2013年03月10日

がれきの街 - 1995 -

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北野異人館街にあるモスク(神戸ムスリムモスク)。ここは崩れずに残っていた。
アッラーに守られた、ということなのだろうか。

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誰もいない廃墟と化した街。かつては三宮で一番賑わう繁華街だった場所。ここに建つ全ての建物が傾いていて、その下を歩いているだけで自分の平衡感覚が狂ってきて、乗り物酔いをしたときのような吐き気が襲ってくる。ビルの下に行くと、コンクリートブロックや破片が落ちてきて非常に危険だった。

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三宮から元町にかけての住宅地。もともとこのあたりは家屋が密集し、迷路のように入り組んでいた。家々にまぎれるように雑貨屋や小さな料理店が点々とあって、歩いていて飽きない場所だった。この周辺は野良猫が多く、歩いているといつも数匹が行儀良く並び出迎えてくれていた。

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学生の頃、三宮は通学の途中にあったので、ほぼ毎日のように通っていた街だった。震災のあと、数年間自分が過ごした場所を、どうしても見ておきたくて、一度だけ三宮に行った。地震のあった日から数週間ほど経った頃だと思う。公共の交通機関、鉄道はまだ復旧してなかった時期だったけれど、大阪から神戸方面に向かうミニバンのようなものが一日に数本出ていると知り、それに乗りできるだけ三宮の近くにまで行った。途中からは同じ方面に向かう人を探し、タクシーをシェアし乗り継いでたどりついた。普段なら30分もかからない距離だったのに、2時間か3時間くらいかかった。車窓から見える風景は、一面、焼け野原といってもいいほどで、まるで東京大空襲後の日本にタイムスリップしたかのようだった。冬の曇天だったせいもあり、目に入るもの、全てがモノクロームの景色に見えた。厚い雲は雨粒をせいいっぱいのところで食いとめ、やや低いところを漂い、空を覆っている。

三宮に着いて、さらに唖然とした。大きな駅ビルまでもが崩れ落ちていて、もう自分の知っている場所ではなかった。街全体が廃墟と化していた。記憶をたどって歩いてみても、道はふさがれ行き止まり、の連続で、振り返って引き返そうとした道もまた全く見覚えのない光景になっていた。
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2012年05月07日

廃墟団地の解体

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写真を撮りはじめた頃に、何度か撮影しに行った廃墟団地の解体現場。もう10年以上前のものです。ここには毎週一度のペースで一ヶ月ほど、写真に記録するため通っていた。この当時の工事現場は、今のように「安全重視」「関係者以外の立ち入り禁止」などの厳しい規制はなく、現場監督の責任・采配の下でけっこう自由に立ち入ることができた。トラックの搬入口にある作業員のプレファブ小屋のドアを叩き、撮影の旨を伝えると「撮影するんなら工事の邪魔にならんよう、はじっこでやってくれ」と、中の人はぶっきらぼうに答えてそれでおしまい。許可だの報告だのという、かしこまった手続きなんかはいらなかった。小屋の中が留守の場合は近くにいる現場の人に声をかけ、いちおう挨拶だけはしておいた。こんなやりとりが当たり前だった。中では重機も動いているので、邪魔にならないようにと気をつかい点々と移動するのだが、そのうち撮影に夢中になりはじめると、そんなことはすっかりと忘れて、結局作業場所のど真ん中に立って撮っていたりした。

川のそばにあるとても大きな団地群だった。ここに住んでいたわけではなかったけれども、週の半分はこの団地のそばを行き来していた。なので、ここはすごく馴染みのある場所だった。僕は団地にあるオープンな庭が好きで、どこかで団地を見つけると、少しのぞいては、そこの庭の具合を見るのを楽しみにしている。家庭菜園の畑やチューリップ、植木など、各家庭ごとの志向によって植えられているものがごっちゃになっていたりするので見ていて飽きることはない。この団地の住人は徐々に減っていて、庭の様子を見ているとそれが良くわかった。野放図に伸びた草や枝が、敷地内の調和を乱しはじめる。手入れがされないまま、妙に枝葉のバランスが悪くなったバラの木などは、なかなか面白いものがあったが、整然と並んだ建物と植物との攻防は明らかに違和感があった。団地の棟から人の気配が完全に失せたとき、もうそこは「住まい」ではなくなった。やがて全ての人が立ち退き、しばらくはあてのない状態で廃墟のまま放置されていたのだけれども、治安面で少し問題が出てきたことと、再開発の計画が進展したために取り壊されることになった。すでに廃墟となった副作用は出ていて、駅前へと続く商店街はすたれ、小学校は一時的に近くの別の小学校と一緒になった。このとき僕は、町には寿命というものがあるということを知った。川をはさんだとなり町の話。

