2017年12月17日

ラヒリの「The Conversations」を三つの言語で

Book-JhumpaLahiri-InOtherWords.jpg
* 画像は右リンクより:http://tagong-boy.tumblr.com/post/168325884266/
"In Other Words" Jhumpa Lahiri (英語版): Translated by Ann Goldstein
「べつの言葉で」ジュンパ・ラヒリ (日本語版): 訳=中嶋浩郎
"In altre parole" Jhumpa Lahiri (イタリア語版・原書)



今年の7月、英語翻訳された安部公房「砂の女」の冒頭部分を日本語に再度訳し、それが原文とどれだけ違っているか? という翻訳遊びのようなことをした。翻訳することで、あるいは言葉をいったん別の言語に置き換えることで、元の文章がどんなふうに変化してゆくんだろう? という素朴な疑問がまずあって、一度自分の手で確認してみたかった。それぞれ違った言語を使っていたとしても、言葉で伝えられる「真意」、あるいは「コアな部分」というものが、どこまで(異言語間で)共有できるものなのか? そういうことに興味が向いていた。

今回はその続き、といっていいのかはわからないけれど、同じように翻訳による言葉の差異、もう少し考えれば「文体」というものが、どこからどんな風にして派生、発生してくるんだろう? というのがちょっとでもわかればいいなと思い書いてみる。前回は「日本語 → 英語 → 日本語」という直線的な日本語還元だったが、今回はやや複雑だ(と思う)。それにあたって、選んだのがジュンパ・ラヒリというアメリカの女性作家が書いた「べつの言葉で」というエッセイ。ラヒリはこれまでは英語で小説を書いていたんだけれども、突然イタリア語を勉強しはじめ、イタリア語でこのエッセイを書き上げた。ラヒリの書いたイタリア語のエッセイを英語に訳したものが「Teach Yourself Italian」というタイトルで「ニュー・ヨーカー」誌に5篇載っている。僕はその英語テキストの一篇を選び日本語に訳してみた。つまり「イタリア語 → 英語 → 日本語」という重訳のプロセス。そして、彼女のこのエッセイは日本語版でも出ており、それはラヒリの書いたイタリア語から、直接(イタリア語の翻訳者によって)日本語に訳されている。これは「イタリア語 → 日本語」のダイレクトな翻訳だ。さて、間に一度英語が入り、二つの言語を経て翻訳した日本語と、元の言語から直接翻訳された日本語に、どんな違いが出てくるんだろう? そこからは、訳す人の言葉の使い方や文章力(もちろんプロの方なので、翻訳技量の差がすごくあるのは当然わかっているし、出版社の編集者や校閲係の手を経て仕上げられているといった大きいな差もある)の違いを省いたあとに残る、言葉の大意・枠組というものが見えてくるんじゃないかと思ったりする。
ラヒリは、自分の使い慣れた英語を使っては書かず、このエッセイの英語版を翻訳者にまかせているのは、少し奇妙な気がする。彼女はイタリア語と英語の両方で書くことが出来たはずなのに。自分の書いたイタリア語から翻訳された英語をどのようにして読んだんだろう? 自分で書いたはずの文章が、違ったニュアンスでとらえられているような感覚になったのかもしれないし、きっと自分が使っただろう英語と見事にリンクしている箇所もあったかもしれない。べつの言葉を使うことによって、不思議な言葉のトライアングルが生まれているような、そんな気がした。


安部公房「砂の女」の英訳を、日本語に再翻訳すると… (2017年07月25日)

http://tavola-world.seesaa.net/article/abekobo-woman-inthe-dunes-translate.html


簡単にジュンパ・ラヒリの紹介を
容姿の美しさもあってか、日本でも人気の高いジュンパ・ラヒリ。彼女は、ベンガル系インド人の両親の元、1967年にロンドンで生まれ、幼少の頃、家族とともにアメリカへと移住し、アメリカで育っている。最初の短篇集「Interpreter of Maladies(邦題:停電の夜に)」がピューリッツァー賞を受賞し、その後発表した長編作も映画化されたり、コンスタントに作品を書いている。移民二世から見た遠い祖国と、自分の育った国、その間にあるコミュニティ社会をシンプルだけれども、心のうちをしっかりと捕えた文章で表現していて、妙に人をひきよせる作品を書いている。2014年に「National Humanities」という賞を受賞(授賞式は翌2015年の9月)。オバマ大統領からメダルを授かる映像が、映画女優みたいだとけっこうニュースになっていた(たしかに絵になっているし、オバマもどこかニヤけた表情だった)。

