2015年09月07日

絵画をモチーフにしたレコジャケ(2)


前回は画家マグリットの描いた「光の帝国」をほぼそのまま実写化したジャクソン・ブラウンのレコジャケを取り上げた。誰もが知る有名な絵をモチーフにしつつも、ユーモアに溢れたクレジットを明記することで、" 真似・パクリ "ではなく" 引用 "なんだと示している良い一例だと思う。インテリジェンスと誠実さは何をする上でも心強い盾になるのだと、ジャクソン・ブラウンはそっと僕たちに教えてくれているようだ。そして、このレコジャケのアイデア発案が、ホントのところはジャクソン・ブラウンではなく現代美術コレクターであるレーベル・オーナーの趣味が多少影響してるんじゃないか? というあたりに触れたのが目新しい視点だった、と個人的に思っている。今回はミレーの絵に潜む記号を用いて、オリジナリティある写真を使ったデペッシュ・モードのレコジャケについてです。さて今回はどの辺に注目が。

前回同様、以下転載するレコード・ジャケットの画像はほぼ「Discog.com」からで、絵画の図版はなるべく所蔵美術館のHPから、もしくは作家のサイト、wikiという順番で使っている。


■ 2 ■ ミレーとデペッシュ・モード、ダリ

DepecheMode-Millet-re.jpg
"A Broken Frame" Depeche Mode (Sep. 1982)
"Des glaneuses" Jean-François Millet (1857)
「落穂拾い」ミレー(オルセー美術館所蔵)


一面に広がる麦畑。その中に立ち、鎌を振り上げ、実った麦穂を刈る恰幅のいい女性農夫の後ろ姿。躍動感に満ちた瞬間を見事とらえている。覆う空はどんよりと重く、きっとこの先続くだろう穂刈りの果てしない労働、それをせざるをえないこの女性の心内をどこか表しているようにも見える。デペッシュ・モード「ブロークン・フレイム」のレコードジャケットを見ると、まず思い浮かぶのはミレーの絵画を下敷きにし、製作したイメージなのだろうということ。けれども、実際にミレーの絵を見てみると、同じようなものは見あたらない。構図といい、色調といい、デペッシュのジャケットから連想するものとはどうもほど遠い。ミレーの絵にはもっと清々さと落ち着きがあり、静けさに満ちている。農具の小さな金具が鳴る音や家畜につけた鈴の音がかすかに聞こえてきそうなほどの澄んだ空気が、彼の絵の中にはある。しかし、このアルバム・ジャケットがミレーの絵画を彷彿させるのは、彼の絵の中にある二つの記号、収穫とそれに従事する農夫の姿があることがきっと大きいのだろう。音楽はシンセを使った(当時の)新しいサウンドだったけれど、ジャケット・デザインは全くの逆で古典的な雰囲気がありギャップがあった。そのせいか、聴く前から想像力が膨らみ、期待する何かを感じとったりもした。そういう意味で、このジャケット・デザインはとても素晴らしく、ヴィジュアルから音楽を喚起させることに成功したいい例のひとつだと思う。ところで、ミレーの絵に描かれている「落穂拾い」って何してるんだろう? わざわざ絵を描くテーマとして取り上げるくらいだから、きっと何かしらの意味合いがあるのかもしれない。これまであまり気にもとめず、フランスの農村の一風景だというくらいの漠然とした思いで観ていたが、当時の小作農のおかれていた状況や社会的慣習が根底にあるようだ。


 落ち穂拾いの行為そのものは、『ルツ記』にあるとおり古代からのユダヤ=ヨーロッパ農村社会の互助的風習であった。地主の麦畑の収穫を手伝う零細農民は、手間賃のほかに一割ほど残された落ち穂を拾う権利があったのだ。ところが第二帝政期に入った一八五四年、これに物言いをつけたのが、貴族階級を中心とする地主たちである。

"「農民画家」ミレーの真実" / 井出洋一郎、より
第二章 ミレーの生涯と画業の変遷(p 108 / NHK出版新書 427)



DepecheMode-Discography1.jpg
"New Life" (June 1981)
"Speak & Spell" (Oct. 1981)
"A Broken Frame" - Inner sleeve (1982)
"Construction Time Again" (Aug. 1983)

DepecheMode-Discography2.jpg
"Some Great Reward" (Sep. 1984)
"Black Celebration" (Mar. 1986)

