2016年09月21日

J.G.バラード "The Atrocity Exhibition" を英語で読む(2)

JG.Ballard-NotesTowards-Top.jpg
英語初心者の僕が海外の小説にチャレンジするぞ、というもので、読んでいる本の冒頭部や、章のなかで気に入った箇所などを一部抜き出し少し紹介しよう、といった主旨。


前回、アップした「The Atrocity Exhibition」の冒頭タイトル「黙示録(Apocalypse)」和訳のつづき。「黙示録」は、この奇妙な短篇世界へと引きこむ印象深い掛け声みたいなもので、今回の「Notes Towards a Mental Breakdown」は、このあとに続くストーリーの目次のようなもの。ここで出てくるいくつかのキーワードがのちのち展開する文章の中に散らばって、全体をつなげている。ウェブのリンク網のように、要所要所に現れる言葉が断片的な小さな物語の前後で結びつき、そして小さな面となり、この短篇を立体的なものにしているようにも思える。まだバラードの小説をいくつかしか読んでないが、彼の嗜好性というか好みの世界観の輪郭はおおよそわかるようになってきた。
バラードは、人が大なり小なり必ずや持っている暴力性や狂気の部分(普段そういったものは心の奥底に深く仕舞いこまれていて表出することはない)、そこに焦点を当てすくい出す。そして、それらをより濃縮・誇張した上で彼のもつ美意識に重ねあわせ、過剰なまでの装飾をする。さらに論理性を加え、時代背景の中に流し込み物語の鋳型をつくる。硬質だけれどもどこか柔らかさのある、奇妙な質感をもった小説はこうしたところから来ているように感じる。
たどたどしくけっこう苦労しながら、自分で洋書を訳して少し感じるのは、普段何気なく読んでいる海外小説・翻訳本のありがたさ。ペーパーバックを開くと、スラングで意味不明の箇所(特にアメリカの小説)や古典のものなどは単語が古語的なのかで、よくわからなかったりする(ホーソーンはまだ僕が読むには辛く、J.コンラッドは一行もわからず即諦めた)。著者や物語の背景などもふまえながら、そういった本を自力で読もうとしたら多分五年十年かかるんじゃないかとすら思う。海外文学の邦訳本は日本の小説本よりも、大抵やや高めの値段になっている。以前は、もう少し安くなればいいのになと思っていたけれども、自分で訳す能力と労力、そしてそれにかかる時間を考えると、前ほどは気にならなくはなってきた。数千円で数百ページ丸まるを翻訳してくれているわけだから、とちょっと考え方を改めるようになった。


 海は週に四日くらいは荒れた。窓から見ると、大きな波が東映のタイトル・バックみたいに岬の突端の岩にぶつかり、十メートルくらい上にまでしぶきをあげていた。海は見渡す限り白波に覆われている。そしてJ・G・バラード的に暴力的な風が吹いている。

「遠い太鼓」村上春樹、より("港とヴァンゲリス" / 講談社文庫・p172)

村上春樹はバラードの退廃的、破滅志向あるパブリック・イメージをこういう風に言い、うまく形容し使う。



■ Chapter one : The Atrocity Exhibition( + 邦訳)
Japanese translated by Tagong-Boy / original text by J.G. Ballard


精神崩壊にいたるまでの覚書き:
Notes Towards a Mental Breakdown.


精神異常発症者を記録した映画フィルムのノイズ音が、トラヴィスのオフィス下にある階段教室から徐々に大きくなった。机の後ろにある窓に背をむけたまま、彼はここ数ヶ月の間、骨を折り集めた最終書類の整頓をした。
The noise from the cine-films of induced psychoses rose from the lecture theatre below Travis's office.
Keeping his back to the window behind his desk, he assembled the terminal documents he had collected with so much effort during the previous months:



(1)太陽の反射分光写真。
(2)ロンドン、ヒルトン・ホテルのバルコニー・ユニット正面図
(3)先カンブリア時代の三葉虫の断層面
* 三葉虫が現れたのは「カンブリア紀」から、となっているので、バラードは意図的に「先カンブリア」と書いたのかそれとも勘違いなのかは分からない。

(4)エティエンヌ=ジュール・マレーによる連続写真。
(5)1945年8月7日の正午に撮影されたエジプト、カッターラ低地の砂海の写真。
* 1945年8月7日正午でのカッターラ低地。ここで記される限定した日にちと場所にどうい意味合いがあるのかはわからないが、この日は8月6日広島に原子爆弾が投下された翌日にあたり、その報道が全世界で一斉になされ、世界中の人が核兵器の恐怖を知った日。バラードは "核" により地球(世界)が草すら生えない不毛の地になったことを示したかったのかもしれない。

(6)マックス・エルンスト作「Garden Airplane Traps」の複製画。
(7)広島と長崎に投下された原子爆弾「リトル・ボーイ」と「ファット・ボーイ」の信管配線図。
* 長崎に落された原子爆弾は「ファットマン」

(1) Spectro-heliogram of the sun;
(2) Front elevation of balcony units, Hilton Hotel, London;
(3) Transverse section through a pre-Cambrian trilobite;
(4) 'Chronograms,' by E.J. Marey;
(5) Photograph taken at noon, August 7th, 1945, of the sand-sea, Qattara Depression, Egypt;
(6) Reproduction of Max Ernst's 'Garden Airplane Traps';
(7) Fusing sequences for 'Little Boy' and 'Fat Boy', Hiroshima and Nagasaki A-Bombs.


書類の整頓を終え、トラヴィスは窓の方を振り向いた。いつものように、白のポンティアックが彼の真下に見える混み合った駐車場に停まってた。車中にいる二人の人物が、うっすらと色づいたフロントガラスごしに彼を監視していた。
When he had finished Travis turned to the window.
As usual, the white Pontiac had found a place in the crowded parking lot directly below him.
The two occupants watched him through the tinted windshield.





話中で、トラヴィスが集め整理していた「最終書類」のイメージ画像:(1)-(7)

JG.Ballard-Atrocity-NotesTowards-1.jpg
・太陽の反射分光写真
・ロンドン・ヒルトン・オン・パークレーン - wiki
・三葉虫の断面図

JG.Ballard-Atrocity-NotesTowards-2.jpg
・エティエンヌ=ジュール・マレー - wiki
・カッターラ低地 - wiki
・広島で原爆投下があったことを伝える1945年8月7日の新聞(The Daily Express)

JG.Ballard-Atrocity-NotesTowards-3.jpg
・Max Ernst「Garden Airplane Traps,1935」(シカゴ美術館HPより)
・長崎に投下された「ファットマン」の断面図 -wiki

上画像は下記リンク先より
http://tagong-boy.tumblr.com/post/150563383411/jg-ballard-notes-tawards-a-mental-breakdown


トラヴィスを見張る人物たちが乗っていたポンティアックのイメージ写真
wiki-Pontiac-Bonneville-1963-1967.jpg
Pontiac Bonneville - wiki
https://en.wikipedia.org/wiki/Pontiac_Bonneville

「ポンティアック」といってもものすごい数のモデルが出ているので、バラードが小説の中でイメージしていたものが、どの車種なのかは特定できないが、この短篇を執筆していた1960年代後半ごろに生産されていた「ボネヴィル」の第3、4世代(1961-1964 / 1965-1970)あたりが該当するんじゃないかと思う。ウィンドシールド(フロントガラス:和製英語)ごしに見ていた、と文中には書いてあり、コンバーティブル(オープンカー:和製英語)ではないだろうが、白い車体での写真が見つからなかったため、白車と別色車の二枚を合わせ想像してみる。




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