Barack Obama honours Jhumpa Lahiri with National Humanities Medal ( News7 Tamil )
https://www.youtube.com/watch?v=D-mdqXgbKbU

*ニュースを伝える女性キャスターが美人。


ラヒリのエッセイ本 "In Other Words" の中から5篇が選ばれ、「Teach Yourself Italian」というタイトルでニュー・ヨーカーに掲載されている(下記リンク)。多分、英語版の販促と紹介を兼ねたものだろうと思う。Webに載っているのは、"Exile", "The Conversations", "The Renunciation", "The Diary", "The Metamorphosis"。今回、この中から "The Conversations" を選び訳してみた。文の半分ほどにあたる前半と後半部分を英文とともに書き、真ん中あたりは要約している。そして、中嶋浩郎訳「べつの言葉で」から、同じ箇所の文章を抜き出し比較してみた。もちろん、先に中嶋さん訳の文章を見ては全く意味がないので、僕が訳し終えるまではこの本は開いてない(終えてから図書館で借りてきた)。
英語から日本語訳をしていて、気づいたのは、ほとんどが現在形で書かれていることだった。日本語にしたときに、現在形の文章がずっと続くのは、ちょっとリズムがおかしいというか、どこか奇妙な感覚になる。これは元のイタリア語でもそうなのか、それとも英語訳にしたときに起こったものかは、「イタリア語から日本語の訳」を見るまではわからない状態だった。おそらく、まだイタリア語に不慣れなラヒリが過去形や現在完了形などの使い方を、自分の母語である英語のように完全には使いこなせてないからなのだと思った。


Teach Yourself Italian (The New Yorker / December 7, 2015 Issue)
By Jhumpa Lahiri (Translated, from the Italian, by Ann Goldstein)

http://archive.is/zsSyw
https://www.newyorker.com/magazine/2015/12/07/teach-yourself-italian


以下、「The Conversations」の英語訳を僕が日本語訳したものを(朱文字)で表記。
そして「The Conversations」の英語訳を(青文字)で。
最後にイタリア語の「Le conversazioni」から直接日本語に翻訳した中嶋さん訳を(緑文字)で。
ではどうぞ。


ジュンパ・ラヒリ「The Conversations(会話)」の日本語訳と要約:
Translated by Tagong Boy (English to Japanese)

ジュンパ・ラヒリ「The Conversations」の英語訳:

Translated by Ann Goldstein(Italian to English) / from "The New Yorker"

ジュンパ・ラヒリ「Le conversazioni」の日本語訳:
Translated by Nakajima Hiroo(Italian to Japanese) / from 新潮クレスト・ブックス「べつの言葉で」P22-26



(伊→英→日): アメリカに戻り、私はイタリア語で話し続けたくなる。でも誰と? ニュー・ヨークでそれを完璧にできる人に心当たりはある。だが彼らと話すのは気が進まない。私が必要なのは、悪戦苦闘や失敗を共にできるような誰かなのだ。
ある日、私はストレーガ賞を受賞した有名な女性ローマ人作家にインタビューするため、ニュー・ヨーク大学のイタリア会館へ行く。混みあった部屋の中では、私以外の誰もが流暢なイタリア語を話している。

(伊→英): Returning to America, I want to go on speaking Italian. But with whom? I know some people in New York who speak it perfectly. I’m embarrassed to talk to them. I need someone with whom I can struggle, and fail.
One day I go to the Casa Italiana at New York University to interview a famous Roman writer, a woman, who has won the Strega Prize. I am in an overcrowded room where everyone but me speaks impeccable Italian.

