2016年01月17日

冬の4冊(お気に入り本シリーズ)

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一昨年あたりから急に、時間の進み方が倍くらいになったような感覚がある。あまり手つかず、たいして物事が進むこともなく過ぎ去っていく日も多い。これまで無制限にあるように思えたのに、少しずつ使い方を分けていかないといけなくなった。「はたして、いま、これをするために自分の時間を使ってもいいんだろうか?」といった風に。自分が何かをするための優先順位の付け方に「時間の使い道」という項目が入り込む。価値観の尺度がお金や、数量、といったものではなく「時間」の単位が少しずつ幅を占めはじめる。これをするのに一時間をかけるなら、もっと別なことにその一時間を割り当てた方がいいだろう、なんて。こうして、やるべき事とやらないでもいい事の間に線を引き、より分ける。Knock, Knock...決して「灰色の男たち」が忍び寄ってきたわけでもない、これは僕の内側の問題。時間が減ることはあっても、増えることはない。いったいどう解決していいものやら、一度アインシュタインに尋ねてみたいんだけど、天国直通の電話番号って何番だっけ? え? 空の上はオフライン? 
さて、この先いったい、どれくらいの本を読むことができるんだろうか? 本というのは知らないことを教えてくれるものでもあるが、一方、時間を吸い取る紙の束でもある。読むべきものをしっかりと見極めないと、なんて思いながら一冊一冊を吟味するようにもなった。もちろん読んでみるまではわからないし、読み終えてしばらくは、その良さがわからない事だってある。手助けになるのは、僕の場合「文体」だ。いい文体のものは、たいてい手応えがあって結果中身もよい。この逆はない。ま、「文体」の善し悪しは個人の好みに大きく左右されるので、なにがいいのかなんていうことはできないのだけれど。


「入門 経済思想史・世俗の思想家たち」ロバート・L・ハイルブローナー(ちくま学芸文庫)
経済学者あるいは思想家・哲学者たちの理論や思想が、どういうふうに社会に作用し、また変革をもたらしたのか、歴史を振り返りながら読み説いてゆく。といった内容。イギリスの穀物法とフランス革命、そしてアイルランドのじゃがいも飢饉のあたりを調べていたときに知った本。日本版のタイトルには「入門」と付けられているが、この二文字は誤解を招くのでいらないのでは? と思うほど、しっかりと、まぁたしかに分かりやすくは書かれている。特に十八世紀から二十世紀あたりまでの、社会体制・国家体制の土台になる部分が見えおもしろい。今の時代、ネットインフラがどういう形で、既存の経済のシステムを壊し(改変し)、国家等の共同体を変化させてゆくのかを先読むのに参考になる。人の行動というか、根元的な欲求はそう変わらないだろうから、ここ数世紀の間に起こった緩やかな世界の流れを身につけるにはとてもいい。


「コロンブスの犬」管 啓次郎 (河出文庫)
なんともユーモラスなタイトル。これぞ、言葉のパラDOGsな感じで本の名前は特に印象に残る。はじめは軽い旅行記エッセイかなと思って読み始めた。ところが、この本すごく深い。読者は、旅について、あるいは旅から派生した出来事などを語る著者の思考の中に入り込み、今度はそこから続く読者それぞれの旅が始まる。という感じになってゆく。読んでいるあいだにも、思考というかヴィジョンがあちこちにはじけるようで、すごく気持ちがいい。疾走感というよりも、「風」。沢木耕太郎の「深夜特急」のような生真面目さでもないし、藤原新也の「インド放浪」や「チベット放浪」のような重量感でもない。いい意味でほんと軽い、いや軽やかだ。海でひと泳ぎし、砂浜の涼みに入ってごろんと寝ころんだときのような至福感。そういったものに近い味わい。アジアの陰影でもなく、ヨーロッパの歴史を引き受けたものでもなく、アメリカの無味乾燥としたものでもないし、アフリカの純朴さでもない。南米の持つイリュージョンというか、光を浴びすぎて肉体に重力がなくなるような不思議な感覚が、言葉にも表れ作用しているように思える。テグジュペリの「人間の土地」と近い感触のある −読むたびに、そして自分の成長と重ねる度に受け取る意味がきっと変わってくるのだろう− 旅の記録。とても素敵な一冊。これは数ある旅本で一番好きな本になった。近いうちに、「旅」「写真」とを絡め、この本について少し書いてみたい。
本の中に、いい言葉がたくさんあるのでいくつか紹介。

 もしも<ヨーロッパ>がなかったら、この世界はどんなものだっただろう? この設問も古いものだ。地球はずっと平和でしあわせだった、かもしれない。
「コロンブスの犬」より (23章 p102 / 河出文庫)


 外国語において、誰もが若返る。老人もこどもになり、商社員も中学生になる。<若返りの泉>がほんとうにあるとしたら、それは母国語のつうじない土地だけにあるはずだ。
「コロンブスの犬」より (46章 p179 / 河出文庫)

他言語を覚えるときは、子供の時に戻ったかのように、一から単語を覚えていかなければならない。たどたどしく発音し、文法や変化の法則などを学んでゆく。ロシア語を学びはじめたばかりの日本の大学生は、ロシアの子供とほぼ同じ。著者はそこに時間軸を絡め、成長の縦軸横軸としてつなげている訳だけど、こういう発想は旅をしているときにふと感じるものなんだよなと。旅先で出会い感じたことに対し、いかに考え、そして自分自身に問いかけているのかがわかる文章だった。


「神秘学概論」ルドルフ・シュタイナー(ちくま学芸文庫)
一歩間違えば、というよりももうすでにというべきなんだろうか、オカルトっぽい素養が少しどころか多分にあるように思えてしまう。おお、確かにそうだ。なんて相づちを打っていると、途中どこかでポイントが切り替わって不可思議な世界へ飛んでいくんで、正直よくわからないところもある。この本を読もうと思ったのは、シュタイナーの思想論に興味があるからではなくて、霊や魂・自我・意識等、これら形のないモノ、そして存在・証明することの非常に難しい事象・事柄をどうやって言葉で表現しているのか、というところだった。宇宙の持つ、あるいは地球上に存在する生命すべてにつながる「(大きなひとつの)意志」のようなものは確かにあるようには思えるけれど、そういったものの放つ信号を人が受け取り、感覚器のどこかでちゃんと理解しているんだろうか等、いろいろと考えてしまった。表層的なものではなく、ヨーロッパのひとつの極だから、そういう点でも興味のあるところ。


「見るまえに跳べ」大江健三郎(新潮文庫)
いつかは読まなければと思いつつ、なかなか興味が向かず、読む機会のなかった大江健三郎。今回が初。「万延元年のフットボール」は一度トライしたのだけれど、けっこう密な文章にページが進まずあきらめてしまったが、この短編集は、そのイメージが取れるほどすごく読みやすいものだった。テーマと文体が合っているというか、骨と肉付きのバランスがすごくいい、血の通った文章。金子光晴や中上健次と通じる動物臭がある。

posted by J at 16:00| Comment(0) | TrackBack(0) | - 書籍 - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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