いつも見ていたものが、崩され、バラバラになり、なくなってしまうのは、すごく悲しいものがあった。この団地の場合は行政からの通達があり、そして防音壁が張られてと、ある程度の段階を踏んでいたので、失われていくものに対して、少しだけ気持ちの猶予を持つことができた。毎週行くたびに、無数にあった棟が取り壊され、ひとつまたひとつと消えてゆく。四、五階ほどあった大きな立方体が、水をかけた角砂糖のようにゆっくりと溶けていった。

数年後には、新しいマンションが出来上がっていた。以前よりもぐんと背が伸びて倍ほどの高さになっていた。
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2011年05月17日

Ruins in Kolkata -India, 2011-

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バングラデシュ西部の街「ジョショール」から「ベナポール」を経て、インドの「コルカタ」へとやって来た。バングラデシュでは目的だったものをしっかりと撮りきることができた。インドの滞在ではそのときの疲れをとり、ゆっくりと身体を休めるだけにしようと気楽な気持ちでいた。そんな気の緩みがたたったせいか、コルカタへと着いた日の夕方から体調が崩れ、全身のだるさ、そして腹痛とが次々と襲ってきた。結局、この日から二日間ばたりと寝込んでしまった。ベッドから全く起き上がれない身体は、まともな音階が出ないヒビの入ったリコーダーのようで、意思どうりに動けない自分自身へのいらだちだけが増していく。B熱フラっと。

すでに帰路である「コルカタ - バンコク」の便をエア・アジアで取っていたため、インドの滞在日数は一週間という非常に中途半端なものだった。当初は西ベンガル州の隣、南西にあるオリッサ州へ行こうかと考えていた。しかし残りの日数と移動距離を考えるとそれもあわただしい。それならばコルカタを離れずに、この大きな街をもう少し知ってみるのもいいなと思い直した。コルカタでは郊外にあるレンガ工場を一箇所だけ訪問出来ればそれでよかった。二日経ち、熱も下がり身体も軽くなると、目的のレンガ工場を探し歩きはじめた。その時に、ある廃墟の団地群が残っているのを偶然に見つけた。「アジアの廃墟」というのもなかなか新鮮でいいなと、日を改めてこの場所へ撮りにこようと決めるまでにそう時間はかからなかった。そして、レンガ工場の撮影を終えた翌々日、再びこの廃墟団地群へと向かった。

緑の生い茂る広い敷地に、二階建ての低層の団地が無限に続いていく様は、突然自分が仮想空間の中に飛ばされたようで、この場所が小さな町の中にあるにもかかわらず非常な不安を覚えた。

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コルカタ郊外のとある小さな町に比較的に大きな黄塗りの団地群がある。「XXXXX」から北の方角に向かって道なりに歩いて行くと右方向に給水塔が見えてくる。その先にこの団地の正面門がある。門の脇にはすっかりと錆びきった看板が掲げてある。あまりにも見事に風化し、野放図な周囲の茂みと調和しきっているので注意しなと気付かないほどだ。看板はぺったりとした紺色の上に白い文字で、この団地の名前、「Epitaph Land (仮称)」と記されていた。門を越え、少し歩くと黄色い団地が等間隔に並んでいるのが見えてくる。地面から生い茂る鮮やかな緑の絨毯、空の青、その間に挟まれるようにして、この古びた建物が静かに建っていた。
そばには大きな池があり、ふり注ぐ強い太陽の日差しをしっかりと受け止め白銀に輝いている。池の南側には浮き草が繁殖していて半分沼地と化していた。生い茂る草との境目が分からず、うっかりと足を踏み入れそうになる。緑の茂みの中に黒光りする大きな物体が揺れている。水牛だ。決して綺麗だとは言えない青墨色をした池の水を大きな腹の中に吸い上げている。ひととおり飲みきったところで、その巨体をのっそりと反転してこちらへと向かってきた。蹄は伸びた草をかき分け前へ前へと繰り出してくる、緩んだ地面に食い込みながらも。背後から小型のトラックがやってきて、水牛と入れ替わるように沼地の先へと消えて行った。荷台には粗大ごみが詰まれていた。団地棟の裏でそれらが捨てられているのを目にする。どうりで池の色がどす黒かったわけだ。先ほどの水牛はよくもこんな場所の水を飲んでいたものだと不気味に思えた。