(伊→日):  アメリカに戻り、イタリア語を話しつづけたいと思う。でも、誰と? ニューヨークでイタリア語が完全にわかる人を何人か知っている。その人たちと話すのは恥ずかしい。うまく言えなかったりまちがえたりしてもかまわない人が必要だ。
 ある日、ストレーガ賞を受賞した有名なローマ出身の女流作家にインタビューするため、ニューヨーク大学イタリア研究所へ行く。会場はあふれんばかりの人で、わたしを除いてみんな非の打ち所のないイタリア語を話す。



館長が私を迎える。インタビューはイタリア語でやりたいのですが、と私はイタリア語で彼に伝える。 
だけど、数年前にイタリア語を学んだばかりで上手くは話せない。
「練習が必要なんです」と私は言う。
「そのようですね」彼は優しく答える。

The director of the institute greets me. I tell him, in Italian, that I would have liked to do the interview in Italian. That I studied the language years ago but I can’t speak well.
“Need practicing,” I say.
“You need practice,” he answers kindly.

 所長が迎えてくれる。イタリア語でインタビューをしたいと思っていたこと、イタリア語は何年も前に勉強したけれどもうまく話すことをはできないことを告げる。
「わたしは実践する必要です」と彼に言う。
「あなたは実践の必要があります」と親切に答えてくれる。



2004年の春、夫があるものをくれる。 ブルックリンにある家の近くで、彼がたまたま見つけたビラの切れはじだった。 それにはこう書いてある。 「Imparare l’italiano(イタリア語を学ぼう)」。それをお告げなのだと思う。 その番号に電話しアポをとる。そうしてミラノ出身で、人あたりのいい、エネルギッシュな女性が家にやって来る。 彼女は私立学校で教えていて、住まいは郊外にある。彼女はなぜ私がイタリア語を学びたいのか、を尋ねる。
In the spring of 2004, my husband gives me something. A piece of paper torn from a notice that he happened to see in our neighborhood, in Brooklyn. On it is written “Imparare l’italiano”−“Learn Italian.” I consider it a sign. I call the number, make an appointment. A likable, energetic woman, also from Milan, arrives at my house. She teaches in a private school, she lives in the suburbs. She asks me why I want to learn the language.

 二〇〇四年に夫がある物をくれる。わたしたちが住んでいるブルックリン地区の通りで偶然見かけた広告の切れ端だ。それにはこう書いてある。「イタリア語を習う」。一つのシグナルだと思う。書かれている番号に電話して、面会の約束を取りつける。ミラノ出身のエネルギッシュで感じのいい女性が家に来る。私立学校で子供たちに教えていて、郊外に住んでいる。どうしてイタリア語を習おうと思うのか、とたずねられる。


<要約>
ラヒリは、今夏文芸フェスティヴァルに参加するためローマに行く予定だと説明するも、彼女には自分の動機をぼかして伝える。そうして週に一度、一時間のレッスンを受けることになる。このときラヒリは第二子を妊娠中だった。娘が生まれ4年の月日が経ち、別の本を書き終え2008年に出版の運びとなる。このときのプロモーションでイタリアへ行くことが決まり、その準備中に新しいイタリア語の先生と出会う。ベルガモ出身の若い女性で、まだ未熟な彼女のイタリア語を上手に褒め励ましてくれる。ラヒリと相性が合い親しくなる。彼女は熱心に学びとろうとするが、満足いくように習得できないイタリア語に悩み、困惑し、でも少しずつ成長している一面にも気づいている。




2009年、私は三人目の個人レッスンの先生と一緒に勉強を始める。彼女は30年以上前にブルックリンへ移ってきて、アメリカで子供たちを育てたベニス人女性だ。未亡人で、ヴェラザノ=ナローズ橋の近くにあるフジの花に囲まれた家に、いつも足元に寄り添ってくる優しい犬と住んでいる。 そこへ行くにはほぼ一時間かかる。私は地下鉄に乗り、ほとんど終点にあたるブルックリンのはじへ向かう。
In 2009, I start studying with my third private teacher, a Venetian woman who moved to Brooklyn more than thirty years ago, who brought up her children in America. She’s a widow, and lives in a house surrounded by wisteria, near the Verrazano Bridge, with a gentle dog that’s always at her feet. It takes me nearly an hour to get there. I ride the subway to the edge of Brooklyn, almost to the end of the line.
 二〇〇九年に三人目の家庭教師と勉強をはじめる。三十年以上前にブルックリンに移住し、子供たちをアメリカで育てたヴェネツィア婦人だ。未亡人で、ヴェラッツァーノ橋近くの藤棚に囲まれた家に、いつも足下を離れないおとなしい犬と暮らしている。わたしの家からは一時間近くかかる。ブルックリンとの境の、終点に近い駅まで地下鉄に乗る。