今一度、「ブロークン・フレイム」のヴィジュアル・イメージを見直してみる。改めて気づいたのは、やたらと鎌の印象が強く残ること。ふと、このアルバムの次にリリースされた「コンストラクション・タイム・アゲイン(1983年)」のレコード・ジャケットを並べてみる。すると、どうだろう。山の頂でハンマーを振りおろす屈強な男の姿があり、ここでは鎚のイメージが頭の中に残る。鎌と鎚、この二つは共産主義を象徴する記号として、僕たちの意識にある。デペッシュのレコジャケが暗にそういった意味合いを込めて、制作されているのかはわからない。特にこれまで、彼らがそういうメッセージを発していたわけでもないので勝手な想像にすぎないが、かといって偶然だとも思えない。きっと、何かしらの意味合いがあるのでは? と思いながら、彼らのレコジャケをひととおり見てみると、ちょっとしたストーリー仕立てになっているように解釈することもできる。まずは初期のシングル曲「New Life」。ジャケットにあるのは、卵を割って現れた一人の男。これはまさに誕生の瞬間だ。暗黒の闇(無)の中に浮かぶ白い卵からの登場が、誕生ということをより強調させている。続いてリリースされたファースト・アルバム「Speak & Spell」のジャケットは、手前に巣のようなものがあり、奥には(おそらく)親鳥が羽根を休めている。これは生育と成長を表しているようにも見える。アルバム・タイトルが意味するように「言葉の学習」、これは個人が社会集団の中に溶け込むために不可欠な要素で、レコジャケはそのアイコンなのだろう。そして、セカンド・アルバム「ブロークン・フレイム」は鎌を持つ女性。成長し社会の中で自分の場所を形成する。農業のイメージは、母性・自然資源による第一次産業と人の原初的な社会生活なんだろうか。3枚目「コンストラクション・タイム・アゲイン」はハンマーを振りおろす男性。労働者と第二次産業の工業的なイメージ。タイトルは再構築の意で、一度何かを壊している。険しい山はまた男性の象徴でもある。4枚目「サム・グレート・リウォード」のレコジャケは、二人の男女の婚姻。きっと、先の二枚のレコジャケに登場した女性と男性だと見てみる。しかしその挙式の場は、殺風景な工場の中。資本家が所有するシステムの中で、生きざるをえない若き者たちという風に見るのは考えすぎだろうか。5枚目「ブラック・セレブレーション」のレコジャケは、資本の発展の末に訪れた社会の暗示にもみえる。全体的に黒の占める割合が多く、そのイメージが残ることでどこか死を連想させるものがあり決して明るい社会ではなさそうだ。高層ビルの下群で咲く今にも消えそうな花はわずかな希望を表しているのか、それとも亡霊のように存在感のないものなのかは受け取る側の見方によって変わってくるのだろう。

と、これは僕の勝手な想像にすぎないが、デペッシュが活動をしていたこの時期、1980年代のイギリス(及び欧州)の状況を考えてみると、わりとすんなりくるかもしれない。資本主義と共産主義の色分けが、溶解に向け流れ始めた最後の十年。二つの大きな川はソ連が崩壊することで、最後には一つになるのだけれど、この頃は表面からは全くわからず、まだ川底の泥でしかその動きが見えなかった。もし仮に、デペッシュのレコジャケ一連が共産主義的なイメージを含んでいたとしても、それはおそらくファッションとしてのものだったのだろう。西側諸国、ヨーロッパからみて東の方角、ベルリンの壁の向こうにある閉ざされた世界は、当時の若い人たちの想像力と感覚を刺激する何かを持っていたように思う。新しいヴィジョンを求めるファッションの流れは、常に何かを探っている。同時期のイギリス音楽シーンの中で、ファクトリー・レコードのレコジャケ・デザインを手がけていたピーター・サヴィルなども、ロシア・アヴァンギャルドなどに影響を受けていたので、何かしらの世代的なブームがあったようにも思う。あるいは、20世紀に相次いで起きていた共産革命(ロシア革命や中国の文化大革命、クメールルージュ等)とそのシンボルマーク(鎌と鎚)、それらから連想する「変革」というイメージをヴィジュアルに取り入れることで、自分たちの音楽がこれまでのものとは違う「革新的なもの」だということを密かに込めて(重ねて)いたという風にもとらえることができる。

