2017年08月03日

奇妙な夢はペトリコールの香りに消える(太陽の都シリーズ)


不定期連載 web 小説 "太陽の都" シリーズ、前回「一本の電話」からの続き。
紙片収集家のダスティン・フーヴァー氏からの依頼で、彼を取材することになった「ビロビジャンの月」編集部に勤める記者フーダレイ・ハウワット。取材を控えた当日の章です。


一本の電話
http://tavola-world.seesaa.net/article/449888314.html




フーヴァー氏に取材する日の朝、フーダレー・ハウワットは自分が丸い小さな石ころになっている不思議な夢から目覚めたところだった。ベッドの横では恋人のペトリコールがすやすやと寝息をたて、まだ気持ちよさそうに眠っている。きっと雨上がりの緑きらめく広い草原のなかで、大好きなサクランボを頬張っている夢でもみているのだろうと思った。彼女の肩に顔を近づけ首筋に口づけたあと、耳元にそっと息を吹いてみせる。柑橘香料の混じったローズウォーターの甘い香りと、辛い汗の味を同時に感じた。まだトップノートがほのかに嗅ぎとれ、野生臭が現れるまでには至ってない。自然と鼻先が香りの溜まった鎖骨のくぼみへと向いた。彼女が首につけている細い金のネックレスが朝の柔らかな光の中で硬質な輝きをみせる。この絹糸を寄り合わせたほどの繊細な金の糸は、まるで胸の谷間に視線を促すためだけに付けているみたいなものだ。上出来のプリンのように柔らかな胸の間で、軽やかなペリドットの緑が鮮やかに光っている。石が放つライムグリーンの輝きは、彼女の肌と補色の関係にあって、膨らみの先っちょに芽吹く淡いピンクのつぼみを、まだ食べてはいけない果実のように見せている。彼女のブロンドの髪が鼻先にぱさりと落ちると同時に、ひんやりとした二の腕の感触が頬に伝わった。
「もう少し・寝かせ・て」かろうじて聞き取れるほどのつぶやき声を放ったあと、ペトリコールは少し身体をよじらせた。
「変な夢を見たんだよ」フーダレイは身体をさらに寄せて、シーツの下に手を忍ばせ指先で彼女の身体を上から下へと散策してみせた。
「うん…知ってる」ペトリコールは、寝ぼけた声でぽそりと答えた。
「本当? なんでわかるの?」フーダレイは聞き返す。
わずかの間、沈黙。彼女は軽い眠りに落ちたあと、再び声を出した。
「もう、夢の邪魔しないで!」
彼女は内ももに挟んだフーダレーの手をきゅっとつねった。
「Soft as snow, but warm inside」フーダレーはペトリコールに聞こえるように、古い歌の一節を口ずさんだ。
「弾薬切れで停戦協定を申し込んだはずじゃなかった? 相手を制するには最後の余力が大事なのよ。あとでね、My Bloody honey」彼女は言い終わると、シーツを引き寄せ完全に寝いってしまった。薄いシーツの下で丸まった彼女は真空パックにされているみたいだった。

それにしても奇妙な夢だった。フーダレイは、身体を起こし足下をじっと見つめた状態で、まだはっきりと覚えているその夢の映像を思い返してみた。夢の中。フーダレイは長い長い階段の一番上にいた。自分の姿が自分で見える不思議な感覚にとらわれながら、全身がまん丸い石にになっていたことを、空からの目線で知る。そして自分が知覚する視線からは、遙か足下に伸びた階段の一番下の段が見えている。急に空が暗くなったかと思うと、大きな鳥の翼が視界に入った。太陽の日差しを遮るほどの大きさがあったように思えたが、鳥の姿は見えない。すると背後から何かに押され、階段の段差までじりじりと動かされてしまう。「あっ!」と思った瞬間だった、フーダレイは階段から転げ落ちてしまった。身体が半回転したときに巨大なくちばしが見え、真っ黒い目をした鳥が笑ったかのように感じた。身体はぐるぐると回り、天と地が交互に現れながら、空が少しづつ遠くなっていくようだった。痛みはない。しかし、まん丸いきれいな球体だった自分の姿が、転げ落ちていくほどに、削りとられいびつな形へと変わってゆく。身体のあちこちに三角形や多角形の凹凸が現れ、階段の最下段になったときには、ちょうど人間の姿になっていた。仰向けの状態で地面にバウンドした瞬間に、彼はハッと目覚めたのだ。

落とした視線は足下から、部屋の壁へと移り、フーダレイは夢の回想から今の自分へと意識を切り替えるべく、今日これからの予定を順に追ってゆく。取材の前にまず、フーヴァー氏に頼まれていたタイプライターの資料を用意しなければならない。あの光の足りない資料室で一人閉じこもって、探し物をするのはどうにも気が進まないが。それから書き残した原稿の仕上げをし、午後遅くならないうちにはフーヴァー氏の元へ行けるだろう。しきりに自分の顔に手をやり、自分が石なんかではなく凹凸を持った姿をしていることを確認した。そして、彼はキッチンへと向かって、冷えた茶をグラスに注いだ。二杯立て続けに飲みのどを潤すと、ペトリコールの眠る寝室へと戻った。
「出かけるよ。取材の資料をまとめなきゃいけないんで、早めに出社する。朝食は途中の屋台でとるよ」
シーツの中から手が小さく伸び、わかったという彼女のサイン。
「今日もブレンダーのビリンダ嬢と一緒かい?」
半分だけ顔を出すペトリコール。シーツの裏からこっちを透かし見ようとしているが、起きあがる気はなさそうだった。「Bloom farm」という精油精製所につとめる彼女は、一昨日から新しいハーブから成分を抽出する作業に取りかかっていた。まだ、Westa-land の、どのコロニーにもない新種の香料ができそうだと、昨日は大興奮して戻ってきた。人の身体にあるすべての臓器と同じ重さのハーブを用意し、そして人の身体にある水分量と同じ蒸留水を用意する。この比率で二つを混ぜ、ハーブの成分を溶かし出すのだという。蒸留水は人の体温と温度を合わせ、抽出中はそれを維持しなければならない。これは、錬金術師が記していた古い製法を復活させたものだった。寝しな彼女は枕元でこの興味深い話を語ってはくれたが、フーダレイが覚えているのはここまでで、誘われては誘い、誘っては誘われをしているうちに、気がつくといつしか朝になっていた。

フーダレイは着替え終わると、ペトリコールの髪にそっと触れ軽いキスをする。
「行ってくるよ」
彼女の手がシーツの中でもそもそと動き、どこかに追いやった下着を探している。だが結局見つからないまま、彼女は条件反射的に上半身を起こした。ピンと張った胸のシルエットが白いシーツの上に落ち、彼女は潤ったばかりのフーダレイの唇を求めささやく。
「feed me with your kiss」

彼は顔を近づけ、瑠璃色をした彼女の瞳の中に、いつもの自分の姿があるのを見てようやく朝の夢から目覚めたのだった。


(つづく)

posted by J at 07:00| Comment(0) | ■ 太陽の都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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