私はこの小旅行が好きだ。日常生活の雑多なことを忘れ家を出る。執筆のことも考えない。数時間、自分の知る他の言葉のことも忘れる。 いつも、それはちょっとした空の旅のように思える。私を待っているのはイタリア語だけが重要な場所。それは新しい現実が突然現れる避難所なのだ。
I love this trip. I go out of the house, leaving behind the rest of my life. I don’t think about my writing. I forget, for several hours, the other languages I know. Each time, it seems like a small flight. Awaiting me is a place where only Italian matters. A shelter from which a new reality bursts forth.

 わたしはこの旅が好きだ。家を出て、普段の生活から離れる。執筆のことは考えない。何時間か、知っているほかの言語は忘れる。毎回ちょっとした脱出のようだ。肝心なのはイタリア語だけ、という場所が私を待っている。そこは新しい現実が解放される避難場所だ。


私は今度の先生が好きだ。4年間、敬意と礼儀は忘れずにいるが親しい打ち解けた間柄だ。私たちは台所の小さな机にある木のベンチに座る。私は彼女の本棚にある本や、孫たちの写真を見る。
壁には見事な真鍮製のポットが掛かっている。彼女の家で、私はもう一度、最初から始める。条件節、関節話法、受動態の使い方を。彼女がいれば、私のやり方は不可能というよりも可能性があるように思える。彼女と一緒なら、イタリア語に対する私の熱意は無謀というよりも使命的なもののように思える。

I am very fond of my teacher. Although for four years we use the formal lei, we have a close, informal relationship. We sit on a wooden bench at a small table in the kitchen. I see the books on her shelves, the photographs of her grandchildren.
Magnificent brass pots hang on the walls. At her house, I start again, from the beginning: conditional clauses, indirect discourse, the use of the passive. With her my project seems more possible than impossible. With her my strange devotion to the language seems more a vocation than a folly.

 わたしは先生がとても好きだ。四年間敬称で呼び合っているが、親しく打ち解けた間柄だ。キッチンの小さな机の、木のベンチに腰かける。本棚にならぶ彼女の本と孫たちの写真が見える。壁には真鍮のみごとな鍋がいくつも掛かっている。仮定法、間接話法、受動態の使い方など、彼女の家でもう一度最初からやり直す。彼女のおかげで、わたしの計画は不可能というより可能に思えてくる。彼女のおかげで、わたしのイタリア語への奇妙な献身は、ばかげたことではなく、天の思し召しと思えるようになる。


私たちは生活のことや世界情勢についてを話す。私たちは不毛だけれど避けることのできない猛特訓をする。先生は絶えず私の間違いを訂正する。彼女に耳を傾けながら、私は手帳にメモをする。いつもレッスンのあとは、疲れ果てるとともに、次への準備もする。さよならを言ったあとに、(後ろで)門が閉じると、私は戻ってくるのが待ちきれない。
ある意味、このベニスの先生と一緒にレッスンすることは私の大きな楽しみとなる。彼女と共に勉強すると、この奇妙な言語学の旅にある次の必然的な段階が明確になる。ある時点で、私はイタリアへ引っ越すことを決意する。

We talk about our lives, about the state of the world. We do an avalanche of exercises, arid but necessary. The teacher corrects me constantly. As I listen to her, I take notes in a diary. After each lesson I feel both exhausted and ready for the next. After saying goodbye, after closing the gate behind me, I can’t wait to return.
At a certain point the lessons with the Venetian teacher become my favorite activity. As I study with her, the next, inevitable step in this odd linguistic journey becomes clear. At a certain point, I decide to move to Italy.