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中国では、新興住宅地として開発されたものの、そこへ住む人がおらずゴーストタウンと化した街の事を「鬼城」と呼ぶそうだ。コルカタのこの廃墟群には、人でも、鬼でもない、植物が住み着いている。その姿から名を呼んでみると「根城」といったところ。この住宅地を設計した人はまさか自分の造った建物が、将来巨大な植木鉢になるなんて想像しなかっただろう。

鬼城 (地理学) - wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E5%9F%8E_%28%E5%9C%B0%E7%90%86%E5%AD%A6%29


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外観が比較的綺麗な廃団地の一棟へと足を踏み入れる。まずは長足蜘蛛のお出迎え、挨拶もそこそこに奥の部屋へとそそくさと消えていってしまった。一階はペイルブルーの壁、二階は外観と同じ黄色い壁の内装。間取りは狭く、日本の古い団地とどこか似た、もう取り壊されてなくなってしまった表参道の青山同潤会アパートのようなこじんまりとした空間だった。壁にはベンガル語の落書きや、ここに住んでいたのだろう子供の描いたクレヨン絵が貼られていた。床には崩れた天井や壁の破片が積もっていた。外の光のとどかない閉塞的な空間と、長い間に積もった埃が蔓延しているのに耐え切れず、即座に外へと飛び出した。

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ヴィーナを奏でるサラスヴァティー女神像。
この像前は近所の子供達の待ち合わせ場所にもなっている。
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC


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ここ「Epitaph Land (仮称)」の廃墟団地群がインドならではだなと思えたのが、要所要所にヒンドゥの神を祭る祠や神の像が置かれていること。そして、どこから現れたのか、牛たちの通り道になっている事だった。団地の緑茂る庭の中をのっそりと歩いていく牛の姿はなかなか奇妙である(後で近くの広場で放牧されていた牛たちと判明)。

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屋上からの眺め。

廃墟団地群の北には大きな池があり、池の向かい、東側には中学校が2棟並んでいる。男子校と女子校のようだ。池前の通りは制服を着た学生たちが集いにぎやかだ。団地棟や学校に囲まれた大きな池は、日中の猛烈な日差しを和らげ周囲の気温をいく分か下げている。池の北側にも廃墟団地と同じ黄壁をした団地が数棟並んでいて、こちらは廃墟ではなく人が住んでいる。そのせいか建物の呼吸が伝わってくる。しっかりと生活の香りが放たれていた。


印度 | 加爾各答(加尓各答)- 西孟加拉邦
インド、西ベンガル州・コルカタ (カルカッタ)
Kolkata (Calcutta), West Bengal State, India
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2010年11月24日

国道61号線沿いの廃墟 -Rach Soi to Tac Cau-

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ベトナム南部メコンデルタの街、ラックソイ (迪秋) からタッカウへ向かう途中の国道61号線沿いにあった廃屋。崩れた壁の中には、背丈ほどにまで伸びた雑草がぎっしりと生えていてトンボが沢山飛んでいた。


越南 | 迪石 (建江省)
ベトナム・ラックザー(キエンザン省)
Rach Gia, Kien Giang Province, Vietnam
*キエンザン (ラックザー) はクメール名で「クラムオンサル」という。
「白いろうそく」の意味がある。

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2010年09月11日

ソックチャンのアートな壁 (16 photos)

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"Rauschenberg meets warhol in vietnam" といった感じでしょうか。

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フンヴォン通り (Duong Hung Vuong)沿いにあるアートな壁。古びた漆喰地の上には幾度にも塗り重ねられた絵が剥げ落ち、まるで地層の断面を見るかのように古い絵と新しい絵が複雑に混ざり合っています。これぞPOP-ART。

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看板の錆びた箇所を掃除しているところ。

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details of the wall

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越南 | 蓄臻 (朔庄)、蓄臻省
ベトナム・ソックチャン (ソックチャン省)
Soc Trang, Soc Trang Province, Vietnam
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2010年04月07日