Hammer&Sickle.jpg
左から
1)"A Broken Frame"のインナー・スリーヴ。このロゴ・デザインは、麦穂を刈る女性のジャケット写真とイメージが繋がるように、鎌と麦束を抽象化しているのだと思う。やはり「鎌と槌」を連想させる。
2)共産主義のシンボルマーク「鎌と槌(Hammer & Sickle)」。鎌は農民を、槌は労働者を表している。
3)朝鮮労働党のシンボルマークは筆が加わり「鎌と槌と筆(Hammer, Sickle & Brush)」筆は知識人を表している。理念どおりにこの国の国家運営がなされているかは別として。
4)南部アフリカにあるアンゴラの国旗はちょっと変わっていて「歯車と鉈(Half-Gear & Machete)」


Sleeve Design of "A Broken Frame"
ジャケット・デザインはマーティン・アトキンス(Martyn Atkins / *カタカナ表記では、PILのドラマーだったマーティン・アトキンスと同じ名前になるが、この人は 'Martin Atkins' とつづりが違う)。ジョイ・ディヴィジョンの2nd Album「クローサー」でもピーター・サヴィルと共に彼の名前がクレジットされている。この人はエコー&ザ・バニーメン(以下:エコバニ)のレコジャケなども手がけていて、写真のディレクションや使い方がものすごく上手だ(特に風景の中に人物を置いたときなど)。写真に入るべき文字の位置や大きさ、フォントなどを見事に分かっている。デザイナーにも多少傾向があって、イラストを使うのに長けた人やそうでない人、せっかくのいい写真を殺してしまう人などなど、キャリアのある人でも得意不得意は確かにある。マーティンは写真の魅力を最大限に生かすようなデザインを得意としていて、きっとフォトグラファーからの信頼も大きいように思える。撮影はブライアン・グリフィン(Brian Griffin)。「A Broken Frame」のカバー写真にあるようなレンズのフォーカスを絞り、手前の被写体に光を当てて、背景の光量を落としドラマティックに見せる技法は、わりと90年代以降のファッション写真などで見るようになった。今振り返ると、ブライアンがこのときの撮影で使ったスタイルはその走りになっていたのかもしれない。また、この時代の大判フィルムはISO感度がそれほど高くはなく、撮影時の露出・光量の調節に関してはある程度の制約が付いていたと思う。そのためフォーカスを絞るとどうしても遠景にまで光が届かない。こういった技術的なことが、偶然というかいい意味で作画に働いたという可能性もあるように思える。タイトル文字のカリグラフィーはChing Ching Lee。
マーティン・アトキンスは、レコジャケ制作の際にブライアン・グリフィンと良くコンビを組んでいるので、わりとお気に入りのフォトグラファーだったのだと思う。ブライアンのHPを見てみると、彼はマーティン・アトキンスと組んだときには印象深い写真を撮っているのだけれども、ファッション雑誌や音楽雑誌などで自分のイメージで撮影する場合(おそらく)は、さほどいいものがなかったりする。これは少し以外だった。このことから、デペッシュ・モードやエコバニのヴィジュアル・イメージ&アイデアは、マーティンが主に担っていたんではないかと想像がつく(もちろんバンド側からの意向や提案を受けてはいただろう)。

WinslowHomer.jpg
"Eight Bells(八点鐘)" Winslow Homer (1887)
"The Veteran in a New Field" Winslow Homer (1865)
(ウィンスロー・ホーマー)
http://www.winslowhomer.org/


J.BastienLepage-Saison.dDctobre.jpg
"Saison d'octobre" Jules Bastien-Lepage (1878)
「10月、ジャガイモの収穫」ジュール・バスティアン・ルパージュ
(ヴィクトリア国立美術館所蔵 / National Gallery of Victoria)
http://www.ngv.vic.gov.au/explore/collection/work/3768/


 マーティン(=デザイン)とブライアン(=写真)のコンビによるデペッシュ・モードとエコバニのレコード・ジャケットは、ニューウェーブ世代の中でもひときわ印象深いものばかりだ。上に書いたように、おそらくこれらはマーティン主導のヴィジョンから制作されたもので、イメージのルーツはやはり絵画からきているんだろうと思う。特にミレー以降、19世紀末の写実主義(&ハーグ派)あたりに特徴的な「モメント」をとらえた絵画の影響があるようにみえる。19世紀初頭に写真の発明があり、中期あたりから肖像写真が人気を博し富裕層は自分たちの姿を銀板の中に残した。この流れは絵画の世界にも影響があり、それまでの精密に・忠実にものごとを描くことから、インプレッション・心象的なものが表現の主体となるきっかけにもなった。ミレーから印象派へと移っていく時代は、古い時代の手法と新しい絵画の潮流とが入り混じっていて表現のスタイルに幅が出て混沌としているのが面白い。(ミレーに影響と刺激を受けていただろう)J.L-ルパージュやウィンスロー・ホーマーの絵などは、写真で撮ったかのような躍動と瞬間を見事に描いているので、この時代の絵画作品群がマーティンの得意とするデザイン・イメージの中心になっているんじゃないだろうか。ヨーロッパは美術館も多く開放的だし、生活の中にアートがしっかりと根ざし、また身近にある。小さな頃からこれらを見て育っていたのなら、絵画作品をベースに自分のイメージを膨らませることは、特に意識せずともごく自然に出てくるものだと思う。美的な感覚と明確なコンセプト、二つの絶妙なバランスがレコジャケという正方形のデザインの中にも十分にとけ込んでいる。いいデザインが生まれる背景には、過去の素晴らしい作品を観ることはもちろん、観察力やまなざしの深さも必要なのだと思う。即席で仕入れたような情報からは薄っぺらなコピペ・デザインしか出来ない。

MAG-LIFE-Winter-1990.jpg
Brian Griffin
http://www.briangriffin.co.uk/
ブライアン・グリフィンのサイト。"A Broken Frame"他、ジャケットに使われなかったアウト・テイク写真なども多数アップされている。彼の撮った "A Broken Frame" のカバー写真は「LIFE」誌(1990年冬発行)の「世界のベスト写真・1980 - 1990年」特集の表紙にもなっている。
グラフ誌「ライフ」は写真を中心にしたジャーナリズム雑誌で、ロバート・キャパやユージン・スミスなどのクオリティの高い写真を掲載し人気があった。写真をうまく構成し編集することで、撮り手のメッセージがより明確になり、それが読者を惹きつけ信頼を得ることになる。ブライアンの写真が、この「ライフ」の特集(しかも写真の特集)で取り上げられたのだから、それはそれはとても意味のあることだ。フォトグラファーにとってほんと名誉なことだと思う。
利権や仲間内での利益循環の為に、おかしな審査基準の賞を設け喜んでいる日本の広告・エンタメ業界とはえらい違いなのだ。賞と名のつくものになら何でも喜ぶ日本人と、厳しい目で選び抜いた作品にだけ賞を与え、それすらもまた厳しい目で見、疑いをもかける欧米人。年月をおうごとに文化の洗練度と水準に雲泥の開きが出てきている。


ミレーとダリ
ダリもミレーの「晩鐘」を題材に何枚か絵を描いていた。なんでもある日突然、ミレーの「晩鐘」が頭の中を支配し取りつかれたようになったとか。また、ダリは自分の敬愛する古典絵画の構図や技法をよく研究していたので、わりと自分の絵の中に取り込んだりして作品を残している。特にフェルメールがお気に入りだった。ダリは奇行や奇抜な作品で話題になることが多いけれども、ピカソと同じで絵の技術はめちゃくちゃ上手い。

Millet-Dali333.jpg
"L'Angelus" Jean-François Millet (1859)
「晩鐘」ミレー(オルセー美術館所蔵)
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Angelus_%28painting%29


"Archeological Reminiscence of Millet's 'Angelus'" Salvador Dali (1933)
「ミレーの晩鐘の古代学的回想」サルバドール・ダリ
http://thedali.org/exhibit/archeological-reminiscence-millets-angelus/




次回、(3)に続く

この記事へのコメント
 社会主義ぽいテイストは壁の向こうに対する、「未知の国」的なテイストがあって、新しいジャンルを作るという気分のオルタナティブな表現に相性良かったのかな。 
 デペッシュは初期は"アイドル的に見られたくない"ということで、ジャケにはメンバー写真を使わない、と決めていたそう。アントンコービンのADになってからはメンバー写真も使い、音も変わっていったなあ。
Posted by itty at 2015年09月27日 01:03
depecheといえばitty。監修をお願いしないと、と思いつつちょっと勢いで。初期の頃って日本ではほんまアイドルっぽく捉えられてたもんなぁ。そういうコンプレックスが、アーティスティックなジャケにつながったんやな、ありがと! ひとつつながった。
Posted by *J* at 2015年09月29日 01:29
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