 自分たちの暮らしや世界情勢のことを話す。退屈だけれども必要な大量の練習問題をやる。先生は絶えずまちがいを直してくれる。話を聞きながら、わたしは手帳にメモする。授業が終わるとぐったりと疲れるが、もう次回が楽しみになる。挨拶をして、格子戸を閉めて外に出ると、もう戻ってくるのが待ち遠しくてたまらない。
 いつの間にか、ヴェネツィア人の先生との授業は、わたしのいちばん好きな用事になっている。彼女と勉強しているうちに、わたしのこの常軌を逸した言葉の旅の、避けられない次の一歩がはっきりする。あるとき、わたしはイタリアへ転居する決意を固める。



最後に三つの訳を見比べてみる
こうして、英語から訳した自分の日本語訳と、イタリア語から直接訳された日本語を見比べてみると、意外と差がないように思えた。ラヒリがまだ完璧にイタリア語を使いこなせておらず、シンプルな表現を用いて書いているため、使っている言葉や言い回しなどが限られているという理由は大いにあるだろうと思うが、言語を変換してゆきながらも、変わらぬメッセージがしっかりと残っているのは、粗目のザルと細目のザルを使い分けながら川砂から目的の砂金をすくい出しているような面白さがある。
重訳の面白いところを一つ挙げると、例えば最初の翻訳者が、その言語がもつ特有の慣用句的な言い回しを知らずに、その言葉の直接的な意味だけで解釈した場合、次の言語に翻訳する人が、それを全く違った意味合いで訳してしまうことがあるだろうと思う。そういう場合、(商業的な)翻訳としては失敗なんだろうけれども、「言葉の旅」として捉えた場合、とても想像力が広がってくる。今回も若干そういう箇所があった。例えば「we use the formal lei(下線部)」という部分は、そのままの意味だと「儀礼的な(ハワイアン・スタイルの)花輪を使う」になるが、そういった表現は英語のイディオムにはなく、もしかするとイタリア語の表現をそのまま英語にしたのかな、と中嶋さんの訳を見たときに思えた(この箇所の訳文は「敬称で呼び合っている」となっている)。単にラヒリ独特の言い回しによるものかもしれないが、イタリア語原文を見てないだけに詳しくはわからない。もちろん、イタリア語はさっぱりとわからないので、たとえ元の文章を見たところで分かりはしないのだけど。日本版「べつの言葉で」の訳者あとがきに少しその答えになるようなことが書かれてあった。以下引用。


 ラヒリはこれらのエッセイを「イタリア語の宿題」のように毎週一章ずつ書いた。草稿ができると、まずイタリア語の先生が添削して文法的なまちがいを直す。次に友人のイタリア人作家二人に見せ、いっしょに主題の面から文章を細かく検討する。そして最後にインテルナツィオーレ誌の編集者のチェックを経るのだが、編集者たちは「新しい言語で表現したいというわたしの願いを理解してくれ、わたしのイタリア語のおかしさを尊重し、不完全で少しぎこちない文章の実験的な性質を受け入れてくれた」という。

ジュンパ・ラヒリ「べつの言葉で」中嶋浩郎訳(新潮クレストブックス / p133-134)より



「べつの言葉で」はラヒリがイタリア語を学んでいる自身の記録的な側面と、言葉を覚え成長している自分の姿を、まさにその新しく習得した言葉で綴ったものだ。ただ普通に日本語訳で読んでいるだけだと、学習時の葛藤などが強調されているようにも思えるのだが、覚えたての言葉(イタリア語)で書いているんだということを常に意識して読むと、とても難易度の高いことをしているのがわかる。英語を勉強している日本人が英語を使って、自分が普段使い話している日本語のように書くのはとても難しい。そして、彼女が言語からどのようにして自分のアイデンティが形成されているのかをも伝えている。その部分は彼女がベンガル人の両親を持ち、アメリカで育ち両親の話すベンガル語をあまりきちんと話せずにいるが、育った地の言葉、英語が堪能なことで、わたしはどこに属しているのだろう? といった漠然とした不安をずっと抱えながらこれまでを生きてきた、と語っていることからも垣間見える。彼女は子供時代を振り返りながらエッセイにこう書いている。


