2016年09月11日

ジュリアとバズーカ

AnnaKavan-Julia&theBazooka.jpg

このところ英和訳づいていて、ただでさえ時間がないのによけいに時間がなくなってきている。

なんで急に(というわけでもないが)英語に関心がいくようになったのか、自分でも不思議なところがあって、少しそれについてを考えてみると、ヨーロッパかアメリカ、英語圏の国に行ってみたくなったというのが少しあるのかなと思いあたった。これまでのアジアの旅で僕にとってわりと重要だったのは、「言葉が通じないこと」だった。「通じない」方が良かったし、通じなくても特に大きな問題はなかった。日本(での旅)に全くといっていいほど興味がないのも、言葉が通じるからという理由が大きい。その安心感は何かスリルに欠けるというか、何ら不自由がなく、正直つまらない。日常の、あるいは普段の生活の延長上にあるものは、僕にとっては "旅" と呼べるものではなく、ただの "移動" になってしまう。日本でも方言やなまりは地域によっては多少あるだろうが、外国語のように全く意思疎通ができないわけでもなく、日本語の言語体系の中での会話だからあまり隔たりを感じはしないだろうとは思う。互いに話す言葉の異なる人同士が、ある瞬間にコミュニケートできたときって、けっこう喜びが大きく、やっぱりそこは僕が好む旅の醍醐味の一つだったりする。
だけども、もし、ヨーロッパへ行ったときに何がしたいんだろうと考えたとき、アジアでのエキサイティングなこととは違う何か、歴史だったり互いの意見をぶつけることだったり、非感覚的な面でのやりとりが出来ないときっとフラストレーションが溜まるだろうな、と思ったりする。これまでのように、その場のノリや感覚に頼り、偶然に身をまかせるのも悪くはないだろうし、それはそれでまた楽しめたりもするが、そうしたものは一度置き場所を別にし、ちょっと自分の中で変化をつけてみたい気分になっている。母語から一度トランスレートした言葉を使い自分の行動の行方をコントロールできたらきっと楽しいだろうと思う。自分の意見をほぼ満足に英語で言えるようになって、相手の言っていることも十分に理解できるようになるには、まだ相当かかるかもしれないけれど、目標はやっぱりそこになるのかな。

さて、アンナ・カヴァンの短篇集「ジュリアとバズーカ」。その最初の一篇「The Old Address」をやっと読み終えた。これは6ページほどの短い話だが、日本語の中篇小説一冊を読むのと同じくらい時間がかかった。でも、知らない単語をひとつひとつ調べ、一行一行何度も繰り返しながら訳し読んだので、けっこう充実度があって、これまでにない読後感が味わえたりと、いやなんか嬉しい。一日数行づつしか進まない非常にトロトロとした読み方だったが、アンナ・カヴァンの文章に十分すぎるほど浸れた。当然なんだけれども、英語にも文体っていうのがあるんだ、と身をもって知れたのは新鮮だった。先に読み始めたJ.G.バラードとは全然違うんで(バラードの文章はかっちりしている)、最初は、何だこの書き方は! なんて思ったりもしたが、進んでいくうちに慣れてきて、カヴァンの文章はバラードより好みかもしれない。平行してもう一冊読んでいるのはドン・デリーロの日本未発売・未邦訳の本、これはまた次回に。


Anna Kavan (Open Library)
https://openlibrary.org/authors/OL200810A/Anna_Kavan
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