後、麺にダシが染み込むように手で念入りに揉みほぐし混ぜ出来上がり。一杯、200チャット。暑さで体力を消耗してるのだろうか、あっという間にたいらげる。明日もまた来よう。

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極めて素直な道だった。

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ニャウン・ウーの大通り、バスターミナルのそばからシュエズィーゴン・パゴダへとつながるやたらと長い回廊。ここをくぐり抜けると黄金に輝く巨大なシュエズィーゴン・パゴダが現れる。

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昨夜、星屑が降ってきた。ニャウン・ウーの目抜き通り、タンテ・ホテル近くで。

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ニャウンウー、タンテホテル裏を散策。夕日には、すべてを名画に変えてしまう成分が含まれている。

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もう少し、ここでこの道が夕日に染まるのを眺めていたい。

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寄り道をしたくなる道があらわれる。

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光が騒ぐ、花が歌う。自転車に乗りながらその下をくぐり抜けた。

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雨は降らねど、大地は豊かなり、太陽は偉大なり。

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ざぶーん!

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ここは集中治療室。このテーブルの上で多くのテレビが命を吹き返した。電流が体を巡った瞬間、テレビたちは次々と受信した映像を切り替えて再生した事をアピールし続ける。じきに退院だ。「made in Japan」は丈夫で壊れにくく評判がいい。

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■ 馬車
馬車に乗ってニャウンウー村から空港へと向かった。古くからある乗り物に乗り、最新の技術で作られた飛行機へと乗り換える。乗り物の進化を短くも体験出来る。なんとも不思議な感じで、馬車に揺られ空港へと到着した。ヤンゴン行きのフライトに乗る。

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■ バガンからヤンゴンへ(エアマンダレー)
バガンからヤンゴンへのフライト。乗客は数えるほどでがらがら。後部座席には左耳に包帯をした男の子が座っていた。バガンから飛行機でヤンゴンへと治療に向かうくらいだから、相当裕福なお家か、よほど緊急な事態なのかなと気になった。きっとヤンゴンの大きな病院でしか出来ないような手術をこの後控えてるんだろう。そして、その父親が不安げな面持ちで息子の頭を優しく抱きかかえながら窓の外を見つめていた。

ティンジャン(水かけ祭)を前に乾期から暑期へ入ったビルマの大地はひたすら乾ききっていた。


緬甸 | 蒲甘 (蒲干)
ビルマ(ミャンマー)、バガン(ニャウンウー村)
Nyaung Oo (Nyaung U), Bagan, Burma (Myanmar)
posted by J at 00:32| Comment(2) | TrackBack(0) | BURMA - 2005 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする


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