 わたしの人生最初の言語は、両親から伝えられたベンガル語だった。アメリカで学校に行くまでの四年間、それはわたしの第一言語で、英語という別の言語に囲まれた国で生まれ育ったにもかかわらず、使うと心が安まった。英語との初めての出会いは、辛く不愉快なものだった。
 (中略)
アメリカ人の友だちの前でベンガル語で話さなければならないのが恥ずかしかった。友だちの家にいるときに母と電話で話すのが嫌だった。この言語との関係をできるだけ隠しておきたかった。拒否したかった。
 わたしはベンガル語を話すことが恥ずかしかったが、同時に恥ずかしく感じることを恥じてもいた。
 (中略)
 イタリア語を勉強するのは、わたしの人生における英語とベンガル語の長い対立から逃れることだと思う。

ジュンパ・ラヒリ「べつの言葉で」("三角形" / p95-99)より



最後に、この記事の冒頭でなぜラヒリが堪能なはずの英語を使わずにイタリア語でエッセイを書いたんだろう? といった疑問を書いたが、その答えもこのエッセイの中で綴られていた。カプリ島で開かれる文芸フェスティヴァルに参加するため、そこで配られるパンフレット用に小文を求められたときのこと。彼女はきっと英語で書いた文章を求められているはずだといったんは考えるが、もうすっかり英語で自分の言葉を組み立てるといった思考ではないことを吐露する。そこでは、自分の人格形成の大半を司ってきた根幹的な言語であるはずの英語を使うときに、「翻訳」というフィルターを通す必要があるのだと言っているようで、正直驚いてしまったが、同時に反面適応能力がものすごく高いんだろうという側面も伺える。


わたしは英語圏の作家だから、おそらくこの小文を英語で書き、イタリア語に翻訳することが想定されているはずだ。けれども、わたしは一年近くイタリアにいて、イタリア語にすっかり心を奪われてしまい、英語をできるだけ避けるようにしている。
 (中略)
わたしはイタリア語で書くとき、イタリア語で考える。それを英語に翻訳するには、脳の別の部分を目覚めさせる必要がある。この感覚はどうしても好きになれない。他人事のように感じる。


ジュンパ・ラヒリ「べつの言葉で」("毛深い若者" / p75-76)より




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2017年12月16日

P.K.ディック短篇のドラマ化


PHILLIP K. DICK'S ELECTRIC DREAMS Official Trailer (HD)
Amazon Exclusive Series

そろそろブレードランナー2049が落ち着いたところ。今度はP.K.ディックの短篇がドラマ・シリーズとして制作されて、イギリスのチャンネル4で放映(9月にスタートしてる)、その後アマゾンで配信されるとか。
シリーズ・タイトルは「Philip K. Dick's Electric Dreams」という名で、全10話。名作が誕生するかな?

にしても、このところネット・ドラマの勢いがすごい。岡田斗司夫さん曰く、アメリカでは映像コンテンツの主流は、もう(いわゆる長尺の)映画からネット・ドラマに移っていて、そのうち世界的にそういう流れになるのは時間の問題だとか。
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2017年12月12日

J.G.バラードのテクノロジー三部作

JG.Ballard-Crash-Concrete-Highrise-trilogy.jpg
" Crash " (1973) / " Concrete Island " (1974) / " high-Rise " (1975)
バラードのテクノロジー三部作。「ハイ・ライズ」は2015年公開の映画化に合わせて文庫が復刊されたが「コンクリート・アイランド」の日本語訳だけは絶版のままなので、英語版で読むしかない。4th Estate版のペーパーバックは約170ページほどだからわりと短め。

上画像のフォントは、下記リンク先の" Arapey Regular (free font) " を使った。
● Fonts by Eduardo Tunni : https://www.fontsquirrel.com/fonts/list/foundry/eduardo-tunni



前にウィリアム・バロウズのカットアップ三部作のペーパーバックを紹介したのを機に、文学系の三部作を集めてみるのも面白いんじゃないかと思って、今回はJ.G. バラードの有名な三部作の一つ、テクノロジー三部作を選んでみた。

William S. Burroughs: The Cut-Up Trilogy(2017年09月21日)
http://tavola-world.seesaa.net/article/453615770.html


日本では「テクノロジー三部作」として知られている「クラッシュ」「コンクリート・アイランド」「ハイ・ライズ」の3作だが、海外では特にそういった呼び方をしている風でもなく、人の欲望が(1970年代頃の)現代社会とテクノロジーによる都市景観の中で、どのような精神・心理状態となり変わっていくのか、といった根底的なテーマを持った作品としてこの三作が括られている感じだ。なので、英語圏では「なんとかトリロジー」といったような固有の名称は存在せず、読者や評者がそれぞれ自分なりに考えた言葉で括り表現しているものが多い。まぁ言い方が微妙に違えども根本的な主旨は同じなので、和製呼称の「テクノロジー三部作」でも差し支えないだろうと思うし、もう日本ではそれで定着してしまったのだから、僕も馴染んだ「テクノロジー三部作」という呼び方を使っている。バラードも、呼び方こそ明言はしてないが、自身の作品とそれが持つテーマをカテゴライズし語っているので、公に三部作としてのくくりが存在する感じだ。「クラッシュ」の序文の中で、バラード自身がこの作品を評している文章があり、次なる2作へとつながる要素が感じられるので以下引用。


わたしが正しく、過去数年間の仕事によって自分の現在が回復されているならば、『クラッシュ』は近、極近の未来を舞台にした、過去の災害小説――『沈んだ世界』『燃える世界』『結晶世界』――の流れにつらなる、現在の災害小説としての地位を占めるはずである。

「クラッシュ」J.G.バラード(柳下毅一郎訳)、より(創元SF文庫・序文・p11)


また「クラッシュ」「コンクリート・アイランド」「ハイ・ライズ」は、三部作とはいっても続き物ではないため、それぞれに登場する人物に共通するものはほとんどない。「クラッシュ」は、交通事故を起こしたジェイムズ・バラードと妻のキャサリン、そして二人の前に現れた不気味な男ヴォーンを巡る性癖妄想譚。主人公のジェイムズはテレビCM制作会社に勤めている。「コンクリート・アイランド」は今(苦労しながら)英語版を読んでるところなので、途中までしかわからないが、ロバート・メイトランドという建築家の男が主人公。メイトランドは高速道路でジャガーを走らせいたが、ある日レーンを突き破って下方の土手に落ちてしまい、そこから出ようとするが…この先どうなるんだろう? 「ハイ・ライズ」はロバート・ラングという医学部の講師が、そこに住めば何でも揃っているという最新型高層マンションに居を移したことから始まる、密室空間サスペンス的な話。現実世界の社会ヒエラルキーが、マンションの階層とリンクして展開する。そして、この高層マンションを設計し、最上階に住んでいるアンソニー・ロイヤルという男が物語の鍵になっている。バラードがそれぞれの登場人物に好んでつける職業(医師、建築家、広告代理店など)に特徴があるという点では、共通項がなくはないかもしれない。
「クラッシュ」は、連作短篇集「The Atrocity Exhibition」の第12章「Crash!」を元にして長篇に書き直されたもの。賛否両論大きく分かれる作品でもあり、一般的な評価として「クラッシュ」はバラードの最高作だという意見も多いんだけど、個人的に「クラッシュ」は読むのが苦痛に思えた作品だった。もし、最初に「クラッシュ」を読んでいたら、他のバラード作品を続けて読む気がしなかったように思う。読む出会い、順番ってけっこう大事なんだよな。



「ハイ・ライズ」と「Disorder」

三部作から少しそれるが、でもちょっと関連した話。「ハイ・ライズ」はジョイ・ディヴィジョンのシンガー、イアン・カーティスが好きだった本の一つとして知られている。そして、彼らの1stアルバム「Unknown Pleasures」の冒頭を飾る「Disorder」という曲の歌詞は、「ハイ・ライズ」に相当影響を受けているのだということを書いているBlogがあるので紹介したい。歌詞の中に出てくる「10階」というキーワードが、バラードの小説「ハイ・ライズ」をなぞっていると指摘しているあたりは、これよく気付いたなぁと感心してしまう。

Disorder――イアン・カーティスとJ・G・バラード(1)(愛語)
http://blog.goo.ne.jp/mstshp/e/1116e150987cd956d0cdcdefb69776ff
予備:http://archive.is/fhxaz



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