CAFE FLORIDITA -Chantaburi, Thailand 2009-

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Sの字を描くように街の南北を流れるチャンタブリー川。この川沿いに「Sukapibarn Rd」が続く。この通りの細い路地を入っっていくと「カフェ・フロリディータ」とペイントされた大きな壁画があった。矢印の示す方へと進んでみるけれども、もう店はなっかた。白雪姫?は年をとらないね。

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廃虚跡
人っ気のないうらぶれたチャンタブリーののとある通り。この静かな路地の一角に廃虚跡の空地があり、このまま空にまで伸びていくんじゃないかと思うくらいに緑が旺盛に育っていた。コンクリートの壁には大きな根がトカゲのように張り付いていた。


泰国(タイ)| チャンタブリー
Chantaburi, Thailand
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2008年11月07日

コーチビハールの廃虚 (4 photos)

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コーチビハールの街は碁盤目状に道が走り、非常にわかりやすい街並をしている。高い建物がないせいで空が広く、街全体が常にうたた寝をしているかのようにのんびりとした雰囲気。古いヴィクトリア様式風の建物も点在していて、街に気品を与えている。歩いていると、所々に廃虚があるのに気付く。草や木々が生い茂り、すでに元の建物と一体化している。「植物」の力は強く何でをも「再生」させてしまう。

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表通りから少し路地を入った道に一軒の廃屋が静かに建っていた。同じ庭の敷地内にはまだ人の気配のある平家の民家がもう一軒ある。ひざ程にまで伸びた雑草の中を歩きながら、カメラを向ける。隣の家の扉から視線を感じ、ふと目をやるとその家のおばさんが、見知らぬ男が自分の家の庭先にいるのを気にしている様子で、僕にひと声かけるかかけまいかと思案していた。しばらくして、こちらへと歩いてくるのがわかった。
「ここで何をしているの?」と開口一番、続いて「どこから来たのか?どこの国だ?」と質問してきた。
「今、この家の写真を撮っているところで、日本から来た」と僕が答えると、
「私はここの小学校で世界史を教えているからあなたの国の事も少しは知っているわよ」と
日本とインドの歴史の短い話が始まった。

その話が終わると話は振出しに戻る。「何であなたは、こんな朽ちた家を撮っているの?」と、おばさんはずっとこれが気になる様子だった。疑問を持っている人への解答には「明解さ」が必要で、ここで、廃虚の魅力などを細かく説明したところで何も伝わらないだろう。それだと、ますます相手に不可思議さを与えてしまう。シンプルな答を返すべく、なんといえばいいのか少し頭の中を巡らせてみた。「コーチビハールにある古い建築に興味があるんです。この建物を撮れたならすぐにここから去るので、一周だけ撮らせて下さい。」おばさんは大きくうなずいて「ああそう。それならゆっくり撮っていけばいいわよ。」と残し、また家の中へと戻っていった。夕日は逃げ足が早い。この短いやりとりの間にも、日の光は意識が遠のくように弱く、きゃしゃになってゆく。

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街の所々にある廃虚のひとつに踏み入れる。白い柱と半円のアーチが生い茂った緑の中に埋もれている。近づくと、入口には腹がでっぷりと膨れた女が細く長い足を大きく広げ、客を今か今かと待ちかまえていた。女郎蜘蛛だ。半身くらいはある大きな巣を張っている。気付かれないようにと、もうひとつの抜け道へと回った。


印度 | 库奇比哈尔 - 西孟加拉邦
インド、西ベンガル州・コーチビハール
Cooch Behar, West Bengal State, India
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2006年08月10日

バガンの廃虚

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広大なバガンの平原には、幾千ものパゴダが建ち並ぶ。その中を縫うようにして歩いていると、突然に身元不詳の廃虚があらわれた。生い茂った草木の中にひっそりと身を隠すようにして、沈黙が保たれたまま、人が去るのを静かに待っている。

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ニャウンウーのメイン・ストリートからエーヤワディ川に向かった途中にある古い城壁。


緬甸 | 蒲甘
ビルマ (ミャンマー)、 バガン
Bagan, Burma (Myanmar)
posted by J at 19:00| Comment(4) | TrackBack(0) | Ruins - 廃墟 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする