2013年08月28日

「妹ジョディ・フォスターの秘密」バディ・フォスター&L.ワーグナー

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"Foster Child - A Biography of Jodie Foster"
ジョディの生い立ちにはじまり、母とその恋人(なんと女性)に育てられた奇妙な幼少期、子役時代、女優としての方向性を決定づけたといってもいい「タクシ・ドライバー」にまつわるエピソードとその後の低迷期、そして「羊たちの沈黙」での成功に至るまでの努力と苦労が、近親者(実兄)のまなざしで描かれている。この本には、レーガン大統領暗殺未遂事件のあとジョディ・フォスターと周りの環境がどんな様子だったかが書かれていたので、読んでみたくなった。この事件は、その後のジョディの女優活動にも大きく影響を及ぼしたこともあり、書の中ではひとつのハイライトになっていて全16章中の2章分がこのことで割かれている。

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1981年3月30日、アメリカ合衆国第40代大統領のレーガンが報道陣の前で銃撃を受ける事件が起こった。レーガンは一命を取り留め(*)、結果大統領の暗殺は未遂に終わったが、このとき偶然にも取材用のテレビカメラが回っていた為に、ことの一部始終がしっかりと記録されていて、即時全世界のメディアに配信された。当時、僕はまだ幼かったけれど、トップニュースとして流されたこの恐ろしく生々しい映像をぼんやりとだが覚えている。特にテレビ媒体では、この短い銃撃時の映像が毎日のように繰り返し繰り返し流されていたので、刷りこまれてしまったのかもしれない。いま改めてYou Tubeでこの時の映像を見ても、突然の発砲に驚き逃げ惑う人々の影、現場の混乱した様子は事件当時に見た僕の記憶とほとんど変わらなかった。ブレとフォーカスの合ってない粗い映像がより現場の緊迫感を生んでいる。街中で要人に向け拳銃がぶっ放されるなんて、自分の住んでいた日本ではとうてい考えられない世界なので、漠然とだが外国って怖いんだなと思ったりもした。この大統領暗殺未遂事件の犯行動機に、ハリウッド女優のジョディ・フォスターが間接的に関係していた、という事を知ったのは随分あとになってからだった。

レーガンを撃ったのはジョン・ヒンクリーという男だった。彼は、映画「タクシードライバー」に影響を受け、デニーロ演じる主役の「トラヴィス」と自分自身をダブらせる。さらに、ジョディが演じていたコールガール役の「アイリス」とジョディ本人を重ね合わせ、彼女に対し異常な愛情と妄想を抱くようになる。それは、一般的な観客が映画スターに対する"憧れ"というものをはるかに超えたものだった(この映画の撮影時ジョディはまだ13歳だったけれど、その役どころは相当色っぽく、男を惹きつける"何か"をスクリーンからかもし出していたのは確か。そういえば洋画では、シャルロット・ゲンズブールやジェニファー・コネリー、レオンのナタリー・ポートマンなど、この年頃の少女が -大人びた- 印象的な役を演じていることが多いように思う。"13歳"という年齢は、"少女"というものを完璧なものにする大事な要素なのかもしれない)。
ジョン・ヒンクリーはジョディが大学に入学し寮生活を送るのと前後して、彼女につきまとうようになる(本によると、この男は、ジョディが出演していた映画「カーニー」の撮影現場にまで現れ、その中にこっそりと忍び込もうとしたが警備員に何度も追い返されている)。日ましに行為はエスカレートしていき、ジョディ宛に電話や手紙など一方的に送るも彼女には拒絶されてしまい(それでも二人は何度かは会話をしている)、最終的には、彼女との微々たる接点を失ってしまう。そしてこの後、この男はジョディの気をひくために、アメリカ大統領の暗殺というとてつもない計画を実行にうつしてしまった(当初の目標はレーガンでなく、カーター大統領だった)。一本の映画をきっかけに、妄想癖の強い男は現実世界との境界をなくし、反対に映画で架空の人物を演じた女は、現実世界に高い壁を築かなければいけなくなった。一個人の手には負えない、途方もない影響力を持った映画だったのだなと思う。

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(*) アメリカには20で割り切れる年に当選した大統領は、任期中に死去するという「テクムセの呪い(Tecumseh's curse)」というジンクスがあるそうだ。レーガン大統領の暗殺が未遂に終わったことで、以降このジンクスはなくなったことになる。レーガンは1980年の大統領選で当選し、任期は翌1981年1月20日から1989年1月20日までの8年間。アメリカは歴史の浅い国だといわれているが、それなりに面白い伝説があるんだなと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%A0%E3%82%BB%E3%81%AE%E5%91%AA%E3%81%84
(ちょっと考えが過ぎるかもしれないが、これまで続いてきた「テクムセの呪い」を守るために、レーガンの暗殺が企てられ、たまたまそこにジョン・ヒンクリーという条件の合う男がいたという見方もできないか? と思ったりもした。)
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良くも悪くも、若き日に演じた「タクシードライバー」のイメージが彼女につきまとい、ようやくそれらを払いのけ、女優としての評価が固まってきたときに、またしても「タクシードライバー」がらみの災難にみまわれたジョディだけれども、彼女のもつ強い意志と明晰な思考で、世間の目・レッテルを見事に払いのけていく。その姿には、演技とは別の輝かしさを感じた。一見、ハリウッドのきらびやかな世界にいるように見えるが、彼女に関してはあまり浮ついたところはなく、-スキャンダラスを売りものにする- 女優たちとは異なった、演ずることに徹しようとする芯の強い姿が見える。成功した子役が一人前の役者になるということは、ハリウッドでも相当難しいのだそうだが、彼女はその試練を乗り越えた数少ない役者のひとりなのだと。

ジョディ・フォスターのデビューは、コパトーンのCMだった、というのは有名な話らしい(僕はこの本ではじめて知った)。当時、子役として活動していた兄バディ・フォスター(この本の著者でもある)が、コパトーンのCMオーディションを受けていたときのこと。ジョディも母に連れられて会場に行っており、兄のオーディション中に、どういうわけか彼女が乱入するハプニングがあった。それが関係者の目にとまり、見事そのオーディションに合格してしまう。結果、兄ではなく彼女の方がコパトーンのCMキャラクターとして採用されてしまった。これが彼女がショービジネスの世界へと足を踏み入れるきっかけとなった。偶然のような、運命のような巡りあわせ。ジョディ(当時3歳)がこのときに出演したコパトーンのCMはとても評判がよかった。そのせいで、アメリカでは長年コパトーンのロゴにもなっている女の子(犬にパンツを脱がされそうになっている有名なやつ)は、ジョディ・フォスターがモデルだったという噂が今だに信じられているのだそう。著者はこの本の中で、あれはジョディが生まれる30年も前からあったものなのに、と半ばのろけ話のように語っている。
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■ Trivia Nation
"Was Jodie Foster the model for the Coppertone Girl?"
http://trivianation.blogspot.jp/2009/04/was-jodie-foster-model-for-coppertone.html

■ Real Florida: Red-faced with the Coppertone Girl
http://www.sptimes.com/2004/09/05/Floridian/Real_Florida__Red_fac.shtml

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この本で、もうひとつ興味があったのは「羊たちの沈黙」にまつわるエピソードだった。おそらくジョディ・フォスターの代表作といえば、必ずこの作品が挙げられるほど、彼女の持つ知性的なイメージとぴったり重なった映画だと思う。ジョディは、いわゆるマッチョな映画(ハリウッドの代名詞ともいえるけれど)が嫌いで、まともな映画と女性側に立った新しいヒロイン像を求めていた(これは、この時代のアメリカ社会を代弁する流れだったのかもしれない)。「羊たちの沈黙」はそんな彼女の構想に合うもので、彼女は原作者トマス・ハリスから権利を買おうと準備をしているところだった。この作品に対してかなりの思い入れがあった様子が伺える。しかし、すでにジョナサン・デミに先を越されていて、その権利は彼の手の中にあった。しかも、ジョディが最も演じたいと思っていたクラリスの役は、別の女優ミシェル・ファイファーにということが決まっていた。ここで彼女に幸運が訪れ、ミシェルはギャラの件でもめてこの話を降りてしまった。すかさず、ジョディはジョナサン・デミの元に飛んで行き直談判、執念でクラリスの役を自分のものにした。
もし、ジョディが先に「羊たちの沈黙」の権利を買っていたら、どんな仕上がりになっていたのかは興味あるところだけれども、結果からすると、ジョナサン・デミの監督でよかったのだと思う。ジョディ・フォスターによる監督業は、このときはまだ未知数だったのでどことなく不安がある。クラリス役に関しては、やはりジョディでなければ務まってなかったように思う。撮影中のジョディとジョナサン・デミの衝突は相当なものだったようで、そのあたりの様子がなかなか面白かった。
これまでに、彼女の出演した映画を見たり、雑誌のインタビューなどから、僕なりの断片的な「ジョディ・フォスター」像があったが、そのイメージはこの本でより詳しく語られている彼女の姿とそう違わないものだった。彼女は演技そのもので、自身を表現し、観た人にそれを伝えることができていたんだなと改めて関心もした。
posted by J at 07:00| Comment(2) | TrackBack(0) | - 書籍 - | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とってもしっかりとした洞察眼のあるブログですのに、コメント0というのは、不自然ですね。
ジョディーという人となりや生き方が見え納得できる素晴らしい評論に思いました。
現在、数数多ある駄作、つまり、無駄遣い、浪費?消耗目的の生産?という自然界の法則に矛盾するものづくり社会の中で、必要な視点を悔い改めるべき過去完了現在進行形の駄作の山の中から探すことができます。
本当に有難うございます。
Posted by takokuro at 2016年03月23日 06:09
takokuroさん
こんばんわ。自分の頭の中を整理するために書いている部分がわりとあり、まだ消化不足なのだろうと思います。コメントの有無は、さほど気にしてはいませんが、いただけると嬉しく、こちらこそ有難うございます。
ジョディーは他の女優にはない、なにか不思議な魅力(知的さ含め)、がありますね。
昔良いと思っていたものが、今はつまらなく思えたり、昔つまらなかったものが、今は最高に思えたり、成長しているのか退化しているのか、あるいは時間の魔法がかかったのか、価値観の変わりようというのはほんと面白いです。

Posted by *J* at 2016年03月24日 00:13
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